第13話 激突は休むことなく
せせらぎを彷彿とさせる水音を耳に届かせながら、ドミオンは流されるままアーリアの森林地帯、その高台付近から麓まで流されていった。
特にこの川のような大量の水に命令を送り込んでいなかったのか、水流は重力と慣性に従って傾斜を流れていき、徐々に勢いが緩やかになっていった。
アリシアは直前「死ね」と叫んでいたものの、このような通常の「水」をただ垂れ流すだけに留めているあたり、その言葉は本心ではないことが良く分かる。彼女が本気でドミオンを排しようものなら、無論この程度では済まない。特に広域殲滅に長けた彼女の魔法がこの地で降り注げば、アーリア公国は一夜にして落城することだろう。かといって怒っていないかどうかで言えば、間違いなく激怒されているのも明白のため、ドミオンはしばらく彼女とは距離を置いておこうと密かに決心した。
「しかし羨ましいものだな」
水の重みに負けて垂れ下がった前髪を右手で後方に押し上げ、オールバックのような状態にしてドミオンは小さく魔法を地面に向かって放つ。
同時にドミオンを担ぎ上げるように、大地がせり上がったことを見るに、彼の使用した魔法が土属性のものであることが分かった。
ちょうど仰向けだったドミオンを囲う程度の直径の高台を形成し、彼はゆっくりと上体を起こした。
隆起の反動で飛び散る水飛沫を目で追いながら、彼は片膝に腕を預け、未だ緩やかに流れる水流を眺める。
「平坦な道を悠久に等しい時間、歩き続けるってのは思いのほか難しいもんだ。不老だの不死だのと・・・人間ってのはその手に持ちえない存在に憧れに近い感情を抱くもんだが・・・いざそういった存在になるとそれはそれで退屈なものなんだよなぁ」
生前、という表現が正しいかどうか微妙なところだが、人間であった時代にドミオンにもそういった感情があったかと問われれば「記憶にない」という答えが妥当だろう。
フィクションとして映画なり本なりを読む際には脳裏に過ぎることもあるだろうが、日常を生きる上で常に不老不死に思いを馳せる者など実に少数派なことだろう。
しかし――今はその身をもって考えさせられる。
「魔人」ドミオンは、うつろう世界の中で自分だけが時が停まったかのような錯覚が常に付きまとっていることを理解している。
大衆に紛れ、人間社会に上手く解け込み、共に人の世を謳歌すれば多少の慰みにもなるのだろうが、あいにくドミオンやアリシアは人間社会への干渉を「制限」されている。たまに今のように遊ぶことは許されても、人間社会の中で定住し、生活をすることは禁じられているのだ。
あくまでも世界の外側を闊歩する存在、それがドミオンらなのだ。
「だから割と・・・お気楽な性格だったはずの俺でさえ、感情ってもんが希薄になってきちまうんだよなぁ。だってのに、彼女は未だに『自分の感情』を維持してらぁ」
それが羨ましい。
妬みこそないが、純粋に好感が持てるのだ。
だからこそ先ほどのように、ちょっかいをかけては怒られるパターンを楽しむような行動を起こすわけだが。
「ただ悲しいかな。感情は残っていても、俺らは人間の枠からはみ出した存在だ」
両手の人差し指と親指で「窓」をつくり、森林地帯の向こう側にあるであろうアーリア公国を眺める。
眼には見えない位置にあるが、今頃、三顔以外にアリシアとの遭遇などの事態が重なり、笑えるぐらい慌てふためいていることだろう。
だがそこに何の感情も沸かない。
自分たちとは別の遠い場所で生じた出来事、他人事のように俯瞰している。
「悪いとは思うが、俺らの久しぶりの暇つぶしに付き合ってくれよ、人間ども」
全く悪びれた素振りを見せずに、ドミオンはそう告げた。
まごうことなく此度の事件はアーリアにとって大打撃となる、史上に残る出来事だろう。しかしドミオンたちにとっては遊びであり、些事と吐き捨てる程度のことでしかない。その差に人間と魔人の境界があるのかもしれない。
ドミオンは両腕を上に伸ばし、背筋を程よくほぐす。そういえばこの「魔人の体」に変貌を遂げてからは、こうして体を伸ばしても骨が鳴らなくなったな、と思った。まず「凝る」という現象が無い。健康体、というのは語弊がありそうだが、やはり魔人の強靭な肉体というのは、人の世の常軌から逸脱しているものなのかもしれない。骨が鳴らないだけで常軌を逸している、というのは突飛な表現ではあるが、それだけ彼が生前と称する時代に「当たり前」に出来ていたことが失われている、という感傷からそう思ってしまうのだ。もっとも悪い方向に傾くことはほぼ無いので、普段は気にすることもないのだが――久しぶりに「人」という種に接触こそせずとも、遠目から視認したことで無意識に思うところがあるようだ。
周囲の水浸しの状況を見下ろし、深くため息をついた。
「あー・・・、そういや結界を貼り直さないといけないんだったか」
彼は苦笑し、膝を折り曲げてかがむと、強靭なバネでも用いたのではないかと思ってしまうほどの跳躍力で再びアーリア公国の領土内へと舞い戻っていった。
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『随分と・・・派手な狼煙だったな』
三顔の主体格は、数分前に起こった「あり得ない現象」を思い返すように、外壁の向こう側――森林のちょうど頂上あたりを遠巻きに見た。
『・・・・・・どう思うよ』
『陽動、にシテハ意味が分からナイ。力の誇示カ』
『誇示、ねぇ・・・ケッ、だとしたら形勢は一気に逆転すんぞ』
『アア、圧倒的ナ魔法だったナ。相手戦力が未知数な以上、迂闊に接近することスラ危険だろウ』
『それ以前に俺ら、まさかカナヅチってこたぁねぇよな?』
『・・・・・・サァ?』
左右で交わされる言葉の応酬を他所に、主体格は顎に指をあてて考え込む。
『おい、何を考えてる?』
『対抗策、カ』
『いや――少し思うところがあってな。ああ、因みに泳げるかどうかの話だが、それは問題ないだろう』
『あ、何でわかんだよ』
『・・・直感、としか言いようがないが、そういう感覚が残っている、といったところだな』
『曖昧な物言いダナ』
『そう表現する他ないのだから、仕方ないだろう』
『ケッ、それでいざ本番で溺れやがったら、マジでぶん殴るからな!』
『ふっ、そんな余裕のある事態であればいいのだがな』
ほぼ平地と森林、山地に囲まれた立地であるアーリア地方では、水源はセーレンス川にも繋がっている川が幾つかある程度だ。森林にも湧き水や、小さな川はあるだろうが、どれも小規模なものばかりだ。目視にも限界があり、実際に確認したわけでもないのに、主体格にとって何故か確信めいた事実のように思えた。何故、目覚めたばかりでアーリア地方の立地など知る由もないはずなのに、知っているのか。疑問は尽きないが、今はこの確信に従って行動するのが最善と考え、それについては主体格は深く考えるのをやめた。
要は豊富でもないが枯渇しているわけでもない、アーリアの水事情。
その中であれだけの水量を発生させ、操るだけの魔法を扱える魔法師がいたとすれば――それはまさに規格外の化け物と断言できる。
加えて天上から降り注いだ滝のような魔法。あれを遠く離れた森林地帯ではなく、自身の頭上で発動させられたと想像すると――直接死にはつながらずとも、強烈な足止めとして有効な手になるだろう。万が一、滝を構成する全ての水を操作できるとしたら、足止めどころではなく、息の根すらも止めることになるだろうが、それはあまり想像したくない話だ。
正直、敵としては極力避けたい相手だが、一手交えてみたいという好奇心もある。
『やれやれ・・・スパイスが欲しいとは言ったものの、過度に求めたつもりは無かったんだがな』
主体格は周囲を見回し、血塗れとなった針葉樹の幹下に転がる肉塊を見下ろした。
あの水魔法の担い手に比較すれば、数分前までこれらの肉塊の持ち主であった者たちは、実にパンチの利かない淡泊な相手だったと視線で告げる。
『んで、さっき言ってた思うところ、ってなんなんだよ』
『ん? ああ・・・別に何となく程度のことだ』
『気になる言い回しをしやがって・・・ハッキリ言えや』
どうにもこの左の男は堪え性が足りないと節々で感じる。
会話にせよ、戦闘にせよ、単調かつ明確な流れというものを好むようだ。かといって短い期間ではあるが、彼と会話を重ねて、彼が愚者でないことも理解している。つまるところ、そういう性格、というだけの話なのだろう。
『ああ、根拠も何もない話だが・・・あの水魔法を見て、最初に戦った人間どものことを思い出してな』
『・・・・・・あ?』
『何故ダ?』
左右から疑問の声。
それも当然のことだろう。だから「根拠がない」と頭に付け加えたわけなのだから。
主体格は直感に引っかかったその違和感を簡潔に言葉にした。
『あの取り逃がした女だよ』
『オンナァ? ・・・・・・・・・あー、そーいや川ん中に逃げ込んだ奴がいたな』
『それなりニ傷を負わせていたカラナ。それニ魔法も打ち止めの様子ダッタ。どちらにセヨろくに身動きもできズ、溺れて死んでイルことダロウ』
『――だが、死体は見つからなかった。だったな?』
特に興味もなさげに口にしていた左右の男だが、主体格の切込みに右の男がやや言葉を飲み込んだのが分かった。
そう、探知に長けた右の男が最初にぶつかった騎士団を掃討した後、念のため周囲を探ったのだが、結局のところ川の中に消えていった女の存在を見つけることはできなかった。
その時は右の男が口にした通り、遠からず溺死するだろうし、仮に生き延びて人間どもの本拠地に助けを求めたところで、既に近隣の国を蹂躙することを決めていた彼らにとって、それは何の支障もないと踏んでいたのだ。
実際、彼女が遠目に見える城壁の向こう側、城の中にまで逃げ延びているかは不明だ。外壁内部に流れている川がどこに繋がっているか分からない以上、もしかしたら外壁の外側へと流された可能性もあるが
ただ、彼らの情報を彼女の口から国全体に共有されていようと、それは脅威には感じなかった。先ほどの水魔法を見るまでは。
『何が言いてえんだ、テメエはよぉ!』
迂回した物言いは、やはりというか、左の男のイラつきを助長するものとなってしまったようだ。
『要は、だ。雨も降っておらず、増水も無い。水流も穏やかだったあの川に飛び込んだところで、健常時ならまだしも、ダメージを負った状態で即座に逃げ延びることなど、ほぼ不可能だと・・・今、そういう違和感を持ったわけだ』
『はぁ? あん時は人間どもをぶっ殺すのにそれなりに時間もかかってただろうがよ。そんだけのロスがありゃ、逃げんのも余裕じゃねーのか?』
『度重ナル魔法の使用。風の矢にヨル牽制と追撃を余儀なくサレテ奴は限界まで魔法ヲ使ったはずダ』
『さっきも言ってたがよぉ、んなのは本人にしか分かんねぇことだろーが。魔法回数の限界が来て動けなくなったところでよ、そりゃ演技で、実は逃げるための体力を温存してましたーって言われりゃ、それもそうだってことじゃねぇの』
『フム、一理アル』
『やれやれ、話が徐々に逸れていっている気がするぞ・・・』
左右から、一方はギャアギャアと、一方は淡々とした言葉が飛び交うことに苦笑しつつ、内心で肩を竦めた。この体で困っていることの一つは、実際に肩を竦めると、両サイドの顎に肩がぶつかるということだ。おかげでそんなジェスチャーすらも脳内で補完しなくてはならない。
『――!』
三者は唐突に会話を止め、その表情を引き締めた。
『お、今度はお前も察知したか』
『ああ、だが妙な感覚だ。何者かの気配、というよりは・・・微かな霧に包まれたような、そんなおぼろげなモノを感じる』
『それハ強ち間違いではないナ』
『どういうことだ?』
『これハ――結界の一種ダ。探知に特化シタ土魔法の応用』
『土魔法・・・』
水や雷などの希少な属性と異なり、土の魔法師の人口は最も多いとされている。
そのためか、魔法に関する研究も進み、最高位には「錬金術師」などという称号も用意され、多くの魔導機械も土魔法で動作するものが多い。
故に土魔法の汎用性は非常に高く、過去の人類の研鑽がもっとも実った属性と言えよう。
結界。
それは土魔法に限った言葉ではないが、どの属性で多く用いられるかと言われれば――やはり圧倒的に土属性である。
結界とは自然・環境を媒介に魔法師の五感を延長、増長するための魔法である。
例えば風魔法で言えば、魔法師が半径10メートルの風のドームを形成したとする。もちろん防御を目的とした同様の魔法を使う者もいるが、結界として扱う魔法師も稀にいる。結界として形成された風のドームは、そこに何かが接触した時点で、その感触を風を通して魔法師に返し、遠く離れた場所でも相手を探知できるというものだ。
ただ、風・火・雷の場合は人の触覚により鮮明に伝わるため、相手に勘付かれる可能性も高くなるため、あまり使用されないのが実情だ。また、火や雷に関しては特に自然発生しづらい属性でもあるため、結界を貼る対象の人間から一層警戒心を買うため、結界には一番向いていない部類と言えよう。
風に関しても、極めれば自然に吹く風に紛れ込ませて結界を成すことも可能らしいが、そのレベルまで到達した者はほぼいないとされている。いたとしても史実に残る、伝説級の偉人として後世語り継がれる存在になるほど、次元の高い話でもあった。
水属性も人工建造物の中など、場所によっては使い物にならないケースも多々あるが、川・湖・海など、水場の中にいる相手に対しては無類の強さを発揮する。
攻撃面についてもそうだが、元々ある水に干渉し、そこに接している存在を広範囲に探知することは、水魔法をある程度まで制御することができていれば、然程難しいことではないらしい。元々制御が難しい属性ということも関係しており、制御できるということは水場での結界を張ることも用意、ということなのだろう。
結界範囲に個人差はあれど「水の魔法師と水場や雨の日に戦うことは自殺行為」とまで言われるほど、水の魔法師として確立した彼らは、当たり前のように水場で結界を使いこなし、圧倒的な猛威を振るう存在なのだと認識されていた。
では汎用性に長けた土属性はどういった原理の結界を張るのか。
土魔法はこの広大な大地に干渉し、魔法を波打つ波動のように流し込み、波の反射・遮断による反応から遠方の存在を感知することができる。国有旗はその性質を魔導機械を介することで増大し、広大な土地に常に放射状の波を放つ機能を持っており、対となる譜天鏡図がそれを受信し、その範囲を「国有地」として各国が統治するというルールが敷かれている形になる。魔法師が放つ結界とは、範囲は国有旗と比較すれば圧倒的に狭いが、送信と受信を一人で担い、その範囲上の存在を感知できる、というわけだ。
かなり便利な魔法ではあるが、正直なところ、こういった遠隔魔法は「センス」が必要であり、会得できない魔法師は数多くいる。イメージこそが魔法の源泉であり、結界という目に見えないレーダーを使いこなすには、それなりに想像力や直感的な才能が必要、というわけだ。
右の男は結界が張られたことを察知し、足元に視線を送る。
つまり――今張られた結界は「土属性」であると主体格は理解した。
(しかし・・・ここまで正確に探知できるとは、恐れ入るな)
主体格は右の男に感服しつつも、周囲に視線だけ這わせた。
『敵の・・・場所は分かるか?』
『イヤ・・・そこまでは不明ダ』
『また奇襲の類でも仕掛ける気かぁ?』
『どうだかな。だが・・・今までのお粗末な偵察とは一線を画した実力者、と言えるのかもしれんな』
『そうダナ。しかし簡単に看破されテいるようでハ、あまり期待でき――』
ない、と言いかけて右方から沈黙が流れる。
怪訝に思い、主体格はそちらを見たが、彼の表情は死角で見ることがかなわなかった。
仕方なく、いつも通り言葉で問いかけることにする。
『どうした?』
『・・・違ウ』
『ア、何がだよ?』
主体格、左の男が問いかけるも、思考に没頭したのか返事はなかった。
試しに自分なりに異変がないか、周辺を注視したが、索敵に長けた男が考え込む事態に察することができるわけもなかった。
『おいおい、ダンマリ決め込んで意味深な空気作ってんじゃねぇぞ!』
やはり間に堪えきれなかった左側から怒声が響く。
これでは集中できないのでは、と心配した主体格は左の男を諫めようと口を開いたが、その行為は右から発せられた言葉で中断した。
『これハ――罠ダ』
あまり良い響きではない言葉を、三者の中で最も索敵能力のある者が口にした。
それだけで警戒に当たるに十分な理由だった。
どうする、などの問いかけは無用だ。
結界が張られ、それが罠だというのであれば、第一に考えるべきは「この場所が危険だ」ということ。
主体格は真っ先に足先に力を入れ、その場を離れようと試みた――が、既に時は既に遅かったようだ。
『――ぐっ、これは・・・!』
足元の土が硬化、太い何本かのツタのようなモノに変形し、三顔の左足に巻き付いていた。
足に土のツタが接触してその存在に気付いた時には既に左足は完ぺきに固定された後だった。
『力で捻じ伏せろっ!』
左から怒号のような指示があるものの、それはとうに主体格も試している。
大腿の筋肉が隆起し、蹴り上げるように力を込めたが、それでも巻き付いたツタを破壊することはできなかった。
「この辺の土にはさ、ちょいと特殊な鉱物が混ざっててね。他所の土地の土に比べて、魔法による硬化がしやすいんだよ」
声がする。
言うまでもなく敵であろう声の主に、三つの視線が向く。
群青に染められた全身鎧。
ベリアルの騎士団が身にまとっていた銀の鎧とは異なり、こちらは継ぎ目に黄色いラインが入っているなど、鎧としては目立つ風貌であった。
男性が身にまとう鎧と異なり、やや細身に設定された形状から見て、相手が女性だと分かる。もっとも声質の時点で分かっていたことではあるが。
鎧の主は右手に背丈を超える長さの柄を手にしていた。
柄の先には熊の首をも両断できそうなほどの巨大な刃。黒を基調とした長斧であった。とてもではないが女性が振るえるほど軽い武器ではないように見えるが、不思議とそう思わせないオーラが彼女から滲み出ていた。
刃を地面に突き立てた状態で、騎士は言葉をつづけた。
「アンタが・・・そう、民や騎士、そしてお姉さまを・・・!」
震える声は、恐怖でも歓喜でもなく――ただただ憤怒を乗せたものだった。
『単騎、か?』
『ケッ、また阿呆が身の程を弁えずに出しゃばってきやがったかぁ?』
『油断するナ』
周囲に気配はない。
ないのだが・・・相手は結界使いだ。
空間認識の上に、遠隔型の魔法を扱える以上、気配を阻害する術も持ち合わせているかもしれない。
そこを警戒した上での右からの警告であり、それが事実であることはすぐに身を以って知ることになった。
『っ! おい、避けろ!』
反射的に飛びのこうとしたが、それは足元のツタが許さず。
僅かな時差の後、十本以上の矢が胴体や背中、腕に突き刺さった。
幾つかは腕で払い落したものの、それだけでは防ぎきれないほどの矢が四方から飛来してきたのだ。
射手を探し出そうとするが、気配は感じられない。
いや――正しくは逆だ。
普段から測り慣れている周囲の気配、それを塗り替えるように、巨大な気配が辺りを包み込み、それが気配探知の邪魔をしているのだ。
『・・・・・・なるほど、そういう阻害の仕方もあるということか』
おそらくは目の前にいる女騎士の土魔法、その結界が原因だ。
従来、結界とは相手に知られずして、その所在を探知するのが目的だが、今はその全く反対の使い方をされている。
過度に放たれた土魔法の波動。その強い周波はある程度の戦闘経験を持った者なら、容易に感知できるほど強いものだ。そう、感知できてしまうのだ。させられている、という表現の方が当てはまるかもしれない。
要は目の前――そこら中の足元から垂れ流すかのように湧き出る気配に意識が勝手に向き、常時であれば感じ取れるはずの隠れている敵の気配を感じ取れないでいるのだ。
一言で言えば「気が散っている」ということになる。
突き刺さった矢羽を掴み、強引に矢を引き抜く。鏃の返しに引っかかった血管や筋肉が引きずりだされ、傷痕から血が噴き出すが、そんなことは気にしない。
三顔は刺さった矢を全て地に落とし、気配を探ることは諦め、遠距離から襲い掛かるであろう攻撃にのみ注意を払いつつ、正面を見据えた。
「やはりこの程度では死なんか。それもそうだ・・・そんな相手だったらお姉さまが敗けるはずがない・・・!」
震える肩に呼応するかのように、鎧の金擦れ音が響く。
同時に刀身に刻まれた細かい溝に薄っすらと光が走っていく。見逃さず、その様子に主体格は目を細めた。
『なにやら彼女は、我々に並々ならぬ恨みを抱えていそうだな』
『お前、本気で言ってんのか? こんだけ暴れて憎しみの一つや二つ抱え込んでるもんだろーが』
『同情カ?』
『違ぇーよ』
一瞬、今までの人間たちとの戦いを悪だと感じ入り、目の前の女騎士に同情の欠片でも持ったのかと思ったが、そうではないようだ。
左の男は口の端を悪魔のように吊り上げ、嗤った。
『こうやって感情を剥きだしてかかってくる奴らをよぉ・・・力で組み伏せ、後悔させる。ひん曲がった顔でよ、泣きじゃくったまま喰らってやる。それが面白ぇ・・・! ククク・・・だからよぉ――テメエみてぇな奴が湧いてくんのは大歓迎ってやつだぁ!』
「――屑め」
ゲラゲラと下品な笑いを無遠慮に撒き散らす左の男に、心からの嫌悪感を示し、女騎士は汚い言葉を吐いた。
「・・・貴様のような下種は早々に物言わぬ肉塊に変えてやりたいけど・・・、自分を殺した相手の名ぐらいは教えておいてやる・・・!」
『ふむ、できれば攻撃を仕掛ける前に名乗りを上げてもらいたかったものだな』
地に転がる矢を見下ろして主体格が言うと、女騎士はみよがしに舌打ちで返した。
「我が名は――南方を守護するクレヴィア騎士団、騎士長のレイシャ=デヴィンジャーだ! 大公の名のもとにアーリアを脅かす貴様の命、ここで朽ち果てるものと知れっ!」
レイシャは長斧の柄を強く握り、その切っ先を三顔の悪魔に向け、討伐を宣言した。




