後
その後、俺達はすぐに再会できた。全身包帯塗れの俺と、憔悴しきった二人。言葉少なく三人で固まりくっ付いていた。
生存者は少なかった。その中に俺たちの両親も、ロリアの両親もいなかった。遺体は分からなかった。なぜなら死んだ人は殆ど黒い煤となっているか消滅していたからだ。何人犠牲になったのか正確な数字も出なかった。
だが、生きている人の中に両親はいない。それだけで現実は知ることが出来た。
俺が過剰適合者だと言う事は、アストールがすぐに説明してくれた。そして一緒に来るように言われる。返事の出来ない俺に、「三人とも一緒だよ」と言われ、すぐに心は決まった。
二人はあの時、隣町へと向かう途中別の異生に襲われ魔法を覚醒させていた。死への恐怖が一番強制的に覚醒させるらしい。その襲われている場にアストールが偶然通りかかり助け、村にも救助に来てくれたらしかった。
幼い俺たちに生きていく術はない。保護してくれると言うならば、助けてもらえばいい。それが命を救ってくれた相手なら、安心だ。あの時はそう思っていた。
ティバーへ所属してから四年、俺たちに最初の転機が訪れる。まず14歳になった俺とレイスが過剰適合者の基礎を勉強終わり、リサーチャーが師事するそれぞれ特性に合ったクラスへ配置された。
4歳年下のロリアはまだ10歳だった事と、特殊な過剰適合魔法だった為、所属クラスが中々決まらずこの年は保留となる。そしてその二年後、俺達が16歳、ロリアが12歳の時、ロリアの所属クラスも決定された。
「アストール先生のクラスになったんだって?」
「うん、アストール先生で良かったけど、なんで私だけ違うの?」
「俺とレイスは前例もあって単純だからね。攻撃に特化してるからカイサル先生のクラスに行く事は早くから決まってたし」
「カイサル先生のクラスって……エリート集団じゃん」
「エリートかどうかは分からないけど、中心的クラスである事は確かだね。他の先輩達にも大分打ち解けたし、来年からは実地訓練も始まるんだ」
「私も二人と一緒が良かった」
「ロリア、そうだね、俺も心配だよ」
「……我が儘言うなよ、どう考えてもお前がカイサルクラスは無理だろ。何処に所属するかなかなか決まらなかった変り種なんだ、アストール先生が面倒見てくれるって言うだけ感謝しろよ」
「そんなの分かってるよ!! ……レイスはいつもなんでそんな言い方するの?!」
「お前が我が儘ばっかり言うからだろ」
「我が儘じゃないよ! ちゃんと分かってるもん! だけど、話を聞いて欲しい、って思っちゃ駄目なの?」
「……俺達じゃなくてもいいだろ。他に、友人を作れ」
「…………」
「レイス、ロリアは不安なんだよ。初めてクラスに所属するんだからね。話を聞いてあげるぐらいいいだろ?」
「ブレイ、お前がそうやって甘やかすからいけないんだろ。本当は俺達まだ課題が残ってるんだ。クラスに所属してないお前は知らないだろうが、今までとは違って一気に忙しくなるんだよ。こんな風におしゃべりしてる時間はないんだ」
「……そう、なの? ブレイ、宿題あるの?」
伺うように不安そうな表情でロリアはブレイを見ると、ブレイは苦笑いした。ずっと甘やかしてきたツケか、ロリアはティバーに来ても俺たちにべったりだった。
ロリアにはロリアの交友関係が出来ていたはずだが、そちらには見向きもせず俺たちと一緒に居たがる。そしてブレイもロリアと一緒にいたがった。だがそれは無理な話だ。この先俺達は異生討伐を主要とした生活になる。だがロリアは違う。
未知の魔法が多いアストールクラスは研究が主要になると聞いた。俺たちの生活はすれ違いが多くなるだろう。
本当にロリアの事を心配するなら、今も俺たちと一緒にいるのを良しとせず、ロリアが共にいて信頼できる相手を作るよう進めるべきだ。
「……私、迷惑だったの……?」
「ロリア、違うんだ。そんな、迷惑なんて思ってないよ、大丈夫、俺がずっと側にいてあげるから」
「ブレイ!」
「ああ泣かないで。レイスのせいだね。レイスが変な事言うから」
「……勝手にしてくれ。俺は行くからな」
泣き出したロリアを慰め出したブレイにそう言うと、席を立つ。すると丁度カイサルクラスの先輩で友人の二人が食堂に入ってくる所だった。
口が軽くて調子が良くて、だけどなぜか憎めない風の過剰適合者のウィンドルフと、曲がった事が嫌いで女なのに男より強い水の過剰適合者のビアンカだ。
「お! レイス! お前どうして来なかったんだよ、課題進めなくていいのか? ……あれ、なんか取り込み中?」
「ウィン。いや、別に」
「おやおやお姫様泣いちゃってるじゃん。また苛めたの?」
「別に。俺が苛めてるわけじゃない」
「まーたブレイムが甘やかしてんの~。クラス決まったんでしょ? いい加減ブレイム離れさせないと」
「そうだけど……」
「お前が言ってやんねーと二人は変わらないと思うけどねぇ」
「……俺の言う事だって聞かないさ」
「そこでレイスは諦めるのか? 私から見てもあの二人は離れるべきだと思うぞ」
言われてビアンカを見ると、彼女はくっ付きながら食堂を出て行く二人の後姿を眺めていた。
「レイスが言えないと言うなら、私が忠告しよう。あまり踏み込みすぎるのも良くないかと思っていたが、あれではやはりロリアの為にはならない。それに、お前達とは家族の様な付き合いだからな、踏み込んでもかまわないだろう」
「はぁービアンカちゃんは優しいねぇ。俺はほっとけばって思っちゃうけど」
「ロリアとブレイムの為ではあるが、本当はレイスの為だ。いつだってお前は仲間はずれにされたような不安な顔をしている。同じクラスのよしみとして、助けてやりたいな」
「……誰がそんな顔してるってんだよ。俺は関係ない。ビアンカがそうしたいって言うなら、そうしろよ」
「そうしよう」
ビアンカが、そう思ってくれたのはムカつきもしたけど嬉しくもあった。村には同じ年頃の子供はいなくて、いつも三人だった。だからティバーに来て初めて友達と言うものが出来て、すごく感謝した。いつも二人でくっ付いているブレイとロリアにも、そんな相手を作って欲しいと思っていた。
ビアンカはいいやつだ。男女間を越えた友人と言える。そんな同じカイサルクラスのビアンカなら、ブレイともうまく付き合えるんじゃないかと思った。だからビアンカに任せてみようと……いや、俺は面倒臭くなって丸投げしたんだ。
おせっかいを焼いてくれるって言うビアンカに、全部ほっぽり出してしまった。だけど、もっと、俺もちゃんとフォローをするべきだった。もっと側にいてやるべきだった。そう気が付いた時は、もう拗れきっていた。
◆
ロリアがアストールクラスに決まってから二年後、俺たちが18歳、ロリアが14歳の時、再び転機が訪れる。
「レイスは、二人の事知ってたの?!」
「……いや」
「嘘!! 知ってたんでしょ!? それで私を嘲笑ってたんでしょ!?」
いきなり俺の自室に飛び込んできたロリアは、そう詰め寄ると、泣きながら俺を叩いた。
二年の間に、ロリアはアストールクラスの仲間とそれなりに人間関係を築き、ブレイとは相変わらずの関係だったが俺とは殆ど接触しないようになっていた。だからいきなり飛び込んできて、正直どう接していいのか分からなかった。
激しく泣き叫ぶロリアをなんとか宥め、説明を求めれば二人の情事を目撃してしまったと言う事だった。
「ロブニー村の、何度目かの研修会があったの。本当は明日帰って来る予定だったんだけど、早く異生討伐が終わって、今日帰れることになって」
「休みになったのか?」
「うん。カイサルクラスも休日だって知ってたから嬉しくって、それで……」
「連絡もせずブレイの部屋に押しかけた」
ロリアは瞳に涙を浮かべ、頷く。その時の事を思い出したのか、止まっていた涙が再びぽろぽろと零れた。
「ブレイが、凄く、焦ってて。なんか変だなって、おかしいなって思って部屋に乗り込んだら……!」
「ベッドで寝てる全裸のビアンカがいたわけだ」
「どうして!! なんで!! そんな関係だったなんて!!」
俺のベッドで枕を叩くロリアを見ながら、ため息を付く。下手をうったなとしか思えない。と言うか、ビアンカとそんな関係になっていたとは知らなかった。妙に最近ブレイがビアンカの後を付いていく事が多いとは思っていたが、そこまで発展していたとは。
「ブレイはずっと変わらなかった。ずっと私が一番だって。一番大切で一番大好きだって言ってたのに!!」
浮気男の台詞だな。ブレイのヤツ、そんな事ロリアに言ってたのか。
「でも! ビアンカの事は、愛してるって……!!」
「あーーー……」
なんだこの修羅場……。完全な浮気現場じゃないか。勘弁してくれ。
「……レイスも知ってたんでしょう? ウィン兄も? カイサルクラスの人は皆? 私の事……バカにしてたの……?」
震える声で聞かれ、我に返る。ここはしっかり否定しておかないといけないだろう。
「俺は知らなかった。ウィンは……鋭いから気付いていたかも知れないが、俺は本当に知らなかった」
「……ビアンカと、仲良いよね?」
「仲は良いが……恋愛の話なんてしないだろ」
「そう……」
「……ロリア?」
「何?」
さっきまでの激しさから一転、空ろな表情で見つめてくるロリアにぞくっと鳥肌が立つ。
「ロリア、しっかりしろよ。ブレイの事は、もうそうなってしまったなら仕方ないだろ。周りがなんか言った所で、本人達の気持ちはどうにもならない」
「……レイスってさ、いつもそうだよね」
「あ?」
「正論ばっかり。私が悩んでたり苦しんでたりするとさ、正しい答えを言ってそっちに導こうとするの」
「…………」
「でもさ、その時の私の気持ちとか、考えない。私がどう思ってるかなんて気にしないでしょ? 二人が愛し合ってるなら、私がなんか言ったって仕方ない事は分かってるよ、そんなの子供じゃないもの、分かってるよ! でも! じゃぁ! 私のこの気持ちはどうすればいいの!! レイスみたいに、簡単に割り切ったり出来ないよ!」
「……俺にどうしろってんだよ」
「ただ慰めて欲しい。話を聞いて欲しいって、思っちゃ駄目なの? もう一度歩き出す為に、一度立ち止まって癒しを求めたいって思うのは、駄目なの?」
慰めて欲しいと、伝えてくる表情を見ていられなくて目を逸らす。
ロリアに、手を伸ばす? ブレイがしていたように、この腕の中にロリアを? ……無理だ。
「……他を当たれよ」
そう言った時の、ロリアの顔は忘れられない。虚無。無表情。驚きも悲しみもしなかった。何の感情も浮かべてないロリアは、一言「分かった」と言うと俺の部屋を出て行った。
この時、手を差し伸べていれば、震えるあいつを抱きしめていれば、違った未来があったはずだ。俺の心の葛藤なんて気にせずに、ロリアの事を考えてやってさえいれば、もっと違う未来になっていたはずだ。
だけど俺は子供で、ブレイに対する複雑な感情とか、ロリアに感じる複雑な想いとか、正面から受け入れる事が出来なくて、また投げ出した。二年前、手を差し伸べようとしたビアンカに押し付けたように、今度は見も知らぬ誰かに押し付けた。
それを、この先俺は、死ぬほど後悔する事になる。
吸収の姫 終




