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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第3章 熱の童子
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#19 熱の童子 終

 朦朧とした意識の中で、走馬灯の様に一気に入り込んでくる記憶に頭が痛くなる。ただひたすら流れてくる記憶を、とにかく追うので精一杯だ。 


『ロリア。聞いてくれ。やはりアストール先生には良くない噂がある。今回のデビュー討伐も何か裏があるかも知れないんだ』

『またその話!? いい加減にしてよっ。ブレイムはいつもいつもアス先生の悪口ばっかり! 私達の恩人なのにどうしてそんなひどい事ばっかり言えるの!?』

『ロリア! ちゃんと聞いてくれ! 確かに彼は恩人だ。だからと言って全て盲目的に信じるのは間違っている。ちゃんと自分で考えてくれっ!』

『馬鹿にしないでよ! 私は私でちゃんと考えてる! ブレイムに面倒見てもらわなくったって大丈夫だもん! もうほっといてよ! ブレイムなんか勝手にすればいいじゃない。あの人と仲良くしてればいいじゃん! 私はアス先生と一緒にいるから平気よ!』

『ロリア!! 待てって! ロリア!』


 一生懸命説得しようとする彼を、私はうるさく思っていた。

 大事な人だったけど……私が必要と思っている程彼は私の事が必要ではなくて、私はすごく孤独だった。

 気付いたら自分は独りの様な気がして、怖かった。だから私は求めた。私の一番になってくれそうな人を。何よりも私を一番に思ってくれる人を。


『可愛いロリア。大丈夫ですよ、私の言う通りにしていれば何一つ問題ありません。可愛い私のロリア。怖い事は何もありません。大丈夫です』

『アス先生、フィアス戦……変な噂を聞きました。本当に大丈夫なんでしょうか?』

『大丈夫ですよ。何一つ心配する必要はありません。ロリア、あなたは自分の持てる全ての力を持って仲間を助けてあげてください』

『もちろんです! 私、頑張って異生を倒します!』

『そうですね、頑張ってください。……異生を根絶やしにするために……』


 その後抱きしめられた温もりを思い出して……涙が溢れた。

 ああ……愚かなロリア。

 私は盲目だったんだ。

 先生を想うがあまり先生が全てだと思い込んでいた。


『だからお前は馬鹿だと言ってるだろう? ブレイムの言う事も聞かず、相変わらず自分の頭で考える事をしないんだからな。まぁ、ブレイムも阿呆だがな。お前がそんな風に馬鹿になったのはブレイムのせいだからな』

『……レイスって本当に性格悪いよね。どうしてそれでブレイムと双子なの? 全く違うもん』

『はん、一緒にするな。俺はブレイムとは違う。アイツは優等生のいい子ちゃんだからな』

『じゃぁレイスは何なの? 氷の冷血漢?』

『そうかもな。それよりお前はどうするんだ。このままガキみたいにブレイムに反発し続けるのか? ああ、ガキみたいに、じゃなくてガキだったな』

『さいってー。本当最低っ! 先生とも大違いだわ!』

『……ロリア、アストールには注意しろ』

『レイスまでっ! ブレイムだけじゃなくてウィン兄も同じ事言ってた。みんなどうしてそんな事言うの?!』

『ウィンも? そうか……自分の頭で考えろ。操り人形のままでいいのか?』

『……何それ。そんなの知らない。みんなしておかしいよ。どうせみんな私に意地悪してるんでしょ! 私が先生と仲良いからっ! バカみたい』


 本当に、馬鹿みたいだ。

 みんな私の事を心配してくれていたのに。

 みんな私を見ていてくれていたのに。馬鹿な私は気付かなかった。

 

『明日のフィアス戦、本当に参加するのか?』

『こんな時間に呼び出してまたお説教? いい加減にしてよ』

『カイサル先生に話してみる。だからお前は参加するのをやめないか?』

『っ! 良いわよ、やめても。ブレイムがあの人と別れるなら。ビアンカと別れてこのまま私を恋人にしてくれるって言うならブレイムについて行く』

『ロリアっ! それは……出来ない。何度も言っているだろう? 俺にとってロリアは……妹としか思えない……』

『だったら私と先生の邪魔しないでよっ! 本当の兄弟でもない、ただの幼馴染のくせに偉そうに、ずうずうしく私の事に口出さないでよ! 大っ嫌い! ブレイムなんて大嫌いよっ!』


 子供なロリア。

 手に入らないから駄々を捏ねてた。

 それでも手に入らなくて……全部拒絶した。何もかも拒絶した。

 私には先生がいる。先生がいてくれる。先生さえいてくれれば他は誰もいらない。

 先生の言う事さえ聞いていれば私は幸せ……。

 馬鹿なロリア。愚かなロリア。



 ◆ ◆ ◆



「あぁ……思い出したくなかったな……」


 自分の言葉で目が覚めた。あぁ、覚めたくもなかった。

 ボロボロと零れる涙が、今見ていた夢が真実過去に起こった事だったと証明している気がした。


「ロリア?」


 心配そうに覗き込んでくるリンダに、安心させる為笑ってみせる。でも、顔が上手に微笑まない。


「起きたー? 大丈夫? 急に気を失ったからびっくりしたよ」


 額に置いてあった濡れタオルを交換しながらウィンドルフがほっとしたように笑った。

 ごめんね、ウィン兄。心配してくれていたのに言う事聞かなくて。


「ロリア様」


 半泣きでリートが覗き込んできた。リートは、昔の私に似てる。

 盲目的に私を信頼してくれているリートは、アス先生に傾倒していた自分と同じに見えて直視できなかったんだ。

 でもリートは昔の私より全然利口だな。ちゃんと人の意見を聞く耳を持ってる。


「……ロリア様」


 あぁ、なんか暖かいと思ったらレイスの膝枕だったのか。今度は優しいな。

 お前はいつも私の事をちゃんと考えてくれていた。口は悪いけどいつもお前は本当は優しかった。

 でも私はその隠れた優しさを理解できなくて、甘やかしてくれるブレイムにべったりだったな。


「その口調……アス先生の真似か?」

「……そうですね。抜け殻だったあなたはアストールのフリをした時だけ言う事を聞きましたので」

「行動も真似たんだな? 昔のお前は……すっごく嫌なやつだったぞ?」


 膝の上から茶化すと、レイスは鼻で笑った。


「そう言うロリア様はその口調にその態度、誰の真似ですか?」

「…………」


 そうか。ブレイムの彼女、ビアンカの真似だ。我ながら不毛だ……。無意識の内にブレイムの相手になりたかったのか……自分から繋がりを拒絶していたくせに。


「思い出したのー?」


 私達の会話を聞いてウィンドルフが不思議そうに聞いてきた。

 私はレイスの膝枕から起き上がると頷いた。頷きならがどうしても思い出せなかった事を聞く。


「なんでウィン兄って呼んでたんだ? ウィンドルフはティバーで初めて会ったよな?」

「ん? 何、そんな事? 俺が呼んでねって言ったからだよ。ティバーの俺より年下の女の子には全員呼ばせてたじゃん」


 ああー、そうか、そうだった。思い出した。

 そう言えばカーナもウィン兄って呼んでたな。


「うちらの代はブレイムとレイスに人気が二分してたからねー、俺は早くから兄貴ポジションで満足してた訳」

「意味わからないのだけど」


 間髪いれずリンダに突っ込まれた。


「……全て思い出したのですか?」

「全てじゃないと思う。でも大体全部思い出した。……ブレイムの事も」

「そうですか」

「……双子、か」

「そうですね、双子で過剰適合者。尚且つ氷と炎。とても素晴らしい研究材料だったと思います」

「えっ!? レイスと炎の戦士って双子なんですかっ?!」


 私達の会話を解いたのか、リートがあり得ないほど動揺している。そう言えば憧れの相手で実際に会ったと言っていたしな。

 ティバーでもブレイムに憧れている相手は多かった。男でも女でもみんなに人気があって……ブレイムは誰に対しても同じように優しかった。

 それに比べてレイスは一部の人間に熱狂的に慕われていて、誰に対しても冷たかった気がする。なぜ人気があるのか分からなかった覚えがある。


「仲がいい双子だったねー。でも、ある事についてだけはいっつも喧嘩してた。いっつも同じ事で揉めて平行線だったねー」


 懐かしそうに目を細めるウィンドルフにリートもリンダも興味津々だ。


「この間リートと一緒にノルンで初めて炎の戦士には会ったわ。すごく紳士的で素敵な人だったわよね。とてもレイスと双子だなんて思えないけど」

「そうです! すごく偉い人なのに物腰が柔らかくて……すごく格好良かったです!」

「ブレイムは優等生だからねー。レイスは、すごく出来たお兄ちゃんを持って捻くれちゃったの」


 パキンとウィンドルフの持っていたタオルが凍る。


「ほら、すぐ暴力に訴えたりしてね、性格悪いでしょー」

「……ウィン、今すぐその口を閉じろ」

「はいはいー」


 凍ったタオルをリートに渡しウィンドルフは私を見る。


「飛び出した時の事は覚えてる?」

「……フィアスの後、私達は入院していたんだ。そしてカーナがおかしくなって行った……。徐々に理性がなくなって行くみたいに、ブツブツと何かを呟く事が多くなって……」


 そうだ、暴れるようにもなった。他の人にはあまり攻撃することはなかったのに、なぜか私にはすぐ手を出してきて、一緒にいる事が困難になっていったんだ。


「隔離されてね、それで表向きは自害したって事になってたよね」

「……表向き? 本当は違うのか!? カーナは生きてるのか!?」

「逃走したんだよ。手にかけようとした相手やっつけて振り切って……この先の森に、逃走した」

「この先の……森に?」

「何度も処分しようと討伐隊をけしかけてはいるけど、今だに倒せてない」

「まて、待ってくれ。何を言ってるんだ?」

「この先にいる知性を持った異生……それは君の元同僚カーナの、成れの果てだ」 


 先程まで笑っていた名残など何もなく、真剣な顔で言ったウィンドルフの顔が良く見えない。


「……カーナの胸にも魔石が移植されていました。ボリスよりも抵抗力が強かったのか分かりませんが、カーナは異生と会っても暴走しませんでした。ですが徐々に魔石の力に抗うことが出来なくなってしまったのか……変化して行ったのです」

「待てって! 二人共何を言ってるんだ?」

「事実をです。当時のアストールクラスとフィルナンクラスの人体実験ですよ。フィアス戦はその検証の為に組み込まれた作戦です」

「人体、実験……」


 ぼそりとリンダが呟いた声が耳に残る。

 人体実験。人体実験だと?


「何人の過剰適合者が実験されていたのかわかりませんが、ボリスとカーナは確実に移植されていて暴走してしまったのです」

「待てって! 待ってくれ。それ以上話すな!」


 私は手元にあったタオルをレイスへ投げつける。避ける事もせず、タオルはレイスの顔に当たってその場に落ちる。

 待ってくれ、少し考える時間をくれ。


「……思い出したばかりで話すのもどうかと思ったけどね……退治する以上、先に知って置いた方がいいよね?」


 待ってくれ、ウィンドルフ。頭がついていかないよ。


「正直もう理性は残ってない。話しかけても何をしても反応はなく、異生と同じように攻撃をしてくる。ただ人間の時の名残か……頭が良いんだよ。他の異生のように無我夢中で襲ってくるわけではなく、状況を判断しながらどうすればいいか考えて攻撃したり逃げたりするんだ」

「それは、本当にもう理性はないのか? カーナなんだろう? 本当はちゃんと意思の疎通が出来るんじゃないのか?」

「残念だけどそれはないよ。ティバーだってそう思って色々と接触をしたんだ。でもことごとく失敗してる」

「……カーナと仲の良かったあなたをけしかける事で、何か変化があるかも知れないと言う判断で今回私達が出る事になりました」

「なんだってそんなっ、そんな事に……」


 私はその場で顔を覆った。

 何だってそんな事になってたんだ。どうして私はそんな事も知らずにのうのうと生きてたんだ。

 カーナ、カーナ……。どんな思いでいるんだ。今、お前は本当に何も感じていないのか?

 私の知っているカーナはいないのか?

 あの元気で、優しかったカーナは……どうしたんだ?


「……会いたい……」

「ロリア様……」

「会いたい。カーナに会いたい。会いたい。会いに行かないと」


 私は徐に立ち上がるとドアを目指す。


「ロリア、待ってよ!」


 リンダに体ごと止められたがそれを振り払う。


「今すぐ行かないと! カーナに会わないと! カーナに会って、助けてあげなきゃ」


 ボロボロ零れてくる涙を強引に拭うと、レイスの胸倉を掴む。


「今すぐ、今すぐカーナの所に連れてって。どこにいるか分かってるんでしょ!? 今すぐ連れてってよ」

「……ロリア……」


 狂ったようにレイスに縋りつく私を、レイスは抱き上げる。

 いつもみたいにお姫様抱っこをして、歩き出した。


「行くの?」

「行かない訳にいかないだろ。ウィン、後から来い」

「……二人で平気?」

「平気だ」


 言い切ったレイスの首に掴まる。みんなの顔を見たくなくて、自分がどんな顔をしているのか見せたくなくて、レイスにしがみついた。

 レイスは乱暴にドアを開けて小屋を出ると走り出した。

 森の中、しっかりとした足取りでレイスは走る。どこにカーナがいるのか見えているかのように、レイスはぶれる事無く一直線に走り続けた。

 

 あの時みたいだ。あの時も、こうやって抱えられて森を進んだ。

 あのリサーチャーを倒す前、こうやって進んだ。倒した後も、こうやってくっついた。あの時はレイスの温もりが欲しくてくっついた。

 魔石を取り込むなんて馬鹿な事をする人間がいるなんて、その時まで考えもしなかった。

 でも、もっと前に、それを考えた人間がいたんだな。


 ……アス先生……。アス先生……あなたはなぜ、そんな事を考え付いたんですか……?

 私はレイスにしがみつきながら、自分の胸にある傷跡を思い出していた。



熱の童子 終


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