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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第4章 風の流浪人
26/40

#25 風の流浪人 終

 ドアを開けると、一番にシリウスが気付いた。


「ロリア!?」


 驚いた声をあげたシリウスに笑ってみせたが、変な顔にしかならなかった気がする。正面にいるブレイムが、それはそれは変な顔をしていたから、自分も変な顔をしているだろうなと思った。


「……ロリ、ア……」


 掠れ震えた声で、ブレイムは私を呼ぶと、ゆっくりと覚束ない足で側まで来る。小刻みに震えた両手が私の手を掴んだ。


「……ごめんなさい」


 無意識に謝罪の言葉が出ていた。何を言うよりも先に、ブレイムに謝らなければと思った。


「ごめんなさい」


 もう一度、口を開いた時には、抱きしめられていた。そのブレイムから嗚咽が漏れる。震えている体に押さえつけられ、申し訳なさが体中を襲う。

 全てを思い出した訳じゃなかった。だが、それでもブレイムには、謝罪しないといけないと思った。私はブレイムの背中に手を回すと、同じ様に力を込める。そして、もう一度、「ごめんなさい」と言う言葉が口から零れた。


「無事で……良かった……」


 搾り出すように言われた言葉に、どれだけ心配をかけていたのだろう。どういった状態でティバーから抜け出したのか、覚えてないから何も言えずにただ抱きしめられるがままだ。

 しばらくして落ち着いたのか、そっと離された。


「取り乱して、悪かった」


 ばつが悪そうに苦笑したその姿は、私が大好きだったブレイムそのもので、嬉しかった。


「ウィンドルフも悪かった。責めたりして」

「ま、別にいいけどねー。お嬢、元気でしょ?」

「ああ、本当だな。元気で、良かった。シリウスさんも、失礼を言ってすいませんでした」

「私はいいわよ、別に」


 立ったままで三人は会話を終了すると、私を見た。な、なんだ。そんな風に注目されると居心地が悪いのだが。


「なんだか、随分変わった格好をしてるな? 可愛いけど」

「え? こ、これ? これはレイスが選んでて」

「レイスが選んでる?」


 スッと表情をなくて、ブレイムは私を睨み付ける。


「あいつ、何を考えてるんだ」

「あー、レイスの事はさ、あいつも色々あるみたいだから」

「自分勝手が過ぎる。ちゃんとした報告も上げないで! そもそもお前もだぞ、ウィンドルフ。定期連絡が定期になってない」

「でもちゃんと報告上げてるでしょ~」

「ちょっとでも遅れたら定期ではないだろう」

「まぁまぁ、少し遅れるぐらい許してよ~」

「チッ、お前のそう言う所が、昔から嫌いだ」


 忌々しそうに舌打ちをしたブレイムを眺める。そうだった。ブレイムはこんな人だった。真面目すぎて、自分にも他人にも最高を要求する。ただ、私だけは甘やかされていて、何かを要求された事はない。幼い私は、それが特別だからだと、勘違いをしてた。

 いや、特別は特別だったのだろう。ただ、その特別が、少し違っていただけだ。私は、意志の必要のない、可愛いお人形。


「ブレイは……」

「ん? なんだいロリア」

「相変わらずだな」

「なんだいそれは。それに、なんでそんな口調」


 その質問には答えずに、私は質問で返す。


「他のティバーの人間はどうしたんだ? 何故ここに来た? 本当にただ私に会いに来たのか?」

「……ロリア? どうした?」

「ティバーの任務中なのだろう? 行かなくていいのか」

「ロリア!? なんでそんな、そんな言い方で、なんでそんな、態度……」


 ショックを受けているブレイムを、思いやる余裕が、今の私にはなかった。


「どんな態度だろうと私は私だ。何も変わらない」


 冷たく言い放つと、ブレイムは惚けていた表情を憤怒にかえる。


「くそっ! くそっ! なんだって可愛いロリアがそんな! レイスなんかに任せるんじゃなかった! ウィンドルフ! お前もだ!!」

「あー、だから会わない方がいいよ~って言ったのに」

「どうして! どう言う事だ!!」

「なんかねー、後遺症っぽい?」

「なんだそのいい加減は!! しっかり検査はしたのか!? 今すぐティバーに連れて帰って俺が」

「ブレイ!」


 激昂して叫ぶブレイムと同じぐらいの大声で叫ぶ。ブレイムは、ピタリと動きを止めると、ゆっくりとぎこちなく私を見つめた。


「私は大丈夫だから。どうにかやってる、だから、私の事は気にするな」

「そんなっ……そんな事……ロリア……」


 ヨロヨロと近付いてくると、そのまま私にしがみ付いた。


「ロリア、ごめん、ごめんよ……。俺がしっかりしてれば、こんな事には……」


 膝を付いて、私に抱きついているブレイムの頭を撫でながら、変な気分だ。なんだか、聞き分けのない出来の悪い弟を慰めている気分になってくる。

 レイスと違って、ブレイムは感情の起伏が特に激しかったが、こんな風に取り乱すなんて初めて見た。

 ブレイムに優しくできる気がしていなかったが、こんな姿を見てしまえば、冷静になり自然と慰めることが出来た。


「私の方こそごめん、ちょっと、混乱してるんだ」

「ああ、そうだな、そうだよな。久々に会ったんだ、驚くのも仕方ないさ」


 言い聞かせるように、何度も頷くブレイムから、私は抜け出るとウィンドルフを見つめた。ウィンドルフは何も言わず、それでも私とブレイムの間に立つと、ブレイムの肩を叩いた。


「ほらほら、他のメンバーが待ってるんでしょ? ロリアの無事は確認出来たんだから、行きなよ」

「……そうだな、分かった。ロリア、すぐにティバーに戻れるようにするけど、まだしばらくはウィンドルフと行動するんだ。ウィンドルフ、分かってるだろうな」

「はいはい、分かってるから、ほら出た出た」

「チッ、ウィンドルフ、押すな!」


 ブレイムはまだ何か言いたそうにしていたが、ウィンドルフに押し出されるように家から出てった。一緒にウィンドルフも出て行き、後ろ手にドアが閉められた。

 その瞬間、張り詰めていた緊張感が抜ける。


「はぁー、もう、いやんなっちゃう。鍵閉めておくわね」


 スピカを抱いたシリウスが、鍵を閉めようとしてヴォルグに止められ、ヴォルグが戸締りする。


「……悪かったな」

「ロリアのせいじゃないわよ~。でも驚いたわね」

「随分近い間柄なのか」


 ヴォルグに聞かれ頷く。


「……レイスの兄弟なんだ。だから私にとっても兄みたいなものだ」

「え? えぇ!? そうなの!? あ、でもそう言えばレイスになんとなく似てたわね。確かに声も似てたし。でも全然違うわよねぇ?」


 シリウスは横でスピカを撫でているヴォルグに同意を求めると、ヴォルグも頷いた。


「双子なんだけどな……昔から間逆だったな」

「へぇーそうなのー。あ、リンダとリート二人共出てきてもいいわよー」


 奥の部屋で様子を伺っているだろう二人に、シリウスが声をかけるとおずおずと出てきた。


「帰りました?」

「ああ、もう大丈夫だと思う」

「それにしても、なんか、凄かったわね」


 リンダの感想に苦笑が漏れる。私も驚いた。あそこまで取り乱すとは思わなかった。


「ノルンでお会いした時とはなんか、全然違いました」

「そう言えば二人は一回会ってたんだな。その時は大丈夫だったのか?」

「あの時は、実はウィンドルフも一緒だったのよ。それで、リートをティバーへ報告しない代わりにロリアを守れって」

「……またそれか」

「ロリア様! ごめんなさい! ちゃんと話さなくてごめんなさいっ」


 勢い良くしがみ付いて来たリートの背中をポンポンと叩く。そう言えばあの時だったな、リートが真剣に契約して欲しいと言い出したのは。そしてリンダは体調が悪いと言っていた。


「あの時、何を聞いたんだ?」

「……ティバーが、異生を使って良くない実験をしてるって事と、ロリアがその実験に参加させられてしまうかも知れないから、ティバーの目から逸らしたいって事よ」

「そうか」

「私たちと接触するためにノルンにいたみたい。レイスは知らなかったみたいね」

「そうなのか?」

「ええ、ウィンドルフに言われたわ。会った事を話していいって。それでレイスが怒るかも知れないから、ちゃんと説明しろってね」

「そうか……ブレイムも、ウィンドルフも、何を考えているのか良く分からないな」


 ふうっとため息を付くと、リートが余計にしがみついてきた。そう言えば、こんなに長く抱き付かれているのは初めてじゃないか? いつもレイスがあっという間に引き剥がしていたからな。その割りにあいつ自身が抱えると中々離してくれなくて……。


「あぁ、そうか……」


 独占欲……それだ。

 シリウスとリンダが話していた内容を、急に理解できた。人には触らせたくないが自分は触りたい。そうだ、本当だ、立派な独占欲じゃないか。

 あいつ、馬鹿だな。そして、そんな単純な意思表示に気付けなかった自分も馬鹿だ。なんだが無性におかしくなって口元が歪んでしまう。


「なぁに~? ロリアったらニヤニヤしちゃって、ちょっと気持ち悪いわよ」

「気持ち悪いとは失礼だな。……そんな変な顔してたか?」

「そうね、嬉しそうよ。なんかいい考えでも浮かんだの?」

「嬉しそうか……。そうだ、凄く、いい事を思いついた。しかしリート、いい加減離れろ。うざいぞ」

「えぇ!! ロリア様うざいなんて酷いですーー!!」


 騒ぐリートを引き離し、冷たくあしらっているとウィンドルフが戻って来たのか、ドアを叩かれる。

 ヴォルグが確認して中へ入れると、ウィンドルフはうんざりとした顔をしていた。


「いやーいやーいやーびっくりしたねぇー。この数年間余程悶々してたのかねぇ? 随分な弾け様だったねぇ。あ、シリウスちゃん、俺にお茶くれると嬉しいなぁ」

「チッ」


 シリウスは忌々しく舌打ちすると、それでも素直にキッチンへ向かった。途中抱いていたスピカをヴォルグへ預ける。しかし、この賑やかな中ぐっすり寝ているなんて、スピカは大物だな。

 ウィンドルフは椅子にドスンと腰掛けると、テーブルへ突っ伏した。


「ああもう疲れたよ~。昔からブレイムはちょっと苦手なんだよねぇー」

「……そうだったか?」

「そうだよ~。ビアンカにちょっとでも話しかければ攻撃されそうな剣幕ですっ飛んで来てたしさ~」

「ああ、そう言えば……」


 その先を思い出して固まる。そう言えば、そんな三人を見て、私はよく……。


「そのままビアンカを誘惑しろ! ブレイムから奪え! ってお嬢良く言ってたじゃん!」

「やめろ、言うな」

  

 あの時の自分の幼さに絶望だ。恥ずかしい。みんなしてこっちを見るな。今すぐその生暖かい視線から逃れたい。仕方ないじゃないか、あの時は本当にそれが凄くいい案だと思っていたんだ。とにかく二人を別れさせたくて、そんな駄々をこねる事が多かった。


「それより! やはり討伐戦を実行するのか?」

「あ、話逸らしたね。まーいいか、そんな真っ赤な顔して恥ずかしそうにしてるお嬢が見れたから~」

「うるさい、黙れ。いいから教えろ」

「はいはい。やっぱりするみたいだねぇー。この村から1時間ほど南下した山に廃坑があるの知ってる? そこに異生が結構発生してるらしくてさー、1ヵ月後、大規模討伐戦を実施するってさ。ノルンのハンターも募集するみたいだよ」

「そうか、やはり」

「お嬢たちはしばらくこの村にいる? なんか俺も作戦に参加しろって言われちゃってさー。面倒臭いから嫌なんだけど、ちょっとだけ参加してくるよ」

「それだが、私も参加する」

「えぇー」

「ロリア!?」

「じゃあ俺も参加します!!」

「駄目だ」


 食いついてきたリートを却下し、嫌そうな顔をしているウィンドルフを見つめる。


「えぇー、やめなよー」

「レイスも来るのか」

「あー……たぶん」


 頬を指でポリポリと掻きながら、ウィンドルフの視線が遠くへ向く。何か考え出したようだ。きっと悪知恵を働かしているのだろう。


「じゃあカイサルも!?」

「リンダも駄目だ」

「そんなっ」

「すまん、だが、駄目だ。大規模討伐戦となると、必ず何人かリサーチャーも出る。お前達の事が一発でばれてしまう」

「まーそうだろうねぇ。リンダちゃんとリートくんは絶対に駄目だねぇ。君たちの事がばれちゃうと、俺たちもやばいから頼むよ~」

「やっぱり報告してないからか」

「そうだねぇー、遠くの監視は気付かないかも知れないけど、さすがに一緒に行動している監視は気付かないとおかしいからねぇ。俺もレイスもこってり絞られる。そして監視首になっちゃうよ」

「そうか」


 二人を見ると、項垂れていた。リートは悔しそうに唇を強く噛み締め、リンダは顔を両手で覆っている。


「……悪い」

「いいえ、ロリア様のせいじゃないです」

「私がばれれば、レイスたちだけじゃなくて、カイサルも良くないのよね……」

「ああ、リサーチャーのカイサル先生が気付かない訳ないからな」

「危なくないんですか? 異生がいっぱいいるんですよね?」

「その分強いハンターがいっぱいいるし、チームを組むから大丈夫だ」


 不安そうにしているリートに、力強く頷く。


「今回来るか分からないが、もしカイサル先生に会えたら、タイミングを見てリンダの事、話しておくからな」


 悲しそうな顔をしているリンダにそう言うと、顔を歪ませて笑った。


「えーそもそもいいなんて俺言ってないんですけどぉ」

「……駄目か?」

「あーヤダなぁーお嬢のそのおねだりー。俺甘くないよ~?」

「頼む」

「どうしようかなぁーブレイムは絶対にうるさいしなぁー」


 一生懸命お願いしていると、シリウスがお茶をテーブルにドンと置く。ウィンドルフはそれを飲みながらブツブツと呟き不満そうだ。


「あんた、飲んだわね。そのお茶、有料よ」

「えぇー? 酷いな、シリウスちゃん」

「飲んだ以上ロリアを参加させなさいよ」

「何~? それが条件?」


 くすくすと笑い出したウィンドルフに、シリウスも笑った。


「そうよ、安いもんでしょ」

「仕方ないなぁー、まーいっか。止めても聞くような性格じゃないしねぇ」

「下手に暴走されるよりいいんじゃないの?」

「ああ、そうだねぇー、それは言えてるねぇ」


 ウィンドルフはお茶を飲み干すと、「ご馳走様」と言った後私を見た。真剣なその表情に、私を姿勢を正す。


「報告したらレイスもウィンドルフも絶対に反対するから、直接参加しちゃうからね」

「ああ」

「アストールは来ないと思うよ、カーナに付きっ切りだからね。でも、油断はしないで」

「……分かった」

「本当に分かってる? お嬢はまだ記憶喪失のフリするんだからね?」

「え? そ、そうなのか?」

「もー! やっぱり分かってなかった! 記憶が戻ったってばれたらすぐにティバーに連れ戻されちゃうよ~? 上の人間は、お嬢の失われた記憶に何があったのか知りたいんだから」

「……そうか、だが、その辺の所はまだ本当に思い出してないんだぞ?」

「そんな良い訳通用しないよ~。戻って検査と言う名の人体実験の始まりでしょ」

「わ、分かった。そうならない為に努力する」

「うん、そうしてよ~。俺もフォローするけど、お嬢がボロ出したら終わりだからねぇ」


 そうか、確かにその通りだ。一気に緊張してきてしまった。軽い気持ちでレイスに会えれば……なんて思っていたが、やはり私の今の状態は危うい立場なのだな。

 失われた記憶……上の人間が知りたがっているとウィンドルフは言っていたが、一体、どんな記憶なんだ? 自分の過去なのに、まるでピンと来ない。そんなに重要な何かがあったのだろうか?

 私は、一体何を忘れているのだろう。その記憶は、やっぱりアス先生に関係する事なのだろうか。それなら、アス先生に会えば……もしかしたら。

 

 大好きだったアス先生の事を考えると……胸がズキッと痛んだ。



風の流浪人 終

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