#23
一週間後、私達はロブニー村に着いた。前もって手紙を送っていた為か、ヴォルグが出迎えてくれる。
双剣のヴォルグと呼ばれていた時とは違い、短パンに半そでシャツと言うラフな格好をしている。当然帯剣しているが、その姿はどこか柔らかい。服装の色も明るい為かも知れない。雰囲気が優しくなっていた。
「……やっぱり、子供って偉大ね」
ヴォルグとそれなりに面識のあるリンダが、ボソッとつぶやいた。どうやら柔らかくなったと思ったのは私だけではなかったようだ。
「男の子か? 女の子か?」
「女だ。シリウスに良く似た女だ。……なぜ産まれたと分かった」
「それは、なぁ?」
リンダとニヤニヤ見詰め合うと、ヴォルグは嫌そうな顔をした。
「……やに下がっているか?」
「そこまで露骨じゃないけどね。すっごく意外だわ。メロメロなのね」
「村の皆に言われる……それ程俺は分かりやすいか」
「ヴォルグの事だから産まれても淡々としてて、シリウスに怒られてると思ったが……可愛いみたいだな」
「ああ、可愛い。誰よりもどんな生き物よりも愛しい。……不思議な感覚だ」
真剣な表情で惚気るヴォルグに、我慢できなくて噴出す。
「ははっ、そっか、それはいいな! 今すぐに会いたい! 早速案内してくれ」
「こっちだ」
大笑いされ憮然とした表情でヴォルグは村の大通りを歩き出した。それについて行きながら周りを観察する。
あの時から、あまり変わっていないように見える。まだ半年ほどだから当然と言えば当然かも知れないが。
「……村長は元気か?」
「亡くなった」
「え?」
「俺達が到着してすぐだ。老衰だそうだ」
「そうか……」
亡くなったか……。何も言えなくて俯くと、頭をポンポンと叩かれた。きっとウィンドルフだ。慰められているのが癪で、顔を上げないまま手を振りほどいた。
笑っている気配を完全に無視して、再びヴォルグに質問する。
「村長の……娘はどうした?」
「娘? 知らないな。俺達が来た時にはそんな娘いなかったが」
「……そうか……」
「メアリーならティバーにいるよ」
「はぁ!?」
思いも寄らない所から返事が来て、ウィンドルフを凝視する。肩を竦め相変わらずふざけた態度だ。
「いつからだ? なぜ言わなかった? なぜメアリーがティバーにいる? どうして」
「うーんと、ロリア達がここから帰ってすぐかな。だからヴォルグ君は知らないと思うよ。それに聞かれなかったから言う必要もないと思ったし、レイスも言いたくなさそうだったし。だって教えちゃったらティバーがなぜ普通の人を必要としているか理由も話さないといけなくなるでしょ?」
「それは……つまり……」
もしかして……メアリーは、もう……。
「ま、今の所はただお手伝いをしているだけっぽいよ。ロリアに説教されて自分でどうにかしないとって行ったみたいだよ。今はレイスと一緒に行動してるんじゃないかなー」
「っ」
レイスと一緒に行動してる?
急に息が出来なくなったかの様に声が詰まる。異生の魔力を吸い込んだ時の様に苦しくて、心臓が、バクバクと音を立てている。
メアリーと……レイスが……。
「あれ? 焼きもち?」
「な! 何言ってるんだお前は馬鹿か」
冷静に否定したつもりだったが、ウィンドルフは「へぇー?」といやらしく笑った。そのウィンドルフをリンダが押し除けて私の隣に並ぶ。
「ロリア、気にする事ないわよ。男ってのは本当に無神経に作られているものなのよ」
「あ、酷いなリンダちゃん」
「私はあなたにリンダちゃんなんて馴れ馴れしく呼ばれたくはないわね、いいからそこどきなさいよ」
ウィンドルフをぐいぐいと押すリンダに対して、ワザとらしく無駄な抵抗をしていたウィンドルフは声を出して笑うと、リートの隣へ移動した。
「二人共ひどいよねー。リートちゃんは優しくしてね」
「……俺に近づかないで下さい。それに俺は男なのでちゃん付けやめてください」
心底嫌そうな顔でそう言われてウィンドルフは泣きまねをした。その姿に、くすっと笑いが零れて、呼吸が楽になる。
「面倒臭い男ね、昔からああなの?」
「そうだな、昔からああだ」
いつも人をからかって遊んでいる、そんな人だ。だが優しい所もある。
きっとウィンドルフはレイスとメアリーの関係の事を知っているはずだ。ティバーでは二人が一緒にいる事が多かったから、知らないはずはないだろう。
ウィンドルフが言うように、この胸のもやもやは焼きもち……なのだろうか。良く分からない。
ブレイの時は、怒りだけだった。ただ悔しくて悔しくて許せなくて。裏切られた気がして苦しくて……二人を許せなかった。
アス先生の時は、こんな気持ちを抱く事はなかった。とにかく甘く優しくて……先生が私を見てくれるたび嬉しくて仕方なかった。自分を見て欲しくて、どんな事にも応えようと一生懸命だった。
その二つとは明らかに違うこの、苦しくなる気持ちはなんだろう。締め付けられるような息苦しさ。縮こまらせないと裂けてしまいそうな程の心臓の痛みを感じるこの気持ちが恋だとは思いたくない……。
「相変わらず賑やかだな」
立ち止まり呆れ顔したヴォルグはそう言うと、一軒の家へ入って行った。白壁に青い屋根の小ぢんまりとした可愛らしい家だ。
ヴォルグがその家に入って行くのに違和感を感じるが、シリウスなら似合うかも知れない。ここで二人は……いや、三人で暮らしているのか。なんだか暖かい気持ちになる。
「お邪魔します」
一言声をかけて家へ入ると、小さな赤ん坊を抱いたシリウスがすぐ正面にいた。
「ロリア~! いらっしゃい! 良く来たわねー」
すっかり元の体形に戻ったシリウスはそう言うと、「入って入って!」と私達を促した。
「……小さい、な」
「小さいでしょー。可愛いでしょー」
「ああ……可愛い」
シリウスが抱いている赤ん坊を覗き込むと、寝ていた。小さな体が小さな手を結び、すやすやと寝息を立てている。
ヴォルグを余程だと思ったが、こんなに小さくて可愛い生き物をずっと見ていたらそうなるかも知れない。気持ち良さそうに寝ている赤ん坊は、とても幸せそうだ。見ているだけで私まで口が緩んでしまう。
「名前はスピカよ。ヴォルグが考えたのよ」
「良い名前だな」
「そうでしょう。もうすっごい親バカよ。今から変な心配ばっかりしてるのよ」
くすくすと嬉しそうに笑うシリウスは、幸せそうだ。少し、安心した。
ここで暮らすと決めたのは二人で、とても道理にかなっていると思っていたが、ウィンドルフの話を聞いて心配になっていた。子供を育てて行くには適さない環境ではないかと思ったが、二人を見る限り大丈夫そうだ。
「何か、不都合はないか?」
「なぁにー? 大丈夫よ、村の人もよくしてくれてるわ」
「そうか」
「何か隠し事をしていそうな村だとは思うけどね、皆良い人よ。多少怯えている様な気配を感じるけど……取って食われそうな脅威は感じないわね。だから最初は異生に対して怯えているのかと思ったけど……」
シリウスはスピカを揺り篭へ寝かすと、キッチンへ入った。
揺り篭の中で眠るスピカを不思議そうにリートが見ている。リンダも嬉しそうな顔で一緒に覗き込んでいる。ウィンドルフだけは、物珍しそうに家の中を徘徊していた。
「悪いな、手伝う」
「あら、ありがと」
三人を置いて私もキッチンへ入ると手伝う。湯を沸かしていると、ヴォルグが顔をのぞかせた。
「見回りに行ってくる」
「行ってらっしゃい。……あぁ、リートくんだっけ? 一緒に行ってくれば?」
「え? お、俺ですか?」
「そうよ。見回りだっていい経験になるわよ」
リートは急に名前を呼ばれ、びっくりしたようだ。こちらを向いて目を瞬いている。ヴォルグが無言で頷くのを見てリートも頷くと、二人で家を出て行った。若干リートが上気した顔をしていた。ヴォルグも尊敬するハンターの一人だからかも知れない。その素直な態度が可愛いな。
「……悪いな」
「ハンター目指してるなら別にいいかなとも思ったけどねー、やっぱり子供には聞かせたくない話よね」
「何を聞いた? ここで何かを目にしたか?」
「してないわよ。私達が来てからは異生が出たのも一回だけだし、平和なもんよ」
「それなのになぜ違和感を?」
「まぁ、染み付いたハンターの嗅覚かしらねー。村人が臭くって。だから来たばっかりの時はヴォルグがピリピリしてたのよねー。私が動ける状態じゃなかったってのもあるけど、過保護だったわ」
過保護なヴォルグ……想像出来ないが、シリウスのうんざりした顔を見る限り余程だったのだろう。
「結構ぶつぶつロリアへの文句も言ってたわよ。異生への警戒だけかと思ったら、それ以上に村が胡散臭いって。割に合わないとも言ってたわね」
「う、す、すまん……もっとちゃんと説明するべきだったな」
ティバーと切れた以上、普通の村に戻っているかと思っていたが、そう簡単には変わるわけなかったな……。と言うか私もこの村の本質をつい最近まで知らなかった。思っていた以上の闇がこの村を覆っていたのをこの間ウィンドルフに聞いたばっかりだ。
「で、そんなことより~」
「そんな事って、大事な事だろ」
てっきり説明しなくてはいけないかと思ったが、シリウスはどうでもよさそうだ。腰に手をあて、なんだか……怖いぞ。
「いいの、私たちの話なんていいのよ! そんな事より!! どうしていないの」
「……あー……やっぱり聞くよな?」
「聞くに決まってるでしょ!! 当たり前でしょ!! なんであいつはいないのよ! その代わりみたいに何よあの胡散臭い男!!」
「う、うさんくさいってそんな酷い」
「って言いながらお嬢超笑ってるじゃん! 酷い~」
ぷんぷん怒りながらウィンドルフが私たちの会話に入り込んでくる。それをシリウスは嫌そうな顔で睨み付けた。
「あ、初めまして。ウィンドルフと言います~。いやーべっぴんさんだねぇ。ヴォルグ君が羨ましいねぇー」
「……あんた、胡散臭い勧誘男よね」
「あ、覚えてた?」
「当然よ」
睨み付けるシリウスと、ちょっと居心地悪そうなウィンドルフを不思議に思い交互に見る。二人は知り合いだったのか?
私の視線を受けて、ウィンドルフは肩をすくめた。
「実力のあるハンターには接触して勧誘したりしてたの」
「……なるほど」
ティバーへの勧誘か。確かにヴォルグは適任かも知れない。そしてヴォルグと話をするならシリウスを無視するわけにはいかないからな。それ程、二人は秘密もなにもない素晴らしいパートナーだ。
少し前までは、自分達も二人と同じだと思っていたがな……。
「あんた、組織の人間なんでしょ。ロリア……大丈夫なの?」
「え?」
「近付きたくないんでしょ?」
「え? な、なんで知ってるんだ?」
核心を捉えた質問に、動揺して誤魔化す事も出来なかった。私はティバーの事を話した覚えはない。それどころか極力ティバーの話には触れないようにしていたと言うのに、なぜ分かったのだろう。
「そんなの、分かるわよ。だって不自然すぎたし。逆に全く話をしないのも怪しいのよ? それにロリアもレイスも変わった魔法の扱い方だったしねぇー。なんか普通のハンターとは違うなって思ってて」
「そ、そうか……」
「だからこの男と一緒にいるのが不思議よ。困った事になってない? なんならこの男やっつける?」
「えぇー、シリウスちゃん酷いなぁ」
ウィンドルフを指差して真剣にそんな事を聞いてくるシリウスがおかしくて笑ってしまう。
どうして私達がティバーを避けていたかとか、どうしてティバーの人間と一緒にいるのかとか、理由を全然知らなくても、無条件に私の味方を買って出てくれる事が嬉しくて、笑いながら涙が出てしまいそうだった。




