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テトラ・ワールド  作者: シンG
第2章 アーリア事変
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第2話 出発点

アイリ王国の北東に位置する、サスラ砂漠真っただ中の地下国家グライファンダム。

生まれたばかりのこの国に昨日移動してきたばかりの一行は、早速問題にぶつかっていた。


「トイレ・・・、ですか」


グライファンダムで一夜が明け、国主たるリーテシアに真っ先に集まった要望はそれだった。

早朝、リーテシアの周りに孤児院一同やベルモンドらが集まり「トイレ」という議題について話し合う場が自然と設けられていた。


人が住むにはあまりにも無機質。

オアシスを切り取れば、正直「何もない」と言ってもよい整地された地下空洞。

言うまでもなく人が文明の上で生活していれば「当たり前」と思っていたものも、この空間には存在しないのだ。


初めて口にする砂蟹の美味に酔いしれていた昨夜だが、さっそく日常のサイクルに戻ろうとした際に、生活の基盤となるものが幾つも欠如しているという問題に直面したわけだ。

そうなってくると、昨日は物珍しそうに眺めていたこの地下空間も、閉鎖的なものに感じるようになり、皆が皆、窮屈な思いを感じるようになってきた。


アイリ王国のように地下に大きな空洞を作り、そこに排泄物を流し込むような施設を作ることはすぐにできないし、そもそも構造がどうなっているのかも良く分からない。オアシスによる繁栄があった時代は他国と同様、水洗式で統一されていたようだが、その水洗式の構造は魔導機械などが組み込まれることが多いそうで、アイリ王国のもの以上に作るのは難しいだろう。


仮にリーテシアの魔法で地下の形状を組み替えることは可能かもしれないが、形だけでは機能しないのだから困りものだ。


「おうよ、あやうく俺の肛門が炸裂するかと思ったぜ」


何故か偉そうな態度でラミーが胸を張る。下品な物言いなのでリーテシアはあえて無視した。

代わりに隣のヒザキが続いて事情を話す。


「今まで水分を多く含んだ食べ物を摂取していなかったためか、胃が驚いたこともあるんだろう。今日の早朝から便意に苦しむ奴が絶えなくてな。場所は・・・まあ外しかないから、俺が護衛に毎度ついていたわけだ」


その言葉に男性陣は「いやぁ助かったぜ」などと口を揃え、女性陣は恥ずかしげに口を閉じて目を逸らした。同じ女性としてリーテシアも容易に彼女たちの心情を理解し、苦笑してしまった。


「ヒザキさん、ありがとうございます。でも毎度ヒザキさんに護衛についてもらうわけにもいかないので、何かしらの施設は作らないといけないかもしれませんね」


そう口にするが、無論足りないものは何もトイレだけではないことは重々分かっている。


「・・・本当のゼロから始まったこの国は足りないものばかりです。目標に向かってやるべきこと、やりたいことは山積みですが、その中でも優先順位をつけるとしましたら・・・やっぱり生活の水準を上げることですよね。今回のトイレに限らず・・・」


「おいおい、なんでお前、そんな大人ぶった態度してんだ? てかスイジュン? ってなんだ」


「もう、茶化さないでよ、ラミー。全然威厳とか・・・それっぽくないとか、分かってるけど・・・一応、私はここの責任者なんだから・・・。水準は・・・んー、ようは私たちが思う一般的な生活、っていうか――要はここでもアイリ王国で過ごしていた生活をできるようにしましょって話をしているの」


「へー、で、どうやんだ?」


「だーかーらっ、それを今から話し合うのっ」


「んだよー、んじゃさっさと話そうーぜ」


「えぇー・・・」


大人の前では大人しいリーテシアだが、このラミーと話す時はいつも調子を崩されるようだ。

あまり見ない子供らしさが前面に出てしまい、リーテシアはヒザキたちの前だということも忘れて頬を膨らませた。


普段から彼女と孤児院で寝食を共にしていた子供たちだ。

出発時に国主らしい宣言をしたものの、未だにリーテシアがこの国の王たる立場にいる事実が浸透しないのだろう。理性では理解していても、何となく受け入れがたい、といった心情だろうか。だから大人の中に混ざっているように見えるリーテシアを見て、思わず口を挟みたくなるのだろう。

まあそもそも、15にも満たない子供に国主を担わせているのだから、子供に限らず、大人だって目の当たりにすれば信じられないことだろう。


「ご、ごほんっ! えと・・・それで、まずは生理現象にかかる施設を優先的に考えて・・・いきたいと思うのですが――」


と、リーテシアはチラッとヒザキの方を見た。

歯切れが悪くなったあたり、おそらく助け舟を求めているのだろうが――正直、ヒザキとしてもトイレがどういった仕組みで動いているかなどの知識は持ち合わせていない。


「・・・ベルモンド、トイレは作れるか?」


この面子の中で最も雑多な知識を持っていそうなベルモンドに話を振ってみたが、ベルモンドの本職は商人。

当然ながら肩を竦めて「NO」の意志を伝えてきた。


「俺の商品はそういった工業系は扱ってないからなぁ・・・友人に工具を扱う奴もいたが、まあ何にせよ部品は分かっても、どういう仕組みで動くかなんかは専門職の人間にしかわかんねーだろうな。それに今の水洗式は魔導機械も組み込まれているんだろ? となれば機構の仕組みはより複雑になるし、管理施設の増設と、ヘンリクスに魔法を流し込むための魔法師の配置も必要となってくるからなぁ・・・。どう考えても人員も足りないし、そもそも役不足が過ぎた状態だな・・・」


「因みに何の属性の魔法が必要なんだ?」


「ん? あー・・・確か、属性は特に関係なかったと思うぞ」


「属性が関係ない? どういう仕組みなんだ」


「だから、詳しいことまでは分かんないって。けどまぁ・・・予想としちゃ、全属性分のヘンリクスを組み込んでおいて、どの属性魔法を流し込んでも、最終的には同じエネルギーに転換されるようになってんじゃないかな。そのエネルギーが国全土の水流操作を行って、その一端が水洗式トイレにも適用されてるって感じだと俺は思うぜ」


「そうか・・・聞いただけでも大がかりな話だな」


ヒザキの言葉にベルモンドは「そりゃそうさ」と大仰に手を広げた。


「今となっちゃ大国レベルの国にゃ完備されていて、当たり前のことみたいに感じるもんだが、この技術が見いだされた当時は設計・施行から完成まで十数年かかったぐらい大工事になったみたいだぜ。総動員数1000人を超える規模の工事。当然、資金と資源も無けりゃ成し得ない巨大事業だ。地下を流れる水道を管理する施設を作るには莫大な資金が必要で、完成当時はどの国も赤字状態だったみたいだが、その恩恵と引き換えに国民から増税を課したみたいで、現在はどこも元を取れているそうだ」


「莫大な資金に税金、か。オアシスという資源があるにしても、圧倒的に足りないモノの方が多いな」


「ま、諦めるのが妥当だろうな。国民数が少なくとも数百万を超えて、かつ安定した国営事業を行える環境が揃わない限り、着手してもすぐに頓挫するのが目に見えているぜ」


「ふむ」


ヒザキとベルモンドの会話にしばらく耳を傾けていたリーテシアが、おずおずと話しかける。


「あの・・・結論を言うと、やっぱり難しい・・・感じでしょうか?」


「水洗式はまぁ無理だなー」


「あぅ、そうですか・・・」


どうやらしばらくは野外での排泄を我慢していくしかないようだ。

いや――しばらく、というレベルで済むかどうかも疑問だ。下手をすればリーテシアが寿命を全うする前に水洗式トイレを配備できるかどうかも不安なぐらいだ。それだけグライファンダムの国力は底辺も底辺な状態だった。


「一番の近道は連国連盟に加盟して、他国の助力を得ることだが・・・」


ヒザキの独り言に近い言葉に、ミリティアが頷く。


「そうですね。ですが・・・基本的に連盟は平等を掲げており、一方的な偏りを善しとはしない機関です。何かをしてもらうなら、何かをしなくてはならない。等価交換の原則を守れない可能性が高い国が加盟することを、連盟側は渋るかと思われます。アイリ王国は古くから連盟と深い関係にありましたし、過去に他国への援助も行っていた経緯から、このような惨状に陥っても未だ恩恵を得られてましたが、グライファンダムは生まれたばかり・・・他国からの信頼も無い状態です。連盟に過度な期待を持ちすぎるのも危険かもしれません」


「確かにその通りだが、あまり悲観的なケースばかり考えても仕方がないだろう。要は加盟に値する国家価値を見出せばいいのだから、そこをどうにかする案を考えるべきだろう」


「あっ、も、申し訳ありませんっ」


「いや、別に責めているわけではないのだが・・・」


どうも近衛兵隊長という枠から解放されたミリティアは、腰が低すぎてヒザキとしてはやりにくい。

久しぶりに再会した事情聴取の時のように、堂々とし、はっきりと言葉を口にする姿勢の方がこういう話し合いの場としてはやりやすいのだが・・・中々上手くいかないものだ。

逆に日常生活上では、今の物腰が柔らかいミリティアの方が接しやすいという面もあるのだから、最終的にはプラスマイナスゼロ、といったところなのかもしれない。


ミリティアの美貌に鼻の下を伸ばしがちなベルモンドとしては、圧倒的にプラスなんだろうな、と心の中で付け加えておく。


ぺこぺこと頭を下げるミリティアに、小さく息をついてヒザキは話を続けた。


「やるべきことは多くある。が、全部をまとめて行っていくのは不可能だ。まずは優先順位をつけて一歩ずつ進んでいくのが落としどころだろう」


子供たちは話についていけず、眠そうにしていたり、横の子とおしゃべりを始めたりしていたが、数少ない大人勢は神妙にヒザキの言葉に同意を示す頷きを返した。


「連盟に加盟するにしろ、加盟せずに中立国としてやっていくにしろ、まずはアタシたちの生活基盤を作んないとねぇ」


「や、やはりトイレはちゃんとしたものが欲しいですね・・・」


「まー、さすがに野ざらしの外でってのはキッツイよなぁー・・・」


レジンの言葉に全員が頷き、セルフィら女性陣はトイレ等を優先的に整備したい旨を露わにした。

女性なら当然の要求だろう。もっとも男であっても、魔獣がひしめき合う、しかも砂漠の上で用を達すのは御免被りたいところだろう。


「あと紙とかの手配も必要だぜー。今朝は俺の手持ちの商品で事足りたけど、正直、数日も持たないぞ」


ベルモンドの指摘はご尤もだ。

拭く物がなければ生きた心地がしない。最悪、オアシスの淡水をくみ上げて洗うという手段もあるが、洗えばやはり拭く物は必要で――どの道、そういった備えは早いうちに手を打つべきだ。


「えと・・・それじゃまずは目先のことから、ということで皆さんいいですか? 何をどうするかは勿論これから考えないといけないところですが、まずは目標を定めたいので・・・」


「さんせ~!」


年の近しい親しい女友達であるシーフェが元気よく手を挙げる。

それを皮切りに、次々と子供たちが頷いていた。


子供たちは今の話の内容をほぼ理解していないだろうし、そもそもこの国――グライファンダムに端っこ孤児院から転居した事情すらも呑み込めていないだろう。今はまだ好奇心や、見知った人ばかりの環境のため、いつもと変わらない様子を見せているが、早く最低水準の生活基盤を作らなくては、子供たちの心身に負荷が溜まっていくのは目に見えている。誰かが泣いて「国に戻りたい」と思わせないよう、早急にこの空洞を人が住める環境に変える必要があるだろう。


リーテシアもその辺り、具体的な予想がついているわけではないにしろ、このまま行けば悪い方向へと国が傾く――おぼろげな想像はしているらしく、何か自分にできないかという焦りが端々に見て取れた。


「・・・」


予想通り、一日目にして宜しくない傾向だ。

今はそれほど気づかれていないにしろ、トップであるリーテシアが日に日に焦燥感が周囲の目に映っていくのは時間の問題だろう。

そして頭が機能しなくなれば、当然、体は機能不全を起こす。

ヒザキやベルモンドらの外部の者、レジンならまだしも、子供たちには間違いなく大きな影響を及ぼす。

そうなれば子供たちは「帰りたい」という想いを抱き、それをどうにかするためにリーテシアは更なる焦りと恐れを胸に秘めて必死にもがく。いかに周囲の大人が何とか軌道修正しようにも、子供たちは大人のように「物事を割り切る」ことができないものだ。一度傾いた傾斜を元に戻すのは容易ではないだろう。


(・・・・・・リーテシアにはもう少し肩の力を抜いてもらうべきだな)


真っ向から「何もしなくていい」と言えば、今だけの話にしろ、彼女は自分が足手まといだと自責し、深く落ち込むことだろう。そんなことを言うつもりはないし、彼女には彼女にしかできない「役割」がある。その辺りの事情と、力を抜くべきタイミングで抜く。それを上手く伝えなければならない。下手に「何もしなくていい」と受け取れるような言い方だけは避けなくてはならないのだ。誤解というのは生じるのは一瞬だが、解くためには時間と労力がかかるものなのだから。


「・・・ベルモンド」


「ん?」


こういう場合、もっとも機転と知恵が回りそうな男にヒザキは小さく声をかけた。


「丁度全員が集まったいい機会だから、ついでに役割分担を決めておきたい」


「・・・・・・ああ、なるほどね」


商人としての気質なのか、ベルモンドはこのタイミングでその提案を投げかけられた意図を察し、リーテシアを一瞥して、ニッと笑みを浮かべた。


リーテシアはシーフェや子供たちが「賛成」の意を示してくれたものの、どう話し合いを締めたらいいか悩んでいるようで、眉を下げながら必死に何かを考えているようだ。


「さて――この場で決めるべき事項、優先的にすべきことは明確になったな。まずはトイレを含めた生活に必要な環境を整える」


「あっ」


リーテシアには大きな助け舟に見えたのだろう。

次の言葉が出てこなかった最中にヒザキが言葉を全員に投げかける様子を、安心半分嬉しさ半分の眼差しで見上げた。


「そこで・・・これからの作業において大まかではあるが役割を各自に決めておきたい」


「やくわり?」


「おそうじー?」


ヒザキの言う役割という言葉に小さな子供たちの反応が返ってくる。

普段から砂掃除などの奉仕活動を行っているためか、何かしらの役割を担うことが当たり前のことと身に沁みついているのだろう。そうなると一日中、自由時間として遊びまわっているよりも、一定時間、何かしらの役割を子供たちにも担わせたほうがプラスに働くかもしれない。


「おーよ、ちゃーんとお前たちにも仕事があっから、頑張れよー」


ベルモンドがすかさず合いの手を入れると、リーテシアよりも小さい子供たちは次々と元気に「はーい!」と手を挙げて答えを返した。

ここまで素直な性格に育ったのはレジンの教育の賜物かもしれない。比較的、端っこ孤児院の中でも腕白な部類のラミーやサジも大人しく話を聞いているところから、うかがい知れるものだ。


「俺は強くなりてぇぞ!」


「あ、てめっ、また抜け駆けかっ!」


と思っていたら、ラミーとサジが早速大声を上げた。

いつもの掃除雑用をさせられると思ったのか、反論に近い姿勢で立ち上がった。


「ふむ」


出来れば分担が一通り終わってから、細かい調整をしたかったが、ラミーとサジの眼差しを見てヒザキはその考えを棄てた。どうやら後回し、というやり方は彼らにとって悪影響になり得そうだった。大人だから、子供だから、という考え方で、子供の意見を後回しにすることは、時に子供の成長を塞いでしまうことに繋がる。特に子供側が真剣な想いを抱いている場合は、だ。


「ラ、ラミー! 今はそんな話をしてるんじゃ――」


「リーテシア」


「えっ?」


「どうやら彼らは冗談で言っているわけでもなさそうだ」


話の流れを折るラミーとサジの様子に口を開いたリーテシアだが、ヒザキの言葉に思わず言葉を飲み込み、続いて彼らの表情を見た。

ラミーとサジは言葉遣いこそいつもと変わらないが、そも面持ちは真剣そのものであった。


「あんちゃん、強ぇーんだろ? 俺は強くなりてぇ! どうしたらいーんだっ?」


「あ、俺も俺も!」


(・・・この子らは、あの時リーテシアと一緒に山岳地帯にいた――)


他の子らよりも見覚えが強く残っていると思ったら、心当たりのある子供たちだった。


(あの時のことを悔いているのか・・・)


同年代、それも女の子のリーテシアに庇われ、救われた事実。

彼らにとってはその事実が屈辱であり、自身の情けなさを深く感じたことだろう。

魔法という特別な力を持っていたとしても、自分よりも非力なリーテシアを危険な場に立たせてしまった――男としての矜持が崩れ去ってしまう事態だ。それが強烈な負い目となり、彼らは「強さ」を子供なりに追い求めているのだろう。


強ければ――あんな情けない姿は見せなかった。

強ければ――リーテシアを危険な目に合わせなかった。


そう――彼らの目が語っている。


「・・・」


ヒザキは手を顎に当て、考える。

おそらく安易に答えてはいけない案件だ。彼らの未来、リーテシアの未来、この国の未来を見据えた上で言わなくてはならない。


(・・・そういえば昔も似たようなことがあったな)


ヒザキは昔のことを思い出しつつ、「ちょっと待ってろ」と言葉を残して、オアシスの畔まで近づくと、右腕を水面に突っ込み、比較的近くにあった掌サイズの石を掴み上げた。


そのまま皆の元に戻り、何をするのか全く分からずに顔を傾げる全員の前に石を差し出した。

ラミーとサジもまじまじと石を見上げた。


「これを――そうだな」


と、ヒザキは振り返り様、右腕を振り上げて、オアシスのちょうど中央部分に水面から顔を出している岩場に向けて石を投げた。

綺麗な放物線を描いて、石は岩場の頭に辺り、大きな水音を立てて水面下へと沈んでいった。


「・・・ヒザキさん?」


未だ意図が掴めず、リーテシアが問いかける。

彼女に答える意味も込めて、ヒザキは全員に話しかけた。


「ここからあの岩場までの距離、石を飛ばすことが条件だ」


「・・・!?」


「・・・へ?」


ようやく周囲の何人かが彼の意図を飲み込めてきた。


「ただ単に強くなる、と言ってもそんな単純な話は何処にもない。あるのは地道に一歩ずつ進むことだけだ。お前たちがもしその一歩を・・・あの岩場まで石を飛ばせるだけの力を手に入れることができたなら、俺が戦い方を教えよう」


「・・・・・・っ、へ、へへ・・・男の約束、だよな、あんちゃん」


「お、面白くなってきたじゃねーか・・・」


「ああ、約束しよう」


彼らが仮にこのテストをクリアして、戦い方を順調に学んだとしても、実戦に送り出すのはまだまだ先になることだろう。だがその術を体に染みつかせておくことは無駄ではない。いざという時に役に立つし、未来的にはリーテシアやこの国を支える大きな力になることだろう。そして何より、戦争の無い平和な世界ではなく、魔獣という脅威と隣り合わせのこの世界において、戦う力を持つということは生きる指針にもなるし、大きな自信にもつながる。この二人が成長する意味も込めての意図だった。


同じ釜の飯を食べてきたリーテシアとしては、戦いの場に彼らが赴くことは快く思わないかもしれないが、自分や誰かを護る意味でも必要となる技量だ。身に着けて損と言うことはないだろう。


「と、大雑把な話をしてしまったが、詳しいことは後で決めよう。まずは役割分担の話が先だ」


「おっす!」


「おお!」


ヒザキの言葉に素直に応じる少年二人。

どうやら修練に付き合ってくれることで、それなりに懐いてくれたようだ。


「話はついたようだから、さっきの続きを始めるぞー」


二人の様子に茫然としていたリーテシアが、ベルモンドの言葉にハッとし、我に返った。

彼女にとって、ラミーとサジが自分から強い目的で行動する姿というのは、新鮮に映ったのかもしれない。


「そんじゃまずは――言うまでもないことだが、この国の一番のお偉いさんはリーテシアだ。言って、敬称をつけないで呼ぶのはどうかとも思うが、いきなり『様』付けで呼ばれてもお嬢ちゃんが窮屈だろうから、今まで通りの口調で話すぜ」


ベルモンドの言葉にリーテシアはコクコクと必死に頷く。

ミリティアの立場に拘る生真面目さが影響しているのか、何としてでも敬称は止めて欲しい模様だ。


「本来だったら宰相なり、大臣なり王を補佐する立場の人間も必要なんだが・・・圧倒的に人材不足だからな。その辺は置いておいて、建国優先に重点を置いて進めるぞー」


「ああ」


「はい」


ヒザキとミリティアが揃って相槌を返す。


「んで、次は外交や物流、資源の管理・・・、まあその辺は俺とかセルフィ、ヴェインが受け持つ――の方がいいだろ?」


「ああ、頼む」


ベルモンドはヒザキに念押しを一つ挟んで続けた。


「つぎー、食事担当だな。食材の管理は俺らがすっとして、実際に調理する担当も必要だ。ここはレジンさんに任せたいと思う」


「そりゃ構わないけど、料理の際はこの子たちにも手伝ってもいいのかい?」


「もちろん。どの子が何が得意かってのはレジンさんが一番知ってる部分だからな。そこは貴女の裁量に任せますよ」


「ハハ、そうかい。分かったよ・・・やるからには全力で受け持とうかね」


「宜しく頼みますわ。んじゃ次なー」


レジンにも快諾を得られ、ベルモンドはミリティアを見た。


「次は王の側近かな。ようは護衛。とーぜん他国との絡みが増えれば、外に出る機会も格段に増えるだろうから・・・そういった際に彼女を護る存在――そこをミリティアさんにお願いしたい」


「――はい、しかと承りました」


胸元に手を当て、ミリティアは恭しく頭を下げた。


「んで、肝心のトイレとか居住地とか色んなモンを建てる、建築担当が――嬢ちゃんだ」


と、最後にヒザキを見るかと思いきや、ベルモンドはリーテシアを見てそう告げた。


「・・・・・・・・・・・・え?」


冒頭に既に名を呼ばれていたため、意表を突かれた表情でリーテシアは口を開いた。


「んで、補助としてヒザキな」


「ああ」


ヒザキとベルモンドだけ理解した風に会話を続け、少し遅れてミリティアが「なるほど・・・」と小さく声を上げた。


「この場所はリーテシアさんの魔法による干渉を強く受けます。その力を使って様々なものを造っていくのですね」


「あっ」


「そゆこと。まあ細かい部分は建材だの備品だのは必要になるだろうけど、そこは俺らがこれから何とかしていくとして・・・大まかな建造は正直、建築家がいないこの面々じゃ嬢ちゃんに頼る他ないんだよなぁ・・・」


「が、頑張りますっ!」


ベルモンドが同意を問う前に、リーテシアは握り拳を作って大きく声を上げた。

その意気込みから、やはり自分も何かしらの明確な仕事が欲しいと思っていたのかもしれない。


「よぉーし、んでヒザキは嬢ちゃんの補佐って言ったけど、時間が空くなら他の分野の手伝いもしてほしいんだ。口数少ない癖に、結構色んな事を知ってるみたいだからな」


最後の言葉は何処か「探り」を入れるような口調だった。

確かにここ数日、それなりに深い付き合いだったが、その間、出自を含めて詳しい話をしたことはなかった。彼の言葉は要は「そろそろお前のことも教えてくれないか」という意志も込められているようにも感じる。


「・・・ああ」


ヒザキはそれ以上は口にせず、その様子にベルモンドは苦笑しながら肩を竦めるのだった。


「よっし! んじゃ今日の場はこれで解散して、明日の同じ時間にまた集まろう! 今日は各自の役割をこなすにはどういうルールを設けて仕事の進め方をしたらいいか、それを考えてくれ。その過程で不足している物が自ずと見えてくるだろうからな。それを明日の議題にしたいと思うんだ。というわけで、一つ宜しく!」


ベルモンドが右手を大きく上げると、子供たちが「おー!」と合わせてくれる。

ノリの良さにベルモンドは何処か照れくさそうに鼻の下を擦り、「こんな感じでいいかな?」とリーテシアに目配りを送った。


「ありがとうございます!」


彼女はすぐに頭を下げて、場を取り仕切った彼の手腕に感謝した。


(ベルモンドは商才もさることながら、管理職向けの性格だな)


ヒザキは彼の性質をそう判断し、この国の重要な人材であることを改めて確信した。


一歩遠目から見れば、全員が意気揚々にモチベーションを上げ、まだ見ぬ将来に希望を抱いている姿が見える。

この小さくも明るい灯を消さないよう、ヒザキも内心で気を引き締めるのであった。



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