第8話　どこまですすんでるわけ？　にゃ！

　学校の下駄箱の前で大あくびをした。昨日は、比較的早く布団に潜り込んだはずで、よく寝たつもりだったのだが、リオンに出会えたことで興奮していたらしい。

「でっけぇーあくびだな？」

「はよ、翔也」

「はよーす、ヤス」

　後から来た翔也が、下駄箱から上靴を取り出し履き替えている。のそのそと俺も上靴に履き替えていると、のぞき込むように翔也がこちらを見ていた。

「そういやさ」

「何？」

「さっきから顔がニヤついてて、気持ちわりぃーんだけど？」

「えっ？　そう？」

　むにむにと口元を揉むと、「何やってんだ？」と翔也から返ってきた。教室へ移動する途中で、昨日の話をする。

「でさ、昨日、やっとログインできたんだよ」

「あぁ、あの祀ってあったゲーム？」

「そう！　メッチャおもしろかった！　本当、操作も世界観もどれもこれも最高だよ！」

「それでその顔？」と茶化しながら、翔也はこちらを覗き込んでくる。教室に着いた後も、机に鞄を置いて、すぐに俺の話を聞きに来てくれた。なんだかんだと、優しい翔也に、昨日の出来事の中でも、最大の驚き話をすることにした。

　幸い、教室には、生徒がまばらだったので、同じゲームをしていたヤツがいたとしても、俺が『クズイ』だとはわからないだろう。それに、昨日始めたばかりなので、面識はないはずだ。

「で？　他にもあったんだろ？　いいことが」

「そう思う？」

「思う思う。ヤスのその締まりのない顔を見れば、わかるって。俺、お前の友達、何年やってると思ってんの？」

「……3年くらい？」

「結構長いと思っていたけど、そんなもんか。まぁ、いいや。それより何があった？　美人なプレイヤーに逆ナンでもされたか？」

　翔也の言葉に、俺は思わず変な笑い声が出てしまう。昨日の興奮を思い出し、こっちに耳を近づけるように手招きした。

「んだよ」といいながら、翔也は近寄ってくるので耳打ちする。

「リオンと一緒に狩りへ行ったんだ」

「はぁ？　あのスクショ美人に会ったのか？　それも、ログイン一日目に？　一緒に狩り？」

「しぃー、しぃーだって！　翔也、声が大きい」

「いや、だって、ヤス。わかってんのか？　ゲーム内で1番強いやつに出会うって、パーティーメンバーとかじゃなきゃ、メチャクチャな低確率だろ？　初めて出会える確立って、かなりのログイン時間を重ねなきゃ会えないって聞いてるぜ？」

「まぁ、そうだよな。そうはいっても、リオンはダイブ時間が、かなり長いからなぁ……プレイしていく中のどこかでは、会えるとは思っていたんだけど、階層が浅いうちに会えてよかった。フレンド登録も」

「はっ？　フレンド登録？　してもらえたのか？　ヤスが？　ログイン初日のピヨピヨが？　一体、どこまで進んでるわけ？」

「マジかよ……」と翔也は頭を抱えて俺の机に突っ伏する。

「人生不公平だと思う。俺、ゲームやってないけど、ゲーム内だけでも、美人なお姉さんとお知り合いになりたいわ」

「いいだろ？　フレンド登録はしてもらえたし、昨日は『うさぴょん』狩りにも、一緒に行ってもらえたし、今日も一緒に狩りへ出かけるんだ」

「……なんだ、その充実ぶり。それ、リアルにも還元しろよ」

　呆れたように、大きなため息をついた翔也。「かなりの強運だなぁ……」と呟いている。

「翔也もやらないか？」

「俺？　ゲームはなぁ……ちょっと、苦手」

「従来のコントローラーを使っての操作じゃないから、かなりやりやすいと思う。昨日、聞いた話なんだけど、リオンもＶＲゲームは初心者なんだって」

「初心者で、最強とかヤバいじゃん？」

「だよなぁ～」と言いながら、昨日のリオンのいで立ちを思い浮かべた。着ている服や佩いている『大蛇の大太刀』のせいか、持っているスクショからは随分印象が変わっていた。

「おはよう、ふじ……」

「里緒ーっ！　やっときた！」

「……おはよう、マナ」

「おはよう、里緒！」

　一瞬、里緒に挨拶されたと思い、俺はそちらに視線を向けたが、マナがちょうど間に入ってきて、有耶無耶になってしまった。

　まさか、ヒエラルキー上位の里緒に、この底辺な俺が挨拶をしてもらえるなんて思ってもいなかったので、そのままなかったことにした。

「マナ、待ってたんだからね！　里緒が全然遊んでくれないから。今日もダメ？」

　マナは甘えた声を出して、ぶりっ子全開で里緒を攻めるが、門前払いぽい。ギャーギャー騒いで、マナは拗ねてしまう。

　その様子を隣の席から翔也と見ていた。子どもっぽいやりとりに、引いてしまいそうだ。

「マナ、ごめんね。今日は、約束があるから」

「今日はっていつもじゃん！　ここ一カ月ぐらいずっとだよ！」

　マナはむぅーっと膨れっつらを里緒に見せて困らせていた。

「マナ、それくらいにしてやりなよ？　里緒にだって、やりたいことくらいあるだろ？」

「マナと遊ぶことより大事なことなんてある？」

「それはマナの自己チューだから、あんまりしつこかったら、里緒に嫌われっぞ？」

「それは、いーやーっ！　里緒、嫌わないでね！　ねっ？」

　あまりの声音に俺たちは会話をやめて、二人でマナの言い分を聞いていた。視線を感じたからなのか、マナがこっちをキッと睨んで、チッと舌打ちをした。呆気に取られてしまいポカンとしたら、「見てんじゃねーよ、オタクども！」とマナが怒って自席に帰って行く。後味の悪い雰囲気この上ない。八つ当たりだけして、この場に残された俺らは、言い返すこともできなかった。

「……ま、まぁ、気にするな。ご機嫌斜めだっただけだしな。うん」

「あぁ、そうだな。俺らは、とばっちりをくっただけだし、ほら、な？」

「俺、オタクじゃねぇーし」

「俺もだよ」

　翔也と二人で慰め合えば、申し訳なさそうに里緒が謝ってきた。

「いいよ、一条さんが悪いわけじゃないし」

　翔也が軽く返事をして、授業が始まるので自席へ戻る。話したいことがたくさんあるのに、翔也へ全部を話すことができなかった。

　授業が始まり、退屈な時間を過ごす。頭の中は、昨日の戦いでの反省点。リオンが見ていて、改善点を教えてくれた。初動が遅いと指摘され、改善点を探す。スピード重視で敏捷を上げていたはずなのに、「まだ、遅いのか……」と呟いたとき、「葛井」と呼ばれる。先生に当てられたのだと思った瞬間には、今、どこをやっていたかわからない。

「今ここ、答えはこれ」

　里緒がノートと教科書をトントン指さして教えてくれた。見た目と反してとても優しい。あわあわしながら、答えると「正解だが、ちゃんと授業聞いとけよ？」と先生に言われ、クラスメイトに笑われる。里緒だけは、「仕方ないよね？」と話しかけてきたから、「そうですね」と返事をした。

　昨日の反省をするので精一杯で、最後の授業が終わるまで脳内で、俺の動きをシュミレーションをする。

「実際、やってみないとな……うまくいくかどうかわからないな」

　終業チャイムと同時に、里緒は静かに教室を出ていく。誰にも声をかけずに。マナが「リーオー」と声をかけたときには、すでにいない里緒のかわりに、何故か俺が睨まれた。俺もその鋭い視線から逃れるように、家へと早々に帰る。

　リオンとの約束の時間までに、いろいろとリアルの方を整えておかなければならない。時間はいくらあってもたりないのだ。家までの徒歩通学の俺は走って帰った。汗だくの俺を見て母はギョッとしていたが、構わず風呂場でシャワーを浴び、トイレにも行き、水分も十分にとってからベッドに寝転んだ。

　電源を入れたら軽い浮遊感ののち、始まりの街に到着する。約束の時間より少しだけ早く、辺りを見回すが、まだ、リオンは来ていなかった。