#30 炎の騎士 終
次の日、エンプにメアリーの行方は先生も知らなかったと伝えると、目に見えて落ち込んだ。その姿を見てレイスが知っているかも知れないと言う事は言えなかった。下手に期待させて分からなかったらまたエンプが傷付くかも知れないと思ったからだ。
その日一日エンプは心ここに在らずと言った様子で、同じクラスの生徒から派手に魔法をぶつけられ怪我をしてしまったりしていたが、次の日は少し落ち着いていた。それから私はエンプの鍛錬に付き合ったりしている。なんとなく、ほっとけなかった。
「俺、落ちこぼれなんだ」
「落ちこぼれ?」
無言で頷くエンプを不思議に思う。過剰適合者で落ちこぼれとは、不思議な状況だ。過剰適合者はそれだけで重宝される。それが落ちこぼれ?
先を促すとエンプは子供らしからぬ表情で笑った。
「ティバーの中で、仲間外れなんだ。だからアストールクラスのやつらとも……余り仲良く出来ない」
実を言うと気付いていた。同じアストールクラスでありながら、周りの生徒達はエンプに一歩引いた態度を取る事に。それはこの子供特有の尖った態度のせいかと最初は思っていたが、話せばちゃんと人の話を聞き賢いエンプが、忌諱されるのを不思議に思っていたが……何やら本人も把握している理由があるみたいだ。
「仲間外れって、変な言い方だな。ティバーは仲間だが力が皆違うためある意味皆仲間ではないだろう」
「そうだけど、そうじゃないんだ。俺は……変なんだって」
「変?」
「ロリアは知ってる? 過剰適合者って、自分の中の器が自分の過剰適合魔法でいっぱいだから他の魔法が使えないんだって」
その話はついこの間聞いたばかりだ。ウィンドルフが私の過剰適合魔法が結界ではなく、吸収と発散だと教えてくれた時に説明してくれた。そして溢れている魔力が多いほど暴走しやすいと言う事も。
「それがね、俺は違うんだって。器は空いてるんだ、凄くいっぱい開いてる。なのに中身がないんだって」
「……何だって?」
「俺の器は空っぽなんだよ。だから……魔法が使えない」
「まさか……」
そんな人間がいるなど……聞いた事ない。だが確かにエンプが魔法を扱っているのを見た事がなかった。クラスの相手からはいつもやられていたし、私と一緒に鍛錬する時は体を作る事しかしてない。
まだ幼いのだから、体を酷使するような鍛え方は良くないといくら言っても筋肉を体力を瞬発力をつけようと躍起なっていた。単純に私に負けているのが悔しいだけかと思っていたが……魔法が扱えないなら、その他の事で焦ってしまう気持ちがあるのだろう。
「産まれてすぐには分からなかったらしいんだ。俺は都会の貧困街で生まれ育って、誰も他人に興味あるやつはいなかった。母親だってとりあえず食わせてはくれてたけど、それは俺が働けるようになるまでで、優しさとかじゃなかった。だから、6歳になって、母親に働きに出ろって言われて初めて分かったんだ。俺には魔力がないって事が」
「……そうか」
「でも母親はすぐに俺を捨てなかった。自分の親ながら結構賢かったみたいでさ、どうしたらこんな俺でも儲けられるか考えて……ティバーに売ったんだ」
「……売る?」
「そう言う事だろ、口では俺のためだからとかその方が幸せになれるだの言ってたけど、金を貰って俺をここへ入れた。……でも、ここでも俺は変だったんだ」
俯いたまま淡々と語るエンプに、私は何も言えなかった。まだ10歳、その幼い少年の抱える運命は、深くて暗い……。私は無言でそのままエンプを抱きしめた。素直に抱きしめられたエンプは、へへへと笑った。
「やっぱりロリアも抱きしめてくれるんだな」
「やっぱりロリアも?」
「この話、メアリーにもしたんだ。そしたらメアリー、ぽろぽろ涙流して俺の事ギューって抱きしめてくれてさ。ロリアとメアリーって、全然違うけど、なんか俺二人といると安心する」
「……そうか。若いくせに女に抱きしめてもらう術を知っているとはなかなかやり手だな。ウィンドルフが聞いたら悔しがるぞ」
ワザとらしく茶化してそう言うと、エンプはもう一度へへへと笑った。その照れた顔が歳相応の可愛らしさを浮かべていて、私はより強く抱きしめた。こんな子が苦しんでいる。そんな状態、おかしいに決まっている。
ティバーは過剰適合者には優しい世界だと思っていた。だが実際はその過剰適合者を抑える為の施設で、そして過剰適合者とは少し違うエンプの様な人間も苦しめている。だからと言って外の世界で、過剰適合者は上手に生きていけない。幼い頃の暴走など、地獄だ。誰かを傷つけてしまう事は目に見えている。
「どうすればいいんだろうな……」
「ん? 何?」
「いや、なんでもない」
私はエンプを離すと、その頭を撫でる。エンプのように優しくて力のない子は、ハンターになるべきではないだろう。実際今までだって討伐に出かけて亡くなった同胞はたくさんいる。だが、ティバーは過剰適合者のハンターを育成する為の施設だ。
もっと、何か違う事が出来ればいいのだが……力も頭もない私には、到底想像付かない事だった……。
◆ ◆ ◆
不本意にも穏やかな灯台での日常が壊されたのは、私がアストール先生に連れられてティバーに戻ってきてから、丁度10日目の事だった。現在のアストールクラスは、先生が引きこもって出てこない為、訓練やらなんやらを個人でこなしている。課題もなく演習もなく、灯台に閉じ込められた生徒達は観察者もいないため緊張感は続かずサボる生徒も多く、だらけた雰囲気が漂っていた。
そんな中、いきなり爆発音が鳴り響いた。
いつもの様に走りこみの後、門とは建物を挟んだ裏手にある鍛錬場で組み手をしていた私とエンプはその爆発音にすぐに対処できなかった。私は聞き覚えのある音であった為だが、エンプは逆に聞いた事のない音だったからだろう。
「……今の……なんだ?」
「……爆燃波だ」
不思議そうな顔をするエンプに反射的に答えてからどうするべきが考える。音の方角は門だ。灯台に入る許可のない人間がきっと塀を破壊したのだろう。私はこの爆発を引き起こした相手を知っている。だから悩む必要なんてない。
「エンプ、お前はここにいろ!」
私はエンプにそう指示すると、自分は音が聞こえた方向へ走り出した。
「全く無茶な事を……!」
言いながらそれをさせたのが私だと思うと心苦しくなる。こんな風に、強硬手段に出ようと思うほどあいつらが切羽詰っていたのだとしたら、のうのうとエンプと過ごしていた自分を殴ってやりたい。
いつだって私はそうだ。自分の行動が与える影響を考えられない。
「ウィン兄! ブレイ!!」
思った通り、見つけた相手の名前を叫ぶと二人はすぐに振り返った。
「ロリア!!」
「お嬢ちゃん!」
すぐさま駆け寄ってきたブレイムに抱きしめられ、同じ様に抱きしめ返す。そのブレイムから焦げ臭さを感じ、より一層ブレイムの胸に顔をうずめた。
「ごめん、ごめんなさい」
「無事で良かった! 何もされてないか? 痛い所はないか?」
「大丈夫、大丈夫だから」
私を離し隅から隅まで目を凝らすブレイムに安心させるように笑って頷く。
「本当はもっと早く来たかったのだが……」
「いいんだ、私が悪かったから」
「そんな事ない! あいつが攫ったんだろう!」
「違う、違うんだ」
私は首を横に振る。
「とにかく今は落ち着ける所に移動しよう」
「そうだねー、でもその必要もなさそうな程やる気はないみたいだよ~?」
ウィンドルフに言われて周りを見ると、アストールクラスの生徒達は遠巻きにこちらを見ているだけで侵略者を排除しようとする者達はいない。爆発と共に現れたブレイムとウィンドルフに対して何も思わないのか……。
「ここまで停滞していたとはな……情けない」
「そう言わないであげてよ~。アストールクラスの人間は先生の影響で自分で考えないやつが多いんだから」
「……耳が痛いのだが」
「あはは、お人形さんの第一人者がここにいたじゃーん。ごめんねぇ」
全然悪いと思っていない謝罪を聞きながら、ブレイムに促され歩き出す。だが大事な事を思い出した。
「ブレイム! このまま私は行けない。エンプを一人には出来ない」
「エンプ?」
「そうだ、このアストールクラスで世話になった相手で……置いてはいけない」
「……どこにいる」
「裏の鍛錬場に」
そう言って走り出す。私にその場にいるように言われ落ち着かないに違いない。ちゃんと言う事を聴いて付いて来なかったのは偉いな。褒めてやらないと。
走り出した私の後をブレイムとウィンドルフも追いかける。二人と併走しながら、ここにはいないあいつの事を考えてしまう。
なぜ、いないのだろう……やっぱり私の事など……。
そんな思いが顔に出てしまったのか、ウィンドルフが生暖かい視線を私に向けた。
「レイスはねぇーブレイムにボコボコにされてねぇーロリアを迎えに行くんじゃなくてアストールを捕獲する班に強制されたんです~」
「えっ……」
「ついでにねぇー俺の背中もねぇー結構な火傷がありまーす」
「えっ!」
「当たり前だ!! お前ら二人がいて! ロリアを誘拐されるなんてっ!」
「いやさ~俺のは自業自得だけどね、流石にレイスはちょっと可哀想だったよ?」
「うるさい! 元々最近のあいつの態度許せなかったんだ! いつもそうだあいつは! 何でも分かってる顔しやがって!!」
「ただの兄弟喧嘩ですよねぇ~」
「五月蝿い!!」
「危ねっ」
ウィンドルフの足元がボッと燃え、それをウィンドルフは危機一髪飛び越えた。
「はぁ~そう言うとこ、そっくり兄弟だよねぇ~」
呆れて言うウィンドルフに釣られて笑う。苦手だって言ってたくせに、随分と仲が良さそうだ。
いつの間にかブレイムの堅かった態度も軟化されたみたいだ。きっとビアンカのお陰に違いない。
「ブレイムは、ビアンカと幸せか?」
「っ! ……幸せだよ」
「そうか、良かった」
「ロリア……!」
感極まったブレイムに捕まりそうになるのを避け、正面を向くとそこには噂の人達がいた。
「レイス!」
「ビアンカ!」
「カイサル先生~?」
三者三様名前を呼ぶと、ビアンカだけが振り返り私達にその場で留まるよう手で示す。たが私はそのまま走ると三人の側に寄った。
「アストール先生! エンプ!!」
そこにはメアリーを抱えたアストール先生と、その先生を逃がさないようにと食らいついているエンプがいた。慌てて近付こうとすると、レイスに抱き止められる。
「エンプ! 危ないっ! レイス放せっ」
エンプは先生に必死に追いすがっているが、先生は鬱陶しく思っているのかエンプを払い除けるその手が乱暴だ。私はレイスにがっしりと捕まれ動けない。
「アストール先生、投降してください。ティバー内は私達が把握しました、もう味方はいません」
「そうですか、でも構いませんよ。元々私に味方などいませんから」
カイサル先生の言葉に軽く答えると、アストール先生はついにエンプを蹴り飛ばした。
「エンプ!!」
「ああ、本当の所で一人だけいましたが……悲しい事に嫌われてしまった様です」
叫んだ私を見て、先生は悲しそうに笑った。その顔が、本当のアストール先生の気持ちに思えて私は手を伸ばす。だがその手はレイスに抱え込まれてしまう。
「でも、ようやく私の想いが遂げられそうなのです」
アストール先生はそう言うと、抱えたメアリーを見て嬉しそうに笑った。そして再び私達の方を見ると、「さようなら、もう会う事もないでしょう」と、あっさり『転移』した。
「くそっ! やっぱり転移出来たか!! 俺達には出来ねーことを簡単にやりやがって!!」
「何処に飛んだのかも分からないですし、一先ずは撤収して……」
「エンプ!」
カイサル先生と会話した事で緩んだ手から強引に抜け出すと、倒れているエンプに駆け寄る。
「エンプ、大丈夫か!!」
倒れうずくまったエンプは小刻みに振るえ、嗚咽を漏らしている。
「……エンプ……何処か痛いか?」
その問いに首を横に振ると、エンプは大きな声で泣き出した。
「メアリーが、メアリーがいたんだ! 俺、やっぱりロリアが心配で追いかけようとしたら! メアリーがいてっ! だから俺、メアリーを追いかけたんだっ! そうしたらアストール先生が現れて! メアリーになんかしたんだ!! そしたらメアリーが倒れて先生はそのメアリーを連れてどこかに行こうとするからっ!」
「ああ」
「だから俺止めたくって! どうにか先生を止めたかったのに!! 俺には力がないからっ! 先生っせんせいは、なんで、メアリーをっ」
「……分からない。だが大丈夫だ、きっと、助けるから」
私は泣きながらしがみついてくるエンプをしっかりと抱きしめて、気休めを言う事しか出来なかった。何がどうして、こうなったのか……。
転移する前のアストール先生を思い出す。私を見て、一瞬悲しそうな顔をした先生は、本当に悲しく思っていそうだった。でも、メアリーを見た時の先生はそれはそれは嬉しそうで……。想いを遂げられると言う言葉に嘘はない様だった。
先生、先生? 想いを遂げることが出来そうなんですか? でも、そんな事、許される訳ないはずです。だって、先生の願いは……あの人は……亡くなったんですよね……?




