第4話 雨中霧中の攻防
ふおおおお・・・(つД`;)
すみません、ちょっと仕事が忙しくなってきたので、めっさ更新が滞ってきましたm( _ _ )m
ただでさえ遅いのに、申し訳ないです・・・(>-<;)
セーレンス川、中流。
アイリ王国から西、巨大樹に囲まれたセーレンス川中流の一部地域は、栄養が多く含まれた土壌のおかげか、多くの生物が住み着く、動物の楽園のような場所である。
中流と単に言っても結構な距離があり、アイリ王国付近の川も一般的には「中流」と言われている。具体的に言えば、下流に差し掛かるあたりの中流、といったところか。
反してヒザキたちがいる「中流」は上流に近い位置と言えた。
アイリ王国から見て、ざっと50キロ以上離れている位置でもあった。
ヒザキが往路でかかった時間は、5時間程度なので、彼の水泳能力が実に現実離れしていることが良く分かる数値であった。
陸路で魔法の助力を得てならまだしも、水中移動でこの距離を5時間で進んだ体力は、もはや人間離れしている。
そして大した疲れも見せずにヒザキは、天を見上げて巨樹に寄りかかった。
「・・・」
非常に連絡を取りたい。
時間が経てば経つほど、リーテシアたちが過度な心配をしてしまうのではないかと気が気でない自分がいた。その感情に驚きを感じつつ、早々に連絡が取れないことに無意識に貧乏揺すりをしてしまう。
(・・・携帯電話がいかに優秀だったか、思い知らされる瞬間だな)
過去の遺物を思い出しながら、科学の素晴らしさを実感した。
テイマーと呼ばれる職種の人間は、鳥や狼などを調教し、手紙などを届けさせることが可能だが、ヒザキにはその能力がない。つまりその足でグライファンダムに帰る以外、リーテシアたちに無事を伝える方法がないのだ。
(一人だった時間が長すぎたせいか、迂闊なことが多いな、俺は・・・)
せっかくベルモンドが音頭を取り、団結して動こうという段階で、自分がまさかの足を引っ張ることになるとは、実に恥ずかしい限りであった。
ラミーたちには石投げのミッションを先に教えていたため、あの子たちを待たせるという事態は回避できたものの、経過を監修できる者がいなくては、その意味も薄れるというもの。考えれば考えるほど、自身の不在は多大な迷惑に繋がるものだと実感する。
「・・・・・・何か土産でも用意していこう」
こっ酷く叱られることは前提となりそうだが、幾ばくか中和できるよう、何かしらの手土産を持って帰ろうとヒザキは決心した。
「・・・・・・ぅ」
と、その時だった。
すぐ横から消え入りそうな女性の声がした。
「気が付いたか?」
「・・・・・・・・・」
てっきり目を覚ましたかと思ったが、どうやら寝言に近い声だったようだ。
身じろぎをするものの、意識が戻った気配は無かった。
やれやれ、と息を吐きながらヒザキは再び天を見る。
先ほどまで大雨だった天候は、ややその勢いを弱めてきているように見える。
このまま行けば、一時間程度後には雲が晴れるかもしれない。
雲と雨に遮られて正確な時間は計れないが、既に時刻は夜になっているだろう。
雲さえ途切れれば、月の位置で大まかな時間が分かるのだが、今はそれも望めそうにない。
(彼女の意識が戻り、自力で戻れるようだったら、全力で陸路を走って帰るか。いや・・・走るより、その辺に野生の馬でもいれば――いや、手綱が無いから無理か。土産でも買って機嫌を取れればいいんだが・・・食べ盛りの年頃が多いからな。食料になるものがいいんだろうが・・・何がいいか悩むな)
帰りの算段に頭を悩ませつつ、溺死寸前だった女性の様子も確認する。
「――」
雨音に紛れて、草が擦れる音が聞こえる。
よほど注意深くしていないと聞き逃してしまう程度の音。
しかしヒザキの警戒の網を潜り抜けることはできず、しっかりと彼の耳にその音は捉えられていた。
過去の経験上、これは蛇の類だ。
蛇行して移動する際に草をかき分ける音だと思われるが、ただ移動しているわけでもなさそうだ。
雨が多い地域なのか不明だが、どうにも相手は「雨音に紛れて獲物を捕食する」ことに味を占めているらしい。無造作に移動している様子はなく、こちらの様子を探りながら徐々に近づいてくる動きが音から読み取れた。
(・・・完全にこちら側の存在に気づいているな。この雨音の中で大した索敵能力だ)
蛇は元々ピット器官と呼ばれる熱探知器官による獲物の索敵を行う習性だったはずだが、おそらく相手は魔獣と化した変異体。本来の蛇としての機能を凌駕した何かを持っていても不思議ではない。これだけ雨に打たれて体が冷えている状態だというのに、的確にこちらの位置を把握して動いている。熱を探知する以外にも何かしらの器官があるのか、もしくは熱探知の精度が異常に高いのか――いずれにせよ、木陰や草むらに隠れる等の策は無意味だと判断した。
こちらも百戦錬磨の戦士だ。
こういった手合いと刃を構えることなど数えきれないほど場数を踏んでいる。
ヒザキは表情を崩さずに、冷静に相手の動きを聴覚だけで捉え、どのタイミングで襲い掛かってくるかを予測する。
雨が無遠慮に草木を叩く音に同調するように、その音は静かにゆっくりと距離を詰めてきている。
「さて――いつもとは勝手が違うが・・・」
使い慣れた大剣は無く、今は気を失った女性と一緒の状態。いつもと同じ立ち振る舞いは望めない状況だ。
ヒザキは女性の腰に装備されていた短剣を鞘から抜き取り、右手で器用に回し、重さや刀身の長さ、柄の感触などを一瞬で確認する。
(――戦闘後、か?)
彼女の短剣を観察すると、つい最近のものと思わしき、刃こぼれや皮脂の跡が見える。
血痕が無く皮脂だけが刃に残っている辺り、刃が通らない相手と戦ったと考えられる。単純に食用の肉を斬るために使ったとしても、こう刃こぼれは起こらないだろう。
ヒザキはもう一度、溺死寸前だった彼女の体を見る。
と言っても、夜目が利くほうとはいえ、雨と闇夜のコンボの前では良く状態が見えず、かといって鎧や服を全て脱がして確認するまでは人道的に躊躇してしまう。
「――と」
少し気を逸らした間に、お客様はかなりお近づきになっていたようだ。
二匹の獲物を前に、腹を空かせた大蛇は巨大な咢を半開きにしたまま、ヒザキたちのすぐ背後にまで迫っていた。
「蛇の皮は一応、それなりの高値で売れるからな。それを路銀にして帰りの駄賃とさせてもらおうか」
――ガサ、と雨音に掻き消される程度の音が鳴る。
瞬間、巨大な蛇が凄まじい速度で丸呑みにせんと襲い掛かってきた。
予想よりも二回りほど大きい、巨大な黒蛇だ。
魔獣でなくとも、アナコンダなど人を丸呑みできる大型の蛇は存在するが、これは明らかに魔獣の域に達している生物だろう。
無数の黒い鱗の隙間から赤い光が漏れているのが見える。
あれは、眼だ。
全身の鱗の内部に、赤く発行する目を有しているのだ、あの蛇は。
全く生態系が読めない器官だが、おそらく鱗の隙間から覗かせるあの無数の目で獲物を選別し、捕食しているのではないかと思われる。
試しにヒザキは巨木の根元に横たわっている女性とは別の方角へと回避行動を取る。
すると、ヒザキ側の鱗が一斉に開き、その隙間から赤い光がこちらに向かって見開かれた。同時に黒蛇はこちらに狙いをつけて進路を変更し、すぐさま噛み殺そうと口を開いて向かってくる。
無論、女性の方へとそのまま襲い掛かるようであれば、その隙に斬りかかろうと思っていたが、奴はどうやらヒザキを真っ先に殺すべき獲物と認識しているらしい。
(それは好都合だな)
無抵抗の人間を護りながら戦うのは、あまり得意ではない。
ましてや今は短剣一本しかない状態なのだ。森ごと魔法で焼き払ってもいいが、この豊穣の地に傷をつけるのは最後の手段にしておきたい。
故に、好都合というわけだ。
「ふっ!」
迫りくる牙を避けて、すれ違い様に短剣を比較的柔らかいであろう腹部に突き刺すが、刃は内部まで通らず、ゴムに弾かれたように吹き飛ばされてしまった。
点々とする赤い目がこちらを凝視し、方向転換した黒蛇が舌を出しながらヒザキを見定めた。
「・・・・・・」
今ので正直、この短剣は使い物にならなくなってしまった。
ヒザキの力と、黒蛇の表皮の堅さ、突進による運動エネルギー。双方に挟まれて摩耗した短剣はすでにボロボロの状態だった。
思わず投げ捨てそうになったが、あいにくこれを手放すと肉弾戦か魔法しか攻撃手段はない。
この状態では薙ぎ払うような攻撃では傷すらつけられそうにない。となれば――。
(柔らかい部位をこいつで突くしかないな)
まだ無事な剣先で相手の弱点とも言える柔らかい部位を刺突する。
刀身の短い短剣では些か難易度の高い攻撃方法ではあるが、やるしかない。
もしその攻撃も届かないのであれば、致し方ない。魔法による炎でこの土砂降りごと蒸発させるしかあるまい。
ヒザキは周囲の気配を読み取る。
どうやら長い胴体で弧を描き、既に囲まれているようだ。
どの方角に逃げようとしても、必ず相手の包囲網に引っかかるよう囲いを組んでいる。
威嚇や敵意を表す声も無く、黒蛇が再びヒザキを丸呑みにせんと巨大な口を開いて襲い掛かってきた。
いかに強大な力を持っていようと、魔獣として異質な力を手にしようと、やはりそこは動物の限界だ。
獲物を刈り取るための知恵はあっても、殺気を隠すまでの芸当はできないようだ。
加えて肝心のトドメに該当する攻撃はワンパターンの噛みつきばかり。
今までは力で圧倒できた獲物ばかりで、攻撃のバリエーションなど気に掛ける必要もなかったのだろうが、ヒザキを相手にしては単調も甚だしい攻撃でしかなかった。
「・・・」
念のため女性の方に蛇が突っ込まないように位置取りを気に掛けながら、黒蛇を躱す。先刻と同じように、こちらの位置を確認しようと鱗が開き、その下に隠れていた赤い目がこちらを視認しようとする。
――同時に、ヒザキは大きく駆け出し、彼の位置を確認しようと鱗の下から覗かせていた目の間近まで接近した。
「さて、予想通り通じればいいのだが」
淡々と述べ、ヒザキは短剣を素早く鱗の下の赤い眼球に突き刺す。
短剣の根本まで突き刺さり、眼球は赤い血飛沫を上げながら潰れたのを確認した。
「――」
このまま蛇に短剣を持っていかれないように刃をすぐに抜き取り、ヒザキは後方に飛びのいた。
黒蛇は何かを考えるように動きを緩慢なものにした。
激痛と呼べるほどの痛みを感じているわけではなさそうだが、体の一部に異常をきたしたことは理解しているらしい。もぞもぞと一つの潰れた眼球付近の鱗を動かし、もどかしそうに全身をうねらせている。
「ふむ、確かに通ることは通るが・・・致命傷には程遠い、といったところか」
刀身を空から降る雨に晒し、勢いよく地面に向かって刃を振る。
刃に付着した黒蛇の体液と雨水が、共に地に音を立てて飛んでいった。
(このまま地道に目を潰して行ってもいいが・・・)
チラリと巨木の根本にいる女性に視線を送る。
この巨大な蛇は先ほどから不規則に全身を蛇行させながら襲い掛かってくる。
仮に頭部による攻撃がこちらに向いていたとしても、いつ彼女に蛇の胴体が圧し掛かってもおかしくない状態なのだ。
一応、注意は払っているが、庇いきれないほどの動きを黒蛇がしてきたら終わりだ。
(距離を稼ぎたいところだが・・・それも無理だな)
食物連鎖の順で行けば、この黒蛇はこの森で高位に位置するのだろう。
この戦闘に乗じてヒザキたちを狙おうとする魔獣は今のところ存在しない。
だが、それは黒蛇に道を譲っているだけであり、ヒザキたちを狙う事を諦めているわけではない。
おそらくヒザキが黒蛇を牽きつけてこの場を離れれば、他の獰猛な魔獣が彼女を喰わんと群がってくることだろう。
それでは意味が無い。
状況と勝利条件から逆算すると、短時間で黒蛇を始末する必要があるわけだが――そのためには高火力の攻撃が必要になってくる。
「やれやれ・・・加減は苦手だというのに、面倒な話だ」
地表や森に魔法を放てば、この大雨の中と言えど、間違いなくここ一帯は焦土に変える自信がある。
かといって下手に加減すると、どうしても風呂を沸かした時のような小さな魔法になってしまい、逆に雨に掻き消されてしまうだろう。
(・・・今度、時間を見て魔法の鍛錬を積むべきか)
独りでいるときは考えることのなかった、戦況に合わせての魔法の調整。
面倒な相手なら逃げ、単体での戦闘なら大剣で圧倒する。そういう戦闘スタイルが「護る者」がいることで通用しなくなってくる。それは場合によっては致命的な問題を起こすことになるのは目に見えていた。
現に今も手段が狭くなってしまい、打つ手が限られてしまった。
せめて、こういう場面で魔獣だけを焼き尽くす調整ができる程度には出来るようになっているべきだろう。
失ってからでは何もかもが遅いのだから。後悔も無念も自責も、死ぬほどしたところで失ったモノは返ってこないのだから。
幸い、グライファンダムの近郊は人の住まない砂漠地帯。
帰ったら、適当な場所を見繕って魔法の鍛錬をしようとヒザキは誓った。
「さて」
黒蛇は無数のうちの一つだけ目が潰れたことを理解し、それが些細なことと判断したのか、再びこちらの姿を確認して、全身を動かし始めた。
相変わらず、鱗の下から赤い目をギラつかせているようだ。
「先に忠告しておくが――」
ヒザキは短剣を地面に刺し、右手を高らかに上空へと掲げた。
「失明しないようにな」
そして、素早く魔法陣を形成し、滝のような雨を地上に落とし続ける曇天へと向かって――炎の魔法を放った。
一本の直線的な火柱。
高密度の炎は最早レーザーと化し、その道程に存在する雨を全て気化させて雲を焼き払った。
同時に周囲には眩いほどの閃光が広がっていった。
ヒザキの中心に直近にいた生物は、そのほとんどが目を覆ったことだろう。
そして最も間近にいた黒蛇の赤い目がもし、熱探知をより強化したものだったとしたら・・・まさに世界が赤く燃え上がったように映ったことだろう。
『――・・・・・・、・・・・・・!?』
何が起こったのか理解していないのか、黒蛇は鱗を何度も開閉しながら全身を大きくうねらせた。
一帯は蒸発した雨で形成された霧が埋め尽くし、魔法の余波によって若干だが周囲の木々が燃えていく。
その隙を狙ってヒザキは女性を右手で抱え込み、霧の中に融け込むようにしてその場を後にした。
何も敵を倒すことだけが勝利条件ではない。
蛇皮を路銀に変える作戦は失敗に終わったが、あのまま不毛な戦いを続ける方が圧倒的に不利益だ。
霧のどこかで黒蛇が暴れ回る音が聞こえる。よほど混乱しているようだ。
その音を背中に受けてヒザキは、器用に真っ白の世界の中、木々の間を縫って去っていった。




