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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第1章 氷の貴公子
3/40

#02

「何この餓鬼。ロリアの言霊が見える」

「何このおばさん。ロリア様の匂いがする」

「…………」

「…………」


 二人顔を見合わせ、しばし無言の後……取っ組み合いの喧嘩が始まった。


「やーめーろ! お前ら! 初対面でどうしてそんな喧嘩になるんだ?」

「だってロリアぁ! この餓鬼があまりに生意気なんですもの!」

「だってロリア様! このおばさんすっげぇ感じ悪りぃぜ!」


 二人同時にそう叫ぶと再び睨み合い掴み合う。


「…………レイス」

「ふぅ、面倒臭いですね。ですが、このままロリア様の自室で騒ぐなら……仕方ありません。とうけつ

 

 レイスがそう一言唱えると、今だお互いを罵倒しあっている二人が固まった。


「……レイス、誰が二人を凍らせろと言った?」

「おや? 違いましたか? てっきり二人を黙らせる為に固めてしまえば宜しいのかと」


 私を見ながら飄々と言い放つレイスにがっくりと脱力する。

 こんなことなら最初から私が捕縛すれば良かった。つい面倒臭くてレイスに任せたのが間違いだった。てっきり氷の檻にでも閉じ込めてくれると思ったが、この二人が嫌いなレイスがそんな優しい方法を選ぶはずはなかったな。


「いいから解凍しろ」

「しかたありませんね。ひょうよう


 再びレイスが唱えると、二人の氷が消えていった。いつみても、この溶解は不思議だ。普通氷が溶けると水になるはずだが、蒸発して消えていく。それこそまるでリートの熱を扱っているようだ。


「し、死んでしまうのかと思った……」


 凍結から開放されたリートは自分の体から熱を発生させると、そのまま倒れ込む。


「れ、レイス? 何回言えばいいのかしら? 人は凍らせてはダメよ?」


 そう言って身体を震わせているのはリンダと言うもう一人の契約者だ。

 私と同じ金髪碧眼のくせに、私とは全く違うダイナマイトボディの彼女は、雷の過剰適合者だ。

 私やレイスより年長者の彼女にも多分遮断結界はもう必要ない。だが、彼女は自分から契約してくれと言ってきた。


 私とレイスの二人でフリーのハンターを始め、多少名が売れてきた時リンダの方から接触して来た。

 自分は我を忘れて雷を落としてしまう事があるので、常に遮断して欲しい……と。

 その時リンダはハンターではなく、一般人だったんだ。

 だから私は過剰適合者の苦しみを知っていたので、武器とはなりえないがすぐに契約した。

 そして常に結界を発動した状態でも問題がないようだったので、今まで通りの生活を続けてくれと言ったのだが……なぜか弟子入りされてしまった。


 過剰適合者は魔法を習う必要がない。最初から手足を扱うように自分属性の魔法を簡単に使えるからだ。

 強弱だったり正確性だったりと訓練は必要だが、ハンターの資格を取らず一般人として生活する分には必要ないだろう。

 だが、過剰適合者が普通の人として生活しているなど初めて聞いた。


 大概、強い魔法を扱える人間は暴走して施設に送られるものだ。そこで魔法のあり方を学ぶ必要がある。だが、過剰適合者として発覚した場合、特別な協会に入れられる。それは強制で、選択肢はない。


 リンダは雷と言う攻撃に適した属性でありながら、私達の前に現れる迄保護されなかったのが不思議だった。だが、接している内にその理由はすぐに分かった。

 私達と出会った時から遮断結界など必要ない程コントロール出来ていたのだ。聞くと子供の頃からコントロールは完璧だったそうだ。


 そんな過剰適合者もいるのかとレイスと共に驚愕したが、リンダの場合は歳を重ねるほどにコントロール出来なくなる時が増えたと言うからより驚いた。

 私とレイスで色々と試した結果の推測では、過剰適合は成長するのだ。

 きっとリンダの場合は幼少時は適合率が強くなかった。だが成長と共に適合率が増え、感情に左右されることも増えたのだ。


 本人はその……初潮後にひどくなった気がすると言っていた。

 そんなものか? と不思議に思ったが、思い出してみると私が遮断結界を扱えるようになったのが、その……後だった気がする。

 つまりそう言った身体的成長と過剰適合率と言うのは比例すると言う事だ。もちろん私もレイスも研究者ではないので確かなことは言えないが……。


「……ロリア様の自室で騒がれるあなた方が悪いのです」


 レイスはそう断言すると、考え事をしていた私をそっと抱える。

 だから急に後ろからお姫様抱っこはやめろ。


「あなた、いいわね。温かそうだわ」


 震えていたリンダはそう言うと、リートを後ろからガシっと抱え込んだ。


「ばっ! やめっ! やめろ! おばさん!!」


 茹でタコみたいな真っ赤な顔をしてリートが叫ぶ。

 ……まあな、あのダイナマイトボディを背中に押し付けられたら溜まったものではないな。

 一応思春期の少年だからな、お手柔らかに頼むぞリンダ。


「あら? なぁに? 一丁前に照れちゃって可愛いわね~」


 リンダは「ふふふふ」と悪女の顔で笑うと、より胸を押し付けている。


「げ、下品なことするなよ! 俺はお前みたいな女大っ嫌いだ! 俺はロリア様みたいなボリュームがいいんだーーー!」

「…………」


 それは……褒められているのか?

 レイスに抱きかかえられたまま、無意識に自分の顔が引きつるのを感じる。そんな私の不穏な空気を感じたのか、リートは慌てて言い訳を始めた。


「ちがっ! ちがっ! 変な意味ではなくてっ! 俺は! ロリア様が好きでっ!」

「……背中にリンダをベッタリくっつけた状態じゃぁ、まったく説得力がないぞ」

「そんな、ロリア様ぁーーー! お前っ! 離れろよ!」

「いやよー、だって温かいものー」


 なんだかアホらしいな……。

 ギャイギャイ騒ぐ二人を無視してレイスから降りようとしたが、なぜかぎゅっとより一層抱きかかえられてしまった。


「……レイス? ……なんだその笑顔」


 普段無愛想で、笑うとしたら冷笑しかないくせににっこりと笑うな。怖すぎる。


「私はもちろんロリア様が一番ですよ」


 そう言ってチュッとこめかみにキスされ気がついたら顔面をこぶしで殴っていた。


「おおおおお前はアホか!!」


 騒いでいる二人には見えてなかったようだが、こいつは何をしたんだ今!

 鼻を押さえ悶えるレイスから逃げ、生暖かいものが触れたこめかみをゴシゴシと擦る。

 恨めしそうな顔をするレイスの脛を蹴っ飛ばすと、まだじゃれている二人を無視して私は部屋を後にした――。



 ◆ ◆ ◆



 宿を出た私をレイスが慌てて追って来るのを見て、溜息が零れた。

 そばにいてくれて嬉しいとは思っているが、正直この過干渉はどうにかして欲しい。一人になるのは夜寝る時ぐらいで、それ以外は常にレイスが側にいる。

 

「ロリア様。一人にならないで下さい」

「なんでだ? 私だってもう子供じゃないぞ? どこにだって一人で行ける!」


 そう力説したが、鼻で笑われた。


「……ずっと気付いてはいたが、実はお前私の事馬鹿にしてるだろ!?」

「滅相もございません。愛すべきロリア様を馬鹿にするなど……………………ありえません」

「なんだその間は! なんだその笑いは!」


 ニヤニヤ笑っているレイスを見てもう一回殴ってやろうとしたら避けられた。


「ふふふ、そう言う所がまだまだです」

「やっぱり馬鹿にしてるだろ!?」

「とんでもございません。敬ってますよ」

「嘘付け」


 殴れないし、口でも勝てないなら戦うだけ無駄だ。私はレイスを無視して歩く事にした。


「それで、どちらへ行かれるのですか?」

「今回の依頼人の屋敷へ行く」


 説明すると、横から嫌な視線を感じる。


「本当は二人も連れてってやろうと思ってたんだが、あれでは駄目だ」

「……ロリア様も依頼人と会う必要はない、とご説明したはずですが?」


 うわ、怖っ。

 声のトーンが一気に下がったレイスの言葉を聞いて、無意識に背筋が伸びる。なぜ急に不機嫌になったんだ?


「そ、そうだが、なんで会っちゃいけないんだ? いつも一応私だって対応するのに、なぜ今回の依頼人は……」

「ダメです」


 言葉が終わる前にすっぱりと切断される。


「そ、そんなこと言ったって先方からお誘いがあったんだ! あの、執事だと言っていた……」

「ウィンドルフ?」

「そう! そのウィンドルフさんが宿に来て話していった」

「…………いつ?」


 うわーうわーうわー。なんだこの冷気は!

 やばい、魔法が駄々漏れだ。

 私に対する言葉使いが丁寧語じゃなくなってる! なぜか切れてる!


「…………いつそんな話を?」

「あーあーあー……レイスがリンダとリートを呼びに行っていた時……だったかな?」


 曖昧に目を逸らしながらそんな風に答えたら……チッて舌打ちされた。舌打ち!? レイスが舌打ち!?


「あいつ……頃合を……」


 そうレイスが呟いた瞬間、宿の入り口の横に置いてあった植木がパキンと凍った。


「レイス!」


 私は慌てて遮断結界の濃度を上げる。かなり暴走状態だから強めにして強制的に切らないといけないだろう。

 そう判断して魔法を設計すると施工する。その瞬間、思っていた以上に大量の魔力が吸い取られていく。


「うわっ」


 思いっきり手を引っ張られたかのように足元がよろめく。

 なんだこれは! こんなの感じた事ない。レイスの遮断にこんな魔力を消費するなんて今までなかった。

 倒れそうになった私をレイスが抱きしめた。


「……すいません……」


 消え入りそうな声で言われて慌てて首を振った。

 

「お前のせいじゃない。私が慌てたせいで術を組み違えたのだろう」


 そう説明したが、レイスは私を抱えたまま私の胸元に顔を寄せ強く抱きついて来た。私もつい、目の前のレイスの頭を抱える。

 しばらくそうしていたが、レイスは顔を上げるといつもの飄々とした態度に戻っていた。


「失礼しました。つい取り乱してしまい、お恥ずかしい限りです」


 また私は無言で首を横に振ると、行き場のなくなった両手を自分の胸元でぎゅっと握る。

 さっきまでそこにあったレイスの温もりが消え、なぜか寂しい。


「まぁ、行くと言うなら仕方ありません。私もご一緒しましょう」


 いつも通りに戻ったレイスはそう言うとそのまま歩き出す。


「ま、待てレイス! 一緒に行くのは分かったら、いい加減降ろせ!」

「ああ、忘れていました。ですが先ほど転びそうになっていましたでしょう? またそのような事が起きないように私がしっかり支えてさしあげます」

「さ、支えてるなんてもんじゃなくて抱えてるだろうが! それにさっきのは魔力の急激な変化でちょっと眩暈がしただけでもう平気だ!」


 一向に緩まない手が嫌で足をバタバタさせると嫌そうな顔をされた。


「お行儀が悪いですよ。そんな子供みたいに……」

「うるさい!」


 気がついたらまたこぶしで顔面を殴っていた。


「悪い。お姫様抱っこさせるともう条件反射で手が出てしまうみたいだ」


 私は殴って痺れた手のひらを振りながら、鼻を抱えて後を付いてくるレイスを見ないようにしながら依頼主の屋敷へと歩を進めた。

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