第1話 三顔の悪魔
投稿間隔が空いてしまって申し訳ないです(>-<;)
これより第二章を書いていきつつ、第一章の補完的な幕間を入れていくと思いますm( _ _ )m
お暇なときに読んでいただければ幸いです。これからも宜しくお願いします^^
ふと、意識が浮上する感覚があった。
全身の神経が、これは夢から覚める感覚だ、と教えてくれる。
ああ、そうか。
どうやら自分はいつの間にか寝てしまっていたらしい、と納得する。
『――・・・・・・』
瞼を開くと、網膜を焼くような陽の日差しが入り込んでくる。
思わず目を再度閉じ、幾度かの瞬きを繰り返した後、ようやく光に鳴れた視神経は外の様子を脳へと教えてくれる。
『・・・・・・』
どうやら目に感じた痛みは日差しだけが原因ではないようだ。
目の前を飛ぶ火の粉。
松煙のような煙の中に舞う火の粉は、何とも幻想的で――美しく見えた。
目を擦りながら上体を起こし、そういえば自分は何処で寝ていたのかと思い、布団代わりにしていたものを見下ろす。
『・・・』
実に寝心地の良い上質なベッドだった。
改善点があるとしたら、形状だろうか。凹凸はあるものの柔らかさは十分。汎発性も考慮された素晴らしい出来なのだが、どうにも形状だけがいただけない。
ベッドを構成する素材の問題なので仕方ないと言えば仕方ないのだが、ベッドの淵からはみ出す突起物が邪魔で仕方ないのだ。
ベッドの塗料だろうか、腕についた赤い絵の具のような液体を掌で拭おうとするが、伸びるばかりで取れる気配がない。最悪なことに拭った掌まで真っ赤になってしまったため、仕方なく拭うことは諦めることにした。
しかし妙だ。
今、拭ったことで気づいたが、どうやら自分には右腕が三つあるらしい。
いや――妙なのか?
良く考えれば、当たり前のことのようにも思える。
『・・・』
どうにも頭がスッキリしない。
昨日、寝る前はいい気分で床に就いた記憶があるのだが、今朝はその真逆と言ってもいいほど虚ろだ。何か心にぽっかりと穴が空いた、そんな気分だ。
寝心地の良かったベッドから腰を上げ、周囲を見渡す。
なんとも殺風景な場所だろうか。
いや――殺風景と表現するのは間違っているか。間違いなく自分は今、心地よさを感じていた。
景色にではなく・・・、その景色に起こった結果に対して、というところか。
『・・・・・・おお』
思い出した。
そうだ、昨日、自分はこの光景を造りだしたのだ。
造形美、芸術、そういった類には当てはまらないが、自分の魂を震わすに相応しい主観的な美がそこにはあった。
ぶる、と肩を震わせた。
無造作に転がっている様々な残骸。人工的な建造物の壁に殴り書きのように描かれている赤と黒のコントラスト。自然ではなく人工的だからこそ造りだせる、自分だけの世界。何とも感慨深いものだ、と徐々に昨日の夜に感じた感動が胸にじわじわと広がってきた。
『おお、何とも素晴らしい光景か――』
胸を張り、大きく息を吸う。
濃煙と火の粉が肺の中に入り、むせそうになったが、今はそれすらも心地よいと思える気分だ。
『ふむ、一つの目標を完遂した時の高揚感とはかくも神々しい気分にさせてくれるものだ。どれ、一つ、俯瞰してみたいものだが、高い場所は無いものだろうか』
辺りを見回すが、どれも倒壊した建造物ばかり。
一番の高台だった建造物、あれは見張り塔だっただろうか。それも無残に根元から折れており、倒れた棟が真下にあった建造物を押し潰していた。
結局、高台になるものはなく、その結果に大きくため息をついた。
『・・・目的を果たすためとはいえ、何も一心に遂行することだけが正しい、というわけではないということか。今度は目的を果たした後のことも考えて行動しなくてはならないようだな』
うんうん、と頷き、今回の結果に対しての反省点を見出して、次への糧とした。
『この景色を一望できなかったのは残念だが、ここで我慢した分、より次に向けての意欲が増すというもの。ふむ・・・結果的には良かったのかもしれないな』
小腹が空いたのか、腹の虫が豪快になりだす。
調理していないものを口にするのは聊か不躾だとは思ったが、背に腹が変えられない。
昨日、狩りに狩った食材はその辺にたくさん転がっている。鮮度が下がる前ならば、生で食したところで問題はないだろう。
ちょいと足元に転がっていた食物を指でつまみ上げ、口の中に頬張った。
『・・・やはり一晩立っただけで臭みが増したな。昨夜はあれほど弾力と旨味があり、美酒にも勝らん滴りが喉を潤したというのに――野ざらしでは鮮度が下がるのも無理はないか』
不味いわけではないが、どうしても筋張っている上に臭いも食欲を削ぐものとなっていた。
『食べられないほどではないしな・・・贅沢は言うまい』
咀嚼・嚥下を繰り返し、残った骨を瓦礫の方へ放り投げて一息をつく。
『さて――・・・退屈な人生ほど無価値なものではない。早々に次の目的を定めなくてはな・・・』
そう言って頭を掻き――、
『痛ぇっ!?』
と、すぐ近くで大声が響いた。
『む』
頭を掻いたはずだというのに、およそ頭部とは思えない隆起が指の先から伝わってくる。
特に――今触れているこの部分は若干柔らかい感触がする。これはなんだ、と指先に力を入れてゼラチン質のような部位の端にある窪みに圧力をかける。
『イデデデデデ、テメエ、そこは俺様の目だ! 目ん玉抉り取るきか、アア!?』
また側頭部から声がした。
『なに、目だと・・・? 貴様は一体誰だ?』
指を離し、耳元で騒ぎ立てる声に向かって返事を返すと、またしても『アァ!?』とがなり立てられる。
『テメエ、記憶喪失かぁ!? 昨日、一緒に派手にやらかしたことをもう忘れやがったんか!』
『昨日・・・』
言われてみれば、昨日の記憶の中に、自分以外の声が二つあった気がした。
いや、これも思い出してきた。
そうだ、確かに自分は他二人と共に、この地で目的を果たしたのだ。
『失礼、どうも寝起きで頭が呆けていたらしい。非礼を詫びよう』
『ケッ・・・こっちぁ寝起きから目ん玉に指突っ込まれるっちゅー、最悪な目覚ましだったがな!』
『だから済まない、と・・・。しかし、お前は何故私の側頭部に密着しているのだ? 正直、不快極まりないのだが』
『・・・・・・テメエ、マジで大丈夫か? 頭は三つあんのが常識だろうがよぉ・・・』
『なに?』
腕を組んで思考を巡らせる。
考えてみたが、この態度が悪い男の話に何ら疑問はなかった。
むしろ疑問なのは「何故、私は頭部が複数あることに疑問を頂いたのか」という点だ。意識したわけではないが、純粋に口をついて出た言葉だったのだ。それが分からない。何故――常識に疑問を抱いたのか。
『ふむ』
『ふむ、じゃねーよ。テメエ、仮にも主体格なんだから、キチンとしろや! テメエがヘマすりゃ俺らまで被害を被るんだからよぉ!』
『主体格・・・』
(なるほど、私の感覚から見て、彼が『側頭部』についている――と感じたのは、私が主となってこの体を支配しているから・・・か)
思えば、自分を主軸として左右前後上下を定めている。
自分が見ている景色が前方であり、彼らが見ている景色は西であり、東なのだろう。
改めて説明するまでもない『当たり前』のことだ。
『ふっ・・・どうやら余程昨日の一件で私は興奮していたらしい。このような常識すら失念してしまうほど舞い上がってしまうとは、お恥ずかしい話だな』
『ケッ、俺様が主体格なら、んな無様な姿は見せねぇがな』
『耳が痛い話だ。精進するとしよう』
『――ヤレヤレ、朝から賑わしいナ』
一通りの話が済むタイミングを見計らっていたのか、今度は左側から別の声が聞こえた。
やけに無感情で機械的な声だ。
『おっと起こしてしまったか。すまない』
『気にするナ』
『寝坊助が、どーせ目ん玉に指突っ込まれるんなら、テメエが良かったのになぁ!』
『お前も先刻目を覚ましたばかりだろう。それにその件はいい加減、終わりにしてくれ』
『チッ』
『朝から仲睦まじい、ことダ』
『どこがだよっ!?』
懐かしい。
朝起きて、その存在すら忘れていたというのに、このやり取りを何処か懐かしいものだと感じた。
これは何だろうか。
感傷?
いや、もっと深く、昏い、何か――。
『・・・赤イ』
と、思考が沈みそうになったところで、左の男から声が上がった。
何かと思い、左方に視線を移すと、そこには真っ赤に染まった左腕が三本あった。正確には自分の支配下にある左腕一本は染まっておらず、残りの二本が染まっている状態だ。先ほど右腕が三本あることに僅かな違和感を感じたが、今は意識がしっかりとしてきたためか、左腕が三本あることに何ら疑問を感じない。
『ああ、すまない。例の塗料がついてしまったようだな』
無意識に自分の左腕に僅かに付着した分だけ拭おうとしていたが、良く見れば左の男の部分は酷く赤く汚れていたようだった。
あのベッド、寝心地は良かったが、欠陥品にも程があるようだ。昨日、彼を下に寝てしまったがために、彼の方に集中して塗料が付着してしまったようだ。
『アア、気にするナ』
感情らしいものを感じさせない、抑揚のない声で返事がきた。
対して右の男は嘲笑するように声を出した。
『へへ、塗料ねぇ・・・随分と世界観が変わったじゃねぇか』
『ん、どういう意味だ?』
『別に・・・知識の欠片は俺の方だけに来た、ってことみてぇだなって話だよ』
『・・・気になる話だが、まずは体の汚れを落とすことから始めよう。それでいいか?』
『へぇへぇ』
『相違ナシ』
そして一歩踏み出そうとして、すぐに止まった。
『・・・』
『・・・』
『・・・』
三者全員が状況を察し、周囲に注意を巡らせた。
その間、5秒ほどだろうか。
『見つけタ』
短く左の男が言葉を発し、彼が支配する左腕二本でその地点を指さす。
『・・・ところで、二人とも。お腹は空いていないか?』
『へへ、俺ぁよぉ・・・健康優良児だからよぉ。朝飯は抜かねぇ性格なんだ』
『腹減ッタ』
『そうか、それは丁度良かった。昨日の宴から漏れてしまった家畜がいたようでな・・・今日の朝食はそれにするとしよう』
『賛成ぇー』
『相違ナシ』
そして彼らは左方50メートル以上先を見据えて、跳躍。ただ一度の跳躍で目的地付近に着地し、目の前の数トンはあるであろう瓦礫は右腕一つで押しのけた。
ちょうど瓦礫と瓦礫の間に小さな空洞が出来上がっていたのだろう。
昨日は数が多かったから見逃していたが、この朝のくすんだ世界でその存在を見逃すわけがない。
「ひ、ひぃっ!?」
小さな人の子。
性別は女。
痩せ型のように見えるが、土壌に恵まれたこの地で育っていたためか、肉付きは悪くない。
「ぁ・・・ぁぁ・・・」
喉が恐怖に痙攣して上手く喋れないのだろう。
家畜とはいえ、命は等しく生物に存在する。
我らの腹の肥やしになるとはいえ、感謝を込めてその命を積むべきだろう。
『あれ、俺様が昨日使っていた剣、何処いったっけ?』
『昨日ハ、剣・斧・槍に加え、鍬まで使ってイタゾ』
『その辺にあるもの全てを使っていた印象だな。どれを指しているんだ?』
『あ? いや・・・なんつーんだ? こう・・・掌に吸い付くような、馴染むような・・・くっそ使いやすい剣があったんだよ。夜だったから全然、どんな剣だったか覚えてねぇけど』
『お前、最後剣なんか握っていたか・・・? その辺の瓦礫を武器に持っていた気がしたが』
『まぁ、いいや、それで・・・』
あまり執着しない性格なのか、右の男は欲しがった剣を早々に見切りをつけ、その辺の瓦礫を手に取る。
「い・・・、いやぁっ!」
その姿に人の子は更なる怯えを露わにした。
無理もない。
何を以って無理もないのか、全く理解に及ばないが、もし人間だったらそう思うのだろう。
『なに、痛みを感じるのは僅かな時間だ。お前の命はこれより我々と共にすることとなる。そのことに感謝し、死を受け入れろ』
『ケッ、なぁに紳士ぶった御託並べてんだぁ? 殺って食う。大自然の摂理だろうが。そこに感謝も糞もねぇよ』
『そういうものカ』
『お前たちの価値観に異論する気はない。そこは好きに捉えるといいだろうよ。ただ・・・目下、この場での目的は一致しているだろう?』
短い会話を終え、足元の――小さな存在に視線を向ける。
「・・・ぁ、・・・た、助けて、くだ・・・さい」
『助けとは――随分と不確実なものに頼るものだ。覚えておくといい。蒙昧なものに縋る愚者は、何もない宙を仰ぐばかりで足元を見ない。それでは何も為せないのだ・・・。成し遂げる力のない者は、前を進む者の糧となる他、道は無い。そういう形でしか役に立てないということだ。故に感謝を胸に我々の糧となれ、それが蒙昧に縋るお前の唯一出来ることだ』
『口上なげーよ。さっさとやろうぜ』
『む、すまない』
そう言って瓦礫を持つ右腕を振り上げ、少女は大声で悲鳴を上げた。
その声に感慨すら覚えず、右腕を振り下ろそうとし、彼らにも予想ができない事態が起こった。
『――っ!?』
いち早く殺気に気づいた主体格は、身をひるがえして遥か後方へと退避した。
巨漢の重量に耐えきれず、着地した瓦礫が沈み込む。
彼らがいた位置には何もなく、変わらず瓦礫の下で体を縮まらせる少女の姿だけがあった。
いや――。
『矢だナ』
左の男が主体格の回避行動の理由を述べる。
右の男は何が起こったのか分かっておらず、主体格も反射だけで行動に移っていた中、明確な原因を把握していたのは左の男だけだった。
態勢を整えてから主体格は左の男に問う。
『位置は?』
『索敵中ダ。その前に避けることを勧めル』
空気を裂く音は聞こえない。
気配もだ。
ただ、殺気だけが風の流れに逆らってこちら側に近づいてくることだけ、主体格の男にも感知できた。
『フッ――』
短く息を吐いて、その場を飛んで退避する。
困ったことに、瓦礫の少女からどんどん遠ざけられている気がする。おそらく気のせいではなく、そう誘導されているのだろう。実に面白くない話だ。
今度はギリギリのタイミングだったせいか、飛来して来た矢が右の男の眼前を通り過ぎる羽目となった。
『ウオォォォッ!? めったくそビビった! 鼻先掠めたぞ、畜生!』
『ほぅ、中々の手練れとお見受けする。荒れ狂う猛獣の相手はいつであれ英雄の運命だ。我々をまつり立てる民衆はいないが、ふむ――英雄のごとく振る舞いと雄々しさを見せつけるのも一興だな』
『だっから、口上なげっての! テメエは人間の英雄にでもなりてぇのかよ!?』
『いや、言ってみたかっただけだ』
『・・・・・・い、意外とアホなのか、コイツは』
随分と失礼なことを言われたが、今は言い合いをしている場合ではない。
もし相手が手練れだというなら、次に狙うのは――。
『回避不能な空中かっ――!』
跳躍し終える前の空中。
足が地に着く前に、殺気がこちらにめがけて疾走してくるのを感じる。
慌てて腕を交差させ、矢の追撃を最小限のダメージで済ませようとするが、その様子を嘲笑うかのように腕の下――腹部に矢が突き刺さってしまった。
『いてっ!』
『むっ!』
『痛いナ』
どうやら我々の胴体は痛覚を共有しているらしい。
昨日は傷を負う機会がなかったため、今、初めて自身の痛覚がどういう構造になっているかを理解した。
はて、何故そんな「当たり前」のことを今、理解したのか。
矛盾を感じたが、とりあえずそれは隅に置いておくことにしよう。
『遠くからチクチクしてきやがって! ぶっ殺してやるぜ!』
『位置が分かれば反撃に移れるんだがな。矢の軌道を遡っても射手の気配すら感じん・・・よほどの技量を持ち合わせているのか――』
『待テ。見つけタ』
『なにっ!?』
『本当か?』
『アア、目測でおよそ二キロメートル先にいるようダ。方角は南西ダ』
『二キロだァ? んなアホな話が――』
『いや・・・矢が通った後の残滓を視ろ』
右の男が左の男に対して発した疑問に、主体格の男が解を示す。
腹部に突き刺さった矢を抜き取り、その矢に纏わりつく力の流れを読み取る。
三者、それぞれ得手不得手はあるようだが、いずれもその力の存在を把握したようで、納得したように唸った。
『風魔法、ねぇ・・・道理で矢の気配を感じ取れねぇわけだ。ケッ、仮にそうだとしても化物クラスの射手ってことには違いねぇな』
『ああ、風の加護を受けているとはいえ、矢を射るのはその者自身。つまり二キロ離れた我々を認識し、針の穴を通す精度で矢を放っていることになる。そしてその精度は身を以って知ったわけだな』
『因みにその射手を含めテ、100程度の人間が近づいてくるようダ』
『・・・ハ?』
『・・・それは全て民間人、というわけではない――のだろうな』
『全て武装した人間ダ』
その言葉を最後に数秒、全員が押し黙る。
主体格は思わず頭を掻きそうになったが、また右の男の眼球を抉ることになることを思い出し、慌てて右手の動きを止めた。
『まぁなんだ? あのちっこいの願った『助け』とやらが成就したってことじゃね? ハハ、テメエの言う『不確実』な願いが見事に叶ったってわけだな! 次からは助けを求めるヤツに違う言葉を用意するんだな!』
『まぁ・・・確率の問題であって、別に私の言葉に間違いがあったとは思えないが・・・別に私の信念というわけでもないからな。次はもっと洒落の効いた言葉を考えるとしよう』
『次の矢が来るゾ』
左の男の注意に倣って、彼らは今度は高く飛ばずに近くの倒壊した建物の影に隠れた。
一拍置いて、風の魔法を纏った矢が先ほどまでいた場所を通り過ぎる。
『さてどうする?』
『どうするって・・・テメエ、端から答えが出てるの分かってて聞いてんだろ』
『答えは一つダ』
一つの頭部に融合した三つの顔は、くつくつと笑いを上げ、それぞれが管理する腕の調子を確かめるように、各々関節を伸ばしたり、回したりの動作を行う。
『昨日はあまりに温く、一方的なものだったからな。やはりあの程度では腕が鈍ると、天が我々に丁度いい相手を用意してくれたのだろう。ふふ、実に重畳。朝の運動にも適した素晴らしい展開だと思わないか?』
『だっから、グダグダとテメエの台詞は長いんだっての。短く、簡潔に、ぶっ殺す。それだけでいーだろーが』
『・・・話し甲斐の無い男だな、お前は』
『仲が良いことダ』
『どこがだよっ!?』
右の男の言葉の直後、威嚇も含めた矢の一撃が瓦礫に突き刺さる。
鋭い一撃だが、瓦礫を破壊する威力はないようだ。ビィンとしなる音とともに遠くから馬の足音が聞こえるようになる。
どうやら先方は大分この地まで近づいてきているようだ。
『さて、実を言うと私の記憶が霧がかかったように曖昧なものでな。昨日以前のことを全く記憶していないのだ。だが・・・記憶がないことと私が存在していなかったことは同義でないように感じてな。確かに記憶はないのだが、私という個の存在はそれ以前から存在していたように思えるのだ。記憶がないのに妙なことを言うものだと笑われても致し方ない話だがな』
『さっきは昨日のことすらも忘れていたけどなぁ』
『あれは寝起きだからだ。そう人の失態を掘り起こすものではないぞ』
『ケッ、そうかよ。ま、こういう話ができるほど知識が備わってるんだ。言うまでもなく俺らは昨日以前も存在し、ある程度の知能を持っていた何かだったんだろうよ』
『その口ぶりだとお前も昨日より前の記憶はないようだな』
『へっ、気づけばテメエらと一心同体だったってわけだな。おっと、心は一つじゃねぇか。異心同体とでも言った方が正しいか? まあいーじゃねえか。テメエらは気に入らねえところが多々あるが、拒絶反応が出るほど生理的に無理ってなわけじゃねぇ。この体に疑問も感じねえし、違和感もねぇ。んなら、現状こういう存在に不満がねぇなら、受け入れて心行くまで楽しもうぜ』
『単純な奴ダ』
『っせーな! んで主体格のテメエはよぉ・・・昨日の行為を一つの目標っつー言い方をしてたけどよ。目標ってのは、目的があって成り立つ指標だ。昨日が始まりだった俺らに、んな早々と目標なんて大層なモンが出来るとはぁ思えねえけどな』
『ん、そうか? いやなに、簡単な話だ』
『ああ?』
迫りくる馬の足音と100を超える気配は、既に目視でも「近い」と思えるところまで来ていた。
その様子を瓦礫の隙間から確認して、主体格の男は口元に笑みを浮かべながら言葉を繋げた。
『別に大きなことでなくていいのだ。目の前に広がる景色――それを見て我々が『何をしたいと思ったのか』・・・その感情を震わせる欲望こそが目標なのだよ。昨日は眼前に群がる人間たちの集落を破壊し、喰らい、奴らの体液で染め上げることこそが私の欲望。その光景を見たいと本能で思ったのだ。それ以上の目標があるかね?』
その言葉に左右の男は一瞬だけ沈黙し、すぐに堪えきれずに笑い始めた。右の男は豪快に笑い、左の男は声こそ上げないが、口の端を上げた。
『・・・・・・ク、ククク! クハハハハハハッ! なるほど、予想以上にぶっ壊れちまっているようだな、テメエは!』
『全く以ってその通りダ』
『共感してもらって何よりだ。して諸君――』
気づけば迫ってきていたはずの足音は鳴りを潜めていた。
ここまで近づけば、三者それぞれが言葉にせずともどういう状況か理解できていた。
――囲まれている。
牽制――あわよくば仕留められれば、という攻撃を繰り返していた弓兵。それと同等の戦士が取り囲んでいると想定すると、中々に状況は厳しい。
そう、厳しいのだ。
そして、それが何よりのスパイスになる。
あらゆる生物が当たり前のことと感謝することすら忘れてしまった、生きるということ。
その意義をより深く、魂の隅々まで味わえる瞬間。その瞬間をより美しいものへと進化させるためのスパイスだ。
主体格の男はその感覚を味わうように目を閉じて堪能し、彼らに言葉を投げかけた。
『お前たちの――今感じている欲望は何だ?』
言うまでもない。
その答えはこれから生じる未来が教えてくれるだろう。
だからそれに対しての答えは不要だ。
蛮声が上がる。
我々のものではない。
どうやら我々を討伐しに出向いてきた家畜どもの合唱のようだ。随分と威勢の良いことだ。
『では――始めるとしようか』
この日、最も西に位置する山林に囲まれた国、アーリア公国で史実に残るであろう異変が始まったのである。




