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テトラ・ワールド  作者: シンG
第2章 アーリア事変
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第18話 グライファンダムでの奮闘 その2

「なあ、次の日に来っとさ、昨日のヤツが全部消えてんだけど、これって何が起こってんだ?」


ラミーがそんな言葉を発する今日この頃。

リーテシアを始め、グライファンダムの面々は地上――つまり地下帝国とも言える国土の外へと足を向けていた。

問題続きの日々だが、こうして外に出る際に風が無いのは不幸中の幸いか。どうせなら大雲でも流れてきて、この照り付ける太陽の光も遮ってくれると有難い、とリーテシアは心中、ため息をついた。慣れているとはいえ、暑いものは暑いのである。


「砂漠地帯ってのは風を遮る障害物がないからな。数時間放置しておくだけで、気候による乾燥で排泄物から水分が抜け、風で粉々にされて砂漠の中に還るか、流された砂の中でゆっくりと分解されていくってわけだ」


ラミーが指さすのは男性用として掘られたトイレだ。正確にはトイレがあった場所。朝、女性陣・男性陣の大人組で手分けして掘ったトイレ用の簡易穴は、既に風によって流動した砂に埋められて、平坦な砂地となっていた。その光景を指して、ラミーが疑問を呈していたのだ。

そんなラミーにベルモンドがスコップを片手に説明をしてくれたが、ラミーは何か思い当たったのか、顔をしかめた。


「げ、んじゃ俺のウンコって風に乗って飛んでるってこと?」


全員がその光景を想像し、嫌そうに眉間に皺を寄せた。

ミリティアでさえも、その発言に静かに目を閉じて無言になってしまう。


(・・・用を済ませた後、必ず砂を上にかけるように言ったはずだけど・・・、その言葉が出るってことは、もしかして忘れてる?)


ベルモンドは「風で粉々にされて砂漠の中に還る」と言ったものの、それはあくまで排泄物の上に砂をかけた後、砂に囲まれて完全に乾燥・飛沫化したものが砂と一緒に風で飛ばされる、という意味で言ったものだ。無論、その構図もあまり気持ちのよいものではないので、できれば風に舞わずに砂に埋もれて分解を待ちたいのだが、そこは自然に任せるしかない。けど、可能性を高めることはできる。それが砂を上にかける、という単純な対応だったのだ。従来の穴式トイレはかなり深く掘るため、手作業で出来る程度の穴など気休めにしかならないかもしれないが、その気休めが今のリーテシアたちには必要なのだ。


ラミーの言葉から推察するに、彼は砂をかけずに放置した自身の排泄物が風に飛ばされる景色を想像したに違いない。つまり砂をかけ忘れている、という事実に他ならぬ。


しかしそれはあくまで推察。事実ではない。

そのためリーテシアは軽く尋ねることにした。


「確認なんだけど、ちゃんと砂を上に被せてるよね?」


「砂を上に? ・・・・・・あ、あ~・・・、お、おう、当たり前だろ」


確信。

絶対に忘れている。なんだそれ、と聞き返さずに、とぼけようとする辺り、説明を聞いてなかったのではなく、純粋に忘れていたことが見受けられる。

さりげなく視線を逸らすサジも見逃さない。リーテシアは二人の男子に向かって目を細めた。


「なるべく風に飛ばされないように、砂をかけるって説明したのに・・・」


「し、仕方ねぇだろ!? だって俺、こんな外で用足すのって初めてだからよ・・・。国にいたときだって便所はきちんとした穴倉だっただろ? こう不慣れっつーか、なんていうか・・・」


「それは理由にならないよ。環境が違うのは当たり前なんだから、順応しないと・・・」


「う、うぐっ・・・」


アイリ王国内のトイレは悪臭こそ酷いものの、構造はきちんと整備されている。もっともそれも栄華の時代の産物なので、改築や改修工事などは今のアイリ王国には無理だろう。人材はおろか、疲弊した国に生活水準を改善する余力など、無いに等しい。現に王城内部のトイレですら臭いがキツい状態なのだ。慢性的な水不足と下水道未実装による汚物の蓄積による害は目に見えるところまで来ているのにも関わらず、放置されているのが実に国情を顕していた。


「アイリのトイレは風の通り道とか、砂が一定方向に向かうように、外堀や傾斜をちゃんと考えて作ってるからね。あと一応・・・清掃する人もいるはいるし。でも私たちの国はまだ・・・そういう整備をできる段階じゃないから。資材も人材も資金も何もかもが足りないの」


リーテシアの言葉にラミーとサジはきょとんと眼を開いた。

真面目な話をしているのに、予想外な反応をされて、彼女も「な、なに?」と言葉を詰まらせる。


「いや、黒髪って・・・結構物知りだよな」


「おお、すげぇな」


「・・・ま、まあ図書館で本を読むのが好きだったから、うん」


突然の誉め言葉に、リーテシアは照れたように髪の先を弄りながら返す。その様子にミリティアは小さく微笑んだ。


「では、とりあえずまたトイレ用の穴を掘りましょうか。我慢している子もいることですし・・・」


ミリティアの言葉にリーテシアを含めた面々が頷く。


そう、トイレという在って当たり前の存在すら無い、このグライファンダムではトイレも手づくりだ。トイレという呼称も相応しいかどうか疑問な、本当に単純な穴掘りでしかないのだが・・・これはこれで重要なことなのだ。

砂をかけることもそうだが、穴を掘ることもなるべく風の影響下を受けないための配慮だ。そして無論、これも気休めでしかない。


数時間で埋もれてしまうため、日に三度、トイレ用の穴を掘ることにしている。

朝、昼、夕方に大人+年長組で穴を掘り、用を足す際は女性であればミリティアが護衛に、男性であればベルモンドがついていくルールにしている。ベルモンドは戦闘力、という意味でいけば平均的な男性程度しかない上に武器もないため、護衛としては役立てない。が、男性が用を足す場にミリティアがいるわけにも行かないため、ミリティアは地上近くの階段に待機し、緊急事態になればベルモンドが声を上げ、すぐに駆け付けるという体制を取っている。


最初の数日はヒザキが男性側を受け持っていたのだが、今は不在のため、ミリティアに負担が偏っている状態だ。


(うぅ・・・ヒザキさん、早く帰ってきて・・・)


ヒザキ一人欠けることで、浮彫になってくる深刻な人材不足に、リーテシアは思わずお腹を押さえた。

ベルモンドが持参していた携帯型のスコップ二つと、地底湖の湖畔で拾ってきた窪みのある手頃な石で、各々が砂をかき分けて適度な縦長の穴を掘っていく。その様子をリーテシアは眺め、早くトイレという施設を確立しなくては、という気持ちが強くなるのを感じた。


リーテシアは基本、この穴掘りには不参加だ。

手伝いたい気持ちは湯水のように溢れかえっているが、そこは「国主なのですから」とミリティアら大人陣に抑え込まれてしまった。

今日は実際の作業工程の確認としての同行であり、ベルモンドから告げられた「紙不足」に対する考えをまとめる上での状況把握も兼ねていた。まあ正直なところ、工程を見たところで「紙不足」の打開策が思い浮かぶはずもないため、無意味といえば無意味な同行でもある。


「おねーちゃん」


ぐいぐい、とカナが小さな手でリーテシアの裾を引っ張る。

彼女はもぞもぞと内股になり、何かを堪えるようにしてリーテシアを見上げていた。


「もうちょっと待ってね。今、みんなが穴を掘ってくれているから・・・」


「うん」


カナのほかにも二人、トイレ待ちの子が階段近くに控えている。

とりあえず掘る速度が速いスコップ持ちのベルモンドとヴェインがそれぞれ離れた位置に男性用・女性用の穴を掘り返している。

あまり場所が離れすぎると、いかに魔法と剣技に長けたミリティアであっても、万が一がある。だが近すぎても仕切り板すら無いこの環境で用を足すのは、年少組といえど抵抗はあるだろう。リーテシアの年頃は無論、大人たちに至ってはかなり恥ずかしいものだ。

結果、程よくグライファンダムへの階段を挟んで、数メートル程度の距離に穴を掘り終え、順々に子供たちを案内した。


その光景を見て、リーテシアは「やっぱり私の魔法で専用の建物を造った方がいいかな」と呟く。

その言葉を耳にしたセルフィが頬に手を当てた。


「でも、トレイというと結構複雑な造りなのでしょう?」


「世界的に普及された水洗式なら、下水道や、えと水を綺麗にする装置とか・・・そういったものを起動するための魔導機械が必要だと思うんですけど、アイリ王国のトイレは落下式なので・・・」


「そういえば、そうですわね・・・穴を掘るだけなら、そんなに難しくない? のかしら・・・」


「四方と足元だけでも地下と同じ材質の壁や床を作れれば、最中に魔獣に襲われる心配もなくなりますし、ミリティアさんの負担も減ると思うんです」


「うーん・・・確かにそれはそうなのだけれど」


セルフィは昨日の出来事を脳裏に浮かべ、困ったように首を傾げた。

機能の出来事、とは言うまでもなく、リーテシアの魔法で造り出された独創的な建造物のことだ。有用性はあるものの、当初の予定とは全く違うものが出来上がったのだ。結果的に使える部分があるので良かったとも言えるが、あの動きがどういう方向へ事態を運ぶか、ここにいる誰もが予測できない。要はリーテシアの魔法、地下の空洞と国有旗を用いた広域魔法は不安定であり、彼女に制御しきれない危険なもの、という理解がセルフィたちの中にあるのだ。


(ヒザキさん、早く戻ってきてくれないかしら・・・)


一から造り上げることが難しいことは誰もが分かる。それが小規模とはいえ、国家レベルともなれば猶更だ。ただでさえ困難を極める中、トドメに砂漠という環境だ。この環境下で物事を推し進めるには、間違いなくリーテシアの土魔法が必須だ。

そのためにはヒザキの指導の下、早急にリーテシアの魔法制御の技術を向上する必要があるのだが、肝心の彼は水に流されて、行方不明だ。


セルフィは彼の命の心配ではなく、いつ戻ってくるかの心配をする。

彼の戦闘を見たのは一度だけ。それも先にアイリ国内に逃げたため、間近でじっくりと見たわけでもない。

それだというのに、セルフィにはヒザキが地底湖オアシスの底で息絶える、という想像ができなかった。おそらくベルモンドたちも同様だろう、とセルフィは思っている。何故だろうか、理由を問われれば「さあ?」としか答えようのない話だが、そう思わせる何かが彼にはあるのだろう。


(とはいえ、気軽に湖の中を調べてくる~って言って、どこかに行ってしまうだなんて。これは帰ってきたら、相応のおしおきが必要ですわね。何より年端もいかない女の子に過度な心配をかけさせるのは罪深いですわよ)


ふふふ、と心の中でセルフィは笑みを深くした。


「嬢ちゃん、土魔法はとりあえず誰かの生命危機に瀕さない限りは禁止だ。昨日の件もあるが、今、嬢ちゃんに魔法を使い切って倒られると、有事の際にまずいことになる」


二つ目のトイレを掘り終え、スコップを片手に戻ってきたベルモンドが背後から声をかけてきた。


「まずいこと、ですか?」


「ああ、なるべく日中は開いたままにしているが、下の扉、就寝前と起床後に魔法で開閉しているだろ」


下の扉、とは背後の地下への階段と、地下空間を繋ぐ扉のことを指す。

実はアイリ王国から孤児院の面々を連れだってここに戻った際に、真っ先にヒザキの指導の下、リーテシアが魔法で造ったのが、地下扉だ。

四角く刳り貫かれた階段とグライファンダムを繋ぐ入口は、常時開きっぱなしでは魔獣の類が侵入してくる危険性があった。そのため、同じ材質の扉を造り、全員の就寝前・起床後に扉を開く、というのがルールとなっている。リーテシアは日々これをこなすために、魔力を温存しておく必要もある、ということだ。鍵も何もない左右に開閉するだけの扉だが、この特殊な材質は武器や魔法で打ち破ることもできない上に、力任せで開くこともできないのだ。加えて国有旗に数日おきに魔力を送り込む分も考慮しなくてはならない。彼女リーテシアの魔法はグライファンダムにおいて、もっとも重要な要素といえるだろう。


「あ」


そこで思い出す。

そう言えば、昨日は魔力切れでそのまま倒れ、動けるようになったのは今朝方だったことを。


「ベ、ベルモンドさんっ! 私、昨日の夜は扉を閉めてませんでしたっ!」


「おお、そこんとこはミリティアの嬢ちゃんに礼を言っておいた方がいいかもな」


「そうですね・・・」


ということは、開きっぱなしだった扉付近でミリティアが常に警戒に当たっていた、ということだろう。おそらくベルモンドたちも戦闘の助けにはならないものの、彼女の助力になるために何かしらの手伝いもしていたのではないかとリーテシアは想像した。


「す、すみません・・・お手数をおかけしてしまいました」


「いいって。それに昨日のことは俺らが希望したことで、俺らのために嬢ちゃんが尽力してくれたんだ。なら、俺らの仕事は倒れた嬢ちゃんとこの国を守ることと、だろ? だからミリティアの嬢ちゃんは『当然のことです』といって気にしてないだろうけど、嬢ちゃんはそれでも礼を言いに行くだろ?」


今みたいに、と付け加えると、リーテシアは力強く頷き「すみません、ちょっとミリティアさんに御礼を言ってきます」と駆けて行った。


その背後を見送りながら、セルフィは少し困った顔をした。


「ベルモンドさん、物資のことだけれど」


「ああ、困ったよなぁ・・・取り急ぎ、紙などの消耗品は俺の販路を使って何とかするわー。とはいえ、すぐに限界もくるだろうし、早めにグライファンダムの領土範囲を抑えておく必要があるなぁ」


「そうですわね」


連国連盟の規定で、国有旗によって示された領土内の物資は、その国が管理し、売買の利権も持つとされている。限りある資源をどう生かし、国の繁栄に繋げていくか、国主の腕の見せ所というわけだ。昔のアイリ王国は砂漠全土を領土とし、複数の国有旗を立て、それぞれの領土に領主をたてて土地を治めていたが、いかんせん当時の彼らは資源が有限である、という常識を深く捉えていなかった。その結果が今のかの国である。連盟に加盟していないグライファンダムは、連盟の規定に倣う義務はない。故に他国の略奪や、外国資源を無断で搾取しても連盟に罰せられることはない。が、そんなことをすれば、敵国として連盟が仕立てた討伐部隊によってグライファンダムは一夜で滅ぶだろう。だからそんな愚かな選択肢はない。故に今は地盤を強くいていく必要がある。そのためには、まず何処までがグライファンダムの領土で、何処までの資源を国のために使用できるかの把握が必要なのだ。


譜天鏡図ふてんきょうずである程度の位置は分かるんだが、問題はその場所に何があるかが分からないんだよなぁ・・・。砂漠地帯は置いておくとして、一応、国有旗の反応は山岳を超えた一部の森林地帯も含まれてるからな。資源や特産品を全てオアシスで賄えるとも限らないし、自国から採取できる資源を把握してねぇと余計な買い物をする羽目になることだってある。だから早めに把握しておきたいとこなんだが・・・」


後ろ頭を掻きながらベルモンドは息を吐く。


「まずは足元から・・・なんでしょうけど、どうにもジリ貧になってきますわね」


「ああ全くだ」


「でも勝算はあるんでしょう?」


セルフィの「分かってますよ」という微笑にベルモンドは苦笑した。


「んな唐突に問題が解決するなんざ都合のいい話はねぇぞ。まっ、とりあえずは目先のことからだな。後でお嬢ちゃんにも言っておくが、安定する金策に目途がつくまでは当面、俺の資産から割り当てるしかないな。無論、グライファンダムへの貸し、って感じでな。目に見えて話が進む段階になんのは、まず足元を固めて動けるようになってからだ」


「ベルモンドさんの商人としての嗅覚は信頼しておりますが、それを置いても、随分と入れ込んでおりますのね?」


「そういうお前だって、ガキんちょ共に入れ込んでるだろ?」


「だって変に都会でスレた子たちよりも純粋だもの。お姉さんとしては手を尽くしたくなるものよ」


頬に手をあてて、ほぅ、と歓喜の息を漏らすセルフィ。

端っこ孤児院でもそうだったが、彼女は小さい子供たちに甘く、優しい。だがそれは何処でもというわけではなく、アイリ王国では特に顕著に、というイメージだ。元々子供好きという面はあるものの、セルフィはある程度「節度」を身に着けた子に対しては、一線を引く。生まれ始めたばかりの子供たちの自尊心を傷つけない意向もあるのだが、なにより彼女の好む「純粋さ」が薄れていっているからだ。


「お姉さん? お母さんの間違いじゃ――」


「あら、うふふ」


「いってぇ!? 笑いながら腕をつねってくんな!」


「あら嫌だわ、うふふ」


子供たちから「ママ」と呼ばれることに抵抗はないようだが、ベルモンドらからはあくまでも「お姉さん」という位置づけでいたいらしい。


「ったく、・・・まぁ、それも課題の一つ、なんだがなぁ」


「私がお姉さんかどうかがそんなに課題なのですか? いやだわ、もう」


「違う違う、抓ろうとすんな! ・・・子供たちの学力、経験についてだ。お前は純粋だの何だのと可愛がってはいるが、ラミーと同年代の他国の子は、既に学園の小等部を卒業する世代だ。文字の読み書きはもちろんのこと、ある程度、常識ってもんが固定概念として見に着く頃合いだ」


「・・・」


「家事や奉仕活動、体力面に関しちゃ一般的な子供に比べれば、多少秀でているかもしれんが、ハッキリ言って学力に関しては天と地の差ほどの距離はあると思うぞ。例外は図書館で自習してたリーテシアの嬢ちゃんぐらい、ってとこかな」


「まぁ・・・環境の差、でしょうね。アイリ王国には学園機関が存在しないもの。加えて初めてお会いした時、リーテシアちゃんはてっきりまだ10にも満たない年齢かと思ったわ。きっと満足な食事もとれない環境で成長に必要な栄養も回っていないのだと思うわ。ラミー君たちも同世代に比べて、体がちっちゃいものね」


「べりゅ!」


と、今となっては聞きなれた舌足らずなカナの声が二人に届く。

カナは相変わらず、ベルモンドの顎鬚が好きだ。何とも言えないジョリジョリ感が病みつきになっているのだろう。手持無沙汰な時間ができるたびに、ベルモンドの元へやってきては髭を触ろうとするのだ。こうして「べりゅ!」と元気よくやってくる時は「抱っこして髭触らせろ」という合図だ。

遠くでリーテシアが「ちょ、ちょっとカナ!?」と慌てふためく声も同時に届き、なおさら何事かと、とてとて近づいてくるカナを見下ろした。


「おー、なん――」


ベルモンドが言葉を繋げられたのは、そこまでだった。横のセルフィもギョッとする。

即席トイレで用を足し、スッキリしたのだろう。心配事が無くなったカナは真っ先にベルモンドの元へと駆け付けていったのだ。ズボンや下着を履かずに。


「ちょ、ま、ブボッ――!」


待て、と叫ぶ前に視界が暗くなる。

セルフィの裏拳が顔面に直撃したのだと理解したのは、彼が砂漠に背中から倒れた後だった。


「こら駄目よ、カナちゃん。女の子はちゃんと身だしなみを整えてからでないと」


そういって強烈な裏拳をかました淑女は「うー」と指を咥えて抗議するカナの両脇に手を入れ、抱えあげた状態でこちらに衣類を抱えて向かってくるリーテシアの方へと歩み寄っていった。


「おま、・・・いくら何でも酷くね?」


鼻を抑えて胡坐をかくベルモンドの声が聞こえていたのか、セルフィは顔だけ振り向いてほほ笑む。


「あら、何かしら?」


「いえ何でもないっす! うっす!」


その視線からただならぬ威圧を感じ、ベルモンドは理不尽に不満を抱えつつも、反射的に卑屈になってしまうのであった。こういうケースの男性の立場の低さというものは、どうにかならないものか、とベルモンドはどうにもならない不満を鼻の痛みと共に心中で吐露した。



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