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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第4章 風の流浪人
25/40

#24

 ちょっと涙が浮かんでいる私を見て、シリウスは優しく笑顔を浮かべると、カップを手渡される。


「……大丈夫ならいいのよ。訳なんて聞かなくても、私はロリアが好きだもの。たーだ! あいつがいない事だけは納得できないわ。それは説明して」

「うぅ、そうか。それは駄目か」

「駄目よ」


 シリウスは用意した茶を持って、スピカが眠る部屋まで戻る。その後ろをついていくと、リンダが揺り篭を揺らしながらこちらを見ていた。


「ありがと~。こっちで一緒にお茶しましょう」

「はい」


 テーブルにお茶を並べると、借りてきた猫の様なリンダも腰掛ける。なんか随分大人しいな。


「何よ」

「いや、どうした?」

「……うん、ちょっとだけ……」

「ん?」

「羨ましいなって思っちゃっただけ」

「あら、リンダは好きな人がいるのね?」


 リンダは無言で頷く。そうだ、ティバーのカイサル先生が恋人なんだ。そう考えると、何年もずっと会ってないんだな。それどころか最近までは安否さえ分からなかった。


「無事だって分かったら、急に凄く会いたくなっちゃって。何でかしらね?」

「そんなものかも知れないわね~。会えないの?」

「会えないね。リンダちゃんもちょっと無理かなぁー」

「何よ、なんであんたが答えるのよ」


 俯いたリンダの代わりにウィンドルフが答えると、シリウスは嫌そうな顔をした。なんだか本当に嫌っているんだな。ウィンドルフはそれには答えず肩をすくめて見せた。


「ロリアは? ロリアもレイスと会えないの?」

「ムリムリ~」

「だからなんであんたが答えるのよ! もう、ちょっとあんたどっか行っててよ。女子会するから!!」


 私の代わりにまたウィンドルフが答えて、シリウスの堪忍袋が切れたみたいだ。ちゃっかり一緒に座っていたウィンドルフの首根っこを掴むと、ぐいぐい引っ張り外へ追い出しに掛かる。


「わーー、やめてよシリウスちゃーん。痛い痛い」

「痛くないでしょ! 無理やりされなくないなら自発的に出て行って! あなたも一緒に見回りしてくればいいじゃない」

「分かりましたよ~。行きます行きます。お邪魔な男は退散しますよー」


 ウィンドルフはシリウスの手からひょいっと逃れると、私をチラッと見てから家を出て行った。なんだ? 今の視線は。


「あら、何? あいつも過保護の一人なの~?」


 椅子に戻りながらシリウスにそう言われ、首を傾げる。どう言う意味だ?

 理解出来ない私とは違って、リンダは分かったのかゆっくりと深く頷いた。

 

「ああ、そうなのー。なんだ、へぇ~。どう言う関係?」

「どう言う関係って、ウィンドルフの事か? んー、兄みたいなもんなんだ」

「あにー? なるほどねぇ。そう言う関係」


 シリウスが何度も頷くと、何故だかリンダも何度も頷いている。


「そうなんです。あいつともそんな関係らしいですよ」

「えぇー? そうなの~!? 兄ねぇ?」

「ちょっと私は違うと思いますけど」

「そうよねぇー、あれは違うわよね~」

「はい、違うと思います」

「そうよねぇ、あの独占欲は違うわよねー」


 なにやら二人で通じ合っていて、悔しい。私にも分かるように説明して欲しいのだが。


「で、何でいないの?」

「組織の方針だそうです」

「ああ、やっぱりティバーの人間だったのね」

「はい。素直に言う事聞いたのが不思議なんですけど……」

「ティバーの人間はねぇ、上の言う事は絶対だから」

「……シリウス、詳しいな」

「そりゃーねー。ティバーの作戦に参加したことあるのよ」

「えぇ!! そうなのか?!」


 あっさりとそんな事を言われ、反応に困る。だがそう言えばティバーの大規模異生討伐作戦は、ノルンのハンターも一般募集するんだった。報酬はあまり高くないが、箔を付ける為に参加するハンターも多い。

 それに、シリウスたちは異生討伐専門ハンターだったから、参加してても不思議じゃない。

  

「でも一回だけね。私たちの隊を担当したリサーチャーとか言う人が正直気に入らなくてねぇ。たくさん異生を倒せるのはいいけど、ちょっとねぇーってヴォルグと話して、その後もう一回誘われたけど参加しなかったのよ。その時あのウィンドルフにしつこく勧誘されたのよねぇ。ティバーに入らないかって」

「そうか、そうだったのか」

「そうよ~。だから多少はティバーの事知ってるの。だからロリア達にも気付けたのよね」

「やっぱり、普通の人たちから見たらティバーは異質なんですか? 私はなるべく接触しないように気をつけていたから全然知らなくて」

「ちょっと変わっているわね。一人で行動する事も殆どないみたいだし。リンダは違うのね。ロリアは?」

「……私は良く分からない。自分では違うつもりでいたが……多分、ティバーだ」

「なんか複雑なのねぇ?」


 そう言いながらシリウスはお茶を一口飲んだ。


「あら、冷めちゃったわねぇ」


 言われて私も飲むと、確かに冷めてしまった。なんだか喉が凄く渇いたので、丁度良く一気に飲み干した。そんな私をシリウスは変な顔で見てる。


「……なんだ?」

「それで、自覚したんだ?」

「……何をだ」

「あ、分かってるのにそう言う事言う~? せーっかくお姉さんが相談に乗ってあげようかなぁって思ってたのに」

「相談って言われても……何を話したらいいのか良くわからない」

「そうねぇー、レイスがいなくても平気?」

「……そうだな。まだ十日ぐらいしか経ってないしな」

「あ、そうなんだ。でも淋しい?」

「正直言えば、そうだな。いつもあんなに引っ付いてたんだぞ? それがいなくなったら、やっぱり普通に淋しい、かな」

「ほほー。よしよし、お姉さんが慰めてあげよう」


 ウィンドルフにされるみたいに頭を撫でられ、なんだか気に入らない。皆して私を子ども扱いだ。


「可愛いわー、その拗ねた表情たまんないわー」


 笑いながら余計にこねくり回された。


「しかしあのレイスがねぇ」

「女々しく言い訳しながら行きましたよ」

「ぷっ、何それ」

「ロリアの事が好き過ぎて手出しちゃいそうみたいです」

「はぁ!? 何言ってんだリンダ!」

「なるほどなるほど。狭量な男はそれを許せなかったんだー。なっさけない男ねぇ。いつまでも中途半端だから駄目なのよ」

「シリウス……なんだか私の知っている男の事を言ってる様には思えないのだが」

「氷の貴公子とか言われて済ましてるけど、ただのヘタレじゃない。ま、ここにいないやつの事をグダグダ言っても仕方ないわよねぇ。あ、お茶入れるわよ」


 シリウスはそう言うと、立ち上がりキッチンへ行く。その後姿をぼんやりと眺めながら、シリウスとリンダが話していた内容を思い出してみる。

 私が気を失っている間に、いなくなってしまったレイス……。ウィンドルフやリンダにはどんな事を話していったのだろう? そう言えば聞いていなかった。聞きたくなかったからかも知れない。

 だって、もし、私にちゃんと言付けがあれば、三人は教えてくれるはずだ。でも、それは言われなかった。と言う事はレイスは私のことなど、もうどうでも良いって事で……。知りたくなかった現実に、打ちひしがれる。

 リンダが言うような事、あるはずがない。あいつは、私を嫌っているんだ。


「それであんた達はこれからどうするのー?」


 シリウスに話しかけられ、沈んでいた思考が浮上する。いけないいけない、変な事を考えてしまった。


「それが、今の所決めてないんだ。あまり動くなとウィンドルフに言われているしな」 

「そう、それならしばらく村に滞在すれば? 家は余ってるし」

「そう言えば村長が亡くなったと聞いたが、今は誰が代表をしているんだ?」

「なんか村長の弟さんらしいわよ。私も詳しく知らないけど。挨拶してくる?」

「そうだな、それもいいかもな」


 そんな事を話していたら、ドタドタと男たちが帰ってきた。その血相を変えた態度に、嫌な予感が膨らむ。


「……なんだ」

「いや、良くない」

「そ、それが、ウィンドルフさんが、今引き止めてくれてるんですが、その、ブレイムさんが……」

「ブレイムが……!」

「ティバーから選抜隊が来てる。大規模作戦に向けて各所を偵察しているそうだ」

「よりによってなんでこんな時に!」


 リンダが叫ぶ。確かに、タイミングが悪すぎる。会っても平気だろうか……だが、ウィンドルフが引き止めていると言う事は会わないほうがいいのかも知れない。それに、正直、会うのが怖い……。

 慌てていると、シリウスが不思議そうに首を傾げた。その腕にはいつの間にかスピカが抱かれている。


「ブレイムって誰よ~」

「ティバーの上級ハンターだ。お前も知ってるだろう、炎の騎士だ」

「あー! あのカッコイイお兄さんねぇー。知り合い?」

「……兄、みたいなものだ」

「何よ、まだいたの、その関係者」


 緊張感なくシリウスは笑うと、また聞いてくる。


「会いたくないの?」

「……あまり」

「そう、じゃあ、奥に隠れてなさいよ~。例えここに来たとしても奥には通さないわよ」

「……助かる。リンダ、リート、お前達もだ。ティバーに見つかったら困る」

「はい」

「こっちよ、大人しくしててねぇ」


 大人しく頷いた二人を促し、スピカを抱えたままのシリウスに奥の部屋へ案内される。二人の寝室、完全なプライベート空間だ。申し訳なく思う。きょろきょろと落ち着きなく周りを見渡すリートの頭を押さえる。


「行儀悪いぞ」

「ご、ごめんなさい」

「悪いけど椅子は二つしかないから、一人は床に座ってねぇ。じゃ」

「あ、俺ここでいいです」


 リートがその場でしゃがんだので、遠慮なく座らせてもらう。


「ここに来るかしら?」

「どうだろうな。ウィンドルフが引き止めてたと言っていたが……リート、どんな様子だった?」

「えと、俺の事はすぐ隠してくれて、そうしたらヴォルグさんも隠しながら連れ出してくれたので、ちょっと良くわからなかったです。ただ、なんかすっごく怒ってました。だから俺の事も見えてなかったみたいです」

「そうか」


 ブレイムは怒っていた? ウィンドルフは何か怒らせるような事をしたのだろうか?

 最後に会ってから、もう何年だろう……。生まれた時からずっと一緒にいた。いつもいつも側にいてくれて大切にしてくれていて……だからティバーの中でもブレイムのお姫様なんて揶揄されてた。

 記憶の中のブレイムは、辛そうな顔ばかりだ。私がそんな顔をさせてた……。今は、どうしてるんだろう。ビアンカと、幸せなのか……? その姿を想像できなくて首を振る。

 だが、あの時の様な怒りはない。ずっと側にいると言ってくれていたブレイムが、どんどん私よりビアンカといる事を選ぶようになって、私の言う事よりビアンカの言う事を聞くようになって……悔しくて悲しくて許せなくて。そんな気持ちは今はもうない。それどころか、ビアンカと幸せであってくれればいいとさえ思っている。

 これが、成長したって事か? 自分の事だが、なんだか変な気分だ。


「ね、誰か来たみたいよ」


 リンダに言われて耳を澄ませると、確かに誰かが家に入ってきたようだ。話し声からウィンドルフのようだ。シリウスと何やら話している。一人だろうか。しばらく音立てず耳を澄ませていると、ドアが開く音がしてまた誰かが家に入ってきた。

 しばらく忘れていたとは言え、考える必要もないほど耳に染み付いている声だ。レイスと良く似た、だけど、レイスより少しだけ高い声。他の人間の声はしない。


「本当に来たみたいですね」


 リートの言葉に曖昧に頷いてみせる。きっと、私に会いに来た。だが、私はこんな風に息を潜めて隠れている。リンダがそれで良いのかと言いたそうな目で私を見ていた。

 やっぱり、このままじゃいけない。私は二人を見つめ小声で話しかけた。


「お前達はこのまま隠れてろ。他にティバーの人間がいないとは限らないからな」

「ええ」

「ロリア様……」


 心配そうなリートの頭を撫でると、私はそのまま部屋のドアを開けた。

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