#03
「始めましてロリア様。ようこそいらっしゃいました」
そう言ってでっぷりと太った男が舌なめずりするかのように笑いながら自身を紹介するのを見て、私は激しく納得した。
そうか、こっち系の依頼主だったのか……。そうかぁー、そうかぁー、そりゃー会わせたくなかったはずだぁー……。
引きつりながらもどうにか自分も大人の対応で挨拶を返して……晩餐の席へ招待される。
豪勢な食事が運ばれてくるのを眺めながら……溜息が零れた。すっごく美味しそうな料理なのに、まったく食欲が沸かない。
せっかくたくさん食べれるチャンスなのに……目の前でニタニタ笑う男の視線が気になってつい項垂れる。
隣に座るレイスをチラッと盗み見ると、いつもの様に淡々と料理を口に運んでいた。くそう。
当主の視線がそれ、皆の注目を浴びないだろう絶妙のタイミングでテーブルの下でレイスの足を蹴っ飛ばす。忌々しい。
完全なる八つ当たりだが、もっとしっかり理由を説明してくれていれば私だって招待されていようが何かしらの理由を作って来なかった。
依頼を持ってきたのも、晩餐への招待を持ってきたのもウィンドルフと言う感じの良さそうな執事だったから、その主がこのタイプかも知れないなど考えもしなかった……。
「ロリア様、どうしました? お口に合いませんか?」
……言葉だけ聞けばそれなりの紳士に思えるのだが、如何せん見た目が宜しくない。
いや、人を見た目で判断してはいけない。油でギットギトの顔、脂肪でブックブクの体とは言え、中身はいい人なのかも知れない。
そう思って顔を上げて後悔した。
そこにはイヤラシイ目で私を見て口を歪めている男がいた……。
「い、いえ……しょ、食欲がなくて……」
どうにかそれだけを言うと、また視線を落とす。……これはひと波乱ありそうな気がする。
「ヘドベルト様。ロリア様は本日魔力をかなり消耗しておりまして、少しお疲れの様です。依頼内容は私がしっかり賜っておりますので、このまま失礼しても宜しいですか?」
おお、いいぞレイス。素晴らしいフォローだ。
「いや、そうかお疲れか。なら私の屋敷で一晩休まれては如何です?」
いや、ありがたい言葉痛み入るが無理だ。それは無理だ。悪いが無理だ。と言うか絶対に無理だ。
「……そうですね、ありがたいお申し出、痛み入ります」
はぁ!? レイス?! 何返事してるんだ?!
横のレイスに「断れ」と無言で圧力を送ったが、完全に無視している。
「そうかそうか、なら早速部屋を用意させよう」
そう言って依頼主は満面の笑みで執事に何か言付けると食事を再開した。
「…………」
絶妙なタイミングで今度は顔面を殴る。
レイスが手に持っていたフォークを落とし、ガシャンと食器が音を立てた。周りが不思議そうな顔をしているが、何もなかったように私は食事を再開する。
くそう、食わずにはいられないぞ。
さりげなく鼻を押さえているレイスを一瞥すると、鼻血が出ていた。
さすがに連続で食らってダメージが蓄積されていたのか……いい気味だ。
慌てた女中がレイスに手絞りを渡しているのを眺めながら、私はワインへと手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
「ロリア様、あんまりです」
鼻に詰め物をしているレイスを見て溜飲が少し下がる。いい男も台無しだな。いい気味だ。
「依頼内容の確認は済んだのか?」
先に宛がわれた部屋のベットに腰掛けていた私は、部屋に来るなり文句を言うレイスを無視して話を進める。
「……元々大した確認は必要ありません。依頼内容は至って簡単ですので」
「そう言えばしっかり聞いてなかったな。どんな依頼なんだ?」
基本的に依頼の話をするのはレイスだ。
今回の依頼も私に依頼され私が引き受けている事にはなっているが、結局はレイスが遂行するので、私は傍観者だ。
「この敷地内に墓地があるそうなんですが、そこが夜な夜な荒らされるそうです。その犯人特定と討伐です」
「異生じゃないのか」
「そうですね、街中ですから異生とは考えられませんが人とも思えない所業のようで、用心棒などを雇われても犯人さえ特定できなかったようです。それで、丁度私達がこの街に滞在していると聞いて依頼してきました」
「そうか。だがそれならどっちにしろこの館に泊まらないといけなかったのではないのか? レイス……どうするつもりだった?」
下からまだ立った状態のレイスを睨み付けると大きな溜息をつかれる。
「……そうですね。とりあえず私一人でお話して、夜になってからロリア様をお迎えに行くつもりでした」
「そうか」
やはり何がなんでも会わせたくなかったんだな。確かにあの私を見る視線はいただけなかった……。
はっきり言って気持ち悪かった!
「……あれは、その手の趣味だと思うか?」
「そうですね、間違いなく。ロリア様の容姿も鼻息荒く執拗に聞いてきましたから。契約の姫魔女の噂を聞いて、気になっていたのでしょう。そして実際に目にしてあの態度……今夜は危険かも知れません」
レイスは忌々しく吐き捨てると、私の横に座ってきた。
「……なんだ?」
「なんでしょう」
満面の笑顔で私の巻き毛に手を伸ばすレイスの顔面を手で押さえつける。
近づくな。その笑顔怖すぎるから。とりあえず近づくな。
なんだか居心地が悪すぎるから近づくな。
「ひゃぁっ!!」
これ以上近づけないようにレイスの顔面を押さえていた手のひらにぬるっとした感触を感じて、悲鳴とともに慌てて手を引く。
「な、何した! 今なにしたーーー?!」
明らかにぬるっとべろっとされたと思うのだが!!
「いえ? 特に何もしてませんよ? どうしました? それよりひどいではないですか、人の顔を押さえつけるなど……」
「わかった! 悪かった! 私が悪かった! だからそれ以上近づくなっ!」
体ごと私の方へと乗り出してくるレイスの肩を力いっぱい押しのける。
また掌を舐められたらたまらないので、今度は肩を押す。
「……まったく、失礼ですね」
そう言って少し乱れた髪を整えながら立ち上がるレイスを睨み付けた。こいつ、絶対にワザとやって嫌がらせをしてるな。
散々顔面殴った挙句、大勢の人の前で鼻血出させたのを恨んでいるに違いない。確かにザマーミロと思って悪かったとは思うが、陰険なヤツだ。
「こちらの当主ヘドベルトは代々墓守として続いてきた家系のようです。何代か前に異生に襲われ街がほぼ壊滅状態になったそうです。その時、こちらの当時の当主が私財を投げ打って街の復興に尽力し、また自らの土地を共同墓地として設けました。そしてそのまま今に至るようです」
いきなり仕事の話になったので仕方なく怒りを納めると、窓から外を覗いているレイスに倣い私も立ち上がり外を眺める。
建物の二階部屋へ案内されていたので、敷地が良く見える。
表からはわからなかったが裏はかなりの奥行きがある。林のように様々な木が立ち並んでいるが、一区画だけ綺麗に整えられていた。
「あそこが墓地です。中心にあります大きな墓石が当時異生に襲われ亡くなった方々が埋葬されています。周りの大小はその後亡くなられた方々です。また現在でも墓地として開放されています」
「……なんだ、いい人なのか?」
緑溢れる敷地にたくさんの墓石が並ぶのを眺めて、目を細める。その風景は穏やかで優しい気配が感じられ、そう口に出したが返事がない。
「レイス?」
墓地から視線をレイスに移動したが、レイスはまだ墓地を見ていた。
「……先代まではいい人だったのでしょう。先ほどの、現在の当主は婿養子です。若い頃はそれは美男子で優しく、先代の娘が惚れして結婚したそうです」
「…………」
「仕事が出来るとは言えなかったそうですが、それでも誠実で一生懸命な人だったそうです。……それが、先代の娘――つまり妻ですね――が変死してから屋敷内が激変したそうです。そしてすぐに先代当主が変死し、当主の座を引き継いだのですが……人が変わったようになってしまった、との事です」
「……つまり、なんだ?」
「……ロリア様? 思考を諦めてはいけませんよ?」
さっきまでずっと外を眺めていたくせに、私の台詞を受けてレイスは私に視線を移すと、心底呆れた様に溜息をつく。
「べ、別に諦めてないぞ? ただ、お前の考えを聞いておこうと思ってな?」
考えるのが面倒くさ……難しくてレイスに丸投げしたのを窘められ、慌てて言い訳するとまた溜息をつかれた。
「……わかりました。正直、情報が少な過ぎて確かなことは言えませんが、屋敷内で起きた二人の変死やヘドベルト本人の異常性は魔石が関係しているのではないかと思います」
「……やっぱり、魔石、か……」
「はい、その可能性が高いと思われます」
私は視線を落とすと目を瞑る。
魔石。魔石とはその名の通り魔の石だ。宝石の様なそれは妖しい魔力を有している。
前にも話した通り、この世界には異種生物――通称、異生と呼ばれる生き物がいる。
魔物とも呼ばれているそれらは人を憎んでいて無条件に人を襲う。そしてその異生の核となっているのが魔石だ。
一体の異生に必ず一個魔石を所有している。そしてその魔石を取り出すことで異生は塵となり砂に返るのだ。
どういった状況下で発生し、どうやって繁殖し、どうして人を食らうのか……異生に関する事は何一つ解明されていないが、どうやら喧騒を嫌うらしく街へはあまり襲っては来ない。
たまに大量に発生した異生が街を襲い壊滅させた……なんて事もあるにはあるが、何十年、何百年に一度あるかないか、そんな確率だ。だからここの街の昔話も珍しい部類だ。
「どうやって手に入れたと思う? そもそも最初に手に入れたのは誰だと思う?」
「……そうですね、その辺も推測の域を出ません。そして所持しているのがヘドベルト本人の場合、なぜ私達と接触してきたのか……不可解です」
「そうだな」
私達ハンターの仕事は異生の討伐だ。だが言い換えれば、魔石の回収が本当の仕事と言える。
異生から魔石を回収して倒すのは当然として、他には世に出たままの魔石を回収することも仕事の一つだ。
魔石と言う名の由来はそのまま魔の石だからだ。異生の核となっていたそれは歪んだ魔力を閉じ込めている石だ。その為、異生から回収した魔石は神殿へ持ち込み浄化して貰うが常識だ。
だが、色々な経緯で浄化される事無く存在し続けてしまう魔石もある。そんな魔石は、人間が本来持っている魔力を狂わせてしまう魔の石だ。
異生の核として歪んだ魔力が閉じ込められた石は、人とは相容れない為なのか……所持していると必ず人は魔力を狂わされていく。
そして、魔力を狂わせられるとその人本人も同じように歪んでいく。そう、例えば以前は美男子で誠実だったというヘドベルトの様にだ。
美男美女であった人が悪相になったり。
誠実だった人がペテン師になったり。
あるいは醜かった人が美しくなったり……。
その人本来が持つ外見や人格、個性といったものを歪ませてしまう。それが魔石特有の恐ろしい効果なのだ。
「前例や街の人の証言からヘドベルトが所持しているのは間違いないとは思いますが……。墓荒らしの件も不可解で、正直情報が少なすぎます」
「うん、そうだな。今のままじゃわからないか……。あぁ、だから先に一人で様子見ようと思ってたのか?」
「はい。ヘドベルトに会わせたくなかったと言うのが一番ですが、それ以外にももう少し私一人で調べておきたかったので……それなのに」
無表情でギロッと睨まれ身が竦む。
「わ、悪かった。だがあの執事の人が愛想よく晩餐に招待してくれたから、行かないのは失礼かと思ったんだ」
「大方、豪華な食事を用意しておきますとか言われてホイホイ頷いたんじゃないですか?!」
「バ、バカ言うな! 私をなんだと思ってるんだ!」
責める口調に慌てて言い返すが、本当はレイスの言う通りだ。
だがここで自分の否を認めるつもりはない。そもそもちゃんと説明しないレイスが悪いんだ。
凍てつく視線を浴びながらも、私はすまし顔で先を促した。
「それで、どうする?」
「……今晩はここに泊まり墓地で異変が起きないか監視しましょう」
諦めたように話を先に進めたレイスに満足して、にっこりと頷いてやると目をそらされ、盛大なため息を付かれた。失礼なヤツだ。
レイスの尻に蹴りを入れてから、再び墓地を眺める。
「監視か……それなら感知結界を貼るか……」
「そうですね、ロリア様にお願いした方が堅実ですね。……魔力、消耗していませんか?」
外を見ていた私は不意打ちでそっと頬に触れられ肩が跳ねた。
「な、なんだって?」
上ずった声が出てクスリと笑われる。
「屋敷でも何か起こるかも知れませんので、広い範囲をお願いします。……また、負担を掛けてしまいますね」
「……別に、負担じゃない」
ぶっきら棒な返事をして、私はベットへ座る。微笑んでいるレイスを、なぜか私は見れず、俯いた。
深呼吸しても動悸が止まらない。急に触られたからじゃない、理由の分からない鼓動が、すごく苦しい。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
魔力的には負担を感じない。だが、精神的に感知結界は……苦手だ。
自分の神経を研ぎ澄まして耳を澄ます。範囲を決めた結界内で異変が起きていないか感知する。只それだけの事だけど、どうしても嫌だと言う気持ちが抑えられない。
本来ならもっと上手に、自身に負担がこないよう出来るのかも知れないが、私の感知は感度が良すぎて知らなくてもいい事まで感じてしまう。
「側にいますので、寝ててかまいません」
ベッドに座る私の正面から頭を撫でられる。何度も髪を撫で付けてくる手が温かくて、そのままレイスにしがみ付きたくなる。
でも、私達は恋人ではない。
湧き上がってきた感情を誤魔化すように、私はレイスの手から逃げベッドへと横になった――。




