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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第3章 熱の童子
15/40

#14

「それじゃあ、またね!」

「ああ、道中気をつけるんだぞ」

「分かったわ~。産まれたら連絡するから、遊びに来てね!」


 笑顔で大きく手を振るシリウスに別れを告げ、宿に戻る。依頼は無事完了した。結局後処理はまたレイスが終わらせてくれた。

 そんなレイスの顔を、私はずっと見れないでいる。


 シリウスに言われて初めて気付いた私達の関係性。それはきっと特別なものだ。だが、それがどう特別なのか、私には分からない。

 レイスがなぜ私の側にいてくれるのか――聞きたいけれど聞きたくない。相反する気持ちが、私の心を乱す。

 側にいるといってくれないけれど、側にいてくれるレイスは、私の事をどう思っているのだろう。

 聞けずに心に燻ったまま、時間だけは過ぎていった。



 ◆ ◆ ◆



「今日! ノルンで凄い人にあったんですよ!」


 そう言って目をキラキラと輝かせているリートに相槌を打つと、レイスが先を促した。


「どなたですか?」

「炎の騎士です!」


 元気に答えるリートの瞳がキラキラしている。憧れの人に会えて嬉しいと雄弁に物語っている。

 リートには今日、リンダと二人でノルンへ行ってもらった。請けていた依頼の完了報告に行ってもらったのだ。いつもはレイスがやっている事だが、今回はリートに任せた。だが一人では少し心配だった為、リンダについていって貰ったのだ。

 そのリンダは今一緒にいない。調子が悪いと言って一人部屋に戻ってしまった。食事もせず寝ているので心配だが、本人が大丈夫だと言うのでそのままだ。

 

「……有名なのか?」


 聞いた事のない二つ名に聞き返すと、二人してぎょっと驚いた顔をする。


「なんだ、レイスまで変な顔して」

「ご存じ、ないのですか?」


 慎重に聞いてくるレイスを怪訝に思いながら首を横に振る。


「本当ですか!? ハンターの中で一番と言って良いほど有名な方なのに!」


 息巻いて叫ぶリートから若干離れた。


「興奮するな、熱くなるだろ」

「あ、ごめんなさい。でも本当に知らないんですか!?」

「……ティバー所属のハンターです。二つ名の通り、炎の過剰適合者です。なぜ、ノルンにいたのでしょうかね」


 レイスは、らしくなく小さな声で説明する手に持っていたジョッキを飲み干した。


「そうですそうです! 俺、色々と勉強したんです! 自分の事とか……もっと色々知りたくて」

「ああ」

「そしてティバーの事にも詳しくなりました。その中で絶対に語られるのが、あの炎の騎士の事です。特ランクハンターでティバーのリーダー的存在の人です。絶対的な強さでハンターの至宝と呼ばれてるぐらいなんですよ」


 一生懸命に話すリートと視線を合わせ、相槌を打つ。


「俺、リンダにお願いしたんです。もっと色々な事を勉強したいって。最初本当は俺、急に目覚めて分けわかんなくて怖くて、ずっとこの力から逃げ出したかったんです。それで、ロリア様の事を知って……本当は俺の力を消して欲しかった」

「そうか、だから私達の前に現れたのか?」

「はい。不安で、誰にも相談出来なくて……。でも、噂でロリア様達と同じだって知って、俺の事助けてくれるんじゃないか、って思ったんです。ごめんなさい」


 しょんぼりと素直に頭を下げるリートの赤い髪を撫でる。クシャクシャっと乱暴に撫でてやると照れくさそうに笑った。


「俺、全然制御できてなかったから、あの時ロリア様を追いかけたけど、どうしたらいいかわからなくて、見失わない様にって一生懸命になってたら……」

「それで熱風が出てしまったのか?」


 無言で頷く。今頃になって事実を知った。

 リートの殺気をなんとなく感じたりしていたが、本当の殺気ではなかったのだな。夢中になるあまり出てしまった気配を感じていたのか。

 

「今はずいぶん落ち着いたな?」

「はい。レイスにも教えてもらいましたが、不安とかそう言う感情も良くなかったみたいで」

「リートの場合はそれが一番でしたね。ですから私達と言う同じ立場の人間が出来た事によってすぐに安定したのです」

「それで、色々考えたんです。それで思ったんです。この力から逃げても仕方ないんじゃないかって」


 ぽつぽつと話すリートの言葉に頷きながら、つい目を伏せる。そうだな、逃げてても仕方ない事だ。


「だから、知りたいんです。もっと色々な事を。それで、ロリア様のお役に立ちたいんです!」


 私の手を両手でがっしりと握り、リートは真剣な顔で宣言した。が、その瞬間レイスの手がリート手を弾き飛ばした。

 持っていかれる衝撃で私自身の手も結構痛かった。睨み付けるとレイスはにっこりと笑った。……怖い。


「申し訳ございません。痛かったですか? こんな餓鬼など必要ありませんよ。ロリア様には私がいつもついておりますので」


 うそつけ。この間は、ちゃんと言わなかったくせに。今になってそんな事を言うなんて、お前は、卑怯だ。


「でも! 俺もっと頑張ります! 俺、もっと頑張りますから……契約、してください」


 真摯な瞳で訴えられ、息を飲む。いつの間にリートはこんな大人びた顔をするようになったのだろうか。

 出会った時はずいぶん子供だと思ったが、今は自分で責任を取って見せる覚悟の表情が見て取れる。

 たった数ヶ月前だと言うのに、この変化はなんだ? どうして、こんなに力強くなったんだろう。

 そう言えばレイスに対する態度もいつの間にか変わっていたような気がする。前までは誰にでも熱くなって食って掛かる事が多かったのに、今では大人を真似た対応をするようになっている。

 私がリートと正面から向き合おうとしなかった間に、それでも腐る事無く自分で出来る事を探して、見つけてたのか。


「リンダと何を学んだのですか? 今日、そのハンターと出会って話したのですか?」

 

 レイスがゆっくりと確かめるようにリートへ話す言葉を聞いて、我に返る。


「過剰適合者の事です。それに、今のティバーの事も」

「その相手から聞いた?」

「はい。レイス、俺、守りたいんです。だから……お願いします」


 急に立ち上がりレイスへ向かって頭を下げるリートにびっくりする。


「リ、リート、どうしたんだ急に?」


 頭を下げられているのは私じゃないが、すごく居心地が悪くなりやめさせようとするが、上手くいかない。

 それどころか私の方を少しも見ないで、レイスに頭を下げ続けている。


「契約、させて下さい」 


 私との契約なのに、なんでお前はレイスに頭を下げてるんだ?

 なんで、私を見ないでレイスに許可を得てるんだ?


「仕方ないですね」


 嫌そうに溜息をつきながら、それでもレイスは許可を出した。私の事なのに、私に相談もせず。

 なんで、二人で決めてるんだ? ホッと嬉しそうに笑ったリートが私に視線を戻した所で耐えられなくなり、私は立ち上がった。

 椅子が音を立て後ろへ倒れる。二人が驚愕の表情を浮かべてるのを、妙に冷静な気持ちで眺めながら、何も言わずその場から立ち去る。


「ロリア様!?」


 二人の私を呼ぶ声が重なるが、それには答えず私は走り出し、宿の自分の部屋へ閉じこもった。

 鍵を閉めてドアに寄りかかりしゃがみこむ。いやに乱れた呼吸を落ち着かせる為深呼吸を繰り返したが、うまく機能しない。

 抱えた膝に顔をうずめながら、嗚咽が溢れ出した。



 ◆ ◆ ◆



 今までと変わらない会話が繰り広げられていたんだと思う。

 きっと今までの私はあの二人の会話をそのままなんとなく聞いて、決まった事に対して「そうか」と適当に納得して、レイスの言うままに行動してたんだ。

 今回の事だって不審に思わず、許可が下りた事によって契約を交わしていただろう。

 でも、一度その不自然に気付いてしまったら苦しくなってしまった。

 見ないフリをして流されて来た。向き合う事から逃げていた。でも実際に私の意見なんか関係なく流されていく事柄を目にしてみれば、悔しさが溢れ出してしまった。


 リートと出会ってすぐに契約をしてもいいと私は思っていた。

 でもレイスがいい顔をしなかったから、リートにはもっと勉強してからといい含めて先延ばしにしていた。

 それは、結局誰の意見なんだ?

 私の事なのに、私は考えることもせず、レイスがそう言うなら仕方ないかと諦めていた。

 考える事を放棄して。あがなう事を諦めて。言われた事をだた繰り返して。まるで操り人形のようにあり続けていた私は、いったい何をしていたのだろう?

 何が、したかったのだろう?

 どうして、こうなってしまったのだろう?


 はらはらと流れてくる涙が、何に対して泣いているのかさえわからず、私は体をより縮める。 

 不愉快に思うことなく大事に守られ全てを与えられている状況は、確かに楽で心地よかったのかもしれない。

 ぬるま湯につかいフワフワとまどろんでいた私は、目覚めるべきではなかったのかも知れない。

 何も知らないまま、気付かないまま、存在さえしていれば良かったのかも知れない。

 でも、気付いてしまったんだ。

 自分がおかしな存在だと言う事に。自分を取り巻く環境が、不自然だったと言う事に。

 ならば、もう一度目をつぶることなんて出来ない。

 本当はまたいつもみたいに見なかったフリを気付かなかったフリをして、なかった事にしたいけど、もうそれじゃいけない気がするんだ。


 それじゃぁ、いけない気がするんだ。



 ◆ ◆ ◆



「契約の儀は明日行いましょう」


 次の日、何もなかったかのように振舞う私に、レイスもいつも通りに話しかけてきた。


「いいだろう。どこでする?」


 食堂で朝食を頬張りながら聞くと、意外な答えが返ってきた。


「ドア=リーベントの屋敷です」

「……本気か?」

「本気ですよ」


 少しの動揺もなく言い放つレイスに鋭い視線をぶつけたが、完全に無視される。

 

「ウィンドルフにも立ち会って貰います」

「!!」


 なんでもない事の様に淡々と報告するレイスの言葉を受けて、横でガシャンとグラスの倒れる音がする。


「リンダ?」


 真っ赤な顔でレイスを凝視している。


「なぜ、彼が立ち会う必要があるの? 私達だけで十分でしょう!?」


 激しい口調でレイスを詰問する。 


「……リンダ落ち着きなさい。仕方がないのです」

「納得できないわよ! こんなの!」


 また、私の理解できない会話が目の前で繰り広げられている。

 今まではこんな事なかったはずだ。こんな露骨な言い合い、私の前で起こる事はなかった。


「……二人共、何をそんなに熱くなっている?」


 自分の声なのに、不自然なほど冷たい声が出た。

 そんな私の言葉を聞いて、二人はピタッと口論を止める。

 リンダが、なんだか泣き出しそうな顔をしながら私を見つめてくるのを、じっくりと見つめ返す。


「ご、ごめんなさい。びっくりしちゃって。……私、ティバーは怖いの」


 言い訳するリンダを観察しながら、倒れたグラスから零れた水を拭く。我に返ったリンダが一緒になって片付け始めたが、その表情は浮かばれない。

 決して怖いと思っているだけじゃなさそうな必死さが感じられて、溜息をつきたくなる。

 やっぱり、私に語らないだけでリンダも何かをきっと知っているんだろう。


「そんなに怖い所じゃないさ。あの男も……そんなにイヤなやつじゃない」

  

 不安そうなリンダを見て、なぜかそんな言葉が自分の口から飛び出した。レイスが驚いた顔をしているのを横目で見ると、そのまま食事を再開する。

 色々な事から目をそらすのを止めたら、ティバーの事だって普通に話せる気がする。


「……契約って、実際にはどう言う事をするんですか?」


 リートが空気を換えようとしたのか、素朴な疑問を発してきた。


「……知らん」


 そう答えてから嘲笑が漏れる。

 知らない。知らないんだ。私の契約なのに内容を知らない。なのに私は今まで気にもしていなかった。阿呆らしい。

 ウィンドルフに馬鹿だと言われて怒るのは間違っていたな。本当に馬鹿なんだから怒る資格もない。


「ロリア様、知らないんですか?」


 心底驚いた表情をするリートに笑ってみせる。

 また皮肉なものにしかならなかった自覚があるが、仕方ないだろう。自分の愚かさに、笑いしか出てこない。


 私達は契約を結んでいる。それは私が過剰適合者の魔力を遮断する代わりに、戦えない私の武器となって戦う、という物だ。

 その内容は理解している。だが、もっと詳しい内容は理解していない。

 この仕組みはティバーにいた時から行われていて、所属していた際は結構な人数と契約していたと思う。

 ティバーにいた時はリサーチャーの言われるがまま交わしていて、いつの間にか攻撃性のある過剰適合者とは契約を結ぶのが当然になっていた。

 そしてそのままの感覚でいたせいか、リンダが現われた時もすぐに契約しようと思ったのだ。

 その際難しい手続きはレイスが行ってくれたので……やはり、内容をよくわかっていなかった。

 それに、一度契約した相手とその後どうなっているのか全く知らない。ティバーにいた時はたくさんの相手と契約していたんだ。それなのにティバーを出た今、その契約がどうなったのか気にしていなかった。

 これこそ自分の事なのに、気にもせず理解しようとしなかった私の頭は一体どうなっていたのだろうか?

 見ないフリをしていたなんて事で誤魔化せる様な事じゃない。正直、自分が本気で心配だ。


「絆を作ります。魔力の伝達が上手くいくようにお互いを認める為のものです」

「それで遮断出来るのですか?」


 黙った私の代わりにレイスが説明始めた。だがいまいち意味が理解出来ない。リートも不思議そうだ。


「一度結んだ契約は、一定期間魔力の伝達がなければ自然に不履行となり消えます。現在、ロリア様の契約が履行されているのは私とリンダだけです。大人数の契約は、あまり意味がありません」


 レイスは一気に説明すると、シャツを肌蹴させ鎖骨を見せた。すると左の鎖骨すぐ下辺りに薄茶色の痣がある。

 円形の中には大小様々な大きさの円が重なり合い、魔法陣となっている。


「契約の印です。……武器の私達にしかありません。色の濃淡で伝達の程度がわかるようになっています。今私とロリア様は少し魔力の伝達が弱いです」


 自分の鎖骨をチラッと見ると、そう言って私の手を握った。


「ロリア様、遮断結界を強めにしてください」


 手を握る必要はないだろ、と思いながら言われた通りレイスの結界を強くする。


「溢れる魔力を弾いて、氷」


 レイスの溢れ出ている魔力を少し弾いていたのをたくさん弾くイメージで魔法を練る。


「いいですね。見てください」


 レイスは再びシャツを引っ張り鎖骨を現した。先程までは薄かった茶色の痣が色濃くはっきりと魔法陣として見える。


「……初めて知った」


 私は茶色に淡く光っている魔法陣をマジマジと見る。


「知らなくても問題ありません」


 レイスは肌蹴ていたシャツをピシッと戻すと、リートに向き直った。


「痛みを感じる事もありません。すぐ済みます。ただ、伝達がわかります」

「分かるってどう言う風にですか!?」


 嬉しそうに意気込むリートにレイスは嫌そうな顔をすると一言、「その時になれば分かります」と言った。


「くすぐったい感じよ」


 リンダが横から補足したが、いまいち分からないな。そもそも私は感じた事がないからな。


「うわー、すっごく楽しみです! 今日はゆっくり寝た方がいいですかねー」

「そうね、体力を温存しておいた方がいいわよ。ってまだ朝じゃない」


 興奮状態のリートをクスクスと笑いながらリンダが諌めている。

 その横でレイスは無表情で食事している。そんな光景がなんだかおかしくって、嬉しくって私も笑みがこぼれた。


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