第61話 ミリティアの追憶 その2
アイリ王国において、子供たちの進む道はその意志に関わらず、大筋が予め決められている。
孤児院の出であれば、院長推薦の元、王城の下で務めるか、街の中で人材が不足している施設に宛がわれるかの道が用意される。孤児院は国営のため、原則、国が定めたこのルールに逸脱することは許されなかった。
逆に純粋なアイリ王国の国民から産まれた子供は、選択肢がやや広がる。
元々この国で生活してきた両親の元に産まれるため、多くは親の職を継ぐ形に納まる。ミリティアの父親は城の庭師――という名の清掃係を。母親は専業主婦という形であった。職を継ぐことは国から強制されているわけではないので、別に継ぐ必要もないのだが、物流や資源が廃れたこの国においてはそもそも職自体が少ないため、消去法で継いでいく、と言う流れになるのだ。
本来であれば子供の未来を広げるために国が何かしらの施策を立てるべきなのだろうが、余力が無い上に国内で純アイリ王国の子供が産まれること自体が稀有なため、今の今まで・・・そしてこれからも放置されていくことになる。
ミリティアとしては父の職を継ぐのが自然な流れになるのだが、父親はミリティアに中身の伴わない仕事をしてほしくはないらしく、よく「自分のしたい職に就きなさい」と伝えていた。
教会に行くフリをして城内を歩き回ることが多かったミリティアは、廃庭園で父の仕事姿を見たことがあるのだが、その時の父の表情が兵士たちに比べ、活力が無かったことが印象的に残っている。
家に帰った後の父が明るいことからも、ミリティアは父が好んで庭師という仕事をしていないことを幼いながらも理解した。
優しい父のことだ。
父自身も意義を見いだせない仕事を、子供であるミリティアにさせたくないという想いは強いだろう。
であれば形に拘らず、可能であれば両親を喜ばせられるような新しい道を切り開くべき、とミリティアは強く心に願った。
そして――ミリティアが兵士に志願したのは12歳の時だった。
アイリ王国で成人として職に就くことが義務付けられるのは、女性は16歳、男性は18歳と決められていた。もっとも年齢については旧時代の名残を考えもせずに残しているだけなので、何か厳格な理由があっての選別ではない。
しかし決まりは決まり。
城門前にいた門兵に「兵士として頑張りたいんですっ」と力説するも、「いやいや、もう少し大きくなってからね? 時間が経てばもっと君に合った働き口も見つかるかもしれないしね」と兵士も何とかして説得しようと必死に言葉を並べた。
門兵が止めるのも当然な話だ。
年齢もさることながら、見た目は華奢で、美しい金髪と碧眼を携えた少女が「兵になりたい」などと言われても、止める他の対応などあるはずもない。
(この子、絶対に将来、美人になるぞ・・・)
そんなことを考えつつも門兵は頬を膨らませる少女の頭に手を置いて、早く諦めてくれないかなぁと内心で静かにため息をついた。
「で、でも・・・わ、私、頑張れます!」
「い、いや・・・だからね。そういう問題じゃなくて・・・君、孤児院の子かい? それとも親御さんは別にいるのかい?」
「お、お父さんとお母さんはいます・・・」
「ちゃんと二人には言ってきたのかい? 兵士になるって・・・」
その問いに一瞬何か言おうと口を開いたが、上手く言葉が出てこなかったため、ミリティアは正直にプルプルと首を横に振った。
「ほら、駄目じゃないか。君ぐらいの歳でそんなこと言ってると、二人に心配かけてしまうぞ?」
「ぅ・・・」
12歳になったミリティアは魔法を身につけた数年前に比べて、思考力や知識も厚みが増しており、判断力もより複雑に行える年齢になった。故に物事の善悪や、他者とのコミュニケーション、街や国など自身を取り囲む環境の情勢などを絡めて考えるようになたっため、昔のように感情のままに動くことがしにくくなり、「理性」がブレーキをかけることが多くなってしまった。
今回の志願も「早く兵士になって魔法を皆のために使いたい」という想いと、何の訓練もしていない自分が兵士になるなどと言えば両親は考え直すように説得してくるだろうという予測がぶつかり合い、結局は両親に何も告げずに此処に来てしまう始末だった。
仮に奇跡的に兵として受け入れられたとしても、必然的にその話は親に行くのだから、黙って此処にくる意味は無いと言って等しい。むしろ順序が逆になることで親を悲しませてしまう結果になるかもしれない。
それは人の喜色満面を善しとするミリティアとしては、最もやってはいけないことだ。
だが、時間を持て余しているのも事実。
数年前、ルケニアの孤児院の院長との会話。その中に登場した兵士と魔法の話は今も色濃くミリティアの心に残っている。
魔法という手段は得た。後は兵としての素質があるかどうか。それ次第で自分の進むべきがより明確になるのだ。あと四年かけて自主的なトレーニングを行うのも可能だが、それではどうしても出遅れている感が否めない。最悪、誤った鍛え方をしてしまった日には目も当てられない。だからこそ早い時期に他の兵と同じ訓練についていけるかを体験したかったのだ。
その二つの想いがジレンマとしてミリティアの中に沈み込み、悩んだ結果、とにもかくも行動しようと思い立ったのが現在の状況であった。
「ま、魔法も使えるんですよっ」
このまま正論に呑まれて諦観を胸に帰るのは悔しかった。
もう少し粘れないかとミリティアは持ちうる少ない交渉材料を惜しみなく見せて行った。
「は、魔法・・・?」
予想外な単語を耳にして門兵は目を丸くした。
しかし次の瞬間、その目は驚愕に色を変える。
ミリティアが両手で水を汲むような態勢を取り、その掌の上に小さな魔法陣を生成させた。
そしてそれが砕け散ると同時に、ミリティアの髪を巻き上げて一陣の風が門兵の眼前から上空に向けて吹き抜けていった。
「お、おわぁっ!?」
意表を突かれた門兵は風に押し出されるように後ろに尻餅をついた。
「ど、どうですかっ?」
関心を持ってもらうという意味で、手応えを得たミリティアは無意識にガッツポーズを取りながら、門兵に詰め寄っていった。
「ど、どうですかって・・・いやいやいや・・・今のは君が? た、確かに・・・魔法陣の発生は自分も目にしたけど・・・こ、こんな小さな子が・・・?」
ミリティアに向けた言葉というより、自身に平常心を戻すために自分に言い聞かせるような言葉だった。
「わ、私っ! きっと役に立てます!」
「ま、まま待ってくれ・・・!」
ぐいぐい来るミリティアを手で抑え、門兵はズレた兜の位置を直しながらゆっくりと立ち上がった。
「参ったな・・・ま、魔法を使えるってのは確かに大きなアドバンテージだけど・・・」
「あどばんてーじ?」
「え? ああ・・・他の人より優位に立ってる、って意味だよ」
「えっ? じゃ、じゃあ! 私、兵士になれるんですか!?」
「いやいやいやいや! そういう意味じゃないよ、落ち着いて!」
門兵の慌てた訂正にミリティアは「むぅ」と頬を膨らませた。
自分が理想と判断し、目指そうと思った兵士としての未来に一歩でも近づきたくて、我儘な部分が出てしまっていることは自分でも気づいている。が、やはり焦りが先行してどうしても行動が先に出てしまう。
ミリティアは自分が一方的な我儘をしていることを理解し、膨らませた頬を萎ませてから「ご、ごめんなさい」と謝った。
「え? あ、ああ・・・ま、まぁ・・・なんだ? 謝るほどのことでもないよ」
「・・・」
互いに言葉が続かず、無言になってしまった。
門兵と少女が無言で向かい合っている。何とも珍妙な光景だった。
「・・・何しているんだ?」
そんな空気を裂くように、太い男の声が頭上から落ちてきた。
ミリティアは驚いて背後を振り返った。
そこには大男――と評するのが最適であろう濃い髭を蓄えた男が立っていた。
既に威圧感が一般人のそれと違う。
ミリティアは本能で彼は兵士だと判断した。鎧等は身に纏っていないものの、その体が鍛え上げられたものであることは服の上からでも見て取れる。
「モ、モグワイ殿! い、いやぁ・・・それがですね」
門兵は「助かった」と言わんばかりに、モグワイと呼ばれた男に事情を説明し始めた。
「は、はぁ? この子が・・・・・・兵士志望?」
間の抜けたような返しに、門兵も苦笑しながら「そうなんですよ」と答える。
「こらこら、嬢ちゃん。兵士ってのがどういうものか分かって言ってるのかい?」
膝を追ってミリティアと同じ視線に合わせてから、モグワイは苦笑しつつ問いかけた。
距離が近くなったことでミリティアの目には彼の姿がより巨体に映ったのだろう。モグワイの放つ威圧感に気圧されるように一歩下がった。
その様子に眉を下げながらもモグワイは彼女の次の行動をそのまま待った。
数秒経ってから、小さく頷くミリティア。
モグワイは頭を掻きながら、どうしたもんかと一つ息を吐いた。
「ま、ここで分かった分かんねえの問答を続けてもしょうがないしなぁ・・・嬢ちゃんは何で兵士なんかになりたいって思ったんだ? 男ならまだしも女の子にゃ憧れる要素なんざ一つもないだろ?」
「・・・・・・」
モグワイのような「兵としての」存在感を控えることなく放つ人間と、間近で接するのは初めてだったミリティアは、落ち着かない様子で両手を組んだり、指同士をくっつけたりして心を落ち着かせようとした。
「き、緊張しちゃったんですかね?」
「・・・・・・どーせ子供には好かれん風貌だよ」
拗ねたように口を尖らせ、モグワイはやれやれと大きく溜息をついた。
同時にミリティアもある程度落ち着いたのか、ふと顔を上げた。当然互いに目が合うわけだが、ミリティアはグッと顔を逸らさずに、しかし緊張した面持ちで小さな口を開いた。
「あ、あの・・・私、・・・私を育ててくれたお父さんやお母さん、大好きな友達・・・この国に住んでいる皆のために、何かしたいんです」
「うん? だったらやりようは他にいくらでもあるだろ。確かにここは働き口が限られてるが、城内には調理に給仕や清掃、備品の整備とか女性でも働くことが可能だ。無理に兵士っていう枠に拘る必要はないんじゃないのか? まぁ・・・確かに中には女で兵士やってる変わりモンが混じってるっちゃー混じってるが・・・」
モグワイはまだ二十歳を過ぎたばかりの長髪の女性を思い浮かべながら、苦笑いを浮かべた。
あれは女性ではあるが、あまりに規格外だ。
武器を持たせて戦えば、魔法を持たぬ者で彼女に勝てる人間は僅かなものだろう。
「じゃ、じゃあ私も・・・!」
「・・・嬢ちゃん、いまいくつなんだ?」
「えっ? えっと・・・12歳、です・・・」
一瞬、噓の年齢で誤魔化そうという考えが過ったが、少し調べればバレる噓だ。
ミリティアは正直に年齢を話した。
「ふぅ・・・一応な、今いる女兵士も16の時に正式に門を叩いたんだ。この国じゃ女は16になるまでは働けん。それが決まりだ。わかるか?」
「はい・・・」
「だったらせめて大きくなるまで待て。話はそれからにしよう」
「・・・はぃ」
徐々に俯いていく少女の姿に「参ったね・・・こういうのは苦手だ」とモグワイは額に手を置いた。
「あ、でもこの子、魔法使えるみたいですよ」
「何が『あ、でも』だ。んなの関係ないだ――・・・・・・・・・なに、魔法だと?」
門兵の余計な横やりを切り捨てようと思ったモグワイだが、切り捨てるには聞き捨てならない単語があった。
「ついさっきもこの子の魔法のせいで尻餅ついてたんですよ。いやぁビックリしましたねぇ・・・」
確かにモグワイが城に入ろうとしたとき、門兵は驚いた風に尻餅をついていた。
華奢な少女と尻餅をつく門兵。
その構図があまりに浮いていたから声をかけたのだ。
「魔法、使えるのか・・・?」
モグワイの言葉にパァッと顔を明るくするミリティア。
間違いなく勘違いを与えたことに気づき、モグワイは慌てて訂正する。
「いや勘違いするなよ・・・別に魔法が使えることと兵士になれることは同じじゃないからな?」
「ぅ・・・」
ミリティアは浮かび上がった光明が一瞬で消されたことに再び肩を落とした。
「嬢ちゃんぐらいの年齢で魔法を制御できることに驚いただけだ。あとな、魔法は嬢ちゃんが思っている以上に危険なものだ。下手に得意げになって使ってると火傷じゃ済まねえぞ?」
「で、でもっ・・・う、上手く使えますっ」
「こらこら、往生際が――」
魔法だけが残された縋れるもの。
半ば脅迫観念にも近い焦燥にかられたミリティアは、何とかしてモグワイに認めてもらいたくて、門兵にやったように再び掌に魔法陣を形成させた。
その様子にギョッとモグワイと門兵は目を見開いた。
目の前から吹き上がる突風。
人一人吹き飛ばせない、ささやかな風ではあるが・・・無風だったこの場所で風を発生させた現象はまさしく「魔法」そのものだった。
門兵も今度は身構えたため、尻餅をつくことはなかった。
モグワイも右手を眼前に構えて、至近距離で放たれた風魔法に耐えた。
数秒経って風が徐々に収まっていく。
頃合いを見てモグワイは手をおろし、ミリティアに一つ説教をしようと口を開いたが――。
言葉は上手く出てこなかった。
何故なら――。
「ま、まだ出せますっ!」
再び掌の上に魔法陣を浮かび上がらせる少女。
一瞬、また風魔法かと思った両者だが、魔法陣の形が先と違う。
「こ、こいつぁ――!?」
魔法陣が砕けると同時に、地面に僅かな静電気が奔る。
両者とも革靴だったため、静電気は絶縁体の壁を超えることができず、何ら違和感も感じる事は無かったが、それはあくまでも体感的な部分の話だ。
二人は確かに見た。
――地面を奔る細い雷撃の軌道を。
「・・・・・・!?」
「・・・っ、・・・・・・は、え?」
思わず顔を見合わせるも、生産的な言葉は何一つ出てこない。
この国の人間でおそらく、その魔法陣を目にした者は少ないだろう。モグワイでさえも初めてその型を見たのだ。
「か、雷の、魔法・・・!?」
何とか絞り出した言葉はそれだけだった。
ミリティアは自分が何をしたのか、どれだけ周囲を驚かせることをしたのか全く気付いていないようだ。
こちらを意に介さない様子で、再び次の魔法を見せようと構え始めた。
「ま、待て! とりあえず待て!」
彼女の手首を掴んで、魔法の発現を阻止する。
怒られると思ったのか、ビクッと肩を震わせたミリティアだが、唖然とした表情を浮かべる二人に眉をひそめた。
「おいおい・・・しかもよりによって――」
思わず笑みを浮かべてしまう。
人間、予想もしないことに直面するとどういう表情をして良いか分からなくなるものだ。
喜怒哀楽のどれにも該当しない、形容しがたい感情は、相応しい表情を導き出すことができずに最終的には「笑み」という似つかわしくない結果を叩きだした。
「デュア・マギアス、かよ・・・」
モグワイは自分の手に余るだろう、天性の才能を持った子供を前に――静かに天を見上げる他無かった。
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「あら、ミリティア? そちらの方はどなたかしら?」
玄関口からミリティアの呼ぶ声に応じて、奥から顔を出した母――カミラ=アークライトは、我が子の横にいる巨漢の姿にギョッと驚きながらも、平常心を失わないよう努めながら尋ねた。
「えー、突然の来訪お詫び申し上げます。私、近衛の一席を頂戴しておりますモグワイと申します」
「え、こ、近衛兵の方・・・ですか?」
想像だにしない人が来たことで二重に驚く。
カミラはミリティアとモグワイを交互に見て、恐る恐る「あの・・・うちの子が何か?」と聞いた。
「あぁ、奥さんの想像してるようなことは無いですよ。ただご両親に相談したい件、という点では相違ありませんが・・・旦那さんもご在宅でしょうかね?」
「い、いえ・・・あの人は城内で職務についております」
「城内? 失礼ですが、旦那さんはどのような・・・?」
モグワイも近衛という立場から、原則城内が活動範囲となる。
アークライトという苗字で引っ掛かりを覚えなかったため、知り合いではないのだろうが、顔ぐらいは見たことがあるかもしれない、という思いからつい聞いてしまった。
「王城では庭師という形でお世話になっております・・・」
「庭師? なるほど・・・あまり出向かない場所なので顔を見合わせることは無いかな・・・」
顎に手を当て、名前や顔に一致する知人がいないことを確認し、モグワイは本題に話を戻した。
「仕事中というなら仕方ないですね。奥さん、申し訳ないのですが・・・この子のことについて、少しお話をさせていただけませんかね」
「ミリティアの・・・?」
カミラは改めてミリティアの表情を伺う。
ここ数年、孤児院の子と仲良くなってからミリティアは感情も豊かになり、何より明るく行動的になった。それゆえに多少の無茶をすることもあり、心配な面が無いとは言い切れなかったが、根は素直な良い子だというのは分かっている。
ただ最近はよく見た元気な姿が、この場においては影を潜んでいる。
気まずそうに俯いたままのミリティアにカミラは膝を追って「ミリティア、おいで」と両手を広げた。
そのやり取りだけで親子関係が良好なことが伺えた。
吸い込まれるようにミリティアは母の胸元に飛び込み、それをカミラは優しく包み込んだ。
「ごめんなさい・・・」
くぐもった声でそう呟いた声に応じるように、カミラは小さく震えるミリティアの頭を撫でたまま、その場で抱き上げた。
「あら、久しぶりに抱っこしてあげたけど・・・貴女、大きくなったわねぇ」
想像以上に重かったのか、カミラは数歩たたらを踏むも、バランスを整えてミリティアに向かって微笑みかけた。
そしてそのままミリティアの肩越しにモグワイを見て、小さく一礼する。
「すみません、不安なときにはこうしてあげると安心するみたいで・・・」
「あぁ、いえいえお構いなく。それで――お時間は大丈夫でしょうかね?」
「はい、お出しできるものが何もなくて申し訳ないのですが・・・」
「それもお構いなく。この国の懐事情で何かせがもうなんざ、さすがにできませんよ」
「ふふ、それもそうですね。ありがとうございます」
まだ数えるほどの言葉しか交わしていないが、口調や雰囲気からモグワイが警戒する相手でないことを悟ったのか、カミラも徐々に自然体に戻っていくのが分かった。
「それでは奥の部屋へどうぞ」
「すみません、上がらせていただきます」
玄関口の段差を跨ぎ、モグワイはカミラの案内の元、その後ろをついていった。
ちょうど抱きかかえられたミリティアと目が合ったが、12になって母に抱えられた姿が恥ずかしかったのか、サッと母の胸元に顔を隠してしまった。
(兵士にになると息巻いたと思えば、奥さんに抱えられていることを恥ずかしがる。何とも忙しいねぇ・・・独身男の俺としちゃこういう場合、どういう反応をしていいのかマジでわかんねえなぁ)
誰に対してでなく、自然と苦笑してしまう。
と、意識が周囲からそれてしまったせいか肩が壁にこすれてしまった。
どうやらこの巨体はこの家の間取りにはあまり合っていないようだ。
不意に肩とこすれた壁を見上げる。
そこには大分痛んできてはいるものの、立派な織物が飾ってあった。
こういった分野に詳しいわけではないが、とても現在の財政で個人購入できる代物ではないことぐらいは分かった。
年季が入っていることからも恐らくは・・・。
「アークライトさんの家はもしかして・・・旧華族の?」
「あら、良くお分かりになりましたね」
「ええ・・・この織物もそうですが、良く見れば燭台等の調度品も、一般に出回っている安物とは異なる造形をしています。ただ・・・状態から見て大分古いものと思われましたので」
「そうですね・・・もっとも私が産まれた時には既に華族としての面影はなかったのですが・・・私の曽祖父はこの国が栄えていた時代の商人だったそうです。この家に残っている品々はその時代の名残、といったところでしょうか」
「そうでしたか・・・あ、申し訳ありません。過ぎたことを聞いてしまいましたな」
「ふふ、それこそ『過ぎた』話ですよ。昔話に肩肘張るほど過去に取りつかれてはおりませんので安心してください」
柔らかく微笑むカミラに、思わずモグワイも照れて「い、いやぁあっはっはっは!」と笑ってしまう。
そしてすぐに「人妻に何照れているんだ、俺は・・・」と自己嫌悪に陥ってしまった。
まだ見ぬ旦那さんに心の中で謝罪していると、目的の部屋についたようだ。
「ここです」
低い入り口を屈んでくぐり、居間のような空間に足を踏み入れた。
昔は来賓用の接待室だったのか、一層調度品の高級度が高くなった気がする。
向かい合うように置いてあった長椅子に案内されるままに腰を落とし、向かい側にカミラがミリティアを座らせ、その横に彼女も座った。
数秒、間を置いてからモグワイは分かりやすい咳払いを一つし、改めて正面の二人を見据えた。
「では、ご相談について、なのですが――」
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カミラに話した内容はそれほど多くは無い。
そもそもミリティアと出会ったのだって今日が初めてなのだから、彼女を軸にした話が膨大になるはずもない。
モグワイがまず話したのは、ミリティアが持つ「魔法」についてだった。
母であるカミラが魔法についてどの程度知っているかも含めての話だったが、まず「魔法」という単語に目を見開いて驚いた様子からして・・・どうやら母に魔法の話はしていなかったことが見て取れた。
「ま、魔法ですか・・・ミ、ミリティアが?」
カミラが横のいるミリティアを見ると、少女は何とも気まずそうな表情で「ごめんなさい・・・」と呟いた。
「まあ、魔法で何か悪いことをしてたってわけじゃ無いと思うんですよ。もしそうだとしたら我々の耳に届いてもおかしくないですからな」
「そ、そうですか・・・」
その言葉にそっと胸を撫で下ろす。
だが加害者ではなく、被害者になる可能性も考えに浮かんだのか、バッとカミラは顔を上げた。
「で、では・・・何かに巻き込まれている、ということでしょうかっ?」
「ああ、いえいえ・・・そうではなくてですね。あ、でも・・・ちょっと待ってください。――ミリティア、魔法については俺とあの門兵・・・以外の誰かに見せたことはあるか?」
カミラの心配を一度否定しようと思ったモグワイだが、否定する要素が完全に揃っているわけでないことに気づき、すぐにミリティアに尋ねた。
魔法の存在は稀有でないにしろ、その人間の可能性を大いに高めるための要素になり得る。
故に魔法を扱う者は扱えない者よりも重畳され、安定した魔素の制御を行える「魔法師」と呼ばれる存在になるまで、国や連盟に教育という名の保護を受けるのだ。もっともこの国に教育を行える機関は存在しないため、魔法師を自国で育て上げることが難しいのが現状である。
ではアイリ王国において魔法の存在はさほど重要視されていないかと言うとそうでもない。
真っ当な教育こそ出来ずとも、魔法師自体がいないわけではないため、国に仕えている魔法師にワンツーマンで魔法の制御を覚えさせ、将来の国を背負う人材の確保を行う、という背景はあるのだ。
同時に他国で見られる魔法師の教育機関と異なり、密接な人間関係の元行われる教育は「国への帰属意識」を植え付ける効果もあるのだ。
「国の為に」「王の為に」という意識を幼少期に埋められた子らは、それは実に国としては扱いやすい駒になるだろう。
モグワイは正直、その裏の目的が気に入らなかった。
どうせなら子供には自分の将来を自分で考えて欲しいし、その資格が魔法の有無に関わらず、産まれてきた子供全員にあると思っている。
だからこそ、モグワイからすれば国に目をつけられるということもまた――ミリティアにとっては「良くないこと」という意識でもあるのだ。基本的に王城の人間は個性的な者が多く、王の意に裏で反する感情を持っている者も少なくは無い。そのためモグワイの考えに同調する者も少なくはないのだが・・・やはり魔法の素養がある子供を見つけたら、王へ報告する者も同様に少なくはないのだ。
王に情報が届いたら最期。
ミリティアは自動的に「教育」という名目で、王城と言う檻の中に閉じ込められてしまうだろう。
この国に住まう以上、王が下した命に逆らえる者はいないのだから。
そういった疑念から確認したモグワイだが、返答は「NO」だった。
ミリティアは慌てて首を横に振ったのだ。
「そうか・・・」
安堵の息を漏らす。
しかしすぐにミリティアは「あ、でも・・・」と続けた。
「ルケニアのお母さん・・・院長には見られちゃいました・・・」
一瞬、王城関連の人間の名かと思ったが、聞き覚えのない名だった。
「ルケニア? 誰だい、それは・・・」
「えっと・・・ここから西の孤児院の子、です」
「孤児院・・・」
ここから西にある孤児院、だとすると――。
「ああ、シリアの孤児院か」
思い当たった孤児院の院長の名を呼び、モグワイは「あそこなら大丈夫だな」と自分だけで納得してしまった。
「ご存知なのですか?」
カミラの問いにモグワイは一つ頷き、
「ええ、俺の知人でして・・・気のいい夫妻が管理している孤児院なんですよ」
と彼らの姿を思い浮かべながらモグワイは笑った。
「そうなんですね」
カミラもルケニアのことや孤児院のことは知っていても、詳細な情報は知り得ていなかったため、モグワイが信頼のおける相手だという話にホッと息をついた。
「他には誰にも言ってないか?」
「は、はい・・・!」
「そうか、良かった。であれば奥さん。お子さんは特に何かに巻き込まれている、ということはなさそうですよ」
「そ、そうですか・・・ありがとうございます」
安堵からか、カミラは横のミリティアの綺麗な金髪を優しく梳いてから「もぅ・・・」と苦笑しながら、ミリティアを抱き寄せた。ミリティアもくすぐったそうに眼を細めるも、母の温もりの気持ちよさに身を任せていた。
「ですが・・・今後はちょいと気を付けないといけませんね」
「え?」
場が和んだものになりかけるのを、モグワイが少し固い声で止めた。
「お子さん・・・デュア・マギアス、なんです」
「・・・・・・・・・えっ?」
聞きなれない言葉だが、知らない言葉ではない。
自分とは永遠に関わり合いが無いだろうと思わせる、この世界において希少な存在の総称だ。
二種以上の魔法を扱う魔法師、デュア・マギアス。
それは努力や経験で到達できない、まさに天性と才能だけが片道切符の特異な存在だ。
「う、噓ですよね・・・?」
ミリティアを撫でる指に僅かに緊張が走った。
「お、お母さん・・・」
その機微に反応したミリティアが、不安そうな眼差しを向けてくる。
その視線にハッと平静を戻したカミラは「ううん、大丈夫よ」といつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「残念ながら・・・という表現が正しいのかどうかは計りかねますが、間違いなく彼女はデュア・マギアスです。それも風と雷の魔法を操る・・・稀有な存在と言えるでしょうな」
「雷、ですか・・・たしかに珍しいですね」
「はい・・・そもそも魔法とは、その具象を想像し、魔素で構築することにより顕現するもの。雷、というイメージが無ければ、才能があっても使いようがないとは思うのですが・・・。嬢ちゃんは何処で雷という存在を知ったのかな?」
「えっ? えっと・・・・・・」
難しい顔で悩むミリティア。
おそらく発現の元となった知識を思い出しているのだろう。
「た、多分ですが・・・図書館で読んだ本にあった絵、じゃないかなと思います・・・」
「挿絵か何かかしら?」
カミラの言葉に小さく頷く。
「うん・・・こう、空から雨と一緒にピシャって振ってくるの。ここら辺って雨って全然降らないから・・・すごく興味が沸いてきて・・・そしたら、いつかは忘れたけど魔法でできるようになったの」
「なるほど」
モグワイは肩を竦めて「それだけで想像できたのは大したもんだ」とため息をついた。
「そういう意味でも嬢ちゃんは・・・才能に恵まれているのかもしれないな」
「あ、ありがとうございます」
褒め言葉と受け取り、小さくお辞儀をするミリティア。
「ただし・・・その才能は必ずしも嬢ちゃんの光となるかは分からない」
「え?」
「魔法とは確かに人に可能性を見出してくれる・・・が、それはあくまでも通常の魔法師の話だ。過ぎたる力は逆に人を縛りつけるものだ。デュア・マギアス――その才能に魅了された権力者たちが軒並み揃って嬢ちゃんを懐に置きたがるだろう・・・」
モグワイの言葉にカミラは下唇を噛み、思いつめたように視線を下に向けた。
ミリティアは言葉の意味が分からず、カミラとモグワイを交互に見て首を傾げていた。
「人間社会の柵だよ。まだ子供の嬢ちゃんには分からないことだと思うが・・・人一人の力では抗うことのできない、理不尽の塊みたいなもんさ」
「モグワイさん、この子は・・・やはりそういう生き方になってしまうのでしょうか?」
「・・・・・・」
カミラの言葉に何と返事したものか。
結局、言葉は口から紡がれることなく、モグワイは腕を組んで背もたれに体重を預けた。
「お母さん・・・」
意味は分からずとも、母とモグワイが重い話をしていることは雰囲気で分かる。
言い知れぬ不安感が胸に広がり、ミリティアは息苦しさを覚えた。
重苦しい空気のまま、数秒が経ち――その時間はモグワイの大きなため息で打ち切られることとなった。
「・・・嬢ちゃんは兵士になりたいんだったよな?」
「へ、兵士・・・?」
モグワイの言葉に更に驚くカミラ。ミリティアはそんなカミラに「ごめんなさい」と何度目かの詫びを口にしてから「はい」と明確に答えた。
「ミ、ミリティア・・・どうして兵士なんかに・・・」
ある意味、デュア・マギアスよりも驚いているように見えるのは、おそらく気のせいではないのだろう。
デュア・マギアスは天性のものであり、持って生まれた才能だ。だから諦めもつくが、女の身で――それも格闘経験や剣術の覚えもない少女がいきなり兵士を目指すと言い出せば、母親としては困惑以外なにも浮かんでこないだろう。
兵士とはひとたび戦場が開かれれば、その最前線へと飛び込んでいかなくてはならない、死と隣り合わせの職務だ。高い外壁に囲まれているアイリ王国、その壁によって魔獣等の侵略を長い間防いできた実績があると言っても、可能性はゼロではないのだ。
その時が来れば――我が子は戦場に出向き、最悪――死ぬ。
そんな未来を親が「それはいい夢ね」と飲み込めるはずもない。
ましてやミリティアは女性なのだ。
しかし・・・何故だろうか。
デュア・マギアスの時は浮かない表情をし、魔法を親に黙っていたことに落ち込みを見せていた彼女だが――こと兵士になる夢に関しては強い意志を持った目をしていた。
その真っ直ぐな目にカミラは「初めて見る我が子の側面」を覗いた気がして、言葉がそれ以上出てこなかった。
「私・・・お母さんがいつもみたいに優しく笑っててほしい」
「えっ?」
「お父さんも・・・ルケニアも、今まで会ったみんな、みんなが笑って暮らしていける『日常』を守りたいの・・・」
「ミリティア・・・?」
「私ね、お母さん・・・。あの日、あの時に見た――ルケニアの笑顔が忘れられないの。私・・・困ってたみたいだから何かしてあげたいって思って・・・それで」
「・・・うん」
ミリティアが必死に自分の想いを伝えようと、あまり本音を言おうとしなかった我が子が胸の内に溜めていたことを吐き出そうとしていることに気づき、カミラは先ほどまで全身を覆っていた戸惑いが何処か霧散していくのを感じた。
今はこの子が何を想い、何をしようとしているのか。
小さい子供が自分で考えた想いを、大人が自らの常識と先入観で踏みつぶしてはいけない。
カミラはそう考え、今はミリティアだけを見ることにした。
「色々・・・手伝ってあげたの。上手くいかなかった気もするけど、だけど・・・ルケニアは笑ってくれたの。『ありがとう』って」
「・・・」
「・・・」
大人二人は黙って話の続きを待つ。
「その笑顔がね、とても綺麗だなって・・・素敵だなって思ったの。それからかな・・・誰かが喜んでる、笑ってる姿を見ると、何だか私も嬉しい気持ちになって・・・」
キュッと握る小さな手をカミラはそっと上から握った。
「だから・・・何か出来ないかなって。私にも皆に幸せになってもらうために何かできないかなって思ったの・・・。だって・・・私が何かして、それで誰かが笑ってくれるなら、それはとても嬉しいことだもん」
「うん」
「それでルケニアのお母さんが、結構前だけど・・・教えてくれたの。魔法は皆を助けててくれる力になるって・・・あと、兵のみんなもいつも国のために一生懸命働いてるって・・・」
「そう・・・」
「だったら・・・魔法を持ってる私も、私も兵士になって頑張れば・・・みんな幸せにできるんじゃないかって・・・だから――」
カミラは気づけば泣いていた。
悲しいからではなく、親が何を言わなくても娘は大きく育っていたことを感じて、だった。
無論、だからと言って「兵士になる」という未来を大手を振って見送れるわけでもないが、それでもこの子が自分で考え、自分で進む道を目指そうとする、その意志を尊く感じた。
カミラはそっとミリティアを抱きかかえ、「そぅ・・・そうだったの」と優しく撫でた。
「ごめんね、お母さん・・・ミリティアのこと全然見てあげられてなかったね・・・」
「お母さん・・・泣いてるの? なんで・・・泣かないで、お母さん・・・」
ミリティアは笑顔が好きだと言った。
今のカミラの泣き顔は、そんな彼女にとって心を締め付けられる表情だ。何より大好きな母の泣き顔など見せられれば、そのダメージは計り知れないものになる。
ついていくかのようにミリティアの目にも涙が浮かび始める。
慌ててカミラは少し顔を離し、ミリティアの目尻の水滴を指で掬った。
「違うのよ、ミリティア。人はね、嬉しい時に笑うものだけど・・・時によっては泣くこともあるのよ・・・」
「お母さん、悲しくない・・・? 私のせいで泣いてない・・・?」
「ええ・・・本当に、いつも一緒にいたはずなのに・・・いつの間にか大きくなっちゃって」
ミリティアは母にやってもらったのを真似るように、カミラの涙を人差し指で拭った。
その行為に「ふふっ、ありがとう」とカミラは嬉しそうに笑った。
まだ頬に涙の跡はあるものの、カミラが笑ったことがミリティアは嬉しかったのだろう。不安から一変、頬を紅潮させながらも「えへへ」と笑みを溢した。
さて。
非常に仲睦まじい家族愛なのだが・・・この場に部外者がいると、何とも居心地が悪いものであった。
「・・・」
こっそり席を外したいものだが、これだけ近い場所に座していれば、当然立ち上がろうものなら気づかれるだろう。取れる手段と言えば、気配を消して空気のようにこの時間を過ごしていくぐらいしかできない。
(か、帰りたくなってきた・・・)
自分が父親なら揃って涙流していたところなのだろうが、ここに居るのは髭をたくさんこさえた三十路前の大男だけだ。全く以って気まずい。
心情はさておき、話はまだ終わっていない。
のんびり他人の家で過ごす気もないし、何より長く近衛の持ち場を離れるわけにはいかなかった。
一応、あの時の門兵に言伝を頼み、適当に濁した事情を近衛兵の詰所に伝えるように手配していたため、まだ少しの時間は得られそうだが、それも悠長にするほど残っているわけでもない。
モグワイは心を鬼にして、わざとらしく大きな咳払いをした。
「うぉっほん!」
「!」
「ぁ」
カミラはハッとした表情。
ミリティアは間違いなくモグワイの存在を忘れていた表情。
そんな二人がこちらに視線を向け、互いに恥ずかしさから頬を薄らと赤くした。
「あ、あらやだ・・・す、すみません。お、お恥ずかしいところを・・・お見せしました。うっかり感極まってしまい・・・」
「ぁぅ・・・」
誤魔化すように言葉を並べる姿に「いえいえ、眼福でした」と社交辞令を述べ、モグワイは強制的に話を戻していった。
「ま、何にせよ・・・嬢ちゃんはそういう理由で兵士になりたい、と」
「は、はいっ」
「奥さんはどう思いますか?」
「そ、そうですね・・・正直に申し上げますと、兵という職はこの子には就いてほしくない、という気持ちが強いと思います」
その台詞にミリティアは少しだけ残念そうに俯いた。
「ですが――」
しかし続く言葉にミリティアは思わず顔を上げてしまった。
「この子がどうしてもそう在りたい、というのであれば――止めるという選択肢は私・・・いえ、私たちにはございません。きっとあの人も・・・そう言うでしょう」
「お、お母さん・・・」
あの人、とはミリティアの父親のことだろうか。
まさかの承認の言葉にミリティアは花が咲いたように笑顔を浮かべた。
「・・・そうですね、私の意見も言わせていただきますと・・・、彼女の兵士としての才能や能力は未知数です。向いていないかもしれないし、その訓練の厳しさに挫折するかもしれない」
『・・・』
二人は先達のモグワイの言葉に静かに耳を傾けた。
「ですが結論は別のところで決するものですな。先ほども言った通り、デュア・マギアスにより彼女の進む道は広がるのではなく、狭くなるでしょう。何故なら――世界各国で数名しかいないデュア・マギアス。その大半が性別に関わらず、軍事関連に席を置いているのですから・・・」
「! それは・・・」
カミラがモグワイの言わんとすることに気づく。
「はい、彼女自身が望もうと望むまいと、デュア・マギアスの力が国に知られれば・・・間違いなく兵として教育されることでしょうな。ですが・・・俺はどうも、国の教育方針に気が合わないようでして」
後頭部を掻き、モグワイは苦笑を浮かべた。
「そ、それはどういう・・・?」
カミラの疑問に彼は少し言いにくそうに、
「国の教育ってのは言ってしまえば『刷り込み』に近いんですよ。あ、俺がこんなこと言ってたってのは内緒でお願いします。んで、嬢ちゃんみたいな純粋培養の子は特にまずい。親切に色々と教えてもらってると思って過ごしてれば、いつの間にか国のために命を棄てても厭わない、屈強な人形戦士の完成だ。本人はそれが『当然』と思うように教育されるからな・・・そうなってから人格を戻そうにも、中々に難しいってわけですわ」
「なっ――」
まるで国を冒涜するような発言にカミラは絶句した。
国辱として処刑されても文句を言えないほどの暴言でもある。
しかし逆を返せば、モグワイはそういった危険な発言をしてでも、ミリティアに自分の道を歩んでほしいと願っていることが伺えた。
「・・・過去にも何人かいたんですよ。そういう教育を受けた子供が。そういう子供がどういった末路を辿って行ったか・・・俺は正直、記憶を引きちぎってゴミ箱にブン投げたいほど、吐き気が止まりませんでしたよ・・・」
苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
「い、一体何が・・・」
この国にずっと住んでいるはずなのに、そんな情報は初めて耳にした。
当然、この国の全ての国民と顔見知りなわけではないし、王にも一度も会ったことが無い身だ。
それで全てを知ることが出来るわけもないのだが、それでもモグワイをこんな表情にさせる「何か」がこの国で行われていたことにカミラは恐怖を覚えた。
「聞いても胸糞が悪くなるだけですよ。ただ・・・あくまでもその道は国の教育を受けた者だけです。コントロールしきれない人間に対して出来る所業でもないですからね。だから――」
ここまで言って、モグワイはミリティアを見つめた。
目と目が合う。
今の会話の内容には全くついていけなかったが、モグワイがこれから自分に対して大切なことを言おうとしているのは雰囲気で感じた。
ミリティアは息を飲んで、目を逸らさずに彼の言葉を待った。
「だから嬢ちゃん。これは最初の選択肢で、一度進んじまったら戻れない大きな分水嶺でもある。だからよく考えて答えてくれ」
「は、はい・・・」
モグワイは一度目を閉じる。
(・・・本当にこれでいいのか、俺? なんか勢いだけで言っちまってねぇか・・・いや、間違いなく勢いで言っちまってるよ、これ・・・)
目を閉じると、内心でどれだけ自分が阿呆なことをしようとしているかが見えてくる。
(ああ、まぁだが・・・)
色々とこの一歩を踏み込めば後悔もするだろうし、時間を巻き戻してでも今の自分を止めたいと思うかもしれない。
だが仕方がないのだ。
今、目の前にいる純粋な子が、自分の知る子供たちの末路を辿ると思うと寒気が止まらないのだ。
だから自分も手を差し伸べようと思う。
城門前で会ったのも何かの縁だろう。
未然に自分が彼女の魔法を、デュア・マギアスとしての素質を見たのも理由があるのかもしれない。
その理由がこれなら、悪くは無い。
モグワイは選択肢を述べた。
「嬢ちゃんが進む道は二つ。一つはデュア・マギアスは勿論のこと、魔法を隠して普通の人間として一生を過ごす。そしてもう一つは――俺の元で剣の修行に励み、国の教育とは別の方向で力の制御を覚えることだ」
『――!?』
その言葉に二人が揃って驚く。
「後者の場合は無論、城内でするわけにもいかないし、俺にも仕事があるからな・・・。早朝六時から八時の間まで、場所はこの家の敷地で行うものとする。それ以外の時間にはきちんと自主訓練の内容を渡す予定だ」
とここまで言って気づく。
正面にいる子の目がキラキラと輝いていることに。
はぁ、と小さくため息をついてモグワイは言葉を続けた。
「なんかもう聞くのが馬鹿らしくなってきたが、一応聞くぞ? 嬢ちゃん、どっちを選――」
「宜しくお願いしますっ!」
言い終わる前に気持ちのいい返答。
その姿にカミラも思わず苦笑してしまった。
「でも、モグワイさん・・・いいんですか? それはきっと・・・国とは別の――」
「いいんですよ、奥さん。俺がやりたいって思って言ってんですから。それに・・・どうもこの国は、抗えない流れに飲まれてるにも関わらず、それに疑問を感じてない奴が多すぎるんでね」
「え?」
「他国を見れば分かりますよ・・・アイツらは常に変化を求め、過去の変化を常識っちゅう階段に固めて、どんどん上に登っていく。だと言うのに、俺らの国といやぁズゥーッと登ってった他国の連中を階下から眺めているだけなんですよ。だから・・・」
モグワイはニィッと笑い、一人握り拳を作って意気込むミリティアを見た。
「この子なら一石投じてくれるんじゃないかなって思ってるんですよ。俺はもう歯車の一つに固定されちまったんで、出来ることも限られますが・・・この子はまだ自分で未来を切り開ける可能性を持っている」
「・・・そう、ですね。はい・・・何となくですが、貴方の仰りたいことが分かったような気がします」
カミラはスッと椅子から立ち上がり、深々とモグワイにお辞儀をした。
「何卒――この子のこと、宜しくお願いいたします」
「・・・ええ、彼女の道しるべになれるよう尽力します」
こうして奇妙な契約は交わされ、ミリティアは兵士としての道の第一歩を踏み込んだことになる。
訓練をイメージしているのか、剣を持っている風に素振りを始めたミリティアの頭をポンポンと軽く叩いた。
「な、なんでしょうか、先生!」
「せ、先生だぁ?」
「え、違うんですか?」
キラキラとした少年少女特有の希望に満ちた目に、思わず後ずさりするモグワイ。
「ま、まぁいい・・・。ったく、願いが叶うと現金なくらい元気になりやがったな、こいつ」
「はい!」
もはや勢いで返事しているとしか思えない、内容のない返事に思わずため息が出てしまった。
ちょっと幸先が不安になってきたかもしれない。
「・・・それはそうと一点だけ言っておくぞ」
「はい!」
少し間を置いてモグワイはミリティアにこう言葉を残した。
「――ミリティア、自分の道は自分の意志で歩け。たとえ誰かが踏み均した道であろうと、自分の意志を持って進めば、そこはお前自身の道だ。今、お前が胸に抱いている強い願望と夢、そこだけは失くすなよ」
こうしてモグワイとミリティアの師弟としての関係がスタートした。




