#22
「ロリア様~! まだ起きちゃ駄目ですよ」
「リート、大丈夫だ。もうこの通り問題なく歩ける」
「ですけどまだしっかりご飯食べれてませんよね? 絶対に体力落ちてるはずですから、駄目です! ほらベッドに戻ってください。用事なら俺が受けますから」
「まったく、その口煩さは誰かと……」
そっくりだ、と言いかけて息を飲む。微妙な顔をしたリートに、誤魔化すように笑うと、ギュッと手を握られる。
そのままぐいぐいと引っ張られ、宿の廊下を歩いていた私を部屋へ押し込まれた。
「ゆっくり休んでください」
「……悪いな。だが……ウィンドルフを呼んでくれるか?」
「分かりました。でもちゃんとベッドへ入ってくださいね!」
そう言ってリートはバタバタ廊下を走って行った。
あの日、目が覚めた時私はいつもの宿のいつもの部屋で寝ていた。その部屋がいつもに比べてすごく静かで、不気味で、私は起き上がろうとしたが力が入らず、ベッドから転落した。
派手な音を立て落ちるとすぐにドアから皆が飛び込んできた。リンダとリートとウィンドルフと。その三人が心配そうに近寄ってくるを見て、すぐに理解した。
きっと、レイスは戻ったんだと。
どうやら私は三日三晩眠ったままだったらしく、すごく心配をかけたらしい。自分の中に漂っていた異生の気持ち悪い魔力はなくなっていたので、体力さえ戻ればもう問題ないと自分では思っているが、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる三人を無碍には出来ず、ずっと部屋に閉じ込められている。
だが、目が覚めてからもう四日。そろそろ動いてもいいはずだ。
「お嬢? どうしたの?」
ノックと同時にウィンドルフが入ってくる。その後ろにリートはいなかった。
「悪いな。私も復活したし、そろそろちゃんと話をしたくてな」
「そっか。そうだね、魔力の乱れもなさそうだし、いいよ」
「カーナはどうした?」
「ん、レイスが連れて帰ったよ」
「やはり……死んでないんだな?」
「そうだねー。正直ビックリしたよ。レイスに呼ばれて駆けつけたら、お嬢は真っ青な顔で倒れてるし、レイスは超怒ってるし、カーナは……人の姿で倒れていたしね」
「意識は……」
「なかったよ。辛うじて息はしてたけど……果たしてあれは本当にカーナなのかね?」
「カーナだ。きっとカーナだ……。私は、異生の魔力だけを吸い込んで、中の魔石を枯渇させたはずだ」
「レイスがそんな事言ってたけど、本当だったんだねぇ。信じられないや、お嬢にそんな事が出来るなんて」
「……私も信じられない」
だが、確信があった。あの時私は出来たと。
「その後……レイスから連絡はないのか?」
「ないよー。レイスは今頃喧嘩でもしてるんじゃない?」
「……そうか……。ティバーからも?」
「ないよ。あっちはしばらくはカーナに夢中じゃないかな? カーナがああなった理由を、レイスはきっとティバーには報告してないだろうからね。お嬢に再び興味が沸くのはもうしばらく先だろうね」
「……そうか……」
そうやって、知らない内に、私はずっと守られてきたのだろうか?
「そう言う顔しないの。レイスが悲しむよ~?」
「……どんな顔だ。普通の顔だろ」
「今にも泣きそうな顔。俺はお嬢を慰めないからね? レイスみたいに優しくないよ~」
そう言いながらも、ウィンドルフは私の頭をポンポンと叩いた。その手が凄く優しくて、やはり私の知っているウィン兄だと改めて思う。
「子ども扱いするな」
なんだか悔しくて、頭に乗っかっていた手を振りほどくと笑われる。
「元気になって本当に良かったよ。あの時はビックリしたからね」
「……悪かったな、自分でも、少し反省している。ちょっと無謀すぎた。だがやって良かったとも思ってる」
「でしょうね、倒れてたお嬢は真っ青な顔してたけど満足そうだったもん。でもレイスは超切れてたねぇー」
「……そんなにか?」
「そんなにだよ」
ウィンドルフはそう言うとにやにやと嬉しそうだ。
「……なんだ」
「いやー、ちょっと心配してたんだよねー。本気で俺とした事がどうすればいいかなぁーなんて悩んじゃって」
「だから何がだ」
「元気そうで良かった」
「…………」
目を細めて優しい顔をするから、目を逸らした。なんだか、ウィン兄にそう言う態度を取られると凄く恥ずかしくなる。
昔から、からかわれてばかりいたから、真剣な態度を取られるとどうしたらいいのか分からない。
「目が覚めた後、レイスの事もカーナの事も聞いてこないから心配だったんだよねぇ。また逃げ出しちゃうつもりなのかなって思ったんだけど、偉い偉い、ちゃんと自分を落ち着かせてから向き合うつもりだったんだねぇ」
「……ちゃんと向き合えるのか分からないがな。本当は、今すぐティバーに行きたいと思ってしまうのだが、それはやはりまずいか?」
「まずいねぇー。まずすぎるよ~。それだけは駄目。カイサル先生も今は絶対に危ないって言ってたしね」
「そうか……。今、ティバーでは何が起こっているんだ?」
「正直、俺も良く分かんないんだよねー。俺ってプラプラしてる事が多いから」
そう言ってウィンドルフは肩を竦め、私から視線を逸らした。本当は知っているのに、私には教えたくないのだろうか。
「しばらくお嬢は大人しくしてて欲しいなぁー。こっちへの興味が薄いから、下手に動いて注目浴びたくないしねぇ」
「そもそも監視はお前じゃないのか?」
「今は違うよー、他にももう一人見えない所についてる。お嬢の側にレイスがいた時は、俺がそうだったんだけどね、俺ばれちゃったでしょ? だから遠くからの監視役はくび~」
「……その代わり近くの監視役をお前にして別の人間を遠くの監視役にしたのか」
「そう言う事ですねぇ」
つまり私は常に二人に見られていたと言う事か。なんだか気に喰わないな。
「あ、怒っちゃ駄目だよ? あの状況では仕方なかったんだし。それに……俺達は自分で監視役に立候補したんだよ」
「……え?」
「心配だったからね。お嬢が」
髪を優しく撫でられて、胸がドキッと音を立てた。な、なんでだ、落ち着け。ウィンドルフに優しくされると調子が狂って仕方ない。
昔はいつも私の事を子ども扱いして、それに私は怒ってばかりだったから、こんな風に真面目な話などした事もなかった。
だから、慣れなくて、ちょっと変な気分になるだけだ。
「レイスがいなくても、大丈夫そうだね?」
「……そう、だな。思っていたより、大丈夫っぽいな」
「リンダやリートのおかげかな?」
「ああ、そうだと思う」
今はここにいない二人の事を思う。側にいてくれて本当に良かった。レイスがいなくなって、一人だったらと思うと怖くて仕方ない。
だが二人がいてくれたから平気だった。ちゃんと立てているのか不安はある。でも、リンダが言ってくれたように、倒れそうになる私を支えてくれたから、自分でもどうにか踏ん張れた。
「うん。いい事だね」
一人で立つなんて当たり前のことなのに、そんな風に褒められると、居心地が悪い。今までの自分は、ウィンドルフから見たらどう思われていたのだろう。どんだけ情けないと思われていたのだろう……。
それ自体が情けなくて泣けてきそうだ。
「それで、しばらくは依頼もないから。お嬢はカーナに刺されて治療中って事になってるからね」
「え? そうなのか?」
「そう、だから部屋から出ないでね、って言ってたの」
「そうだったのか……」
「ん? 何?」
考え込んだ私をウィンドルフは不思議そうに見た。
実は行きたい所があったのだが、大丈夫だろうか。
「実は……ロブニー村に行きたいんだ」
「えぇーーロブニィーーー!?」
「だ、駄目か?」
「駄目って事はないけど、ロブニーかぁー。何? その後がやっぱり気になるの?」
「あぁ。そろそろ産まれてる頃じゃないかと思うんだ。それに、……やっぱり、メアリーにも……」
「はぁー、甘いねぇ。あんな事された女をまだ心配するのー? そもそもロブニー村の常任依頼も俺はやるべきじゃなかったと思うよ~? あそこは捨てられた村なんだよ」
「……その話、ちゃんと聞いてもいいか?」
「あぁーー、そうだねぇ? 聞いて嬉しい話じゃないよ? それでもいい? ま、話しちゃうか。実はティバーで人材が足りなくてね、それをロブニー村にお願いしたんだ。で、それを村長が断ってね、捨てられちゃったの」
「人材って……普通の人がティバーでどんな仕事があるって言うんだ」
「だから、人材だよ。人の材料」
「……は?」
いまいち意味が分からなくて、ウィンドルフを凝視する。相変わらずウィンドルフはふざけた態度だったが、目が笑っていない。
そしてその口から出た言葉に普通とは違う含みを感じた。
「どう言う意味だ」
「んー……、本当はちょっと話したくない気もするけどね。でも、俺は、ちゃんと話しておくべきかなとも思うんだよね」
俺は、を強調して言う事にピンと来た。つまりレイスはずっと私に内緒にしておきたかったのだろう。
何か、よくない事を。
「お嬢がロブニー村に行って調べたらわかる事だしねぇ。だったら言い訳も立つかなぁ」
「……いいから説明しろ」
「はいはい、怖いねぇー」
肩を竦めておどけていたが、急に真面目な顔になって私を見つめてきた。その眼力の強さに、嫌な気持ちが増幅する。そして、衝撃的な事を話し出した。
「魔石の移植実験は、まだ続けられているんだよ」
「なん、だと?」
「あんな事が起きたのに。フィアス戦のような悲劇が起きたのに、実験は繰り返されている」
「な、なんでっ!!」
「実験に犠牲はつきものだそうだよ。新しい事をやり遂げるには、多少の事は目を瞑るらしい」
「多少って! 多少じゃないじゃないか!! それに人材だと!? つまりそれはっ!」
「ロブニー村の人間に魔石を埋め込んだんだ」
「っ! なんでっ!!」
「過剰適合者だけではなく、色々なパターンで実験を試みるんだそうだ。その対象にロブニー村が選ばれた。最初は五人。若い男女をティバーへ呼んだ。そして移植して村へ返したんだ。その結果一人が変死して、四人が異生化した。次に歳を取った人間を五人。三人が異生化して二人は移植してすぐに死んだ」
淡々と話す内容が、頭に入ってこない。人体実験、それが、あのロブニー村で……。
「三回目は子供が二人。二人共変死した。その辺りで、村長は限界だったみたいだね、人を送れと言われて拒否するようになったよ」
「そんな事、そんな事一言もっ!」
「言える訳ないでしょ。そんな事世間にばらしたらどうなると思う? 見捨てられるだけじゃなくてあっという間にあの村は潰されるよ?」
「メアリーは……」
「知らなかったんじゃないかな? 移植した人間を村に戻した後は厳しい監視付きだったからね。で、異生化したら早めに処分していたみたいだよ。……異生化しても、死体は本人に戻るから、村の人間は異生に殺されたと言う話を疑いもしなかった」
「…………」
つまり、村長だけがその異常性に気付いた。どんな思いだったのだろうか……。村の人間は、人を送るからティバーが常に助けてくれていると信じていた。だが、本当はその異生をティバーが作っていたのだ。
「くそっ!!」
立ち上がって力任せに椅子を蹴飛ばすと、激しい音を立てて椅子が転がる。ウィンドルフそれを無言で直すと、私を抱きしめた。
「ウィン、兄……」
しっかりと抱きしめられ、身動きが取れない。とりあえず距離を取りたくて、胸板を押したが、ビクともしなかった。
「本当に、今のティバーは狂ってる。……アストールはマネージャーに昇格したよ」
「っ!!」
「魔石の人体実験を率先して行っているのはアストールだ」
「そんなっ……アス先生が……!」
嘘だ!!
激しく暴れたが、ウィンドルフは離してくれない。それどころか、余計にきつく抱きしめられる。
「ずっとね、俺たちは後悔して来たんだよ。同じ間違いは絶対に犯さないって決めた。だから、お嬢も、同じ間違いを犯さないでね?」
「同じ……間違い……」
「そうだよ」
同じ間違い。それは、なんだろう?
やはり私はティバーで間違いを犯したのか。だが、その間違いとは一体なんだ? 逃げなければいけないほど、私は追い詰められてしまっていた。
それは、どんな事だったのだろう……。
「急いで思い出す必要はないと思うよ。思い出せないと言う事は、今はその時じゃないのかも知れないからね。でも、だからって、努力を怠って欲しくないね。レイスのように、何もなかったように誤魔化すんじゃ駄目なんだよ。ちゃんと、自分の進んできた道は理解しなきゃ」
「……そう、だな」
ウィンドルフの言う通りかも知れない。見たくないから知りたくないからって、蓋をするんじゃ駄目なんだ。何かが起こって、私は今ここにいるのだから……。
「ウィン兄……私、やっぱりロブニー村へ行きたい」
「うん、いいんじゃないの? 俺は止めないよ。でももうちょっと体力戻ってからね。今まで通り飯を食べれたらいいよ」
「そうか。でも、リンダやリートを連れて行くのは危険かも知れないな……」
「まぁ、そうかもね。見捨てられたとは言え、まだティバーの目はあるかもねー。でも、二人が大人しく留守番しててくれるとは思えないよね」
「そうだが、ちゃんと話せば」
「無理じゃない?」
抱きしめられていたのを解かれ、不思議に思ってウィンドルフの顔を見たと同時に、部屋のドアが勢い良く開いた。
「ロリア! 私も行くからね!」
「ロリア様!! 危険なんて関係ありません! 俺は! 絶対にロリア様の側から離れませんから!!」
「リンダ! リート! お前達……話、聞いてたのか?」
二人を睨み付けると、二人とも笑って誤魔化した。その顔を見ていたら、怒るに怒れず釣られて笑ってしまう。
本当は、危ないから駄目だとちゃんと止めるべきかも知れないが、二人の顔を見ていたら言えなくなってしまった。
それに、側にいて助けて欲しいと思ってしまうずるい自分がいて、そう言ってくれたのが、すごく嬉しかった。




