#01
「それで……やはり契約なさるおつもりですか?」
「そうだな、契約してやるべきだろう?」
嫌そうに私を見つめるレイスに、首を傾げるとはぁっと深いため息をつかれた。
「なんだそれは、なんか文句あるのか」
「少し、急ではありませんか?」
そう言われグッと詰まる。確かに、まだ出会って一週間だ。だがそれでも契約する事で安定するなら、凄く不安定なリートを救ってやりたいと思う。
「リートは熱の過剰適合者だ。まだ若く……街でもたまに危ない時が結構ある。だからやはり早めに契約した方がいいと思うんだ」
「……私もそれはわかっていましたが……それとこれとは別問題です。またあなたの負担が増えるだけです」
ため息を付きながらレイスは麦酒を一気飲みした。
今私達がいるのは食堂だ。街一番の大宿の一階にある大衆食堂で、ここに宿を取っている私達は一階で食事をしている。
特にハンター専用の宿と言う訳ではなく、観光者も使えるような健全な宿なので家族連れもたくさんいる。
今はまだ時間が早いので喧騒もなく、穏やかな食事風景が繰り広げられていた。
その中で私とレイスは丸いテーブル向かい合って座り、レイスはその手にビールを持っている。
成人は十八歳なので、私もビールを飲む事が出来るが、この愛くるしい外見では問題を多く発生させてしまう為、自重している。
酒は好きだが、宿に迷惑をかけるのは本意ではない。それに、絡んできた相手をボコボコにしたりするのは大変楽しいが、面倒臭くもある。
ただ、目の前でがばがばと飲まれていると若干怒りが沸いてくるものだ。
特に感慨深くなく、淡々と飲み続けるレイスの脛をテーブル下で蹴っ飛ばすと、果実のジュースを飲んだ。
この宿特別の混ぜ合わせ方法があるらしく、これはとても美味い。ビールは飲めないが、これはこれで満足だ。
隣のテーブルに座っている家族の子供も、大喜びで飲んでいた。
「お似合いですよ」
「…………」
もう一度蹴っ飛ばしたら避けられた。くそう。
「しかし、熱の過剰適合者とは変わっていますね」
「そうだな」
過剰適合者とはある種の魔法に対してのみ異様なまでの能力を発揮する人間の事だ。
人は皆魔力を持っている。そしてその魔力の高さによって魔法が扱えるかが変わってくる。
魔法とは魔力を媒体にして頭で思い浮かべたものを言葉に合わせて具現化するものだ。
例えば火を熾すイメージを頭に思い浮かべそれを言葉にする。その言葉は特に決まってなく、その人の思い描いた行動を上手く表し結び付けられるものなら何でもかまわない。
火を熾す場合、『火』『炎』『業火』そんな言葉によって程度が変わるし、『火よ出ろ』『炎に包まれ』『業火に見舞われよ』そんなフレーズに変える事によって質も変わる。
つまり自分の頭の中で浮かべたものがうまく言葉に乗り描くことが出来れば魔法は使えるのだ。
『火』『水』『土』『風』そう言った世界に不可欠な要素は誰もが触れることが出来、誰でも簡単にイメージすることの出来るものだ。
だから人によって得意不得意な分野はあるものの、魔法が扱えるのにその他の魔法が使えないなんて事はない。火の魔法が使える者は、例え不得意で弱くても水の魔法も使えることが出来るのだ。
だが、一つの魔法しか扱えない人間もいる。その人間の事を過剰適合者と呼ぶのだ。
どう思い描いても。どう教わっても。どう考えてもその魔法以外を扱う事が出来ない。
リートは『熱』と言う種類の過剰適合者のようだ。そして、レイスは『氷』、私は『結界』の過剰適合者だ。
私とレイスは、同じ村で産まれ育った幼馴染だ。子供の頃、村が異生に襲われあわや全滅と言う所でハンターに助けられ保護された。
その際、魔力数が高く見込みがあると言われ、私達は孤児院へ行かずハンターになる為の施設へ入ったのだ。
そして教育を受けていくにつれ、過剰適合者だと言う事が判明した。
私の場合、結界として発動した魔法は揺ぎ無いのに、他の目的を持って練り上げた魔力は霧散し魔法として発揮されない。
そしてレイスは氷を出す以外扱えない。水も無理だ。何も無い所から氷を作り出すか物を凍らすだけ。そして自分で凍らしたものを解凍するだけだ。
過剰適合者はその魔法に苦しめられる。
頑張って考える必要もなく手足を動かすようにその魔法を扱うことが出来るが……逆を返せば暴走しやすい。
魔法の制御がまだうまく行かなくて感情に流されやすい小さい子供の頃は特に暴走する。
私の結界は攻撃ではなく閉じ込めると言う行為だったからか、対した被害を受けた覚えはない。だが無意識に気に入らない相手などを閉じ込めたりしてしまった事は幾度となくある。
だが氷のレイスは大変だった。あの時の事は懐かしい子供時代……などと振り返りたくも無いほど悲惨だった。
氷の世界。いつからかレイスの心も凍り……喜怒哀楽をあまり表さないように感情を押し殺すようになってしまった。
そして、いつからか私に対する態度も……変わってしまっていた、と思う。正直子供の頃の記憶は曖昧だ。
だがそんな時、意外な所で私の結界が役に立つことがわかった。私の結界は表面的なものにだけではなく内面的なものにも作用することが分かったのだ。
その為、レイスの過剰な氷との適合を結界で包む事によって遮断することが出来た。日常生活の間は結界で遮断する。そうする事により過剰な適合は緩和され多少の威力しか残らない。
その代わり戦闘では結界を解き戦う事が出来る。そんな便利な使い方を覚えた。
「私は反対です。契約者が増えれば増えるほどあなたの普段の発動力も増えます。私はあなたの魔力が尽きて倒れないか心配なんです」
「……何度も言っているだろう? 過剰適合の遮断結界に大した魔力は使わない。押さえ切れない力を無理に押し込め断ち切るのだから沢山消費しそうな気がするが……不思議なものだ。自分を守る為の結界を作るより容易く遮断できる」
「そうですが、それは契約を交わすからでしょう。契約も無く行ったら絶対に倒れるはずです」
「そうか……?」
私が結界の姫魔女ではなく、契約の姫魔女と言われるようになった発端は、過剰適合者とそうした契約を交わしているからだ。
過剰適合を遮断する際、うまく行くように取り決めをしている。
レイス以外に今はもう一人いるのだが、あと一人増えたぐらいで大した事はない。私はそう思っているが、レイスは反対のようだ。
正直契約うんぬんは私よりレイスの方が詳しいので、レイスがそう言うならもうしばらく様子を見たほうがいいのかも知れない。
食堂の人に声をかけ、二階の部屋へ戻る。しばらくはこの宿を拠点とするつもりだ。今日は二人で泊まっているが、当然二部屋取っている。
私達は契約で結ばれたただの仲間なので、恋人のような語らいは必要ないのだ。
……のに、なぜこいつは私の部屋に入ってくるのだろうか。
「何をしている」
ベッドに座った私の隣に、普通に座ってくる。そしていつの間にかすぐ近くで私の巻き毛をいじりだした。
「明日からは二人じゃなくなってしまいますね」
「…………」
それにどう返せと言うのだろうか。
正直、こう言う時のレイスは何を考えているのか全く分からない。まるで恋人の様に私の髪に触れている。
外でも普段からレイスは私に勝手に触れてくるが、今のこれはそれとはちょっと違う気がして落ち着かない。
なぜだかお尻がむずむずと痒くなってくる。居心地が悪くて仕方ない。
「もういいから出て行け。私は寝る」
手を振り払いレイスの背中を押すと、しぶしぶ部屋から出て行った。
レイスの事は大切だ。性格はちょっとどうかと思うが、色々と助けてくれて頼りにはなる。だが、ああ言う態度を取られると、どうしたらいいのか分からなくなる。
レイスも私を大切に思ってくれているのは分かる。だが、それがどんな感情からなるものなのか、分からない……。
だから、なぜレイスが私とずっと一緒にいてくれるのか……分からない。
本当ならば、今一緒にいる必要はないんだ。
私は結界と言う魔法しか扱えない為、異生を直接的に倒す事は出来ない。異生を倒せなければハンターとは言えない。だから本当ならば、私はハンターを辞めるべきだ。
過剰適合者の遮断結界と言う大事な仕事もあるが、自分自身でしっかりと感情をコントロール出来る相手には必要ない。
そして、多分レイスにはもう遮断結界は必要ない。自分の意思だけで十分抑える事が出来て、暴走する事なんかないはずだ。
なのに、レイスは側にいてくれる。
一人で異生を倒すことの出来ない私が、ハンターを名乗るのは本来ならおこがましい。なのになぜ私が契約の姫魔女などと言う二つ名を持つ程有名になったのは、レイスのおかげだ。レイスが私の代わりに異生を倒してくれるからだ。
レイスは一人でも全てをこなす事の出来るハンターだ。だからレイスの名前で依頼を受けるべきだ。だがレイスはそれを嫌がり私の名前で依頼を遂行する。その為私達はいつも一緒に行動しているのだ。
なぜ、レイスは一人で活動しないだろう。なぜ、私の側にいるのだろう。
ちゃんとレイスに聞くべきなのかも知れない。でも、私は聞けないでいる。
正直、私はきっと弱い人間だ。誰にも頼らず、一人で生きていく事が出来ないだろう。実際に今だってレイスがいてくれなかったら、私は何も出来ない。
だから、レイスが今もずっと一緒にいてくれる事が嬉しい。でも、それ以上に怖くてたまらない。
いつか私からレイスが離れてしまったら……私は……私はその時一人で立っている事が出来るのだろうか。
レイスに頼り切ってしまっている今の状態が良くない事だと自分でも分かっているが、私は、それでもその手を離したくないんだ。
このままレイスに寄りかかって過ごして行ってしまうのが良くない事だと分かっていても、私はきっと自分から手を離すことは出来ないだろう。




