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契約の姫魔女  作者: 尾花となみ
第2章 雷の女帝
11/40

#10

 突入するなりあっという間にその場を制圧する。入り口付近にいた若い男をレイスが殴り飛ばし、二人の側にいたメアリーを私の結界で閉じ込めた。     

 リンダとリートはそれぞれ椅子に縄でくくりつけられた状態で意識がないようだ。


「……二人は生きてるか?」


 端的にメアリーに問いかけると、力なくコクンと頷く。


「眠っている……と訳ではなく仮死状態のようですね」


 二人の縄を解きながら症状を見たレイスが、二人を椅子から下ろし寝かせる。


「……リム草か?」


 再びメアリーに問いかけると、同じようにまた頷いた。


「レイス、ルキ草を頼む」

「……ロリア様は?」


 私の側へ寄りながら眉をひそめるレイスを蹴っ飛ばすと、顎でドアをしゃくり催促する。


「素人相手に遅れを取るなどと思っているなら蹴っ飛ばすぞ」

「もう蹴っ飛ばしているくせに何を言ってるんですか」


 茶化した私に付き合って軽い口調でレイスはそう言うと私の頤を片手ですくう。視線を合わせたままレイスは私の巻き髪を指に絡めると、そのままそっと髪に口付ける。


「……すぐに戻ります」


 そう宣言すると風のように山へ向かって駆けて行った。


 リム草とは仮死効果をもたらす毒草の事だ。飲み物などに混入して摂取させると、解毒させるまで仮死状態が続いてしまうという恐ろしい毒草だ。死ぬわけではないが、解毒させないと一生目を覚まさない。

 そしてその解毒作用があるのがルキ草だ。同じく飲み物にして口に含ませる。

 仮死状態で飲む事が出来るわけではないから、どうやって状態が復活するのか不思議だが、含ませるだけで意識が戻るのだ。そして含んでいたルキ草を飲み込んで覚醒する。

 草の状態でも問題はないが、正直に言ってとても美味しいとは言えない味だ。だが、飲み物にすればどうにか我慢できる為、すりつぶして液体にするのだ。

 山に近い村ではいくらでも取ることが出来て、誰でも知っている知識だ。

 私はレイスが殴って気絶させた男を縄で動けないよう縛り付けると、メアリーの方へ近づく。


「……さて、何か話すか?」


 本当は、会話などしたくなかったが、そのままなかった事にするわけにもいかないだろう。


「……仕方なかったの。こうするしかなかったのよ」


 項垂れる彼女の結界を解消する。自由にするべきではないとは思うが、結界に捕らえたまま話をする気にはなれなかった。 


「仕方なく誘拐か?」

「だって! だってそうしないと……私達は生きていけないわ……」


「本当に?」


 村長は言っていたじゃないか。それでもその方がいいと思っていると。

 つまり、それ程の理由があったはずなのだ。ティバーから離れるだけの、何か大事な理由が。


「あなたは! あなたは強いから! そんな事が言えるのよ! 異生に怯えて暮らす私達とは違う。あなた達は強いから! 強いから……誰かに縋ってないと生きていけない私達の事なんて分からないんだわ……」


 強い? 私が? そんな訳ない。レイスが離れてしまうかも知れないと思うだけで、こんなにも震えている私が……強い訳ない。

 惨めさに、顔が歪む。そんな私を見て、メアリーは項垂れると、力なく泣き出しそうな声で言い訳した。


「ティバーから逃げ出すなんて……そんな事出来るのも、あなた達が強いからだわ……」

「……弱ければ何をしてもいいのか? 弱ければ他人を陥れて、自分が幸せになっていいのか?」


 決して非難するつもりはなく、疑問が淡々と口から零れただけだった。

 だがその言葉は強烈な皮肉となってメアリーに突き刺さったのか、逆上して叫ぶ。


「そうじゃない! そうじゃないけど仕方ないじゃない! 自分達の身を自分で守れないなら、他人を犠牲にしてでも誰かに頼って守ってもらわなきゃいけないのよ!」

「…………」

「ティバーの庇護がなくなってから二十四人もの人が亡くなったわ! 母も、母も異生の餌食となった! ジョンも……ジョンも死んでしまったのよ……」


 そう言って泣き崩れた彼女を――支えることはしなかった。


 二十四人。いつの間にそんなに犠牲になっていたのか。そんなに大きくない寂れた村でその人数は、五分の一程に届く人数ではないだろうか。

 自分の家族の誰かが、もしくは隣の家の誰かが、そんな近い所で確実に起きているだろう死。そこまでの危機に直面していたのか。

 それに村長の奥さんも……。お世話になった女性を思い出す。楚々として、とても淑やかな女性だったあの人の事を思い、唇を噛み締める。


「ジョン、とは?」


 聞くのは無粋かと思ったが、ここまで聞いた以上先を聞かないわけにはいかない。


「……婚約者だったわ。大好きだった。愛してた。愛してたの! 正義感のとても強い人で、母が亡くなった後、若者達で村の見回りをする事を決めてくれて……でも、異生に襲われた。逃げればよかったのに、逃げてくれればよかったのに! 一緒に見回っていた相手が怪我をして……それをかばう為に異生と戦ってしまったのよ……」

「…………」

「どうすればよかったの? ねぇ、どうすればよかったのかしら? 戦うすべを持たない私達は、どうすればよかったのかしら!?」

「……常任でハンターを雇うことはしなかったのか?」

「そんなお金どこにあるのよ! この寂れた村は、毎日の生活を慎ましく過ごしているのよ! たまに現れる異生を倒す時だけ依頼するだけでも、蓄えがなくなってしまうのに! 国は何もしてくれないわ!」


 激情したメアリーは目の前にあった花瓶を私へ投げ飛ばした。

 だが、その椅子は私へ到達する前に凍りつき粉々に砕ける。


「でしたら死ねば宜しいのではないですか」


 冷気を漂わせたレイスがいつの間にか私の前にいて、メアリーを氷の檻へ閉じ込めた。


「……遅くなりました。暗かったので見つけるのに少し時間が掛かってしまいました」


 レイスはそう言うと私の頬を一撫でする。


「いや、助かった。ありがとう」


 その手の温かさに泣きそうになるけど、私が泣くのは間違っている。辛い思いをしているのはここの村人だし、騙されて大変な思いをしたのはリンダとリートだ。

 私が傷付いた気持ちになるのは、おかしい……。


「……ひどい顔ですね」


 人の顔を撫でながらそんな事を言うもんだから、足を踏みつける。私を思っての台詞だと分かっていたが、素直に聞く気にはなれない。

 今は、お前にすがり付いては駄目な気がするんだ。 


「どうしますか?」

「……どうもしない」


 冷たいようだが、どうもしない。それがいい気がする。


「私達は明日にでもすぐここを出立する。もう二度とここに立ち寄ることもないだろう。だから、お前達も二度と私達に関わるな」

「ロリア!」


 悲壮な叫び声をうけたが、冷淡な視線で黙らせる。


「私達は依頼をうけて異生を倒した。それだけだ。村長の心意気に免じて、依頼料はまけてやる。……だから、二度と馬鹿な事を考えるな。生きている者達で、生き残る方法を考えろ」


 偉そうな事を言っている自覚はあったが、それでも言葉は止まらない。


「メアリー、私はお前の事が好きだったよ。でも、村長の言葉通り、時間が経てば人は変わる。私の知らないお前がいるように……お前の知らない私もいるんだ」

「ロリア……」

「さようなら、だな。元気で」


 そうとしか言えなかった。他に何が言えただろうか?

 偉そうな事を言った所で私は見捨てて出て行くんだ。だったら気休めなんか必要ない。

 この村はティバーの庇護なしでは生きていけないだろう。だが、それが終わってしまったなら新しい道を探さないといけない。

 いつまでもその庇護に固執しては駄目だ。もう戻らないなら、違う道を――前を見据えて歩き出さないといけないはずだ。

 そして、それを見つけるために私はいてはいけないだろう。一時の同情で側にいれば、新たな寄生を生み出してしまうだけだ。

 それなのに、いつか私はその寄生を厭い、出て行ってしまうから――だったら最初から手を差し伸べる事は出来ない。


「……ロリア様、それであの二人はどうされるのですか」


 捨て台詞に颯爽とレイスを引き連れ青い家を後にしたはいいが、レイスにそう突っ込まれその場で膝が崩れた。

 あぁぁぁぁぁ、そうだった。あの二人、まだあそこにいるんだった……。


「もぅ、面倒臭い。レイス、お前また戻ってルキ草を与えてやってくれ」

「……私がですか?」

「そう言うな、頼んだぞ。私は先に宿に戻る」


 私はそう言うとレイスを置いて歩き出した。だがすぐに手を掴まれる。


「すりつぶさずこのまま口に突っ込んで来ますので、ロリア様は少々ここでお待ち下さい」


 掴んでいた私の手を離すと光の速さで青い家へ戻り、またすぐに隣に並んだ。


 家の中で、「うぎゃー! にがーい!」「まずいわ! まずい!」と元気に叫ぶ二人の声が聞こえて私は声を出して笑った。


「お前、本当にそのまま口に突っ込んだのか? あれは本当に食えたもんじゃないだろ」

「知りません。ロリア様を一人にするぐらいなら、あの二人が苦しむべきです」


 しれっと言い放つレイスにまた声を出して笑う。なぜだが、目尻に涙が溜まった。


「さ、帰りましょう」


 レイスはそう言うと、私の手を掴んだ。そしてそのまま山道を下り始める。


「……そうだな、あいつらに見つかるときっと五月蝿いから、さっさと帰るか!」


 私は目尻に浮かんだ涙を拭うと、繋いでいたレイスの手に自分から力を入れる。レイスは私を見て微笑むと、繋いでいた手を引っ張り坂道を走り出した。

 負けずと私も走り出す。坂道を二人で駆けながら、私達はお互いの手を、力強くずっと握り締めていた。



 ◆ ◆ ◆



 次の日、と言っても日が昇り始めていたので、一眠りしたその日の朝、私達は村を出発した。

 見送りに来たのは村長だけだったが、村長はずっと無言で頭を下げ続けていた。だが、感謝される事も、非難される覚えもない。私達は降りかかった火の粉を払っただけだ。

 報酬を手渡そうとする村長に魔石があるから必要ない、とお断りした。倒した異生は大した金にはならないだろうが、村の現状を知ってしまった今、報酬を受け取る事は出来なかった。

 甘いですねと文句を言うレイスを蹴飛ばし、口を尖らすリートを引っ叩き、がっくりと項垂れるリンダを突っついて村を後にする。

 別に貧乏なわけではないから、報酬が手に入らなくても問題ない。ただ、贅沢が出来るほど裕福なわけでもないが。


 そして、私達はしばらく拠点に構えるつもりでいる大きな街へ戻った。


「……ふぅ……」


 その街への宿で私は寝転がっている。今回は少し強行だった為、今日一日は休む事にした。リンダの消息不明からここに帰って来るまで、バタバタとして忙しかったからだ。

 しかし、メアリーはどうやって私の場所を知ったのだろうか?

 そして、どうしてティバーに属していない過剰適合者がいると言う事を知ったのだろうか?

 あの異生の依頼、偶然とは思えない。そもそも最初から、メアリーが私に頼んできたのが不可解で様子を見るためにリンダだけを送り込んだのだ。

 異生が発生したのは偶然だとして……私達を呼び寄せた本当の理由は最初から誘拐だったのかも知れない。

 そう思うと胸が鈍い痛みを訴えてくる。


 私は、あの村を守る為に動いた方が本当は良かっただろうか? あのままあの村に滞在して、あの村の人達を守る事を仕事とした方が良かっただろうか?

 そうしたら、メアリーも誘拐などと言う事を考える必要はなくなる。

 私が前線で異生を討伐する事に対して、涙してくれた昔のメアリーが瞼に浮かぶ。あんな風に優しかったメアリーがあんな事をしなくてはならなかった程追い詰められていたと思うと、悲しかった。


「コンコンコン」


 ノックの音が響き、続けてリンダが話しかけてきた。


「ロリア~、起きてる~? 今大丈夫?」


 私はベットから起き上がると部屋の鍵を開けてリンダを招き入れる。


「どうした? 何か用か?」

「うん。……一応、お詫びしておこうと思って」


 珍しく殊勝な態度で言葉を濁すリンダに笑いが漏れる。


「今回の事は、私が馬鹿だった。相手があの女性だったせいで油断したわ。……今度から絶対あんな事がないようにする……」

「どうやって掴まったんだ?」


 謝ろうとしているリンダをわざと遮り、過程を聞いていなかった事を思い出したので促す。

 あの村がティバーと懇意だと教えなかった私にも落ち度がある。最初から罠かも知れないとしっかり疑っていたら、リンダだって簡単につかまったりはしなかっただろう。


「夜、宿に尋ねてきたの。夜遅かったけど、宿の息子さんがお茶を用意してくれて二人で話したわ。……そのお茶にリム草が混入されていたのね」


 大きな溜息をついて項垂れるリンダを見ながら思い出す。そう言えば、青い家にいたレイスが殴り飛ばした男は宿の長男だと言っていた。

 オヤジもリンダの事を知らないと言っていたし、やはり宿の人間もグルだったのか。と言うか飲み屋のオヤジも挙動不審だったし、村長以外の村人全員かもしれないな。

 ……いや、村長だって最初はしらばっくれていたのだから同罪か。

 ふん、と嘲笑が出る。

 結局の所、異生の討伐なんかより、過剰適合者を確保してティバーへのご機嫌取りをしたかったっと言う訳か。

 それなら私が最初から行った所で何か違っていたとは思えない。それに、相談された所であの村に住むつもりもない以上、私がどうにか出来る事ではなかったが……。

 出来る訳ではなかったが……私にだって力に成れたことはあったかも知れない。そう思うとやはり遣る瀬無い思いがこみ上げてくる。


「リンダ、ちょっと行きたい所があるのだが、付き合ってくれないか? そうすれば今回の失態はチャラにしてやる」

「え? 別にかまわないけど……レイスはいいの?」


 怪訝そうなリンダに無言で頷いて私は来ていた部屋着を脱ぎ捨てる。

 今レイスは出かけている。手に入れた魔石をノルンへ届けに行っているのだ。

 レイスが出かけている間は宿から出るなといつも言われているが、今回は仕方がない。思いついてしまった以上、今すぐ行かないと気分が悪い。

 それに、目的地は同じだ。


「っ!」


 着替える私を見てリンダが息を飲む。

 怪訝に思いリンダを見ると、その視線が私の胸元へ伸びていた。

 ああ、これか……。


「……醜いだろう?」


 そう自嘲しながら傷跡に触れる。

 私の胸、中心辺りに皮膚がただれた様な痕がある。大きく裂けた後の様に広がった傷跡は、完治してもなおその醜さに目をひそめたくなる気持ちがわかる。

 実際、私はいつ見ても嫌な気分になる。


「……そ、それって……」


 凝視したまま真っ青な顔のリンダに安心させるように笑ってやる。


「もうとっくに治ってるぞ? ただ、痕が残っただけだ」


 外出着に着替え終わると、呆然としているリンダを追い立て部屋を出た。


「ご、ごめんなさい」


 目を伏せて後を付いて来るリンダがなんだかおかしくて尻を引っぱたいてやる。


「何を謝る? 逆に悪かったな、変な物を見せて。当然痛みはもうないし、私にとっては当たり前の事だから、配慮が足りなかった」

「……聞いてもいい?」

「ティバーにいた時の傷だ。確か、異生にやられ手術をした」


 目的の場所へ向かいながら軽く説明する。


「そう……、辛かったわね」


 しんみりと言われて逆にびっくりする。

 辛かった……辛かったのだろうか? 正直よく覚えていない。

 幼い時ティバーに保護されティバーに育てられた私は、組織の中での事が当たり前で――リサーチャーの言う事に疑問を持つ事がなかったような気がする。

 ……おかしいな? 不満があったからティバーを飛び出したはず。それなのに手術された時、何一つ不満など感じていなかった。

 曖昧な記憶に愕然とする。なんだ? 何かがおかしい気がする……。

 この傷は、いつ出来たのだろう? どんな異生と戦った時に付けられたのだろう? そんな大事な事がなぜか思い出せない。

 もやがかかっているかのように、その前後が思い出せない。

 確か、私は辛くなってティバーから逃げたくなったはず……。それなのに、その前の事がよく思い出せない。


「……何してるのですか?」


 ボケッと往来で立ち尽くしていた私は、聞き慣れた声にビクッと肩を震わす。嫌と言うほど聞いているその声が、妙に低い……。


「……何 を し て い ら っ しゃ る の で す か?」


 私は駄々漏れの冷気に毛を逆立てると、恐る恐る後ろを振り返る。案の定そこにはビュービューと吹雪いているレイスがいた……。


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