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第25話 にゃにゃにゃ! にゃ

 イベントが終わった。ココミに準備してもらった大量の回復薬は、意外にも一本使っただけだ。予想より、出来が良すぎたことに苦笑いをする。

 イベントのフィールドから強制的に広場へ戻ってくると、リオンが先に俺に気づいたようで、少し離れた場所から手を振っている。俺も小さく振り返した。「クズイくん、やったね?」と、イヤーカフから聞こえてくるので頷いた。それ以上は近寄らず、リオンがマントのフードを目深にかぶる。なんだろ? と見ていると、「クズイくん、今回のイベントで、すごく注目されているね?」と耳元から聞こえてくる。


「リオンも活躍したんだろ?」

「もちろんだよ! 結構なプレイヤーを撃破したと思う。有名どころの人も、殺しちゃったらしいし」

「それはそれは……。次、PK戦あったら、そのプレイヤーから、完全に狙われるな?」


「そうかも……」と、リオンのため息が聞こえてくる。


「クズにゃん! リオーン! 聞こえる?」

「聞こえる」

「聞こえるよ! ココ」

「すごい活躍だったね! イベント中は、集中が切れるといけないから、こちらからは話さなかったけど、クズにゃんの活躍は、かなりすごいと思うよ! 映像中継、ほとんどが、クズにゃんだったからね。ド派手に戦ったかいがあるねぇ!」

「……俺的には、かなり地味に削っていったって感じだったんだけど」

「映像的には、他を追随しないくらい、迫力満点のエフェクト祭り! 映画でも見ているかのようなワクワク感が、たまんなかったよ!」

「……ココミが、すごい興奮してるけど、その映像、本当に俺だったのか?」

「どんな戦い方をしたか、私もみたかった! ココ、映像って再配信あるかなぁ?」

「あたい、撮ってあるから、後で見せてあげるよ! クズにゃんも見る?」


 俺は、返事に困りながらも、データをメールに送ってくれるようココミに頼んだ。リオンたちと見るには、恥ずかしかったから、あとでこっそり見ようと思った。


 広場は未だにごった返している。みながこの場を動かないのには理由があり、今か今かと待っているのだ。今から、イベントの表彰式があり、上位入賞者のお披露目もある。表彰と同時に、アップデートされたばかりの家を買う権利が渡されるらしい。

 俺も、最後まで残っていたので、その場で待っていた。ヒソヒソと俺のことを話す声が聞こえ、指を刺されたりすることに耐えられない。「陰キャ」と笑われるのではなく、今のイベントでの注目と賞賛のためにだ。俺が立っているところから、集まっていた観戦者たちに少し距離を置かれてしまった。

 かなり周りの視線が気になったので、気配を消したうえで、シラタマに作ってもらった普通の服に着替える。

 これで、クズイと服装が変わったので、目立たないだろう。いや、ネコネコシリーズのひとつではあるので、可愛い服には、女の子の注目は受けているようだ。

 猫耳フードを目深にかぶる。トラ猫のような服なのだが、着心地はとてもよかった。

 視線が和らいだところで、周りの言葉に耳を傾けた。


「アイツ、まぢですげぇーよな?」

「アイツって、もしかしなくても、サイレントキラー?」

「そうそう。リオンといい勝負なんじゃないか?」


 ランキングでは、一位にやはりと言ってもいいだろう。予想通り、リオンが1位となった。観客たちも大いに沸いている。僅差で、俺が二位となったことで、無名のプレイヤー『クズイ』は、この日、一躍有名人となる。


 表彰のため、前に向かう。その場に立つときは、もちろん、ネコネコシリーズ『黒猫』に着替え直しておく。

 表彰式でマイクを渡され、イベントの感想なんかを言わされることに。


「今日のイベントはいかがでしたか?」

「……まさか、自分がこのような順ひ……に、なれるとは思っておらず……うれしいでしゅ……」


 ……あぁ、噛んだ。


 フードも、もちろん取らないとダメで、緊張しすぎて噛みまくった。一位の台の上でクスクス笑っているリオンを睨み、マイクを渡す。こちらはさすがで、スラスラ挨拶してしまう。


 ……俺、かなり、恥ずかしい。


「流石に疲れたね?」


 表彰台の隣に並ぶリオンが、俺に話しかけてきた。大きなメダルと大きなトロフィーを持ちながら、愛想笑いも飽きたという表情だ。


「今、ココから連絡あったでしょ?」

「家の内見できるようになったって来てたな」

「時間、まだ大丈夫だったら、これから見に行かない?」


 表彰式が無難に終わったあと、取り囲まれないように、先ほどのトラ猫の服にもう一度着替えて、サッとココミの店に逃げ隠れた。リオンも俺に続いてココミの店に入ってくる。


「ただいま」と店に入ったら、「おかえりにゃ」とシラタマが目を輝かせてこちらを見ている。三ヶ月そこらのオンラインゲームで、PK戦の一位と二位が目の前にいるのだから、興奮しているのだろう。


「ん……スッゴイにゃ! リオンはわかっていたけど、クズイがすごいにゃ! さすが、みゃーの愛弟子にゃ!」

「弟子になったつもりはないけどな?」

「細かいことはいいにゃ!」


 トコトコ歩いてきて、俺の背中をバンバン叩く。余程、嬉しかったのだろう。シラタマは俺に抱きついて離れなくなってしまった。そんなシラタマを二人が暖かい目で見ていた。


「そうだ! ココはこの後、時間ある?」

「大丈夫だよ! 早速、内見に行く?」


 察しのいいココミが、サッと家のカタログを並べた。良さそうなものだけ選んだと、先に目星をつけてくれたらしい。


「家の購入にはリーダーを決めないといけないらしいんだ。どうする?」

「リオンがいいんじゃないか?」

「私? 私はクズイくんがいいと思う」

「俺? 俺はありえないって。ココミはどう?」


 二人を見比べるココミはニッコリ笑った。


 ……あっ、ダメなヤツだ。


 悟ったときには、いい笑顔でこちらを見るココミとシラタマ。


「クズにゃんがいいと思う」

「じゃあ、二対一でクズイくんに決定しました!」

「あっ、おい!」

「昨日、話したんだよね。リーダーは誰かって。それで、ねぇ?」


「……結託かよ」と呟けば、二人と一匹がニシシと笑う。俺もつられて笑った。


 その後は、ココミが選んでくれた家を見に行く。どれもこれも捨てがたいが、三人とも違うなぁとなっていった。時間がすぎ、残りの一軒は、リオンと二人で見に行くことになった。


「今日は流石に疲れたから……」そう言って、俺とココミはログアウトした。シラタマとリオンだけが残り、店番に戻るらしい。



 ログアウトしたあとは、兄に捕まり今日の話をした。「すごかった」と褒めてくれる兄。久しぶりの感覚に嬉しかった。夕飯でもその話で盛り上がり、楽しい休日となった。



「ヤースー!」

「翔也、はよ」

「『はよ』じゃねぇーわ! 昨日のあれ、超ヤバかったな?」

「あぁ、リオンだろ? ログアウトしてから……」

「違うよ、お前だ! お・ま・え! お前のほうだ、ヤス!」


 昨日、ずっと観戦してたらしい。画面に映る俺を見て、ずっと騒いでいたらしい。ログアウトしてからリオンの映像は確認していたが、ココミにもらった自身の映像はしていなかったので、翔也の熱量がわからない。


「あんなに強いのか?」

「レベルあげてるから、そこそこは。リオンほどじゃないよ」

「それでも僅差だっただろ?」

「無名の俺なら殺せると思われたから人が集まっただけだよ。それで狩りたい放題。本当にありがたい」


「そんなもんなのか?」と翔也がこちらを見てくる。「そうそう」と笑っておいた。実際、無名の俺ならと挑んできたプレイヤーは多かったはずだ。イベント中であれば、他のプレイヤーと情報共有もできないので、俺のプレイスタイルが誰かに漏れることもなかった。氷の鳥籠を見たプレイヤーは、俺から逃げることができなかったのだから。これ幸いとおいしくいただいただけだ。


 教室に入ると、いつも通りの日常だった。ただ一つ違うと言えば、珍しく本鈴と同時に、大慌てで里緒が入って来たことだった。はぁはぁと息を切らし、長い髪をかきあげた。


「おはよう、葛井くん」


 見ていたのがバレたのか、里緒に挨拶され、俺はタジタジになる。小さな声で「おはよう」と挨拶を返すと、里緒は、にぃっと笑う。


 どこかで見たことあるような笑いかただな?


 見惚れていたら授業は始まっていたようで、早速「葛井」と先生に呼ばれることになった。



 5時限目の担任の授業が終わったあと、進路のことで話があると、担任から放課後に呼び出された。約束があるのにとは、もちろん断れない。学生の本分を忘れていたら、今度こそ、母にゲームは捨てられてしまうだろう。

 席に戻ると、翔也が「なんだった?」と聞きに来ていた。進路のことだといえば、小難しい表情をしている。俺は『約束の時間には行けない』と、リオンに連絡をしないといけないと思いスマホをとる。翔也が進路の話をしていたので、適当に相槌を打っておく。


『リオン、悪いんだけど、学校で進路の話をするのに、担任から残るように言われてるから、約束の時間に遅れる。必ず行くから待っていてくれ』


 メッセージを送信しましたと、ポップが表示される。


 ……これで、遅れても待っていてくれるだろう。


「あっ、クズイくんからだ」


 里緒の言葉に最初に反応したのは、他でもないマナだった。


「里緒、クズイって誰? 私の知ってる人? 何者?」


 大きな声で里緒を捲し立てるマナの勢いに、周りは驚いている。里緒も宥めようとマナに言葉をかけているが、マナの口から『クズイ』と何度も聞こえてくれば、俺は正常ではいられない。


 ……『クズイ』って、まさかだよな? そんなこと?


「な、なぁ……ヤス?」


 翔也に呼びかけられたようだが耳に入ってこない。ジッと里緒の方を見ていると、不意にマナと目が合ってしまった。


「オタクがこっちみてんじゃねーぞ! 今は里緒の口から出てきたヤツを……」

「もう辞めなよ! マナ。いうから、ねっ? ちょっと落ち着こう?」


 里緒は、ひたすら暴れたり、まわりに八つ当たりしているマナを宥めていた。可哀想なほど困った里緒の表情を見て、ますます誰かに似ているような気がしてきた。


「……『リオン』」


 思わず口から出た名に振り返った里緒。目が合ったときには、目を大きく見開き、驚いていた。それと同時に戸惑いも見せる。


「……ク、クズイ、くんなの?」


 その瞬間、世界が停止した気がした。この教室の小さな世界で、トップにいる里緒と底辺にいる俺。どうみても不釣り合いな二人が、お互いのことを知ったとき、何かが弾けた気がした。

 実際は、マナにグーで頬を殴られ、床に倒れたのだが。


「マナっ!」

「葛井くん!」


 流石にみてられないと、里緒たちといつも一緒にいた男子たちが、マナを押さえてくれる。逆に、里緒が倒れた俺に駆け寄ってきた。


「大丈夫?」

「……痛いけど、まぁわりと。兄弟喧嘩に比べたら、まだ、マシかな?」


 不意打ちだったことで、口の中を切ったようで、血の味がしたが仕方がない。食事のとき、痛いのを我慢しないといけないと頭によぎったが、今はそれどころではないはずだ。


「あっちの世界では、私の次に強いのにね?」


 クスクス笑いながら里緒は立ち上がって、俺に手を差し出してくれる。その手を取って、俺も立ち上がった。


「それは言わないで。現実では、わりと鈍臭いんだよ。シラタマを笑えないくらいには」

「シラタマね。たしかに」


 シラタマを思い浮かべて笑う里緒は、ゲームの中で会うリオンそのものだった。次の瞬間、笑っていた里緒の目はつりあがる。振り返った里緒のその視線は、マナに向けられ、騒いでいたマナは一瞬で黙ってしまった。

 強面のプレイヤーもリオンに睨まれたら黙ると聞いたことがあるのだが、まさに今がそうだ。戦闘に入る前のリオンの雰囲気を里緒は漂わせ、何も寄せ付けないほど冷たい空気を纏った。


「マナ?」

「……り……里緒」

「まずは、葛井くんに謝ろうか?」

「いやだ! なんで、私がこんなオタクに! 里緒は、いったいどうしちゃったの? こんなオタクを庇うなんて」

「オタク? 私の仲間を悪く言わないでくれるかな? 葛井くんは、私にとって唯一無二の大事な人だよ?」

「……な、なんで、里緒!」


 はぁ……と、里緒が大きなため息をついた。里緒の怒気に、ブルブルと震えながらも、マナは果敢に攻めている。マナちゃんならぬ、死を覚悟して、最後の気力を振り絞った『うさぴょん』のようだ。


「どうしちゃったの?」


 ……すげぇな。この状態の一条さんに立ち向かうとは。俺には、現実でもゲーム内でも、絶対無理だ。まだ、階層主を前にした方がマシ。

 一条さんは、周りに隠してきたことを言うつもりなのだろうか?


 視線をマナから外し、里緒はこちらに向けた。俺に対しては怒気はなく、少しホッとする。


「葛井くん、スマホを貸してくれる?」

「いいけど、壊すなよ?」

「わかってるわ」


 俺のスマホのロック画面を見ている。昨日撮ったばかりの、俺、リオン、ココミ、シラタマの写真があり、それを見て嬉しそうにしている。次の瞬間には、スッと冷たい空気に変わったあと、俺のスマホのロック画面をマナに見せた。


「マナが、ずっと、バカにしていたゲーム、私もしているの。これが私。隣がクズイくん」


 マナに見せると、震えるようにしてヘタリと座ってしまう。「里緒が、里緒が……」と呟きながら。


「私、このゲームの中では、最強だし、クズイくんに言われるまでもなく、自身が廃ゲーマーだって自覚もあるよ。ここ2ヶ月、マナの誘いを断っていたのは、学校が終わってすぐから、毎日、ずっと、ゲームに潜っていたから。他に聞きたいことある? 私も蔑む?」


 里緒がマナに強い視線を送ると、小さく「ごめんなさい」とマナは言った。何に対してかはわからなかったが、俺はそれ以上何も言わなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

よかったよと思っていただけた読者様。

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