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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第3章 熱の童子
18/40

#17

「無事契約も完了したことだし、さっそく依頼受けてもらってもいいかなぁー?」


 私達がせっかく絆を確かめ感動している最中だと言うのに、ウィンドルフはそう言うと一枚の依頼書を見せた。

 指先で摘みヒラヒラと振っている様は馬鹿にしているようで、なんだかむかつくな。


「なぜ依頼?」

「今までのお嬢ちゃんの依頼ってレイスが持ってきてたでしょ? で、そのレイスはどこから仕入れてたと思う?」

「……ティバーか」


 依頼内容を確認する為か、近づいてきたレイスを見るとばつが悪そうに目をそらした。ここに来てから、レイスの態度が酷い。いつものレイスとはあまりに違う。

 それはやはり、詳しい事を知っているティバーの人間――ウィンドルフがいるせいなのか、私との会話も殆どない。

 悔しい……私は堪え切れず唇を噛む。   

 どこから依頼を持ってきているかなど気にした事もなかった。普通にノルンから仕入れていると思っていた。だけど、違った。

 本当に私達はティバーの手の中だったのだな。そして、レイスはその手先で私を監視してた訳だ。

 ……そんな言い方はレイスを貶めているようで良くないとは思うが、実際にあいつはティバーの指示通り動いてただけに過ぎないのだろう。

 結局の所、私の側にいたのもティバーの指示だった訳だ。だから、ずっと側にいるなどと私に言える訳がない。


「どんな依頼ですか? 今回はあなたも参加するのですか?」


 リートがウィンドルフの持つ依頼書を興味深そうに見ていた。私も、今はレイスの事は考えないようにしてウィンドルフに向き直る。


「今回はしっかり異生と戦う依頼ですー。なのでレイスとリンダだけじゃぁ不安なので俺達も参加するわけ」

「異生討伐? だがお前はともかくリートは異生相手に慣れてないぞ?」

「話し聞く限りリート君はお嬢ちゃんの側でやってくれればいいから。まぁ、このメンバーで多少の練習は必要だろうけど、直感型だしそれなりに出来るでしょ。場所はちょっと遠いのでゆっくりと移動しましょ。そこにいる頭のいい異生と戦うよ」

「頭のいい異生? どう言う意味だ? まさか知性があるとでも言うのか?」

「らしいねー。人間程の知性はないと思うけど学習能力はある。そして本能的に人間と戦う事を嫌がってる相手だね」

「なんだって!? そんな異生がいるのか!?」

「らしいよー。実際に俺も会ったわけじゃないからよく知らないけどねー」


 ウィンドルフは軽く言ったが、私は同意できなかった。

 異生というのは明確な自分の意思がないと言われている。実際に私が今まで討伐してきたやつらも、目の前にいるものは全て敵とみなし攻撃してくるだけだった。

 決して勝てない状態になっていたとしても逃走と言う選択肢はなく、ただ目の前のもの全てを壊す。そんな一つの行動しかない。


「学習能力があり、人間と戦おうとしないと言う事は逃げるのか?」

「らしいですー。実際に強いらしいけど、追い詰めると上手いこと逃げちゃうらしいの。だからいまだに討伐できないって訳」

「そんな異生が存在してたとは……。いつ頃から依頼は出てるんだ?」

「んー、最初にティバーで討伐隊を出したのは二年ぐらい前だねー」

「そんなに前から……そんな癖のある相手、私達だけで倒せるのか?」

「わかんないけどねー、まぁやって見ましょうって事らしいよ」


 歩き出したウィンドルフの後ろを慌てて私達は追いかける。


「ねぇ、距離があるってどのくらい? どうやって行くの?」


 不安そうなリンダは小走りで付いて来ると私の手を握る。手を握りたがるなんてどうしたんだろう。

 最近ずっと不安定なリンダが心配だ。


「大丈夫大丈夫。そんなにすっごく遠いわけじゃないから。ただちょっと辺鄙な所だから交通が不便でね、歩かないと行けないから時間掛かるってわけ」

「これから一度装備をしっかり整えて、明日早朝から出発しましょう。ロリア様もその格好では不安ですので、リンダと一緒に買い物へ行って下さい」


 ウィンドルフの言う事に全く動揺のしていないレイスがそう補足した。リンダの驚きを見ると、リンダは知らされていたなかった様だが、レイスは知っていたのだろう。

 ティバーでの決定を、ウィンドルフはレイスへ伝える。そんな関係だったのかも知れない。それなら昨日レイスが行っていた台詞も、態度も……納得できる気がした。


「私は必要な物をボックスから引き出してきますが、衣装はロリア様が自分で新しく用意して下さい。こちらに現金があります」


 そう言うとレイスは私に金入れを手渡す。


 ボックスとは家を持たない私達ハンターの為の収納施設だ。ノルンが管理していて、支部がある街には必ずあり、ハンターは格安で借りることが出来る。要は荷物を置いておくことが出来る家のようなものだ。

 そのボックスに預けたものは、金さえ払えば別の街のボックスへ移動する事も出来る。

 当然私達も借りていて、細々としたものはそこへ仕舞ってある。自分達が泊まれるような広さと設備があるわけではないので、街にいる間は自分たちが寝泊りする為の宿を取る必要があるが、とても便利な施設だ。


「そうか、じゃぁ足りない物があったら連絡してくれ。こっちで買うから」

「いえ、後で合流しましょう。それでは」


 レイスはそう言うと足早に屋敷から離れていった。その、多くを語らずに逃げるようにいなくなった後姿を眺め、ため息が零れた。

 私と一緒にいるのが嫌なのだろうか? そう邪推してしまう。いや、邪推ではなく実際にその通りなのだろう。

 特殊な過剰適合者の私を、ティバーは失いたくなかった。だから、レイスと言う人間を付けて甘やかして、自由だと思わせながら手の中で泳がせていたに違いない。

 そしてレイスはそれを私に感づかせない様にしながら監視していた。だが、それがばれてしまった以上、もう私を監視する必要も甘やかす必要もなくなったのだ。

 やはり、レイスにとって私は、そんな甘い関係じゃなかった訳だ。


 それなのに、お前はなんで……キスしたんだ?


 昨夜レイスが触れた唇を思い出す。あの時、レイスの気持ちが少しだけ見えた気がした。でも、それは私の勘違いだったのだろうか……。


「じゃぁロリア! 二人でお買い物行きましょう!」


 思考の渦に陥ってた私は、急にリンダに手を引かれつんのめる。


「ま、待てリンダ! リートはどうするんだ? リート!」


 引っ張られながらリートに振り向くと、若干引きつった顔のリートは首を横に振っている。


「お、俺は大丈夫ですので、お二人で行って下さい!」


 リートの断る声を聞きながらもどんどん引っ張られる。ウィンドルフがリートに何か話しかけているのが見えたが……大丈夫だろうか。



 ◆ ◆ ◆



「その服装ってレイスの好みなんでしょ?」

「まぁ、そうなのかな? いつも選ぶのはレイスだったからな。それが今日は自分で選んでいいなんて……どんな策略だ?」

「ロリアさぁー、巣立つんでしょ? だからじゃないの?」

「……巣立つって、他の言い方ないのか?」

「んん? 何不満? じゃぁ親離れとか?」

「それだともっとひどいんじゃないのか……?」

「ふふふふふふ」


 リンダは私に上着を合わせると嬉しそうに笑った。


「こんなのどう? リートが着てるのみたい。ふふっ、全然似合わないわねー」

「……分かってるなら進めるな」


 私はリンダを押しのけると店内を見て回る。

 自分の顔立ちが派手なのは自覚してる。だからどうもシンプルな服は似合わない。

 正直自分の好みとしては動きやすくてあっさりとしたデザインがいいと思うのだが、私が着るとどうも浮いてしまう。


「結構歩くって言ってたし、スカートは止めたほうがいいわよね。あぁ、でもスパッツ履けばいいかしら? チュニックに厚いタイツでもいっか。そのブーツも使えそうね。なんだ、意外にそのままでも平気なんじゃないの?」


 私は改めて自分の格好を見る。

 ブーツは確かにシッカリとしているので、このまま安全靴として山を歩いても問題ないだろう。厚底ではあるが、ヒールが高い訳ではないのでそこまで疲れもしないしな。

 服装は無理があるんじゃないのか? だからレイスも変えるよう言ったんだと思うのだが。


「だって作りはしっかりしているしね。足の出ている部分だけ下に履くようにして、上着にジャケット着れば大丈夫でしょ?」

「まぁ、確かに」


 フリフリの格好ではあるが、素材はいい為に作りはしっかりしている。と言うかどうやらレイスが私のために特注していた物だ。

 膝が出ているので、リンダの言う通りにタイツでも履けば問題ないかもしれない。だがスカートを引っ掛けたりしないだろうか? それが少し心配だ。


「何よりロリアに似合ってるのよねー。癪だけど本当にぴったし!」

「……何が癪なんだ」

「レイスよ。あの男、本当にムカつくけどロリアの事本当にしっかり見てるから」

「そうか?」

「これなんてどう? 絶対にロリアに似合うから!」


 リンダは手に持ったジャケットの会計を勝手に済まし、店を出る。


「レイスから許可を貰ったのに、結局私は自分で買えなかったのだが……」

「まぁ、いいじゃない。それより、買い物あっという間に終わっちゃったねー。ねえ、たまには女二人でお茶しない?」


 リンダは嬉しそうにそう言うと、目の前のお店を指差す。そこにはお洒落なカフェが存在していた。……ここのケーキは美味しいと評判だな。

 ノルン支部の受付のお姉さんレーゼにお勧めされたのを思い出す。


「……まぁ、少しぐらいはいいだろう」


 あっさりと誘惑に負けた。嬉しそうなリンダと一緒に店に入ると、私達はケーキと飲み物のセットを頼む。


「さっき、あなた達が契約してる時にレイスとちょっと話したの」

「あぁ、そう言えばリンダ、なんか怒ってなかったか?」

「あ、ばれてた? そう。ちょっとあまりにもレイスがムカついて。こんな所で話すのもあれだけど……私ね、ロリアに色々内緒にしてたことがあるんだ」

「ん?」


 私は顔を上げるとリンダを見る。そこには今まで見たこともない程真面目な顔をしたリンダがいて、つい姿勢を正す。

 最近のリンダはとても情緒不安定だ。それは私に何か隠し事をしているから来ている気がしていた。

 珍しくレイスもいないで二人っきり。話すいい機会なのかも知れない。


「私は、レイスがティバーと通じてた事を知ってたわ。それに、ロリアが記憶喪失だって事も」

「……ああ」

「私の過剰適合率は確かに低くて、暴走することがなかったわ。でも、ティバーに見つからないなんて無理だったの。私はとっくの昔にティバーに見つかってた」

「なんだって!? そ、それじゃぁなぜ……?」

「私を見つけたリサーチャーとね、……私、馬鹿だけど恋に落ちたの」

「……はい?」

「ちょっと、本当に馬鹿にしたみたいに変な顔しないでよ」


 いや、そうは言われても、一瞬理解できなかった。リサーチャーと、恋に落ちた……だと?


「お互い一目惚れってやつかなー? 若かったしね、なんかこう一気に燃え上がっちゃって。彼も情熱的な人で、ティバーには渡さない! みたいに思い詰めて私を匿ってくれる様になっちゃったの。おかしいでしょ?」

「いや、なんか……私の想像の範疇を超えてるんだが」

「そうよね。でもその時は私達も真剣だったのよ。それで何年かは上手く行ってた。あの人はティバーに戻ったり、私の所へ来てくれたり。コントロールの仕方を教えてくれたりもしてね。でも、急に来なくなった。色々な事を考えたわ。行動を怪しまれて監視がついてるのじゃないかとか、もしかしたら異生討伐で怪我をしたり……最悪死んでしまったのじゃないかって」

「……ああ」

「そうしてしばらく経った後、現われたの。あの男、ウィンドルフが」

「ウィンドルフが……」

「ええ。それであの人が怪我をしている事が分かったわ。そして私の事がばれて動けなくなっている事も知った。そうしたら言ったのよ、あの男……」

「なんて言ったんだ?」

「ティバーには内緒にしておいてやる。このままティバーには入らなくてもいい。その代わり、ある女の子を守れ、って」

「そうか」

「うん。ティバーから同じ過剰適合者の女の子が逃げ出す。その子の助けになってくれ、って言われたわ」

「そうか……」

「うん。ごめんね、ずっと言えなくて」

「いや、いいんだ。そうか……」


 私はリンダから目をそらすと、視線に入ったケーキを一口つまむ。

 美味しいな。美味しいけど……少し塩辛く感じる。

 打算で近づいたと言われ、傷付いたのは確かだ。だが、その時のリンダの気持ちを思うと、何も言えなくなる。


「ウィンドルフから先に詳しいことは聞いていたし、ティバーから脱出したのもすぐ分かったのだけど、すぐ接触するのを悩んだの。だって、あなたの側にはレイスがいたから。それに……ちょっと普通じゃなかったでしょ? だから、しばらく様子を見る事にしたの」

「……確かにな」


 先にも言ったとおり、ティバーを出た後の私は普通じゃなかったんだ。

 レイスが常にべったりと側にいたしな。


「ウィンドルフにレイスの事も聞いてたのだけど……ちょっと聞いてた人とあまりにも違って、それもどうしたらいいかなって悩んでいたら、今度はレイスから接触があったのよ」

「え!? ……まぁそうか。レイスとウィンドルフが繋がっていたのなら、リンダの事も把握してて当然か」

「そうね、その通り。ウィンドルフから話は聞いている。だが、今は出てこないでくれって言われたわ。びっくりしちゃった。もう、なんかハンターって人種は人の知らない所で色々知ってて色々暗躍してる人達なんだなーなんて思ったわよ」


 リンダはそう言うと私と同じようにケーキを一口食べ、美味しい! と声を漏らした。その様子が、いつもリンダで安心する。

 別に私に恨み事を言いたいとかではないのだろう。純粋に、昔あった事を報告しているだけだ。


「私はね、正直自分が生きていくのが精一杯で、何で自分を守る為にその子の事を守ってあげなきゃ行けないのかとか、私が守る必要もなくその子は色々な相手に大事にされてるって事がわかって、理不尽だって思ったり……色々考えたわ。悩んだ。でも、あなた達がハンターを初めて噂で名前を聞くようになったら、またウィンドルフが現われたの。それで一緒に戦え、よ……」


 そう言うとリンダは目の前の紅茶を一気飲みする。過去に飛んでいるリンダが、辛そうに顔を歪ませた。


「馬鹿にすんな、って思った。ティバーから逃げたかったのに、ティバーにいるのと同じように異生と戦えって、本末転倒じゃない。ふざけるなって思ったし、当然そう言ってやったわ。そしたらあの男、なんて言ったと思う?」

「……あまりいい台詞ではなさそうだな」

「そう、最低よ。あの男、あの人はまだティバーで治療を受けているのだぞ? ですって! 本当に最低だわ。あの男、私を脅したのよ? 私が言う事を聞かなかったら、ティバーにいるあの人がどうなるか……。直接口に出さなかったけど、ティバーでの治療が受けられなくなるかも知れないな。なんてわざとらしい事言って!」

「そう、か」


 結局脅されて私達の前に現れたのか……。リンダの恋人はティバーの人質で、リンダは従わないわけにはいかなかった。

 改めて理由を聞いたら、心がザワザワと騒いでいる。

 レイスもティバーの指示で私の傍にいた。そして、リンダも、ティバーの……。


「最初はそんな理由であなたの前に現れたの。でもね、一緒に行動しているうちに、本当の妹みたいに思えてね、守ってあげなきゃって思ったのよ?」

「リンダ?」


 ゆっくりと優しい声で言われ顔を上げると、リンダは微笑んでいた。先程、苦痛に顔を歪ませていたのが嘘のように、その表情は優しい。


「ふふふ、そんな顔しないで。ごめんね? ちょっと意地悪な言い方しちゃったかしら。でも、他の人から知られる前にちゃんと自分で話しておきたかったの。私はロリアが大好きよ。最初は確かに契約って感じだったの。魔力供給にしてもね、本当にただの契約。自分を守る為の契約。でもね、一緒にいたら好きになってたわ。裏表のない素直なロリアの事を。自分では上手に色々してるつもりでしょうけど、私とレイスには何もかもバレバレよ? 色んな事、不安に思ってるのも分かってた。でも、だからこそ私達も知らないフリをする事にしたのよ」

「……私は、そんなに単純か?」


 思っていた事が筒抜けだったと言うのは割りとショックなのだが。


「そうね、単純ね。でも、気付かないフリをしているのは自分の心を守る為なんだって思ったの。もしそれがあざとかったり面倒臭くてとか、本当にお馬鹿さんで理解できないとかだったら私の気持ちだって違ってたと思う。でも、ロリアは無意識の内に壊れそうな自分の心を守っていただけなのよね」

「……でも、そんなのいい訳だ。ただ弱いだけじゃないか」


 リンダはそう言ってくれたが、私は納得できず首を振る。自分の心が壊れそうだから逃げるなんてただ弱いやつの言い訳じゃないのか?


「そう! だからそう言う所よ! そう言う所がねー壊れそうになっちゃう要因よ? 常に真っ当から受け止める必要なんてないのよ? 辛かったり苦しかったら逃げてもいいじゃない? あなたはそうやって逃げる事を否定して続けてたから追い詰めれてしまったのでしょう?」

「……追い詰められていたかなんて分からない」


 前の自分がどうだったのかなんて分からない。覚えてない。

 ただ、前の自分がなんだか許せなくて、今度はそんな風に失敗したくなくて、変化を求めたんだ。


「無理してない?」

「……分からない」


 私は首を横に振る。 

 無理ってどう言う事だろう? 何事も一生懸命するのは当たり前なんじゃないか?

 例え出来ない事だって諦めずに正面からぶつかって、頑張らないといけないんじゃないのか?


「なんでも一生懸命する事は大事だと思うわ。でもね、何処かで抜かないと破裂しちゃうのよ? 私はロリアが変化を求めたのは賛成だわ。レイスへの依存じゃなくて、やっぱり自分の足で立ってて欲しいと思ってから。だからってその変化を求める為に頑張りすぎちゃうのも良くないって思うの。急に一人で立ち続けるなんて難しいわ。だから、私達を頼って?」

「……リンダ」

「ふらつきそうになったら横から支えてあげる。前ばっかり見続けないで、ちゃんと後ろも見て? 大丈夫、側にいるから」

「……ああ」


 私は喉が詰まってそんな返事しか返せなかった。嬉しくて涙が出るなんて、本当にあるんだな。

 私は浮かんできた涙を誤魔化す為うつむき紅茶に手を伸ばす。


「だからね、レイスにはすっごく怒ってるのよ。あいつ、ロリアが頑張ろうって動き出したら急に自分は関係ない、みたいな顔するようになって。本当、子供!」

「こ、子供って……」

「だってそうじゃない。大事に大事にしていた相手が自分の手から巣立ちしようとしたら急に冷たい態度で勝手にしろってなるなんて、心狭っ!」


 やっぱり、最近のレイスは周りから見てもそんな態度なんだな。

 今まで嫌がってもすぐ近くにいて、ベタベタしてたくせに急に余所余所しくなったから、私も分かってはいたが、そこまで露骨だったのか。


「本当に、ロリアもそうだけどレイスも意外に恋愛能力低いわよねー。なんでこうもっとお前は俺のものだー! ぐらいにガバッといけないのかしら?」

「リ、リンダ!?」

「だって結局そうでしょ? あの人ぐらいの強引さがあれば上手く行くと思うのになー」


 そんな単純な事ではないと思うのだが。

 そもそもレイスのあの過保護が私に対する恋愛感情とはとても思えない。

 シリウスもそんな事言っていたが、きっと違う。ただ保護する相手として、あまりにも私が情けなくて弱かったから助けてくれただけで、その気持ちは恋とか愛ではないだろう。

 私はレイスが好きだと意識してしまったから、考えると悲しくなるが、保護する必要がなくなったなら構う必要もなくなった、と言う事じゃないのだろうか。


「それで話戻すけど、なんで私がここまで怒ってるかって言ったらね、レイス、ティバーに戻るって言ってたのよ」

「え?」

「さっき話した時そう言われたわ。契約者が増えて、レイスが常に側にいる必要がなくなったからティバーに戻るそうよ。ロリアにはまだ知らせないでくれって言われたけど……」

「ティバーに戻る……」


 つまり、私の元を離れると言う事か。

 ……分かってはいた事だ。レイスがティバーと通じていた以上、レイスが私の側にいてくれたのは、ティバーの指示だったと言う事が。だから、戻れと指示があれば戻るのだろう。そこに私の意見はきっと関係ない。

 そう、私が嫌だと言った所で、きっと関係ない。レイスはティバーに戻ってしまうのだろう。

 私とレイスは、きっとそんな意味のない関係だったんだ。


「ロリア、大丈夫?」

「……大丈夫だ」

「とてもそうは思えないけど、こんな事聞かされたら冷静でなんていられないわよね」

「……別に……私はレイスがいなくても」

「もう! そう言う強がりはいいから!」


 俯いてた後頭部を叩かれる。


「……リンダ、痛い」

「素直になりなさいよ。ロリアはレイスが好きなんでしょ? 側にいて欲しいと思ってるんでしょ?」

「…………」

「ロリアを見習ってね、私も変わる事にしたの。本気でロリアを助けたいのよ。今まではレイスの行動がロリアを守る最善だと思って従ってきたけど、やめるわ。だからレイスがティバーに戻るって言うのも私は絶対に反対よ」

「……だが、決まった事なんだろう? だったらそれを覆す事は……」

「これだから規則に雁字搦めで育った人間はお堅いわね」

「そんな風言うな」


 呆れたように言われてむっとする。だが確かに、自分が堅い自覚があるだけに言い返せない。だがそれを言うならレイスだってそうだ。


「冗談じゃなく、ティバーの人間は皆そう言う所があるわよね。やっぱりそう言う環境にいたからよね……。あの人だって、レイスだって、きっとウィンドルフだって上の言う事に逆らえない気がするわ」

「そうだな……そう教育されて来た。私達過剰適合者はリサーチャーと、その上にいるマネージャーと呼ばれる管理者の言う事は絶対だと教えられる」

「そう、やっぱりそうなのね。でもマネージャーって名称初めて聞いたわ」

「普通には知られてないはずだ。現在と言うか私がいた時は五人しかいなかった。ティバーを管理しているのは実際にはその五人だ。私は一人しか会ったことがない」

「そうなの?」

「ああ、それも遠目に一目だけだ。それだけ雲の上の人間と言う事だ」

「そう……。でも、それに抗う事も必要になるんじゃないのかしら」

「……私には想像できないな。きっとティバーで育った人間には想像出来ないだろう」


 視線を窓に移して、ぼんやりと外を眺めた。記憶が曖昧だとしても、しっかりと覚えている事もある。

 塀に囲まれたそこは、決して雁字搦めじゃなく、楽しい事もあった。友もいた。だけど幸せだったかと聞かれると、答えは出ない。

 嫌いではなかった。幸せに思っていた時もあったかも知れない。だが、心に疼くのは、苦い想いだけだ。


 私の身に、何が起こったのだろう。それを知ればきっとこのざわめく心に理由をつける事が出来るだろう。だが、それを知りたくないと拒否する自分がいて……どうすればいいのか分からない。


「あ、レイス」


 一緒に外を眺めていたリンダがそう言った。焦点を正せば大通りをこちらへ向かってくるレイスを見つけた。

 いつものカジュアルな服装とは違う、ティバーの所属ハンターが纏う格好をしている。詰襟がついた黒衣は無駄な装飾が一切なく、ティバーの時に着ていた物とは違うのかも知れない。

 それでも、そのティバーの制服を思わせる格好はきつく私の胸を締め付ける。


「あら、ああ言う格好してると、やっぱりあいつもティバーなのね」


 感心した様につぶやいたリンダを弾かれたように見る。その言葉に、私は激しく衝撃を受けたのだ。

 分かってるって言葉で納得して見せたって、本当は納得などしてなかった。私の側にいてくれたのが、ティバーの意志だったのだから仕方ない、なんて聞き分けのいいフリをしていたくせに、本当は分かってなかった。

 その証拠に、私はレイスにティバーの面影を見つけて苦しんでいる。


「……私、馬鹿だな」

「あら、今頃分かったの?」


 あっさりと肯定され、恨みがましくリンダを睨み付ける。


「偽りの関係は終わりにしましょう。私も、レイスの顔色を伺って今まで言えなかった事も、ちゃんと話すわ。だからロリア、あなたも偽らないで。無理しろとは言わないわ、でも、少しずつお互いに歩み寄って行きたいの」

「……歩み寄る」

「そうよ、私はロリアともっと仲良くなりたい。もっと信頼関係を結びたい。ロリアを助けたい……そう思ってるのよ」


 ふんわりとした、優しい笑顔を浮かべるリンダを見て、視界がぼやけてくる。浮かんだ涙を誤魔化すように俯くと、頭をポンポンと叩かれた。


「大丈夫、私達は、少なくとも私とリートは、あなたの味方よ」

「……ああ……」


 そう答えるのが精一杯だった。

 ありがとう、リンダ。凄く勇気が出たよ。

 大丈夫だ、私は今、一人じゃない。こうやって、私を心配してくれるリンダもいる。それにリートだっている。

 例えレイスが私の目の前から消えてしまっても大丈夫だ。きっと、私は立っていることが出来るはずだ。

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