第44話 失われたはずの楽園
メリークリスマス!(今更)
いよいよ年末ですね。ジョジョ四部のアニメも終わって色々と寂しいです(;▽;)
今回はいつもより半分ぐらいの長さですm( _ _ )m
サリー・ウィーパとの戦闘があった部屋から、横穴へ飛び込んでいった直後、再び視界が大きく揺れた。
地層の歪みに押しつぶされるように四方の壁が悲鳴を上げる。
走る亀裂の隙間からこぼれてくるものが砂ではなく土であることから察するに、自分たちがいる深さはどうやら砂丘堆積層よりも下の地層のようだ。
これほどの衝撃を生み出すことのできる存在は、この砂漠に於いてワーム以外には考えられない。
ヒザキはゴム質の巨大な芋虫を想像しつつ、徐々にひび割れていく壁を気にしながら進んでいく。
万が一、崩れようものならすぐに後ろをついてくる二人に叫んで報せる心積もりで注意しつつ走っていくと、不意に閉鎖的な通路から、開放的な空間へと躍り出た。
「――っ!?」
広い。
今までのサリー・ウィーパのコロニー内とは比べ物にならないほどの広さだ。
周囲は一寸先は闇という表現が似合うほど暗闇であるが、空間の内部に響き渡る轟音で理解できる。
そう轟音だ。
距離は測れないが、少なくとも数百メートル先から何かが地盤を削る衝撃と、連なる破壊音が全身を包み込んでくる。数秒遅れてヒザキの頬に小さな石が何粒も当たってくる。外的要因で削られた地盤の欠片だろう。
ヒザキは動揺せずに冷静に気配を探る。
いる。
この空間に荒々しく暴れ回る巨大な生物がいる。
壁に手を触れると、その感触からこの空間はサリー・ウィーパの鋼液で固められたものではないことが分かった。言ってしまえば、純粋な土の壁である。
(コロニーは深くても地下100メートル程度・・・本来であれば最深部あたりで地層が砂から土へ変わるかどうかの深さだったと思ったが・・・この空間、高さも結構ある気がする。どういう構造になっているんだ? いや――)
ヒザキは壁の土を右手でえぐり取り、掌で遊ぶ。彼ですら力を入れないと削れなかったため、相当な硬度は持っていそうだ。
指の腹で土をこすり、一部だけ細かく砕かれた土の中から青白い光が浮かび上がる。ヒザキの掌がその光に照らされ、くっきりと輪郭を確認することができることから、照度もそれなりにあるようだ。
「これは――」
ヒザキは顔を上げ、先ほどの轟音の先に視線を送る。
先ほどは土煙で確認ができなかったのだろう。
今確認すると、視線の先には大きく青白い光が地面から湧きだしていた。
「ヒ、ヒザキさんっ」
背後からミリティアとリーテシアが追い付き、彼の横で立ち止まる。
「あの光は・・・?」
ミリティアはヒザキの見る先の光に同様に視線を向けつつ、周囲の敵襲にも気を配るように身構える。
「・・・そうだな、リーテシア」
「は、はいっ?」
「確か土魔法を使える、って言っていたな」
「あ、はい」
「悪いが試したいことがあるんだ」
ヒザキは掌の青白く発光する土をリーテシアの方に向け、その光に照らされた二人の表情が伺えた。
「あ、明るい・・・」
「発光する土・・・?」
ヒザキは土を地面に置き、言葉を続ける。
「俺もあまり見たことはない現象・・・というより環境だな。ここは強く魔素に影響を受けている場所らしい」
「魔素に?」
ミリティアの投げかけに頷き、人差し指を地に向けて指す。
「リーテシア。地面に向かって土の魔法を放ってくれないか? そうだな・・・ここら一帯が『光る』ようなイメージで放ってくれればいい」
若干話についていけていない様子のリーテシアだったが、ヒザキに対して小さく頷き、彼女はしゃがんで地面に手を付けた。
先ほどヒザキが置いた土の光に照らされる彼女は、一呼吸置いて目を閉じた。
「地よ――」
リーテシアの手から魔法陣が描かれていく。
詠唱は必要なく、後は彼女がイメージした通りに魔素が働きかけ、魔法という現象が起こるのみだ。しかし、元来であれば発光作用のない土などに「光れ」と命じる魔法を使ったところで、物理的に無理な場合は失敗に終わるものだ。また、土が光るイメージが魔法師になければそれもまた魔法は失敗に終わる。リーテシアは、ヒザキが見せた光る土を想像し、そのビジョンを魔法陣を通して地に命じる。
この土が何かしらの要因で光ることは理解した。
あとはその光景を地に命じてあげるだけだ。
(お願い、私の魔法を受け入れて!)
魔法陣が細かい粒子となって砕け散る。
と同時に、
『!?』
ヒザキ、ミリティア、そしてリーテシアは慌てて腕で両目を覆った。
光。光だ。世界を白く塗り替える光。
周囲を朝日のごとく、しかし何処か鈍い灯りがこの空間すべてを覆いこむように輝きだした。
「ぐっ、これは予想以上だな」
先刻までの暗闇に目が慣れていたせいで、目が潰れてしまいそうな感覚に襲われる。
そしてそれはこの空間に存在する全ての者が同様だったのだろう。
そこかしこから悲鳴のようなサリー・ウィーパの困惑した歯音と、低い唸り声のような音が鼓膜を震わせる。
薄目から徐々に光に慣れさせていき、一分程度経って、ようやく辺りを確認することができた。
ミリティアやリーテシアも同じように、ようやく眼を覆っていた腕を下ろし、周囲を見渡していた。その表情は唖然としたもので、初めて見る幻想的な光景に心を奪われてしまったように口を開けていた。
そして、
ヒザキは前方を見据え、この地響きの原因とも呼べる存在を視認することができた。
「ワームの類かと思っていたのだが・・・これは予想外だったな」
発声器官は持ち合わせていないのだろうが、それは口元から溢れる白い泡を大きく泡立てながら、ブクブクと鈍い独特な音を放っていた。
その両目は足元にいるサリー・ウィーパに対してか、突如光輝いたこの空間に対してか・・・定まらないようにグルグルと周囲を忙しなく見渡している。
距離にして数百メートルは先にいるはずだというのに、目の前にいるような錯覚を覚えるほどの巨躯。
「砂蟹・・・の突然変異、と容易に片付けててしまうには躊躇してしまうほどの大きさだな」
「すな、がに・・・?」
「・・・・・・え?」
ヒザキの言葉にリーテシア、ミリティアが少し気の抜けた声で聴き返す。
「外見は砂蟹そのものだな。砂蟹をそのまま拡大したかのような存在のようだ。そして――」
その巨大砂蟹の足元を見ると、数か所抉れた地盤、おそらく砂蟹が削ったであろう地盤の近くに多くのサリー・ウィーパがひしめき合い、その中でも特に大きな個体を見つけた。
「女王蟻もいるようだ。奴らは共存、ではなく敵対しているようだな」
サリー・ウィーパや砂蟹は決して地中や深海を生きる生物ではない。
そのため深海魚のように暗闇を生きるために目という器官が機能しなくなったりはしない。
空間を照らす強烈な光に挙動がおかしくなっていたが、徐々に光に慣れてきたのだろう。その動きは紹鷗の元、統制のとれたものへと変化していった。砂蟹も同様で、挙動自体は鈍いものであったが、一時見失った女王蟻たちを再度視認すると、その気配に殺意たるものが滲みでてくるのが分かった。
「あ、頭が混乱して上手くまとめられないのですが・・・この場所もそうですし、巨大な砂蟹? たる存在も何が何だか・・・」
側頭部を抑えながら、ミリティアは膨大な新情報に襲われるかのように片目をつぶって言葉を吐き出した。
「まあ何にせよ、だ。やるべきことは変わらないだろう?」
「え、ええ・・・」
「あの蟹は討伐対象になるのか?」
「い、いえ・・・それは現状、何とも――」
とミリティアの言葉を遮るように、巨大砂蟹は親爪を大きく振りかぶり、何の躊躇もなく女王蟻の方へと振り下ろした。
遅れて轟音。
リーテシアが「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げる。しゃがんでいた体制から体を支えられず、尻餅をついてしまう。ヒザキとミリティアも振動に足が浮いてしまうが、何とか転ばずに体制を維持した。
震源の近くにいたせいか、先よりも一層、足元を揺るがす衝撃を感じた。
「何という・・・力だ」
ミリティアは無意識に剣の柄に手を伸ばしつつ、その圧倒的な力に汗を流した。
何体のサリー・ウィーパが親爪に巻き込まれるように地面の中へ吸い込まれ、圧殺されていった。細かいサリー・ウィーパの部位が削れた地盤の欠片と共に宙に舞っていった。
女王蟻は多少の知能があるのかもしれない。
予め親爪の落下地点を予測していたらしく、素早い動きで回避し、今は少しだけ背の高い丘のような場所の上に立っていた。
まだ奴らはこちらに気づいていないようだ。
特段こちらの様子を見ることもなく、ただ互いを憎しみあうかのように攻撃を交わし続けている。
ヒザキは相手が気づいていないこの時間を使って、この謎の空間の様子を確認する。
この明かりが恒久的なものなのか、一時的なものなのかは分からない。もしかしたら数分後には突然光を失うことになるかもしれないし、再度魔法による発光が出来ない場所かもしれない。不特定要素が多い中において大切なことは、その時点で可能な限り情報収集をすることだ。このいつ消えるかも分からない明かりが点いている時間を有効に使い、情報を収集し、その上で目的達成へのプロセスを確固たるものへとしていく。万が一、この環境が時間が経つにつれて二度と再現できないものになる危険性を考慮した上での考え方だ。
地形を確認する。
巨大砂蟹が暴れた結果なのか、元々そうだったのかは不明だが、凹凸の激しい地形だ。
荒削りのような小さな丘や窪みがそこら中にある。
ヒザキは二人に「少し様子を見てくる」と言い残し、近くにあった高台となる大きめの丘の上まで駆け上がり、そこから周囲を見下ろした。堂々と立っていると相手に見つかる可能性も高くなるので、姿勢は低めを維持した。
「・・・アレが砂蟹であれば必ず『ある』と思っていたが、やはりな」
下からは死角になっていて見えなかったが、ここからはハッキリと確認することができた。
巨大砂蟹の前掛けの辺りを埋め尽くす、燦爛と光を反射する存在。
それはアイリ王国の者たちが過去に失い、今も求め続けている砂漠の自然が生み出した産物。
「――オアシス。ここまで深い場所まで沈下したものがあったとはな」
そこには巨大砂蟹すらも覆うほどの大量の「水」がその存在を証明するかのように、燦然と輝いていた。




