第20話 湖の主を倒してしまおうにゃ!
ここまでの道のりや歩くスピードを考えれば、思ったより時間はかからずに目的地へこれたように思える。ココミの鈍足にも根気よく付き合えた。
「帰り、もし、ココミが嫌じゃなければ、街の近くまでおぶるけど……」
「あっ、クズにゃんいいの? それ、マジ助かる! あたいをおぶってくれるっていうなら、ここへ来るときもそうしてもらえばよかったな」
あっけらかんというココミに、言い出した俺の方が羞恥でどうにかなってしまいそうだ。ゲームの中とはいえ、ココミに触れてもいいものか悩んだ末に聞いたのだから。
ココミは、ふだんは作業着としてつなぎを着ている。だから、今まであまり意識をしていなかったが、フィールドへ出るときは、防具に変えるため、見た目が変わった。丈の短めのタンクトップに短パン、ショートブーツと、露出が増えて目のやり場に、若干困る。
ハーフドワーフということで、背丈は若干小さい。つなぎを着ているときにはずんぐりむっくりしているように見えたが、実際は全然違った。
「あぁー、クズにゃん、あたいのことを小学生みたいって思っただろ?」
「……いや、そんなことはないけど」
「幼女趣味はないんだけど、鍛冶師に最適なのはドワーフなんだよ。さすがにドワーフにしてしまうと、本当にずんぐりしてしまうから、種族をちょっと混ぜてみた。今のところ、このゲーム内では、唯一無二の存在」
短パンからのぞく足は、意外とすらっとしている。普段、武具を作っているだけあって、小さいながらも腕回りは若干太いように感じた。
「武器はこれと」と見せてもらったのは、先程から大活躍していた巨大ハンマーだ。
「持ってみるか?」
「いや、やめとく。たぶん、筋力てきに、俺には持つことすら無理だ」
そういうと嬉しそうにココミは笑う。店にいるThe職人なココミとは違い、あどけない表情もするので、こちらが翻弄されていく。
「さて、せっかく湖まで来たんだから、まずは釣りでもしよう。素材採集、素材採集。釣りをしているうちに、リオンも来るかもしれないし」
ハンマーを小さくして横に置き、桟橋から釣り竿をたらす。ココミの横に座り、俺も釣り糸をたらした。
足をプラプラさせながら、獲物がかかるのをじっと待つ。現実世界では、インドアな俺でも、ゲームの中では、超アウトドアなわけで、意外と釣りは、他のゲームでは、経験済みだ。もちろん、ボスを倒すためのフラグで釣りをしないといけないという理由もあったわけだが……。
ぼんやりする暇もないほど、すぐに引く釣り竿。撓る竿を引き上げると魚が何匹もついていた。
「クズにゃんはさすがだな。一気に三匹とか。ステータス、どうなってんの?」
「ステータスは……まぁ。あはははは……。三匹も釣れるとは思ってもみなかったよ。釣りはリアルでは全然しないけど、釣れると嬉しいな」
「あぁ、そうだろ? ちなみにそれもモンスターの一種だから、剣の腹をちょんと当てておいて。そうすると、こんなふうに素材に変わる」
ココミが桟橋で跳ねている魚のうち、一番手近にいた魚をハンマーでコツンと叩くと、素材になった。それを見て、「わかった」とココミに言われた通り、剣をビタンビタンと魚たちにあてていく。そのあとも、入れ食い状態で桟橋には、すぐに魚が打ちあがる。それらを、釣りながら剣を当てて行けば、アイテムに変わってみるみるうちに積み上がる。
「アイテムは都度収納した方がいい。今は穏やかだけど、大型のモンスターもこの湖にはいるから、逃げる場合もあるし、そのとき悠長にアイテムを拾っている時間がないから」
「ココミは何でも知ってるんだな?」
「だてに、β版からもぐってないよ」
「β版当たったのか? いいな」
「落ちたのか?」
「あぁ」と返事をすると同時に、撓る釣り竿を引き上げる。同じ作業を淡々としながら、3ヶ月もゲームにもぐれなかった愚痴話をする。ココミはおもしろそうに笑いながら、今、公開されている三層までの話をいろいろとしてくれた。アイテムの話が多いが、職業柄であろう。どの素材がどれくらい集まったら、何になるという話が多く、今後の武具を作るためになった。
「まだ、クズにゃんは、1層だっけ?」
「そう。回っていない場所も多いからな……」
「そっか。まぁ、フィールドをゆっくり回るのもいいけど、2層は一応行っといた方がいいぞ。できれば、今日中に」
「えっ? なんで?」
「明日のイベント。どこの階層を制覇しているのか、参加者リストに表示されるらしい。1層しか探索できてないとなると、階層主を倒せていないとみなされて、中級冒険者に狙われる可能性が高いから」
「なるほど……。それは、嫌だな。最後まで、生き残りたいんだよなぁ。家を買うには、資金がいるし」
「それもそうだね。あたいは、参加しないから……二人で稼いでもらわないとダメだし」
「ココミは、今、三層なのか?」
「いや、二層。三層に行く前に、ダンジョンの中で、パーティーに捨てられたから、まだ行けてない」
「ダンジョンの中で? どうやって帰還したんだ?」
「聞くまでもないよ。始まりの町への死に戻りだよ」
「酷いことするヤツらもいるんだな。俺は、それに比べて、恵まれた感じだなぁ」
「本当にな」
少し悲しそうに俯くココミに、俺はどういう言葉をかけたらいいのかわからなかった。ただ、これだけはいえるんじゃないかと、今の俺の素直な気持ちをココミに提案することにした。俺の提案に、ココミと一緒に冒険をしたいと言っていたリオンも反対はしないはずだ。
「じゃあ、リオンが来たら、三層まで一緒に目指さないか? 今日は予定ある?」
ココミが驚いたように肩をピクリと動かした。下を向いていたので、表情が見れなかった。しばしの沈黙のあと、「……いいのか?」と戸惑いがちにココミは聞いてきた。
「いいも悪いも、これからリオン含めて、三人でパーティー組んだんだから、いいに決まっているだろう? 一緒に冒険しようってリオンが、昨日言ってたじゃないか」
「確かに。あたいは、あのことがあってから、自分のことをお荷物だって思ってるから、クズにゃんの提案が嬉しくて」
「ココミがお荷物って……本当、元のパーティーって、ろくな感じじゃないよな? ココミって、メチャクチャ強いじゃん! 俺にはない強さがあって、尊敬してるよ」
「クズにゃんって、調子いいよね……? リアルでも、軽いとかないよね……」
励ますようにココミに笑いかけると呆れながらココミは頷いた。そのとき、俺の釣り竿が、大きくわななく。
「……かなりの大物?」
「……見た感じ、だろうな。あたいも手伝う!」
ココミは持っていた釣り竿を桟橋に置き、俺の後ろから抱きつくようにして引っ張ってくれる。さすが、攻撃特化の極振り。重かった釣竿でもすぐに引き上げられる。
「飛び跳ねた!」
次の瞬間には大物だと騒いでいた魚より、さらに大きな特大魚が吊り上げようとする魚に食らいつく!
「やべぇ、あれはさすがに無理だ!」
「もしかしなくても、この湖の主だったり?」
「そうだろうけど……」
にぃっと笑う。俺は笑う。目の前に現れた強敵に。
……あのデカ物、倒したい!
「ココミ、釣り竿を離す」
「あっ、えっ、わかったって、何する気?」
「じゃあ、俺、行ってくる!」
「待って! クズにゃん!」
ココミが叫んだ瞬間、俺は釣竿を双剣に持ち替えて湖の中へと飛び込んだ。先ほど、獲物を追いかけて飛び跳ねたこの湖の主と対決するために。
……酸素って、どれくらい持つんだろ?
確認もせずに、ただ、湖の主と戦いたいだけで、衝動的に潜り込んでしまったため準備不足、確認不足だ。釣り竿を咥えたままの主と相対した。
……こうやってみるとデカい鯉だな。
ついてきた俺に主も気が付いたようで、こちらに向かって突進してくる。このまま飲み込むつもりなのかもしれない。
……そうは、いくかよ!
突っ込んできた主をひらりと避けたが水中だ。思ったほど避けきれていない。主が動いたその衝撃だけで、吹っ飛んでしまう。そのあとも、主は執拗に追いかけてくる。こちらから仕掛けるしかないのかと、すれ違いざまにひれに取りついて思いっきりひれの付け根に剣をぶっさした。エフェクトは、流れていくものの、さすがに主だ。こんなちんけな攻撃ではHPもほとんど減らない。
……このあいだのボスがただのモブに思えるくらい、強いじゃん! これくらいじゃないとな。
魔法も使えないしと思いながら、地味にぶすぶすとさしていく。主の方も小さな羽虫のような俺がチクチクと刺してくることが気になるのか、手下を召喚し、こちらにあててこようとしている。
……さすがに、離れないとヤバそうだ。
泳いでいき、手下どもに手をかけていく。最後の一匹になったところで、主はそれごと俺を喰ってしまった。
……やられた。手下に夢中になりすぎた。警戒はしていたはずなんだけどな。
酸素もそろそろと思っていた矢先だったが、どうやら、この主の中は水でなく酸素が存在している。ただ、同時に腹の中でもあるので、酸もあり、先程のみこまれた魚が解け始めていた。
「ぐずぐずとしているわけにはいかないってことか……俺もあぁなる前に出ないと」
黒光りしている双剣を身構える。ネコネコシリーズには自動修復があるとシラタマが言っていた。完全に防具が無くなることはないにしても、HPが底をついて死ぬことはあり得る。
とにかく、主を殺してしまわないと……。
タイムリミットがあることを頭にいれ、主の内側から暴れ回った。酸素があれば、死を待つだけでなく、攻撃をすることは可能だ。魚が完全に溶け切ったころ、こちらもいよいよという感じだった。
先ほどのココミの攻撃を思い浮かべ、大槌の風圧を応用するように、双剣を振る。何が起こるのか、起こってほしいのか明確にイメージをしながら、何度も何度も剣を振れば、『扇風剣』とスキル名ができ、とうとう攻撃スキルとして活用できるようになった。
……ギリギリだな。
次の瞬間、イメージを膨らました、風の刃は内側から主を半分に切ってしまい、中へと一気に水が入ってきた。
……剣技を使えたことはいいけど、俺、このままだと水没死しそう。
馬鹿なことを考えていたら、引き上げてくれる手があった。その手をギュっと握れば、水面から顔を出していた。
「……クズイくん、無理はしないでよ!」
少し怒ったようで、目を赤くさせるにリオンに謝り、倒した主を拾いに向かう。アイテムに変えられるので、それを引きずったまま戻ると、ココミがホッとしていた。
「よかった……急に、湖に飛び込むんだもん!」
「悪かったな?」
「いいよ、無事なら。リオンも、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして!」
地面に置いたら、主はアイテムに変わる。どれもこれも貴重なものらしく、ココミは跳ねて喜ぶ。それをリオンと二人で眺めていたら宝箱が出現した。
開いてみれば、中にはやはりと言ってもいいだろう……ネコネコシリーズの腕輪が入っている。そこには、青い石がはめ込まれており、他に5種類の石が入るようになっている。
「これ魔法の増幅器とか、魔法が使えるようになるとかの腕輪かな?」
「どのみち、クズにゃんしか使えないものだね」
腕輪を見て、ココミが鑑定をする。
「魔法が使えるようになるとか、イベント前にいいものが手に入ったね」
「青色だから、水とか氷とか使える感じかな?」
「そうみたい。これ、全部の石を集めてはめ込めれば、全属性の魔法が使えるようになるかも。まぁ、訓練は必要だろうけどね?」
ココミの一言でリオンが笑う。つられて俺も笑う。「帰ってイベント会議しようか」とココミが言うので、「賛成」と言って街へと戻ることに。もちろん、ここへ来てからココミと話したとおり、俺がココミをおぶっていくと、リオンの視線は氷より冷たいものであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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