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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
50/96

第50話 新国家のスタートは慌ただしく

足元を揺るがす振動など気にならない光景が目の前を――否、我々を取り囲む空洞全体で起こっていた。


リーテシアは国有旗を支えに尻餅をつき、その背中を刺さてていたミリティアも片膝をついたまま空洞の至る個所を忙しく目で追っていった。


何が起きているのか。

言葉にすると、要は――空洞内の構造が言葉通り組み替えられていた。


元々はこの空洞すらも埋め尽くしていたオアシス。

空洞内を満たしていたオアシスの水圧によって削られていった空洞の壁は、自然が生み出す細かい隆起の連続した場所だった。


ヒザキたちが足の裏をつけている大地も、大小不格好の岩場や丘が存在していたのだが・・・今、それらが綺麗に消えようとしていた。いや消える、というのは語弊があった。正確には平坦なものへと再構築・整地されていったのだ。


地上、壁面、天井から綺麗な断面のタイル状のものへとコマ送りのように切り替わっていき、端から順に人工的な平面が形成されていく。

巨大砂蟹が明けた筈の大穴すらも、他の場所から削り取られた余剰分が穴の埋め合わせに使用されているのか、見る見るうちに穴の陰りは埋め立てられていき、気づけばそこには他の場所と変わらぬ綺麗な壁が出来上がっていた。


異物と判断されたのか、サリー・ウィーパの死骸はそのまま大地の上に残される形となり、白いタイル状の地にポツンと残る存在がこの場所の異質を顕しているようで不気味に見えた。


「あ、あれ・・・っ」


揺れ自体は続くものの、その規模は徐々に小さくなっていく。

頭上ばかり気を取られていたが、支えが無くても立てる程度に揺れが収まってきたことに気づき、下を見ると――いつの間にか他と同様に足元の岩場も整地されており、三者三様、驚きに目を見開く。


ヒザキたちは背の高い岩場の上にいたはずだ。

しかし今、視界を平行に見渡せば、他の地と同じ高さの場所に立っていた。

空洞内の異変に気を取られているうちに足元も整地されていたようだ。あれだけ激しく組み変わる地形を見ていたにも関わらず、それがいざ自身の足元で起きたということに気づかなかった事実を受け、一同は唖然となってしまった。


「ヒザキ様・・・この現象は、何でしょうか・・・?」


冷静を装いつつミリティアがヒザキに尋ねる。

ヒザキもこの事態が予想外だということは表情から察したが、どうしても誰かに問わずにはいられない感情に襲われ、僅かな心の安寧を求めて問いかけてしまった。


「分からん・・・国有旗にこんな副次的な効果があるなんて話は聞いたことがない」


話ながらも現状を解析しようとしているのだろう。

視線は変貌してしまった空洞内から外さず、言葉だけをミリティアに返す。


「そう、ですね・・・」


「・・・・・・」


曖昧な返事を半ば自失気味に呟やくミリティア。

リーテシアに至っては何が起きたのか頭の中を整理する云々以前に、思考停止したように茫然としていた。


ヒザキはしゃがみこみ、指の甲で整地された地面を叩く。

土や岩のような感触はどこぞの彼方へ吹き飛んでしまったのだろうか。指から伝わってくるのは、どちらかというと人が加工した鉄等の鉱物に近い感触だ。


以前の光る作用自体は持続しているようで、全方位から変わらず明かりが放たれている状態だ。


「・・・どうやら土や石が変化して――いや、再構築されて別の形へと変わってしまったようだな」


次に拳を握り、強めに地面を殴ってみる。

鈍い音が響き、同時に鈍痛が拳から滲むように返ってくる。

拳をどけると殴った先は無傷のようだ。硬度はもはや土のそれとは異質な物へと変化してしまったらしい。


右手を振って、痛みを紛らわせながらヒザキはリーテシアとミリティアの方を見る。


「リーテシア」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


名前を呼ばれ、勢いよく意識を現実に戻された彼女は飛び跳ねるように返事した。


「まだ憶測の域を出ない話だが、これは錬金術の類だと思う」


「れん、きんじゅつ・・・?」


「錬金術!?」


リーテシアは首を傾げたが、ミリティアはその単語を知っていたため過剰に反応を返してきた。


「ああ、有限から別の有限へと物質を再構築する、土魔法の極地とも言える技術だ。色々と制約はあるそうだが、詳しいことは俺にも分からない。ただ光ること以外は変哲もないこの場所が、まるで人が加工したかのような均等な空間へと変貌してしまった理由としては・・・錬金術という表現が一番しっくり来ると俺は思うな」


「し、しかし・・・錬金術なんてものは、偶然できるなんて代物ではありませんよっ? 土魔法を理解し、手足のように従え、幾度の修練と理論を経たうえで・・・それも一部の人間のみが到達できる域だと聞いています・・・。まさか、それを・・・リーテシアさんが?」


ヒザキとミリティアの言葉に挟まれ、二人の会話を吟味して、ようやく自分がこの現象の要因だと言われていることにリーテシアは気づく。


「え・・・えっ? えっと、その・・・わ、私は何もしてないですよっ?」


両手を振って否定する。

ヒザキは「落ち着け」と一言かけてから話を続けた。


「これは仮説だが、幾つかの要因が重なって偶然そうなったのではないかと俺は思う」


「で、ですから・・・偶然でこんなことが――」


「まあ最後まで聞いてくれ。何かしらの仮説でも立てて話のオチをつけたほうが楽だろう? いつまでも頭の中でグルグルと結論の出ない思考をし続けるのは億劫だ。ひとまず現状の決着をつけて、真実は後で専門家にでも聞いてみればいい」


「あっ・・・す、すみません・・・取り乱しました」


思わず食いつきそうになったが、ヒザキに冷静に宥められ、理性が優位に戻ったミリティアは気まずそうに頭を下げた。


「いやいい。さて、仮説の方だが・・・まずこの場所が特殊だということが一番の鍵だろう」


「場所、ですか?」


リーテシアの問いに頷く。


「ああ、魔素とこの空洞の土や岩はどういうわけか強く結びついている。本来であれば光るはずもない土が光っているのは、魔法の元となる魔素と素体となる土で何かしらの反応が起こっているからだろう。リーテシアの魔法を引き金にしてな。つまり此処は通常の場所と異なり、魔素の影響が強いということだ」


「つまり・・・この現象も場所が関係している、と?」


「無関係ではあるまい。また国有旗も魔法の増幅機として関与している可能性もある」


リーテシアはへたり込んだまま恐る恐る国有旗から手を離し、パッと見では質素な棒状の魔導機械を見上げる。そんな彼女のことは知らん顔で、国有旗は基幹に走る溝から淡い光を漏らしつつ平常運航を続けていた。


「魔法師の力や素質に関係なく、土の魔法を増幅し・・・地中を通して特殊な波動を送り出す装置だ。リーテシアの魔法をより強化して周囲に送り出した、というのは考えられないか? 現に起動済みの国有旗への定期的な魔法の注入に際して、魔法師に何かしらの制限がかかったという話は聞いたことが無い。すなわち土の魔法さえ使えれば国有旗は動かせる、という見解でいいはずだ」


全て見聞による話のため、論理的な確証や根拠は無いに等しいが・・・「たぶん」だの「かもしれない」という表現を混ぜれば、ミリティアたちの不安を煽る形になりそうなので、ここはあえて言い切るように言葉を口にした。


「た、確かに・・・あり得そうな話ではありますが・・・」


「最後はリーテシアの素質だな」


「ええっ!?」


ふんふんとヒザキの話を聞いていた彼女だが、再び名前を呼ばれて裏返った声を上げてしまう。


自動魔法付与オートメイジンという特性と、初めて使う水魔法をそれなりに制御したんだ。太鼓判を押してもいいが、リーテシアは間違いなく魔法師として一級品の素質を秘めている」


「そ、そんな・・・わ、私は――そ、そんなことないですよ」


「急な話だからな・・・今は気にしなくてもいいさ。ゆっくりこれから、自分の魔法について向かい合っていけばいい」


「は、はい・・・」


今日はあらゆる面で「想定外」な出来事が多すぎた。

ヒザキですらもそう思うのだ。リーテシアはその数倍は新しい情報で頭が埋め尽くされているだろう。

そんな状態で何かを考えたり、整理するのは無理な話だろう。落ち着いた頃にでもゆっくりと一つ一つ考えていければ、それでいいとヒザキは思った。


「まとめますと、リーテシアさんの魔法師としての素質。国有旗の魔法増幅、そしてこの場所の特性がこの結果を招いた、ということで・・・とりあえずはこの状況の理解ということでいいんでしょうか?」


「一旦はそういうことにしてくれ。リーテシア、国有旗に魔法を流す際に何か思い浮かべなかったか?」


「え、何かって・・・?」


「例えば――」


右手をこの空洞全体を指し示すように横に流し、


「こんな光景を作りたい、とかだな」


と未だしゃがみ込んだままの少女に投げかけた。


「・・・こ、この光景をですか? いえ・・・そんなことは思ってない、と思います」


「そうか。最後にアテが外れたな」


特に残念そうに見えない様子でつぶやくヒザキに「あ、でも・・・」とリーテシアが続きを口にした。


「そのー・・・魔法を流した時に、端っこ孤児院のことを思い浮かべました」


「孤児院の? 何故だ」


「この国有旗に魔法を流すことは、国を建てることです・・・。それを考えたとき、私にとって国って何だろうって思って・・・そうしたら自然と皆のいる孤児院のことが頭に浮かんだんです」


「・・・なるほどな」


「その直後にこんなことになっちゃったので、何だかもう色々と吹き飛んじゃいましたけど・・・あはは」


力なく苦笑するリーテシア。

その言葉と先ほどまでの仮説を横並びにし、ヒザキは腕を組んで周囲を見渡し、数秒後に再びリーテシアに視線を戻す。


「よし、実験をしよう」


「実験ですか?」


ミリティアが言葉を反復し、ヒザキは「ああ」と頷く。


「辺りを見てみろ。オアシス付近の地形は水の影響か分からんが、特に変わっていない。だがそれ以外の部分はすべて、足元と同様の構造に変化してしまった。オアシスの向こうに空いていた馬鹿でかい大穴も消えてしまっている」


言われてリーテシアとミリティアはオアシスの方へと振り返る。

確かにオアシス近郊は岩場もそのままの形を保っていた。

しかし少しこちら側に離れていくと、そこからは全て同じトーンの景色だけが続いている。

あまりに整地されすぎていて、遠近感が狂いそうになる。


「次に、出入り口も消えている」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


さらっと重大なことを告げられて、二人は一瞬何を言われたのか理解が遅れた。

そしてゆっくりと、ゆっくりと・・・自分たちが来た方角、サリー・ウィーパのコロニーの横穴があった方に顔を向ける。


「あれ・・・こ、こっちで良かったですよね・・・ミリティアさん」


「え、ええ・・・おそらく、オアシスがあちらにあるので、方角的には向こうから私たちは入ってきたはず・・・です」


何処を見ても同じ景色。

凝視しすぎると頭痛が起きそうだ。


「壁という壁は全て埋められてしまったらしいな」


「・・・と、閉じ込められた・・・ということですか」


ミリティアの絞り出すような声に「そのようだ」と淡白に返す。


「そ、そのっ! こ、壊したりとかは・・・できないんでしょうか?」


「そ、そうです! 何なら私の剣と魔法で――」


「いや残念だが・・・」


二人の勢いを消すようで申し訳ないが、実証を立てた方が分かりやすいだろう。ヒザキはおもむろに右手を遠くの壁に向かって突き出し、得意の魔法を放つ。

広範囲における火炎魔法ではなく、一点集中のレーザーのような魔法だ。

近くに二人がいることから、出力は可能な限り抑えているが、あの巨大砂蟹の命を刈り取った時と同等程度の威力だ。


二人は紅蓮の光線の向かった先を揃って追いかける。


そして――視界の先にあったのは、焼き焦げてはいるものの、貫通は果たせなかった魔法の痕跡だけが残っていた。


「あ、あの・・・威力で破壊できないなんて・・・!?」


「あわ・・・」


「さっき拳で叩いて、何となくの強度は分かっていた。おそらくサリー・ウィーパや先ほどの砂蟹でもここを突破することはできないだろう」


「そんな馬鹿な・・・」


立ち尽くすミリティアに、力が抜けたように項垂れるリーテシア。


「だから実験をする、と言ったんだ」


そんな二人にヒザキは変わらない口調で話しかけた。

ヒザキは反応が薄い二人に説明を始めた。


「リーテシアは国有旗に魔法を流す際、孤児院を思い浮かべたと言ったな。もしそのイメージが魔法師本人の意思に反して、国有旗を伝わり、この空間全域に行き渡ったとしたらどうだ?」


「え?」


リーテシアは思わず顔を上げた。

ミリティアは頭を振って、脱力した脳に喝を入れる。


「・・・しかしその説で行くと孤児院が出来上がる、のではないでしょうか?」


仮にこの現象が土魔法の究極である「錬金術」による作用で、魔法の顕現元である魔法師のイメージを形作るのであれば、ミリティアの言う通り、端っこ孤児院の形になってもいいはずだ。下手をすれば一緒に思い描いていた孤児院の子供たちやレジンの彫刻なども出来上がっていたかもしれない。


「ミリティア、自動魔法付与オートメイジンの特性を忘れたか?」


自動魔法付与オートメイジン・・・、あっ」


ミリティアは思わず両手をパンっと合わせてしまった。


自動オートで・・・周囲の魔素、および魔素を強く含んだ土や岩が勝手に動いた、ということでしょうか?」


「それが妥当だと俺は思う。リーテシアの意志に関係なく、自動魔法付与オートメイジンの力が動いてしまったんだ。ただリーテシアからの明確な『指示』は魔法を通して無かった。当然だな・・・国有旗を起動させるためだけに魔法を流したのだから、本人に土魔法で何かしようという気はなかった。だからその時に思い浮かべていた孤児院のイメージを――曖昧ながらに再現しようと勝手に魔素が動いたんだろう」


「そ、それじゃ・・・また国有旗に魔法をかければっ・・・」


この摩訶不思議な現象の原因が自分の特異体質だと分かり、リーテシアは慌てて国有旗を再び握りしめようとする。


「それは止めた方がいいな」


が、ヒザキの静止の言葉でその動きが止まる。


「な、なんでですか?」


「まあ・・・推論でしかないんだが、こんな規模で錬金術まがいの力が出たのは、国有旗に流し込んだ魔法が増幅されてしまったことが原因だろう。増幅される、ということは――朧げな指示でもこういう結果になったり、明確な指示でも想像以上の影響が出る、ということだ。前者は御覧の通りだが、今からやろうとする後者に至っては正直、何が起こるか分からん・・・。下手したら全員、この強度の壁に挟まって圧死なんて結末もあり得るかもしれない」


「・・・ぴっ!」


壁に挟まれる想像をしたのか、変な声を漏らしながら青ざめたリーテシアは国有旗から離れれるように飛び退いた。


「というのは脅かしすぎかもしれんが、それほど先が読めない、ということだ。リーテシアがもっと強大な魔法を制御できるようになれば、国有旗を使った増幅魔法も使いこなせるかもな。だが今は止めておけ・・・扱い切れんモノを強引に使おうとすれば、往々にして自滅に繋がるものだ」


「は、はぃ・・・」


「しかし、では何を実験するというのですか・・・?」


ミリティアがリーテシアをあやすように両腕で胸に抱え、頭を撫でてあげる。

さすがに恥ずかしさが勝ったのか、あわあわと腕の中で体を動かしていたようだが、数秒後にミリティアの温かさに負けて静かに成すがままになっていた。


本当に姉妹のようだ。

ミリティアは妹が欲しかったのだろうか?

そんなことを考えつつ、ミリティアの問いに答えるとした。


「なに、簡単なことさ。ここに入った時、リーテシアに光る土を見せて、その後に魔法を地面に向かって撃ってもらっただろう?」


「はい」


「お、覚えてます」


「この空洞内の土は衝撃によって発光する。それは自分でも試したし、女王蟻と砂蟹の戦闘時にも確認できたから間違いはないと思っている。だから魔法を流せば光るという安易な発想で、まあ・・・実際に光ったわけなんだが」


ヒザキが何を言いたいのか分からず、リーテシアは首を傾げた。

ミリティアは少し考えるようにして口を閉ざす。


「リーテシアはあの時、何かしらの命令を乗せるのではなく、単純に土魔法を放っただろ?」


「あ、はい・・・普通に魔法を使うときとは違って・・・何もイメージしないで発動させました」


「通常であれば、魔法師のイメージ無しに魔法は発動しない。そんなことをすれば魔法陣が形成されても、何も起きずに砕け散るのがオチだ。しかし、あの時は確かに作動し、空洞を埋め尽くすように明かりがついた。そして・・・今も明確な命令を送らずとも魔法は作用したわけだ」


「それも自動魔法付与オートメイジンの力の一端、ということですか?」


「ああ、リーテシアは普通の魔法師と異なり、多少曖昧な命令であっても魔法が発動してしまうことがある、というわけだな。それこそ無意識下で思考したものでさえも・・・魔法の引き金になる」


「そ、それって・・・何だかあまり嬉しくない力ですね・・・」


苦笑するリーテシアに「もちろんだ」とヒザキ。


「逆に危うい。何がきっかけで魔法が発動するのか、本人ですらも把握できないのだからな。暴発する危険性がある。先も言ったが、制御できれば強力な味方にもなる。が、制御しきれないうちは魔法を無暗に使うことは止めた方がいいだろうな。魔法を使う際は、明確な意思を持って使う。それ以外の時は控えるようにしたほうがいい」


「明確な意思・・・は、はいっ」


「ここが魔法を受けて光ったのも・・・今思えばリーテシアに『光った土を見せた』という経緯があったからこそだな。要は魔法を放った時に無意識に見たばかりの光る土をイメージしていたのだろう」


なるほど、と二人は揃って頷く。


『・・・』


そして同時に「あれ?」と顔を上げた。


『じゃあ実験は?』


もっともな質問だ。

実験をすると言いつつ、危険だから使わない方がいい、とはこれ如何に。

ヒザキは肩を竦めて言った。


「言っただろ? 無暗に使うなと。俺の言う無暗というのは、日常生活の中だけの話だ。今は言うまでもなく、非日常だろう?」


「そ、それはそうですけど・・・」


「壁に挟まれる云々を聞いた後ですと、実験的に魔法を使うのは危うくないですか?」


二人の否定的な意見に「それじゃここでずっと暮らすか?」と返すと、可愛いことに二人揃って頭を振って否定の意志を見せる。


「そうだな・・・ハッキリと線引きをしておこう。リーテシアは魔法が安定するまでは、俺がいない場所では絶対に魔法を使用しないこと。そう決めておいた方が楽か?」


「え・・・それって」


ヒザキの言葉は要約すれば、これからも一緒にいてくれる、ということだ。

リーテシアの反応にヒザキは眉を顰める。


「なんだ、国を建てるときに言ったはずだぞ・・・『君が初心を貫く限り、付き合おう』とな」


「お、覚えてますけど・・・あの時は何ていうかっ、勢いがあったというか・・・。改めて言っていただくと・・・自分でも良く分からないんですけど、あ、安心しました・・・」


「・・・そうか」


もじもじと小さく縮こまるリーテシア。

どうも純粋培養の子を相手にすると、反応に困る。

悪い気はしないのだが、真っ直ぐすぎて、どう返事をすればいいかが分からなくなる。

ミリティアの存在がなければ、ここで無言の時間が続くのだろうが、珍しく空気を読んだ――というより天然なのだろうが、ミリティアが会話の続きの橋渡しをしてくれた。


「では実験にはやはりリーテシアさんの魔法を使う、ということでいいのですね」


「ああ、安心してくれていいぞ。仮に本当に周囲の壁が迫ってきても二人は俺が必ず護る」


『・・・』


「なんだ?」


「い、いえ・・・真顔でそう言われますと、さすがに私も照れる、と言いますか・・・」


「あぅ・・・」


「・・・」


別に他意があって「護る」という表現を使ったわけではないのだが、二人にとっては異性からの別の意味の言葉にも聞き取れるようだ。

そこで何か期待に応えられる態度を示せる人間でもないヒザキは、ため息を吐いて「んんっ」と分かりやすい咳払いをすることで空気をリセットする。


「さて肝心の実験だが、リーテシア。この辺の地面・・・というより最早『床』と言った方がいいな。床に触れて『家』を想像して土魔法を放ってみてくれ」


「い、家ですかっ?」


リーテシアは驚いた後、おずおずと自分の手を見つめる。


「わ、私・・・土の魔法ですと地面の土を少しだけ盛り上げたりとか、それぐらいしかできた試しがないですよ・・・? そもそも魔法自体、禁止されていたので・・・色々と試したこともないですし・・・。とても家なんて大きなもの・・・」


ヒザキはリーテシアが山岳でラミーを守る時に、隠れ蓑として小さく隆起した土の山を作っていたシーンを思い出す。確かにあの程度の土の制御しかできないのであれば、家なんて建造物を魔法で生成するなど夢のまた夢だろう。


だが僅か数日とは言え、状況は刻々と変わっているのだ。

過去の経験や出来事は常に塗り替えられていくものだ。その変化を劣化とするか、進化とするかは自分次第。そういう意味で行けば、ヒザキはリーテシアは進化する方に進むと確信している。


「ああ、誤解もあるかもしれんが・・・別に凝った造りの家を想像する必要はない。そこの国有旗を中心として、囲むように四角いただの箱を作るようなイメージでいいんだ。ここにいる俺やミリティア、そして君がちょうど入るような大きさで構わない。高さは・・・三メートルぐらいが丁度いいな」


「は、箱ですか・・・う、うーん・・・」


自信の無さが表情に浮き出る。

ミリティアはリーテシアを胸元から離し、応援するように「大丈夫、やってみましょう」と声をかけた。

ヒザキとミリティアの視線を一点に受け、リーテシアは覚悟を決めたように深呼吸し、一つ頷いた。


「や、やってみますっ」


国有旗の目前でしゃがみ込み、両手を床につける。


想像するは――この場を囲い込む箱の姿。

土、と表現するにはあまりにもかけ離れた存在となってしまったこの物質。それを四角い箱の形へと変形させていく光景を思い浮かべた。


正直、ヒザキの魔法にすら耐えた強度な謎の物資を、同じ魔法一つで――それも未熟な自分の魔法で何とかできる気は全くしないのだが・・・迷いは魔法に大きく影響を及ぼすのはきちんと理解していた。だから「できない」と思うのではなく、無理やりにでも箱の形へと変わっていく様を強く念じ続けた。


(箱・・・箱・・・私たちを囲う箱の家)


過程から結果までを一つの線で結び、その糸を魔法という手段でこの床に結び付ける。


リーテシアが目を閉じると同時に、両手と床の狭間に魔法陣が形成される。

大人二人がその様子を見守る中、魔法陣は砕け散り――波紋のようにリーテシアを中心に力が床を走り抜けていく。


変化はすぐに生じた。


軽い地揺れの直後、ヒザキたちの周囲の床に切れ目のような線が走る。線はヒザキの指示通り、三人と国有旗を囲うような四角形を描いていた。

線の後を追うように床が歪み始め、一部の床がせりあがってくる。

壁だ。

厚さは目算で30センチメートル程度の薄い壁だ。

それが何もなかった床から天に向かって盛り上がってくる。


「ほぅ」


「いい感じですね」


傍観者二人は感嘆の声を上げて、その移り変わる景色を眺める。

四方に壁が上がっていき、周囲が少しだけ影になる。


後は天井部分の形成で完成、というところまでいったのだが、そこで魔法は突然終わりを告げることとなった。


「あ、あれ・・・?」


目を開けて、成果を心待ちにしていたリーテシアも思わず声を漏らしてしまった。


三人は上を見上げている。

理由は簡単だ。形成途中の天井が完成する前に魔法が止まってしまったからだ。

四方の壁に囲まれた上部は、空洞の天井部分が丸見えの状態だった。


「なるほどな。国有旗の増幅が無ければ、このあたりが限界、といったところか」


実験の成果とは上々といった感じのヒザキ。


「す、すみません・・・や、やっぱり、し、しっぱ・・・あ、れ?」


失敗しました、とは言葉を繋げられず、リーテシアは体中の力が抜ける感覚に既視感を覚えつつ、体が脳の命令に反応しないで倒れていくのを感じた。


「リーテシアさんっ!」


ヒザキも手を伸ばしかけたが、彼よりも近くにいたミリティアがしっかりと彼女を受け止めてくれたので、彼女に介抱を任せることにした。


「か、体、・・・が・・・?」


「リーテシアの魔法回数も限界のようだな」


「ぁ・・・」


言われて、数日前にヒザキと出会った時も魔法の使い過ぎで倒れたことを思い出した。

あの時は三回、今回は五回でダウンだ。

いったい世界中の魔法師の中で片手で数えられるほどしか魔法を放てないポンコツがどれだけいるのだろうか。

いかに自動魔法付与オートメイジンの素質があり、デュア・マギアスとして複数属性の魔法を扱えようが、数回で動けなくなるようではあまりに燃費が悪すぎる。

自分の不甲斐なさな嘆きながら、ミリティアに受け止めてくれた感謝とお詫びの言葉も言えず、脱力したようにミリティアの胸元に沈んでいった。


「ヒザキ様・・・」


「今日はここで終了だな。どのみち今は深夜だ。もともと休んでいた時間でもあるから、予定通り休むこととしようじゃないか」


「そうですね・・・といいますか、また出入り口がない状況ですね」


困ったように笑うミリティア。

確かに四方を確認すると、出入り口どころか隙間すらない状態だ。

天井が空いているので、ヒザキやミリティアの身体能力なら抜け出すことも可能だが・・・。


心中で「すみません・・・」と謝るリーテシアだが、口元は気怠さが勝り、言葉を絞り出すことができなかった。


「箱、という表現を伝えてしまったから・・・まあ仕方がないな。狭いとは言え、密着するほどのものではない。今日はここで寝ることとしようか。幸い、この壁があまり風や熱を通さない役割を担ってくれているせいか、それほど寒さも感じないしな。そういう部分では『家』としての機能も併せ持っているのかもしれないな」


二人は頷き合い、ゆっくりと壁を背に座りこむ。


「魔獣の警戒は・・・」


と言いかけて、ミリティアはクスッと笑って「必要なかったですね」と言った。


「ああ、これだけ強固な壁に囲まれているんだ。中からも外からも行き来できる生物はいないと見ていいだろう。言ってしまえば完全な安全地帯だな」


「ふふ、そうですね」


それから何となしにリーテシアの状態を観察する。

脱力感は依然変わらないようで、今はミリティアの両膝にすっぽりと収まっていた。

表情も眉を八の字にして、だるそうな様子が伺えるが・・・ヒザキはその表情に別の意図も含まれていると読んだ。


それは何なのか。

彼女の性格を考えれば、まあ・・・そう難しくはなかった。


(まったく・・・一皮むけたかと思ったが、考えすぎな部分は変わらずか)


相手の心の機微を捉えて、感情に気持ちを投げかける技術はヒザキには無い。

だからいつも通り、思ったことをそのまま実直に言葉にすることにした。


「リーテシア」


呼ばれて、少しだけリーテシアの表情が変わった。といっても、視線がこちらに向いただけの僅かな反応だけではあるが。


「こういうのは後回しにすると大概、面倒なことに繋がるから先に言っておく。君の魔法回数が著しく少ないのは君の才能云々の問題ではない」


「っ!」


まさか今、自分が思い悩んでいることをすぐに言い当てられるとは思っていなかったのだろう。

リーテシアの大きな瞳が見開かれる。


「そもそもだが・・・魔法の使用回数なんていう概念自体、曖昧なものだ。数百年前の学者がロクな立証も上げずに提唱した内容がそのまま何故か受け継がれて、今に至るだけの参考数値にすぎない」


「えっ?」


今度はミリティアが驚いて声を漏らす。


「ただ他に魔法師が放つ魔法の限界値を言い表す表現が無いから、そう言っているだけだ。それがいつの間にか当たり前のことになっていき、今では『一日の魔法を撃てる回数=魔法回数』というのが常識になってしまっただけさ」


「で、では・・・魔法回数には、明確な法則が無い、ということですか?」


「・・・説明が難しいが、あながち間違いというわけでもないんだ。確かに人間個体において魔法を使える回数というのは大よそ範囲が決まっている。個人差はあるものの、各人の限界値というのは簡単に変わるものじゃない」


「そ、そうですか・・・」


ミリティアも魔法回数は魔法師の中で少ないほうだ。

デュア・マギアスとして、更に自身の魔導剣技と称する魔法を併用した剣技を持ち味とするには、心許ない回数というのが本人の悩みでもあった。

彼女は爆発的な強さを発揮できるが、長時間の戦闘には向かない。

故に一対一の戦いや、短期決着の白兵戦では無類の強さを誇るのだが、戦争のような長時間戦場で剣を振るわなくてはならない領域フィールドでは、ジリ貧となり、いずれはガス欠で倒れることとなる。

一国の騎士として打開したい弱点ではあるが、魔法回数という壁を破壊する術はなく、今もその弱点と上手く付き合って生きてきた。


ヒザキの言動に「もしかしたら魔法回数を増やせるかも」という期待を抱いたが、今の言葉で意気消沈してしまった。


「・・・ミリティアも勘違いするな。というか俺の言い方が悪いんだろうが、人に何かを伝えるのは本当に苦手なんだ・・・。許してほしい」


「・・・え?」


「・・・?」


顔を上げた二人と視線が交差する。


「魔法の限界値というのは簡単に変わるものじゃない。つまり簡単ではないが不可能ではない、という意味だ」


『・・・!』


「何故、魔法は使えるのか。魔法とはいったい何なのか。生まれた時から『魔法が常識』という世界に立っていた君たちには近すぎて遠い疑問だっただろう。なぜなら『そういうもの』として教育を受け、刷り込まれていたのだからな」


「っ、ヒザキ様・・・それはどういう意味で?」


「・・・あー、いやこれも言い方が悪い。すまなかった。刷り込みと表現すると、悪い意味と捉えてしまうかもしれないが、魔法があって当然という考えは別に悪い事でもなく、普通のことだ。だから君たちが受けてきた教育や知識は別に問題のあるものではない。そこはいいか?」


ミリティアの表情が険しくなったことで、自分の言葉の問題点を察したヒザキは素早く訂正し、二人に落ち着くように促した。


「は、はい・・・こちらこそ、すみませんでした」


「いや・・・ゴホンッ、続けるぞ。まあ魔法というのは、空気を吸うことが当たり前、というように、人が生きる上で常識の一つとして存在しているわけだ。解明されていないエネルギーで、未だに学名はつけられていない『魔素』であったり、魔法回数という概念もその常識の中に組み込まれている。しかし・・・それが逆に枠を作ってしまっているんだ」


「枠、ですか・・・?」


ミリティアが問い、リーテシアも興味深そうにこちらの話に耳を傾けている。


「そう、枠だ。例えばリーテシアは魔法を一日に五回しか放てない。そう認識すれば、自動的に魔法回数は五回という認識に置き換わるわけだ。魔法回数は誤差はあるものの生涯を通じて、大きくは変動しないもの――という概念と結びついた時、リーテシアは『自分は一日に五回程度しか魔法を使えない』という制約を無意識に自分に課すこととなる。それが――俺の言う枠だ。檻と言ってもいいな。無意識の檻というのは、意識下にない分、性質が悪い。意識をしていないわけなんだから、自分で治すという発想すら沸かない。だから『変わらない』のさ」


「なっ――」


「っ」


絶句する二人。

ミリティアは震える唇を一度噛みしめ、口を開いた。


「で、では・・・ヒザキ様がいう『簡単に変われない』というのは、その無意識の檻に囚われていることが原因になっている、という意味なのでしょうか・・・?」


「いや、それは少し違うな。確かに一度そういうものだと認識したものを考え直すことは難しい。が、あくまで一人だけの力で考え直すのは難しいだけであって、今のように俺という第三者が別の認識を示唆すれば、聞く耳さえあれば意外と考えっていうのは変わるもんだ。ミリティアは俺の話を聞いて、まだ魔法回数は絶対だという固定概念を持ったままか?」


「い、いえ・・・言われてみれば、確かに。私はヒザキ様の言葉を聞いて、魔法回数への考え方が酷く、揺らいでいるのを感じます」


「いい傾向だな。それだけ俺のことも信用してくれている、という裏返しだな。礼を言おう」


「っ・・・、いい、いえ・・・と、当然のことです!」


感謝の意を伝えただけなのに、ミリティアは何を恥ずかしがってか、抱えていたリーテシアをギュッと抱きしめ、慌てて返事する。強く抱きしめられたリーテシアは両腕に頬を挟まれ、顔を変形させる。驚いてはいるようだが、痛みはなさそうなので放っておくことにした。


「難しいというのは、魔法回数の伸びしろを増やすことさ。ミリティア、何故、魔法師は魔法を使えると思う?」


「う・・・それも固定概念にかかるお話ですか?」


暗に「分かりません」と回答しているような返しに、ヒザキは「そうだな」と返した。


「魔法というのは人体で生成された『魔力』を消費することで魔法陣を描くことができるんだ。魔法を使えない人間は体内の魔力が空に近い、という状態になる。例えばリカルドが地下で濃い魔素に体調を崩していたが、あれは体内に魔力がほとんど無いため、口や鼻から入ってきた魔素を上手く中和できずに起きた結果だ。昔の知人の受け売りだから、原理は知らんがな」


「・・・お、驚きました。で、では・・・その魔力の総量こそが――我々の知る魔法回数ということでしょうか?」


「さすがに理解が早いな。魔法を使えば、体内に蓄積された魔力は徐々に減少する。当然、魔力が空になれば・・・魔法はもう使うことができない。そして最後の一滴まで魔力を使い果たすと、魔法師は『身を守るために』今のリーテシアのように全身の力が抜けるそうだ」


「身を守る?」


「ああ、魔力ってのはリカルドでも多少は持っているんだ。ただ魔法を使うには圧倒的に足りないだけでな。魔力が無いとこの世界に当たり前のようにある魔素は中和できない。そして、魔力が空になった人体――もしくはその人体に納めきれないほどの魔素を取り込んだ人間は、強く魔素の影響を受けて『変質』することになる」


そこでミリティアとリーテシアは同じ想像をしたのか、表情が一気に青ざめていくのが分かった。

まだ言葉を口にできないリーテシアの代わりに、ミリティアが問いかける。


「ま、待ってください・・・。変質、とはまさか・・・?」


「――動物や植物であれば『魔獣』と呼ばれ、素体が人間なのであれば・・・『魔人』や『溶人ようじん』と呼ばれているな」



――・・・。



リーテシアが口から魂が抜けたかのように真っ白になっている。


「ああ、そいつらは『大量の魔素を取り込んだ』場合であって、そんな場所は世界中歩いても早々無いから安心していいぞ。リーテシアのように魔力が空になっても、通常の環境では軽い中毒症状はあっても変質までは到底なり得ないものだ」


リーテシアの抜けかけた魂がスルスルと口の中に戻っていき、大量の汗を出しながら息を吐いていた。

ミリティアも思考停止になりそうだったが、今の言葉でこちら側に戻ってきたようだ。


「お、驚かせないでくださいっ!」


「すまない。そういうつもりは無かったんだが、次から気を付けよう」


詫びを一つ入れて、続きを話す。


「そういうわけで魔素は毒にもなるし、魔法の元にもなるわけだな。人間というのは上手く出来ているもんでな。リーテシアのように魔力を使い切った後は、全身の力を抜けさせ、可能な限り魔素が体中に回らないようにしているんだ。魔力が無いと言っても、微量の魔素は体内で分解できる。そして分解された魔素は回り回って魔力として帰ってくるんだ。今の状態は出来るだけ体を動かさずに、少しずつ魔素を魔力へと変化させている真っ最中、というわけだ」


女性二人は鼓膜に届くほどの安堵の息を漏らす。


「あ、安心しました・・・」


「ええ・・・と、リーテシアさん、もう喋れるんですか?」


「あ、そういえば・・・」


体は動かないものの、言葉は話せる程度に復活してきたようだ。


「それでは今度はリーテシアに聞こうか。今までの話を聞いて、魔法回数を伸ばす・・・もとい魔法を多く使用する術の答えは見つかったか?」


「あっ・・・」


復活早々ヒザキ先生から問題を出され、少しだけ面を喰らうものの、数秒だけ考え込む。

こういう聞かれ方をするということは、ヒントは今までの会話の中にあるということだ。

思い返せば確かに繋がってくる内容は何点かあった。


「えと・・・、空気中にある魔素を上手く取り込んで、魔力に置き換える・・・って感じ、でしょうか?」


「正解だ」


「やたっ」


何気に答えるのに緊張していたのか、リーテシアは正解を言い渡されて素直に喜びの声をあげた。


「ただ・・・この大気中に漂う魔素を取り込んで魔力に変換する術は・・・正直、感覚的なもので教える術というものが無いのだ。それが先ほど難しい、と言った理由だな」


「なるほど・・・感覚、と言いますと個人差もあるでしょうし・・・自分自身でその感覚を掴まないことには会得できないというわけですね」


「そうだな。だが価値はあるだろう?」


「ええ・・・! ちなみにヒザキ様は既に・・・?」


「まあな。常にその辺の魔素は取り込んでいるよ。だから俺の魔法についてはほぼ制限が無いと思ってくれて構わない」


「制限が、ない・・・」


「す、凄いです・・・」


輝かせる目をこちらに向けてくれるのは嬉しいのだが、こうして誰かに褒めてもらうのはどうにも苦手だ。


「長々とした話になってしまったが・・・言いたいことはリーテシア。魔法回数が少ない、なんてことは気にするな、ということだ」


「ぁ・・・そういえば、そういう話でしたね」


「ふふ、色々と驚く情報が多すぎて、話し始めが何だったのか・・・すっかり頭から抜け落ちていました」


「ひどいな。俺はリーテシアを元気づけるために話しているつもりだったんだが」


そう言って全員がそれぞれ笑みを浮かべる。

そしてこういう雰囲気になると、昔から言われるのだ。



「ヒザキさん、笑顔が下手ですっ」


「ふふ、らしいと言えばらしいですけどね」



サリー・ウィーパの女王蟻討伐から始まった一日はこうして幕を閉じるのであった。



最後に実験結果だが、リーテシアが国有旗無しで魔法を放てば、この小さな部屋を作れる程度には環境を再構築できることが分かった。

それを踏まえて、今日の朝はこの規模を出ない範囲で出入り口をリーテシアに作ってもらうことになる。

寄り添うように眠りにつこうとする女性二人をしり目に、起床後の予定を組み立てつつヒザキも静かに目を閉じていった。

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