プロローグ
この世界には異生と呼ばれるモノがいる。
異生と言う生き物――と言うのは不快だが、自身の意思を持って動く以上生き物なのだろう――は、見た目がとても気持ち悪い。
人に似た二足歩行の形をしているにも関わらず、角や大きな牙、尖った爪など持ち、おおよそ知性があるとは思えないような風貌をしている。
それにも関わらず、思考を必要とするはずの魔法を扱える。また皮膚は硬く、特殊な刃でないと傷をつけることは出来ない。
そんな人より強い異生が、草食動物のように無害ならば、問題なかった。だが、異生は人を襲い人を食らう。
食料として血肉を啜るのではなく、なぜか心臓だけを食らうがそれでも人は心臓を食われたら死ぬのだ。
その被害は深刻で、いつからか人は異生を倒す術を求める。そして学んだ人は異生を倒すことに成功する。
だがそれでもその被害は留まる事を知らず、長い時を経て人は異生に対抗する為の組織を立ち上げた。
そして、その組織に所属し、異生を倒すことの出来る人間をハンターと呼ぶようになった。
◆ ◆ ◆
「ん?」
「ロリア様、どうなさいましたか?」
視線を感じた気がして立ち止まったが、よく分からず首をかしげた私に、隣を歩いていたレイスが不思議そうに聞いてくる。
「うん……なんか誰かに見られたような気がな?」
「私は気づきませんでした。この様な大きな街でロリア様が気になさるような視線を感じるとは、意外ですね」
そうだな。気のせいだろうか。
街中で私が気になるような殺気を感じるなんて確かにおかしい。
私の名前はロリア。異生を倒すハンターをしている。そんないつ死ぬか分からないハンターと言う危険な事をしているが、女だ。女と形容するより少女と言う方が見た目的には正しいかも知れない。
今年十八歳になるのに童顔で、なおかつ145cmしかない身長が私をより一層幼く見させる。
ふわふわの金の巻き毛にクリッとした青い瞳。ぷっくりと膨らんだ赤い唇。そして緩い輪郭の愛らしい顔。どこからどう見ても世間知らずのいい所のお嬢様だ。
レイスの趣味のせいで着ている服もリボンだのレースだのがふんだんに使われた白と黒が基準のふわふわドレス。
さすがに長いと動きづらいのでスカート丈は膝上で短くしてあるが、やはりレースのついたロングブーツを履いている。
そんなお嬢様で愛らしい私は視線には慣れている。それが思慕だったり妬みだったりと種類は色々だが、それでも気にする事はない。
だが、殺気となれば別だ。その意思は明確に私に届く。私に害をなそうとする者の、視線は決して逃さない。
「抹殺しましょうか」
レイスはそう言って賑わう街中で不遜な空気を醸し出した。
共にハンターをしているレイスは、黒髪緑眼の男だ。正直性格は色々と問題があると思うが、顔は美しいと形容できる。正直好みだ。
私とは40cm以上も離れた背はすらりと長く、ハンターとして鍛えられた筋肉は細いながらも強靭な体を作り出している。
万人が整っていると言うだろう顔は他者を寄せ付けない様な冷たさがあり、異性は憧れ同性は敵に回したくないと思わせる男だ。
「馬鹿言うな。人、だったと思うぞ?」
隣で冷気を帯びているレイスの頭を叩き宥めると、再び首を傾げた。
人であるのは当然だ。もしこんな賑わう街中に異生がいようものなら大混乱だ。
個体差はあるものの、基本的に異生は人より大きい。最低でも2mは超しているのだ。そんな大きなものが人混みに紛れ込んでいるとしても、すぐに分かってしまう。
そもそも、人に紛れ込むなどと言う異生がいるなどとは思えないし、人が異生を見て騒がないはずがない。
だが、それならそれで余計に気になる。
こんな可愛らしい私に殺意を抱く相手など普通ではない。
もしかしたらその手の犯罪者かも知れない。高値の花の私を攫って監禁して苛めて楽しんで……ああ、言ってて気持ち悪くなってきた。
私は苛められるより苛めるほうが好きだ。……違った、今は私の嗜好を暴露している時ではない。
殺気の事だ。
「どうします?」
立ったまま動かない私に痺れを切らしたのか、レイスが丁寧な口調で聞いてくる。
少し考えたが、殺気が消えてしまった以上、面倒臭くなって考えるのをやめた。
「討伐に行く」
「かしこまりました」
レイスは恭しくそう言うと私の手を引きその場を歩き出した。
◆ ◆ ◆
今回の依頼は森に現れたと言う異生の討伐だった。まだ人を襲っていはいないが、キノコ狩りに来た数名が、夢中でキノコを食べている異生を発見し、届出があった。
丁度その場で仕事を探していたレイスがすぐに依頼を受け、討伐すべく森の中を探索していたのだが……いきなり攻撃された。
異生の気配をまったく感じていなかっので、人間の仕業だとすぐに分かったが、攻撃された以上やり返さない訳にはいかない。
激しい熱風を食らう前に結界の法を張り巡らし、レイスが氷の刃で相手の動きを封じる。直接傷をつけることはせずに、氷の檻に閉じ込めたようだ。
そしてその中には、なぜか少女が一人。
異生の気配がないんだから、人間だとは思っていたけれど、あまりの珍客に言葉を失った。
「……この少女はどういたしましょう?」
「うん……どうするか?」
私の目の前にはまだ十歳ぐらいと思われる少女がいる。紅い髪を短く刈り上げ、男のような格好をした少女は、悔しそうに歯を食いしばり両拳に力を入れていた。
「街での視線はお前か? 女の子のくせにお転婆だな?」
「…………」
「なんだだんまりか? まぁ別にお前に興味はないが、私の事を知っていての攻撃か?」
自慢じゃないが忠実に依頼を遂行し、結構な数異生を倒しているせいか割りと有名だ。と言うか、こんな愛らしい私がハンターをしているだけで目立つのに、尚且つしっかり仕事をこなしている為噂が駆け巡るのだろう。
そのせいか変な二つ名までついてしまった。
「……契約の姫魔女だろ」
……そうか、知っていたか。と言うかその呼び名はやめてくれ、気に入っていない。
そもそも姫魔女と言う単語がおかしいだろ。お姫様と言ったらふわふわキラキラとした女性で、魔女って言ったら鬱々ドロドロとした女なんじゃないのか?
その二つが合わさった呼び名って意味がわからない。私は一体どんなイメージなんだろうか……。
どうせなら女王様とかの方が良かった。
「……お似合いですよ」
横でボソッとレイスがつぶやいたので、とりあえず足を踏んでおいた。
「わかってて攻撃して来たのか? 勝てると思っていたのか? そしてそんな恨みを買われた覚えはないがな?」
しゃがんで視線を合わせ、首を傾げると、歯を食いしばっていた少女の顔がボッと音を立てたかのように真っ赤になった。
……は? なんだその反応は。
意味がわからず首を傾げたままにしていたら、後ろからレイスに抱きかかえられる。
「ちょ、お姫様抱っこはやめろといつも言ってるだろう」
私の抗議を無視して、抱きかかえたままレイスは立ち上がると、どす黒い殺気を込め少女を睨みつけた。
なぜか怒っているな? なんでそんな状態になってしまったんだ?
「……殺しても宜しいですか」
分からない……さっぱりわからない。なぜあの会話でそうなったのだ?
切れたレイスは私を運ぶと、少女から離され岩の陰に見えないように隠されてしまう。
「レイス?」
レイスを見上げて説明を求めるが、レイスは説明する気がないのか別の事を言う。
「結界を張っておいてください……ね?」
そう言ってにっこりと微笑んだレイスを見て背中に震えが走る。
こ、怖い……一体なぜここまで切れたんだ?
なぜそうなったのかわからないが、離れた場所に作った結界の中から察するに……戦闘になってしまった。
◆ ◆ ◆
「それで、満足したのか?」
「契約の姫魔女様! 俺と契約してくれ! こんな冷血男より絶対に俺の方が役に立つ!」
「その冷血男に完膚なきまでに負けたのは誰です? 話になりませんね」
「…………」
「これからの季節は寒くなるし、氷の男より熱い男がいいだろ!」
「そのような小便臭い餓鬼が男として役に立つとは思えませんね」
……つまりだ。
要約すると、さっきの少女と思っていた子は実は男の子で、リートと言う名で十四歳だそうだ。そして私の事が好きなんだそうだ。
……なんだそれは?
どうやらずっと姫魔女としての活躍を見ていて(隠れて観察していて)、一念発起して行動を起こしたらしいが……。
「それがなぜ攻撃になったんだ?」
「……その、この男が邪魔だって思ったら、なんか暴走しちゃって! それに倒したら邪魔者消えるし」
「はっ! その程度の実力で私を倒してロリア様の役に立つ事など出来る訳がないですよ」
鼻で笑い冷たく言い放つレイスを無視してリートは私に近づいて来た。
「……ロリア様って言うのかー。俺もロリア様って呼んでいいですかぁ」
少女の様に可愛い顔でその子は言うとほわーんと笑う。
その笑顔を見てつい可愛いじゃないか、と思ってしまったのは不覚だ。
「と、ともかく、契約はお前が思っているような素敵なものじゃない。私の役に立ちたいと言うのは構わないが、契約はしない」
「ではどうしたら側にいれますか!?」
「……手伝いをするならいいぞ」
「はい! 宜しくお願いします!」
そう言って私の両手を掴んだ後、勢い余って抱きついて来たリートの後ろでレイスが氷の刃を作り出しているのが見えたので、無言で結界を構築する。
再び勃発した戦いを眺めながら、ため息が漏れた。
「森を、破壊するなよ……」
ぎゃあぎゃあと騒いでいる二人から離れると、微かだが異生の気配を感じる。しかもこちらに向かっているようだ。
「レイス!」
「はい」
呼ぶとすぐそばで返事されてビクッとなってしまった。レイスのくせに生意気な。
脛を蹴っ飛ばしてから「行って来い」と顎をしゃくると、レイスは異生の方へ駆け出していった。
側に来たリートにも、森の奥を示す。
「あんなヤツだが面倒見はいいんだ。手伝うチャンスは今だぞ?」
そう言うと、リートもレイスに負けずとすっ飛んでいった。
リートが少し心配だが、レイスがいれば大丈夫だろう。私は岩に座ると、大きく伸びをする。
なんとも奇怪な出会いだったけど、まあ、それも悪くないか……。
戦闘が始まった気配を感じながら、私は二人が戻るのをそのまま待つことにした――。




