第15話 群青の騎士
背の高い針葉樹からの木漏れ日が、濃い群青の鎧に反射し、キラキラと小さな光が視界に入る。
静かに、静かに・・・両者の間をそよ風が通り過ぎていく。
『・・・』
「・・・」
向かい合うは、三つの頭部、三対の腕を持つ人語を話す人外の化身。
太い腕から繰り出される計り知れない力で数多くの人を襲い、喰らってきた化け物だ。その者が歩いてきた軌跡には、血と破壊の痕しかない。打倒せねばならぬ、凶悪な存在と言えよう。
対して無機質に身を包んだ、群青の騎士。
全身鎧からは表情は窺い知れないが、彼女の口調から、その激情の度合いは測れる。
周囲の温度が数度上がったかと錯覚するほど、彼女の双肩から漏れる静かに燃える殺気は見る者を竦み上げるほどの迫力があった。
主体格は視線はそらさず、左足に食い込むように巻き付いた「土のツタ」を踵に力を込めて、その強度を確認する。先ほど思いっきり蹴り上げる力で押し上げたというのに、破壊できるどころか変形すらした感覚がない。むしろより一層、足に食い込んでいる気配すらある。
まずは動きを封じている、この最早「土」などと呼べぬ鋼鉄にも等しい強度のツタを何とかせねば、と主体格は思いを巡らせるが、当然、レイシャが貴重な拘束時間を無駄にするはずもない。
三顔が足元に一瞬だけ気を逸らした様子を見逃さず、相手に見た目以上の余裕はないと判断したレイシャは態勢を低くし、長斧を肩の高さまで持ち上げ、刃を三顔に向けて構えた。
(――来るか!)
最早最善の手を探る時間は無いと判断し、主体格は力任せ以外の手段はないと切り捨てる。
先ほど蹴り上げ以上の力を左足に込め、ミシミシと鈍い音が周囲に響き渡った。土のツタの表面に亀裂が入り始めたことから、どうやら全力で挑めば破壊不可能なものではないことが証明された。
「暢気に待つ馬鹿はいないわね」
レイシャの動きを警戒しなくてはならないことは理性で理解していたはずだというのに、亀裂の確認をするために再び、今度は無意識に視線を足元に落としていたことがマズかった。
ハッと主体格が顔を上げたときには、既に群青の騎士が迫っていた。
腰を捻り、遠心力も加えた一撃が繰り出される。
三つの頭部を支える太い首を両断しようと、重厚な長斧の刃が風を割いて襲い掛かった。
『呆けてる場合じゃねぇぞっ!?』
危うく胴体と別れを告げそうになった頸部を護るため、左の男が慌てて一本の腕を犠牲にする覚悟で攻撃の軌道の先に手を出した。
誰もが想像した通り、左の男が制御する左手は擬音では表現しづらい何とも嫌な音を立てて、骨ごと切り裂かれていった。それでも止まらない一撃に主体格は体を限界まで捩じり、致命傷を避けた。だが躱し切れたわけではなく、肩甲骨から背部にかけて長斧の刃が食い込み、そこから来る激痛にさすがの三顔もそれぞれ苦痛を露わにした。
『ぐっ――!』
『超痛ぇっ!?』
『――ヌ・・・!』
なんという威力だ。
いかに重量級の武器を使用しているからといって、鍛え上げた男であってもここまで肉や骨を裂いてまで刃が届くものだろうか。しかも鎧の形状からして、レイシャはそれこそ女性としては平均的と言っても良い、細身だと見受けられる。
最悪、腕一本で数回の攻撃には耐えられるだろう、という打算があったが、一撃で破壊された上に、おまけで背部に大ダメージを負う結果となった。
(・・・・・・見た目で判断するのは、危険ということか・・・)
回復のための眠りにつく前にも、数多の攻撃を受け、結構なダメージを重ねていったが、この一撃はそんな記憶すらも吹き飛ばすほど、インパクトの強いものに感じた。
『っ、だが・・・!』
主体格の意思に沿って、彼の背中が二回りほど膨れ上がる。
まるで背中を走る筋繊維が膨張したかのように、筋肉が盛り上がっていき、その圧に長斧の刃も飲み込まれていった。
「・・・!」
レイシャはすぐさま斧を引こうとするが、まるで岩と同化したかのような錯覚をしてしまうほどの抵抗が指先から伝わってくる。僅かな隙を狙い、三つの思考が示し合わせたかのように残った五本の腕が動き、レイシャの腕や足を掴もうとする腕と、打撃を打ち込むために拳を放つ腕が放たれる。
まともに喰らえば、鎧すらもへこませ、内部の人間ごと抉るほどの威力はあるだろう。
現に至近距離で迫る五本の腕は、レイシャほどの実力者であっても悪寒が走るほどであった。幻視のようなものだろうが、まるで虫を潰すかのような圧力を持った拳は、彼女の全身すらも包み込むほどの巨大な拳として彼女の目に映った。
躱さなければ死ぬ。
戦いにおいて、死に瀕する思いは未熟だった時代に何度も味わったが、なるほど。己と相手の力量を測り、経験から来る未来予測などを可能とするほどの研鑽を積んで尚、強敵と対峙した際は「こういう風に感じるものなのか」とレイシャは初めて体感する死の形に、怯えるどころかヘルメットの奥で笑った。
確かに純粋な力勝負では、話にならないほどの差があるだろう。
試しに腕相撲でもしてみるといい。間違いなく肩から先が引き千切られる未来が見える。
だが戦闘において、純粋な力が勝負を決するわけではない。
「――」
レイシャは長斧の保持に固執せず、すぐに柄から手を離し、素早く三顔の攻撃範囲からバックステップで脱出した。喰らえば一撃で沈む攻撃も、当たらなければ何の支障もない。
余裕をもって距離を取ったつもりだったが、まるで至近距離を拳が横切ったかのような重圧を感じる。ピリピリと全身に痺れが走ると同時に、一瞬だけ遅れた風圧が周囲の木々を震わせ、落ち葉を舞わせる。
こちらの回避した様子を見て、三顔はこれみよがしに舌打ちした。
明らかな主要武器である長斧をあっさりと手放すとは思っていなかったのだろう。犠牲にした腕一本をだらんとぶら下げ、息を荒げている様子からダメージはそこそこ入ったものとレイシャは判断する。
「接近戦で戦うと思ったのかしら?」
『・・・至近もしくは中距離での戦闘が得意だと読んだのだが?』
レイシャから見て真ん前、中央に位置する主体格からの返答に、彼女は嘲笑うかのように声を漏らした。
「見てくれからして肉弾戦がお好みのような存在に、戦いやすい距離で付き合うほどお人好しじゃないの」
『それは接近戦以外で戦える方法を持つ者の言葉だな。・・・正直面倒なので、近づいてきてくれると助かるんだが。こちらは既に大きな傷を負っている。手負いにトドメを刺すだけのことに、まさか・・・誇り高き騎士殿が後ろ足を踏むわけじゃあるまい』
「安い挑発ね。見え見えすぎて笑えるわ」
レイシャの右足下に土の魔方陣が光り、砕け散ると同時に三顔の足元から、人一人を串刺しにできるであろう土の棘が数本飛び出す。
未だ土のツタに絡まれた三顔は回避もままならないまま、両足の大腿から腹部にかけて貫かれる痛みに表情を歪めた。
「女性を誘うなら、もっと気の利いた言葉を選ぶのね」
『ケッ、顔も見せられねぇ醜女の分際で一丁前に語ってんじゃねぇぞ』
「・・・」
今度の言葉はレイシャの感情に少し波を立たせたのか、今度は無言で同じ魔法を発動させ、三顔を貫く棘の数を増やした。
『っ、ぐ・・・!』
上体が揺れる。
既に下半身に力が入っていない証拠だ。
(決めるなら一気に・・・と行きたいところだけど、力任せの猿にお姉さまが敗けるとは思えない。四肢を絶ち、完全に動きを封じたとしても油断は禁物だわ)
レイシャが右手をスッと上げると、またしても予測できない多方向から矢が飛んでくる。
射手の存在はまたしても感じ取れない。足元から感じる土魔法の結界は、いまだに周囲の生物の気配を塗り替えているようだ。
ドッドッドと鈍い音を立てて、続け様に体中に矢が突き刺さる。
「・・・」
矢による攻撃から察するに、三顔は明らかに頭部へのダメージを気にしている。
長斧も矢も魔法による攻撃もだが、片足がツタで固定されている中、体を捩じって頭部への直撃を避けようとしているのが良く分かるのだ。
(まあ生物にとって頭は急所。別に検証する必要もないことだけど・・・)
多くの犠牲は出したが、昨日、人数をかけて三顔に攻撃を重ねたときに、致命傷に近い傷を負わせたという報告は出陣前に目を通している。その後、こちらは人的被害があまりにも大きかったため、陣形と作戦の練り直して一時撤退、三顔は動きを停止したと聞いていたが、今こうして相対したところ、それらしい傷は見当たらなかった。
(・・・回復する手段を持っている、ということ?)
一部の魔獣には組織再生を持つものもいると聞くが、その殆どが幻想種ばかりで、レイシャ自身もその目で見たことは無かった。国内はもちろん、連国連盟からの情報も乏しく、そういう魔獣との戦闘方法はほぼ人類側は持っていないと認知している。
つまり、不用意に気を緩めれば、一気に形勢を逆転される危険性もあるということ。
それはどの戦闘においても念頭に入れるべき意識だが、こと自己再生能力を持つ相手であれば、より注意して立ち向かうべきだろう。
「・・・」
思考を巡らす時間と並行して、三顔の様子を見たが、傷が修復される様子はない。
レイシャは油断せず、再び右手を上げる。
同時に先とは別の方角から矢が飛び出し、再び三顔の全身に容赦なく降りかかる。
三顔の全身は傷だらけで、各所から漏れだす血液で、彼のズボンは元の色も分からぬほど赤黒く染められていた。
(人語を介する化け物・・・伝説にも残る溶人なのかと思ったけど、この程度なものなのかしら。お姉さまは・・・別の存在に敗北した、ということ? あの膨大な水を呼び寄せた存在・・・それこそが真の敵・・・)
あの滝を生み出した存在が単体によるものであれば、もはや魔法師という枠にくくれない存在となるだろう。ただでさえ数が少ない水属性の魔法師が10人以上、力を合わせてもあれほどの水量を操れるかどうか、といったところだと思われる。
カースト騎士団が向かったであろう方角と、あの滝の位置は延長線上でぶつかっている。
カースト騎士団と無関係、という希望的観測は捨てた方がよいだろう。最悪の事態・・・はあまり考えたくないが、思考を放棄することはできない。
念のため、空から大瀑布が降り注いだ時に二人ほど兵を城に戻し、城内に異常がある場合は、一人が城内警備をしているウールモールの指揮下に加わり、一人が状況をこちらに持ち帰るよう指示をしている。兵が戻り次第、ある程度の情報が入ればと淡い期待は抱いているが、遠目からでも「異常」と言える滝を前にまとまった正確な情報は無理だろうとも考えている。
どんなに些細なものでもいい。優先順位が目の前の三顔なのか、未知の相手なのかさえ判断できればいい。それまでは大公の命を反するわけにも行かないため、レイシャは眼前の存在と対峙しなくてはならないのだ。
一番早い道は、陽動ではなく討伐に意識を切り替えて、時間をかけずに三顔を殺し、すぐに城に戻ることだが――その焦りが裏目に出る危険性があることは前述の通りだ。
先ほどは「この程度」と評したが、それはあくまでも結界による翻弄と先手、そしてレイシャが相手取っているからであって、仮にレイシャが落ち、残った兵だけで応戦するケースを想定した場合、他の騎士たちでは太刀打ちできないほどの力量差がある。
カースト騎士団が全滅し、クレヴィア騎士団すらも・・・となれば、残るはウールモールのウィノース騎士団のみ。あの滝を引き起こした存在も加味すると、かなり窮地に追い込まれることは目に見えている。
物事を速やかに進めたい思いとは逆に、決して無理をせず慎重に期さないといけない現状がもどかしかった。
『そういえば・・・聞き忘れていたんだが』
「・・・っ」
しまった、とレイシャは深みに潜ろうとした思考を引き上げる。
僅か一秒程度の意識の空白であったが、その隙は戦闘中では致命的だ。
しかし、三顔はやはり動くことがかなわないのか、元の場所から一歩も動けず、主体格の顔だけがこちらを向いていた。事態が動いていないことに内心息をつきながら、レイシャは「なんだ」と感情を込めない声で返した。
『あの滝・・・水の魔法だと思うが、あれはお前たちの仕業なのか?』
「――・・・ああ、驚いたかな?」
一瞬、どちらに転ぶか迷ったが、レイシャはあえて「あの水魔法はこちら側で起こした」と主張した。三顔の言葉をそのまま鵜呑みにすれば、彼と水魔法の主は仲間でないと伺える。しかし、それは嘘である可能性もある。答えが分からない中、レイシャが判断したのは三顔の言葉をそのまま受け捉えることだった。もし仲間であるなら、ここでその言葉を吐くのは違和感がある。意味があるとすれば回復の時間稼ぎ程度だが、肉眼で見える限り、三顔の傷が回復している兆しは見られない。賭けに等しい判断だが、こちらも知らないフリをするより、あの膨大な魔法を使いこなす魔法師が「アーリア側」であるとブラフをかける方が、揺さぶりをかけられると判断したのだ。
幸と出るか、不幸と出るかは微妙なところではあるが・・・。
『ほぅ?』
興味を示したように片眉を上げる三顔に、レイシャは続けて言葉をかけた。
「うちのウールモールは国きっての魔法師でね・・・あの程度のこと造作もないのよ」
『それは興味深い。して、一見して謎しか残らない行動に見えたんだが、なぜあんなことを?』
東部の山に広がる大森林に突如降った大瀑布。
確かにその目的は、あそこにカースト騎士団の存在を知らぬ者にとっては不透明だろう。
正直レイシャとしても、知りえないことだ。心当たりはカースト騎士団がそちらの方向に向かっていった、ということぐらいだが、それも予測の範疇を超えない。つまり三顔の質問に答えられる材料は持ち合わせていない。
レイシャはとっさに「魔法関連」で思いついたウールモールの名を勝手に持ち上げることにし、さも「気になるか?」とでも言うかのように肩をすくめた。
「貴様に言う義理はないね」
『まあ尤もな話だ』
クックック、とくぐもった笑いを零す三顔の様子に、レイシャは内心「誤ったか?」と危惧する。
あまりに余裕があるように見えたのだ。
満身創痍で、いつその命を摘まれても不思議でない状況だというのに、全く悲観した様子が見受けられないのだ。
(・・・コイツの仲間だったか?)
嘘とはいえ、あれほどの水魔法を操る者が後ろにいると相手に知らしめれば、かなりの抑止力になる。逆に相手の仲間であった場合は、嘘であることが筒抜けであるため、無様な道化を演じていることになる。その上、相手の戦力の厚さが確定するため、覚悟を決めるという意味でいえば有難いが、国の存続という意味ではできれば遠慮してもらいたい展開だ。
『解析シタ』
不意に発せられた短い言葉に、レイシャは僅かに左に視線を逸らした。
彼女から見て左側の頭部の男が、無機質な視線をこちらに向けていることに気付く。感情の無い空洞のような眼がこちらを見定めるように覗いている。
『魔力の流れガ見エル』
『そうか、捉えられるか?』
『無論。今ハ右斜め後方、四名固まってイル』
『ケッ、なるほどな。俺らは正確な位置を掴めねぇから、まずは固まって集まるところから攻めるってわけか』
三顔の無事だった左腕の一つが素早く足元の石を掴み上げ、そのままの流れで体を急激に捻じり、掴んだ石を投擲する。同時にその行動の意味を悟ったレイシャは、素早く地面に手をつき、魔方陣を形成。三顔の手から石が離れると同時に、その先に行かせまいと土の壁がせり上がる。
土の壁と投擲された石が接触し、相当な力が加えられていたのか、凄まじい破砕音と共に土壁は粉砕されていった。投げつけられた石も勢いを失い、ゆっくりと土壁の残骸と共に地面へと落下していく。
しかし、その様子に安堵する時間はなかった。
土壁と石が接触すると同時に、三顔は既に次の行動に移しており、左背部にかけて突き刺さっていた長斧を右手で筋繊維ごと引き抜くと、無造作に力任せに、レイシャに投げつけてきたのだ。
当然、正面に位置しているレイシャもその様子は視界にとらえていたため、魔法を発動後、すぐに態勢を整え、回転して飛来してくる自身の武器を回避する。
しかし更に三つ目の動きを三顔は起こしていた。
先ほど力任せに動こうとした際にひび割れた土のツタ。それを今度こそ破壊し、投げた長斧の後を追うようにレイシャの方へと走ってきたのだ。
「その図体で――なかなか早いじゃない。けど・・・」
『潰れろやぁ――っ!』
左の男の怒声と共に、おそらくは彼が制御している左腕――先ほど石を投げつけた腕を目一杯にレイシャに向かって振り下ろしていった。
「単純すぎて笑えるわ」
迫りくる拳を半身で躱し、続け様に膝による突き上げが来る。
彼女はその追撃も、まるで舞踏の最中かのように軽やかなステップを踏んで、くるりといなした。
『このっ、・・・クソがぁ!』
目の前で木の葉のように、ひらりひらりと躱される様子が繰り出された左の男は、その様子に唾は吐きかけ、再び左腕を振るおうとする。
「遅い、って言ってるのよ!」
ステップの最中に、踵を通じて足元に魔方陣を展開し、それを解き放つ。
彼女の足元の地面が急に泥のように液状化したかと思うと、生き物のようにうねりを上げ、三顔の視界を覆うように土砂が被さっていった。
『うおっ!?』
『っ・・・!』
左、主体格が同時に後方への回避を選択し、爪先に力を入れて大きく後ろへと飛びのく。
『後ろハマズイ』
と、ワンテンポ遅れて右の男から警告があったが、既に行動に映っている最中だ。
中断することはできない。
そして、主体格は警告の理由を、後ろに目を向けることで初めて気づくことができた。
今までレイシャの結界によって気配を攪乱されていた十名弱の騎士たちが、揃って槍を構えていたのだ。
いつレイシャが指示を送っていたのか、もしくは元々そういう作戦があったのか。
それは分からないが、あまりにも滑らかに窮地に追いやられていく様は、自分でも笑ってしまうほどであった。
『ぬんっ!』
可能な限り刺突による刃の食い込みを避けるため、背部に力を込める。
隆起する筋肉に押し出されるように、長斧が刺さっていた傷口から血が噴き出すが構うものか。
「やぁぁぁっ!」
「オオオオオオォォォッ!」
「ハァァァッ!」
騎士たちはそれぞれが自身を鼓舞するように叫びをあげ、槍兵への支給武器なのか、同じ型の槍を持って全力で突貫する。
強い反動と共に槍は三顔の背部に突き刺さるが、正直、致命傷には程遠い深さで刃は止まってしまった。
筋肉による壁を通過できるほどの力を持つ者がいないことに、主体格は二ッと口の端を上げた。
三顔が飛びのきから着地に至る前に、騎士たちは素早く槍から手を離し、距離を取ろうと蜘蛛の子を散らすように行動を開始する。
『逃がすものか!』
そう言って、片足を着地しようとした瞬間、主体格はギョッと目を見開いた。
ボンッと眼前の土砂は音を立てて吹き飛び、その向こうから巨大な硬質化した土の杭が迫ってきていたのだ。
畳みかける、とはまさにこのことか。
三顔は正面から左右三つの腕で杭を受け止めるも、尖端は胸部に突き刺さり、肺から漏れる空気と共に血が口腔内からあふれ出てくる。
着地間際だった足底は杭の勢いによって、再び宙へと浮き上がり、背中に何本もの槍を突き刺した状態で三顔は後方へと運ばれていく。
レイシャのすぐ傍の地面から生えるようにして伸びていく杭は、際限を知らずに三顔を追いやっていく。
『こ、のっ・・・!』
『お、おい・・・!?』
『イカン。向きヲ変エロ』
レイシャの思惑を察し、三つの顔から余裕が消える。
杭が押しやる背後、そこには三顔の巨体以上の太さを誇る大木があった。
三顔は即座に腕に力を込めて、杭の勢いから何とかして体を抜け出そうとするが、それを邪魔するように複数の矢が腕に突き刺さり、意図せずに力が抜けてしまう。
先ほど距離を取った騎士たちが、背に控えていた弓矢を装備し、すぐに矢を打ち抜いていたようだ。
この数秒の間に何という連携なのか。この騎士団は、騎士長の性格と能力を軸に、非常に洗練された戦闘技術を持ち合わせていることが理解できた。
『ウ、オオオオォォォォォ!?』
ズルリと杭の表面を、力の入らない手が滑っていくのを見て主体格がどうにもならない叫びをあげる。
そんな彼を嘲笑うかのように、背部に刺さった槍の石突きと大木が接触し、杭による圧力で徐々に槍の穂先が肉体の内部へと食い込んでいくのが理解できた。
瞬き一つの間に、幾つかの穂先が三顔の肉体を貫き、対して杭は大木に押し込むように胸部を抉り、双方に挟まれた三顔の肉体は、人の身であればとうに即死しているレベルの損傷を負った。
(ま、ずい・・・! このま、までは・・・やられる!)
主体格は遠のく意識を全力で手繰り寄せ、何とかして抜け出す策を練ろうとする。
その間にも、綺麗に貫いた槍以外に銅金の辺りから折れた槍の破片が不規則に背部にめり込み、耳を塞ぎたくなるような嫌な音が周囲に響いて行った。
いっそのこと死んだふりでもして、やり過ごせないかと思考が過ったその時、ふっと目の前が暗くなる。
『――っ!?』
理由は明白。
胸部を今も抉る杭の上に、群青の鎧が降り立ったからだ。
近すぎて見上げるのも億劫だが、鎧の脚部の後ろをゆらりと長斧が通り過ぎ、顔を見ずともどれほどの殺意が眼前にいるのかを理解することができた。
「辞世の句は必要ない。屑は屑らしく、無様に死ね」
冷徹な言葉が頭上から降りかかり、レイシャは長斧を短く持ち、その漆黒の刃を主体格の頭上から垂直に振り下ろした。




