第2話 初ログインにゃ!
学校では、マナたちのせいで、とんだ目にあったと思いながら、足早に家へ帰る。期末テストも終わったので、早速、『ニューワールドヒーローズ』にログインすることをずっと考えてた。
途中、ギャルっぽい人にぶつかって平謝りした。嵐は過ぎ去ったが、また一難かとため息をつきそうになり、もう一度、謝ろうとしたら、彼女もとても急いでいたらしく、「ごめんね!」と振り返りもせず、駆けていった。
ホッとしたのもつかの間。彼女の背中を見送って、俺も家へと急いでいることにハッとした。
「ただいまぁー」と家に入っても、いるはずの母からの返答がない。鍵が空いていたので、隣の家に回覧板を回しに行ったのだろう。
……どうせ、1時間は余裕で帰ってこないな。今のうちに。
そそくさと自室に入り、机の上に祀ってあるゲームのパッケージを開いた。オンラインでクラウド上のデータとして買えるが、ディスクがある特別感でパッケージを買った。あと、テスト勉強を頑張るためのお守りの意味を込めて。そのまま、VR用の本体にセットする。
本体の起動時間中に制服を脱ぎ捨て、ジャージに着替えた。あとは、ベッドに横たわるだけ。はやる気持ちを抑え寝転んだ。
装着したヘッド横にあるボタンを押せば……ロード中と視界に表示される。
……はぁ、楽しみすぎる。どれほど、この瞬間を待ったことか。母さんには、泣かされるな。
いつか、このゲームのどこかで、会えるといいな、『魔剣姫リオン』に。
リオンと共闘しているなんて淡い夢を思い描きながら、ロード終了の知らせを待つ。
次の瞬間には、真っ白な空間へ降り立った。
◆
「ウェルカム、ニュー、プレイヤー!」
真っ白な壁に四方囲まれているこの場所は、周りが白すぎて、広いのか狭いのか、目がチカチカして感覚が掴めない。
浮かんだ文字が消えていき、いよいよ初期設定の画面が来るのだろうと待っていると、玉座のような椅子が現れ、ぐんぐんとそれが上に上がっていく。階段ができ、赤い絨毯が敷かれていく。
オープニングなのに、かなり凝っているな。まだ、初期設定も終わってない、本当に始まりの始まりでこれは、かなり期待できる。
……今まで、ゲームの情報をネットで追っていたけど、こんな演出の話なんて1度も見たことないけど、まぁ、始まりだから、こんなものかって感じなのか?
俺は首を傾げながら、目の前の空の玉座を見上げる。玉座の上昇が停まったようだ。目を凝らしていると、そこには、頭の上から少しズレた位置にある王冠をかぶった真っ白い高級そうなモフ猫。傲慢そうに見えなくもないが、どうやら人懐こいようで、毛の長い尻尾をブンブン振っていた。
初期設定の案内人は、猫か。いいな、モッフモフしてる。
「やぁやぁ、新しい冒険者のきみぃ! ようこそ、新世界へ!」
大仰に玉座から二足で立ち上がり、俺を出迎えてくれる。
尻尾を振りながら、もったいつけるようにゆっくりと階段を降りてきた。王様らしく、赤いマントをしていたが、引きずっ……。
あっ、踏んだ。
だだだだだんっ!
「あいった! おとっ、でふ……どっしゃーっ!」
見事な声の効果音付きで、モフ猫の王様は、階段の最上段から転がり落ちてきた。
猫って、身軽なんじゃないのか? メチャクチャ鈍臭い。
ぐへぇ……と潰れたトマトのようにぺちゃんこになっているモフ猫の顔は、マントで隠れて見えない。尻尾だけが、ゆらゆらしているので、無事ではあるのだろう。
足元へコロコロと転がってきた王冠を手に取り、モフ猫の方へと近寄る。
「その、大丈夫か?」
「……いてててて……。お、お、お尻がぁ! みゃーの尻尾の毛並みがぁ!」
バサっとマントを跳ね除け、短い手……前足で、お尻をさすっていたので大丈夫だろう。
「カッコよく現れる予定だったにゃ! なのに……どうして、どうしてこうなったにゃっ! はっ、さては、みゃーのカッコよさに誰か嫉妬して、罠を仕掛けたにゃ?」
疑るように、右に左にと、罠がないかと首を振っては、「にゃっ、にゃっ」と言っている。
威厳たっぷりの言葉はどこへやら……、可愛らしく「にゃっにゃっ」言ってるけど……最近のNPCは進んでいるな。確か、AI搭載なんだっけ? いや、それにしては、なんていうか……人間くさいというか、どんくさいというか。
本当にNPCなんだよな?
俺は、モフ猫が妙な動きをしているのをじっと観察していた。頭を抱えながら、「にゃあぁあぁあぁー!」と発狂している。どう見ても可愛らしい喋る猫って感じだ。
「な、なぁ? そろそろ、ゲームのいろはを始めてくれねぇか?」
ハッとしたように、振っていた頭をピタリと止め、恐る恐るというか、ギギギっと機械音でもしそうな動きでこちらを見た。
「…………!」
「よぅ、大丈夫か?」
怖いモノでも見たかのように驚いたモフ猫は、後ろに飛び跳ねた。その瞬間、長すぎるマントの裾を踏み、滑って転んでしまうモフ猫。かわいそうに階段の2段目の角に頭を打って、またもや床をのたうち回ることに。
……初ログインなんだけど、このコント、いつ終わるんだ? 早く、フィールドに入りたいっていうのに……。いつまで経っても、進まないじゃないか!
のそのそと起き上がるモフ猫に王冠を渡し、手を差し伸べると、王冠やらマントを消した。
最初から、そうしてくれてればよかったのに、何がしたかったんだろう?
「ごめんにゃ。初めてのご案内だから、しぇんぱいからアドバイスをもらって、それっぽく演出してみたにゃ。カッコよくキメるつもりが……散々なんだにゃ」
「あぁ……、何ていうか、ご愁傷様。起こったことは、仕方ないから」
「きみは優しいんだにゃ」
「……そうでもない。それよりも、ゲームを始めたいんだ。早く進めてくれ」
「わかったにゃ!」といって、手をパチンと叩く。可愛らしいピンクの肉球がチラリと見えた。
「初めましてにゃ! 新しい冒険者のきみの案内役になった、シラタマにゃ! 不束者ですが、どうぞよろしくにゃ!」
深々と頭を下げるシラタマ。見るからに愛らしい姿に猫好きの俺はときめいてしまう。
普通にしてれば、すごく可愛いのに。変な演出なんてするから……。
残念な気持ちを汲み取られないように微笑みながら、話を促していく。シラタマは、ナビゲーターらしく、きちんと説明を始めた。
「ますは、名前を決めるにゃ! 何がいいにゃ?」
「名前はクズイだ」
「登録するにゃ! プレイヤー名は変えられないから、本当に『クズイ』さんでいいにゃ?」
「もちろん! 頼む」というと、体がふわりと温かい風に触れたように感じた。
「ステータスを見たら名前が入ってるにゃ! どうにゃ?」
ステータスを見ようとして悩んだ。思い浮かべたら出たりするんだが……出てこない。
「あっ、ステータスは、手をこうやって空中をトントンとするとでるにゃ! 設定で見方は変えられるにゃ! ログオフするときも、ここからにゃ!」
シラタマに言われ、空中をトントンと叩くと、ステータスが出てくる。
まだ、初期設定すらしていない、パラメーターなど何もないステータスに『クズイ』と名前だけあった。
「どうにゃ?」
「あぁ、名前がついてる」
「じゃあ、次にゃ! 武器は何にするにゃ? 剣、双剣、槍、棍棒、杖、錫杖、大楯、鍋の蓋にゃ! 何にするにゃ?」
シラタマが初期装備の武器を紹介すると、武器が周りをぐるぐると回っている。それを触って感触を確かめることも可能らしく、気になる剣と双剣を手にしてみた。
「リオンに憧れるなら! 剣、だよなぁ……、でも、双剣も軽くていい」
「鍋の蓋がおすすめにゃ!」
「鍋の蓋って……何するんだよ……戦えないじゃ?」
「知らないにゃ!」
「知らないのかよ!」
「そうにゃ! そういえば、今、リオンって言ったにゃ? 言ったにゃ?」
「あぁ。俺の憧れのプレイヤーだ。知っているのか?」
「もちろんにゃ! 憧れのしぇんぱいが、初めておもてなしした冒険者にゃ! めちゃ強にゃ!」
しゅっしゅっと短い腕をボクシングのように繰り出しているが、リオンは格闘家じゃない。シラタマの仕草が可愛いだけでほっこりしてしまうが、リオンのことをあまり知らないのかな? と、クスッと笑った。
「あっ、今、笑ったにゃ! リオンは、格闘家にゃ! しぇんぱいが、リオンに格闘技術を教えたにゃ! だから、強いにゃ!」
「そんなことないだろ? 『魔剣姫』だぞ? だいたい、案内役がそんなことするのかよ?」
「チュートリアルを全てコンプリートしたあかつきには、案内役から最初のプレゼントがあるにゃ! ほとんどのプレイヤーは、チュートリアルはスキップするのに、ちゃんとこなしたリオンはえらいにゃ! しぇんぱいの話をきちんと聞く、リオンは賢いにゃ!」
誇らしげにしているシラタマの頭を撫でる。まさか、こんな場所で、リオンの話が聞けるとは思っていなかったのだ。素直に嬉しい。
「何するにゃ! にゃにゃにゃ!」
頭に置かれた手を退けようとシラタマは暴れているが、手が頭に届かずうまくいかない。ただ、ジタバタとしているだけで、可愛らしかった。
「……、武器は、決まったにゃ?」
諦めたのか、通常の仕事に戻るらしい。
「あぁ、決まった。これにする」
手に取った瞬間、重みを感じる。初期設定すら終わってないので仕方がない。
「最後に初期経験値を設定するにゃ! チュートリアルをするなら、終わった後でもいいにゃ!」
「いや、先にしておく」
極振りに近い感じで……と、バランスをここらへんでとって。こんな感じ?
最初のステータス値を決め終わると、ポーンと音が鳴る。なんだ? と前を見れば、「お疲れさまにゃ!」とシラタマが飛び跳ねていた。
「そんなにはしゃいでたら……」
ドテ……。
「言わんこっちゃないな」
シラタマは、自分の長い毛を踏んで転んだらしい。へそてんをして、動かなくなった。
「大丈夫か?」
「……大丈夫にゃ」
「いててて……」とお尻をさすっている仕草が人間くさくて笑ってしまう。
「これで、初期設定は終わりにゃ! 今すぐ、街へ向かうにゃ? それとも……」
「あぁ、頼む」
「それじゃあ!」とシラタマが言った瞬間には、あたりは光って眩しくなり、目を瞑った。
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