第5話 冒険者の道、突然の出会い……にゃ!
しばらくシラタマを下から眺めていたが、だんだん不憫になってきた。俺が大鬼を倒したにもかかわらず、移動したコロッセオから元の真っ白い場所へは戻らず、シラタマは、今もちゅうりんぶらりんとなって尻尾を垂らし、元気なく「にゃあ……」と呟いていた。
この距離なら、跳躍とかで跳べたりするのか? 今は、敵を気にせず、試せる機会だからなぁ……、レベルも上がったみたいだし、やれるだけ、やってみるか。
それにしても、ナビゲーターだぞ? 世話の焼ける。
ステータスは確認せず、経験からくる軽い気持ちで『いけるんじゃないか?』とあたりをつける。下から見上げれば、シラタマの手がプルプルと震え始めているのがわかる。ゲームとはいえ、あのモフ猫の尻尾をみていると可哀想になる。大きなため息をついたあと、シラタマに声をかけた。
「シラタマっ!」
「にゃにゃ! な、何にゃ? 今、ちょっと手が離せないにゃっ!」
「……助けてやろうか?」
限界まで頑張って、ぶら下がっていたのだろう。下をチラリと見たシラタマの目は救いの神が降臨したかのように喜びでピカピカと輝き、「早く助けるにゃっ!」と急かし始める。
「ちょっと、待ってろ。準備が必要だから」
「も、もう、待てないにゃっ! 一刻も早く助けるにゃっ! プルプルするにゃから、クズイ、早くしてにゃっ! 早く早くにゃ!」
「そりゃそうだろうけど、そもそも、シラタマの自業自得だろ? ゴンドラで暴れるとか自殺行為だから」
疲れた身体で、トントンと軽く飛び跳ねる。少しずつ、膝の屈伸を大きくしていく。
トランポリンの要領だよな? ゲームだからいけるだろ!
トントン、トーントン、トーントーン……。
意外と、いけるもんだな……。
軽くジャンプをするだけで、シラタマの位置まで近づく。見下ろしているシラタマの目が、俺を捉えて安堵しているようだが、まだ、抱きかかえるには高さが足りない。
「にゃっ!」
「迎えにきたぞ? 次飛んだとき、手を離せ」
一旦地面まで降りて、再度、跳躍する。今度はシラタマの両脇に手を入れ抱きしめ、そのまま地面に降りた。
「……地面にゃ」
ヘタリと地面に座るシラタマに、「元の場所に戻らないのか?」と問えば、毛で見えないが明らかに変な種類の汗をかいている怪しい動きを始めた。
「もしかしなくても、おててポンで、元の場所に戻って、俺が助けなくてもよかったとか言うんじゃないよな?」
「…………」
返事が返ってこないあたり、そうなのだろう。大きくため息をついて見下ろせば、何事もなかったようにシラタマは話し始めた。
「し、仕方ないにゃ? ほら、にゃーも初心者だから……にゃ?」
「苦しい言い訳。あと、あの小鬼たちと大鬼ってなんなわけ? 想定してたより、ずっと多かったし、そもそも、大鬼って、エンカウントするとか聞いてないけど?」
「……ごめんにゃ」
「はっ? 何っ? 声が小さくて、聞こえないんだけど? 何て言ったのかなぁ?」
「だから、ごめんにゃ! 増えたにゃ! 大鬼なんて、にゃーも知らない間に出て来たにゃ! こんなことになるなんて、誰も教えてくれなかったにゃ! みんな、チュートリアルを飛ばすから、『特別』なんて、にゃーが初めて使うにゃあぁぁぁぁぁ!」
泣きべそをかいているシラタマが不憫になっても、ここは譲ってはならない。プレイヤーをサポートする側を甘やかしてはならない。次の事故に繋がるから。ゲームで事故も不測事態も起こりえないはずなのだから。
でも、モフモフ猫がしょんぼりしてたら可哀想に見えて仕方がないので、許してしまいそうだ。
心の中の葛藤を抱えながら、シラタマが、ナビゲーターをする次のプレイヤーには、失敗しないように変な提案をしないようしっかり約束させる形で、この話は切り上げた。
「それじゃあ、さっそく、始まりの街へ送ってくれ。もう、すでに疲れた」
「……ごめんにゃ。始まりの街へ送るにゃ。そうにゃっ! 特典にゃんだけど、」
「もうもらったんじゃないのか?」
「まだあるにゃ。にゃーは、案内人としても、本当に初心者だから、『特別に』3つの特典を渡せるようになっているにゃ!」
「……『特別に』ね」
俺の不信感を隠せていなかったようで、シラタマが不服そうにしているが、俺は少しでも早く、街へ降り立ちたかった。
「じゃあ、それを早くくれ」
不満そうに見上げてくるシラタマに、こちらも不満そうに見下ろした。
「……1つ目は、経験値〇倍にゃ。それは、さっきあげたにゃ!」
「〇倍? よくわからんやつだな?」
「にゃーも、よく知らにゃい。けど、いっぱい経験値はいるにゃ!」
「もう、突っ込むのも面倒だ。経験値がたくさん入るならいいや。あとは?」
「2つ目は、これにゃ。状態異常を無効化できる優れものにゃ」
「そんなチートな装備品、もらってもいいのかよ?」
「担当ごとに、初めてチュートリアルを受ける冒険者への特典にゃんだな」
「へぇ~なんか、お得な感じがするな」
「そうにゃ」
嬉しそうにしているが、よくよく考えると、『初めての』に引っかかりを覚えた。チュートリアルをスキップするプレイヤーは多いだろうが、このゲームが開始されてからそれなりの時間も経っているし、かなりの数のプレイヤーがいるのだ。
それなのに『初めての』と言われれば、そもそも、ナビゲーターとしてのシラタマの力量が、かなりダメなのではないかと、思い至った。
「……ありがたくいただいておくよ」
「いいよ!」と言う意味を込めて、どうしても、シラタマは親指を立てたいらしいが……どうも、肉球をみせるくらいにしかなっていないそれを指摘して微妙に笑っておいた。
「そんで、最後のは何?」
「んー、たいしたものじゃないにゃ。にゃーが暇つぶしに作ったものにゃ。これは、にゃーからのプレゼントにゃ」
そういって出してきたのは、双剣であった。柄のところに猫の肉球マークがついているいたって普通のものに見えた。
「もらってもいいのか?」
「使ってくれると嬉しいにゃ。にゃーが作った中でも、最高傑作の双剣にゃ」
とりあえず、装備を入れられるところへ移動させておく。さっきから、チュートリアルという名の余計なイベントをこなしていたので、早くゲームをスタートさせたかった。
「まずは、ギルドに行って冒険者登録をするにゃ。そこで、カードを作ったら、アイテムを格納できるアイテムボックスがもらえるにゃ。その中にこれを入れておくにゃ。さっきのお詫びにゃ」
「いいって。俺も大変だったけど、わりと楽しかったし、いい経験になったから」
シラタマが紅い宝玉を差し出してきたので、俺は断ったが、どうしてもと言われたので、ポケットに入れておく。
「じゃあ、クズイ。元気で! また、どこかで会えると嬉しいにゃ!」
「あぁ、またな。シラタマ」
パンとシラタマが手を叩くと、何もないところに、扉が出てきた。扉の前で一度停まって振り返る。少し寂しそうにこちらを見送っているシラタマが、手を振っていたので俺も振り返す。
扉に向き合い、ノブを押した。扉が開くと、
……街だ。
扉から一歩外に出ると、パタンという音と共に、シラタマが作った扉は見えなくなった。
目の前に広がる街に、俺は興奮する。夢にまで見た世界に、やっと、来たんだと思うと、胸が熱くなる。
「すげぇーな、始まりの街。ここ……が、パソコンの画面越しに見てた場所か。んー、やっと、やっとこれたぞぉー!」
思わず叫んでしまう。たくさんのプレイヤーやNPCが歩き回っている。街の真ん中で叫ぶ俺を不審に思ったらしく、ひと睨みしたあと、すぐに興味を失ったかのように思い思いに散っていった。
すでに初期装備の服や武器防具とは違うものを持っているプレイヤーがたくさんいた。どれを見ても、独自のセンスでカスタマイズされており、カッコいい。
いいな、あんなの武具は、どこで手に入るんだ?
「はぁ……まずは、感覚を掴むために、一人でフィールドを回ってみたいな。どこら辺がいいのか聞いてみるか……」
あたりを見回して、話しやすそうな人に声をかける。雰囲気はどこかのお嬢様を思わせるようなふんわりとしたワンピースを着た、白銀の長髪を揺らしている女性に話しかけた。
「あの、すみません!」
「私ですか?」
「あっ、はい。怪しいものではありません」
「あぁ、初心者さんですね? どうかなさいましたか? もしかして、狩場ですか?」
「えぇ、そうなんです。どこか初心者にいい場所はありますか?」
彼女と向き合ったものの、初めてプレイヤーに話しかける緊張で、彼女の顔を見ていなかったので気が付かなかった。ニコッと笑う優しい雰囲気が伝わってきて、ゆっくり顔をあげてみた。
そこには、「そうですねぇ~」と人差し指を頬にあてながら、考える仕草をしている彼女……『魔剣姫リオン』が目の前にいた。
「……リ、リオン?」
「えっ?」
「あ、あの……失礼しました。魔剣姫リオン様ですか?」
「えっと、魔剣姫とか様とかはいいので……、ただのリオンで。私のこと、知っているんです?」
「もちろんです! 『魔剣姫リオン』と言えば、ネットでも超有名で」
「……そうだったんですね? 最近、装備をして、街を歩くと、プレイヤーによく見られるなって思っていたんですよね。今日は、少し雰囲気を変えたので、見られませんけど」
クスっと笑う彼女は、女神か聖女かというほど美しかった。釘付けになり目が離せない。それは俺だけではないようで、立ち停まって話しているため、周りからの視線も集めている。
「狩場ですけど、近場にもいい場所はありますが、少し先にある場所がお勧めですよ! えーっと、マップはありますか?」
「……今、きたばかりなので」
「なら、一緒に行きましょう。何かの縁ですし」
そういって、ピクニックにでも行くかのようにスカートを揺らしながら、先を歩くリオン。まさか、憧れのプレイヤーにこんなに早く出会えると思わなかった。
「あぁっ! そうだ」
「な、何ですか?」
「敬語はお互いやめるとして……、先にギルドに向かいましょう。冒険者登録をしないと」
「行きましょう!」と手を取られ、ぐいぐいと進められる。呆気にとられながら、彼女……リオンの後ろをついて歩くことになったのだった。
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