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第26話 サイレントキラーは家を買うにゃ

 放課後、担任に呼ばれ、俺は進路の話をした。元々、理数系の進路にしていたのだが、二年の選択時に、このまま成績を伸ばしていけば、特進クラスへの編入もできるという話だった。


「親御さんともよく話し合いなさい」


 そう言われ、指導室から出た。教室に帰れば、すでに誰もいない。6限目が始まる前の騒ぎも、嘘のように静かになり、里緒の姿もなかった。


「……なんか、このあと、会いにくいな」


 さっきのことで、マナはすっかり静かになってしまった。里緒に依存していると言ってもいいほどだったのに、マナが急に静かになると、むしろ、このあと、何かあるのではないかと、勝手に身構えてしまう。


「いろいろとあったし、このまま、リオンとはパーティー解消かな? ココミには悪いけど、俺がパーティーを抜けないとか」


 楽しかったここ数日のことを思い浮かべる。初ログインから1週間も経っていないのに、ずっと一緒に冒険をしてきた仲間のように、リオンやココミには感じていた。「少し寂しいけど仕方ないよな」と、自身に言い聞かせ、家に帰る。先ほどの話を母にすれば、「泰弘がしたいようにしなさい」というだけ。両親は、俺のことを応援してくれるとだけ言ってくれた。その言葉が胸に沁みる。


「ちょっと、ログインしてくる。今日、色々あって、あの……」

「そういう日も、あるわよ。若いんだから、これから、そんな日も数え切れないほど、たくさんね。でも、それで、誰かと縁を切ってしまうのは、もったいないわ。相手があることでも、泰弘の心がどう思っているのか、今後もどういう関係にしていきたいか、相手に伝えてみなさい。案外、相手も泰弘のことを気にしているものよ」


 ふふっと笑う母は、何かを知っているかのような口ぶりではあったが、俺に何も聞かないでくれた。「いってらっしゃい」の言葉だけを聞き、リオンが待っていてくれるかもしれない約束の場所へ向かった。



「ごめん、遅くなって」

「いいよ、進路のことだったんでしょ?」


 身バレしてしまったので、リオンに対して、変に取り繕うことはやめた。リオンも自然体でいてくれたので、少しだけホッとする。

 でも、リオンからは、少しだけ今までと違う空気を感じた。決して親し気なものではなく、距離を感じるような。


「「あの……」」

「クズイくんから、どうぞ」


 譲られてしまった限り、この数時間、考えていたことをリオンに言わないとと思った。パーティー解消の話を。喉元まで出ては、言葉にならない。目の前では首を傾げているリオン。俺の言葉を待っているのだが、どうしても言えなかった。


「クズイくん、迷っているみたいだから、私から言ってもいい?」

「……うん、どうぞ」

「そんなに、怖がらないで。クズイくんがどう考えているかわからないけど、私、このまま、クズイくんとココとパーティーを継続させたいの。ログインしてからイロイロなパーティーにいたけど、こんなに楽しかったことはなかった。どうせなら、もっとクズイくんとココ、シラタマと新たに入るかもしれない仲間と冒険をしたいわ!」


「ダメ?」と下から覗き込むように俺を見てくる。俺が考えていた最悪と違う答えをリオンに言われたので正直に驚いた。


「……マナがしたこと、クズイくんには悪いことをしたと思ってる。止められなかった私が悪いの。でも、これだけは知っていてほしくて」

「……俺、正直、パーティー解散か俺だけ離れないといけないかと、あれからずっと考えてた」

「ま?」

「……普通に考えてあり得るだろ? リオンはクラスヒエラルキートップで……」

「俺は底辺?」


 先に言われ、渋い顔をして頷いた。リオンは笑った。屈託なく。


「そんなこと、どうでもいいんだけどな。私、クズイくんが、このゲームのどこかにいるなら、声かけたいなぁーって思っていたし、何なら少し探したりもしたんだよ。キャラ名がわからなくて、探せなかったけど……まさかねぇ?」

「……俺はリオンに憧れてたから、リオンに声をかけられてラッキーだったし、こうして一緒に行動が出来て嬉しいんだけど、でも……」

「『でも』じゃないよ。見ての通り、クズイくんもビックリな廃ゲーマーだから。ここでも、現実でも、改めてよろしくね?」


 リオンが手を出してくるので、戸惑う気持ちはあったが、俺はリオンの手を握った。ギュっと握られたことが嬉しくて、「こちらこそ」と言おうとしたとき、引っ張られる。そのまま、リオンにギュっと抱きつかれ驚いた。レベルは、まだ、リオンの方が高いのか、腕の中から逃げられない。


「捕まえた」


 胸に頬を寄せている。可愛らしいそんなリオンにどうしていいのかわからず、あわあわとしているとパッと離れる。「最後の物件、見に行こう!」と、俺の手を握り歩き始めた。振りほどくことなく、その後ろ姿を見ていた。


「最後の物件は、この前、クズイくんが大物を仕留めた湖の近くなんだって。楽しみだね!」

「うん、この前、ココミと一緒に行った場所にあるって、昨日、連絡あったな」

「ココと二人で?」

「……な、何?」

「あぁ、私が途中で合流したとこか。確かにあの場所いいよね。ちょっと、街からは遠いけど」

「シラタマが何か作ってくれたらしくって、街からのショートカットができるらしいよ?」

「そりゃ便利だ。じゃあ、もう、決まりだね!」


 湖の畔にあるログハウス風の家を内見した。街から離れているからか、買い手はいないらしい。外から見るより、中に入ると部屋が大きく広がっている。


「20人くらい入れるんだって。ここに決めよ!」

「じゃあ、契約するな」

「はぁーい!」


 リオンがキッチンに向かう。他の場所では見なかったキッチンがあったり、家具が備わっていたりと、なかなか充実した家だ。


「今日からここが私たちの家ね。パーティー名、決めてなかったけど、どうする? 名を入れないと買えないみたい」

「『シラタマの家』でいいかなって思うけど」

「いいね! ここに来たら、シラタマがいてくれる。そんな家、最高にいいかも!」


 嬉しそうにしているリオン。部屋も十分あるし楽しい時間が過ごせそうだなと思えた。

 家はココミの店と繋がるようにした。そうすることで、街からすぐに家に帰れるのだから納得だろう。ガチャっと扉を開ける。


「ココ! 家、決めて来たよ?」


 子どものようにはしゃぐリオンに、ココミが「お疲れ!」と返事をした。部屋割り等は後日決めるということで、シラタマとココミを家へと連れていく。


「すごいいにゃ。ここにロッキングチェアを置くにゃ!」


 すでに何事か考え始めたシラタマを見て三人が笑いだす。


「これから、ここが俺たちの家だ。『シラタマの家』。改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく!」

「あたいも、あたいも!」

「にゃーも!」


「シラタマの家にゃ?」と自身の名がパーティー名になっていることが嬉しいのか、シラタマの口がむにょむにょと動いていた。


「じゃあ、とりあえず、4層が公開されたらしいから、階層主を倒しに行きましょうか?」

「……早速?」

「行こう!」


 鍋の蓋をもったシラタマ。誰よりも行く気満々のシラタマを笑ってしまった。


 家を買った数時間後。三層の階層主をいち早く倒したパーティーの名がゲーム内に広まった。


『パーティー名:シラタマの家

 パーティーリーダー:サイレントキラークズイ

 パーティーメンバー:剣姫リオン、暴打暴薙ココミ、他ネコ1匹』


 街では、囁かれる。『猫耳には、要注意!』 


 最強パーティーの異名を取った俺たちは、今日ものんびりとフィールドを駆け回る。廃ゲーマーを二人も抱えた俺はとてつもなく苦労をすることになるが、リオンとココミ、シラタマとの楽しい時間を何よりも楽しむ。


 ◆


「ねぇ、君。今日が初めて?」


 黒い猫耳パーカーに左耳のシルバーブラックのイヤーカフの青年が、第一層の広場で、マップの前で戸惑った初心者に声をかける。人の好さそうに笑いかけ「まずは、ギルドへ行こうか」と先導する。


「君、ネコ好きかな?」


 この日、新たな猫耳の最強メンバーが、生まれることになったのであった。





…… 続く? ……

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