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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第5章 炎の騎士
30/40

#27

 明朝7時少し前。集合場所に集まった面々は顔色が若干悪い。空気も重くチームとして機能するのか甚だ不安だ。憎しみの篭った視線は痛くて俯きそうになるが、思いとどまる。

 自分はもっとしっかりしなくては。苦しいから辛いからって俯いては駄目だ。守ってくれている人達に甘えてばかりではいけない。自分で、ちゃんと正面から受け入れなくては。

 背筋を伸ばし、ポメラを見つめ返すと彼女の方から目を逸らした。


「あの娘を責めちゃだめだよー?」

「当然だろ! 抱えきれない苦しみを私に向けているだけだ。それで少しでも気持ちが晴れるならいいが……」


 ポメラは優しい人だった。私を憎むことにも苦しみを感じているかも知れない。そう思うと、どうしたらポメラの苦痛を少しでも和らげることが出来るのか分からない。二人は仲の良い姉弟だった。弟と同じアストールクラスの私達にもポメラは優しくて……私にとっても数少ない同性の友人だった。

 あの事件から何年経っても、ポメラの心は癒されていないのだろう。私に一体何が出来ると言うのか……。


「お嬢が考えても仕方ない事だと思うよ? あの娘が自分で乗り越えなきゃね」


 ウィンドルフはそう言ったが、私は同意する事も出来ず、何かを睨みつけている様なポメラから目を逸らせずにいた。


「時間だ出発してくれ。最初に私とエレナ、次にウィンドルフとロリア、最後にポメラとアレックスだ」

「えー、俺一番最後がいいなぁ~」


 リサーチャーのサメルの言葉にウィンドルフが我が儘を言うと、若いサメルは一瞬言葉に詰まったが、すぐに無視して炭鉱へ進んだ。エレナもすぐに続く。

 ウィンドルフは私を見ると肩を竦めて後へ続いた。私も後ろが気になるものの、遅れる訳にはいかない。慌てて炭鉱の入り口をくぐる。

 後からポメラが付いてくる気配を感じながら、ウィンドルフと並ぶとウィンドルフが話しかけてきた。


「……前だけじゃなくて、後ろも気をつけてね。俺も警戒するけど」

「ああ、分かってる」


 ポメラが私に何かしてくるとは思いたくないが、昨日のレイスの言葉もある。見舞いに来て私を襲ったと言っていたが……本当なのだろうか。レイスが嘘を付くとは思えないが、それでもなんだか違和感が拭えない。

 何か大事な事を……忘れている気がする。


「この辺はすでに討伐も済んではいるが、異生がいないとは言い切れない。休みもせず動き続ける異生は、思っているよりも行動範囲が広く、ルートを熟知しているかのように自在に動く。私たちC3隊は、左ルートで進んでいく。A3が右ルート、B3が中央ルートだ」


 ゆっくりと進んでいくサメルの声に耳を傾け、レイスとブレイムの隊の事を考える。A隊が右ルートで、1は7時出発、2が7時半出発だったはずだ。奥へ進めばもっと複雑に枝分かれし、隊同士が出くわす事はないだろう。

 そもそも右ルートと左ルートでは遠すぎる。


「残念だねぇ~、レイスに会えなくって」


 そんなからかう声が聞こえてきて、間髪いれずウィンドルフの足を蹴りつける。

 確かに残念とは思っていたが、指摘されるとムカつく。と言うかそんなに顔に出てたのだろうか……。


「いった~い。酷いよ、お嬢」


 哀れな声を出し擦り寄ってくるウィンドルフにもう一度蹴りを喰らわせようとしたら、冷たい声が割り込んできた。


「いい気なものね」

「……ポメラ、やめなよ」

「アレックス、だって前の二人、何しに来てるのかしら? 流石、自由行動を許されているエリート様たちは余裕そうで違うわね」

「そんな事言っちゃ駄目だよ、ポメラ」


 後ろを振り向くと、私を睨み付けるポメラと、そんなポメラを止めようとおろおろするアレックスが目に入る。


「なんであんたが、外で悠々と暮らしてるの? ねぇ、なんでなの?」

「……ポメラ……」

「あんたが、ボリスやカーラを狂わせたんでしょ? 私知っているのよ、あんたが、何をしてたか」

「ポメラ、どう言う事~?」


 何も言えない私の代わりにウィンドルフが聞いたが、ポメラは硬く口を食いしばり、首を横に振った。ポメラの隣にいたアレックスが居心地悪そうに私の方へ移動する。


「おい! お前ら何をやっている! 早くこっちに……っ! 異生だ!!」


 サメルの叱咤する声が切羽詰ったものとなり、振り向くといつの間にか二体の異生が目の前にいた。


「一体何処から!?」


 ウィンドルフに突き飛ばされ、ポメラの方へ倒れ込む。

 二体の異生は、なぜかサメル達と立ち止まった私達の、少しだけ開いた隙間に入り込んでいた。


「ウィンドルフ!」


 私を庇うように前に出たウィンドルフをサポートしようと、慌てて立ち上がりウィンドルフへ魔力を与えようとした瞬間、激しい眩暈に見舞われる。揺らぐ視線、そして後から感じる衝撃。頭に受けた痛みが全身に回るよりも先に、辺りが暗くなって行く……。


「っ……」

「ロリア!? お前!!」


 ウィンドルフの怒鳴り声が炭鉱に響くのを感じながら、私は自分の意識が遠のいていくのを、どうする事も出来ずに受け入れるしかなかった。




 ◆ ◆ ◆



 

『カーラ! カーラ! しっかりして!!』

『ロリア! ねぇ! カーラどうしたの!? どうしてこんなっ』

『分かんない、わかんないよ!! でも今はこうしないと!!』


 夢を見ている。夢だって、分かってる。でも、本当は夢じゃない。昔に、前に、本当にあった事。それを見ている。


『ロリア! どうしてそんな事するの!? 魔法をぶつけるなんてっ! カーラが死んじゃう!!』

『違う! 違うの! こうしないと!!』


 吸収魔法で、吸い取らないと。じゃないと、カーラが苦しんでる。助けてあげないと。


『ロリアダメよ!! どうしてカーラを攻撃するの!?』

『違う! 攻撃なんてしてないよ! でもこうしないと! こうすればボリスみたいに!』

『ボリスみたいに!? ボリスみたいにってどう言う事なの!? ロリアはボリスに何をしたの!?』

『ポメラ! やめて!! 邪魔しないで! カーラが!!』


 止めたら、暴走しちゃう……。カーラが暴走しちゃうよ。魔石の力に負けちゃって、カーラが、カーラじゃなくなっちゃう。


『ロリア!!』

『カァーーーラァーーーー!!』




 仕方なかった。あの場で、あの状況で、すぐに正しい判断なんて下せない。弟を亡くして、友人たちは入院して、一人は胸を押さえ苦しんで、一人はその相手を奪おうと魔法を扱う。

 私だってどうすればいいのか分かっていなかった。ただ、カーラを救わないと……その気持ちだけで魔法を無意識に扱ってた。でもポメラも、救おうと思ったに違いない。魔力の流れを見ることの出来ないポメラからしたら、狂ったのは私だ。

 カーラへ向かって魔法を放つ私と、それによって苦しむカーラ。その場で、その状況で、下した判断は、私の排除。その判断はポメラからしたら正しい。ただ、正解だったかと言うと違うだろう。

 顔を殴られ、乱された魔法は意味を成さなくなった。魔石の魔力が吸われず、内に溜め込んでしまったカーラは……暴走した。目の前で魔法を爆発させ暴れるカーラ。泣き叫ぶポメラに、呆然とする私。

 駆け込んできた先生たちに押さえつけられ連れ去られるカーラ。そして私の顔を見て、怒ったレイスがポメラに詰め寄っている。ブレイムに抱きしめられて、私は今起こった事を説明する事も出来ずにただ泣く事しか出来ない。

 なぜ、こんな大事な事を忘れていたのか……分かってる。その理由も、思い出した今なら分かる。だってその日、その後に、目が覚めた私の側にはアストール先生がいて……こう言ったのだ。


「君には失望しました」


 冷たい、いつもとは違う、私の全てを否定するような、そんな聞いた事のない声で、あの人は今みたいにそう言った。

 

「……アストール先生……」

「おはよう、良く寝たかい?」

「……あまり、目覚めは良くありません」

「そうか、それは残念だね。でも起きてくれないかな?」


 優しく、訊ねるようなお願いするような声でありながら、有無を言わせない、従わせる言葉。


「……お久しぶりです」

「おや、しばらく見ないうちに、随分大人になったようだね? 先生は嬉しいよ」

「大規模討伐戦には来ていないと聞いていたのですが」

「そうだね、内緒で参加したんだ。最近昔みたいに自由に動けなくて悲しいんだ、だから、ロリアも今日会った事は内緒にしてくれるかな?」

「……約束しかねます」

「おやおや、随分と大人になったね、先生は悲しいな」

「すみません」

「ロリア、どうして私を見てくれないのかな?」

「っ!」


 言われて息を飲み込む。声だけなら、どうにか話せている。私が私らしく、普通に会話が出来ているはずだ。

 だがその姿を視界に入れてしまったら? ベッドから起き上がったはいいが、隣に座っているだろう先生を見る事は出来てない。もし、先生を見てしまったら、私はどうにかなってしまうかも知れない。心がざわざわと荒ぶっている。恐怖なのだろうか、苦しい。でも、期待に、喜びに、震えてもいる。

 アストール先生の声だ。あの、優しい声。私の全てを認めてくれて、包み込んでくれる、そんなアストール先生の声。今すぐその胸に飛び込んでしまいたくなる私がいる。全て忘れて、優しい先生に、抱きしめてもらいたい。


「ロリア? 顔を見せて」


 優しい、優しい声。私の、大切な大好きな先生。


「……アス先生……」

「会いたかったよ、私のロリア」


 アストール先生がいた。優しい笑顔を浮かべ、ずっと、大好きで大切だった先生。先生の為ならなんでも出来た。なんでもしたかった。先生の側にいる事が私の全てだった。だから、あの時……失望したと言った先生に私は……。


「……お久し、ぶりです……」

「…………」


 笑顔が消える。微笑んでいた表情が、能面のように無表情となる。視線を合わせているのに、先生は、笑うのをやめた。

 分かっていたけど、苦しい。


「変わりないみたいだね、つまらない」

「……はい、生きてます」

「そうだね、それは興味深いけど、でもつまらない。何も新しい事はないのかい?」

「……はい」

「もう思い出したかと思ったのだけど、まだ早かったのかな?」

「……いえ、理解してます」

「それなのに何の成果も出してない?」

「……はい、すいません」


 頭を下げて謝ると、先生は溜め息を付いた。心底つまらなそうに、私を見る。


「はぁ、わざわざ時間をさいて来たと言うのに、無駄だったみたいだね。アレックスが可哀想だったね」

「私を殴ったのは、アレックスですか?」

「そうだよ、ポメラだと思ったかい? ポメラはダメだね、使えない」

「アレックスはどうなりました?」

「ここへ運んできた後、ちゃんと自分でサメルの所へ行ったよ。しばらくは謹慎だね」

「……そうですか」


 先が続かなくて、俯く。今私の心を占めるのは、きっと心配をかけているだろう、レイスやウィンドルフ、ブレイムの事だ。きっとアレックスを締め上げて大変な事になっているはず。


「心配しなくても、すぐに迎えが来るよ。私はもう帰るから」

「……アストール先生……」

「本当に、つまらないな。ロリアは目が覚めちゃったんだね。やっぱり手元から放すべきじゃなかったね」

「……先生」

「そんな顔しても無駄だよ、私は私のお人形じゃない人間には興味がないんだ」

「……はい」

「それとも付いてくるかい?」

「…………」


 ゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋を出て行く先生を視線が追う。どうしても追ってしまう。やっぱり先生が大好きです、と、その身体にしがみ付きたくなる衝動が溢れてくる。でも、それは違う。そんな関係は違う。私のそれは、きっと違う。


 だけど、全てを思い出した今、今まで通りではいられない……。このまま先生を見送って、皆の所へ戻る事なんて……出来ない。


「先生……先生!」


 どうしたらいいのか分からない。でも。


「ティバーに……先生の所へ……戻ります」

「ふふふ、そう言うと思っていたよ」


 私の隣に先生は戻ってくると、優しく私の頭を撫でる。


「お帰り、私のロリア」

「はい、アス先生」


 先生は大きく腕を開くと私を包み込む。そんな先生の胸に私は寄りかかり、目を閉じると、目尻から一粒、涙が零れ落ちた……。


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