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テトラ・ワールド  作者: シンG
第2章 アーリア事変
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第19話 グライファンダムでの奮闘 その3

初感想、ありがとうございました!(^-^)

頂いた言葉を励みに頑張っていきたいと思います♪


今回は少し短めですm( _ _ )m

「尽きる尽きると言いつつ、何とか繋いできた紙だが・・・ついに文字通り尽きた」


「はい・・・」


尿意等を催していた面々のトイレタイムが一通り終わり、再び地下へ戻ってきた一向。


リーテシアとベルモンドは向かい合って座り、グライファンダムの残りの物資について、緊急会議を開いたのだった。セルフィたちは「そういうのはベルモンドさんに任せますわ」と言って、今は他の子たちの世話をレジンと共に見てくれている。カナだけは何故かベルモンドの膝にもたれかかるようにして、リーテシアとベルモンドの両名を興味深く見上げていた。


掘った穴に用を足して、周囲の砂で穴を埋める。後は風と砂の粒子によって徐々に汚物は流され、分解し、この砂漠の一部として消えていくことだろう、とリーテシア達は思うことにしている。

本当に砂の流れに乗って分解されていくかどうかなんて、研究をしているわけでもないし、砂流の物理法則を理解しているわけでもないから、想像の枠を出ない話だ。だが砂漠の端とは言え、アイリ王国に住む大人たちや本で知識だけを仕入れていたリーテシアは、砂漠が常に風にさらされて姿を変えていくことを知っている。昨日あった砂の丘陵が翌日には別の形になっていることなど日常茶飯事だ。であれば、表層に近い部分で埋まった人の汚物など、日を跨げば勝手にどこかに流されていくであろう想像は容易いことだ。


昔はサスラ砂漠各所にあったオアシスの水を用いて、水洗式であったり、常備された潤沢な水溶紙以外にも局部を拭くための水桶なんて物も用意されていたらしいが、今はこの原始的なトイレが限界だ。現在のアイリ王国は昔の水洗式を撤廃し、深い縦穴を掘ってそこに汚物を落とす落下式になっており、風の通り道を地下に作って、絶えず流れ込んでくる砂流に任せて汚物を砂漠側に押し出していく仕組みだが、そんな仕組みをこの地に作る余力も人材もない。


もっとも・・・水も枯渇した少ない資源の砂漠に適応したかのように見えるアイリ王国のトイレ事情も、上手く機能していないのが現状だ。地下の砂の流れが上手く乗らないことは多々あり、逆に砂漠側から風向きによっては逆流してくることもあった。そのため、縦穴が砂で埋まってしまったり、汚物が上手く外へと流れず、悪臭が溜まり、それが地上へも漏れだしてくる等、正直――劣悪な環境と言っても過言ではない。

そんな地下の清掃を任される・・・というか命令される人物がいるらしいが、それだけは絶対にやりたくないと誰もが自信をもって言えるだろう。


リーテシアは頭上――四角く整地された天井を見上げ、そのさらに上の地表で自分たちの汚物がコロコロと砂の中で転がされているんだろうなぁ、などと嫌な想像をしてしまい、眉をしかめつつ目下の問題に視線を戻すことにした。


最小限に切り分けて使用してきた紙だが、所詮はベルモンドたちが手持ち程度に持ち合わせていた量だ。

地底湖オアシスの水も使い、局部の直接的な汚れに関しては水に濡らした紙で大まかにぬぐい取り、後は再利用が可能なほつれたボロボロのタオルで拭くことで節約に励んできたのだが、雀の涙をいかに小まめに切り分けようが、たかが知れているということを現実が思い知らせてくれた。


ベルモンドはまだ痛む鼻を何度かさすりつつ、難しそうに顔に皺を寄せた。

カナも真似をして顔に皺を寄せようと、むぅっと表情筋に力を入れているようだが、幼い彼女の柔らかい筋肉では再現できず、ただ口をへの字にして目を閉じているだけの姿になった。


「カナ? ほら、ベルモンドさんの邪魔になるから、向こうで皆と一緒に遊んでなさい」


「むぅ」


このままでは真面目な話ができないかな、と危惧したリーテシアは年相応のじゃれ具合を見せるカナに注意しようと言葉をかけたが、カナはベルモンドのズボンの裾を掴んで「やっ」と拒否を示した。


「も、もぅ・・・」


ベルモンドら大人から見ればリーテシアは子供の一人でしかないが、カナからしてみればお姉ちゃんである。たとえ泣かれようが、ここでビシッとケジメをつけさせるのが姉としての使命だとは思う。思うのだが・・・、いかんせん今まで端っこ孤児院という閉鎖的な世界で過ごしてきたリーテシアは、年少組を殊更甘やかしてきた経緯がある。まさか外の世界に足を踏み出すだなんて考えていなかった。そんな機会なんて絶対に訪れず、本の中だけの空想でしかない。だからリーテシアは孤児院では下の子たちに、この小さな世界を悲観的に見てしまわないよう、少し過保護に接していたのだ。

だからリーテシアは、この場においてもカナに強く言うことができずに、困ったように眉を下げてしまったのだ。


今は孤児院時代とは違う。


環境が変わってしまった。

環境を変えることを望んでしまった。

故にその環境に住まう者は、環境に適応しなくてはならない。そうしなくては生きていくことはできないのだ。

リーテシアも変わらなくてはならない。今は孤児院に住まう一人の子ではなく、世界に対して少なからず影響を及ぼすことが可能な、一国の主でもあるのだから。

個を隠し、公を尊重し維持する存在にならなくてはならない。

そのためには些細なことではなるが、今のカナの純粋な我儘も上手く御していかなくてはならないのだろう。


そう思ってリーテシアは手を伸ばしつつも、手を引っ込めてしまった。

言葉を選んだとしても、もし自分の言葉でカナが傷ついてしまったら? 悲しみで満ちた瞳でこちらを見上げて泣いてしまったら? お姉ちゃんと慕ってくれる小さな手が離れていく光景が脳裏にちらつき、リーテシアは二の足を踏んでしまう自分が酷く情けない存在のように感じてしまった。


「うぅ」


「むぅ?」


葛藤するリーテシアの心情など気にした素振りもなく、カナは首を傾げてリーテシアを不思議そうに見上げるばかりだった。


どうなるか少々様子を見ていたベルモンドだが、これ以上は得無し、と判断したのか助け舟を出すことにした。


「ま、嬢ちゃんの悩みはなんとなーく察したわけだが、そういうのはもうちょい物心ついてからでいいんじゃないかい?」


「ベルモンドさん・・・」


「紙が無いように、今は何もかもが足りない。一応、魔獣に悩まされずに寝泊まりできる場所と、オアシス内に住み着く魚類を食べることはできるが・・・それだって、いつ不満につながるか分からない。現に寝る場所があったところで、日夜、変わらない明かりに囲まれたこの空洞生活に俺たちは不満を感じていたわけだしな」


不満、というより精神的負荷がかかっていた、という方が正しいだろう。誰も口にはしないが、着々と溜まっていく負荷は、どんなタイミングで噴火するか誰にも分からない。

だからこそ、ヒザキが不在にも関わらず、土魔法による明かりの届かない建造物を構築しようとしたのだ。


「ここ数日の生活を見た感じ・・・アイリ王国で暮らしていた面々は相当我慢強いなと思った」


「え?」


むしろ日々、色んなことに不平不満を漏らしつつ、地底湖に石をひたすら投げているラミーとかを見ると、我慢弱い方じゃないかとリーテシアは思った。


「嬢ちゃんもその一員だからな。予想外に思うのかもしんないが、普通の国に住んでいた人間なら、まずこの環境下では三日と持たないぞ。堪えることはできたとしても、早々にお国に帰りたいって願うだろうな」


「そ、そうですか・・・?」


リーテシア的には、逆に「マシ」だと思っていた。


まず第一に「水」が豊富なのだ。全身を洗うどころか、手をゆすぐことすらままならない日々だったのが、好きなだけ洗うことができるのだ。服だってセーレンス川まで自力で行ける国仕えの者と違い、城下町や孤児院の人間は洗濯をすることができない。数枚の服を使いまわし、せいぜい外で乾かす程度の対応しかできなかったのだ。それが今はどうだ? 満足いくまで洗うことができ、気分一新して服を着こなすことができる。今までの砂が皺の目に紛れ込み、ジャリジャリとした感覚と、乾燥でバリバリな肌感から解放されただけ御の字なのである。


その上、食事にも困らない。

安全性の観点から、ヒザキと共に食した魚と砂蟹だけに絞り込んでいるものの、捕獲量が乏しい、だなんて事態は起きていない。外敵が少ない環境だったのか、地底湖に住まう魚類たちは警戒心が少なく、意外と捕獲が簡単な獲物なのだ。砂蟹は食べる分だけ浅い場所にいる個体を手掴みで捕獲できるし、魚に関しては餌をつけていない釣り針を垂らすだけで引っかかってくれる。ちなみにこの釣り竿の糸と針はヒザキの持ち物である。竿は適当な枝をミリティアがひとっ走りでセーレンス川近辺から拾ってきてもらい、そこに糸と針をくっつけて釣りを試みたのだ。

結果は上々。

餌もないのに、水面から落ちてくる針に興味を示した魚たちは我先にと口に含んできたのだ。

元々日の光が当たらない地底湖で長年暮らしてきたためか、ここに住まう魚たちはほぼ視覚に頼らない生態へと変化していることも理由の一つなのかもしれない。


住まう場所だって、硬く起伏もない地面で寝ると体が痛いという不満を除けば、砂嵐フールにも悩まず、魔獣被害だって皆無だ。唯一警戒すべきは、何処に繋がっているか分からない地底湖の底ぐらいだが、最悪、水底から水棲魔獣が這い上がってきたところで、地底湖から距離を離せば脅威にはならないだろう。食糧確保の枷にはなるが、水棲魔獣が水中から完全に出てくるとは考えづらいため、とりあえずすぐに襲われるという危険性は無いと考えて良い。


あれ、とリーテシアは頬に指をあてる。

考えれば考えるほど、アイリ王国よりも上質な生活を手に入れている気がする。

無論、娯楽が少ない点や一日の時間が分からない点など、欠点も数多く存在するが、当面の生活においてベルモンドが言うような「三日と持たない」場所に値するかどうか問われれば、彼女としてはやはり「そうでしょうか?」と聞き返す他ない。

自分の国だから、とかいう意地ではなく、純粋に客観的に見てそう思えた。


その様子にベルモンドはやや苦笑した。


「今までが今までだったからなぁ。アイリ王国で過ごしてきた君たちは不自由な生活に対して、耐性が強いんだろうな。普通の国に住む人間じゃ、そうはいかんのよ。トイレは完備、日常品で欲しいものは金を払えば手に入り、朝日で始まり月夜を見上げて終わる一日を繰り返す。当然、安全面は兵士だの衛兵だのが保証してくれるから、住人が気に掛けることは『今をどう楽しく過ごすか』だ。無論、生活費を工面することに苦労したり、ままならないことは多々あるだろうが、アイリ王国ほど水準は低くないんだよ。君ぐらいの子供は何も考えずに、学園に通ったりしているしね」


学園、という言葉に僅かにリーテシアは心を揺さぶられた。

知識では知っているけど、決して自分では足を踏み入れることができない子供たちの世界。

羨ましい、という感情が確かにあった。

孤児院での生活に大きな不満があったわけではないけど、やはり同世代の子供たちと切磋琢磨する日々は己を充実させるに足るものだと思えたのだ。


「他所ではそういう感じだから、普通だったらとっくに内乱が起こって国は足元から崩れてる可能性だってある、ってことだ。それでも現状を維持していられるのは、アイリ王国出身者の嬢ちゃんたちの適応力が高いからだ。だから未だ踏ん張って、こうやって課題に対して目を向けられる余裕がある」


「あまり自覚はありませんが・・・ベルモンドさんの仰ることは理解しました」


「そーいうわけだから、別に無理して人付き合いを変える必要はない、ってことだ」


そう言われて、リーテシアは思わず目をパチクリとする。

そして、つい先ほどのカナに対して「物心ついてからでいいんじゃない」と言った理由を指していることに気付いた。


「今のままで十分、足に地をつけられている。かといって数か月後まで同じことを言っていられるかと言えば、アイリ王国出身の人間だからって大丈夫とは断言できない。新しい問題も噴出してくるだろうしな。だから嬢ちゃんが気に掛けるべきは、国主としての在り方ではなく、現実的な問題。地に足がついている今のうちに生活水準の安定化と物資供給の商路を確保することだ。体裁だのなんだのはその後で考えていけばいいさ。むしろ今それに注力して、無用に反感を買うことは下策でしかないぞ」


そう言って笑うベルモンドに対して、リーテシアは何処か気まずそうに口をつぐんだ。


「・・・ヒザキさんもそうなんですけど、大人の皆さんって私の心を読めたりするんですか? 何だか・・・色々悩んでることが筒抜けになってる気分で、ちょっと落ち着かないというか・・・情けない気持ちになります」


「なぁに、人生経験ってやつよ。そいつだけは本からじゃ得られない、年の功っちゅう賜物だな」


「私もいつか、そう言える日が来ますでしょうか?」


「俺が嬢ちゃんの年ごろの時にはそこまで利発じゃなかったからなぁ。今、嬢ちゃんが抱えている『ひたむきさ』って奴を落とさずに持ち続けてりゃ、将来俺よか先を見通したことを言えるようになるんじゃないか?」


ハッキリと口にするベルモンドの言葉は、リーテシアにとっての自信となった。

リーテシアは「ふふっ」と笑みをこぼし「ありがとうございます」と返した。


「ありがとっ」


リーテシアの真似をして、カナも中身のない御礼をベルモンドに投げる。

そんな子供らしい様子に、リーテシアとベルモンドは目を見合わせて笑った。

先ほどまで「ベルモンドに対して粗相を」と感じていた重圧は姿を消し、代わりに端っこ孤児院と同様の自然体になっていることにリーテシアは気づき、同時にベルモンドの凄さを垣間見た気がした。


「そんじゃ話を戻そうか」


「はい」


そうして、当面の問題である紙不足を皮切りに、リーテシアとベルモンドは生活水準と物資。この二点について、今後の方針を話し合っていくのであった。


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