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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
71/96

第71話 砂まみれの円卓会議

深夜帯に起こったクラシス=ストライクが主犯と思われる破壊行為や騒動について、情報が散見していることから、アイリ王国内で報告会議が行われることになった。


報告者はアイリ王国側、ギリシア=ガンマウェイ、ミリティア=アークライト、マイアー=ウィンストン。

新国家側はヒザキが参加し、取りまとめ役としてベルゴー宰相、ルケニア=オリヴェルによって報告会議が執り行われた。


名目こそ「報告」としているが、厳密には情報共有と擦り合わせ、両国のこれからの動きに関する会議となっている。またリーテシアの新国家との「最初の国家間会議」を行ったという「はく」をつけたいというアイリ王国側の考えもあった。無論、その考えはケルヴィン国王陛下ではなく、ベルゴーの考えである。


場所は王城に設けられた議事堂。時刻は15時を回っていた。

魔素切れによる行動不能に陥っていたギリシアとミリティアが回復し、マイアーが休息を取る時間を考慮してこの時刻になっていた。

議事堂は清掃が行き届いていないのか、広々とした室内の端々に誇りや砂が溜まっていた。

巨大な円卓の周囲にある椅子を引くと、ザラッと座部から砂が零れ落ちていく。


『・・・』


何とも荒廃した様子に誰もが何かを言いたそうに口元を含むが、言ったところでどうにもならないことは全員が知っているため、結局は誰も言葉を発せずに、椅子の上の砂を手で払い落してから各々は腰を落とした。


「うっわー、ちょっとここって最後にいつ掃除したのよー」


訂正。

空気を読まずに発言したのは、やはりと言うべきかルケニアだった。


「内政を良く知る者が軽々しく言うことでもないと思うのだがね、ルケニア室長。特に今は他国の客人の前でありますぞ」


役職をつけて名を呼ばれたことで、ルケニアは今の場が「国家間の正式な場」であると釘を刺されたことを察し、口を尖らせて「はぁーい・・・」と渋々頷いた。


「さて、皆さま席につかれましたな」


全員が椅子に座り、円卓の上座に座るベルゴーが円周を見渡して確認を取る。


「また我が国の内情に助力いただき、心より感謝申し上げます、ヒザキ殿」


「いや構わない。俺にとっても気になる相手だからな」


予めある程度の話はヒザキも聞いている。あの倒壊した兵舎の一つの中で対峙した男の存在。欠片のような情報を付け合せると、あの日この国で取り逃がしたあの男に類似する部分が多々あった。

ヒザキとしても、八年前、家屋に殴り飛ばした後、あれほどの怪我を負ってなお逃げ切った男が、今もなおこの国に脅威をもたらしたとあれば、さすがに知らぬ存ぜぬを通すのは気が引ける話だ。


腕を組んで座るヒザキ。

その様子をチラリとマイアーが見た。


「・・・」


どうにも落ち着かない様子で、常に堂々たる姿である彼女には珍しい光景だった。

長い髪を指先でいじったり、肩から払ったりと忙しく意味のない小さい行動を繰り返していた。


「・・・」


ヒザキの横に座っているミリティアも同様に様子がおかしかった。

頭頂部に曇天でも浮いているのかと思うほど、どんよりと落ち込んだ雰囲気を漂わせている。

彼女の意識では土砂降りの大雨の中、立ち尽くしている感覚なのかもしれない。

――言わずもがな、早朝の事件時に魔法回数を考慮せずに突っ走り、二次災害を引き起こす可能性を作ってしまったことを後悔し、憂いているのだろう。

とはいえ彼女の失態には一応理由もある。ヒザキとの決闘でほぼ魔法回数を使い果たした彼女の体内には、まだ本来の魔素量が満たされていなかったのだ。だから彼女が無意識に「まだ大丈夫」と線引きしている魔法回数より下回った回数で、魔素が尽き、ダウンしてしまったのだ。体内の魔素を把握し、正確にコントロールすることは人間には不可能な技術のため、致し方ないと判断するのが妥当と言えるだろう。彼女自身がそれで納得するかどうかは別にして、になるが。


(右隣だけ湿気が高い気がする)


じめじめと陰気な空気を吐き出すミリティアに、ヒザキは小さくため息をついて口を開いた。


「ミリティア、気にするなと言っても気にするんだろうが、結論から言えばやはり『気にするな』だ」


「・・・ヒザキさん」


「君は戦場を一人で戦っているつもりなのか? 戦況によっては一人ではどうにもならな窮地というのは腐るほどある。その一つが今回起き、そして――同じ戦場を駆ける仲間が助けた。それだけのことだ」


「あ・・・」


ミリティアは顔を上げて、ヒザキを見上げる。

少しだけ生気が戻ったように見えた。


「チームとしては誰も死なずに勝ちを治めたのだから、何の問題もない話だということだ。個人の技量として反省し次回に繋げるのは必要なことだが、過去を未来のように捉え、終わった可能性を考えることは止めておけ。不毛な考えだけが無限に回るだけだぞ」


「・・・・・・は、はいっ!」


ヒザキ自身も上手く彼女に言いたいことを言えたかどうか、口下手な彼としては一抹の不安もあったのだが、数秒前とは異なって力強く頷いた彼女の様子を見るからに、どうやら上手くいったようだ。


「はは、随分と素直になったものだねぇ」


「まったくですな」


老人二人は別の席で酒の肴を見ているかのような具合で、笑いながら彼女の変わりようを口にした。


「し、失礼いたしました・・・」


自分のことを指していると気づき、ミリティアは慌てて席を立ち、深々と頭を下げる。


「いや構わないさ。若人わこうどっていうのは、そうやって失敗と成功を繰り返し、周囲の人間に感化され、時には反発して――その経験を血肉としていくものなんだ。君は若くして達観、というより小さな枠組みの中で生きようとしていた節があったからねぇ。人生折り返した老骨としては一つ心配材料が減ったと万々歳さ」


ギリシアの言葉に思い当たる節が多く、ミリティアは申し訳なさそうに「恐縮です」と答えた。


「さて、では情報を整理いたしましょうか。できればこの場で今後の方針も決めておきたいものですな」


ベルゴーが本題を切り出し、全員が一同に頷いた。


「まずは一番に確認せねばならない事項――国に謀反を企てたクラシス=ストライクの生存確認についてですが、ギリシア殿」


「ハ、リカルドを中心として瓦礫の撤去と、クラシスの遺体確認を命じましたが、現時点においては彼が倒れていた個所近辺で遺体は確認されていない、とのことです」


「生きている可能性は・・・あるのだろうか」


「いえ・・・触れて確認したわけではありませんが、私のククリは間違いなく奴の頭部に突き刺さりました。あれで生きている人間、いや生物はいないかと・・・」


マイアーの言葉にベルゴーは顎に手を当て、考える。

何故だろうか、本来であればマイアーの言葉の内容であれば、全員が納得し、彼の死亡を断じても良いはずだというのに、この場の誰もが手放しでそう判断することができなかった。


「・・・憶測で話しても埒は飽きませんな。今日中にクラシスの遺体、もしくは死亡を決定づける証拠がないかぎりは万が一の事態、という方を考慮した方がいいでしょう」


ギリシアは疑い深くそう補足し、これに対してベルゴーも肯定の意を込めて頷いた。


「クラシスの生死は保留とし、彼の情報についてまとめましょう。ミリティア」


ミリティアは静かに頷き、席を立って発言した。


「ハッ、ヒザキさんもいらっしゃる場ですので、まずは彼の経歴を簡単に説明させていただきます」


ヒザキと目を合わせ、彼は「頼む」と返した。


「クラシス=ストライク、年齢は31、身長は188となっています。生まれも育ちもアイリ王国。成人後、職務は水牽き役の一員を担っており、職位は特に設けられておりません。酒好きで知られており、仕事の後は酒場に入り浸ることが多かった傾向にあります」


アイリ王国側は誰もが知っていた内容のようで、特に疑問に浮かべる者はいなかった。

ここで一旦言葉を区切ったのは事前情報がないヒザキのことを考慮したものなのだろう。ヒザキは「続けてくれ」とミリティアを促し、彼女は「はい」と返事をして口を開いた。


「王城住まいとなっており、水牽きの任が無い日は基本的に休養日として過ごしていました。剣術の腕はあまり長けた部類ではなく、魔法も使えないとされてきましたが――これについて鵜呑みにできないことは皆様もご理解いただいているところだと思います」


各国でもあれほどの風魔法を自在に操れる人材はいないだろう。

それほどの実力を見せつけた人間が、今まで魔法が使えないとされていたのだ。当然、剣術に明るくないと認識されていても、信頼できる情報でないことは言うまでもない。


「王城の居住区域の一室を宛てがわれており、近衛兵の方で自室を調べるように指示したところ、古代書物の類が多く見られたそうです」


「古代書物・・・」


ルケニアも本に関しては並外れた関心があるせいか、思わず繰り返しその名を口にしていた。


「はい、未だ解読されていないエーゴやニヨンゴといった古代文字の書物も発見されたとのことです」


「・・・・・・」


何故か渋い表情を浮かべるヒザキと反して、ルケニアがその話題に飛びついた。


「え、うそ!? 古代文字の書物って・・・蒐集連中からしたら喉から手が出るほど欲しいやつじゃん! 時価でいくらの値がつくかも分かんない貴重な書物だよっ?」


「ええ・・・私も直接確認はできていないので断言はできませんが、我々が読めない文字の羅列で構成された本、とあれば・・・エーゴかニヨンゴのいずれかになるのではないかと推測したのです」


「はぁー・・・あの考古学者のヴィンでさえ、法則があまりに異なる二種の言語の触りすら解読できなかったってゆーのに、クラシスはその本を読み解いていた、ってこと? 俄かに信じられない話だけど・・・。というか、何処で手に入れたんだろ・・・」


「読めていたかどうかは分かりませんが、彼がそういった古代の歴史について何かしらの興味を抱いていた・・・という線は濃厚かもしれません。他にも今、ルケニアが言ってくれましたヴィン先生の著書も多くありましたし、他の考古関連の資料も見受けられたそうです。入手経路は不明ですね・・・。彼の部屋には歴史的価値のある書物が多く眠っていることでしょうから、後でルケニアに確認をお願いできればと考えているのですが・・・いかがでしょうか」


「お! こちも興味津々だから任せておいて!」


「ふふ、ありがとう」


「・・・」


ルケニアとミリティアが信頼関係をありありと感じる微笑を交えている最中、ヒザキは腕を組んでミリティアに尋ねた。


「・・・他にも書物の傾向はなかったのか?」


「え、他の傾向・・・ですか?」


「ああ、例えばそうだな・・・」


ヒザキは一瞬間をおいて、円卓を囲む一同を流し見しながら続けた。



「――魔人について、とかな」



その単語にギリシアとマイアー、ミリティアも目を見開く。

戦いに身を置く者であれば、魔人・溶人・魔獣の三種の存在については知らぬ者はいないだろう。

人生の中で魔人や溶人に出会うことは間違いなくないだろうが、それでも万が一・・・そう呼ばれる者と対峙したときのことは誰もが剣を取った時に考えることだ。


身近な御伽噺。生きた伝承。

魔人の成り損ないと言われる溶人が一体出没しただけで、一国が地図上から消え失せるとも噂される最強最悪の生物だ。


「何故、魔人が関わっていると思うんだい?」


ギリシアの質問に「なに」と肩を竦めた。


「以前、そういった古代書物を蒐集する集団があってな。いわゆる宗教家ってやつだ。奴らが妄信し、崇め祀っていたのが魔人だったんだ。魔人を神と讃え、溶人を神の現身うつしみと称し、魔獣を神の遣いと信じ込んでいる連中だ」


「う、うへぇ・・・」


ルケニアが舌を出して、顔色を悪くする。


「その連中は今も活動を?」


ベルゴーの問いにヒザキは首をゆっくりと横に振った。


「魔獣を神の遣いなどと戯言を抜かす連中だぞ? 魔獣は人間が住まう場所に自由に出入りすべきだと、生肉を手に魔獣を国内に招き入れたこともあったな。仲間が魔獣に食われても『神の遣いの一部となれた』などと喜んでいるような奴だら。言わずとも奴らの行動は周辺住民や国家への大きな障害に繋がり、最終的に駆逐されていったよ」


「・・・」


ルケニアは「もういーよぅ」と言いたげに首を振った。

マイアーは独り言のように「世の中、いろんな人間がいるもんだねぇ」とため息交じりに感想を述べていた。


「思想は自由であれ、とは思いますが・・・人間社会にひずみを持ち込む次元の思想は・・・看過できないものです。何故彼らがそんな道を妄信して歩んでしまったのかは分かりませんが・・・悲しい事ですね」


ミリティアは本気で憂いているのだろう。

人は利己的な生き物だ。建前では人間社会という枠組みで生きていかないといけないことを理解しているため、そういった部分を見せようとはしないが、一度タガが外れてしまえば「自分の考えが正しい」と思い込み、周囲をその渦に巻き込んでいってしまう。

ミリティアには何故そんなことが起こってしまうのか、優しい彼女には理解できないのかもしれないが、それが――人間という種の裏側に隠された本質というものなのだ。どれほど理性と知識を蓄えようと、決して消えることのない本能なのだ。


「誰がどんな思想を持とうが、そいつの自由だが・・・他者にそれを強要してしまえば、あっという間に平穏なんてものは崩れ落ちてしまう。まさにその原型の一つと言えるだろう。無論――クラシス=ストライクについても、だ」


『・・・!』


ヒザキの言葉に、皆がハッと顔を上げた。


「今の宗教家の話にクラシスという男を重ねてみると分かりやすいだろう? 俺が魔人の話をしたのも、前に見た奴の姿が、そいつらと似通っていたからだ」


「確かに・・・奴の言動は常軌を逸したものばかりだったけど、それは我々にとって理解できないことであって、奴にとっては一貫した思想の元での行動だった、のかもしれないねぇ」


ギリシアは顎髭をなぞり、片目をつぶって言葉を吐いた。

話が情報整理から議論に移りかけていたため、ミリティアは分かりやすく咳払いをして、話の筋を戻す意向を示した。


「ごほん、その件につきましては残された書籍をルケニアに鑑定してもらい、そこから彼の人物像や志向などを仮定していければと思います。今は情報を並べることを続けたいと思いますが、宜しいですか?」


全員が頷いたのを確認し、ミリティアは続けた。


「次に――彼の生い立ちについてですが、先ほども言った通り生まれはアイリ王国とされていますが、それ以上の記録は見つかっておりません。水牽き役に任命された後は王城暮らしですので、顔を合わせる機会はありますが、それ以前の彼に関して・・・正直まったく情報がない状況です」


「両親の記録は?」


「それが・・・」


ギリシアの確認に、ミリティアは言いにくそうに首を振った。


「無い、と。それはおかしな話だねぇ・・・他国からの孤児ならいざ知らず、この国に産まれた人間で両親の情報がないっていうのは、人の手が入っていると疑ってもいいんじゃないかい」


ギリシアの弁は尤もで、情報管理が粗雑で国としての機能がほぼ停止しかけているアイリ王国であっても、国民の記録は正確に取っている。理由は国民の管理は国として行うべき施策と認識しているから――ではなく、連国連盟が加盟国に課している祖国終生令そこくしゅうせいれいの存在のためだ。同条例の一文として「自国に名を連ねる民の出生記録は正確に管理すること」とある。条例は国が国民に課するものでもあるが、同時に連盟が各国に課すものでもあるのだ。これを守らない場合は、連盟から該当国に経済的罰則が与えられるというのだから、経済的に底辺を彷徨っているアイリ王国もさすがに怠けられない部分と言えるだろう。


「ストライク性の人間を探せばいいのでは?」


「・・・それが、同性の者が過去の出生記録を見ても見当たらないそうです」


「両親は元々孤児だったという線は――無いか」


「はい、元々この孤児を他国から受け入れる制度も、おおよそ30年前の連国連盟会議で可決されたものですので、それ以前に孤児を積極的に受け入れる体制は無かったと思われます。クラシスの年齢を考えれば、両親は少なくとも45~50年前にはこの国で誕生していなくては話が合いません」


「ますます妙な話だな」


ヒザキとミリティアの一連の会話に特に反論はない一同は、揃って唸りをあげた。


「ルケニア、情報の管理は誰がやっていたのですか?」


ベルゴーからルケニアに質問が投げかけられ、ルケニアは苦笑して「さあ・・・?」と答えた。


「こちが城に入ってからの話なら分かるけど、さすがに産まれる前の話は分からないよ。管理体制、組織図・・・そういったものがきちんと残されている国なら、遡って調べることも可能なんだろうけど・・・」


「・・・そうですな。頭が痛い話ですが・・・我が国の杜撰さのツケが今になって顔を出し始めたわけですな・・・ふぅ」


「このメンバーの中でクラシスが生まれた当初のこと、知ってる人っていないの?」


頭を悩ませるベルゴーに、ルケニアは逆に問い返した。


ギリシアは、


「俺は13年前にライル帝国でお役御免になって、ここに派遣された身だからねぇ・・・所属が違うことも一つの要因だけど、彼のことを知ったのは水牽き役で既に職務に励んでいる時代だったよ。だから彼の以前のことは殆ど知らないと言ってもいいかな」


ベルゴーは、


「私は30年前の連国連盟会議を境に宰相職に任命いただいた身ですが、当時は孤児受け入れ制度の件を含め・・・国の存続をかけた時代でもあり、ライル帝国を初めとした外交問題も多々ありましたため、自国の記録については関心を向けられなかった・・・状態でしたな。情けない話ですが、当時の私に自国の状況をもっと正確に把握できる能力があれば、と今になって悔やむ限りです」


ルケニアは、


「いやいや、当時の資料とか見たけど、あれは一人の人間でどうこうできる限界を超えていたと思うよ・・・。見るだけで吐き気がする量の問題の上、その大半が他国が絡んでるんだもん。おっちゃんは十分に化け物染みた捌き方をしたんじゃないかな。他に役に立つ役人がいりゃ話は別だったんだろうけど・・・。あ、こちはさっきも言った通り、城の中に入ったのも数年前の話だからね。資料として残っていることは大体頭の中に入ってるけど、無いものは分かんないなぁ」


とリレーのように発言していった。

ルケニアの発言の後、ベルゴーが実に恐ろしい笑顔で「おっちゃんじゃなく、宰相な」とルケニアの肩に手を置き、その圧力に彼女は震えていたが、全員が「いつものこと」と助け船は出さずに話を続けた。


続いてミリティアは、


「私も王城に所属したのは今から7年前ほどになります。また・・・剣術の鍛錬や近衛の任に没頭するあまり、そういった管理系統の部分はほぼルケニア任せだったこともあるので、お恥ずかしい話ですが・・・、私も彼の出自にかかる情報は持ち合わせておりません」


部外者のヒザキは、


「・・・」


と無言でパスを隣のマイアーに繋げ、マイアーは、


「私も一般兵として剣を握ったのは10年ぐらい前だしねぇ・・・あんまし水牽きの連中には興味が無かったから、彼とは親交も薄い感じさ。たまに酒場で会ったり、王城内で会った時に会話するぐらいだったかねぇ・・・八年前を除いて、ね」


と締めくくった。


「八年前・・・?」


眉の端を上げ、ギリシアはマイアーに視線を送った。

当時から総隊長であった彼も、その年にマイアーの身に起こったことは知っている。彼女がその年数を口にしたことで、その光景へと直結したのだろう。


「ええ、顔も声も・・・もしかしたら体格も違ったかもしれないけど、あの風魔法は・・・間違いなく八年前に私を死の瀬戸際まで追いやった男と同じものでした」


「なに・・・!?」


「実際に兵舎内でやり合った時に白状もしてましたしねぇ・・・アイツは間違いなく八年前の惨状を知っていた」


「なるほど・・・いつもは冷静な君が、装備を整えずに滞刀帯だけを持って屋根の上に上がってきたのも、それが原因だった、ということか」


「準備不足は反省すべき点、ですが・・・あの屋根の上で発動された砂嵐のような風は見覚えがありまして・・・居ても立っても居られなくなりました。申し訳ありませんでした、総隊長」


「いや、いい・・・実際に君の到着が無ければ、奴を取り逃がしていた可能性が高かった。君は良くやってくれたよ」


「・・・ハッ、ありがとうございます」


ギリシアと今朝方――深夜の攻防時の話が一通り終えた後、マイアーはふとヒザキの方を向いてきた。

彼女の視線はどこか探りを入れるような視線に感じた。


「・・・なんだ?」


「いや、意識が無かった私より・・・ヒザキさんの方が詳しいんじゃないかなって思ってねぇ」


「・・・」


「八年前のこと。クラシスに関することだけでいいから、あの時のこと――教えてもらえないかな」


クラシスに関すること、とマイアーは敢えて付け加えた。

八年前に関することで喋るべきかどうか、ヒザキの中の迷いをマイアーは的確に見抜いたのだろう。彼はおそらく八年前にこの国にいたことを隠したいわけではなく、別のもの――そう例えば、マイアーの身に宿る「残り火」と言われた力のことを隠したいのではないかと。

だからマイアーは「クラシスに関すること」と話す内容を限定することで、ヒザキが喋りやすい方向へと持っていったのだ。


その意図は悪戯っぽく笑うマイアーの表情でヒザキも察したらしく、ふぅと息を吐いてから当時のことを話し始めた。


「あの男がクラシス、という男と同一人物なのかは分からないが・・・たしかに強力な風の魔法を扱う男だったと記憶している」


「私が目が覚めた時には全て終わった後でねぇ・・・私が生きている時点で勝敗の行方は分かったようなものだけど、何があったのか聞いてのいいかな?」


「・・・そうだな、結論から言うと何か手がかりになるような情報は特に奴の口からは無かったな。足を踏み入れた瞬間からそこは戦いの場だったからな・・・悠長に対話をするような雰囲気ではなかった。だから俺の主観的な感覚で気になる点を上げると――」


全員の視線がヒザキに集まる。


「戦いの末に奴に致命傷に近いダメージを与えた。元々傷を負っていたということもあるが、あの出血量と鳩尾に与えた負荷を考えると、一日や二日は意識が戻らなくても不思議ではない。だが・・・奴は俺がマイアーを看ている僅かな時間の間に姿を消した。経験論から言えば、人間の領域を逸脱した生命力と言えるかもしれないな」


「ヒザキさんはどのようにして勝ったのですか?」


「ん? 端的に言えば・・・君と決闘で勝った時と同じような戦法だったな。亀のように丸まって防御に専念する魔法師や、接近戦特化した相手に大きな隙を作らせるには、ああいうやり方が有効的なんだ」


ミリティアの問いに何でもないことのように答えるヒザキ。

ギリシアはこの場で唯一決闘を見ていなかったため、それがどんな戦法だったのか首を捻るしかなかったが、他の四人は「ああ、あれか・・・」という表情で苦笑を浮かべた。


「そういえばクラシスは戦いの最中さなか、君やミリティア嬢と因縁があると言っていたね。ヒザキ君に関しては今の話を聞いて合点がいったが・・・ミリティア嬢、君もクラシスと何かしらの争いがあったのではないかな?」


ギリシアは話の矛先をミリティアに変え、尋ねた。

彼女は予想していなかった流れだったためか、少し目を丸くして「私と・・・因縁ですか?」と聞き返した。


「ああ、彼はどうにも君にご執心なを感じたんでね」


「そういえば、卵がどうとか言ってたさねぇ。ミリティアに見せるとかどうとか・・・」


クラシスと直に戦ったギリシア、マイアーが口を揃えて同じ見解を示す。

ミリティアは口元に手を当て、しばし考えを巡らせるが・・・やがて静かに首を振った。


「申し訳ありません・・・心当たりがあるとすれば、彼のことを『道化』と中傷に近い言い方をしてしまった、という点でしょうか」


「そーいえば、珍しく・・・っていうかアイツだけじゃない? ミリーが他人にそういう言い方するのって」


「ぅ・・・改めて過去の自分を見つめ直すと自己嫌悪になりそうです・・・」


近衛兵隊長の殻を被っていた時は、強気に物事を推し進める嫌いがあったが、それでも他人に対して中傷と言われても仕方ない物言いは極力避けていたはずだった。だというのに、彼に対しては「道化」と呼んでも特に何も心に引っかからないほど「自然」に感じたのだ。まるで彼の存在が言葉通り「道化」であると、何の疑問も持たずに認知しているかのように。


「何故、君はそう呼んでしまっていたんだ?」


「そう、ですね・・・自分でも意識せずにそう口にしていたみたいで、何故意識せずにそんな単語を平気で使っていたのかも分からないのですが・・・、ともかくいつの間にか『まるでそういうものだと』いう先入観を持っていたのだと思います。自分のことだというのに、情けない話ですが・・・何が切っ掛けでそうなったのか全く心当たりが無くて・・・」


本当に心当たりがなく、自然に言ってしまっていたのだろう。

ミリティア自身、戸惑いを隠せない様子で当時の自分が理解できない、といった感じで吐露とろしていた。


「ただ・・・本音を言えば、私は彼が苦手だったのでしょう。彼の笑みを見ていると・・・それが何処か、貼りつけただけの作り物のように見えて――私には彼の笑顔が底の見えない暗闇のように見えていた、のかもしれません」


「確かに褒められた笑い方ではなかったな」


「同意」


「ほんと気色悪かったさねぇ」


何故か笑い方の部分で、ヒザキ、ギリシア、マイアーが次々に感想を口にした。


「作り物、偽物・・・ねぇ」


ルケニアは頬杖をかきながら、ミリティアの言葉のパーツから様々なものを連想していった。

人の笑顔を敬うミリティアが、人の笑顔に恐れに近い苦手意識を感じる。逆を返せば、人が笑顔であることに敏感な彼女が「苦手」に感じたということは、その笑顔に裏があるということにならないだろうか。ルケニアはそう捉え、おそらくクラシスは浮かべていた笑顔というのは本当に作り物だったのだろうと結論付けた。

何故、笑顔の仮面を被ってまで他人とのコミュニケーションを図ろうとしていたのか、真意は分からない。今回の犯行に至るまで怪しまれないようにするための判断なのか、他に何かしらの意図があったのか。ルケニアは何処か寒気を感じ、二の腕を擦った。


「ねえ・・・ミリー、本当にクラシスと何かあったりしなかったの?」


「ええ・・・」


困り顔のミリティアが嘘をついているようには見えない。


「――ミリティア、少なくともあの男は八年前、顔も声も別人のようだったさね。最近の彼の印象を持ったまま記憶を探っても何も出てこないのは、そのせいかもしれないねぇ」


「えっ?」


ルケニアとのやり取りを見ていたマイアーが口を挟んでくる。


「最初に言った通り、八年前に私を半殺しにしてくれた男は外套の隙間から見える顔から、クラシスとは違う顔をしていたのさ。鼻は少し高いし、もっと頬骨が突っ張ってる感じだった。声も今より低かったと思う。だからクラシスと話をしても私は同一人物だと認識できなかったのさ。ミリティア・・・良く思い出してみて。クラシス=ストライクに関連する記憶ではなく、アンタの人生で『不自然・不可解』な出来事が無かったのか、をね」


ミリティアの奥深くを覗き込むようにマイアーの視線が突き刺さった。


クラシスという人物を鍵に記憶を探るのではなく、謎が残っている不可解な事象を探ることで、それがクラシスに繋がっていないかを逆検索する。確かに姿かたちが異なる者に対して、人物を中心に思い出すより、事象から思い出す方が早道になる可能性はあった。


そしてミリティアの人生の中に不可解な事象や謎は無く、明瞭な道を歩んできたかと問われれば、その答えはミリティアの表情を見れば明白だった。


ミリティアは目を見開き、明らかに「思い当たる節」がある表情を出していた。

その口は小さく、その名を呟いた。



「お父さん・・・、お母さん・・・」



その単語に大きく反応する者、可能性として辿り着いていたのか苦々しく目を閉じる者、事情を知らないために静観することしかできない者。三者三様、それぞれが違う顔を見せる中、クラシス=ストライクをめぐる報告会議は続いていくのであった。



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