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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
32/96

第32話 アヴェールガーデン

ビバ振休!(`・ω・´)

ということで久しぶりに連日の投稿が出来ました(笑)

「はあ・・・現在の状況という意味では理解しましたが、それでどうしてこの場所に皆様方を招待する必要があったのか、そこが全く理解できません」


時間にして数分、ルケニアがこのアヴェールガーデンの管理者であるウィートにサリー・ウィーパの調査の件を説明し、概ねの事情は彼に伝わったようだ。口頭で簡単に説明されても(にわ)かに信じがたい状況にも思えるが、短い時間で状況を把握するあたり、柔軟かつ冷静に物事を紐解く頭脳を彼は持ち合わせているように見えた。

しかし当然、その話の現状と今の現状と符合する繋がりはウィートにも理解できなかった模様で、こめかみを抑えながらルケニアに理由を尋ねているところである。


「それはこれから話すよー。皆にもね」


コト、と金属物を固い床に置く音が響く。

先ほどから感じていたが、アヴェールガーデンはやけに音を反響させやすい空間のようだ。ここに来るまでの通路や階段も音が響きやすい環境であったが、ここはその最たる場所とも言える。

密閉に近い空間かつ、固い壁に覆われている証拠だ。


ルケニアが置いた魔導機械と思われる物体を見下ろしつつ、そういえば彼女の部屋に手伝いに行くまでもなかったな、と思い返す。結局、手伝ってと言われてついてきたものの、何も手伝った記憶がないことにそんな考えが過ぎったが、同時に彼女が魔導機械の山に埋もれたところを助けたシーンも思い出し、そうでもないかと自己完結に至った。


「ケッ、どうにも息苦しい場所だな、オイ」


リカルドが苛立たし気に首をさすりながら呟く。


「・・・ふむ、どうやらこの部屋は魔素が強く充満しているように感じるねぇ。魔法が使えないリカルドとしちゃ、居心地が悪くなるのも無理がないかな」


「・・・そーいや爺さんも魔法は使えるんだったな。チッ、この蜘蛛の巣が纏わりついてくるような感覚――慣れねえな」


なるほど、リカルドは魔法は使えず、ギリシアは何かしらの魔法を行使できるのか。などと新しい情報を手に入れつつ、ヒザキもこの空間に漂う魔素を注視した。彼の目には宙を漂う不可視のはずの魔素の流れが映し出されていた。


(国有旗が増幅した魔素が床や壁に彫られた溝から漏れ出しているのか・・・魔法師以外の人間がここに長くいれば、毒にはならないまでも酔い程度の影響は出るだろうな)


「すぐ終わるから、ちっとだけ我慢してねー」


ルケニアも彼らの会話を耳にしていたのか、そうリカルドに声をかけた。リカルドは気怠そうに首を鳴らしながら「頼むぜ、嬢ちゃん」と返した。


ルケニアはしゃがみ込み、床に置いた魔導機械の頂点部分を人差し指で小さく押し込んだ。


三角錐の頂点部分はどうやらスイッチの役割を担っていたようで、カチッと小さく音を鳴らしてへこんだ瞬間、魔導機械の平面部分から複数の突起物が飛び出してきた。


「魔導機械・・・一体、なんの・・・」


ウィートも見るのは初めてだったのか、ルケニアが操作する魔導機械を興味深く見下ろした。


「これはね~、こちが大分昔に開発したものなんだけど、特に実用向きじゃないから部屋の奥にしまっちゃってたんだよねー。まさかこれが役に立つ機会が巡ってくるとは夢にも思わなかったね~」


平面から出た突起物が何やら忙しく動き続ける。

その様子を全員が固唾を飲んで見守る。


「そろそろかな?」


彼女の言葉と同時に、上に向いた突起物の先端から薄い光の粉が舞い上がっていく。


「これは――」


ミリティアが珍しく驚きに目を見開く。

光の粉は魔導機械の少し上に漂い始め、やがて形を成していった。


表現するならば「渦」。

中心部に濃い光が集まり、そこから渦のように周囲に広がっていく。


「す、すごい・・・これって魔素を操作している、ってことですよね・・・?」


ウィートの言葉にルケニアは頷きで肯定を返し、自慢げに鼻を鳴らした。


「昔ねー、どうしてもこの国有旗の仕組みを解きたくってね。で、その研究の一端で、この旗から発生される土の魔法の波動を感知する魔導機械を造ったの。ま、結局は詳しい仕組みが分からず終いで頓挫した研究だったから悔しい思い出の一つでもあるんだけど・・・。でも、この国有旗に土の魔法を放ってから増幅・放出・展開していく魔素の流れは掴めたの」


「ということは?」


ヒザキも検討はついたが、できればルケニアの口から答えを聞きたかったため、そう尋ねた。


「うん、この魔導機械の上に浮かぶ渦。国有旗を中心として発生する魔素の流れを(あらわ)しているの。これは縮図だから本来はこの数千倍の規模かな」


「おいおい、良くわかんねぇんだが、何が起こってるんだ?」


全員が「なるほど」と頷く中、リカルドだけが困惑を露わにした。


「え、だからこの渦が――」


「渦って何処にあんだよ?」


「あれぇ?」


ルケニアが指さすすぐ先には確かに魔素が織りなす渦が存在する。

しかしリカルドは目を細めてその場所を見るが、その存在を認識できていないようだ。


「見える者と見えない者の共通点と言えば、魔法を使えるかどうか、ってところかねぇ」


ギリシアの言葉にルケニアは即座に反応する。


「へえ、ここに関係者以外が来ること自体がなかったから今まで実験すらできなかったけど・・・魔法を使えないと、これだけ圧縮した魔素でも見ることはできないんだね~。これは何かに使えるかも・・・メモメモ」


目を閉じて興味深く頷くルケニア。メモメモ、と言っているものの筆記具は手元にないため、おそらくは自分の脳内領域に書き留めているのだろう。


「ケッ、何だか気味わりぃ感じだぜ・・・俺、ここにいる意味あんのか?」


「まあまあ雰囲気だけでも味わっていって」


「その雰囲気が胸糞わりぃんだよ! さっきから視界が揺れ始めてくるわ、胃のあたりがムカムカするわ、最悪の雰囲気じゃねぇか! いる必要がねぇなら俺ぁ上で待ってるぜ・・・結果は後で教えてくれ」


「えー、それだとこちがどれだけ凄いことをしているか、見せつけられないじゃん」


「それが一番の目的か! なおさら上に戻るわ!」


ずんずんと足音を鳴らして階段の向こうへ、リカルド退場。

ルケニアが非常に残念そうに口を尖らせていたが、直に見ていないといけない理由は些細なことだったため、それが妥当だろうと全員、無言の納得。


「他の場所では試せないのか?」


ミリティアが打開案をルケニアに提案するが、彼女は「んー、無理なんだよねー」と首をふった。


「この魔導機械はね、この部屋ぐらい魔素が充満してないと使えないの。ヘンリクスを搭載しているわけでもないから、魔法流し込んで自律的に動くわけでもないし。そういう意味では魔導機械って表現もおかしい気もするけど・・・ま、それは置いておいて。とにかく大気中の魔素を取り込んで動くものだから、アイリ王国ではここぐらでしか使えないかな」


「そうか」


「なら仕方ないねぇ。リカルド抜きで進めよう、嬢ちゃん」


「そうだね、そうし――」


「いや待て」


と、ギリシアに促されて話を戻そうとするルケニアにヒザキが待ったをかけた。

そのタイミングにウィートも何かを察していたらしく、驚いた顔を向けていた。もしかしたら彼もヒザキと同じ疑問に当たっていたのかもしれない。


「今、ヘンリクスは搭載していない、と言ったな?」


「・・・ぅ、い、言ったっけ?」


「言っていたな」


誤魔化そうとする仕草のルケニアに、ミリティアが即座にかぶせていった。


「ヘンリクスは特定の魔法を動力に変換する魔術機構のはず。仮に自律的に動かない仕組みであったとしても、大気中の魔素を制御するというのであれば、どの道ヘンリクス無しでは動かないと思うんだが・・・」


「・・・へぇ」


「そうなのか、ルケニア?」


ギリシアは感嘆の声、ミリティアは純粋な興味から彼女に問いかける。


「え、え~っと・・・」


分かりやすい。

分かりやすいほど、狼狽している。


「ルケニア様! そうですよ・・・私も彼と同じ疑問を抱きました・・・。魔素を制御するためにはヘンリクスという媒体を通さなくてはならない、というのは魔術師を志す者の中では常識ともいえる話です。もし、その方程式を覆したというのであれば・・・それは世紀の大発見ですよ!」


興奮気味に食いついてくるウィートに更にルケニアは狼狽を強めた。


「えっと、えっとね! それは内緒!」


しかし彼女の口からは答えと言える内容は返ってこず。

両腕を交差して「✕」を描いて、回答を拒否した。


「え、ええぇ~!」


ウィートは興奮の行先を失ったかのように、うなだれた。

強くしつこく問い詰めれば吐きそうなものだが、そこで興味本位を優先して押していかないのは「言えない事情」というのを何となく察したからなのかもしれない。彼なりの配慮だろう。


この質問はここで止めておいた方が良いかもしれない。


「なんだ、気になるではないか。教えてくれないのか、ルケニア」


と、空気を読まずに突き進む女性が一人。


「あーもう、うっさい! あんたに言っても理解できる内容じゃないの!」


「む・・・」


少しだけ不満を表情に出すミリティア。

おそらくそんな表情は他者には容易に出すことはないのだろう。

先ほど研究室で聞いたルケニアの過去の一片。彼女のいう「その子」とは、このミリティアのことなのだろう。一見、仲が悪そうに見えるが、それぞれが自分の感情を表に出してしまうあたり、心の底では信頼しあっている仲でもあるのかもしれない。


このまま見守っていても火種が大きくなる一方の可能性もあるため、助け舟を出すことにした。


「ミリティア、おそらく口止めされている内容なんだろう」


「口止め・・・ですか? それは誰に――あ、いえ・・・分かりました」


ミリティアは誰から口止めされているかを察したのか、煮え切らない表情のまま一歩引いて行った。

ルケニアに口止めをできる存在、そんなものは国の中で片手で数えられるほどしかいない。

先ほどの昔話にもあった「国専属の魔術師」という過去も鑑みれば、自ずとその契約先が候補の最有力だ。

おそらくは王を通じての国からの口止めなのだろう。つまり裏を返せば「それほどの技術」ということだ。


「うー・・・こちだって存分に自慢したいところだけど・・・、察してくれて助かる・・・」


自慢はしたかったのか。

よく喋るとは思っていたが、存外に自己主張の強い性格なのかもしれない。


「話を戻すか」


「うん、戻そう戻そう。あんましリカルドのおっさんを待たせるのもアレだしね~・・・」


彼女は疲れたように魔導機械の前で丸くなる。

そしてその態勢のまま、指で突っつくように渦を指した。


「で、この渦は国有旗から流れる波動の縮図、って言ったよね?」


全員が頷く。


「ここからが本題だけど、ここ見て」


彼女が指差さす位置に全員が注目した。

指さす先は、ちょうど渦の外周に近い辺りだ。

僅かだが、規則正しく巻いていた渦がその部分だけ乱れているかのように(まだら)状となっていた。


「で、今度はこっち」


そのまま、すすっと指を移動させ、やや内寄りに進んだところで止める。


「細かい線、のようなものが見えるな」


「そそ、これって何だかわかる?」


「まさか――」


ミリティアは顎に手を当て、ルケニアが何を言わんとしているか理解する。


「そう、サリー・ウィーパが形成したコロニーと、その通り道ってことね」


『!?』


想像通りの回答だとしても、やはり驚きは隠せなかった。

ギリシアやミリティアは「こんな方法で・・・確認できたとは」と各々呟いている。


「国有旗ってのは、ヘンリクスに土魔法を放てば、それを特有の波動として地中を通して発信するの。で、この魔導機械はその波動を読み取って形にする・・・つまり、この渦に乱れがある部分――それは波動の弊害となる空間が地中にあることを指しているの。例えばこのぐちゃぐちゃーってしたところは多分だけどコロニーの一部じゃないかな? 場所的には外壁からさらに先だから・・・まあ脅威になる近さには無いと思う。だけど・・・この通り道と思われる線の先端は――」


渦に走る細かい切れ目のような線。

その先端に指を止めたルケニアは、目を細めて静かに息を吐いた。


「位置的にはちょうど・・・国の塀近く。もしかしたら少しだけ国土に跨っているかも・・・?」


「なんだと・・・!」


ミリティアが目を見開き、無意識に腰のエストックの柄を掴む。


「あー、待って待って! 縮図だから細かい位置の特定まではできないの! ちょっとズレるだけで実際の距離は数キロ変わることだってあるから・・・この辺りだと、誤差も含めてギリギリ国土に入るかどうかって感じなだけ。・・・だけど、これで一点だけ確信したよ」


顔を上げたルケニアと目が合った。

ここまで説明されれば理解できないほど馬鹿ではない。

ヒザキも頷き返し、


「国の直下にコロニーは存在しない、ということだな」


「ヒザキ君が言う、国外のすぐ近くでサリー・ウィーパが出たっていう証言も現実味を帯びてきたね!」


いま自分たちが地を踏みしめている位置の直下は、きれいな渦を巻いているのが分かる。

つまり、この直下に国有旗が放つ波動を邪魔する空洞は存在しないということ。


実に分かりやすい証明だ。


「ギリシア様」


「分かってるよ。すぐに第二・第三部隊に警戒度を上げるよう通達しよう。コロニーが無いとは言え、奴らがこちらに向かって道を作っているのは事実みたいだからねぇ」


「我々も現地に向かいましょう」


「と、その前に嬢ちゃんに確認することがまだあるだろう?」


急くミリティアと冷静を保つギリシアのやり取りが行われ、ギリシアは顎髭を撫でながらルケニアに問いかけた。


「穴を掘る作業は無くなったけど、こっちに向かって彫られた道を塞ぐ必要はありそうだねぇ。当然、奴らの討伐も含めて。嬢ちゃん、有効的な撃退方法、というのはあるのかな?」


「んー・・・正直に言うと、道を塞いでもまた掘り返されるだろうし、先陣を切って進んできたサリー・ウィーパを倒しても次々と後から湧いてくると思う・・・全部倒し切るまで防衛するのも一つの策だけど・・・正直、うちの国に持久戦をできるだけの物資はないから止めた方がいいと思う」


「となれば・・・元を絶つ、かな?」


「うん、サリー・ウィーパってのは変異して魔獣になる前身は『蟻』の一種だからね。多分・・・女王蟻がコロニーにいて、全てのサリー・ウィーパの指揮系統を担っていると思う。だからソイツを叩けば・・・」


「奴らは統率を失うことになる・・・そうなれば向かう者は倒し、逃げる者は放置すれば良し、だねぇ。それで本当に国の安全を保障できるかは絶対ではないけど・・・最善策なのは間違いないねぇ。しかしそうなると・・・」


「言うまでもなく、コロニーに侵入して女王蟻を倒す必要があるね・・・」


ギリシアとルケニアが「うーん」と頭を捻る。


コロニーへ出向き、女王蟻の討伐。

そしてその間、国に進出するサリー・ウィーパの討伐と防衛。

少なくとも二手に分かれる必要がありそうだ。


ヒザキはここで一つ、提案をすることにした。


「その女王蟻を討伐する役目だが、俺にやらせてもらえないか? 無論、一人でだ」


「――!」


全員の視線がこちらに集まる。


「もともと砂漠には用があって来たんだ。俺にとっては用も足せるし、討伐もついでに行える。一石二鳥じゃないか?」


「い、一石二鳥・・・貴方は事態を軽く見ておられませんか、ヒザキ様」


ミリティアの厳しい視線が突き刺さるが、ヒザキは特に気にせず続ける。


「理由は他にも幾つかある」


「聞こうかな」


「まず地下の密閉空間ということもあり、灯りが必要だ。となれば火の魔法が必須となるだろう。また砂漠を何度も行き来している俺だからこそ、コロニーまでの道中も問題なく進むことができる。砂漠に慣れていない人間が長距離の進行などすれば死に至る危険性すらあるからな」


「それで?」


「こちらから攻め入る、という点でも一人の方が都合がいい。何故なら、こちらは女王蟻ただ一つを狙い撃ちすればいいだけだからな。逃げる際も同様だ。統率など考えずに自由に動ける方が勝手がいい。逆にこちらに攻めてくるサリー・ウィーパも同じことが言えるな。守りに入る以上、どこから攻めてくるかも分かりづらいサリー・ウィーパを相手取るなら、それなりの人数と配置が必要だ」


「その配置の比率が1対その他、かい?」


「そうだ」


ギリシアが困ったように頭を掻く。

しかしその口元はどこか楽しそうな笑みを浮かべているようにも見えた。


「んー、女王蟻の討伐成果はどうやって証明するんだい?」


「あ、それなら」


ヒザキが口を開く前にルケニアが割り込んでくる。


「女王蟻の特徴としては、他のサリー・ウィーパの何倍も大きいっていうのが一番分かりやすいかな? これも昔の文献からの情報だから・・・本当にそうなのかどうか微妙だけど。もしそれが本当なら、触覚の一本でも持って帰れば、それなりの実証にはなるんじゃないかな? まさか対峙して相手を倒さずに器用に触覚だけ持ち帰る、なんて芸当も出来ないだろうし。倒したって証明になると思うけど・・・」


「無茶です! そんな相手を一人でするなど!」


ルケニアから具体的な証明策が出たところで、ミリティアが声を張り上げた。

ルケニアがビクッと肩を震わせて驚く。つまり、それほどに珍しいということだ。


「ギリシア様、せめて討伐には一小隊規模で行くべきです。一人で行くなど自殺行為に他なりません!」


「う、うむ・・・いや、待ってくれ。今考え中」


「考えるまでもないでしょう!」


彼女の剣幕に若干気圧されるギリシアに、更に言葉をかぶせるミリティア。


「仮にヒザキ様がお一人でなせる実力をお持ちだったとしても、国の危機を他国の者に任せてどうするのです!」


「落ち着きなよ、ミリー」


「・・・っ、ルケ、ニア・・・」


そんな彼女を止めたのは予想外な人物であった。

驚いていた表情はいつの間にか落ち着きを取り戻し、いつになく真剣な面持ちでルケニアはミリティアを見つめた。「ミリー」という愛称は、ルケニアの本来のミリティアに対しての呼称なのだろうか。


その呼び方で頭が冷えてきたのか、ミリティアは気まずそうに口をつむんだ。


「アンタ、八年前のことを引きずり過ぎ。気持ちはわかるけど・・・冷静さが売りなんだから、感情ぐらい自分で制御してよ」


「・・・・・・」


(八年前・・・?)


八年前と言えば、この国に大きな出来事と呼べるものが一つある。

それが関係しているかどうかは定かではないが、いずれにせよ気になるキーワードではあった。


「そしたらさ」


ルケニアは何か思いついたかのように、手を叩いた。


「アンタが一緒について行けばいいんじゃない? そしたら心配事も解消されるでしょ」


「なっ」


その提案に今度はヒザキが声を漏らす。


「私が・・・?」


ミリティアは真剣に考え込み始める。

この表情から導き出される回答は、いつだってヒザキにはあまり得にならなさそうな展開になる気がする。


「ね、ギリ爺もそう思わないっ?」


「ふむ・・・確かに弱い群体より強い個体に強者を仕向ける方が得策と言えば、得策・・・。しかしなぁ」


「何か問題あるの?」


「近衛部隊の隊長さんだからねぇ・・・有事の際は国王のお膝元で待機するのが決まりだから。あんまり単独での遠出、っていうのも許可が下りないんじゃないかなぁ。万が一、彼女の身に何かありでもしたら、国王が卒倒しかねないし・・・」


「許可が下りたらいいの?」


「そりゃ、まあ・・・む?」


ルケニアの言葉に目を丸くする老兵。

「え? 許可下りるの?」と暗に言っているような顔だ。


そんなギリシアを見上げていたルケニアは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。


(ギリ爺が思っているほど・・・国王はあの子を大切にしてないよ・・・。使い勝手のいい道具、ってまでは行かないけど・・・正当には評価されてない。どれだけ頑張っても、どれだけ功績をあげても・・・国は一個人のことに目を向けるほど、余裕も気力もないんだよ・・・。近衛兵の頂点に位置することだって、他国からの評価をそのまま鵜呑みにして体裁を気にしただけの配置で、脳スッカスカな王政だよ。ほんっとにムカつく話だけど! そーいや、あの辺りからだっけ? こちが人事にも手を出し始めたのって・・・)


彼女はそんな感傷を振り払うように首を振る。

そして改めてミリティアに言った。


「丁度いい機会だから行ってきなよ・・・。ここに籠ってるよりは、少なくとも進めると思うよ? 過去の失敗をいつまでも引きずるより、過去の失敗を踏み均して進む方が、より憧れの人に近づけるんじゃない?」


「ルケニア・・・」


「上にはこちから言っておくし、そっちは気にしなくていいから・・・好きに進みなよ」


「ん・・・頑張ってみせる」


ルケニアとミリティアの間で固い絆のようなものが見えた気がした。

過去に何があったのかは知る由もないが、少なくともミリティアが平常を失うほどのものがあったのだろう。思い返せば、事情聴取の際も彼女は取り乱す場面があった。あの時は何が原因だっただろうか。関連性は全く思いつかないが、きっと彼女の中の感情を揺さぶる何かに抵触したのだろう。


しかし、話が綺麗にまとまりそうなところで非常に言いにくいこと、この上ないのだが。


「いや、俺は一人で――」


「んじゃ、ヒザキ君! この子のこと頼むね~!」


「いやだから――」


「宜しくお願いします。僭越ながら、貴方のお力になれればと尽力する次第です」


「・・・」


ああ、また流されそうだ。

ここで堪えて相手を説得するより、もうどうでもいいかという感情の方が強くなってくる。


ヒザキは視線でギリシアとウィートに助けを求めるが、老兵は「ま、いいんじゃない?」と苦笑。ここの管理を務める青年には「私に振らないでください」と激しく首を横に振られた。


「ま、どうせ王の元で待機していても前線の戦力は一般兵のみ、ってのは変わらないんだしねぇ。許可が下りるんなら、問題の根源を絶つ方に注力してもらった方が断然ありがたい、ってところかな」


とギリシアが最後にまとめた。


「・・・因みに砂漠を移動した経験は?」


「抜かりありません」


「そう、か・・・」


どうやら決まりのようだった。


「よーし、裏付けも方針も決まったし、そろそろ戻ろっか~!」


ルケニアの言葉に全員が頷く。


「あ、あの・・・ルケニア様! 一応、今回のことは事情も理解しましたし、仕方がないことだとも――・・・いや、そもそも(くだん)の魔導機械を使うだけならルケニア様だけでも良かったんじゃないかなとも思ってますけど! 仕方がないことだと思うことにします・・・。だけど、今回限りにしてくださいよ・・・? 一応、ここで何かあると国全体が揺らぐんですから・・・」


「うん、ごめんね? それからありがと!」


「いや・・・まぁ、あの・・・。一般兵のトップの方々とお会いできる機会というのも新鮮な感覚を抱けましたし、その・・・噂に聞くミリティア様もその、直で見ると美しい方と言いますか・・・可愛いと言いますか・・・私にとっても無為な時間ではありませんでしたので、ええ・・・」


「うっわー・・・」


「真顔で引かないでください! 私からは以上です!」


無駄にウィートの声が部屋中に反響する。

アヴェールガーデン内で大声を上げるのは考え物だな、としみじみと思った。

無論、先ほどのミリティアの大声も盛大に反響していたので、できれば反省してほしい限りである。



そうして一行は上で待つリカルドと合流し、アヴェールガーデンを後にした。



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