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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
27/96

第27話 第三部隊の女隊長とその部下

すみません、仕事と体調から投稿が前回より大分時間空いてしまいました、、、(涙)

「しっかし、なんで急に外なんか巡回しないといけないんですかねー」


第三部隊の控室の中でも女性に与えられた部屋で、彼女たちは訓練用の軽装から、本来の一般兵としての装備に着替えていた。


砂除けの装具を普段の装備に付け加え、衣紋掛に無造作に並べられたフード付きの外套を手に持ち、軽く払う。前に使用した際に付着したままだった砂がパラパラと落ちてくるのを確認して、はぁと女性が溜息をつく。


「んもー! これもそろそろ綺麗にしたいッスよねー」


その後も何度か払ってみるが、砂は沸いてくるかのように落ち続ける。

その様子を眺めていた女性は、左手で頬杖、右手で備え付けのテーブルに転がしている3つの小瓶を指で遊びながら苦笑する。


「まあ洗濯なんてセーレンス川まで行かないと無理だしねぇ。ぜーたく言わないのさ」


「ぅー、ザリザリするぅ。贅沢なんですかねー、これ・・・」


試しに払った後の外套で身を包むと、まだ砂が落ちてきたのか、身を震わせて不平を漏らしてしまう。

外套にまとわりつく砂に悪戦苦闘する女性――パリアー=ティーラーは再び「んもー!」と頬を膨らませながら、外套を脱いで払い出す。


この控室にはどうやら女性二人しかいないようだ。

パリアーはミディアムの髪型で、茶色の髪が大部分だが、その中に赤い髪が何本か混ざっている変わった髪の色をしていた。


小柄な彼女は、自分の背丈より長い外套を払うことに、ひたすら苦労していた。

地に足をつけた状態では上手く行かないと判断したのか、今度は近くの椅子に立って払い始める。

しかし延々と落ちてくる砂にだんだん嫌気がさしてきたのか、その表情はみるみるうちに曇っていった。


「たいちょー! あたし、疲れてきました!」


「そんなに気にしなくてもいいじゃないのさ。砂の一つや二つ、受け入れてやんなさいさ。ほら、私なんか三日も水浴びしてないしねぇ。砂なんて気にならないさねぇ」


「あんた、ソレ女として終わってますよ!」


「あははぁ、だいじょーぶ、だいじょうぶ。ほら、私けっこー周りに気を使ってるからねぇ。こないだの配給日に出回った香水に全財産はたいちゃったのさ。むふふー、ほらほら」


小瓶に入った香水を両手に持ち、シュッシュと胸元に振りかける。


「なんか最近の隊長、やけに臭いなぁって思ったら・・・汗とか香水とか色んなモノが混じったせいッスか! てか、全財産そんなことにかけないでくださいよっ! ていうか、そのこと意識したらより一層、臭く感じてきました! 臭いです、隊長っ! くっさ!」


「臭いって・・・酷いねぇ。一応、女を棄てたつもりは無いんだから・・・」


肩を大きく落として項垂れる女性。


香水が染みついた衣類をパタパタと振ってみるが、繊維まで染み込んだ匂いはそんなことでは消えてくれない。鼻を鳴らして肩口や袖のあたりの匂いを嗅いでみて、ようやく彼女も汗と複数の香水が入り混じった悪臭を、眉をゆがめる形で理解した。


一般兵の中で第二部隊と双璧を成す戦闘集団、第三部隊隊長のマイアー=ウィンストンは大きく息を吐いた。


「パリっち、服、交換しようよさ」


「ぜったい、やだ!」


「そう言わずに、ねぇ? 隊長命令だよ」


「いやいや、職権乱用とか引くッスわー! だいたい、香水なんて似合わない真似するのがイケないんですよ! ちゃんと毎日、体を洗ってください。そうすりゃ香水なんかに頼らなくても臭わないッスよ」


「んー・・・どうにも私、あの少量の水で体を洗うの、苦手なのよさねぇ・・・。水が少なすぎて洗った気がしないのさ。中途半端なのは気持ちが落ち着かないねぇ。やっぱり大量のお湯で体を洗い流したいよ」


「しょうがないッスよ、水、ないんですもん。それこそ贅沢っすよー、贅沢! 大量の水で洗いたいんだったら、セーレンス川で水浴びでもするしかないッスねー」


「魅力的な案だけど・・・遠いのさ」


「今日は特に壁の外での訓練なんですから、汗かきますよ? 終わったら今日こそは体洗ってくださいね! あー、ほんと外まで行くの面倒ッスねー・・・」


そう言い放って、パリアーは砂を完全に落とすことを諦めて、手に持っていた外套を羽織る。


「何を言うのさ。外ってことは魔獣がゴロゴロしてるところ。実に楽しみじゃないかねぇ」


んー、と両手を頭上に伸ばし、長い髪を背中に払う。

マイアーは喜びを隠せないのか、先ほどの匂いを指摘されたときと打って変わってにこやかなものだった。


「そうですかぁー? あたしは基本、怠惰を貪りたいんですよー。こんな砂しかない外なんて、行ってもツマらないじゃないですか」


「この第三部隊の子のセリフとは思えないねぇ。ま、そうだねぇ・・・この訓練で私の目に留まる活躍をしたら明日は休養日にしてあげてもいいよ」


「やたっ! 約束ですよ! ・・・――って、こんな訓練でどうやってそんな活躍したらいいんですかぁ・・・」


「さぁね、運良く魔獣の群れでも襲ってきて、それを見事、撃退したらとかでいいんじゃないのさねぇ」


「はぁ・・・つまり、休みなしってことッスねぇ・・・」


パリアーはこの訓練が「ただの国外近郊の巡回」程度と捉えているようだが、マイアーはそれで終わる気がしなかった。自分が兵に属してから、たまに外交関連で近衛兵らと共に国外に出ることはあっても、砂漠側に足を運ぶことは無かった。


新しい環境では何が起こるかわからない。

その刺激がマイアーにとっては何よりも愛おしいものに感じた。


頬を膨らませつつ着々と準備をしていくパリアーを眺めながら、マイアーは腰に巻かれた特注の納刀帯に手を当て、袋から顔を少しだけ出している愛剣の柄に指先を触れていく。


22本の柄。

納刀帯には25の鞘が連なっており、そこに22本の柄が納まっている。

短刀かそれに類似する武器か。

その獲物の系統から、彼女の戦闘スタイルは接近戦――それも速度と体術を得意としたスタイルに見受けられる。


そんな短い武器で魔獣とどう立ち会うというのか。

明らかにメリットよりもリスクが目立ちそうな武装だが、マイアーはそれを感じさせない不敵な笑みを張り付けて、テーブルの上の小瓶を指で転がす。


「いやはや、楽しみだねぇ」


ふふふ、と笑みを浮かべる彼女に「えー・・・」とパリアーが不服を表したが、一つ息を吐いて気持ちを入れ替える。


「とりあえず、全員、西門に集合って感じでいいッスかね? 時間は今から30分後ぐらいが丁度いいと思いますけど」


「ああ、それでいいよ。あ、今日入ったばかりの新人君は良く分かってないと思うから、パリっち、案内してあげて」


「えー・・・メンドイなぁー・・・」


「そー言わない。宜しくさね」


マイアーが「行ってきて」と手を振ってジェスチャーすると、それに応えるようにパリアーも渋々うなずいてから部屋を後にしていった。


パリアーが部屋を去ったことにより、彼女が担っていた賑やかさが一瞬で静まり、静寂が部屋を包む。

そんな室内にポツンと残ったマイアーは前髪をかき上げた。


「んー、やっぱり臭うかなぁ・・・」


かき上げた拍子に、掛け過ぎた香水と体臭の匂いが鼻孔をくすぐり、無頓着な彼女もさすがに眉をひそめた。


「洗えば落ちるかねぇ・・・ふふ」


無意識なのか、本人も意識した感じもなく、その右手にはいつの間にか腰の納刀帯から抜かれた一本のククリが握られていた。それをクルクル、クルクルと器用に指先で回して遊ぶ。


「血のシャワーでも浴びれば、多少は紛れるさね。水浴びの理由もつくし――ふふ、楽しみだねぇ」


何の前触れもなく。

彼女の指先から消えたククリが、ガン――と音を立てて木製の扉に突き刺さる。


(意味もなく、唐突に国外周辺の巡回なんて起こり得るわけもないさねぇ。毎日毎日、同じ訓練の繰り返しが趣味みたいな兵生活に不満や改善の余地を感じているギリシア様やリカルドだけど、今まで積極的にその体制を崩そうとはしなかったさ。それがこの急展開・・・何か「きっかけ」があったとしか思えないさねぇ)


彼女が左手で机を払うと、机上にあった香水の瓶が音もなく消える。

どうやら早業と言ってもよい速度と手さばきで、香水の瓶を納刀帯に備え付けている巾着に納めたようだが、それを理解できるのは彼女の速さを目で追える者だけだろう。


(でも・・・指示がどうにも不明瞭だねぇ。――動機や目的はあっても確証が無い? だから明確な指示が出せない・・・うーん、そんないい加減な理由でギリシア様が行動するかねぇ? あー、するかもしれないさ。意外とテキトーな面もありそうだし)


立ち上がったマイアーは衣紋掛からパリアーが持っていったものと同じ外套を手に取り、軽く払ってみる。

彼女が言った通り大量の砂を繊維の端々にひっかけていたらしく、小さな音と共に砂が床に落ちていく。


「ま、いーや、どうでも。ふふ、初めての砂漠訓練はたっのしみだねぇー」


そう言って思いっきり外套を被る。

と同時に「うぎゃーっ!」という叫び声と共に、彼女の首元から大量の砂が服の中に入っていった感覚に身もだえることとなった。



*************************************



「お腹が・・・痛いので無理ッス」


「いやいや、人の顔を見てお腹痛いとか、中々いい度胸してんッスねー、今日びの新人は!」


「あ、い、いえ・・・ええっと、すみません。そうじゃないんです、そうじゃないんですけど、お腹が痛いッス」


「こら! 語尾に『ッス』を付けるなッス! 何だかあたしとキャラ被ってる気がして嫌! ていうか、二人してッスッス言ってると、なんか鬱陶しーわ!」


身長差は40cmほどあるだろうか、遥か低い位置からプンスカ頬を膨らませる、先輩兵士パリアーにカリーは「どうしたものか」と頭を悩ませた。


場所は第三部隊の兵士に案内された男性用の控室の一角。

他の兵士はパリアーの指示を聞いてまもなく、各々準備を終えてからこの部屋を出て行ったところだ。

そのため、この部屋にはカリーとパリアーだけが残っている状態である。

この二人だけになった理由は言うまでも無く、パリアーが「残るように」と告げたためだ。

マイアーの指示通り、新人である彼を先導するためだろう。


第三部隊では気の良い兵士も多く、家や家族のこと、将来などを聞かれて答えているうちに緊張もほぐれてきており、今では口癖の語尾に「ッス」をつける喋り方が顔を出てしまっていた。

そんな折にパリアーが入室してきて、西門集合の指示が全員に下されたのだった。


カリーはパリアーに初めて対面したのだが、正直、こんな少女(見た目)が一般兵として――あまつさえ屈強な男たちに怖気ずに言葉をぶつけたことに驚きを隠せなかった。

それが日常なのか、彼女など片手で持ちあげて放り出せそうな兵士たちも特に疑問や不満もなく、一礼してすぐさま行動に移っていた。

その光景だけを見れば、パリアーが実力云々はともかく、少なくとも立ち位置は彼らの上の存在であることが伺えるのだが・・・、目の前のこちらを見上げている小さい女性を見下ろすと、そんな考えが馬鹿馬鹿しいとさえ思ってしまうほど、威圧感を欠片も感じなかった。

むしろ、孤児院にいた年少の子どもたちを見ているような錯覚に陥る。


そんなノリが表面に出てしまったせいか、今日の指示内容である国外巡回の話を聞いた後、カリー的には若干の冗談の成分も含めて「お腹が痛いので無理ッス」という言葉を発してしまったのだが、思いのほかその台詞はパリアーに食いつかれる結果となってしまった。


先ほどまで別の兵士とは冗談を交えて談笑できていた部分もあり、そのままの流れで口走ってしまったのが間違いであった。カリーの想定を遥かに超えるお怒りの様子に、彼もどうやって弁明したら良いか必死に頭を回転させてみる。


――孤児院の女の子に以前、喜ばれた言葉をチョイスしてみることにした。


「な、何だか小動物みたいで可愛いッスね」


「ハッ、んな安い言葉で心に響くよーな子供は、どっかのロリ眼鏡巨乳ぐらいよ! あたしは違うんですぅー、大人の女なんですぅー!」


「いやぁ前に図書館で動物図鑑っていうのを見たんスよ。そこに載ってた『チワワ』って犬がすんごーく可愛かったんスよ」


「・・・で?」


「まさにそんな感じかなって」


そう言って先輩兵士の頭をなでると、実にその頭の位置は撫でやすい位置にあったという事実に感慨を覚えた。

以前この言葉で喜んだ孤児院の子の笑顔を思い浮かべながら、だらしなくにやけていると、その撫でていた手が震え始めた。否、手と接触している頭が小刻みに震えている。


「気安く触んな! フカーッ!!」


「――っ!?」


景色が回転する――などと思っていたら、直後に後頭部に鈍い痛みが遅いかかってきた。


「っ・・・、っ!?」


中々思考が追い付いてこなかったが、視界に映る景色が上下反転していることと後頭部に冷たく硬い床の感触を感じたことから、カリーはどうやら引っ繰り返った状態になっているようだ。

そして現状を把握することにリソースが埋まっているカリーをパリアーは半回転させ、うつ伏せの状態に持ち込む。

そんな彼の上半身に細くも力強い何かが絡みつき、そのまま彼は態勢を固定されてしまった。


どうやらパリアーに引っ繰り返された上に、組み敷かれ、関節を極められてしまったようだ。


試しに力を入れてみる。

彼女は細身、小柄といった――どう足掻いても男である自分と力比べ等できないだろう体格だ。

少し力を入れれば押し返せる、そう思っていたのだが。

結果として、微塵も身動きが取れなかった。むしろ変に力を入れたことで、関節や筋肉に軋む痛みが襲い掛かってくる。


「あいたたたたたたっ!?」


「へっ! こともあろーか、このあたしを子供扱いたぁナメてんスかねー? っていうか、軍の最低限の礼儀も知らんのかねー、この阿呆は!」


「すすすす、すみません! いたっ!? すみま、いたたたた!?」


「謝るか痛がるか、どっちかにしろッス! そーいう軟弱かつ優柔不断な男が一番ムカつくわ!」


「ひぃーーっ」


手足含め、彼女の倍の長さはあるだろう体躯を難なく締め上げていく。

人体のどこを抑えれば相手を封じ込めるのか、彼女は熟知しているのだろう。

体格差はパリアーにとって問題にはならない。それを体験を以って知らされたカリーは「参りました」と何度も床を手でたたく。


しかし、よほど子供扱いされたことが悔しかったのか、パリアーは未だ頬を膨らませたまま、体中を極められたカリーを見下ろす。


「ったく、あたしが直々に連れてってやろーってのに、話聞くや否や『腹ぁ痛い』なんて逃げ腰しやがって!」


「あたた・・・そ、そう! だからっ、べ、別にっ、か、顔を見てお腹が痛くなった、わけじゃ、なくってですね!」


「今の論点はそこじゃなぁーーっい! ふんぬっ!」


「うっぎゃーーーっ!」


嫌な音を立てて至る所の関節が悲鳴を上げる。

パリアーが力を入れたことにより、更に締め上げられていく感覚にカリーは思わず命の危険を感じた。

腰が彼女の臀部に固定され、カリーの右腕と頸部をパリアーの左腕で抑えられ、残る左手は彼女の右手で関節を極められている状態。カリーは必至に抑えられている右手の手首だけを動かして床を叩くが、その降参の意は未だ認められない。


「あんた体固すぎッス。あと反応遅すぎ。そんなんじゃ強襲喰らってもロクな反応できずに死ぬッスよ!」


「そん、なっレベルの、はなしっ、ッスか、これ!?」


体が固い云々でこの固め技を耐えられるかどうか問われれば、実際に受けているカリーとしては疑問でしかない。そもそも、この細腕で何故自分が身動きもとれないほど抑えられているのかも疑問でしかない。疑問しかないが、実際に動けないことは事実なため、それを受け入れた上でカリーは何とか抜け出す方法はないか、酸素が不足して機能不全を起こしている脳を必死に回転させて考える。


――考えてはみたが、一度極まれば抜けられないからこそ「固め技」や「絞め技」であるわけで、考えようがジタバタと動こうが、現状をひっくり返すことは不可能という結論だけが確信できた。


正直にもう一度、降参の意を示す。


「ま、マジで・・・き、キツイ、ッス・・・」


「・・・はぁー」


カリーを縛りつけていた圧力が不意に消える。

限界と見たのか、パリアーが固め技を解いたのだ。


息を荒くしながら、床に両手足をつけているカリーをパリアーが見下ろす。


「んー、とりあえずアンタはあたしと一緒に行動するッス。んな弱さじゃ魔獣に出会い頭に殺されるのがオチッスからね。山岳側と違って、砂漠側(こっち)は魔獣も出てくる可能性高いんだから」


「はぁ・・・はぁ・・・、りょ、了解、ッス」


「あと『ッス』は禁止! うちはゆるーい奴ばっかだから気にする奴も少ないだろうけど、ケジメはつけろッス! 今、あたしは上官としてアンタに話しかけている。そこをきちんと意識して話すッス!」


「は、はっ!」


慌てて立ち上がり、敬礼の形を取ろうとしたが、まだ全身に血の巡りが行っていなかったせいか、カリーの意図と反し、その膝は折れて後方に尻餅をついてしまった。


目の前にいる女性の容姿もあってか、今更ながらに体格の大きい自分が何周りも小さい女性の前で尻餅をついている姿に気恥ずかしさを覚えてしまった。


「っ・・・、ち、因みになのですが」


その気恥ずかしさを紛らわせるために、カリーは疑問をパリアーに投げかけることにした。


「なに?」


彼女の返事に先ほどまでの怒りは含まれていないことに安堵しつつ、最初に冗談交じりに『腹痛』を理由に辞退しようとした根源となる疑問を口にした。


「その・・・まだ兵としての訓練も受けていない俺――私ですが、そんな私が砂漠の巡回なんて特殊訓練に参加しても足を引っ張る未来しか見えないのですが・・・本当に参加するべきなのでしょうか?」


「全員参加なんだもん、あったりまえじゃん」


「ええっと・・・た、例えばですね? 今日から新しく入る私を含めて三名分のことを失念して計画が編まれているのではないかな・・・という懸念がありまして」


「んなわけないじゃん。隊長もちゃんとあんたのことも気にかけているッスよ。確かに砂漠は危険だし、あんたみたいな弱っちい奴がノコノコと散歩でもすりゃ、その辺の魔獣に挨拶代わりに瞬殺されるかもしれない場所ッスよ。でも――」


酷い謂われ様だが、ここはパリアーの続きの言葉を待つことにした。

パリアーは腰の剣柄に掌を当て、不敵な笑みをこちらに向けてくる。


「それを含めても――あたしたちはあんたに指導しつつ、護り切って、安全を確保した空間で『生の戦場になり得る環境』ってのが、どーいうもんかってのを体験させられる自信があるってことッスよ。あんたは黙ってあたしたちと一緒についていればいいッス。簡単でしょ?」


「は、はあ・・・」


まるで微塵も疑わない、自分たちの実力。


カリーが孤児院で過ごした期間でも色々とこの国の歴史や現状は聞いてきた。

それが正しければ、他国との外交も萎れつつある今、アイリ王国は殻にこもるように国外へ出ることが少なくなったと聞く。

つまり、それに伴って兵士たちも兵士たる活躍の場が狭くなっていき、今では国外に出る機会もほぼないというのがカリーの持ちうる知識であった。つまり、国外に出る機会がないということは、魔獣との戦闘もほぼ無いということ。


毎日、同じ顔を突き合わせて、同じ訓練ばかりする兵士に、一体なぜそんな自信が生まれるのか。

カリーにはその心境が理解できず、曖昧な返事を返すことしかできなかった。


「ふんっ、どっからそんな自信が来るんだって顔してるッスね」


「あ、え、ええっと・・・」


「ま、わからんでもないッスけどね。今のあんたに言っても伝わりにくいと思うけど、一応、答えておくッスよ。言っとくけど、これはあくまでもアイリ王国一般兵(うちら)の思想ッスからね? 間違っても万国共通ってわけじゃないから、他国がどういう思想を持って、どういう戦い方をしようが、他所は他所。うちはうちッス。そこは覚えておくッスよ。んで、兵士ってのはただ戦って勝てばいいって存在じゃないッス。一つの戦いに勝ったとしても、代償として隊が全滅しちゃ――次にくる国の敵から誰が国を守るんだって話になるッスからね。そーいう展開は、本当にどうしようもない時だけッス。あたしたち一般兵は、国民も含めて『いかに全員が生き残る戦いをするか』ってのを第一優先にしているッス。これだけ聞くと逃げ腰に聞こえるかもしれないッスけど、あくまでも『勝つ』ことが前提の上にある第一優先なんで、全員生き残るために負けましたぁーなんてのは論外だから間違えないよーに」


「は、はい・・・」


「で、全員が効率よく生き残り、かつ戦いに勝つためには何が必要?」


突然の振りに、カリーは一瞬言葉に詰まるが、深く考えずに今の話を聞いていた上で脳裏に浮かんだ言葉を素直に口にした。


「せ、戦略でしょうか?」


「正解、大事な要素ッスね。勝つためには戦略を立てる必要があるし、戦略を立てるには情報も必要。そして戦略を支える正しい戦力の把握も必要ッスね。最低限、その辺りを抑えていないと戦略もクソも無いッスからね。でもね、結局――どんな優秀な軍師を抱えていたとしても、どんな優秀な諜報部隊や学者を要していても、戦況ってのは予想外なことばかり起きるもんッス」


それはそうだ。

いかに知識や先見の明を持った人材が揃ったところで、本当の意味で未来を見通せる人間なんて存在しない。

であるならば、いついかなる時も思い通りに物事が進むことはあり得ない。

思い通りに行く確率を上げることはできても、それは100%ではないのだ。いつかは予想外のことが生じ、もしかしたら、そのたった一度で全てが終わる可能性だってある。


カリーは顎を引いた。

その様子を見て、パリアーもニッと口の端を上げた。


「んじゃー、予想外な状況に陥った時、その最前線にいるあたしたちはどうするッスか?」


「えっ・・・? ええっと、そうですね・・・う、上からの指示を待つ、とか・・・ですかね?」


「予想外なことが起きてるんッスよー? 例えば見たこともない巨大な魔獣が地中から出てきて、ムギャーっと火とか吹いてきたら、上も下も指示どころの騒ぎじゃないッスよ。まあ撤退命令ぐらいは出るだろうけど、それもどこまで末端に伝わるか分かんないッスね。そんな事態になったら、あんたはどんな行動をすると思う?」


「そう、ですね・・・た、たぶん、何も考えられないと、思います。考えられなく、なって・・・何をしたらいいかも分からなくなりそうです・・・」


「そだね、それが人として正しい反応だと思うよ。人間誰しも思いがけないことが起こったら、動けなくなるもんッスよ。どっかの眼鏡巨乳の話だと、そういうときの人間って脳で処理できる情報量を大きくオーバーしちゃうみたいで、体を動かすことまで頭が回らないだとか何だとか・・・まあいいや、ともかく兵士の誰もがそういう感じになっちゃったら、もう戦いどころじゃないッスよね?」


「はい」


「前線が崩壊したら、言うまでも無く国まで被害が出て、最悪国が無くなるッス。うちらは、そういう大事な位置にいることを忘れちゃいけないッス。そんな状況になって、みんなパニックになって、互いが互いに足を引っ張り合って、結局死んじゃったら元も子も無いッス。たとえ今まで百戦無敗の戦績を誇っていたとしても、最後の一戦でそんな無様を見せたら何の意味も無いッス。それじゃどうしたらいいかって話になるけど――実際どうしようも無いッス」


「え、ええっ!?」


ここまで話を引っ張っておいて結論が「どうしようもない」とは、さすがにカリーも肩透かしを大いに喰らった形になった。

今までの話は一体なんだったのか、そんな表情が遠慮なくカリーの顔面に浮き彫りになった様子を見て、パリアーがプッと少しだけ笑いを漏らす。


「だって予想外の状況なんて、どうしようもないじゃないッスか。なるよーになれって話ッスよ」


「い、今までの話は・・・何の意味が?」


「だから、そこで『自信』ッスよ」


「へ?」


「どうにもならないものは、どうにもならない。んなのは誰だって同じ事ッス。問題はそんな時にどれだけ被害を最小限に抑えて、どれだけより良い選択をするかってことだけ。魔獣でも災害でも人間でも――何が相手であっても、自分に自信が無ければ迷いが出る。迷いが出れば足が止まる。足が止まれば思考も止まる。思考が止まればパニックになる。パニックになれば自分だけじゃなく、味方も巻き込んで盛大に死ぬ。自信ってのは、あたしたちの土台みたいなもんッスよ。迷うな、立ち止まるな、何があっても今までの自分を信じて進め。恐怖や未知への不安は完全に払拭はできないだろーけど、それを小さくするための信念ッスよ」


「・・・・・・」


「今日たった数時間だけッスけど、部隊の連中と話してどうだった?」


「あ、えっと・・・とてもいい人たち、でした」


彼女の話に飲まれたせいか、気の利いた台詞が思いつかなかった。


「そんな連中の死に顔なんて見たくないでしょ? あんたの出身の孤児院の子たちだって、家族だって、友人だって・・・それが自分自身の未熟さが原因だなんて、後悔なんて優しい言葉じゃ済まされない話ッスよ。生き残ったのであれば猶更、ね? だからそうならないようにする。不測の事態に巻き込まれても、足が震えないように『自信』っつー支えで踏ん張る。そーすりゃ、頭も回りゃ足も動く。自然とその場で自分が何をすべきかっていうのも見えてくる、ってわけッスよ」


「要は・・・気の持ちよう、ということですか?」


「言っちゃえばねー。でも、大事だと思うよ?」


「ぅ・・・」


理屈はわかったが、その感覚を知らないカリーとしては、素直に「そうですね!」と肯定の意を出せないのが彼自身、悔しいところであった。理解はできても共感できないのだ。

このパリアーという女性だって、年齢的に戦闘経験自体が芳醇にあるとは思えない。

なのに、どこでその『自信』とやらを身につけたのか。


「ま、あんたもいつか体感する時が来るッスよ」


「え・・・?」


「あたしも最初は分かんなかったッスもん」


「え、それじゃ――?」


「だーかーらっ、その予想外な、不測の事態ってやつを経験すりゃ分かるってことッスよ。気構えがどんだけ大切かってね」


いたずらっ子のような笑みでこちらに指をさしてくる彼女は、やはり年下にしか見えない少女のものだった。


「例えば隊長格の誰かとガチで戦ったり、とかね」


不意に獅子の(たてがみ)を携えた巨漢の男が、凶悪な笑顔と共に大剣を振りかざしてくる光景が脳裏をかすめ、「冗談でしょう?」と眩暈を覚えてしまった。


「まっ、今日のところはあたしを信じて、あんたは黙ってついてくるといいッスよ」


「りょ、了解です」


結局のところ今日入ったばかりの新人であるカリーが、砂漠の巡回等という仕事に同行する理由としては、理論的な根拠があるわけでもなく、精神論に近い根拠しか提示されなかったわけだが、いつの間にか自分の中にあった不安感は消えていたことに内心、苦笑してしまった。


(結局は人間、気持ち次第、ってことかぁ)


立ち上がると身長差が良くわかる小柄なパリアーに対して、小さく非礼をわびるお辞儀をして、カリーは心情新たに彼女の後ろをついていくことにした。



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