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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
最終章 琥珀色の狂人
39/40

#36 琥珀色の狂人 終

二話同時投稿です。こちらは一話目。

 ゆっくりと深呼吸をする。吸って、吐いて。吸って、吐いて。何度繰り返したか分からない行為を、それでもまだ繰り返す。


「いい加減入ったらどうですか」

「う、うるさいっ分かってる!」

「心許ないから付いて来てくれとは言われましたが、私は準備で忙しいのですよ? いつまでもここにいるのでしたら私は戻ります」

「う、わ、分かってる。今、入るから」


 そうは言ったものの、一歩が出ない。もう一度だけ深呼吸を、そう思った時には隣にいたレイスがドアをノックしていて、中から控えめに「はい」と言う声が聞こえてきた。


「おまっ」

「失礼します」


 動揺する私に笑顔を向けると、レイスはドアを開け私をその中に押し込んだ。


「ちょっ」

「では私は先に戻っていますので、ごゆっくりどうぞ」

「レイスっ!」


 目の前で閉められるドアをどうする事も出来ず呆然と立ち竦んでいると、後ろから「……誰?」と声をかけられた。

 心臓が早鐘を打っている。だが、ここまで来た以上いい加減覚悟しなければ。

 ゆっくりと振り向くと、窓を背にベッドの上でゆったりと座っている人影が見えた。その人物は驚いたのか、息を飲み込み、ゆっくりと言葉を発した。


「……ロリア、なの……?」


 震える声が耳に響く。逆光の為表情がよく見えない。だが、その声は、私がよく知る声で、そのままで。震えてはいるが掠れてもなく、発音も正常で……。

 無意識のうちに私は駆け寄ると、両手を広げて待ち構えていた腕の中に飛び込んだ。


「カーナ!!」

「ロリア!!」


 お互いにしっかりと抱き合い、名前を叫ぶ。何度も何度も確認するかの様に二人で名前を呼んだ。伝わってくる温もりは本物で、涙が溢れてくる。私たちはお互いにただ名前を叫びしがみつき泣き続けた。


 一時が経ち落ち着くと、すごく恥ずかしくなった。お互い目も合わせられずゆっくりと離れる。ベッド横の椅子に私が座ると、カーナは疲れたのか枕を背にベッドに斜めに沈み込んだ。


「大丈夫か?」

「うん、ちょっと泣き過ぎちゃった。喉痛い」

  

 カーナはクスクスと笑うと、横になったまま私の手を握った。綺麗な手だった。爪は短く整えられており、不自然さはない。こぶの様な物もなく、皮膚は至って健康そうな色をした普通の、女性の手だった。

 あの時の事を思い出し涙が再び浮かんでくる。つい力強く握り返してしまい、カーナに痛いと怒られた。


「体力が中々戻らないんだ、でもすっかり元気だよ」


 昔と変わらない笑顔が嬉しくて私は何度も意味なく頷く。そんな私を見てカーナも嬉しそうに頷いた。


 あの時、異生化していたカーナ。その魔石の魔力を私に吸われたカーナは人に戻った。衰弱が激しかったがレイスはティバーに連れ帰り治療が行われていた。魔石の魔力が完全になくなった訳ではなかったが、弱くなっていた為、体力が回復して行くとカーナの魔力の方が強くなっていった。だからか、その後異生化する事はなかった。

 そして現在、完全にカーナの中の魔石は無力化している。私が魔力の流れを見ても、それはしっかりと確認できた。

 あの時汚らわしくカーナを苦しめていた魔力はどこにもない。カーナの魔力が勝ったのだ。


「もう本当に、大丈夫なのか?」

「うん、もう少し体力が戻ったら退院してもいいって」

「そうか」


 嬉しかった。本当に、とても。また浮かびそうになった涙をさりげなく拭うと、笑われた。


「なんか変な感じ。ロリアなのに、ロリアじゃないみたい」

「まぁ、そうだよな」

「異生になってた時の事はあんまり覚えてないんだ。だからあれから何年も経ったって言われてもピンと来なくて。でもロリアに会った時の事は覚えてる。ロリアが私の為に、頑張ってくれたのを覚えてる」

「そう、か……」

「だから私も頑張ろうって思ったの。負けたくないって、諦めたくないって思って」

「そうか」

「うん、だから、全部ロリアのおかげだよ。魔石をやっつけてくれただけじゃなくて、色んな事、全部ロリアのおかげだよ」

「……そう、か」

「もう泣かないでよー」


 そんな事言っても泣かすような事言うお前が悪いんだろ。引っ込んでいたはずの涙がとめどなく溢れる。そんな私を抱き締めると、より一層泣かすような事を言った。


「どうして会いに来てくれないの、とか。もう友達やめちゃうぞ、とか言いたい事いっぱいあったはずなのにもうどうでもいいや。こうやって会いに来てくれたんだもん」

「すまん……勇気が、出なくて」

「分かってる。今日も来なかったら本当に友達やめちゃう所だったよ? でもちゃんと来てくれたから……」


 背中を落ち着かせるかの様に撫でられ、もう一度謝る。こんな事ならもっと早くに会いにくれば良かった。もっと色々話したい事はあったのに会うのが怖かったんだ。自分の事を怒っているんじゃないかとか、治ったと聞いてはいたが異生化した時の記憶が邪魔をしてまた異生化してしまうんじゃないか、とか……。

 今日まで逃げ続けてしまい、ギリギリになってしまった。


「どんなロリアでも、大好きだよ。何にも変わらないよ。だから、いつでも帰って来てね。ここは、ロリアの、皆の家だから。私はここにずっといるから、変わらないでずっといるから、だから、いってらっしゃい」

「ああ……」


 ありがとう。ありがとうカーナ……。

 私は涙を拭うと、精一杯の笑顔で「行ってきます」とカーナの元を離れた。



 ◆ ◆ ◆



 あの日、アストール先生を見つけたあの時から、半年の月日が経っていた。

 私達はあの後ティバーに戻りカイサル先生に報告をして、アストール先生とメアリーを保護した。だかアストール先生はティバーにたどり着く前に亡くなった。もしかしたらティバーに戻りたくなかったのだろうか。

 あの家で最後を迎えたかったのかも知れない。


 その後、メアリーに埋め込まれた装置は無力化する事に成功した。エンプが触れたことにより、魔石の魔力が無くなったのだ。

 魔石の魔力が弱かった為か、メアリーに影響はなく普通の生活を送っている。

 魔力が枯渇したとは言え、装置は胸から取り外す事は出来てない。深く入り込んだ足はしっかり肉と同化している為、無理に取るよりはそのままでいることにした。

 同じようにエンプの胸にも装置は埋め込まれたままだ。

 今回の事で、エンプの魔力がない理由が明らかとなった。とても珍しい事だが、彼は魔力を枯渇させる過剰適合者だったのだ。

 だから自身の魔力は所持する事が出来ず、魔石の魔力を無くしてしまうことが出来たのだ。私と少し似ているが吸収して取り込む私と違い、全てを無に変えてしまう。

 アントと向き合ったあの時、初めてその現象が起きたのだろう。埋め込まれた装置により引き出された能力は、装置の魔力を枯渇させアントの魔力も枯渇させた。

 確かめる術がないため想像でしかないが、長く魔石の強い魔力を受け入れていたアントはもうアントではなく、異生化していたのだろう。

 カーナの様に肉体に変化はなく精神も保っていたとは言え、あの身体能力はやはり異生だった為と考えれば納得がいく。だから、エンプが触れ魔力を枯渇させた時塵となって消えてしまったのだろう。

 アントは両親と妹を同時に異生に殺され、異生を倒すことの出来る力を求めていた。それが、自分が異生となり塵となって消えてしまうとは……悲しいことだ。


 私に埋め込まれた魔石は無力化する事は出来なかった。きっと私と一体化してしまっているからだろう。胸を開いて見た訳じゃないから分からないが、自分の中の歪んだ魔力は少ししかない。私の心が強ければ、魔石の魔力に負けることはないだろう。


 だが残っていた最後の装置は無力化させた。何人かのリサーチャーは不満そうにしていたが、もう悪用させたくはない。この先研究も続けるべきではない。

 だが私達が止める必要もなく、アストール先生はその研究の全てを破棄していた。灯台の先生の部屋は荒らされ、燃やされていたのだ。

 アントとファンタが行ったのだろう。あの時彼らは灯台から出てきた。先生の指示だったのかどうかは分からないが、そうだったのではないかと私は思う。

 先生はきっと、全てを終わらせようとしたんだ。

 『もう会うこともないでしょう』最後に先生が言った台詞が、ずっと頭に残っている。



 カーナの部屋を出てレイスの待つ部屋へ向かう廊下から、灯台をぼんやりと眺める。

 もう灯っていないてっぺんの部屋が、冷たくて悲しい。無機質に佇む灯台は、寂しそうに見えた。


「……ロリア?」


 名前を呼ばれ、振り向くとポメラがいた。何か書類を持っている彼女の表情は、ばつが悪そうに歪んでいる。


「……会って来たの……?」

「ああ」

「やっと、会いに行ったのね。何でよりによってこんな日に」

「……ずっと、勇気が出なかったんだ」

「そう……」


 沈黙が落ちる。何か言わなくてはと思うが、何を言えばいいのか分からない。チラッとポメラを見ると、私を見ていた。その表情は何かを我慢しているかの様で、目が合うと思っていたなかった私は動揺する。


「…………めん」

「……え?」

「だから! ……ごめん」

「えっ……」


 謝罪されるとは思わなかった。どうしたらいいのだろう? 真っ赤な顔したポメラをただ見つめていると、怒った口調で早口にまくし立てる。


「だからごめん! 悪かったと思ってるの。昔の事とか大規模討伐作戦の時とか、色々……。全然理解してなかった、色々訳分かんなくなってて悔しかったり悲しかったり色んな感情が止められなくて……八つ当たり、してた」


 段々と勢いがなくなり、小さな声で「ごめん」とまたつぶやく。


「ボリスが死んで……辛くて。ロリアもカーナもいなくなっちゃって、私、いつも苦しくて怒ってた。だから、元気なロリア見たら何かカァーっと怒りが沸いて来ちゃって、本当にごめんなさい」

「ポメラ……謝る必要なんてない、当然の感情だろう?」


 一人置いてきぼりになったポメラ。その気持ちはどんなものだったのだろう。詳しい事も何も説明はなかったに違いない。見た事を誰かに話すことも禁じられ一人でずっと抱えていたのに、久々に再会した私は暢気にしていたのだ。怒りを覚えても仕方ない。と言うか当然だ。

 あの時の事を憶えていなかったとは言え、ポメラを傷つけたのは私の方だ。謝らなきゃいけないのは、私の方なんじゃないのか?


「謝らなきゃいけないのは私の方だ、悪かった。辛い思いをさせて……」


 そう言うと、ポメラは顔をくしゃっと歪ませ泣き出した。


「もう! 泣かせないでよ! 何なのよっ! ロリアのくせに! その話し方といい変じゃない! おかしいわよっ!」

「わ、悪かった。落ち着けポメラ」


 突っ込んで来たポメラを受け止め慰める。本当に変な感じだ。昔ポメラはお姉さんで頼りに思っていたのに、文句を言いながら泣くポメラは可愛くて守ってあげたくなる。自分が少しは成長したと言う事だろうか。


「絶対に、無理するんじゃないわよ! しょっちゅう帰ってきなさいよ! ティバーだって色々まだ忙しいんだから、ロリアの事、必要なんだからね!」

「ああ、分かった、ちゃんと帰ってくるし手伝うよ」


 マネージャーがいなくなり、アストール先生もいなくなり、ティバーは変わった。カイサル先生は積極的に組織にメスを入れ、ティバーは過剰適合者専用のハンター施設ではなくなった。まだ半年、色々と終わってはいないがゆくゆくは魔法教育施設へと変化させる。それはつまり過剰適合者も一般の人間も関係なく、魔法を習う為の施設となるのだ。

 暴走をさせない為に、幼い子供達に魔法の基礎を教える為に、魔法を扱えない人達をサポートする為に、そして過剰適合者にコントロールの仕方を教える為に。

 そして所属していてもハンターになる必要はない。コントロールをマスターし日常生活を問題なくこなせるならば、何をするのも自由だ。将来ハンターではなく違う職業に就くとしても問題ない。

 そんな、今までとは全く違った施設に生まれ変わろうとしている。ポメラはその手伝いをしているのだ。


「元気でね」

「ああ、ポメラも元気で」


 書類を持ってその場を駆け足で立ち去るポメラに手を振って、私も気合を入れる。心に残っていた相手との別れは済んだ。

 色々と落ち着いた今、私はまた旅に出る。



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