第18章 雪月花の簪
俺と太郎が城から戻った翌日。
俺は早々に三匹と一緒に山の自宅へ戻り、早速依頼された簪の修理をしていた。
修理する俺の傍にて亀太郎と鳥次郎は簪をじっと近くで見ており、蜥三郎は座布団から宗助の様子を眺めている。呼吸が義晴様の城に行く前よりも安定してるから少し体調が良くなったみたいだ。
簪は大きく亀裂があったが木片を埋めて、接着。完全にくっついた後に鑢で境目を自然に馴染ませる。
蝶の体の部分だったから、修繕箇所はかなり小さいけども一度作ったのだからすぐに出来るものだ。
「さて、体の部分は終ったから…後は羽の部分だな」
俺は布を入れている箱から布を取り出して同じ色を探す。
この簪は元々は藍色の羽だけなのだが、修復する際に少しアレンジしよう。あのお嬢さんの髪には紫色も合うと思うから布を少しだけ増やして羽に少しボリュームをつけようかな。
そんなゆっくりとした時間を過ごしていた。
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義晴は早速宗助が城から帰った翌日に村に来ていた。今日は宗助に会う前に確認したいことがあった。
おゆきの簪について。
義晴は村長からおゆきの所在を聞いている最中におゆきが村長の家にやってきた。
「義晴様が私を探していると聞いたのですが…」
と答えるおゆきに義晴が、雪月花の簪からかと聞けば彼女はにっこりと笑った。
「今日はその簪について聞きたくてな、いつからその簪の力を使っていた?」
「秋が深まった頃からです」
「…確か夏の終わりにはもうつけていたな」
「はい」
おゆきは淡々と義晴の質問に返答していく。
冬が終わりに近づいているというのに、寒さを感じ義晴は問いの内容次第では吹雪を浴びるかもしれないなと少し緊張してきた。
「…お前が宗助を狙う女を氷漬けにしたと聞いた、それが力の始まりか?」
「いいえ、雪月花の意思を感じたのはもう少し前の事で…順番に説明を致しましょうか?」
「頼む」
おゆきは少し長くなると前置きをすると雪月花の簪との初めての出会いから語った。
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おゆきがまず初めに語ったのは夏の半ばに差し掛かった頃の事だった。
宗助が自身の工房にて数本の木材を同じ大きさに切っていたので、おゆきはこれはなにかと聞けば、宗助は生計を立てるための金策の一つで簪を売ろうかと思っていると教えてくれた。
簪ならば確かに需要はあるなとおゆきは納得し、生計を立てるのはいいことだと応援をしたのだが、その際に宗助から好きな花はあるかと聞かれた。
「最初におゆきに簪を作ってやる、好きな花はあるか?」
何気なく聞く宗助に驚きつつも、おゆきは嬉しかった。
最初に自分の簪を作ってくれるのかと。何よりも長い付き合い故に宗助は下心のない、純粋な好意から言ってくれていることも分かっていたから。
「雪月花、私は雪月花が好きよ」
「…あぁ、わかった、村長の庭に咲いてた雪月花だな」
「うん、白い牡丹のやつ」
宗助はそういうと数日程待ってくれと言って木の棒を一つ手に取ると堀りはじめたので、おゆきは楽しみにしてるわと返して、その場を後にした。
それから数日した後、宣言通りに宗助は約束してたやつだと簪を渡した。
只、おゆきはまさか村の中で渡されるとは思わず、ポカンと口を開けたが…すぐに、宗助が”簪をあげることは求婚を申し込むことだ”と思ってないのではという疑問が頭を過り、村の大人達に誤解をさせないように口を開こうとしたがその前に太郎が宗助の前に立った。
太郎もその場におり、ぎょっとし顔をして意味をわかってやってるんだな!?と宗助の肩を掴んだ。
だが宗助は、みんなにも要望聞いて作るけど、何か駄目なのか?と逆に首を傾げてしまった。
この様子におゆきはやっぱり、分かっていないのかと首を横に振り、太郎に宗助が簪にまつわることは知らないのだろうと伝えた。
太郎はその事実に息が止まり、簪をむやみにあげたら駄目だと叱り、もしあげたい人が出来たら必ず自分とおゆき、義晴と三九郎に相談することを誓わされた。
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃねぇんだよ、馬鹿野郎っ…!」
「太郎、もう宗助ちゃんにはその時が来たら教えましょう…今、言ってもあまり効果はない気がするわ」
「ぐぬぬ…、絶対に相談しろ!特に義晴様か三九郎さんに!」
おゆきも同じくそうして欲しいと頷く。
太郎とおゆきの中では義晴は少し面倒だが宗助の保護者になりえる人物で、三九郎は一番大人で冷静に宗助に対応してくれる人物だからだ。
後ろで村長が「儂は?」と言ったが二人は無視し、村の者は頼むから変な女には捕まらないでくれよと内心でかなりの心配していた。
この事で後に義晴と三九郎は本気で頭を悩ませる事になるのであったがそこは大人に任せようとおゆきは思ったのである。
おゆきは一息、呼吸をして落ち着くとせっかくだからと貰い立ての簪を髪に差すことにした。
差しやすく、また頭を軽く振って落ちないことも確認したおゆきは宗助に使いやすい簪だと感想を伝えれば、宗助は良かったと笑った。
太郎からよく似合うという言葉を貰い、おゆきは笑み浮かべる中でおゆきはひやりとした風を感じた。
他の村人にも簪の要望を聞く宗助の視界からそっと後ろに下がって外れたおゆきは横を見れば、銀の髪と氷を思わせる淡い青の目をした美しい女がおゆきの肩に手を添えていた。
「あなた…」
思わず出た言葉を飲みこみ、宗助が気づいていないことを確認すれば目の前の美しい女は次におゆきの頬に手を添えた。
《はじめまして、おゆきさま…私は、雪月花の簪の化身にございます》
おゆきはやはりと目だけで向ければ、美しい女…雪月花の簪は目を細め、嬉しそうに笑っていた。
冬の空気を思わせる冷たい雰囲気だがその顔は優しい表情をしていた。
《うふふっ、えぇ、我々の事はお父様にはご内密でお願い致しますわ》
《これより、末永くお願い致しますわ、おゆき様》
おゆきは太郎の後ろに移動して姿を隠すと雪月花の簪の化身に向かい頷く。
そのおゆきの頷きに満足そうに笑うと彼女は雪の結晶と共に消えた。夏の暑さが残る風で雪に結晶はすぐに消えたので宗助も村の者もそれには気付かなかったが、すぐ近くにいた太郎は冷たい風に一度だけおゆきを見た。
が、すぐに宗助に視線を戻し、何もなかったように振る舞っていたのだった。
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時が過ぎて、ある日、他所の村の集まりにおゆきは参加することになった。
楚那村では唯一の若い女子であるおゆきに友人を作らせるためと共に連れていき、他の村の若い女子達と話させるためだった。
その集まりに参加をさせられたのだが、おゆきはいつも共にいるのは異性の宗助と太郎であることからも女子同士のお喋りは中々にない経験であり、素直に楽しんだ。
自分達の住む村の村長からおゆきが只一人の若い娘であると聞いたからか、普段の暮らしの様子を聞く他の村の女子達に義晴関連の事は避けて、宗助や太郎の事を伝えた。
自身の簪も宗助が職人になるので作ってくれた物で、今は多くの簪を花衣屋という店に卸していると小さく宣伝もして。
美しい雪月花の簪はおしゃれ好きな女子の目から見ても美しく、素敵な作品を作る職人なのねと素直な賞賛の声がおゆきは宗助は繫盛目なしに見ても腕のいい職人なのだと分かり、嬉しかった。
その中で一人がおゆきの簪を見てもしやと声を上げた。
「花衣屋…、はっ!も、もしかして、その職人って、天野宗助職人!?今、常和の町で話題の職人の!!」
「え、あの天野宗助職人!?」
天野宗助職人の簪と聞き、遠くで話していた女子達が集まってくる。
おゆきの髪にある雪月花の簪を見て、目を輝かせる。
これにはおゆきも驚きだった。まさかそんなに人気だったとは。
宗助の腕がいいのは分かっていたことではあるが、ここまで人気のあるなんて、と。
「簪を作って売ると計画した時に、練習の一つで作ってくれたの」
「やーん、天野職人って優しいのねー!!」
「その後に村のお婆ちゃん達にも渡して練習してたの、その成果が出たのは頑張ってるのを見ていたから嬉しいわ」
「おゆきちゃん、何だかお母さんみたいね」
うふふっと笑う他の村の子におゆきはまぁ、似たような感情だと自分でも思っているので同意する。
その後もわいわいと話すおゆきと女達。
和やかな空気が流れている中で、少し離れた所にいた女達がにやにやとした顔で声高く話し始めた。
「ということは、天野って職人は稼げてるんだよねぇ?」
「ならぁ、そいつの元に行けば…金に困らないんじゃない?」
ぴたりとおゆきの動きが止まる。
「その天野って職人中々に有名みたいだし、貢がせるのありじゃない?」
「てか、私好みの簪とか作って欲しいかも、金色で派手なやつとか!」
「噂で聞いた話じゃ、作ったやつが花衣屋に並ぶくらいだし繫盛してるんじゃん!かなりいいじゃない!」
はははっと笑いながら話す女達、しかし内容があまりにもいいものではないので周りは眉を顰めていた。
この女達はおゆきをなめていた。調子に乗っていた。
若者がほとんどいない村の娘等大人しくて言い返せないに決まっていると、好き放題に言っているのだ。
「そうだ、そいつに酒でも飲ませて眠らせて、孕されたー!って言えばいいんじゃない?責任取るみたいにして婚姻させようかな?顔は知らないけど金はあるみたいだし飼いならせば最高じゃない、狙うのありだよね」
「いいんじゃない?女を知らなさそうだからすぐに騙せそう」
「金あるんだしお近づきになりた~い、一生お金に困らなさそう!」
「それで脅せば他の男の所に行っててもなんも言わないだろうし」
流石にやばいだろうと他の女達が注意しようと口を開こうとする前に、凍えるような空気がして口が閉じる。
何だと辺りを見回したものは集まりのために建てられた大きな屋敷の中で季節外れの雪が降り始めた事に気付いた。
「今、なんて言ったのかしら…?」
おゆきの目から光が消えていた。彼女が立ち上がり、とんでもない発言をした女達に向かいゆっくりとした歩みで近づいていく。
彼女が一歩ずつ歩むたびに雪はどんどん吹雪いていき、おゆきの後ろに霜が降りていた。
おゆきの様子が変わったことに気付き、周りにいた女達は一歩、いや五歩は距離をとるために下がった。
おゆきの髪が解かれて、独りでに髪が結われていく。
無地の着物は白く、雪の結晶と雪月花が模様にある美しい着物へ変わり、蒼色の帯が結ばれた。
おゆきの後ろに銀髪の女が現れて、おゆきの肩に手を置き、怪しく笑う。
「宗助ちゃんを、何だって?」
こてんと首を傾げる仕草は本来は可愛いらしいもののはずなのに、今のおゆきを見た者はその仕草に恐怖を感じた。
特に今、おゆきの目の前にいる女達にとっては。
一切の表情がなく、氷のような冷たい目。
その目を向けられ、先ほどまで軽快に話していた女の口は凍り付いたかのように開けなくなった。
「どうしたの?先ほどまで甲高く、卑しい程にぺちゃくちゃと話していたじゃない」
《えぇ、本当に卑しくて、聞いている耳が腐りそうでしたわ》
”金になりそう”、”女を知らなさそうで、騙しやすそう”、”少し他に目をやっても怒らなさそうな都合がいい、”飼いならせば最高そう”、”お近づきなれれば一生困らなさそう”…だったかしら、と先ほど女達が話していた事を一つ一つ復唱するおゆきと銀髪の女。
復唱をするたびに女達の体は足元から凍り付き、氷に覆われる。
口が開けないので大きな声を出せない中で必死に許しを請うように泣き、くぐもった声を上げるが…もう遅かった。
「あなた達みたいなお馬鹿さんを、宗助ちゃんに近づけさせるわけないでしょう」
この私が、と目で語るおゆき。
黒色のはずの彼女の目は氷を思わせる薄い青に染まっていく。その目は銀髪の女と同じ色をしていた。
にこりと静かに、氷のような冷たい笑みを浮かべるおゆきは腰まで凍り付いた女の額に手を伸ばす。
「宗助ちゃんの友人になりたいとか仲良くなってくれる、純粋な思いを持つ人なら私は何も思わないし、どちらかと言えば喜んで仲良くなるお手伝いしたいわ、でも」
とん、と軽く額を小突いたおゆき。
指を離した瞬間に完全に凍り付き、間近で見ていた女の友人は声にならない悲鳴をあげる。
もう一度言おう。女達は侮っていたのだ、おゆきを大人しそうだと。幼馴染の男二人としか交流がないなら何言っても言い返さないだろうと。謂わば、調子に乗ってしまった。
調子に乗ってしまって藪をつつき蛇を出すどころか、龍を、いや雪女を出してしまったのだ。
「悪い事をする人が友人なんて駄目よ、許せないの」
そう静かに言いながら二人目の額をとんと押す。
「私も、雪月花も…だから、覚えておいて」
最後の女は涙を流して、許してと口を開けずに叫ぶがおゆきは煩わしそうに手を払った。
「宗助ちゃんに近づくな、この性格醜女共が」
とん。
その小さな音と共に最後の女も凍り付いた。
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「これが顛末ですね」
おゆきが淡々と語る出来事の詳細に義晴は口元がひきつり、三九郎は顔を青ざめて腕を擦る。
念のためといた村長はいつ聞いても恐ろしい話だと口を歪んだ線にして表情が表に出るのを耐えた。
「あ、一応会議が終われば雪月花が溶かしてましたけど…私を見た途端に悲鳴をあげて逃げてしまわれたので、その後はお会いしてないですね」
「…他の村からの反応は?」
「楚那村には怒らせたら怖い女がいる…な話が出たくらいでしょうか、まぁ女達が話した内容が内容なので怒るのは仕方ないとお咎めないしですね」
特にどう思われようが気にしてないという風に話すおゆきに義晴は女って怖ぇ…と思い知る。
義晴はそこからこの村を守っているのかと気を取り直して聞けば、おゆきは頷いた。
「武では太郎がいますが、流石に一人では無理でしょうから…といっても露払い程度ですけどね」
「その露払い程度が雪女の噂になってるが」
「まぁ、誰かしら?人を妖怪のように呼ぶなんて…凍らせてしまおうかしら」
「おい」
冗談ですよと笑うお雪の後ろから、肩に手を添えて現れた銀の髪の女が同じく笑う姿に義晴はやれやれとため息をつく。
おゆきは義晴に気付かせないように今までしていたのでかなりのやり手だ。
今までただの村娘と思わせていた目の前の少女に末恐ろしさを感じつつも、宗助の周りの強固な壁が出来ていたことに安堵もする。
このまま太郎に本格的に宗助の守護役を任せつつも、おゆきの守りを補佐する形にこちらは動いた方がいいだろうと義晴は考えた。
「ところで義晴様」
「なんだ?」
「最近、やけに身なりのいい者がうろついているのですが…何かご存じで?」
その者は敵か否かと目と雪を少しチラつかせて問うお雪に義晴は心の中で両手を上げ、三九郎は完全に、無意識に両手を上げて降参の意を表していた。
とりあえず調査してるので手は出さないでくれと義晴はおゆきに頼んだ。
「そうですか、では今見張りをしている太郎もそう伝えますね」
「見ないと思ったら太郎はそんなことをしていたのか」
「そもそも太郎が見慣れない者が宗助を嗅ぎまわっていると勘づいたので…私は村や隣村の方々に怪しいので何も言わないでとお話しただけです」
そのお話は本当にただのお話だよな?後ろに意味深や脅しはつけていないな?と義晴は聞きそうになったが口を固く一文字にすることで耐えた。
「賢明ですね」
「心を読むな、おゆき…お前は本当はとんでもない程に策士なんだな」
「能ある鷹は爪を隠す…か」
「あら、何を言いますかお二人とも…この世は戦の世、少々賢くなければ生きれませぬ」
そうでしょう?と袖で口元を隠して笑うおゆきに、義晴は今度は素直に両手を上げたのだった。
「怖ぇ女…」
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雪月花の簪
天野宗助が作った簪の一つ。一番初めに作られた簪。
楚那村の雪女と呼ばれたお雪が所有していた。
一輪の白い雪月花の簪で、天野宗助が幼馴染であるお雪に好きな花を聞いて作り、お雪に渡した。※1
この簪はお雪に氷の力を与え、時にお雪が天野宗助や楚那村に対し害を与えようとするものを凍らせていた。
槍で守った地守 太郎助が武で天野宗助を守り、お雪は知で守ったと伝えられており、村の外で地守 太郎助が戦えたのはお雪が村にいるから大丈夫だという強い信頼があったからであると黄十郎に発言した記録がある。
一番初めに作られた簪であるためか他の妹(簪)の所在や出来事を把握出来るようで、時にその力を使い簪の持ち主達を集めて常和の町に起きた異変を解決したという伝説がある。
天野宗助の作品の中でも珍しく結婚をしており、夫婦仲は良好で、現在も個人所有のため共にいるが、時たまに特別展示の際に貸し出される時は旦那である短刀に寂しいと泣かれてしまうという。※2
※1 当時簪を渡すことは婚姻を申し込む行為なのだが、天野宗助はそのことを知らなかったことや他の村の女性にも同じことを聞いていた記録があるのでお雪に関して下心はなく、只の純粋な好意であったという。
※2 江戸時代の初期に嫁入りしてきた娘の短刀に一目惚れされ、熱心に口説かれた末に婚姻を承諾したと夢枕にて当時の持ち主に報告したという記録がある。昴星曰く、あんな甘い言葉を言われ続けられたら姉上じゃなくても落ちるだろうけども、平安の刀だから少し言葉が古風だったという。
調査の際に、短刀には友成と刻まれているため平安の刀で間違いないとされた。




