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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第2章 雷の女帝
12/40

#11

「レ、レイス……」


 私はなんて言い訳しようか考えながら、自然と逃げ腰になる。レイスから距離をとろうと無意識の内に後退していたら、横斜め後ろからドスッとすごい勢いで何かが突っ込んできた。


「ロリア様ー! こんな所で何してるんですかー!」


 レイスと一緒にノルンへ魔石を届けに行っていたリートだ。

 ノルン支部へ行った事がないと言っていたので、お使いぐらい出来る様にとレイスが連れて行った。

 そのリートが私の腰にぎゅうぎゅうと抱きついている。


「……リート、離れなさい」


 収まる事無く吹雪いているレイスが、いつもの様に強引に無言で引っぺがす行動を起こさず、言葉だけでリートをどかせる。

 うん、リート。いい判断だ。色々経験するとその場の雰囲気と言うものを読むことが出来様になるんだな。実にいい成長ではないか。  

 さすがにこの状態のレイスに突っかかる程の命知らずではなかったみたいだな。

 レイスは素早く私から離れると、同じように逃げ腰のリンダの所へと行く。二人とも遠い所から傍観した状態で内緒話をしている。

 レイスのプレッシャーが私だけになり、私の心が悲鳴を上げそうだ。


「……こんな所で何をしていらっしゃったのですか?」


 冷気を押さえ、にっこりと微笑むレイスから私もよりいっそう腰が引ける。こ、怖い……。


「いや、あの、なんだ? ちょっと、思いついた事があってな?」

「……私が一緒でない場合のお出かけはご遠慮下さいと何度も、いつも、私が口にしていると思いますが」

「う、うん、そうだな、その通りだな。その通りなんだが、ちょっと、どうしてもノルンへな?」

「ノルンへ?」

「そう、だからレイスにも会うだろうと思ったからな、だから別にレイスに内緒で何かをしようとかそんな事を思ったわけじゃなく、もちろんレイスにもしっかりと相談しようとは思っていたが、何分早く行動したほうがいいと思ったから行動したわけでな。それで、もちろん一人ではよくないだろうと思ってリンダについてきて貰ってだな……」

「落ち着きなさい」


 ぴしゃりと怒られ、肩がびくりと震える。言われるまでもなく自分が混乱してるのは分かっている。だが、取り合えず言い訳をして置かないと、この先永遠に自由行動が出来なくなりそうな予感をひしひしとレイスから感じるんだ。


「まったく、これだから目が離せません。それで、ノルンへ何しに行くのですか?」


 溜息をつきながら、それでもどうにか多少怒りを納めたレイスは状況説明を求めた。


「……う……」


 この状態のレイスに相談したとしても、いい答えをもらえる気はしないが……どうするか?

 元々どの状態でもレイスは賛成しないだろうな、と思っていたからレイスがいない間に済ませてしまおうと強硬手段に出たわけだが……。


「……ノルンへ行ってからにしよう」


 私は震える自分を叱咤し、そう言いながら歩き出した。レイスは納得してなさそうだったが、取り合えず静かに隣に並ぶ。

 ずいぶん離れた後、リンダとリートが歩き出し付いて来るのを確認した。なんだよお前達。一緒に隣に並ぼうよ。

 後ろからぼそぼそと話し声が聞こえる。何を話しているのか気になったので、後方の二人の話に耳を澄ます。

 なるべく隣のレイスは無視だ。知らん振りだ。


「……なんで止めなかったんだよ」

「あのロリアを止めれるわけないでしょ! ただでさえ私、今ちょっと、あれだし……」

「だからって、もうすぐ戻るんだから止めとけよ」

「…………」


 あぁ、そうだな。止める暇はなかったな。

 私の傷を見たせいでリンダは動揺していた……。そしてその間にさっさと私が部屋を出てしまったから。

 私の身も危険だが、つき合わせてしまったリンダも凍らされる危険があるな。癪だが後で謝っておくか……。


「……だから連絡したんでしょ!」


 相変わらず二人がボソボソと話していたと思ったら、リンダのそんな言葉が耳に入ってくる。

 言い合いになったせいで多少声が大きくなったのか、バッチリと私にも聞こえた。


 …………あぁん? なんだって?

 立ち止まり後ろを振り返ると、二人が固まった状態でこちらを見ていた。

 リンダは私と目が合うと、慌ててリートの後ろに隠れる。いや、まったく隠れてないぞ。隠れてないが……なんだって? リンダさん? 今なんて言った?

 殺気を込めて睨み付けてやると、ダイナマイトボディを小さく小さくして、小さいリートの後ろに隠れる。隠れてないぞ? 隠れてないぞ……なんだその乳邪魔だ。 

 リンダに向かって一歩踏み出そうとした途端、後ろから急にお姫様抱っこをされくるりと視界が反転する。


「さ、行きますよ」

「ま、待て! ノルンへ行くのはリンダを……!」

「話が進まないのでノルンへ行く用事をさっさと終わらせましょう。……ロリア様の今後は、それが終わってからです」


 お姫様抱っこのままにっこりと微笑まれ「はひぃ」可笑しな返事しか出なかった。



 ◆ ◆ ◆



 フリーのハンターの協会、ノルマル・リニアオン。通称ノルンには色々な街に支部がある。ここはハンターに関わる色々な事を請け負っている所だ。

 ハンターを名乗る為には協会発行の資格が必要となる。その資格を取る為には協会の試験を通る必要がある。そう行った事を運営しているのがノルン支部だ。

 そしてそのノルン発行の資格を持っていると、ハンター向けへの依頼を受けることが出来るのだ。

 もちろん一般の人も利用することが出来る。

 例えばハンターに依頼を頼みたい時はノルン支部へ行って、正常の依頼として問題がないかチェックして貰う事になっている。そしてその依頼はノルン支部へ登録され、仕事を求めるハンターへ紹介されるのだ。

 ハンターの一番の仕事は異生討伐、魔石回収だ。だが、異生が発生するのは基本的に街から遠く離れた森などに多い為、実際に異生を倒すのは力の強い者達が自発的に退治しに行く事が多い。だが、それだと討伐を専門とするハンターは収入を得ることが出来ない。その為倒した証明となる魔石は、ノルンが報酬と交換してくれる。そしてノルンが浄化の為神殿へ届ける仕組みになっている。

 つまりノルンとは、街でのちょっとした頼みごとから異生討伐の報酬などハンターに関わる全ての事を運営管理している協会の事だ。

 ティバーとは協力関係にあるものの、全く違った、独立した組織となっている。


 古びた変わった形の建物を前に溜息が零れた。

 くすんだ緑色の屋根をしたそれは表通りから少し奥まった所にある。真っ直ぐだった平屋に何度も増築したようにボコボコと広くしてあるその建物がノルン支部だ。

 目の前でその景観を眺めながら、再び溜息が出た。自分でノルンへ行くとは言ったものの、正直中に入るのは気が滅入る。


「……ロリア様」

「うん、すまん」


 心配そうなレイスから降りると、私は正面入り口をくぐった。

 進むと入り口すぐ横にカウンターがあり、愛想の良さそうな受付のお姉さんが座っている。このお姉さんは案内役で、初心者のハンターや一般人に親切丁寧に色々教えてくれる相手だ。

 だから私達のようなハンターは素通りする。軽く挨拶して先へ進むと、がやがやと騒がしかった協会内がシンッと静まり返る。

 ざっと見て二、三十人程いたハンターが一様に口を閉ざした。そして進む私達に視線が集まるのを感じる。

 ひそひそざわざわっと噂されているのを耳にしながら、ついまた溜息が出た。自分が有名なハンターだと言う事を自負しているが、こうも露骨な態度を取られると嫌な気分だ。

 だから私はあまりノルンへは近づかない。

 下手ないざこざが起こる事もあるので、魔石の交換はレイスに行ってもらう事にしているのだ。


「……契約の姫魔女だ……」

「ノルンへ来るのは珍しいな……」

「今度は何があったんだ……?」


 そんな好奇な視線と陰口を受けながら、私は歩みを進め依頼カウンターの男性に話しかけた。


「……依頼を頼みたい」


 皆が耳を澄ませる中私の声がそう響くと、より一層ノルン内がにぎやかになる。


「依頼って!?」

「契約の姫魔女がか!?」

「一体どんな内容なんだ……」

「……まさか契約の姫魔女が遂行できない依頼なんてあるのか……?」


 それぞれが勝手な憶測を飛ばす中、依頼受付の男は呆然とした表情のまま書類を取り出し私に手渡した。

 正直、こう言ったことは苦手だが……レイスに頼むことはせず、自分で記入していく。


 私はどうにか書き終わるとそのまま依頼受け付けの男に渡した。

 すぐさま内容に目を通し、男は規則通り身分証明書の提示を求めてきた。私は二の腕にはめていた自分のハンター証を取り外すと、目の前にかざす。


「その意味を提示せよ」


 解除の言葉を唱えると、私の情報が男の持つ紙へ移動し焼き付けれる。

 これも精霊具の一種で、身分証明書となるものだ。その種類は様々で、私が持っているハンターとしての身分を示す物や、商人、学生などその人の情報が記録されている。

 自身の魔力を感知して色々な物に刻印する事が出来き、それが本人確認に使われる。

 この仕組みは何もノルンだけに行われている事ではなく、街のどこででも行われている行為だ。

 一定以上の値段を超える宿に泊まるためにも必要だ。今泊まっている宿でも提示した。あの村の宿では必要としなかったが。 

 依頼受け付けの男は申請内容に虚偽がないかじっくりと確認した後、自分の指輪印を押し印する。


「……問題なく受理されました……。依頼遂行前面接とありますので、希望者が現われ次第連絡致します」


 そう言うと、ほっと溜息をついた男に苦笑が漏れた。なんだその緊張状態は。そんなに私は怖くないはずだぞ。


「……ロリア様ー、依頼、したんですかぁー?」


 リートがそろそろと近づいて来て私の服をちょんちょんと引っ張った。


「そうだ」


 受付の男から視線を逸らしリートを振り返ると、ノルン内にいたハンター達の視線がやはり集まっていた事に気付く。

 だが私が振り向いた事により、さっとそれぞれ自分達が何かしているふりを始めた。

 まったく、わざとらしいやつらだ。


「……それで、何を依頼したんですかぁー?」


 心底不思議そうに聞いてくるリートに笑みが零れた。

 本当に、素直な子だ。この場所の雰囲気を察しているだろうに、自分の疑問に思った事を素直に聞けるこの純粋さが――微笑ましくもあり、憎らしくも感じる。

 どこかでなくしてしまった過去の私がその中にいるような気がして……自分が随分と穢れてしまったような気がしてならない。 

 リートの純粋さは、長所であり短所だな。いや、短所などと言うべきではないな、りっぱな長所だ。

 素直さを失ってしまった自分のただのやっかみか。どちらにしろ、少し切ない。

 私はリートの赤い短髪をくしゃくしゃっとなでる。


「ロブニー村への常任依頼だ」


 どうせここにいるやつらに興味津々なんだろうと思い、隠さず大きな声で答える。依頼書が張り出されたら誰でも見ることは可能だし、ハンターがターゲットなので隠す必要はない。

 私の台詞をうけて、またハンター達がザワザワと騒ぐ。リートは理解不明と言う顔をしていて、レイスは眉をひそめた。


「ハンター職を辞職後、ロブニー村に永住。そしてそこで発生する異生の討伐や問題を解消する事を仕事にする相手を募集。それが依頼内容だ」

「……甘いですよ」


 レイスが嫌そうに言うのを、肩を竦めて見せる。


「まぁな、私でもそう思うが……たまにはいいだろう?」


 そう言って私は笑うと、まだいまいち理解してなさそうなリートに向き合う。


「つまり村の防衛隊員を募集と言った感じだな。ただ、異生が発生しやすいから一人で有る程度の異生を倒す事が出来るのが第一条件だ。そして田舎でつつましい生活をしてもいいと言うのも大事で、年齢も若すぎるのは駄目だ。途中で投げ出されたりしても困るから、その人となりを判断する為に面談必須だ」

「ふーーーん、確かにそれじゃぁ俺たちには無理ですもんねー。でも、それってロリア様が依頼主って事は報酬もロリア様が支払うんですかぁ?」

「そうだ。私の立場上小出しに渡すと言う事は難しいから、前払いで一括だ。一生田舎に引っ込めって依頼なんだから、それなりに弾む。だが報酬だけ手に入れて逃げられないよう……話し合いが必要だがな?」


 リートにそこまで説明すると、私は視線をノルン支部内へ戻す。

 固唾を飲んで見守っているハンター達をぐるりと一周見回すと、私は高らかに宣言する。


「前払いで二億ポイオット。羽目さえ外さなければ、一生遊んで暮らせる額だ。悪い話じゃないだろう? どうだ、誰かいるか?」


 再びぐるりと見回すが、ザワザワと騒ぐだけで手をあげる物はいない。

 当然だな。そう簡単に見つかるとは思っていない。ここに入り浸っているハンターは正直そんなに実力がある者たちではない。夢を見てハンターになったものの、上手く芽が出ずくすぶっているやつらばっかりだ。

 だからこそ、そろそろ諦めてひっそりと住みたいと思っているやつらも多いかも知れないが、芽が出てないと言う事は言うなら異生を一人で倒すだけの実力もないかも知れない。

 フリーのハンターと言えど、パーティーを組むのが基本だ。だから自分一人で異生を一体倒す事が出来るハンターは意外に少ない。

 ハンターの実力も大きく分けると三種類だ。

 まったくのひよっこ。ハンターになりたてや、討伐へ繰り出してもパーティの役にも立たないような初心者。

 もしくは、上級者。一人で異生を倒す事が出来て、パーティにいても中心的人物。

 その二種類は比率的に人数が少ないだろう。

 そして、それ以外の大部分を占めるのが中級者だ。

 一人で異生を倒すことは出来ないが、パーティを組めば討伐可能。そんなハンターが圧倒的に多い。

 そしてここにいるのもその中級者のハンターが多いはずだ。

 本当はもっと詳しくランク分けされているが、大まかに分けるとその三種類だ。


 上級者のハンターは自分で依頼を探しに来なくとも、いい条件のものが直接入り込んで来ることが多い。上級者でありながらフリー状態でいるのは珍しく、それこそ順番待ちされるぐらい重宝される。そして独自のネットワークを所持していることが多い。

 その上級者の窓口となるような相手がいて情報収集などもそのサポーターが受け持ったりする。

 レイスもそう言った上級者の一人だ。

 レイスは一人で討伐可能の上級者。それも一体だけではなく複数体可能な特別クラス。そして、たぶん私が知らないネットワークを所持しているのではないかと思う。

 私とリンダは中級者だ。

 だがレイスとリンダは依頼を受け持つことはなく私の契約者と言う立場なので、全ての依頼は私に来る。

 その為私は中級者でありながら上級者と同じ立場で、尚且つサポーターとして使っている相手が、レイス《上級者》とリンダ《中級者》と言う変わったハンターだ。


 そんな私達は、ティバーを飛び出して名が知れるまでは色々いちゃもんをつけられる事が多かった。

 女の尻に敷かれてる情けない上級者。大した実力もないくせに、周りのおかげで依頼をこなす事の出来る中級者。

 これが私達のスタイルだ、ほっといてくれと言ってもわかる様なやつらではなく……実力で黙らせることが多かった。

 特に私を攫ってレイスの言う事を聞かせようとするような輩には再起不能状態まで追い詰め、他のやつらにわからせるため見せしめにしたりもしたな……。

 今ではそんな実力行使が役に立ち、いちゃもんをつけてくるようなハンターはあまりいない。

 そしていつの間にか契約の姫魔女と言う名で呼ばれるようになった。

 中級者の私が上に立つ理由のこじ付けとして、実は私がどこぞかのお姫様でレイスは支えている従者だかとか、表に出ないだけで長期契約を交わした依頼主と引受人と言う関係なのではないかとか、そんな噂話を聞いたことがあるとリンダが言っていた。

 確かに、契約を交わしてはいるが決して主従関係ではない。だが、普段のレイスの態度を見ていれば主従関係にあるのかも知れないと疑われても不思議ではないがな。

  

 さて、そろそろ移動するか。周りを見回したが、ざわめいているだけで手を上げるハンターは現れないようだ。

 一朝一夕で適任者が見つかるとは思ってないから、ここにいても意味ないだろう。

 ここにいるハンター達相手のデモンストレーションは終わった。後は噂となって広がってくれれば御の字だ。

 そう思ってレイスを見上げた瞬間、「その依頼、俺が受けよう」と言う声がノルン支部へ響いた。

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