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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
最終章 琥珀色の狂人
35/40

#32

 場所を変え、私たちはティバーの中にある第一級立入禁止施設内の一室にいる。広い部屋にテーブルがコの字の様に置かれ椅子が五個宛がわれている。会議をする為に作られたここはマネージャー5人の為の施設であったが、今は誰もいない。そう、誰もいないのだ。

 アストール先生に聞いて初めて知った上層部の人間、ルン上がりのハンターであるマネージャー達は、全員すでに死亡していた。それも、アストール先生の手によって。


「ティバーの利益になりそうだってんで自由にされていたアストールだったがな、その行為が段々と酷いものになってな、上層部も無視できなくなったんだろう。排除しようとけしかけたら返り討ちになっちまったみたいでな」


 カイサル先生の言葉を黙って聞いていると、灯台の異質な雰囲気を思い出した。アストール先生がティバーでの立場が上がった為だと思っていたが、違ったのだ。アストール先生を諌めるべき立場の人間がすでにいなかったのだ。


「しばらくはアストールも誤魔化していたんだが、あいつは自分の事にしか興味ないからな、繕うのが面倒くさくなったのか俺に丸投げしやがった」


 その時の事を思い出したのか、カイサル先生は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 隣に立っていたリンダがカイサル先生の名前を呼び肩に手を添える。


「ま、そんなんで逆に俺は俺の好きなように動けるようになったんだけどな」


 リンダの手を握り嬉しそうな顔をすると、カイサル先生はリンダを膝の上に乗せた。なんか、甘ったるいな。なぜだか口の中が甘いものを食べた時の様な気分になり二人から目を逸らすと、他の面々も何とも言えない変な顔をしていた。

 するとすぐ横から手が伸びてきた。キラキラと期待に満ちた表情を浮かべ、リンダと同じ様に私の肩に手を添えたリートは、だがすぐに後ろに立っていたレイスに転がされた。

 派手な音を立てて引っ繰り返ったリートは、ギャーギャーとレイスに文句を言っている。この雰囲気、久々だな。騒いでいる皆を見ながら自然と笑みがこぼれる。この状況が嬉しくて仕方ない。

 ティバーにいるのにティバーに所属してない過剰適合者であるリンダとリートがいる。それは本当なら凄い事だ。

 

 アストール先生がティバーからいなくなってすぐに、カイサル先生はリンダとリートを呼び寄せた。アストール先生に言っていたようにティバー内はもうカイサル先生が把握していたので、危険がなかった為だ。

 ロブニー村以来の再会。会った二人には盛大に怒られ盛大に泣かれた。

 レイスが言っていた通り、リンダもリートも私の魔石の事を知っていた。その為の契約だったのだ。側にいるだけで自然に自分の魔力を私へ供給する為の契約、それを履行してくれていたのに一人で怖くなって逃げ出して情けない。

 二人はその理由も状況も理解していたにもかかわらず契約し、側にいてくれたと言うのに。

 

「えーおほん。先生、話進めてもいい~?」

 

 ウィンドルフが嫌そうな顔をしながら言うと、私を見つめた。


「そんなんで状況が変わってねぇ。もうマネージャーはいないし、この際ティバーを乗っ取っちゃおうかなって事になってさ」

「乗っ取るなど人聞きの悪い事を言うな! 清浄の為の高潔な行為だ!」

「はいはい、ブレイムは黙ってて。それで他のリサーチャーや過剰適合者とも色々とお話し合いをね、してね」


 その言い方に嫌な想像をする。顔に出たのかウィンドルフは慌てて首を横に降った。


「違う違う、ちゃんとした話し合いだよ? 決して武力行使なんてしてないよ~」


 白々しいその態度に、アストール先生の言葉を思い出す。リサーチャーはノルン上がりのハンターで、受け持った生徒には強いがそれ以外の過剰適合者には勝てないだろうと言う事を。

 

「ロリア、ウィンを責めてやるな。実際に殆ど混乱はなかった。カイサル先生や私達の言葉に分かってくれる人間の方が多かったからな。それにウィンはロリアの側にいただろう?」


 ビアンカの言葉に頷く。そう言えば状況が変わったと言われた後は、ウィンドルフが側にいた。その時側にいなかったのは……。

 後ろに立っていたレイスを振り返ると、無表情でしれっと立っている。


「暗躍はお手の物だよね~」

「見事な手腕だったな」

「俺の弟かと思うと恐ろしい……」

「身に染みて分かるわ」

「そうですよねぇ」

「先生ちびっちゃったもん」


 散々の言われようだが、当の本人は表情を変えることもない。胡乱な瞳で見つめる私に視線を動かすと、にっこりと笑った。


「ロリア様には後で個人的に実践して差し上げますよ」

「結構だ!!」


 恐怖しかない。


「ティバーの掌握には大した労力は使わなかったが……あの三人がなー」

「三人?」

「メアリーと、メアリーと一緒に来たファンタとアントと言うロブニー村の二人の男の事です」 

「……討伐に参加しているという?」

「そうだ、訓練もしてない実績も実力もないただの一般人だったんだがなー」


 カイサル先生は頬をポリポリとかくと、懐から何かを取り出し私の目の前のテーブルへ放った。


「……なんですか、これ」


 目の前に転がった物体を観察する。パッと見は装飾された丸い宝石に見えたが、何か違う。石をぐるりと囲むように針金が巻かれ、そこから虫の足の様な物が何本も生えているそれは、何やら妖しい魔力を帯びている。


「……魔石、か?」


 頷く面々に促され恐る恐る手を伸ばすと、確かにそれは魔石だった。藍色の魔石から渦巻いた魔力が、生えた足の先へ向かっているのが分かる。


「魔力増殖装置、らいし」

「増殖装置?」

「そうです、それを自身の胸の中心部へ取り付けると、今までとは比べ物にならない魔力量を保持し、魔法を扱えるようになる」

「はぁ?」


 レイスに説明された言葉を反芻する。魔石を胸へ取り付け、魔力を帯びる。それは何処かで聞いた事ある行為で……。


「まさかアストール先生が」

「研究していました。そして完成して、ファンタとアントへ取り付けたのです」

「その二人が生きていると言う事は……まさか成功したのか……?」

「一応成功していると言っていいでしょう」


 信じられない。魔石と人間が共存するなど。魔石の歪んだ魔力は強大で穢れている。だから浄化してない魔石を保有しているだけでもその人の魔力を狂わせてしまうのだ。それなのにその魔石を胸に付けまともでいられるなど……信じられない。

 ボリスやカーラの様に直接埋め込んでいない為異生化する事はないのかも知れないが、意志を保っていられるとは思えない。


「その二人は今?」

「異生討伐に出ています。二人は異生を討伐できる事に歓喜していて、アストールを深く尊敬していました。その為アストールを確保する際邪魔になると思われましたので、カイサルマネージャーの指示で遠い所へ行かせてあります」

「ただもうすぐ戻ってくると思うからなー、困ってる」

「アストールがいなくなったと聞けば、きっと二人もティバーを出て行くでしょう。ですが……」

「一応成功してるとは言っても不安が残る。このまま何もないとは思えないだろう」


 溜め息を付く面々を見てから、その装置に視線を戻す。禍々しい魔力が渦巻き足へ流れている。この流れを皆は見えているのだろうか。


「この装置の足に魔石の魔力が流れているが……」

「あ、やっぱり分かるんだ~。お嬢は視覚で魔力の流れが見えるの?」

「ああ、見えるな。色の付いた光の様に分かる。だが魔石の魔力は……色がくすんでいて汚らしいな」

「リサーチャーの解析である程度の仕組みは分かったのですが、肝心の壊し方が分からないのです」

「壊し方って、物理的に周りの物を壊したんじゃ駄目なのか?」

「それが……」


 レイスは口篭ると、私から装置を受け取り凍らせる。だがすぐに氷は溶けてしまった。まるで堪えてない様だ。次にカイサル先生に手渡し、カイサル先生は取り出したナイフの柄を振り下ろしたが、鈍い金属音を響かせただけで装置に変化はない。


「このように魔法を使っても、物理的に攻撃しても割れないのです」

「……触れるのだから、こう、腕力で魔石から取り外せば……」


 そう言って再び私の手元に戻って来た魔石を、針金から取り外そうと力を込める。すると虫の足の様な部分が勝手に動き私の手を傷つけた。


「痛っ」

「ロリア様!」


 血が出た指をレイスにつかまれ口に含まれる。ちょ、やめろ、恥ずかしい。


「ああ~、本当お嬢ちゃんってば考えなしなんだから~。この装置はねぇ、自己防衛機能が備わってんの」

「自己防衛機能って……先に教えてくれ」

「説明する前にお嬢が強行したんでしょ~」


 転がった装置を拾い、ウィンドルフはテーブルに置く。先ほど勝手に動いたとは思えない、ただの装飾された魔石だ。傷も付いていなければ歪んでもいない。


「魔石の魔力が張り巡らされているせいなのか、完全に一体化しちゃってて取り外せないんだよねぇ」

「こうしてあるぶんには別に害がないからな、しまっちまえばいいんだが……」

「二人にはもう取り付けられている」


 カイサル先生に続いたビアンカのその台詞に、その場がしんと静まり返り空気が重くなる。


「ただでさえ二人はこの装置に感謝しているからな……危ないから取り外すべきだと言っても聞かんだろうな」

「素直に協力したとしても、取り外す術がないのが現状ですが」


 ようやく放された指は、すっかりふやけている気がする……。傷などもう何処にも見当たらない程度だと言うのに、レイスはハンカチを取り出すと器用に私の指に結びつけた。

 淡々と行なわれるその治療に、さっきまでの重苦しい空気が一転、何とも言えない視線を複数感じて居心地が悪い。


「ねぇ、より一層過保護になってる気がするけど……」

「まー、拗らせた想いがやっと通じたんだもん、しばらくは多めに見てやってよ~」

「レイスばっかりずるいです。俺だってロリア様とくっ付きたいのに」

「……俺は……すごく……複雑だ……」


 恥ずかしくて逃げ出してしまいたい。


「ロリアは魔石の魔力を吸収できるんだよな」

「カイサルマネージャー! それは!」


 カイサル先生の言いたい事を察し、レイスが抗議の言葉をあげる。そんなレイスを抑えて私は頷いた。

 テーブルの上に鎮座する装置を見つめる。球体で藍色の魔石は、何処かで見た事がある気がして、「あっ」と言葉が漏れた。


「この魔石って……」

「あー、うん、お嬢から貰ったヤツ」

「……アストール先生の研究に使われていたのか……」


 二億稼ぐ為に飛びついた依頼。そこにいたのはウィンドルフで、ティバーからの依頼である事を知った。その時、渡した魔石がここにある。


「それじゃぁもしかして……」


 二人に付いていると言う魔石も……? だがあの魔石は浄化されていたはずだ。


「どう言う事だ?」

「分かんない」

「確かにあの魔石は浄化されていました。それは絶対です。ですがこの魔石には歪んだ魔力が籠められています。いくら調べても、何故だか分かりません」


 再び手に取ってみるが、やはりあの時の魔石で間違いないだろう。アストール先生は、一体どんな研究をしていたと言うのか……。

 濁った藍色の魔力が流れている。出来るかどうか分からないが、少しだけ干渉してみる。


「自身の魔力をロリアに、魔石」


 唱えて行使すると、一瞬だけ装置の魔力が私に向く。だがすぐに興味を失ったかのように足先へ向いてしまう。


「……駄目だ」


 異質だ。私の知っている魔力とは違う気がする。人工的な、作られた魔力……なのだろうか。


「やっぱり駄目かー、そんな気はしてたけどな。仕方ない。とりあえずあいつらの事はおいおい考えるとして、それよりアストールだな」

「行方はまだつかめていません」

「本当にあいつ器用だなー」


 カイサル先生は呆れた声で言うと、私を見る。少し項垂れていた私は、その視線に背筋が伸びた。染み付いた先生への恐れを感じてしまう。それ程の真剣みをカイサル先生は私に向けている。


「カイサルマネージャー……」


 非難する様なレイスの声も、少し弱い。師事していなかった私でさえ恐ろしく感じ緊張するのだから、カイサルクラスだった面々はとても逆らえない雰囲気だ。


「アストールの事を話してくれ」


 シンプルに紡がれた言葉が、命令ではなくて懇願だった事に泣きたくなる。アストール先生は、私達にこんな言葉使わなかった。いつもお願いする様な言葉を使うのに……その威力は絶対だった。

 カイサル先生は本当にいい先生だ……。生徒の意志を尊重してくれているのだろう。心配そうに私を見つめるレイスに笑ってみせる。


 大丈夫、ちゃんと話すさ。私もアストール先生を止めたいから。アストール先生を……助けたいから。


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