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第4話 経験値ドバドバ、お金ザクザク、チュートリアルマージンにゃ!

 目をカッと開いた。


「危ないにゃっ!」と叫んだシラタマは、見ていられないと前足で目を覆い、俺への小鬼たちの襲撃から目を逸らした。シラタマが呼び出した小鬼。差し向けておいて、自身は目を背けていれば世話がない。

 他のゲームより、体と感覚の齟齬が少なく、体が軽く感じるのは、このゲームが独自に新しく採用したシステムのおかげなのかもしれない。

 持っていた双剣をギュッと強く握る。

 トントンっと軽くジャンプしてから、姿勢を低くして、たくさんの小鬼の中へ突っ込む。激流の中にいるような感覚だと思えるほど、荒々しく小鬼たちは襲ってくる。素手で殴ろうとしたり、不恰好な武器で斬りつけてきたり、先の欠けた槍で刺してこようとしたり、防具で殴ってこようとする小鬼たちをヒラヒラと交わして、同士討ちを狙う。数は多くても、統制の取れていない集団ならば、それほど苦労はしないだろう。他のゲームで培ってきた動きをすれば容易い。


 ログインしてからそれほど経っていないのに、体と感覚が馴染んだように感じるのは、シラタマのお節介のおかげということにしておいてやろう。

 ……何匹かはやれたか? 小鬼どもの目の色が変わったな。


 剣を逆手に構え、さっきの応用とばかりに、斬りつけてみたり、殴ったり蹴ったりすれば、エフェクトが散り、その場からどんどんと小鬼たちは消えていく。


 ……結構な数を狩ったと思っていたけど、まだ、全然、減ってないじゃん!


 100体ほどいた小鬼は、20体くらいがエフェクトと供に散っていったはずなのに、そうではないらしい。未だ、わらわらと蠢く小鬼に口角すら上がった。

 チラッと手の隙間から覗いていたシラタマは、俺が無事に小鬼を蹴散らして戦っていることを確認したようで現金なものだ。「いけぇーっ! やれぇーっ! そこにゃーっ!」と、短い手をシュシュシュッとパンチを繰り出して、ゴンドラの中で暴れまわっている。


 ……アイツはいいな。自分が呼び出した小鬼を俺が倒すのをただ、見ているだけでいいんだから!


 じっとり汗が出てきたことに少し驚いたし、体力にも限界があるのか、少しだけ疲れてもきた。現実世界とは、多少異なるとはいえ、動き回ることでの疲れなどの感覚がある。リアルに近い感覚に感嘆した。

 ふぅ……と、息を吐いて整えてから、もう一度、眼前の小鬼たちを見渡した。

 さすがに、警戒を始めたのか、少し距離を取る小鬼。緊迫したリアルな空気が、ゲーム内でも生きてるっ! て感じさせてくれる。


 ……息遣いが本当にリアルだ。小鬼もだけど……、こっちもだ。


 グッと柄を握り直しながら、遠巻きに小鬼に取り囲まれている。まずは、正面突破をすることを考え、前を見据えた。


 ……けど、やって、やれないことはないっ!


 一気に駆け出して奥まで突き進めば、双剣の刃に当たったり、拳や蹴りを喰らったり、同士討ちをしている小鬼たちがエフェクトとともにいなくなり、一本道が出来上がる。


 ……うん、まずまずの出来だな。これなら、2分くらいあれば、十分に、始末できるだろう。チュートリアルとはいえ、なかなか手応えがあ……。


 そのとき、その道の反対側から、咆哮が上がる。


 ……おいおい、小鬼だけじゃないのかよ? シラタマさんよ。


 体を反転させ、元来た道を見ると、その先に小鬼よりも、頭四つ分高い位置に鍛えぬかれた体躯の上位種が現れた。


「あぁーっ! 大鬼にゃ! なんでにゃ? なんでここに? にゃ、にゃにゃにゃーっ!」


 慌てるシラタマは、想定外のことが起こったのか、ゴンドラの上で大騒ぎ。「どうするにゃーっ! どうするにゃーっ! クズイが戦うにゃ? にゃーが戦うにゃ? にゃーっ!」と、騒がしくしているので、ゴンドラが先ほどよりさらに大きく揺れて今にも落ちそうである。


「アイツ、大丈夫なのか? ゴンドラから落ちたら、どうなるんだ? って、どっちかっていうと、俺の方がかなりヤバイ状況なんだけどな」


 頬を伝う汗を拭う。大量の汗が床にべしょっと飛んでいった。


 ……初めてのログインだからか、疲労感は半端ない。さっきまでとは違い、体が少し重く感じる。周りの小鬼は……半分くらいにはなったか? いや、なんか、また、増えてないか? それより……、やっぱりアイツだよな? 存在感、はんぱねぇー!


 小鬼は、俺の体の半分くらいに対して、大鬼ははるかに大きい。大鬼の首まで、双剣では届きそうにないことを考えながら、集中力をあげていく。


「やるしかないなら、やるだけだろっ!」


 再び走り出せば、大鬼が小鬼たちの指揮を執り始めたのか、統制が取れ始め、小鬼たちの動きが格段に良くなっている。厄介この上なく、さっきまであった一本道も塞がれ、退路を断たれた。


『レベルが5になりました。小鬼を一定数撃破したので『小鬼殺しの称号』を得ました。小鬼を一定数撃破したので、『小鬼殺戮の称号』を得ました。一定時間内の撃破数を超えたので、『虐殺の称号』を得ました』


 遅れてきた無機質なアナウンスに戸惑いながら、今は、兎にも角にも小鬼たちを狩るしかない。疲れたとへたりこめば、ゲームオーバー。憧れのリオンには辿りつけないと、震える足を叩いて混戦の戦場を駆けて駆けて駆け抜ける。


 さっきから思っていたが、あのポンコツモフ猫が出した小鬼は、もうそろそろ倒しきってもいい頃合いだ。減らない小鬼とついた称号のことを頭の片隅で考える。


 ……やっぱさぁ、小鬼が増えてるよな? それに、統率も取れ始めてきたから、物量で押してきてる感じするんだよなぁ……。


 気のせいで押し切っていたが、体力的にキツイ。


 ……デカブツ目掛けて特攻するか。


 大鬼が出てきてから、戦況がどうもおかしく感じていた。シラタマは、未だゴンドラの上で右往左往しながら飛び跳ねているが、そちらを気にする余裕も、なくなってきた。


 動けよ足っ! 止まるなっ、俺っ!


 大鬼の前を塞ぐような格好で小鬼たちが群がる。ちょうど、襲いかかろうと姿勢を低く駆けてくる小鬼へと跳躍して肩を足場として、次々と小鬼を踏んづけていく。足元では、ぐへっ、うぐっなど、俺に踏まれた小鬼たちが潰れていった。小鬼の橋を渡りながら、最後尾の大鬼に迫る。

 前の方にいた小鬼たちも追いかけようとしているが、後ろから押し出されてしまい、うまくいかないようだ。


 知能が低くて助かる。そのうち、どの個体かは、俺みたいにするかもだけど。今は……!


 両手にギュッと力を込め、バランスの悪い小鬼の顔面を踏み切り、大鬼に飛び斬りをお見舞いした。ジョブの『格闘家』を取ったおかげか、振った剣には威力があり、唸るような風切り音をあげている。

 そのまま、大鬼の首を落とすようにイメージをして斬りかかったが、さすがというべきか、大鬼は持っていた大鎚を振り回し、小鬼ごと俺を抹消しようとする。上で見ているだけのシラタマは「危ないにゃーっ!」と叫び、自身はゴンドラから落ちかけている。プラプラとフサフサした尻尾を振って、「助けてにゃー!」と情けない声を出していた。


「助けて欲しけりゃ、大人しくしてろって言ってるんだっ!」


 周りから小鬼が一瞬でいなくなったことを見れば、大鬼の攻撃を一発でも当たるとヤバいことがわかる。


 俺、防御にあんまり経験値を振ってないから、あれはヤバすぎ! あのアホ猫は絶対、何も考えてないやつだろ? どうすんだよ!


 大鬼を前に、双剣を構え直す。後ろからも、いつ襲うか伺っている小鬼の殺気もヒシヒシと感じるし、大鬼なんて俺から片時も目を離さない。唯一、アホな声を出して、「助けてにゃー」って叫んでいる声だけが、コロッセオに響いた。


 小鬼が攻めてくる前に動かないとまずい。


 大鬼目掛けて走り出せば、大槌を振り回してきた。当たらないように、紙一重のところでヒラヒラとかわし機会を探る。

 初期装備しかない今の俺でも勝てるか疑問しかないけど、振り下ろした槌の上に飛び乗ることができた。ありがたいことに大鬼目掛けて一直線。

 剣を閃かせれば、大鬼の首に当たったが、予想していたよりずいぶん首の皮は硬い。

 剣をクロスして、力一杯押していく。少しずつではあるが、剣がめり込んでいく。

 大鬼もただやられるわけではない。俺を引きはがそうと手で俺を捕まえて、引っ張ったり、暴れ始めたので、足で大鬼の首に巻きつき、頭を抱きしめるように力を入れていく。俺を殴ろうと手を振りかざしたとき、力尽きてくれたようで、一瞬で、大量のエフェクトとともに大鬼が消えた。


 その場にストンと降りた。一仕事終えた俺は、息をふぅ……と吐く。無機質なアナウンスが流れていたが、いまは、まだ、それを聞いている余裕はない。

 息を整え終わるより先に走り、小鬼たちが俺に向け、最後の足掻きを始める。レベルが上がった俺の相手ではなかった。トントンっと、その場で2回、小さくジャンプしてから、迫る小鬼たちへと向かう。

 囲まれた状態から、内輪がどんどん広くなっていくが、蹂躙した小鬼もあと1匹となった。


「さよならだ」


 剣を一振りした瞬間、エフェクトとともに最後の小鬼が消えていく。


「レベルが8に上がりました。スキル『無慈悲』を獲得しました」


 無機質なアナウンスが聞こえたとき、背中から後ろに倒れた。


 つっかれた……。


 動かない身体で石畳に寝転び、チャリーンという音を確認した。どうやら、スタートも未だしていないチュートリアルの段階で、大金を手にしたらしい。


 長く険しいチュートリアルは、大量の経験値、大金、スキルを取れて無事終われたようだ。


 あとは、アイツだけだよな。


 ゴンドラにぶら下がりながら、助けてと叫び、暴れているシラタマを見上げ、ため息をついた。

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