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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
72/96

第72話 クラシス=ストライクという男

土日に大きな風邪を引いてしまいました(´Д` )

皆さんもご体調にお気を付けください。

なぜ今まで思い返すことが無かったのか。


12の子供では処理しきれない膨大な情報量。理解できたものと、理解できないもの。その視界に納めた記憶と、死角で起こっていた事象。一つの白いキャンパスに様々な色の情報が乱雑に塗りたくってある中、一か所だけ塗り忘れていた空白の白。


ミリティアは八年前、なぜサンドワームに向かって単身で飛び込んでいったのか、その根源を思い出すことになった。


同時に――――、記憶にあるクラシス=ストライクという男の顔が、雨の波紋で乱れる水面のように曖昧なものになっていった。


あの男は――誰だ。


あの時、自分と話していた男は誰だったのだ。


「ぁ・・・」


フラッシュバックする青年の姿。

サンドワーム騒動の後、両親の行方が分からなくなったことでミリティアの中には、身に余る喪失感と、命を助けてくれたヒザキの背中だけが色濃く記憶に残っていた。ルケニアやモグワイに支えられ、ようやく自失から覚めた後は、ひたすら前に進むことだけを考えていたため、その見落としていたカケラを拾い上げることが出来なかった。


『――君がデュア・マギアスだということを聞いているんだ』


よくよく考えれば、彼がデュア・マギアスのことを聞いていることも怪しい。


『ああ、違う違う。実は君のお母さんから聞いたんだよ』


モグワイがあれほど秘匿を薦めていたにも関わらず、カミラが喋るだろうか。娘を溺愛していた母が、子に不利益になることを進んで口にするとは到底思えない。

当時は気が動転していて全く意に介さなかったが、腑に落ちない点が多すぎる。


後からモグワイに聞いた話では、母を案内した門兵の人もその日に姿が見えなくなったらしい。周囲からは「サンドワームを恐れて逃げ出した」と噂される声も耳にしたが、モグワイはそれなりに長い付き合いだったらしく「おちゃらけた奴だが、国を捨てて逃げるような奴ではない」と歯を食いしばって言葉を溢していたのを覚えている。


姿を同時に消したカミラと門兵。

異様な状態で突如姿を現したサンドワーム。

西門で瀕死まで追いやられたマイアー。

そのマイアーが指揮を執るはずだった後方支援部隊に参加していたダビ

サンドワームと直接対峙することになった自分ミリティア


――それらを線で紡ぐ、その存在は――。



ふと遠のいていた意識が現実に引き戻される。

気付けばルケニアがミリティアの両手を握って、悲痛な表情でこちらを見上げていた。

本当に・・・良い友人を持ったものだ、とミリティアは彼女という存在に急激に落ち着きを取り戻していく現金な心に苦笑しながら、小さい友人に「大丈夫」と応えた。


「べ、別に・・・心配なんかしてないし? いちおーお姉ちゃんだから、ね」


ハッとルケニアはミリティアを掴んでいた手を離し、腕を組んでそんなことを言い始める。

照れ隠しなのは紅潮した頬を見れば一目瞭然だが、そこは指摘しないのが友情というものだ。以前の近衛兵隊長なら何も考えずに突っ込んだであろうが、今は違う。その思いに温かさを感じて、彼女はただ微笑んだ。


その様子に周囲の者たちも、どこか安堵したように息を吐いた。

マイアーは少し気まずそうに「ちょっと・・・配慮が欠けていたさね。ごめん」とミリティアに告げ、それに対してミリティアはゆっくりと首を振り「必要なことですから」と答えた。

マイアーは決して思慮が浅い人間ではないが、八年前と今回の件で相当クラシスに対して気が立っているようだ。彼女にしては珍しい、まくしたてるように言葉を続けた先までの姿がそれを如実に物語っていた。


ギリシアは一時的に変わってしまった空気を変えるため、パンッと手を叩いた。


「まだまだ情報は散らばっている状態だからねぇ・・・各人から断片的に八年前の情報を出してもらい、それを時系列を考慮して紐づけする必要がある。ミリティア嬢、行けるかい?」


今のミリティアは過去を直視してなお、踏みあがっていける精神力がある。

その確信を持ってギリシアはミリティアに尋ねた。



「・・・はい、私が覚えている範囲でその全てをお話いたします」



ミリティアは、ギリシアと視線を逸らさずに、凛とした口調でそう答えたのだった。



*************************************



円卓を囲んでの報告会議が始まって三時間が経った。

外はいつのまにか夕焼け色に染まっており、夜の帳が下りてきているようだ。


八年前、前線での出来事を知る者。

そして今回の騒動を知る者。

両者の情報を各視点から吸出し、凝縮する。

全て、とまではいかなくても、それだけで朧気ながらおおまかな全体像は浮かび上がってくるものだ。


「まあまとめると、クラシスが狂っていることは間違いないかな」


この場において、現場に居合わせていない者はルケニアとベルゴーだけだ。客観的に物事を図れる第三者として、ルケニアがまとめた結論は簡潔に言ってしまえば、そういうことだった。


「主張や思想、価値観ってのは人によってあるし、時には大衆に全く理解されないものだってある。それが正解なのか不正解なのかは置いておいてね。こちは理解されない思想が無意味だとは思わないし、そこから新しい見解が生まれる可能性も考えれば・・・むしろ有意義なものだと思う。だけど・・・クラシスは違う。あいつは笑って人を殺せる、異常者だよ。そこにどんな思想や理想が掲げられていたとしても、喜んで人を殺せる奴は狂っているとしか表現できないかな・・・」


「・・・そうだな」


ルケニアの言葉にヒザキが短く同意する。


「だが狂信者、という者はそういうものだ。世界に敷かれた『常識』という括りには捕らわれず、自身、もしくは自身が妄信する何かを絶対だと信じ込み、突き進む連中だ。人を殺さないのが当たり前、という常識など、奴らは簡単に飛び越えてくる」


ヒザキの言葉にギリシアはうん、と頷いた。


「問題は――そういった狂信者に世界をひっくり返す力があるかどうか、だねぇ」


全員の視線がギリシアに向かう。


「・・・まだ憶測の域を出ないけど、クラシスは八年前の騒動の発端と見ていいと考えるよ。サンドワームの混乱に乗じて、奴はミリティア嬢をかどわかした。ミリティア嬢の両親の所在も関与している可能性が高いだろう。今回の件で奴が何かしらの手段で魔獣を生み出せることが出来ることが分かった。つまり、地下浄水跡地の魔獣もサンドワームも・・・奴が生み出した可能性があるということだねぇ。地下に関しては、ミリティア嬢が発見した治療の血痕場――、あそこに残された風魔法の痕跡、そして地下を調査するミリティア嬢の前に姿を現したことから間違いないと見ていいと思うよ」


「人を・・・魔獣へと変貌させる手段。反吐が出るねぇ・・・」


「クラシスの目的までは分からないけど、ヒザキ君の言った通り、魔人の類を崇拝しているのかもしれないね。魔人も溶人も魔獣も、その生まれる過程は一緒だとも言われてるからねー・・・魔獣を生み出す研究みたいのをしてるんだったら、もしかしたら魔人そのものを作り出そうとしているのかもね」


ルケニアの言葉にヒザキは視線を送ったが、それ以上は何も言わずに再び会話に耳を傾ける。


「ふむ、残る謎は山のようにあるようですが・・・まず目に留まるのは八年前と今のクラシス。その両者の相違について、ですかな」


「そうだねぇ・・・両者を知るのはマイアー君とミリティア嬢だけになるわけだが、やはり別人のように思えるかい?」


ベルゴーの議題をギリシアが女性二人に投げかける。


マイアーは曖昧な表情を浮かべるも、


「別人、と言われれば別人になっちゃうと思うのさ。でも・・・アイツの話の内容からして、別人とは思えない単語が幾つかあったから・・・そう考えると同一人物、ないしは何かしらの方法で情報を共有できる存在だった、という感じになるかな」


と答えた。


「古代技術には遠くの人間と会話をする技術もあったと聞きます。彼の部屋に古代文字で書かれた書物があったのも、もしかしたら何かしら因果関係があるのかもしれませんね。私は正直、八年前は母と父のことばかり考えていたせいか、彼の姿恰好にそれほど意識を向けておりませんでした・・・。ですが、耳に残る声は――少なくとも今のクラシスとは似て非なるものだったと思います」


ミリティアもマイアーに続いて、そう答えた。


「奇妙な話だねぇ・・・チグハグなこの状況、それを解明するにはどうも我々には考え付かない『何か』を考慮しないといけない気がするよ。ヒザキ君が八年前に致命傷を与えたにも関わらず、奴は素知らぬ顔で王城に居座っていた。八年前に多少の怪我人はいたけど、命に支障が出るほどの大怪我を負った兵士は俺の記憶じゃいなかったからね。それじゃ・・・何故奴は短期間で医師の力も借りずに怪我を治すことができたのか。遺体を確認できればマイアー君がつけたククリの傷跡を確認できたんだけど・・・不思議と『遺体は見つからない』ときたものだ。俺は――どうもその辺りに鍵がありそうな気がするねぇ」


ギリシアは静かに一同を眺め、神妙に尋ねた。


「率直に言って、クラシス=ストライクは生きている、と思うかね?」


『・・・!』


この会議で得た情報、それを固めた結論から皆の意識にどこか浮かんでいた答え。

それを改めて問いという形で尋ねられたことで、全員が固唾を飲む。


先に沈黙を破ったのは、やはりと言うべきかヒザキであった。


「・・・現状を整理した上で述べるなら、生きている可能性が高い・・・と俺は思う」


「根拠を聞いても?」


「根拠は無いな」


肩透かしな返答だったが、ヒザキはその言葉の続きに、


「だが――瓦礫を撤去して死体が見つからないという点が腑に落ちない。マイアーが頭部にククリを投げつけたとあったが、生死までは確認していないんだろう?」


と言った。

話を振られたマイアーは、少し考えるように間を置いたが、やがて首を横に振った。


「確認は・・・していないけど、間違いなく感触はあったのさ。投擲とはいえ、何千何万と投げ続けた感覚だからね・・・刃が実態ある物に突き刺さる手応えは間違いなくあったよ」


「その手応えは人体に限らず、ということか?」


「・・・まぁ、そうさね。対象が人なのか物なのか、そこの判断までは感覚だけでは掴めないのさ」


「そうか。であれば・・・対象が土の塊であっても分からないわけだ」


「・・・」


ヒザキの言葉の真意を探るように、マイアーは口元に指を当てた。


「クラシスが・・・土と風のデュア・マギアスだった、ということさね?」


「もしくは――土魔法に長けた別の者が手引きしたか、だな」


マイアーとヒザキの会話に、ルケニアはまだ疑問を浮かべた表情で間に入った。


「でも・・・そんな芸当、土魔法で出来るのかなぁ? 土魔法で・・・えーっと、床に倒れているクラシスを地中に退避させて、代わりにクラシスと同じ姿の身代わりを置くんでしょ? しかもマイアーやギリ爺に気づかれずに・・・どうやっても土の再構成で時間はかかるし、土を動かす過程でそれなりの音も出る気がするし・・・ちょっと難しすぎる気がするんだけど・・・」


同じ土系統の魔法師としてルケニアは「う~ん」と眉を潜めて、自分の両手を眺めた。


「過去には出来る奴がいたな。ま、錬金術師と呼ばれる次元の者だったが・・・」


「れ、錬金って・・・土の魔法師の最高峰の称号じゃない! あのクラシスがデュア・マギアスの上に、土魔法を極めているとは思えないけど・・・」


「そうだな。もしそれほど使いこなしているなら、深手を負う前に相手の攻撃を躱す手段はいくらでもあったはずだ。それが出来なかったということは、そいつは風魔法を使った手段しか取れなかった・・・ということだろうな」


ルケニアは「まー、そうだよねぇ・・・」と呟いてから、また考え込むようにして腕を組んで黙ってしまった。代わりにミリティアが会話を繋いでいく。


「となれば、やはり別の者が手引きしたと見るべきでしょうか。それも錬金術師クラスの者が・・・」


「まあ、あくまでも一つの可能性の話だからな。錬金術師クラスの人間が仲間としていれば可能かもしれない・・・程度の話だ。真に受けて視野を狭めるのではなく、可能性を広げる意味で聞いてくれればいい」


「そうですね。クラシスの死、というのも確実な証拠をつかむまでは信じ込まない方がいいのかもしれません」


「んー、だとするとちょいと不服な話だねぇ」


「何がだ?」


ミリティアが納得する横で、マイアーはやや不満げだ。

ヒザキの問いに「だってさ」と答えた。


「私は少なくともトドメの瞬間は目を離したつもりはなかったんだよ? 命を奪った確信すらあった。それなのに『いつの間にかそいつは偽物と入れ替わってました』なんて言われちゃ、一人の兵士として自信を無くしちゃうものさ」


「そうだな。これは俺の一個人の意見だから、そう気にすることもないさ」


「・・・なんでかねぇ、ヒザキさんが言うと気軽に聞き流せるほど軽く聞こえないのさ」


「それは――本当になんでだろうな」


素で返され、マイアーはきょとんした後、思わず吹き出してしまった。


「ぷっ、あははっ・・・ま、それはそれで大物らしくていっかな」


思いのほか子供っぽい笑い顔に、円卓を囲む面々は面を喰らった形になった。

その様子から彼女がこういう笑い方をするのが珍しいことが良く読み取れる。


「笑いどころは分からないが、とりあえず・・・俺の意見としては『クラシスは生きている』と見ている」


肩を竦めてそう言うヒザキに乗るように、マイアーも掌を返して「じゃ、私もそっちで」と賛同の意を示した。


「私も・・・最悪の想定をしておいた方がいい、という意味で彼がまだ生きているとした方がいいと思います。彼の遺体が見つかるか、警備体制や情報管理体制を万全に整えるまでは少なくとも警戒すべきでしょう」


ミリティアの言葉にルケニアも、


「うん、そだね。今回の件を反面教師にして、綻びが目立つ部分を修繕していかないとね」


と頷いた。


「まさに、我が国にはいい薬だった、というわけですな。被害にあった者を想えば、喜んで口にはできない話ですが・・・二度と同じ過ちを繰り返さないよう、我が国は一度、己を顧みてそそぐ必要がありますな」


ベルゴーは眉間に皴を寄せ、アイリ王国の国政再編を口にする。


「それでは警備、軍備体制については俺のとこでやっておきましょう。我が国で戦闘が可能な一般兵と近衛兵、非戦闘員だが身体能力等に長けている水牽き役。これらも一度、役割と立ち位置というものを再編すべきでしょうし――どの道、そうせざるを得ないわけですしねぇ」


ギリシアがチラリとヒザキに視線を向ける。

彼が軍の再編を「せざるを得ない」と言った理由を考え、ヒザキはその理由にすぐに思い当たった。


(・・・さて、有能な副官がいる、と言っていた気がしたが、その副官だけでは立ち行かんほど彼女に依存していた部分もあった――ということか。若しくは彼女自身のカリスマ性も多少は関連しているのかもしれんな)


ヒザキは何も言わず、視線だけでギリシアに返事のパスを返した。

どう受け取ったのかは分からないが、くっくっくと笑いをこらえてギリシアは満足げに話に戻った。


「国政に関することは、ベルゴー宰相とルケニアの嬢ちゃんに任せますよ。軍政に関与する部分は同席させてもらうけど、それ以外のところは各々で進めた方が効率がいいでしょうしねぇ」


「そうですな。ですが軍政も国政の一部。再編の構想や運用および手法についてはお任せしますが、行動に移す前に私の承認を挟んでいただけると助かります。その中で国が管理すべき部分と、軍の判断だけで動いて良い部分の線引きなども明確に築いていければと思いますが、如何ですかな?」


「そりゃご尤もな話ですねぇ。了解しました・・・なるべく負荷を避けるために、構想案は要所でまとめてお持ちするよう心がけます」


「そうしていただけますと助かりますな」


政治と軍の実質トップと言える二人が話を進める中、その輪に入ろうと前のめりになりそうになったミリティアを「こらこら」とルケニアが止めた。

そしてミリティアの腕を引っ張り、耳元でルケニアが小声で話しかける。


「なに話に入ろうとしてんの、ミリー。今日の明け方に話した内容、もー忘れたの? 今、アンタが入っても話がまとまらないだけだって」


「で、ですが・・・」


「あぁもう・・・アンタの場合、さっさと肩書きってもんを剥いじゃった方が楽になりそうだね」


「え、それはどういう――」


両者の話が終わる前に、ルケニアは一方的に打ち切り、勢いよく手を上げて「はいはーい!」と注目を集めた。


「どーせ情報系はこちが管理することになりそうだから、そっちの運用と管理体制はこちが統括してもいいよねっ?」


その発言にベルゴーとギリシアは一度目を合わせ、


「そうですな、軍政と同様、最終的な承認は私の方で行いますが、取りまとめの方はお願いできると有り難いですな」


「ま、そうなるだろうねぇ」


とそれぞれ答える。

予想通りの回答にルケニアはニッと笑みを浮かべて話を続けた。


「んじゃ、今回の問題を踏まえて、二度と不審人物が紛れ込まないよう国民情報も徹底的に整理したいんだけど、それってもう今日から取り掛かってもいい?」


「それは有り難いですな。現時点での国民の状況を管理し、今後も出生、逝去や移住情報を残して行けば、クラシスのように出自不明などという落ち度を防止することができるでしょう。今や少なくなってしまった我が国の人口ですが、それでも万は下らない人数です。手数をかけることになりますが、頼めますかな?」


「うん、ま、こちにかかれば朝飯前ってね。ところで、それって宰相の承認済ってことでいい?」


「ま、まぁ・・・構いませんが、後で履歴として残すため、文書に起こしてもらえると助かりますが・・・」


「大丈夫、ちゃんと用意しとくよー」


オッケーマークを指で作り、朗かに笑うルケニアにベルゴーも笑みを浮かべ「では、頼みます」と委託した。


「んじゃ早速――」


とタメを作り、ルケニアは大袈裟に手を挙げた。



「リーテシアちゃんの国に移住したい人、手ぇーあっげて!」



まさかのノリに誰も反応できずに、ルケニアを見上げる。


「な、なによぉー・・・誰もノッてくれないと恥ずかしいじゃない・・・。ていうか、ミリー! 何故手を挙げないっ!」


半分涙目でミリティアに当たるルケニア。

対するミリティアは及び腰の上に困惑を浮かべた。


「え、ええっと・・・」


「・・・」


「は、はい・・・」


そしてルケニアの意図は理解したものの、このメンバーが見る中、さらにはすぐ後ろにヒザキがいる中で手を挙げるのは妙に気恥ずかしかったが、それでも彼女の厚意を無碍にもできず、小さくミリティアは手を挙げた。


「むぅ、何だか気後れ感が半端ないけど・・・しょうがないかぁ。えーと、これから国民の情報を管理していくわけだけど、こんな感じで約定通り『移住を希望する民』かどうかの意志を確認して回りたいと思うの。情報を整理する上で、誰が移住して誰が残るのか、そういうのも今後必要になってくるだろうしね」


後半はミリティアではなく、ベルゴーに向けた言葉だった。


「確かに・・・約定の通りではあるが、リーテシア殿の国がどれだけの人数を受け入れられるか、その確認無しで進めるのはマズイのではないかい?」


ベルゴーは心配げにそう言い、ヒザキに視線を向ける。


「・・・まぁ、土地の広さ的には50から100が限界かもしれないな。ただ、国政はおろか国名すら決まっていない状態だからな・・・国として安定期を迎えるまでは無理もできないだろう。ポンポンと気軽に受け入れられるかと言われれば、難しいところだな。せいぜい多くても10~20人前後が限界と言えるかもしれないな。無論、移住したからには国興しに参加してもらう流れになるだろうから、そこも了承した上でになると思うが・・・」


「だそうだが、国民の意を蔑ろにせず、上手く調整する算段はあるのかね・・・?」


リーテシアの新国家とアイリ王国とでは、現在、ヒザキがミリティアに決闘で勝利したため、リーテシア側が提示した条件に基づいた約定が成立している。

今ルケニアが上げた内容というのは、そのうちの一項である「貴国から移住を希望される民の移住許可」のことを指している。本来移住に関しては連国連盟が各国に課した祖国終生令がある。これは容易に国を棄て、他国で生きることを制限する条例であり、この条例の上で他国に移住する場合は上納金という莫大なお金を収めた上で移住しなくてはならない。だが、あくまでもこの条例は「連国連盟の加盟国」のみに課せられたものであり、まだ加盟していないリーテシアの国はこれに該当しない。

その抜け穴を通した約定なわけだが、如何せんリーテシアの新国家は生まれたばかり。明確に決まっているのは国主がリーテシアだということだけで、国としては成立していても、国家としては成立していない状態だ。


ヒザキも言った通り、不安定な状態の国に人を簡単に入れることは難しい。ベルゴーが心配しているのは、移住希望者を先行して募った後で、「やっぱり移住は出来ませんでした」と約束を反故することは、手上げした国民の反感を大きく買ってしまうため、危険なのではと危惧していることだ。


しかしルケニアがそのリスクを考慮していないわけもなく、彼女は肩を竦めた。


「まず、王城に働く人間は対象外ね。一応、国家に準ずる人間って立ち位置だから。あ、この子は例外だけど」


と、ルケニアは例外対象のミリティアを指さし、そう告げた。

王城に務める人間を除外する、という話にミリティア自身も驚いた。


「ル、ルケニア・・・私だけ特別扱いというのは――」


「はいはい、こじれるから感情論だけで話に挟まってこないの。本質的にはミリーは移住って形になるけど、表向きは・・・アンタは両国を結ぶ架け橋の役割を担ってもらうの。新国家と親交を結ぶ上で、アイリ王国のことを良く知る人物がいるほうが話が円滑に進むってことね」


「う、うん・・・」


ちゃんとした意図をぶつけられ、ミリティアはそれ以上何も言えなくなった。

ただただルケニアの言葉に頷く。


「新国家でアンタがどんな役職に就くのかは、あちらさんにお任せするわ。今と同じ軍務に就くのもいいし、秘書官として働くのもいいし、こちと同じく研究者としてでもいいよ。でも、なんであれミリーが新国家側にいることで、アイリ王国との親交をより活性化にさせる――それだけは絶対に必要なことだと、こちは思うの。あくまで表向きに用意した理由付けだけど・・・大事なことだから忘れないでね」


「ルケニア・・・」


本当にこの親友は、間の抜けた面ばかり見せることが多いが、その実態は今のように頭が回る子なのだと感心させられる。

知識もいつの間にか追い抜かれ、宮廷魔術師として、研究者として、国政を制御する一員として、この国を支える人間として、一際大きな存在となっていた。


彼女があえて「表向き」と表現している理由は、今日の明け方、例の騒動が起きる前に聞いている。


『そ、アンタはこれから――ただのミリティア=アークライトとして、新しい人生を歩むんだよ』


彼女が言った言葉。

ケルヴィン陛下から求愛――というよりほぼ体目当てのめいから抜け出すための一手。

ベルゴーがベルモンドと共に約定という抜け道を作り、ルケニアがこうして隠れ蓑を用意してくれている。


思い返すだけで、どれだけ自分が尽くされているかが分かる。

ミリティアは目尻に涙が浮かんでいることに気づき、指で拭った。


「な、なぜ泣く・・・!?」


「ごめん、なんだか感動しちゃって・・・」


「す、素直に言わないでくれるっ? て、照れるから!」


純粋な感謝を表すと、こうして顔を真っ赤にして照れるところもルケニアらしい、とミリティアは微笑んだ。


「~・・・、あのね、こ、こちたちはアンタの道を閉ざしたくなかっただけ。アンタの道はまだまだ進むべきだし、その結果がアイリ王国の復活にも繋がる可能性を秘めているのっ。べ、別にアンタがあのボンクラの娼婦になるのが嫌だったとか、アンタが泣いているのを見てられなかったとか、そんなんじゃないからっ! 国のためよ、国のため!」


「う、うん・・・ありがとう」


「だぁ~、もぅ・・・違う違う! こーいう話をしたかったわけじゃなくて・・・ええっと、何だっけ・・・」


頭を掻いて、真っ赤な顔でもがくルケニア。

その様子に立役者の一人であるベルゴーが微笑ましく見ながら、話題を元に戻す助け舟を出す。


「ふふ、親友同士じゃれ合うのは結構だが、今は政治の話が先ですぞ。王城関連については分かりました。そういう理由でしたら、ミリティアだけが特別扱い・・・という風潮にはならず、正式な国の決定として出向くものとなるでしょうな。筋は通っているでしょう。ですが、王城外に居住する民草についてはどのようにお考えかな?」


「ぅぅ・・・」


じゃれ合っている、という部分に反論したくなるルケニアだが、せっかくの助け舟を転覆させるわけにもいかず、ベルゴーの作った流れに甘んじることにした。


「え、ええっと・・・ごほん! ま、国民についてだけど・・・そこは大丈夫だと思うの」


「ほぅ、その根拠はどういったものですかな?」


「根拠は無いな!」


先ほどのヒザキの真似のつもりか、同じセリフを何故かドヤ顔で返すルケニア。

対してベルゴーは、先ほどの微笑みと別の意味の微笑みを浮かべ、


「国政に根拠なき指針は不要ですぞ」


と静かに告げた。

ルケニアは「ひぃ」と小さく怯えるも、何とか自分を持ちなおして話を続ける。


「ま、まぁ・・・根拠というより、統計に近い考え、なのです」


しかし動揺は隠せないのか、彼女の口調はおかしなものだった。


「統計?」


眉を上げるギリシアに、一つ息を吐いてルケニアは頷いた。


「そそ、今回こちが国民に対して確認して回るのは・・・各個人の情報集めと新国家への移住を望むか否かなんだけど、正直、手を挙げる人って殆どいないと思うの」


「ほぅ」


「自国の民を悪く言うってのは、国政を担う者として失格かもしれないけど・・・敢えて言わせてもらうよ。この国の民には『国の現状を憂う』人間が腐る程いるけど、その上で『変えるために新しいことに取り組もう』って自発的に行動しようとする人間はほぼゼロと言っていいと思うわ。枯れ木に水を与えても、枯れ木は枯れ木。生活苦にあえぐ毎日に、他国の配給に頼らないと生きていけない日々。外交も一方通行だし、生産も皆無な国情に不満を持たない人間なんかいないはずもない。けど、それを打開しようとする気力を持つ人間も同様にいないと思う。だから、不満はあるけど動かない。納得できないけど、どうにかする気も、どうにか出来る気も無いから、考えないように毎日同じ生活を無気力に過ごす。それがアイリ王国の一番の問題だよ・・・もっともそうさせたのは国なんだから、全ての責任はこちたちにあるわけだけどね」


『・・・』


ルケニアの言葉に誰一人反論は無かった。

それは的を射ているからなのだろう。国民がそうなってしまったことも、国がそうさせてしまったことも。

最も責任を感じているベルゴーは目を瞑り、苦々しく口を閉じた。


「だからスタート地点である『今』、移住しますか? って聞いても誰も首を縦に振らないと思うの。振るとしたら、リーテシアちゃんと馴染みがある人達ぐらいかな。結構酷い言い方をしたけど、・・・うん。正直、客観的に見ればそれがアイリ王国の現実だよ。それが移住する人は少ないだろう、って根拠かな・・・全部こちの想定だけど」


「そうだな、ルケニアの言うところは俺も感じている」


アイリ王国に属する者全員が言葉を出せない中、唯一、国外者であるヒザキが同意した。

さすがに一方的に喋るのは話し辛かったのか、ルケニアはその合いの手に「助かる」と言う気持ちを表すかのように、小さく笑った。


「うん、だから始まりは責任を持って国が道を造り、示し、導くの。リーテシアちゃんはこの国を想って新国家を立ち上げた・・・失われた資源と共に。それにこちたちは応えないといけない。こちたちは新国家の国興しに協力し、新国家の助力を得てアイリ王国は復興を目指す。復興が叶うその頃には国家間のルールも安定しているだろうし、物資も潤沢になっていけば・・・今の国民の皆も考える余裕が必ず出てくる。新国家に行くかいかないかは――その時にゆっくり考えてもらえればいいんじゃないかなって、こちは思うな」


『・・・』


その考えに、ベルゴーやギリシアは感心したように大きく頷いた。

マイアーは「へぇ」と笑みを浮かべ、ミリティアに至っては感動してまた目尻に涙を浮かべていた。

ヒザキは相変わらず表情を変えないが、ルケニアの目を見て聞き入っているところから、きちんと彼女の言葉を受け止めているように見えた。


ルケニアは一通り、自身の考えを述べて一息ついた。


「ま、そーいうことで、国民の大半は現段階では移住を希望してまで何かしよって思う人はいないかなって推測。根拠と言えるほど確度が高い話じゃないけど、こちはほぼ間違いないかなぁ~って思うんだけど・・・」


そう言って、ベルゴーに確認の意を投げた。

ベルゴーは腕を組み、しばし考えをまとめた後に口を開いた。


「そうですな、貴女の考えはおそらく遠くない位置で当たっていると思われますな。そこまで考えてのことであれば・・・本件についてはルケニア室長に一任しましょう。ですがこれは他国が絡んだ外交の一環です・・・くれぐれも新国家側に迷惑をかけないことを念頭にお願いいたします」


「ふふん、まっかせておいて」


胸を張って答え、ルケニアはヒザキとミリティアの方に向き直った。


「というわけだから・・・ミリー、アンタはたった今からただの『ミリティア=アークライト』になったってわけね。もう変な遠慮とか、気配りなんかしなくたっていいから・・・一緒に、未来に向かってがんばろ」


「ルケニア・・・――、うん、本当にありがとう」


互いに握手を交わし、自然と笑顔になる。


そしてルケニアはヒザキに視線を合わせて、深くお辞儀した。


「この子のこと・・・どうか導いて、あげてください」


宰相相手にも気さくに話をする彼女の、初めてといってもいい敬語。

年功序列、社会的配慮の概念はアイリ王国にも少なからずあるが、結局は実力が全てを決する傾向にある。

その中で彼女は年上だろうが、役職が上であろうが、普通の言葉遣いで話すことを許されていた。彼女自身もそんな風潮に甘えているところもあり、相手を心の中では敬っているものの、喋り方は崩したもので貫いていた面もあった。


そんな彼女が敬語を使うことで、その心中を伝えてきたのだ。

無論、ヒザキとルケニアはまだ出会って日が浅い。彼女が宮廷魔術師としての格付けを得た後に、敬語を使っていない事実など知る由もない。

だが周囲の雰囲気で何処となく、それが「珍しいこと」だと感じることはできた。


ヒザキは何か気の利いたことを言おうと思ったが、こういう時に余計なことを考えると、必ずと言っていいほど意にそぐわないことを口走ってしまうものだ。


「ああ」


ヒザキは短く、そう答えた。

彼女にその意図が伝わったか不安は感じたが、ルケニアは顔を上げて満足そうに笑ったところを見ると、無事伝わったのだと安堵した。


「ふふん、こういう時はもっと気の利いたことを言ってくれればいーのに、ヒザキ君らしいねっ」


と照れ隠しに言うものだから、ヒザキもやはり言おうかと悩んだが、結局は「そうか」と返して終わらせてしまった。

そのやり取りを見守りつつ頬杖をかいていたマイアーがふと呟く。


「ふーん、私もそっち組に入ろうかねぇ」


「マイアー君は駄目だ」


「即答!? べ、別にいいと思うのさ・・・私一人どっちに行こうがそう変わらないだろうし・・・」


「変わるさ。こういう過渡期はいつだって始まりが大事であり、もっとも大変な時期だからね。君一人いなくなるだけで、アイリ王国側のバランスが大きく崩れる可能性があるんだよ。ミリティア嬢がいなくなるだけでも本音を言うと厳しいんだ」


ギリシアの諭すような言葉に不満は残るものの、理性で納得したのか渋々マイアーは引き下がった。

と思ったら、一点気になる点があることに気づき、マイアーは改めて問いかける。


「でも・・・なんでミリティアが選ばれたんだい? その表向き? の話で行けば私でもいいのではないかい?」


「あー・・・」


「それはですな・・・」


「・・・」


ルケニア、ベルゴーが苦笑し、ミリティアは気まずそうに視線を逸らした。


「・・・?」


知らないところで何が起こったのか。マイアーは首を傾げて返事を待った。


「ま、よーするに我儘ばっかりの王様が、今度は女が欲しいって言ってきたって感じかな? このまま行くとミリーは国政に関与するどころか、囚われの小鳥さんになってしまうわけ・・・」


「あー、あぁー・・・はいはい、それでさっき『ボンクラの娼婦』なんて言ってたわけだねぇ。はぁ・・・今回の再編ではそこもテコ入れとか入らないのかい?」


「マイアー」


「っと、さすがに口が過ぎたのさ」


ベルゴーの叱責に近い名呼びに、マイアーはすぐに下がった。

話が再び脱線の方向へと進みそうなのを感じ、ベルゴーは「それではまとめましょう」と総括に入った。


「まず倒壊した兵舎の瓦礫撤去はギリシア殿に任せましょう。その兵舎を寝床にしていた者は、応接室など空いている部屋を上手く代用していただいて構いません。無論、クラシスの遺体も見つかり次第、報告願います」


「ハッ」


「次に警備強化と軍政再編について――これもギリシア殿に一任します。リカルドやマイアーを始めた各隊長と連携し、構想を立て次第、私の元に報告に来ていただければと思います。またこのままクラシスの遺体が見つからなければ、本件を連盟側に報告し、早急に各国に手配をする必要があるでしょうな。連盟会議の開催まで発展するかは分かりませんが、その際は伝令を連盟に出して頂ければと思います。クラシスの生死、それを判断するタイミングは、瓦礫が完全に撤去された時を以ってといたします」


「了解しました」


「クラシスの部屋にあった古代書物の解析はルケニア室長にお任せします。結果が分かり次第、一般兵各隊長とモグワイ近衛副隊長を交えて情報共有をいたしましょう。また、情報統制にかかる運用についてもお任せする形になりますが、貴女お一人で補える量ではないと思いますので、給仕係などの人員をそちらに回しますので、上手く調整して進めていただければと思います」


「はーい」


「国政にかかる構想は私の方で立てていきます。こちらは内政はもちろんのこと、外交も含めて、となりますので・・・ヒザキ殿、そしてミリティア殿、ひいてはリーテシア殿を交えて、今後の方針や流通、相互扶助にかかる話し合いを進めさせていただければ幸いです。その過程で貴国の助力になれることがあれば協力は惜しまない所存でございます」


「ああ、こちらこそ宜しく頼む」


「ハッ、宜しくお願いします」


一通りの意志を疎通して、ベルゴーは席を立った。

閉会の空気を察し、併せて円卓を囲んでいた全員が席を立つ。



「それではこれにてクラシス=ストライクにおける報告、および対策会議を終了したいと思います。ヒザキ殿、ミリティア殿、ご助力感謝いたします」



ベルゴーはそう言って一礼、それを以って会議は閉会となった。

問題は山積みであり、解明されていない謎も、見通せない深い闇も、未だ蔓延はびこっている太い根が絡みついているような障害もあるだろう。だがそれらを一辺に解決する手立てはない。一歩ずつ、足場を均しながら進んでいくしかないのだ。


今回の会議は確実にその一歩となったことだろう。

何歩進めば安全を保障できる段階になるかは分からないが、足がかりとしては大きな一歩だったと言える。


クラシスの件はあまりに不気味な存在としてアイリ王国の深層深くに根付いたが、今は現時点で万全と思える対策を立てていって、地盤を固めていくのが先決だ。



いつしか、その深層が陽の目を浴びるその日まで。




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