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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第5章 炎の騎士
29/40

#26

 離れたのは二ヶ月ぐらいだった。何も変わってないと思っていた。ずっと近過ぎる距離にいた。だから分ってるつもりだった。最後の時、私のよく知るあいつだったから、何も変わらない……そう思っていた。

 でも、そこに立つ男は私の知らない顔をしていた。いや、正確には少し違う。二人でティバーを飛び出る前の、あいつの顔に戻っていた。ティバーの制服を着て、隊を指示しているレイスは、私の従者なんてふざけた事を言っていた男とは別人のようだった。

 でも、この姿が……本当のレイスなんだ。私のそばにいたあいつが、偽りだったのだ。たった数週間で恐れていた事が起こってしまった。偽りの関係でそばにいた間の事がなかったことになってしまった錯覚を覚える。

 私のこの気持ちも、なかったことにするべきなのだろうか。……でもそんな事出来る訳ない。


 私の視線を感じたのか、レイスがこちらを見た。目が合った一瞬、目が見開かれ驚愕の表情を浮かべる。だがすぐにその表情は消え恐ろしいほどの無表情となり、何事もなかったかのように隊を引き連れどこかへ行ってしまった。

 胸が苦しい。でも、少し嬉しい。完全に私を排除した訳じゃなかった。私がここにいて動揺するぐらいには、まだ心の中に私が住み着いているようだ。


「必死だねぇ~」


 からかい笑う声がして振り返ると、ウィンドルフがにやにやとレイスが消えた方を見ていた。


「絶対に俺殴られそー」


 そう言いながら妙に嬉しそうなのが、気持ち悪い。胡乱な気持ちで見つめると、傷ついたような顔をした。


「あ、そんな顔で見ないで、俺別に変態じゃないよっ」

「……そうか」

「やだやだー、俺は女の子の方が好きだ! ま、レイスも好きだけど!」

「…………そうか」


 今度こそ本気で恐ろしくなってウィンドルフから距離を置くと、ニヤニヤと笑っている。その顔がムカついて蹴飛ばしていると、ティバーの人間がちらほらと集まりだした。

 今回の大規模討伐戦で私が所属する部隊は、C3隊だ。隊長はサメルと言うリサーチャーであまりよく知らない。私がティバーにいた時はまだ見習い期間だったようだ。探るような視線を投げられ、真正面から受け止める。

 文句があるのか。なら買うぞ。そんな私の不穏分子を感じ取ったのか、サメルは引きつった顔で目を逸らした。


「……喧嘩売らないでよ」


 いつの間にか背後にいたウィンドルフに小声で文句を言われたが、知ったことか。あいつが先に私を研究対象としての視線を投げてきたから弾いただけだ。


「おほん、それでは、ロブ廃鉱大規模討伐作戦C3隊の説明を行なう。まずはそれぞれ認識コードを送れ」


 リサーチャーに言われ、腕輪を取るとリサーチャーの書類へと身分を提示する。周りの人間も同じ様にしていく。そして説明が始まった。


 ロブニー村の南に位置するロブ山の炭鉱は、大規模なガス事故により閉鎖された。作業中、人体に有害なガスが溢れ中にいた作業員はどんどん倒れていった。入り口付近にいた数人が倒れていく異常な光景に気付き、脱出後入り口を閉めた。すぐに報告がなされ調査隊が来て調べると、吸い込めば一瞬で肺を焼くガスである事が確認された。入り口を閉めていても微量ながら漏れていた為、中で倒れた人達を回収する事も出来ず完全に塞ぐしかなかった。それからもう二十年以上経つそうだ。

 それがつい半年前程、嵐によって廃鉱の入り口が壊された。調査すると有毒なガスはもう発生していなかったが、その代わりと言うように異生が這い出してきたそうだ。その異生が一体何対いるのか、正確な数は分かっていない。

 ガスが発生するまで、この炭鉱はこの周辺で一番の大きさだったのだ。開示された地図を見たが全然理解できなかった。この中で迷ったら出てこれる自信は確実にないな。


 隊はリサーチャーを含め六人一組で、尚且つペアとなり進む。私のペアは当然ウィンドルフだった。出発は明朝7時。A3隊、B3隊と一緒に潜る。今日はこのまま解散となった。

 支給された遠話具とわぐを腕にはめながら他の三人の顔を確認していると、一人の女と目が合った。向こうも私を見ていたのか、強い眼差しが私を捉えていた。

 知っている。その女を、私は知っている……。


「……久しぶりね、ロリア」

「あ、ああ……久しぶり」

「本当に生きてたのね。本当に、あなただけ、生きてるのね」


 ゆっくりと区切らせた台詞に、深い憎悪を感じで、目を逸らす。彼女の立場なら、そう言いたくなる気持ちは分かる。


「ポメラ、ロリアへの接触は禁じられてるはずだよ~?」

「あなたに言われなくても分かってるわよ。ただ、本当に本人か確認したかっただけよ。同じ隊なんだから無視するのもおかしいでしょ」

「そうかも知れないけどね~?」

「いいんだ、ウィンドルフ。私もちゃんと話すべきだと思う。……ボリスの事を、」

「やめて!! あなたの口からボリスの事は聞きたくないわ!!」


 パシッと頬に衝撃を受ける。走り去る彼女の後姿を見ながら、ウィンドルフを睨み付けた。


「知ってたのか」

「ポメラが一緒だって事? 知ってたよ、知ってたけど、俺にはどうする事も出来ないしねぇ」

「なんでこんな事になったんだ! 討伐隊はいくらでもある、わざわざ一緒にする必要など」

「あるんじゃないの~? 上としてはさ、関係者と接触させてロリアの記憶を揺す振りたいんでしょ」

「……そんな事の為に……」


 ポメラの傷を抉るのか……。


「あぁ、そんな顔しないでよー。だから嫌だったんだけどねー」

「別に、私は大丈夫だ。私なんかが、傷付く資格はない……」


 込み上げてきそうになる涙を堪え、下を向く。ポンポンと頭を撫でられ、ぐっと唇を噛み締めた。


「寝床を確保しに行きましょ~」


 背中を押され、ウィンドルフに付いて歩き出した。


 ポメラは、ボリスの姉だ。ボリス……。あのフィアス戦の時、魔石を埋め込まれて暴走したあのボリスだ。一緒にいた皆を次々と倒し、異生化していったボリス。そのボリスの一歳年上の姉だ。

 あの時、私は無意識にボリスの魔力を吸収した。カーナにした時と同じ様に吸収して、倒れた。その後の記憶ははっきりとしない。気付いた時はティバーの救護室のベッドで寝ていて……。ボリスはあの後どうなったんだろう。

 先生達が助けに来たから、やはり倒されてしまったのだろうか……。


「ちょっ! 悪かったって!!」


 激しい殺気とウィンドルフの焦った声が聞こえて顔を上げると、いつの間にか正面にうっすらと笑っているレイスがいた。この顔は良く知っている。とんでもなく怒っている時の、絶対零度のほほ笑みだ。心なしか周辺の気温が低くなっている気がする。

 うぅっ、寒い、怖い。


「そうか、悪かったと思ってるか」


 そう言って頷きながら、レイスはゆっくりとウィンドルフに近付くと、腹に拳を食らわせた。


「うぇっ」


 前屈みに倒れ膝を付くと、ウィンドルフは「もうちょっと加減してよ~」と情けない声で泣いた。そんなウィンドルフを無視して、その冷気は私に近付いて来る。


「……何してるのですか。なぜここにいるのです?」


 木々が凍りついてしまいそうな程冷たい声で問われ、背筋がぞくぞくっと震える。


「わ、私がどうしようと、お前には、か、関係ないだろう」


 声が震えてしまったのは仕方ない事だろう。

 逃げては駄目だ。とんでもなく恐ろしくても、真正面から同じ様に睨みつけてやる。


「……馬鹿ですね」


 眉を下げ、辛そうな顔をする。そんな顔が見たかった訳じゃない。だが、来ればこうなる事は分かってた。そして、そんな表情を見せるレイスを嬉しいと思ってしまう私は、やっぱり馬鹿だ。


「私の、知ってるレイスだな……」


 チラッと見た時は、ティバーのレイスだった。だが、今目の前にいるレイスは、二人でハンターをしていた時と同じレイスだ。それが、凄く嬉しい。無関心じゃない、独占欲を抱いてくれていた、レイス。


「そう言わないであげてよ、ロリアも必死なんだよ。もがいてる状態なんだからね」

「……ここはロリア様の敵が多いのです、そんな事分かっているでしょう」

「分かってるけどね~。隠れてるのももう限界だよ。ブレイムとも会った事だし、」

「何?」


 睨まれて身を縮める。


「わ、私に怒るな、不可抗力だ」


 隠れてて、見つかっていないのにノコノコ出て行きはしたが。不可抗力だ。


「ブレイはなんて?」

「まー荒れたけど、何とか納得して帰ってったよ~」

「そうですか、いつの話ですか?」

「一ヶ月前かな。俺達ロブニー村にいたんだよね」

「……報告はないですね」

「まだ喧嘩してんの~?」

「別に、喧嘩してるわけでは」


 そう言いながら目を伏せる。喧嘩はしてないが、仲良くもないのか。それがきっと、私のせいだと思うと申し訳なく思う。


「作戦コードは何ですか?」

「C3隊だよー」

「そうですか、私はA2隊です。場所も時間も被らないですね」

「俺がしっかり見張るから、大丈夫だよー」

「……ウィン、頼みましたよ」

「はいはい」


 ウィンドルフは肩をすくめながらいい加減に返事をすると、他の人の配属を聞いた。


「ブレイはA1隊です。それと、アストールもカイサル先生も来ていません。ロリア様の事はどうなのですか?」

「報告はしてるけど、特に何も言われなかったよ。ただ……」

「ただ何です」

「同じC3隊にポメラがいる」

「ポメラ?」


 確認するように見つめられて、無言で頷いた。ポメラの事はレイスだって当然知っている。


「馬鹿な事を! ポメラはロリア様を逆恨みしている人間の筆頭です。見舞いに来た時だって命を狙ったと言うのに! そんなやつを近付けるなんて……」

「え? そ、そうなのか?」


 見舞いに来て襲われた? 全く覚えていない。正直入院中の記憶はすごく曖昧だ。カーナが隣に寝ていて、段々と様子がおかしくなって行った事は覚えているが、その後……私はどうしていたのだろう?


「……覚えてなくて当然です。カーナの暴走を止められなくなった時、ロリア様はまた倒れて……起きた時は抜け殻のようになっていましたから」

「抜け殻って……」

「今なら倒れた理由も想像付きますね、カーナの魔石の魔力を限界まで吸い込んだのでしょう。ただ、その後精神を病んでいた理由は分かりませんが……」


 その時の事を思い出したのか、レイスは嫌そうな顔をした。その時、私はレイスは会ったのだろうか……。


「レイスもブレイムも付きっ切りでお嬢のお世話してたもんねー。そりゃーもう甲斐甲斐しく」

「うるさい」

「え? そうなのか?」


 なんだか嬉しくなってレイスを見ると、目を逸らされた。これはあれだな、照れてる。どうしよう、凄く嬉しいじゃないか。

 ティバーにいた私の事も心配してくれていたんだな。嫌われていると思ってたが、それなりに気にしてくれてたんだな。


「ともかく、ウィン、頼みましたよ。どうしても私は側にいる事は出来ません。ロリア様を助ければ私の報告の信頼度が揺るぎます」

「まぁそうだねー。レイスは今まで通りお嬢の事は大っ嫌いって態度をしといてよー」

「なんだそれは?」

「……本来ならロリア様の味方をすると思われる私が監視役を続けてこれたのは、私がロリア様を嫌っていると思われているからです。それが馴れ馴れしく接していては疑われてしまいます」

「……そうか」


 そんな小細工を、レイスはずっとしていたのだろうか……。一緒にハンターをしていた間、レイスは私を甘やかしながら、ティバーには監視役として報告をしていた。それは心が歪んでしまっていた私を守るため、私の不利になるような事は報告しないように……。

 涙が浮かびそうになり、唇を噛み締めた。何も知らずに偉そうな態度を取っていた自分が、情けなく思う。


「……ロリア様、傷付きます」


 顎をそっと持ち上げられ、親指で唇をなぞられた。その行為にカッと顔に火が燈ったように熱くなる。慌てて顔を背けると、レイスの苦笑が聞こえる。


「では私は先に戻ります。ウィン、頼みましたよ」

「そんなに何度も言わないでも分かったってばー」


 レイスの顔を見れないまま、気配はなくなっていく。その姿を追いかけたいと思うのに、火照った顔が許してくれなかった。


「……お嬢、今の態度なに?」

 

 ウィンドルフに呆れた口調で言われて、多少収まりつつあった熱が再び燃え上がる。


「う、うるさい! 別に、なんでもない!」

「って言われてもね~? もう初心な恋する乙女そのまんまな態度なんですけどー」

「ば! バカいうな!!」


 自覚があるだけに第三者から言われると恥ずかしすぎる。恋心を自覚した後でも、ある程度普通に接していられたはずなのに、なんだこれは。ちょっと触れられただけなのに何故こんなに胸がドキドキするんだ?


「なんか、ちょっと緊張してた俺が馬鹿みたいだよ~。やっぱり以外にお嬢って図太いよねー」

「うるさい!」


 深い溜め息を付かれて、怒る。ウィンドルフの言っている事は正しいのだが、認めたくはない。

 ポメラの事もあって、もっと慎重にならないといけないと分かってはいるが、レイスに会えて、変わらず接してもらえて……浮き足立ってしまう自分は、確かに図太いのかも知れない。


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