第51話 帰路の前の腹ごしらえ
人の習慣とは中々に侮れないもので、毎日規則正しく同じ時間に起床していると、時計や外の状況を確認せずとも自然に目が覚めるものだ。過度に疲労が溜まっている場合や、体調が著しく悪い時は例外だが、多少寝る時間が遅い程度の誤差であったら、嫌でも体はいつも通りの動きをなぞろうとする。
毎日決まった時間に起床し、年下の子供たちの世話・レジンの朝食の手伝い等を日課としていたリーテシアは、パッと目を覚ました。
同時に柔らかい温もりを感じて視線を横にずらすと、ミリティアの寝顔があって軽く驚く。
いつも通りだと、朝の八時ぐらいだろうか。
小さく体を動かして、自分の体の感覚が戻っていることに気づく。
(そういえば・・・前は疲れて昼過ぎまで起きれなかったけど、今日はそんなに怠くもないや。慣れてきたのかな・・・?)
それとも昨日のヒザキの話にあった、魔素を取り込み魔力と為す――それが可能だと認識したことで無意識に実践していたり・・・なんてことはさすがに無いかとリーテシアは心中で苦笑した。
何となく自分の髪をさすってみると、今までは水気の無い乾燥した髪が引っかかるように指に絡まる感覚が常であったのに、今日はすんなりと指と指の隙間を髪が通っていく感覚がある。今まで潤いが欠けていた髪が昨日の風呂で水分を多分に含んだようで、それが今も持続しているようだ。
同時に水分を含むことで柔らかくなった髪が、就寝時の姿勢に合わせるように固定されたようで「寝ぐせ」として色々な部分が跳ねていた。手で押さえつけるも跳ねた髪は手を放すと同時にピンと起き上がる。
寝ぐせの修正は諦め、ミリティアを起こさないように体を起き上げようとする。しかし騎士たるミリティアは就寝中であっても人間の気配が近づいたり、近くで動いたりすれば警戒心からすぐに意識が浮上する性質を持っていた。すぐ隣で動いたのがリーテシアだと分かっているので、ミリティアはゆっくりと目を開けて「おはようございます」と微笑んで対応した。
「あ、おはようございます・・・」
(間近で見ると、本当に美人さんだなぁ・・・。あ、遠くから見ても勿論、美人さんなんだけど・・・近くにいると、それが際立っちゃうっていうか・・・いいなぁ)
口では挨拶を交わしつつ、そんな憧憬に似た感想を朝一に抱く。
二人は髪を整えながら起き上り、狭い壁に囲まれた空間内を見渡す。
そして国有旗を中心とした部屋の中にヒザキの姿がないことに気づく。
「あれ、ヒザキさんがいない・・・」
「ヒザキ様でしたら少し前に出て行かれたようですよ」
普通のことのように寝ているはずの時間の出来事を告げるミリティアに、改めて彼女は凄い人だと実感されつつ、ぽっかりと空いた天井部分を見上げた。
「何処に行かれたんでしょう・・・」
「私たちも外に出てみますか」
ミリティアは既に立ち上がって睡眠時に固まった筋肉を解すように柔軟運動を始めていた。
その様子から「ここから出る方法」が、構成されなかった天井部分に駆け上って出る、という意志表示が見て取れた。
自分の身長の二倍はあるだろう、へこみも出っ張りも無い滑らかな壁を見上げ、とても自分の力では登れそうにないという結論に至る。それにここから出るだけのことでミリティアに手伝ってもらうのも申し訳ない気がした。
「あ、でもっ、私の魔法でもう一度ここを変えるのはどうでしょう?」
代案を出してみるが、ミリティアは首を振って、
「ヒザキ様とお約束された通り、彼がいない場では魔法は使わない方がいいですよ」
と却下された。
他に自分だけの力で抜け出す方法が無いか、周囲をグルグルと回りながら模索するものの、良い策は見つからず。結局はミリティアの力を借りることとなった。
ミリティアに抱えられ、重くないかな? 等という心配もつかの間――ミリティアの周囲で発生した突風に吹き上げられるように上空に舞い上がり、あっという間に狭い箱の中を抜け出していた。
どうやら彼女の風魔法のようだ。
突然の重力に逆らった動きだったため、心臓が浮き上がる様な感覚に鼓動が激しくなる。
「もう大丈夫ですよ」
気付けばミリティアの服にしがみついていたことに気づき、リーテシアは慌てて礼を述べてからミリティアの両腕の中から床に降り立つ。
改めて見る、空洞だった場所の風景は――異質なものだった。
オアシスだけが原形のまま、というのがその心象に更に拍車をかけている。
今更ながら、ここに国有旗を立てたことは間違いだったかなぁと思う。が、この景色を作り出したのは、国有旗を立てたという過程の後の話なので、循環参照の無意味な悩みであると早々に考えるのを止めた。
「なんだ、起きたのか?」
横から声がし、二人はそちらに向き直る。
そこには何故か水浸しのヒザキが立っていた。
上着は脱いでいるようだが、インナーの至る部分から水滴が滴り落ち、彼が通ってきた道が誰が見ても分かる程、床に点々と水溜りが出来上がっていた。
「お、おはようございます・・・ヒザキさん、どうしたんですか?」
「そういえばヒザキ様の故郷はサテンでしたね。あちらでは『行水』や『禊』といった特殊な水浴びの文化があったかと思いますが・・・」
「残念だが行水や禊ではない。純粋に水の中を潜っていただけだ。これから来た道を戻らないといけないからな・・・腹ごしらえの準備は必要だろ?」
ヒザキは前髪から水滴が落ちてくるのを嫌い、右手で髪をかきあげた。
「ちょうど起こしに行こうと思っていたから丁度良かったよ。出来上がるまでそんなにかからないから、問題なければ朝飯としようか」
リーテシアとミリティアは昨日の焼き魚のことを思い出し、口の中に唾液が溜まるのを感じた。
昨日食べた焼き魚はシンプルな調理でありながら、実に美味であった。特に乾パンや干物ばかりの食生活だったリーテシアは、骨にくっついた肉片一つすら見逃さずに食べつくしていた。小骨が少ない魚ということも手伝い、非常に食べやすいことも食欲を加速する要因となっていた。
そんな幸せな時間がまたやってきたことに二人は声を揃えて『是非とも』と歓迎し、三人足並み揃えてヒザキが用意した食事処へと移動することとした。
食事処といっても、昨日リーテシアが造った湯船の場所だった。
「あれ、慌ただしくて気づかなかったんですけど・・・この湯船は残っていたんですね」
「ああ、どうやら昨日の錬金術は『空洞を構成している』と認識されている部分だけが組み変わったようだな。オアシスは例外みたいだが、他は・・・俺たちの荷物や魔獣の死骸などもそのまま残っているからな。この湯船も同じ扱いに含まれたんだろう」
因みに戦闘時の衝撃で砕けて散乱していた土や岩の破片などは、この空間の一部として見なされたようで、跡形もなく綺麗に吸収されていた。
今思えば、整地対象に自分たちも含まれていた場合、凄惨な展開を迎えていただろう可能性もあったことに気づき、リーテシアは少し身震いを感じた。
「なるほどです。して、朝食の内容とは・・・?」
若干食い気味に聞いてくるミリティアに少し気圧される。よほど昨日の料理がお気に召したようで何よりだ。
「砂蟹だよ。水質も綺麗な場所だし、何よりあの巨大な砂蟹が巣食っていた場所だからな。予想通り、水底には砂蟹も多く生息していたよ」
「す、砂蟹っ!?」
過去の失われた国産物であり、全盛期のアイリ王国を支えたオアシスの宝でもある存在。
絶品と言われ、他国からそれを目的に観光をしに来る人間が後を絶たなかった砂蟹を今から食べられる、という期待をミリティアは隠せずに、表情を明るくしていた。
リーテシアも手を合わせて、喜びを露わにしていた。
「水中から上げると鮮度がすぐに落ちるからな。それで今から調理しようと思ったところで、君たちと会ったわけだな」
ヒザキは湯船の中に並べられていた三匹の砂蟹を見下ろす。
湯船の中には必死に外に出ようとするが、上手く湯船の急な斜面の壁を登ることができずに動き続ける砂蟹の姿があった。湯船の中の水、もとい昨日の風呂のお湯はヒザキが捨てたのか、大分水位が低くなっており、砂蟹がちょうど全身を水の中に収められるほどの量になっていた。
幾度なく砂蟹が脱出を試みて湯船の壁を登ろうとするが、脚が側面に引っかからず、小さな水音を立てて湯船の中に落ちていく。
その光景を興味深く、二人は眺めていた。
「さて、それじゃこの水を沸かして・・・茹でて食べよう」
『えっ?』
「む?」
ヒザキの言葉に二人が揃って顔を上げる。
どこか信じられない何かを見るような視線だ。
「なんだ、茹でたものは苦手か?」
ヒザキは昨日と同じように水を沸騰させるための火の魔法を放とうと上げた右手を下げた。
「い、いえ・・・そうではなく――」
「あ、あの~・・・その水って昨日私たちが・・・お風呂で入っていた水、ですよね?」
「・・・・・・そうだな」
さすがに何を言わんとしているか察したヒザキは、右手を腰に当てて砂蟹を見下ろす。
奥に広がるオアシスと湯船の中の水を見比べ、数秒考えた後、
「でもまあ、水を入れ替えるのも面倒だし・・・このままでも――」
『嫌ですっ!』
というヒザキの提案は言い終える前に、力強く却下された。
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リーテシアの水魔法は前回は上手くいったものの、まだ安心はできない領域だ。
扱いが難しい水魔法だからこそヒザキもそこは慎重に考え、リーテシアの「大丈夫です!」という意見を放り投げて、今回の水の入れ替えは手作業で行うこととした。
手作業といっても手で掬うという手段は時間がかかりすぎるので、オアシス付近に残った岩場で、ちょうどいいへこみがある岩を根元から砕き、それに水を入れて持ち運ぶ、という流れにした。
因みに残っていた水の処理については、湯船は底部分が地面と溶け合うかのように繋がっていたため、湯船側の底をミリティアの風魔法で分断して地面から離し、オアシス付近でひっくり返すことで完了した。
ご丁寧にミリティアとリーテシアがひっくり返した湯船を、オアシスの水で洗う作業が発生したことに対し、ヒザキが「そこまでしなくてもいいんじゃないか」と言うと、殺気に近い視線を向けられたため、本件についてはもう言葉を挟むことは止めようと、そっと心に誓った。湯船の清掃が終わるまで、鮮度が落ちないよう、ヒザキは砂蟹たちを空の麻袋に入れたままオアシスの水に浸し、待機することとなった。
終わった後に気づくものだが、湯船をオアシス付近でひっくり返したのであれば、ついでにオアシスの水をそこで湯船の中に入れれば良かったのではないかと思い当たったが、気づいたところで後の祭りなので、心の中にそっとしまうことにした。
時間と手間こそかかったが、無事水の入れ替えも終わり、砂蟹を再度湯船の水の中に入れる。
そしてヒザキの魔法により、水温が一気に上昇し、見る見るうちに砂蟹たちは赤く変色していった。
その様子を心配するリーテシアに「茹でると赤くなるんだ」と説明し、ゆで上がるまで三人は湯船を覗き込みながら待った。
十数分後。
湯気が立ち込める湯船の中を確認したヒザキが頷く。
「頃合いだな」
そう言って、一匹の砂蟹の脚を掴み、熱湯の中から引き揚げた。
「食べ方は分かるか?」
「いえ・・・」
ミリティアの返事に合わせてリーテシアも首を振る。
それもそうだ、とヒザキは片手で器用に砂蟹を回し、脚の関節が二人に見えるようにする。
「砂蟹は通常の蟹と違って、捌く必要があまり無いのが特徴だ。この脚の第一関節を逆方向に折りながら引っ張ると、脚の中にある筋と一緒に脚全体の身が引っ張られるんだ。きちんと茹でないと上手く抜けないから、引っ張っても身が出てこない場合は、もう少し茹でるといい」
ヒザキは「試しにやってみてくれ」と促すと、砂漠を進む上でつけていた皮手袋で熱く茹であがった砂蟹を湯船から引き揚げ、言われた通りに脚を引っ張る。
リーテシアは手袋を持たずについてきてしまったため、ヒザキの大き目の手袋を借りて挑戦することとなった。当然、彼女はヒザキの分の手袋がなくなることに遠慮するが、今回も「大丈夫だ」と押し切って履かせるようにした。今は遠慮が圧倒的に勝る状態だが、いつしかその遠慮が信頼に置き換わってくれることをヒザキとしては願いたいものだった。
「なんと・・・」
「わぁっ!」
茹で加減は問題なかったようで、それぞれが引っ張った脚は綺麗に根元から身が引きずり出され、湯気と共に食欲を誘う匂いが周囲を満たした。
「た、食べても宜しいのですか?」
「そのために茹でたんだから、遠慮しないで食べてくれ」
ヒザキは器用に脚の先を歯で挟み、捻じってから引っ張ることで片手でも身を剥いていた。
「えと、・・・・・・い、いただきます」
柔らかさと弾力を持つ砂蟹の身を指で恐る恐るつつきながら、リーテシアはそっと口の中に運んでいく。
そして噛んだ瞬間、口腔内に溢れだす汁が端から零れそうになり、慌てて口を開いて砂蟹の身を咀嚼していく。噛み切る前に口の中を満たす肉汁と柔らかい初めての食感に、戸惑いを覚えながらも二人は黙々と口だけを動かしていく。
それを見届けてからヒザキも同様に砂蟹を味わった。
(うむ、美味い)
数年ぶりに食べた砂蟹の味は、変わらず美味だった。
むしろ以前の記憶よりも良質な味のようにも感じる。もしかしたらここのオアシスの水質や環境は、今までヒザキが狩場としていた場所よりもより良い場所なのかもしれない。
しばし無言による食事時間は、各々が砂蟹の一本目の脚を食べ終わるまで続いた。
最後の身が喉を通過して、一息つく。
そして、
「お、おお・・・美味しいですっ! な、何なんですかっ、こ、これっ!? 美味しすぎますっ!」
「・・・・・・柔らかくもハリのある食感、そして溢れ出る旨味・・・! ぜ、全部が口の中で混ざり合って、し・・・信じられないです。ただ茹でただけで・・・ここまで美味しいなんて・・・!」
と、初体験組は興奮を抑えきれずに口々に絶賛の言葉を並べた。
ヒザキが何かコメントする前に、既に次の脚に標的が移っており、声をかける隙すらないほど砂蟹を勢いよく胃袋に納めていった。
(喜んでもらえて何よりだが・・・勢いよく食い過ぎて腹でも壊さなければいいんだがな)
そんなことを考えつつ、ヒザキも次々と砂蟹の脚を千切って口の中に入れていく。
砂蟹はオアシスに含まれる栄養分を多く体内に含んでおり、茹でることで栄養分と透明な血液が混ざり合い、それが旨味として溢れ出てくる。その味は食べ始めると止まらないほどの魅力を秘めており、鼻孔をくすぐる匂いは満腹中枢を狂わせ、満腹という概念を忘れさせてくれるほどだ。
悪い例えで言えば「麻薬」のようなものだ。
栄養価が高い砂蟹は過度に食べ過ぎれば太る危険性もあるが、消化作用も促進させる成分も持っているため、程度を弁えれば多少の食べ過ぎは問題にならない。強いて言うなれば、消化作用が効きすぎて腹を壊すことはある、ということぐらいだろうか。
ふと気づけば、女性二人は全ての脚がもがれて胴体だけになった砂蟹と睨めっこしており、あらゆる箇所を観察しているのが伺えた。
「食べるのがお早いことで」
初めて砂蟹を食した上に、今までの食生活が貧相だったのだ。
それだけ反動は凄まじいのは想像できるのだが、あまりに普段の姿とかけ離れて砂蟹に夢中になる姿は、思わず苦笑してしまう光景だった。
無論、そこで上手く苦笑できないのがヒザキでもあるのだが。
「ヒ、ヒザキさんっ! ここはもう・・・食べられないのでしょうか・・・」
「私たちの食事のために頂いた命です・・・。出来れば残さず食べてあげたいのですが・・・」
目に見えて分かるほど肩を落とす二人。
ヒザキは肩を竦めて、胴体部分の食べ方をレクチャーすることにした。
「ちゃんと食べられるから安心しろ。まずは砂蟹の腹の部分を見てみろ」
そう言って、ヒザキはまだ二本脚が残っている砂蟹をひっくり返し、腹部――前掛けと呼ばれる部分を二人に見せる。すると、二人は急いで砂蟹をひっくり返し、ヒザキと同じ向きにした。
「脚の付け根が集まっている部位だが、この付け根の真ん中に砂蟹特有のでっぱりがあるのが分かるか?」
こういう時、隻腕だと説明しづらいと切に思う。
片手で既に砂蟹を持っている為、もう片方の手で説明部分を指さしたいところだが、それが出来ないのが不便だ。
リーテシアが気を遣ってか、ヒザキの持つ蟹を指差し、そのままスライドさせていってヒザキが説明したであろう部位で指を止めた。
「ここですか?」
「ああ、悪いな」
「えへへ・・・全然ですっ。もっと頼ってください!」
嬉しそうに笑う彼女を撫でたくなるが、手が満席状態なので今は諦めた。
リーテシアより半歩遅れて右手を上げかけたミリティアが、そっと誰にも気づかれないように手を戻す。
「ミリティアも悪いな」
しかし自分に向けられた気配を感じ取ったヒザキは当然気付いており、リーテシアからの流れで礼を言うと、彼女は「い、いえ・・・」と俯いてしまった。こういう対応をすると彼女は照れてしまう性格だというのは、この数日で大凡理解できた。理解できた上でわざとそう振る舞ったわけではないのだが、不思議なもので、照れて俯く彼女を見るのは悪くない気分になるので実に困ったものだ。今度はわざとやってみることとしよう。
さて砂蟹が冷める前に説明を続けよう。
「このでっぱりを強く押すと、だ。砂蟹の構造上、脚の付け根の部分が浮き上がる」
二人が言われた通りにでっぱりを親指で押し込み、砂蟹の様子を注意深く観察した。
「あっ! 何だかちょっとだけ・・・付け根のあたりが浮いたような気がします」
「そうですね、腹部の周囲に隙間が出来ているのが分かります」
「そうだ、その隙間に指を入れて思いっきり剥してみろ」
ヒザキは湯船の縁に砂蟹を起き、バランスを取りながら右手で前掛け部分を剥す。
「わぁ・・・!」
「っ・・・!」
同様に上手く剥すことが出来た二人は、剥がれた前掛けの内部から香る食欲を誘う匂いに息を漏らす。
「脚ほど食いやすい部位じゃないけどな。この中身も全部食えるから、遠慮なく行ってくれ」
その言葉を最後に指で胴体の中に詰まった身を取り出し、口に運んでいく。
息を飲み、二人もヒザキに続いて細い指で身を解しながら口に運んでいった。
『っ!?』
二人は目を開き、顔を見合わせる。
そして驚きの言葉を矢継ぎ早に交わした。
「こ、ここも・・・! 何でしょうっ? 脚とはまた別の、あぅー・・・いい表現が見つかりませんが、とても美味しいですっ!」
「ええっ! 脚はさっぱりとした中でも味がハッキリ伝わってくる感覚でしたが・・・こちらは全てが濃厚で口の中で溶けるかのような味わいを持っています! これが・・・砂蟹なんですね!」
「ああ、美味いだろ? 慌てて食べると喉に詰まらせるから、ゆっくりと食べろよ」
ヒザキの言葉にこくこくと頷く二人は、砂蟹の身と言う身を全て胃袋に納めるまで、夢中で食べ続けたのであった。
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「そういえば」
砂蟹を満喫し、口惜しそうに砂蟹がいた湯船、そしてオアシスを眺める二人にヒザキは話しかけた。
「国の名前は決めたのか?」
「えっ?」
自分に言葉が向いていることに気づき、リーテシアが顔を上げる。
「国だ。国有旗を立てたからには、この世界では内情や環境がどうであれ、立派な国家に該当する。となれば、言わずもがな国名は必要だろう?」
ヒザキの言葉にリーテシアが茫然と口を開ける。
「か、考えていませんでした・・・」
「これから君の拠点になる場所だ。今すぐでなくてもいいが・・・少なくとも俺たち以外と国の代表として他人と接触するまでには決めておいた方がいいだろうな」
「が、頑張ります・・・」
少女の頭の中には、アイリ王国とオアシス、そしてその周りにいる国民の姿しか浮かんでいなかったのだろう。彼女にとって建国はその手段であり、目的ではない。だからこそ彼女の中には「国」という意識は薄く、建国後に真っ先に行うべき事柄も頭には無かったのだろう。
「・・・これからアイリ王国に戻るわけだが、ミリティアから報告が生き次第、すぐに我々にも接触を図ってくるだろう」
誰が、とは言わずもがな分かる事だ。
アイリ王国はオアシスという資源が喉から出るほど欲しい。
それを得るためなら、たとえ力ずくであっても今日中には何かしらの手を打ってくるだろう。
こういう時に連国連盟の後ろ盾が無い、というのは実に不利だった。
「算段は立っているのか?」
リーテシアは何も考えずに国有旗を立てたわけではない。
アイリ王国とオアシス。ミリティアの行動。予見される未来と伸びしろとなる不確定な未来。
「・・・」
リーテシアは口を紡ぎ、考え込む。
その様子をミリティアは静かに見守った。
そのまま数分が経過し、リーテシアはすぅっと息を吸った。
「その・・・、すみません。具体的な計画はまだ固まってないんです」
「そうか」
「・・・」
「でも! でも・・・やるべき要点は固まってます」
「ほぅ?」
その言葉に面白いものでも見たかのようにヒザキが反応する。
「聞いてもいいか?」
「も、勿論ですっ! その・・・まずはベルモンドさんに会いたいと思います。それが多分・・・私とこの国が生き残っていくための、絶対に外せない一歩だと思うんです」
リーテシアがヒザキを見上げる。
透き通った双眸はヒザキとその背後に広がる、リーテシアの国を映し出していた。
ミリティアは何処か嬉しそうに頷いた。
ヒザキは優しく、そんな小さな女王の頭を撫で、
「正解だ」
と女王の進む指針を肯定した。




