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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第5章 炎の騎士
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#28

 アストール先生についてティバーに来たからと言って何もしなくても言い訳ではない。特別扱いをしてくれる所か、先生は私を灯台へ放り込むと自分は最上階の自室兼研究室に篭りっぱなしだ。

 ここはティバーの中でも異質な場所、通称『灯台』と呼ばれているアストールクラス専用の施設だ。四階建ての施設があり、その建物の周りを人の力だけでは超えられないような塀にぐるりと囲まれている。出入り口は一箇所しかなく、そこを通る為には身分証の提示が必要で、許可のない人間は結界に弾かれ通れない。

 灯台と呼ばれてはいるが、本当に灯台が立っている訳ではなく、 ティバーの中で一番高い建物である事と、どんな時でも最上階のアストール先生の部屋に煌々と明かりが灯っている為、誰かが言い出したらしい。発端は知らないが、私がティバーに来た時はすでに灯台と呼ばれていた。

 その当時は、確かに異質で特別な場所ではあったが、今ほど閉鎖的ではなかった。一般の過剰適合者は入る事は出来ないし、そもそも近付こうともしないが。立ち入る事を許可されているのは、アストールクラスの生徒と、その生徒の血縁者、そしてティバーから外の世界へ好きに出る事の出来るエリートだけだ。

 だから私が所属していた時も、ボリスの姉のポメラは入れたがレイスやブレイムは入ることが出来なかった。同じ村の出身者ではあるが、血縁関係はないためだ。当時はその規則に感謝していた気がする。ブレイムやレイスとの確執があって、自分から拒絶するのに丁度良かった。

 だからこそなかなか二人と話す機会もなく、私はどんどんアストール先生に心酔して行ってしまったのだが……。


 だが現在は、アストールクラスの生徒しか立ち入る事は出来ない。血縁者も、リサーチャーも、入る事は出来ない。それが許させる状況を、今のアストール先生が作り出せてしまうほどティバーでの立場が上がったと言う事だろうか。

 もともとアストール先生は重宝されていた。外へ出て過剰適合者を保護するリサーチャーとしての才能もそうだが、ティバーに戻って来た時の研究者としての才能も素晴らしかった為だ。

 そのアストール先生の側にいられ、灯台に所属できる事がとにかく誇りだった。そしてアストール先生に自分が頼りにされていると感じる事が、何よりの喜びで……同じ様に先生に目をかけられている生徒を敵対視していたのも今となれば懐かしく思う。

 正面で私を睨み付ける男の子を見て、過去に引きずられてしまった。


「あんた、なんだよ」

「なんだろうな?」

「ふざけてるのかよっ」


 ふざけているつもりはない。だが、なんだと聞かれて何と答えればいいのだろう。剥き出しの敵意にどうすればいいのか戸惑う。同じ様に敵意を向ける意味はないしそのつもりもない。だからと言って嗜めれば余計に怒りを買うだろうし……ああ、無視をすればいいか。

 自分で勝手に納得すると、殺気放つ少年を無視し、チラチラとこちらを窺っているその他の生徒も無視し、走り込みを始めた。

 フリーでいるとついサボりがちになってしまうが、異生と戦うハンターをしている以上、鍛錬は必要だ。そしてそれはいつも走る事から始める。所属していた時の事を軽く思い出しながら、灯台を出てスタートすると、叫びながら男の子も付いて来た。


「おまえっ! 無視するなよっ!」

「舌噛むぞ?」


 悠長に話していられる様な速さで走るつもりはない。最初から飛ばしていく。


「くそっ!」


 少年は一生懸命くらい付いてくるが、あっという間に離して行く。まだまだ鍛錬が足りないな。走り込みをすると、いつも悔しそうに肩で息をしていたリートを思い出す。この子はリートよりもまだ幼い、10歳ぐらいだろうか。まだこれからすぐに成長する。焦らずゆっくりと確実に鍛えて行くことが大切だ。

 リートは、どうしているだろう……。きっと怒っているな。心配して、怒っているに違いない。ロブニーで別れて以来だから、もしかしたらまだ私がいなくなった事を知らないかもしれない。

 とするとリンダもだ。もし知られていたら……考えるだけで恐ろしい。どんな説教が待っているか。でも、きっと怒った後、凄い勢いで泣かれそうだ。それを宥めるのは苦労しそうだな。

 想像して、笑い声が零れて、私はその場に立ち止まる。


「すまない……」


 こんなつもりではなかったが、こんな事になってしまった。今頃、レイスやウィンドルフも怒っているだろうな、勝手なことをした私を……。


「あ、あんたっ! 待てよっ! って……泣いてるのか? 大丈夫かよ……」


 追いかけて来た男の子が、しょんぼりと声を出すのを聞いて、クスッと笑う。この子はきっと優しい子だ。


「気にするな」

「別に気にしてなんかねぇよ! ただ、あんた、なんで灯台に来たんだよ」

「ここの出身者さ、いわば先輩だよ」

「そうなのか?! じゃああんたも過剰適合者?!」

「そうだ、当たり前だろ。なんだと思ったんだ?」

「……てっきり俺……メアリーの代わりだと……」

「メアリーだと?」


 知った名前を聞いて男の子を見ると、木の側に座り込んでしまった。そのままにしてはおけず、なんとなく隣に座ると男の子は私を見る。その瞳は、迷い子の様にとても揺れていて……話を聞かずにはいられなかった。



 男の子は、自分の事をエンプと名乗った。そのエンプが言うにメアリーは、私達が村を去った後すぐにティバーに向かったようだ。二人の男と現れたと言うメアリーはティバーの門で運よくアストール先生に会い、手伝う事を約束して施設に入ることを許された。

 最初の内は灯台内に、アストールクラスでもなく過剰適合者でもハンターでもない一般人がいる事に皆戸惑っていたようだが、そこはメアリーの人柄かすぐに馴染む事が出来たそうだ。

 一緒に来たはずの二人の男はすぐに灯台から出され、討伐隊に参加するようになったと言う。何の鍛錬もせず、ただの一般人だったはずの二人がどうやって討伐対に参加するのか分からないが、今でも共通施設で見かけることがあると言うのだから、異生と向き合っても生きていけているのだろう。

 だがメアリーは違った。ずっと灯台から出る事はなかったのに、最近黒髪の男と一緒に行動する様になったと言うのだ。きっとその黒髪の男と言うのは、レイスの事だろう。

 そしてしばらくしたら姿を見なくなったそうだ。どうしたのか気になって仕方がなかったエンプは、つい先日私と一緒に戻ったアストール先生にメアリーの事を聞いた。すると先生はメアリーはいなくなったと言ったらしい。

 だから代わりに私を連れて来たのだと勘違いしたのだ。


「エンプはメアリーが好きなんだな」

「す、好きって……! そんなんじゃない、そんなんじゃないけど……メアリーといると、安心するんだ……」


 子どもが親を探すようなその不安そうな仕草に、昔の自分が重なる。ロブニー村での研修が思い出され、胸が切なくなる。優しいメアリーは、私を妹のように接してくれ、いつでも味方になってくれた……。

 村での一件は、必要に迫られ仕方なく起こした事だった。だがその事ばかりが頭にこびりつき、メアリーの本質を見失っていた。本来メアリーはとても温かい人だった。ティバーの中と言う落ち着いた環境で暮らしていたなら、その本来の優しいメアリーが孤独な過剰適合者たちを癒したとしても不思議ではない。

 それならば、なぜ、消えてしまったのか……。


「もう一度だけでもいいから会いたいんだ。アストール先生にも言ったけど、無理だって言われて……」

「……レイスに聞くか……」

「レイスさんっ!?」


 素っ頓狂な声を上げるエンプを驚いて見つめると、同じぐらいビックリした顔をしていた。


「な、何でここでレイスさんの名前が?」

「何でって、しばらく一緒に行動していたと言う黒髪の男はレイスだろ? 緑の瞳の……」

「そ、そうですけどっ! あの人がレイスさんっ!?」


 再び驚愕の声を上げるエンプを不思議に見つめる。驚きすぎたのか、さっきまでの口調から一転敬語になっている。まさか気付いてなかったのか?


「え? えぇ? えええ~!?」


 エンプは反芻し時間差で項垂れて行く。この子の私への態度から思うに、レイスにも突っかかったりしていたのかも知れない。


「あの人が……あの人が氷の貴公子……ブレイムさんの弟の……。あーーーー、そーいやそんな気がするーー」


 頭を抱えるエンプの頭をポンポンと叩いてやる。それなりにお仕置きを貰っていそうだが凍らされたりはしていないのだろう。流石にそうすればレイスだと気付くだろう。私達が所属していた時は、レイスとブレイムの事を知らない人間はいなかった。

 だが、私とレイスが飛び出して何年も経っているのだから、その間一度も戻っていなかった私やレイスの事を若いエンプが知らなくても無理はないだろう。

 

「あ、でも……クラスのやつらは今他のクラスと接触禁止なんだ。なんかアストール先生は今大事な研究をしていて、それを外部に狙われたとかで警戒してるって」

「何だって? ……もしかして灯台が閉鎖されているのはそのせいか?」

「うん、しかもその狙った相手って言うのが……カイサル先生の指示じゃないかって噂が出てて……ティバー内もなんか、変なんだ……」

「……カイサル先生の」

「うん、だから、俺不安で……メアリー何処に行っちゃったのかな……」


 今にも泣き出しそうな顔でエンプはそう言うと、膝を抱え顔をうずめた。この子はアストール先生に傾倒している訳ではなさそうだ。それより母性溢れるメアリーを必要としているのだろう。 


 どうしたらいいのだろう。今ティバーでは何が起こっているのだろう。アストール先生にカイサル先生。レイスにブレイムにウィンドルフに、メアリー……。私の知らない所で知らない何かが起こっている。だが、それは私に関係のある事のはずだ。

 やはりアストール先生に会おう。あの目が覚めた時以来ちゃんと話をしていない。このまま鍛錬を続けて日常を過ごしていても意味がない。


「エンプ、分かった。私がアストール先生に聞いてみよう」

「本当?! ありがとう! あ、えっと、俺あんたの名前……」

「私か? 私はロリアだ、宜しくな、エンプ」

「宜しくロリア! …………って!? 吸収の!?」


 エンプはまた目を見開くと、今度はその場で引っ繰り返ってしまった。

 人の名前を聞いて引っ繰り返るなんて失礼なヤツだな。レイスに比べて私はそんな悪名高くなかったはず、だぞ……?


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