乗る夜行バスを完全に間違えた件
「ふう……。後は寝てたら着くね」
東京から大阪行きの夜行バスに乗った僕は、荷物を置いてゆったりと席に腰掛けていた。ど平日だからか、バスはスカスカ。運良く隣の人もいなくて、今夜はゆっくり眠れそうだ。
ネックピローとアイマスクを取り出していると、アナウンスが始まった。
「この度は高速バス『眠っていたら大阪に着いた件〜夢から覚めたら知らない土地でした〜』にご乗車いただき、誠にありがとうございます」
「ラノベみたいな名前! 完全に選ぶバス間違えたなこれ!」
「当便は東京発、函館経由、大阪行きです」
「無駄に壮大なUターンかましてるね!? なんで青函トンネル往復しなきゃいけないんだよ!」
「運転手は北川と、私ピブーンソンクラームが務めます」
「タイの血が混じってる! こういう仕事で見るの珍しいな!」
「バスの運転には自信がありませんが、トゥクトゥクなら慣れたものですのでご安心ください」
「何も安心できないよ! もう帰ってトゥクトゥク乗ってなよ!」
「安全運転に努めてまいりますが、止むを得ずハイスピードで急旋回、急上昇、急降下、急停止する場合がございます」
「ジェットコースターじゃないんだから! わざと危険運転してるよね!?」
「安全のため、体幹を鍛えておいてください」
「手遅れだよ! 今から鍛えても間に合わないよ!」
「それでは狭い車内ではございますが、どうぞしゃっきりお過ごしください」
「起こすつもり満々だね!? え、大丈夫このバス!?」
なんだか大分不安だなあ。ほんとに無事大阪に着けるのか心配になってきたよ。まあでもきっとふざけてるだけだよね。とりあえず寝よう。
アイマスクを付けて目を閉じると、またアナウンスが聞こえてきた。
「皆様、右手をご覧ください」
「何も見えないよ! 遮光カーテンかかってるから!」
「右手に見えますのが、建造物です」
「なんのだよ! せめて名前言ってもらえる!?」
「今調べた感じ多分NASA国際宇宙ステーションです」
「何をどう調べたの!? 位置情報バグりすぎじゃない!?」
「こんばんは」
「なんで今言った!?」
ダメだこの乗務員完全にふざけてるな。もうなんでもいいから寝かせてくれないかなあ。寝るつもりで乗ってるんだからさあ。
「皆様、左手をご覧ください」
「だから見えないって! なんでずっと景色見せようとしてくるの!?」
「カラスが飛んでますよ」
「知らないよ! 仮に景色が見えてたとしても黒くてよく分かんないでしょ!」
『100メートル先、右折です。100metros más adelante, gire a la derecha』
「ナビにスペイン語翻訳が付いてる!」
「ナビ太郎、もうちょっと早く言って欲しいですね」
「ナビに名前付けるタイプの人だ! ならせめてもうちょっと捻って欲しかったな!」
「皆様、急旋回します」
「絶対曲がるとこ通り過ぎたでしょ! だらだら喋ってるから!」
まだ発車して間も無いのに、なんでこんなに疲れるのかな。次からはここのバス会社使わないようにしよう。ていうかちゃんと大阪向かってるよね? 函館じゃないよね?
「皆様、以前バスに乗車されたお客様から、こんなお言葉をいただきました。『乗務員がずっと喋っていて眠れない。どうにかして欲しい』とのことですね」
「そりゃそうだろうね。実際僕も帰ったら同じクレーム入れるよ」
「そういう時はですね、百均に耳栓というものが売ってますのでね、そちらを活用していただくと多少マシになるかと思いまーす」
「なんで黙る気無いの!? 喋んなきゃいいじゃん!」
「続いてのお便りです」
「もうラジオみたいになってる!」
「ラジオネームピブーンソンクラームさんからですねー」
「自分だし本名だし! 何そのセルフお便りシステム!?」
「300メートル先を左折ですとのことですね」
「ハガキでナビするのやめよう!? 無理あるよね!?」
結局夜通しこんな感じでバスは進んでいき、僕はアイマスクをしたまま一睡もすることができなかった。トイレ休憩の間に少しでも眠れないか試してみたけど、ピブーンソンクラームがずっと喋り続けてたから眠れなかったよ。この人運転交代した? 北川さんずっと運転してない?
なんとか時間は過ぎていき、カーテンの隙間から朝日が差し込んできて朝の訪れを知らせる。せっかくの大阪なのに眠い状態で回るの嫌だなあ。
「皆様、間も無く当バスは目的地に到着いたします。降車の際はボタンを押してお知らせください」
「みんな降りるよ! なんで路線バスのシステムなんだよ!」
「なお、ボタンを押しても私が喋っているタイミングだと聞こえないかもしれませんので、タイミングを見計らって押してください」
「もう黙ってたらいいじゃん! なんでそこまでして喋ってるのさ!」
「あともしよろしければ割り勘でガソリン代をいただけると助かります」
「友達か! ドライブ旅行じゃないんだけど!?」
「それでは目的地までもう少しではございますが、私のお喋りにお付き合いください」
「まだ黙らないの!? その辺のトークショーよりよっぽど喋ってるよ!?」
そのままピブーンソンクラームの喋りを聞き続けていると、バスがゆっくりと停車した。やっと着いた! これでピブーンソンクラームからも解放される! さーて、荷物取って大阪を楽しみますか!
「ご乗車ありがとうございました。降車の際お忘れ物が非常に多くなっております。スマートフォン、傘、鍵、眠気など、お忘れないようご注意ください」
「最後のはむしろ忘れていかせて欲しかったな! 誰のせいだよ全く!」
「プレゼントは生物以外は受け取れますので、降車口付近にあるプレゼントボックスに入れておいてください」
「芸能人か! 誰があげるのそんなの!?」
「ただいま当バスは目的地に到着いたしました。目的地、函館です」
「嫌な予感はしてたけども! やっぱり函館に着いちゃった!」
こうして僕は、予期しない函館旅行を楽しむこととなったのだった。




