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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第2章 雷の女帝
14/40

#13 雷の女帝 終

 ――特別クラス難題依頼。報酬金額二億ポイオット――


 依頼内容、球体藍色魔石五つ、神殿浄化後収集。期間問わず。五つ揃った状態でお持ち下さい。報酬をその場でお支払いします。


 ――依頼人、フェルマン・ロン・ドア=リーベント――


「この依頼を遂行した。依頼人に連絡して貰えるか?」


 私が受付の男の人にそう言うと、相手はぽかんと口を開けて凝視している。


「……面談をお願いしたいんだが?」

「は! はい! 今すぐ! ……っと、一応こちらでも一度鑑定させて頂く事になっているのですが……」

「問題ない。だが、目の前での確認を頼むぞ?」


 これだけの高額依頼だ。猫糞されても困る。


「も、もちろんです! 少々お待ちください!」


 そう言うと男は椅子から転がるように降りると、大急ぎで何処かへ消えた。

 私は再びノルンへ来ていた。今度はレイスだけじゃなくヴォルグも一緒だ。二億ポイオット稼げる依頼に心当たりがあったから、報酬として設定した。

 この依頼はまだ誰も達成したことがなく、依頼発生から長期間経過しているため超難題となり高額となった。

 元々依頼主がこの街一番と言えるほどの金持ちで、道楽依頼の為緊急性もなかった。正直私には理解できないが、手に入れた魔石で装飾品を作り意中の相手へプレゼントするんだそうだ。その相手の瞳が藍色らしく、魔石の色も藍色と指定だ。

 確かに浄化した魔石は危険性はなく、綺麗な宝石に見えなくはないが――異生の核をプレゼントしたいと言う神経は理解できないな。

 そもそもなぜこんなに高額で、尚且つ誰も達成できていないかと言うと、指定した魔石が希少価値な上五つと数が多い為だ。

 異生の核となる魔石は、色も形もそれぞれ異なる。ただ法則のようなものがあり、色が濃く現われている場合魔力が強い異生で、形が球体により整っている方がバランスよく強いとされている。

 つまり藍色と色濃く、球体をしている魔石を持っている異生はかなり強いと言う事だ。

 ただでさえ強い異生なのに、同じような魔石を持っている異生を五体も探すのはかなり困難だ。その為まだ依頼が達成されていなかったのだ。

 だが、正直この依頼を見たとき依頼主は馬鹿かと思った。わざわざ五つ全部集めた相手に高額を払うのではなく、一つづつに値段をつければあっという間に魔石は揃うだろうと思ったからだ。

 実際に私は四つ持っていた。この依頼を知ってから、売らずに手元に残すようにしたのだが、四つ集まったのだ。

 と言う事は他にもそう言ったハンター達がいるはず。なら五つセットなどにしなければあっという間に達成できたはずだ。

 それなのにそれをしないと言う事は――依頼を達成させたいと言うより、達成させたハンターに用があると言う事なのだろう。


「……いいのか?」


 少し心配そうな顔でヴォルグが確認してくる。

 金を欲しがるハンターは躍起になってこの依頼を達成させようとしているが、ヴォルグほどとなるとやはりこの依頼の不可解さに気付いているようだった。


「まぁ、何を言って来ても金を貰って帰るだけだ。それより持っててくれて助かった。きっと持っているだろうとは思ってたがな」

「シリウスが一応だ。だが、ロリアが四つも持ってたのは以外だな」

「そうか? 意外に私は即物的なんだぞ?」

「そうですね」


 無表情で同調したレイスを蹴っ飛ばした所で受付の男が別の男を伴い戻ってきた。


「確認します」


 そう言って男は五つの魔石を調べる。しばらくすると鑑定が降りた。


「問題ございません。依頼遂行です。直接ドア=リーベント様の所へ」


 男達は慌しく遠話具を取り出し話し始めた。

 意外だ。有名なお金持ちとの連絡が遠話具を使わないといけないとは。てっきり遠話魔法を使える相手がいると思っていた。

 珍しいな……。私達過剰適合者ならまだしも、ハンターならば簡単に会話できるはずなのに。


「今直ぐ来ていただいてかまわないとの事です。お屋敷はお分かりになりますか?」


 受付の男が会話を終了して話しかけてきた。

 今すぐとは急だが、いいだろう。すぐにでもシリウスを安心させたい。


「私がわかります。行きましょう」


 男が地図を出そうとするのを手で止め、レイスが促した。


「知ってたのか?」

「知ってますよ。有名な方ですし」


 ノルン支部を出てから私の方をチラリとも見ないレイスになんだがぞわぞわしてくる。

 嫌な感じだ。


「ヴォルグは宿に戻っていてもかまいませんよ? ちゃんと届けますから」


 目的地へ向かうべく一緒に歩いていたヴォルグに、やんわりとだがはっきりと拒絶の意を示す。そんなレイスに胸騒ぎがもっと激しくなり動悸となる。

 レイス? 不安が溢れレイスの顔を見上げたが、視線が合うことはなかった。

 そんな私達に何かを察したのか、ヴォルグは何も言わずにそのままノジュウィリストンの方向へと歩き出した。

 レイスはそのまましばらく立ち去ったヴォルグの後姿を見つめていたが、私の方へ向き直ると少し悲しそうに微笑んだ。


「さて、少し面倒臭い事になりましたね。……本当、あなたの突拍子のない行動には頭を悩まされます」

「……レイス?」

「まぁ、仕方ないでしょう。行きますよ」


 再び歩き出したレイスを慌てて追ったが――私は口を開くことが出来ず、何も聞き出せなかった。



 ◆ ◆ ◆



 レイスに案内されるがまま屋敷に着くと、見た事のある男が出迎えた。


「こんな所で出くわすとは予想外だったけど……ま、仕方ないっしょ」


 軽い口調でそう言って私達を中へ案内してくれたのは……ウィンドルフだった。

 あの、焼けてしまったヘドベルドの屋敷に勤めていた執事。そのウィンドルフが高そうな服に身を包み偉そうにふんぞり返っている。


「……どう言う事だ」


 執事の時とはまるで違う横柄な態度に煌びやかな服。火事跡でチラッと見た時ともまったく別人のようだ。


「これもお仕事の一つなんですよー。ついでに俺が本当にフェルマン・ロン・ドア=リーベント本人だからね。殺して乗っ取ったとかそんな恐ろしいことじゃないから。ま、本名は違うけど、このお屋敷でのお名前はフェルマン・ロン・ドア=リーベントですので宜しく~」

「ふざけてるのか!?」


 目の前のテーブルに手を強く叩きつけるとバンッと思ったより大きな音が響く。

 

「怒らないでよー。仕方ないでしょ。お仕事だっていったじゃん。俺はね、ウィンドルフってのが本当の名前で、風の過剰適合者ですよー」

「は?」

「さすがにそう言えばお馬鹿なお嬢でもわかるでしょー? ここはつまりそう言う所だから、自分から近づいちゃって本当に馬鹿だよねー。レイスもそう思わない?」

「何、言って……」


 男の言った言葉が消化出来ないままレイスに助けを求めるように見上げたら、目をそらされた。

 居心地悪そうにしているレイスを見て、理解する。つまり……つまり、ここはティバーの持ち物か? そして、それをレイスは知っていて、この男はティバー所属の過剰適合者……そう言いたいのか?


「ここはね、ハンターを勧誘する施設なの。高度な依頼を出し、それをクリアー出来た相手を勧誘してるわけ。だってお嬢が持ってきた依頼、何かおかしいって思わなかった?」

「…………」

「そのぐらいは気付いてたんだ。まったく何も考えてない本当のお馬鹿なのかと思ってたよー」

「ウィン!」


 レイスの短く攻める口調でまたわかってしまう。その気安さに、気付いてしまう。


「知り合い、だったのか……?」


 震える声を抑えるので精一杯だった。そしてすぐに唇を噛み締める。じゃないと激しくレイスを問い詰めてしまいそうで……血が出そうな程強く噛み締める。


「ロリア様、傷つきます」


 レイスは私の顎をすくうと、悲しそうな顔で強く噛み締めていた私の唇をそっとなぞった。


「……魔石出してよ。ちゃんと回収するから。で、金はここね」


 さっきまでの軽いトーンとは変わり、ウィンドルフは無表情でそう言うと一つの鞄を差し出す。レイスは無言で私から魔石を受け取ると鞄と交換する。


「確かに五つあるね。ご苦労さん、もう帰っていいよ」


 男はあっさりそう言うと、もう用はないとばかりに手を振る。

 聞きたいことはたくさんあるような気がしたが、このまま何もなかったように帰してくれると言うのなら、わざわざ揉める必要もない。そう言い訳して、私達は屋敷を後にした。

 屋敷を出た途端、聞いてもないのにレイスが話し出した。


「ティバーにいた時から知り合いです。同じ、討伐班でした」

「……そうか。そう言えば、お前は……どこの討伐班だった?」


 聞いてから首を傾げる。おかしいな、知らないなんて。

 私とレイスは幼馴染で、同じように過剰適合者とわかってティバーに入ったはず。そして、その後は……どうしたんだろう?

 確かそれぞれ担当のリサーチャーがついて、訓練などを始めたはずだ。そして、それぞれ討伐班に入った、はずだ。

 私は、私こそどこの討伐班だったんだ? 私達が失敗した任務の時、私はどこに所属していた? そしてレイスはどこにいた?

 思い出そうとすればするほど混乱していく記憶に余計に思考がまとまらない。

 なぜ? なぜ、私は覚えてない? 何を? 何を私は覚えてないんだ?

 それさえもわからない。何かを忘れている。いや、きっと色々な事を、たくさんの事を忘れているのかも知れないのに……そんな事、気付いてもいなかった……。

 自分で都合の良いように記憶を塗り替えていた?


「……ロリア様?」


 心配そうなレイスを見て、なぜか涙が一筋零れた。


「ロリア様!?」


 驚くレイスを見て、涙が溢れて来た。


「レイス、私は誰だ?」

「…………」


 涙を流し、鼻をすする私をレイスはそっと抱きしめる。


「ロリア様はロリア様です。それ以外でもそれ以上でもないです。あなたは……契約の姫魔女のロリア様です」


 確かめるように、言い聞かせるようにレイスはゆっくりと言うと、溢れている私の涙を掬う。壊れ物を扱うかのような優しく丁寧なその指使いに、私は動揺していた心が少しだけ落ち着く。


「レイス……ずっと側にいてくれるか?」


 ずっと側にいる……そんな肯定の言葉を聞きたくて、甘えるようにレイスの胸に頬を寄せる。その行動が褒められた物ではない事を分かったいたが、もっとレイスの優しい手を感じたくて、もっと近くにレイスを感じたくて、腰に手を回す。でも、レイスは私の質問には答えてくれなかった。


「……行きましょう」


 そう言って私の肩を抱え、歩き出した。押されるまま私も足を進める。その瞳に、再び涙が浮かんできた。


 

 ◆ ◆ ◆



 ノジュウィリストンへ着くとレイスはヴォルグを呼び出した。

 受付へ降りてきたヴォルグと一緒にシリウスのいる部屋まで行くと、レイスは徐にあの男から受け取った鞄を差し出した。


「ここに二億ポイオット入ってます。確認しますか?」


 ヴォルグは受け取るとサッと中身に目を通し、無言で頷いた。


「依頼成立ですね。ノルンへ戻りましょう」


 男二人で何やら話しているのをボーっと眺めていたら、頭を撫でられた。


「どうしたー?」


 子供にするように、シリウスは私の頭をいい子いい子するとニコニコしている。


「……別に」


 プイッと横を向きついぶっきら棒な言い方になってしまった。まるで本当の子供のようだ。恥ずかしい。シリウスがどう思ったか気になり、横目でシリウスを確認すると……ニヤニヤと私を見ていた。

 バッチリと目が合い、自分の顔から火が出たかの様に熱くなる。


「うふふふふ、なになになにぃー? ちょっと、話してみなさいよ。男達は二人でノルンへ行ったし、今ならお姉さんが相談に乗ってあげるわよ~」


 そう言いながらテーブルの上の果物をしゃりっと頬張る。シリウスに言われて二人がいなくっている事に始めて気付いた。さっきまで二人は話していたと思ったのにいつの間に……。

 依頼を完了させにノルンへ行ったのだろうか。私が依頼主だったのに……結局最後はレイスに任せてしまった。


「べ、別に相談することなんてないが」


 自分でも説得力ないな、と思いながら拒否する。


「なぁに? レイスとでも喧嘩した?」

「そう言う訳じゃないが……ちょっと」


 側にいるって言ってくれなかったのが思ったよりもショックだったみたいだ。


「珍しいわねー。なんだかんだ言っても結局レイスが折れるのに。ロリアには甘いんだから、適当に拗ねてれば何でも言う事聞いてくれるんじゃないのー? 愛されてるよねー」

「はぁ!? お前、何言ってるんだ?」

「なにって、ラブラブでいいわよねーってまとめようとしたのよ」


 そう言ってケラケラと笑うシリウスを見て呆然とする。

 なんだそれは。つまり、私達はそう言う関係だと思われていたのか?

 いや、確かに男女でペアを組むハンターが恋人同士である事は多い。現にシリウスとヴォルグもそうだ。だが、私達は決してそんな関係ではなくて……。


「そんな風に驚いて見ても駄目よー。はたから見たらバレバレなんだから。レイスの溺愛っぷりを見て気付かない人なんていないでしょー」


 心底楽しそうに笑うシリウスの手には何個目かわからない果物が用意されている。シャリシャリと頬張るシリウスを眺めながら、私はその場で頭を抱えた。

 普段のレイスの過保護を見ればそう思われても仕方ないのかも知れない。でもそれは……それは、そんな理由じゃない。でもそんな理由じゃないならどんな理由があると言うのだろうか。

 そんなの、私は分からない。レイスが何を考えているのか、全然分からないんだ。側にいて欲しいと思いながら、私は自分の気持ちもレイスの気持ちも考えた事がなかった。

 ただの同じ村の出身者、ただの昔の同僚、ただの契約者……私とレイスの関係を表すならそんな言葉のはずだ。だが、それにしては近い距離の理由を、説明できる要因を持ってはいなかった――。



雷の女帝 終

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