第42話 オートメイジン
すみません、久しぶりに大きな風邪を引いてしまい・・・未だにダウン中ですm( _ _ )m
蓄膿症、なんて強敵!
サリー・ウィーパのコロニーを形成する道は、鋼液で固められた円状の横穴が蛇行するように絡み合っている。
途中にサリー・ウィーパの働き蟻が寝食を目的とする小部屋があり、それらが連続した集合体をコロニーと呼ぶ。
何度目かの小部屋を抜けたヒザキたちは足を止める。
蝋燭の背は燭台の針状の蝋燭立てよりも低くなり、火が消えそうになっていた。灯りが消える前にミリティアは新しい蝋燭を取り出し、背の低くなった蝋燭を抜いて地面に置き、新しい物を燭台に設置する。設置後、ヒザキが小さく火の魔法を放ち、蝋燭に火を灯す。もう道中で何度も行ってきた動作の為、流れるように差し替えは終わった。
「どう思う?」
区切りとなる間が出来たため、ヒザキはミリティアに疑問を投げかける。
彼女も同じことを考えていたのか、一つ頷いて「おかしいですね」と返した。
「ここに至るまで、サリー・ウィーパと一度も遭遇していない」
「それではこのコロニーは既に破棄されたと?」
「いや、それはない」
「はい・・・途中の部屋には食べかけの残骸と思われる魔獣の死骸がありました。ルケニアの話だと、サリー・ウィーパは地中の微生物だけを食べて長期間、地中に潜伏することもあるそうですが・・・、最近運よく獲物となる魔獣が地上を横切ったのでしょうね」
「ああ。と言っても潜伏するのはコロニーを作成する段階だけだ。ここは既に完成されている・・・。つまり、あの餌となった魔獣は地中のサリー・ウィーパが狙った上で捕食したものだろう。内蔵の状態から見ても、まだ一か月も経ってなさそうだ」
「つまりその期間、まだサリー・ウィーパはここで活動していた、ということですね」
「そうなるな」
話し込む大人二人を見て、リーテシアも考える。
二人と違い、初めて耳にする情報ばかりで正直言うと、頭がパンクしてしまいそうだった。
リーテシアが抜けて、すっかりしぼんでしまった麻袋を抱えながら必死に情報を整理する。
麻袋に関してはヒザキが「持とうか?」と気を遣ってくれたが、「せめてこれだけは持たせてください」と意地を張って持たさせてもらっている。
中にはベルモンドの商品と思われるものが幾つか入っていたが、持って歩けない程の重量でもない。さすがにあと数時間、持ったまま移動していれば蓄積した負担がリーテシアに襲い掛かってきそうだが、その時が来るまではせめて簡単な荷物持ちぐらいの役割は果たしたいと思った。
魔獣サリー・ウィーパ。
その住処であるコロニーと、彼らが分泌する鋼液で作られた道。
そして女王蟻たる存在。
この旅は、全てがサリー・ウィーパを中心として構成されている。
てっきり砂漠の上での旅になるかと思っていたリーテシアからすれば、地中の――しかも魔獣の本拠地の中を歩くことになるとは思ってもいなかった。
環境自体が予想外だというのに、それを前提として次々と出てくる情報はリーテシアの目を回すには十分な破壊力だ。
(でも・・・砂漠の下にこんな空間があるなんて思ってもいなかったな・・・。掘っても掘っても砂が流れ込んでくるから、そんなの無理だと思ってたのに)
鋼液で固まった壁を手で触れる。
と、その感触にリーテシアは思わず「あれ?」と声を漏らした。
「どうした?」
すぐにヒザキが声をかけてくれる。
ミリティアもこちらに視線を向けて続きを待っている。
「あ、ご、ごめんなさい・・・話の腰を折っちゃって・・・」
二人が真剣に現状の異変について話していることは理解していたのに、彼らの会話を止めてしまった罪悪感からリーテシアは慌てて誤ってしまった。
「いえ、気にしないでください。それよりも今は少しの変化でも把握したい状況です。小さなことでも気になることがあったら遠慮なく言ってください」
優しくミリティアがそう言ってくれる。
「あ、あの・・・その、本当に小さなこと、というか・・・私の感覚的な話になってしまうんですけど・・・」
「感覚?」
ヒザキの問いに小さく頷く。
自信がないせいか、リーテシアは人差し指を合わせながら、おずおずと話し始める。
「この壁を触った時に、大地が教えてくれたんです・・・その、ここに流れる三つの波を」
ミリティアは「波?」と聞き返したが、隣のヒザキは少し驚いたように目を開いた。
「驚いたな・・・それを予感させるものはあったが、君はよほど魔法に愛されているらしい。いや正確には魔素たる存在に、か」
「どういうことですか?」
話が読めないミリティアは、今度はヒザキに聞き返すことになる。
「そうだな・・・まず何故、君がリーテシアの気配を姿を見せるまで感じなかったか。理由は分かるか?」
「そういえば・・・疑問には思っていましたが」
「理由は『自動魔法付与』だ。魔法というより、その元となる魔素が自動的に魔法師を包むように補助する現象だな。補助する内容は魔法師自身にも制御できず、その種類は毎回違うと言ってもいいほど多岐に亘るらしい。原理は不明だが、この現象が初めて確認された時、魔素は『意志』を持っているのでは、という憶測が飛び出てな。研究者たちは躍起になって魔素研究に没頭していたな」
「自動魔法付与・・・? は、初めて耳にしたのですが、魔素が意志を以って魔法師を補助する現象、ということで宜しいのですか?」
「意志の有無は解明されていないがな」
ポカンと二人は口を開けて、ヒザキの言葉を飲み込む。
「ミリティア、君がリーテシアの気配を感じれなかったのも、リーテシアが麻袋の中で起きなかったのも同じ理由だ。風の性質をもつ魔素が彼女の意志に関わらず、彼女を護っていたんだ」
「・・・」
「・・・」
「え、ええっ!?」
「そ、そんなことが・・・!?」
この二人仲がいいなと思ってしまうほど、綺麗に揃って驚きの声を上げる。
驚きの言葉が同じであれば綺麗にハモっていただろうに、実に惜しい。
「そして、今は地の性質を持った魔素が壁を通して彼女に接触してきたのだろう。その『波』のイメージが何を意味しているかは分からんがな」
「ちょ、ちょっと待ってください・・・。それは魔法師として使用できる魔法の属性に関係なく、発現されるものなのでしょうか・・・?」
ミリティアは何か思い当たったのか、裏を取る様な口ぶりで問いかけてくる。
「さてな。それは実証されていない」
「え、しかし・・・過去に前例があったからこそ、自動魔法付与という言葉が出来たのですよね?」
「そうだな。正確には『魔法師の属性と自動魔法付与との関連性』が実証されていない、というより『出来ない』ということだ」
ヒザキは人差し指を立て、そこに小さな火の魔法を放つ。人差し指の先に浮かぶ小さな火球。
「魔法師が使用できる魔法は属性一つだけであることが圧倒的に多い。例えば俺で言えば『炎』の属性だな。例外的に二種以上の属性を扱える者をデュア・マギアスと言うのは知っていると思うが、自動魔法付与もそれに該当する。自動魔法付与を持った魔法師は俺も数人しか知らないが、いずれもデュア・マギアスだった。公的にもそういう記録になっているはずだ」
「それが魔法師の持つ属性の実証ができない理由とどう関係が・・・」
「簡単な話だ。自動魔法付与を持つ魔法師はその全員が『全属性』を扱うことができたんだ。全ての属性を使えるのだから、自動魔法付与で自動的に集まる魔素の属性とどう関連があるかなんて実証はできないだろう?」
「ぜ、全属性・・・?」
「え、ええっ!?」
ヒザキは火球を握りつぶすようにかき消して話を続ける。
「ミリティアはリーテシアが風と地の魔素との接触があったからデュア・マギアスの可能性を確認したかったんだろう?」
「あ、はい・・・そうですね。デュア・マギアスは希少な存在ですから・・・」
「リーテシアは間違いなくデュア・マギアスだ。先日の銀色の魔獣との戦いでも地と風の魔法を使っていた」
「あう・・・」
ヒザキの断言に何処となく気まずい表情を浮かべるリーテシア。
レジンの言い付けで過度な魔法の使用を禁止されている上、彼女からは自身が複数の魔法を扱えることを他者に絶対に知られてはいけないとキツく言われていた。
それはデュア・マギアスということを知られることで、悪心を持つ者らの標的にならないようにとレジンの配慮から生まれた制限だったのだが、その真意まではリーテシアも見抜けておらず、純粋にその言葉を文字通り受け取り、約束として胸に刻んでいた。
だからこそ、こうしてリーテシアがデュア・マギアスだという事実を言葉にされ、彼女は約束を破ってしまったという感情に包まれてしまった。
彼女の心情はさすがにヒザキ・ミリティアの両者も図ることができず、急に落ち込んでしまった少女に対して、どう言葉を繋げればいいか迷ってしまう。
「自動魔法付与を持つ魔法師はいつの時代も『賢者』と称され、全属性を扱うその姿は一部の宗教では神格化されているほどだ。さすがに最後の六つ目の属性は扱うことができなかったがな。それでも六つ目の属性に到達できるのは、賢者だけという伝承は各地でも残っているらしい」
「・・・リーテシアさんは、全ての属性の魔法を使うことができるのですか?」
賢者だの何だのと仰々しい固有名詞が並べられ、頭が混乱してくる。
リーテシアは整理がつかないまま、ミリティアの問いに慌てて首を横に振った。
「い、いえ! 私が使えるのは炎と風、そして土の三つだけです・・・。水と雷は、使えないです」
「そ、そうなのですか・・・」
「・・・まあ、魔法は想像力が全てだ。仮に素質があったとしても、その存在をイメージできなければ魔法として扱うことは出来ないケースもある。物心ついたときから深刻な水不足と、砂漠地帯では滅多にお目にかかる事のない雷だ。水と雷に対する先入観が拭われた時、もしかしたら開花するかもしれないな」
ヒザキの言葉に、ミリティアが目を丸くする。
まるで目から鱗だ、と言わんばかりの表情だ。
「え、ということはもしかして・・・我が国でも水に対する価値観さえ払拭できれば、水の魔法師が生まれる可能性もある、ということでしょうか?」
「可能性はあるだろうが・・・水と雷は人体に影響を及ぼしやすい属性だからな。仮に素質を持った者が隠れていたとしても、それを制御した上で魔法師として大成する人間を育てるのは――今のアイリ王国では難しいだろうな」
「・・・はい」
ヒザキの結論にミリティアは異論を唱えることはできなかった。
水の魔法師がいれば少しは国を建て直すきっかけになるかもしれない。そんな希望が過ったことからの質問だったが、ヒザキの言う通り、今のアイリ王国に水の魔法師を育成する余力も環境も資源も財産も無い。育成機関のある他国へ送るにも、諸外国との外交がほぼ閉ざされている現状からは難しいだろう。それに仮に成功したとしても、アイリ王国より環境が劣悪な場所は正直無い。今より良い環境に一度でも足を踏み入れれば、その国に住みたいと思うのは必然であり、貴重な水の魔法師のお願いとあらば、上納金の問題も積極的に介入し、移住先の国全体の支援の下、移住を受け入られることだろう。
どちらにせよ、アイリ王国の復興への道は堅く閉ざされたままという結論だけが寂しく残る。
せめてもう少し早ければ。
オアシスが枯れ切る前に、先を見越して水の魔法師を育てる育成機関を設けていれば。
少しは今とは違う未来が待っていたかもしれない。
(そんなこと・・・考えるだけ、虚しくなるな)
自嘲気味に笑い、ヒザキやリーテシアに気づかれる前に気持ちを入れ替える。
「今は・・・先の壁から伝わってきた波について話しましょうか。興味深い話ですので、リーテシアさんが宜しければ――別に時間を取ってゆっくりとお話をしたいものです」
「あっ、ええっと・・・院長先生に聞いてみたいと思います」
「そうだな」
自動魔法付与に関する話は別に今で無くても問題は無い。
魔獣の本拠地で優雅に座談する雰囲気ではないし、今は何より女王蟻討伐という目標の達成が最優先だ。情報は行動する指標となるため、無駄なことではないが、少なくともこの討伐において自動魔法付与に関する知識が必須になるとは思えない。
見解が一致したのだろう。ヒザキとミリティアは頷き合い、リーテシアに先ほどの壁からの感覚を再度、尋ねることにした。
「いつも脱線の原因が俺にあるような気がしないでもないが・・・すまない、話を戻そう。先ほど壁から感じた三つの『波』と言ったが・・・曖昧でもいいから、君の言葉で表せる範囲で教えてくれないか」
ヒザキが右手で促すと、リーテシアもおずおずと小さく頷き、口を開いた。
「えっと・・・一つは規則正しい、と言いますか・・・同じ間隔で同じぐらいの波が来ている、みたいな感覚でした。この波が一番弱い、感じです。次に、・・・んー・・・、何と言ったらいいか分からないんですけど、こう、刺々しいと言いますか・・・鋭い感じがしました」
ヒザキとミリティアが顔を見合わせる。
「弱い一定の波と、鋭利な波・・・なんでしょう」
「さてな。最後の波のことも教えてくれ」
「は、はいっ・・・えと、ちょっとぼやけたような、何か膜に覆われたような感じです。でも大きい・・・とても巨大な波がこの辺りを覆っています」
「膜・・・、巨大?」
顎に手を当て、ヒザキは知識の引き出しを開けてみる。が、これだけの漠然とした情報だけではヒットする知識も乏しいのは言うまでもなかった。
真っ先に疑ったのは魔獣の存在である。
地中にも活動が可能で巨大な魔獣と言えば、この砂漠ではワームが脳裏に浮かぶが・・・膜に覆われてぼやけている、という表現が気になる。
「どちらにせよ、おそらくだが・・・土の魔素がここら一帯に干渉している何かを伝えてきた、と考えるのが無難だろう。リーテシア、もう一度壁に触るとどうだ?」
言われるがままに壁に手を当てるが、リーテシアは少し間をおいてから首を振った。
「駄目です、何も感じません・・・」
「気まぐれなもんだな。緊急時にはあまり当てにするのは危険かもしれないな。とりあえずこの情報は念頭に置いて先に進むか」
「そうですね、まずは目的を果たしましょう。蝋燭も有限ですし、」
ヒザキは立ち上がり、それに頷いてミリティアも立ち上がる。
リーテシアも倣って立ち上がり、二人に並ぶように位置取る。
と、先ほどまで静かだった空洞内が激しく揺れ始めた。
「っ!?」
尻餅をつきそうになったリーテシアを右手で抱えるヒザキ、その前方でミリティアは素早く剣を抜き、周囲の気配を探った。
少しでも足元から意識を外せば、揺れに体が跳ね上げられ、転んでしまいそうなレベルだ。
(この揺れは・・・なに!? どこから・・・!)
生物の気配は感じ取れない。
というより、彼女たちが言う「気配」とは、生物などが呼吸・活動する際に微妙に動く空気や埃などの軽い粒子物の動きを肌で読み取り、相手を特定するもの。
閉鎖されたサリー・ウィーパの通り道は、空気の動きも一定で、何かが動けば察知できる環境ではあったが、今はこの地震ともいえる揺れが邪魔をしている。
気配を頼りに待つのは危険と判断し、ミリティアは前方を視覚のみで警戒することにした。
「まずいな」
ヒザキの短い言葉に、何が? と返す暇はなかった。
「ミリティア、走るぞ! ここは崩れる!」
リーテシアを抱えたヒザキが前に向かって駆け出し、一拍置いてミリティアも追随する。
ひび割れる音が反響し、地揺れの音と混ざり合い、不協和音を奏でる。
「くっ!」
一瞬、帰り道の心配が過ぎったが、今はこの状況を脱するのが先。
ミリティアはヒザキの背中を見失わないように、揺れを気にしつつ駆けて行った。
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サリー・ウィーパの女王はここ数か月、とある者の乱入により疲弊していた。
順調に拡大し、勢力を広げつつあったコロニーは、それと出会ったときに大半が崩壊してしまった。
彼女に人間のような知識や思想があるわけではないが、自身の配下含め、安住の地を汚す存在は許すことが出来なかった。
残った配下に、それと遭遇した逆の方向へとコロニーを拡大するように指示をし、最悪、それと対峙する際に自分も出向くことを考慮して、食糧の確保も指示していた。
コロニー直上での獲物が不足していた事情もあり、兵隊蟻たちは遠出をしてでも食糧を探しに出ていた。
しかし彼らも戻ってくることは無く。
自分たちを脅かす存在は地上には多くいる。
食糧を見つけるために外へ顔を出した瞬間、あの忌々しい芋虫にやられてしまったのかもしれない。
何度も過去、コロニーを破壊されそうになった経緯もあり、あの芋虫は勢力を拡大したらこちらから倒しに出向きたいほど嫌いな敵だ。
爪を研ぐ。
女王蟻の住処である巨大なドーム状の部屋の中に、研ぐ音が響き渡る。
女王蟻の周囲には複数の兵隊蟻たちが待機しており、カチカチと歯を鳴らして女王蟻の指示を待っている。
本当に。
本当に何故、こんなことになったのか。
非常に悔しいし、認めたくはないが、女王は避難経路の作成も配下に命じている。
こちらには多くの配下を回し、満を期しての策だったのだが・・・こちらも戻ってくる気配がない。まだ放ってから二日しか経っていないが、彼らの砂中の移動速度を考えれば、もう何体か帰ってきてもいい頃合いだというのに。
彼らは食糧源にもなる人間たちが住まう土地の方に向かわせていた。
あの脆弱な生物は砂の中を進むこともできなければ、一体一体の力も微々たる者だ。稀にその枠に収まらない個体もいるが、全体から見て僅かといってもいいイレギュラーな存在だ。
少なくとも地中深くに生息する我々を脅かす存在にはなり得ない。
そう思って、人間たちの住まう場所へ避難経路を伸ばし、そこに新たなコロニーを建築することも算段していたのだ。
尤も、それは予備の計画であり、本命はここを何度も破壊してきた、あのデカブツをどうにかすることだ。だから、避難経路を作りに行った兵隊蟻たちには道だけを作り終えたら戻ってくるように伝えていたのだ。安全な砂の中だけを行き来するだけなら心配はいらないと思っていたのだが・・・何かしらの異常事態があちらでも起こったのかもしれない。
女王は首を何度も回し、苛立ちを表すように歯を鳴らした。
と、女王の額から生えている十本の触覚が何かを察知してピン、と伸びる。
続いて兵隊蟻たちも何かに気づいたかのように起き上がった。
数秒間を置かず、コロニーが大きく揺れる。
「ギィッ!」
まるで人間が舌打ちするかのような音を口腔から響かせ、女王蟻もその巨大な肢体を起き上がらせた。
近い。
女王たる自分の部屋を何度も変えるだけでも大きなストレスになるというのに、奴は性懲りもなく、再び自分の居場所を破壊しようとしているらしい。
ゴゴゴゴゴゴ。
何かが砂をかき分け、地中を進む振動を感じる。
遠くから聞こえる破砕音は、鋼液で固めた道が崩された音だろう。
本当に好き勝手やってくれる。
もう我慢の限界だった。
何度か対峙した感覚では相手に敵意はなかった。おそらく通り道だから、ただ破壊しただけなのだろう。もしくは、暇つぶしに体を動かしている拍子にコロニーを破壊してしまったのかもしれない。
だがそんなことはもう知ったことか。
女王は一際高い音を響かせる。
高速で小さな牙と歯を鳴らし、それは高周波のように部屋中に波状していった。
呼応するように兵隊蟻たちは全員が臨戦態勢を取り始める。
その目には人間には分からない、彼らなりの「殺意」が込められていた。
次々と隣接する部屋から兵隊蟻が這い出てくる。
鳴りやまない地震のような揺れを相手の開戦礼と受け取り、受託したかのように女王はサリー・ウィーパ四体分はあるだろう長い鎌を振るった。
それを合図に地中100メートルのコロニーで、サリー・ウィーパと何者かの戦いが始まった。




