第26話 地下浄水跡地 第二部隊布陣
地下浄水跡地。
オアシスが完全に枯れるまで、ここは水の濾過と貯水のために使用されていた。
元々、オアシスが水源となる水は淡水のため、濾過する必要性もさほど無かったのだが、どのような不純物が混ざっているか不確定だったことと、飲料水としての販売も行っていたため、品質根拠を明確化することを目的としている部分が強かったらしい。
また、オアシスから運んできた水棲生物を一定期間、生きたまま補完するための専用水槽も用意されていたとのこと。
今となっては、水の一滴も残っておらず、槽の所々はひび割れて欠けている。
幾つもの槽が広い地下空間に点在しているが、もはやどれがどういった機能と役割を担っていたかすら分からないほど、廃れていた。
「地下って初めて入りましたが・・・思った以上に広い、ですね」
傍らの兵の言葉にラインは「そうですね」と答える。
「私も始めて足を運びましたが・・・想像以上、というのは否めませんね。アイリ王国の国土分の規模と考えて構えた方が良いでしょう」
彼らが立っているのは地上と地下を結ぶ螺旋階段の麓だ。
手には4時間は持つ溶けにくい蝋燭を用意し、その明かりを頼りに周囲を見回しているが、数歩先は既に暗闇と化していた。
ラインと、もう一人の兵――テッド=テンハートはそんな光景を息を吐きながら見回していた。
「いやぁ、本当にそのぐらいありそうですねぇ」
テッドは人差し指を暗闇の空間へ向け、そこに風の魔法陣を形成する。
指先には小さな風の球が発生し、ピンッと指で弾くと風球は早くも遅くもない絶妙なスピードで前方に向かって飛んで行った。
「うーん、全然壁か何かに当たった気配がないですね。こりゃ本当にライン君の言う通り、国土と同じ規模の広さがあっても不思議じゃありませんね」
「テッド副隊長・・・あまり魔法の乱用は控えた方が――」
「大丈夫ですよ。こういう小っちゃい魔法を多く撃てるだけが僕の魔法の長所ですから。たいして威力の高い魔法も扱えないから、近衛兵にも水牽き役にも引っ張られないんですけどね、あはは」
これは第二部隊の副隊長であるテッドの謙遜であることをラインは知っていた。
彼が威力の高い魔法を放てないのは事実だが、それでも一般的な魔法師の平均的な魔法回数を圧倒的に上回って放てる、彼の回数特化の能力はどこの部隊も喉から手が出る程欲しい人材でもある。
現に何度か、近衛兵・水牽き役の両部隊から引き抜きの声も何度か上がっている。
それでも彼がずっとこの第二部隊に在籍しているのは、彼がそれを強く望んでいることと、彼の引き抜きを振り払っているリカルドのおかげなのだろう。
「副隊長、あまりご謙遜が過ぎますと、妬みを買われることもありますよ」
「はは、手厳しいね、ライン君は。でもその通りだね、控えるとしますよ」
「申し訳ありません・・・」
「いやいや、君が言っていることは尤もさ。現に魔法が使えるにも関わらず、副隊長の座に延々と座り続ける僕にそういう視線を向ける者も少なくないからね。それを知ってて、大事になる前にあえて厳しい言い方をしてくれる君は本当に優しい子だよ。心配させて、本当にごめんね」
「――い、いえ」
心の内を見透かされ、気まずく視線を逸らすライン。
こういった返しをすれば彼がそういう反応をするのを見越したうえで、そうさせてしまった様子に申し訳ないと思っていても、テッドは思わず笑みをこぼしてしまった。
さて、とテッドは左手に持った燭台を掲げる。
相も変わらず視界は狭い。
一寸先は闇の中、という言葉をまさに体現している。
「地下の見取り図、は無かったのですか?」
「はい。当時の資料を探っては見たのですが、時間の関係もあり、見つけ出すことはできませんでした」
「そうですね・・・リカルドさんの設けた準備時間が短すぎるのもありますが、こういう昔の資料が必要になる機会をきっかけに、過去資料の整理などもしたほうがいいかもしれませんね」
「必要な時に必要なものが出ない、というのはいざという時に大きな危険を招きますからね。訓練が終わり次第、リカルド様に早速相談を持ち掛けたいと思います」
「うんうん、こういう粗が訓練時に出るのはいいことですよね」
一つ改善点が浮き彫りになったところで、テッドは背後の螺旋階段を見上げる。
「さて、隊の皆にも降りてきてもらおうと思いますが――」
「一気に全員が地下に降りる、というのは難しそうですね」
テッドの言いたいことをラインが繋ぐ。
本当に優秀な子だなぁ、と内心で感心しつつ頷き返す。
「そうですね、この暗闇の中です。一個小隊分の人数を一気に降ろしても下手な混乱を招くだけですね」
「まずは一等兵・二等兵が先導し、徐々に支配領域を確保・拡大するようにしましょう。彼らが壁際にたどり着くまで三等兵・四等兵が一定間隔で後ろにつき、五等兵・見習いにつきましては彼らが確保した領域に陣を取り、そこで待機するようにしては如何でしょうか」
「そうですねぇ・・・その案も良いのですが、それはある程度、我々の人数でカバーできる戦域の場合っていう前提になりますかね。現状、ここがどの程度の広さなのかも分からない以上、確保した領域とはいえ、戦闘経験の乏しい五等兵や見習いを途中に置いておくのは返って危険かもしれません。端の場所が不明な以上、どういう間隔で兵を配置したら良いかの目途も立ちませんしね」
「確かに・・・ではまずは戦域の把握ということで、一等兵から四等兵までを調査に向かわせましょうか?」
「うーん、そうなるとこの訓練の主旨が少し薄くなりますね。せっかくの訓練なのですし、戦闘経験のない者も調査隊に混ぜることにしましょう」
「では一等兵をリーダーとした全階級の兵を組み込んだチームを作り、調査に向かわせる形にいたしましょうか?」
一つ頷き、テッドは階段脇に積まれている蝋燭を立てるための燭台と、麻袋に小分けにされている蝋燭に視線を移した。
「ええ、因みに蝋燭と燭台の数はどのくらいあるのでしょうか?」
「燭台は100、蝋燭は600用意しています。幸い、使用頻度が少ないため在庫があまりある程、残っていて助かりました」
「わかりました。一等兵は我が部隊には5人しかいませんので、僕も含めますと最大6チームとなりますね。最初から全ての方角に向かって波状に向かうには少なすぎる人員ですので、まずは一つの方角に絞って移動しましょう」
テッドは手を伸ばし、正面の左手側に向かって水平に動かす。
方角としては西側だ。
「今、僕たちは国土内で言えば城下――南側に立っています。ちょうど背後が南ですね。この地下浄水跡地が最悪、国土と同じ広さがあったと仮定して、南側はさほど範囲は広くないはず。となれば、最も距離が遠い可能性のある北側は保留としまして、西か東を先に計りましょうか。実際に計って国土より狭いと判断できれば、北側もさほど遠くはないという仮説も立てられそうですし、判断もしやすくなるでしょう」
「はっ!」
仮に最大規模として、地下浄水跡地がアイリ王国国土と同等の広さがあると仮定し、現在位置の南側から見て北側の行き止まりまでは最も遠い道のりだ。推定でも軽く50キロメートルはある。
そのため、まずは距離が短いと思われる東西から攻める策を考えた。
最も距離が短いのは、現在既に南の端に位置する王城の地下にいることから、南側というのは間違いないのだがスタートの位置が既に端の方なのであまり広さを測ったところで、全容を推し量るファクターとしては当てにならない。
故に先に東西の距離を測って、国土と同等の距離かどうかを判断する。
もし国土と同等ならば、北側もそれ相当になると考え、奥まで行く際に策を練り直す必要がある。
国土と同じ広さをたかだか50名にも満たない人数で警戒に当たることは現実的でないからだ。
逆に想定よりも奥行が無ければ、北側の確認にも人数を絞れるし、陣形も布きやすい。
もっとも見取り図があれば、こんな苦労をする必要もなかったのだが、無いものねだりをしても仕方が無いので、その思いは胸の内に置いておくことにする。
「次にこの暗さ対策ですが・・・」
「手段は蝋燭による明かりで決まりとして、あとはその使い方ですね」
「ええ、そうですね」
「しかし、昔はどのようにこの場所を管理していたのでしょうか・・・いかに財政が潤っていたとはいえ、潤沢に蝋燭による明かりで管理していたとは思えないのですが――」
「ライン君、これを見てください」
顎に手を当て、考え始めたラインに対し、テッドは手に持つ燭台で螺旋階段の周囲を囲う外壁に明かりを当てた。
「――魔法陣」
「ええ、これはおそらく大がかりな魔道機械、という感じでしょうか。魔法陣を見るところ、雷の属性ですね。昔はここの管理者がその使い手だったのかもしれませんね」
「雷――」
ラインは燭台を頭上に持ち上げ、その明かりを受けておぼろげに照らし出される天井部に目をこらす。
「確かに――電光と思われる装置が上に等間隔に設置されているようです。なるほど、その魔法陣に雷属性の魔法を流せば、全電光に明かりが灯る、という仕組みですか。しかし・・・この地下全ての電光にまで魔法を行き届かせようとしますと、相当の魔法回数を要しそうな気がしますね」
「そうですね、国史上でそれほどの使い手がいたという話は見た記憶がありませんが・・・かつての全盛期時代を支えた立役者の一人だったのかもしれませんね」
ラインが言った「電光」とは、雷の魔法を受けて発光する魔道機械の一種である。
雷の魔法を扱える魔法師自体が少ないため、あまり公的に使われていることは見ることが無い。
しかし、各国の主要箇所では使われることが多く、その電光が発する明るさは太陽の如く、と揶揄されるほどの光を放つと言われている。
電光一つとっても高価なものだが、それをこの地下全てに行き渡らせていることを鑑みるに、当時は本当に財に満ち溢れていたことが読み取れるものであった。
「ライン君、雷の魔法撃てますか?」
「ご冗談を。私はどうも魔法に嫌われているようで、この剣一本で戦うことしかできない愚直ですよ」
帯刀している愛剣の柄をポンポンと叩き、苦笑する。
「はは、まあ我が国で雷の魔法を扱えるのは御一人だけですからね」
「――ミリティア様、ですね」
ラインはその姿を想像したのか、少し口元を緩めてその名を呼んだ。
その様子を目を細めて見ていたテッドは「おやおや」と含み笑いを浮かべた。
「ライン君、あの御方を射止めるのは至難ですよ。デュア・マギアスにして魔導剣技の使い手。世界でも屈指の実力者であり、あの真面目な性格ですからねぇ」
「ふっ、とんでもないですよ。そのような恐れ多い情は持ち合わせておりません。私のこれは『憧憬』です。あの御方の勇姿、強さに憧れを抱かない兵はおらぬでしょう。魔法に愛されなかった私がどこまで追い縋れるか分かりませんが、せめてあの御方の視界に少しでも映るよう邁進していきたいと思っております」
「応援していますよ」
「ありがとうございます」
互いに笑みを浮かべてから、雑談もここまで、と気を引き締め直す。
「どの道、我々の用いれる光源はこの蝋燭だけが頼り、ってことになりますね。では、まずは西側に向かうとして、その道中を照らす道しるべは必要です」
燭台を床に置き、テッドは10歩ほどそこから離れる。
「燭光は――そうですね、おおよそ15メートルまでは届きそうです。遠目にはぼやけた光る点にしか見えませんが、文字等を読むわけではないので、その場所の確認さえできれば問題ないでしょう。それぞれの蝋燭の間隔は30メートルが妥当と見ますが、ライン君は如何ですか?」
「ええ、それで問題ありません。では、移動する際には30メートルごとに各自、蝋燭を床に設置しつつ行動することといたしましょう。しかし・・・本当に国土並の広さであれば、蝋燭の量が圧倒的に足りてきませんね」
「まあ、それはその時に考えましょう」
苦笑するテッドはラインのいるところまで戻り、再び燭台を手に取る。
そのまま頭上を眺めながら、再び歩き出す。そして、ある程度まで進んだところで戻ってきた。
「ふむ、そうですね。頭上の電光の位置間隔は大体15メートルほどですね。電光を二個分進んだら、蝋燭を目印に置く、という方法が分かりやすいでしょう」
「では各チームの陣形ですが」
「はい、言わずもがな一等兵を先頭に、三・四等兵は前方・左右の警戒を。五等兵・見習いは陣形の中央に位置取り、五等兵は麻袋を持って蝋燭を運び、見習いは電光二つ分の感覚で蝋燭に火を灯す。その殿は二等兵に担ってもらいます。陣形は常に等間隔を維持すること。緊急時はその限りではありません」
「ハッ!」
「話し合いが長引いてしまいましたが、いつまでも上の皆さんを退屈させてしまっても申し訳ないですからね。そろそろ動くとしましょうか」
「では、さっそく号令をかけてまいります」
「そうですね、宜しくお願いします」
頭を下げ、ラインは螺旋階段を上っていく。
その後姿を見送って、テッドは大きく息を吐く。
リカルドがラインに対して下した指示は「地下浄水跡地の巡回警備」だったが、どうにもそれだけに終わりそうにない予感がテッドにはあった。
おそらくラインもそれを感じていただろうと思っている。
彼が終始まとっていた気配は、訓練時のそれとは大きく異なり、常に何が起こっても対応できるよう気を張っているものだった。
(ふふ、まだ若いと言うのに本当に頼りになりますね)
地下浄水跡地に何があるのか。
それはテッドにも分からない。リカルドの真意も深くまでは読み取れない。
しかし、どこか期待してしまうものだ。
――座学など不要、力こそ正義。
第二部隊や第三部隊が掲げる、その理念は彼にも根付いている。
どこか訓練ばかりの日常に、彼自身そこまでの不満は無かったはずなのだが・・・彼の中にある燻った熱はそんな変わり映えのない日々に対し、どこか退屈と感じていたのかもしれない。
鈍く熱い炎が期待している。
離れて長かった、戦いの予感を――。
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「説明は以上です。今、振り分けたチームに速やかに集まり、陣形を確認するようお願いします。また蝋燭や燭台につきましては、階下に置いてありますので降りてから持っていくようにしてください」
ラインの言葉に「ハッ!」と全員の声が響き渡る。
場所は王城内、地下浄水跡地への入り口となる螺旋階段の前だった。
ここはちょっとした広場になっており、第二部隊全員を集めてもなおスペースが余るほどの広さであった。
今、こうして地下を見てから地上を見れば、少しだけ当時の情景が見えたような気がした。
きっと、この広場は地下に保管している水、魚等を運ぶための作業用スペースの役割も担っていたのではないかと考えられる。
近くには倉庫だった場所とおぼしき巨大な荷物置き場もあり、排水溝へ繋がっている柵も床には点在していた。
また、思い返してみれば背後の螺旋階段もやけに大きい。
高さもそれなりにあるが、横幅も5メートルほどの長さだ。人が行き来するだけの階段にしては無駄な大きさに思える。
ここもきっと、荷を運ぶ際の荷車のスペースを考慮した造りなのだろう。
良く見れば階段の両脇は、荷車が上り下りしやすいよう、車輪用の溝の斜面になっていた。
こうして意識を変えて見る景色は中々に面白い。実に新鮮だ。
今度、頭を真っ白にして城内を散歩するのも良いかもしれない、などとラインは次の休日プランを脳内スケジュールに書き込んだ。
では訓練を始めよう。
ラインは第二部隊の全員に一つ頷き、「行きましょう」と螺旋階段を先導して降りていく。
背後からぞくぞくとついてくる気配を肌で確認しつつ、そのまま歩を進めて行った。
再び地下へ。
既に上でチームごとに分かれてもらったため、先に降りたチーム順から蝋燭と燭台の入った麻袋を手渡し、予め決めていたルートに進んでもらうよう指示する。
ある程度の経験値がある一等兵から三等兵あたりは、地下の環境に警戒心のレベルを上げているものの、表面上には見せないようにしているようだ。周囲を見回す素振りをするその感情には、戸惑いや不安も含まれてはいるが、それを飲み込んで有り余るほど意識を尖らせて集中していることが見て取れる。中には意識してか、無意識なのか、おそらくは初経験となる完全な暗闇の空間に心が高ぶっているのか、笑みを浮かべている者もいた。
逆に四等兵以下の階級の兵は、地下の想像以上の暗闇に戸惑いを隠せない様子だ。この後の展開が自身の経験則から予測することができないのだろう。その様子は、何か打開策を思案するために周囲を見渡しているのではなく、精神の深い部分から湧き上がる不安感を紛らわすためのポーズでしかなかった。それは当然の結果であり、ラインの予想通りでもあった。
状況を把握せしめんと腕を組んでたたずむ一等兵といえど、ここまで暗い領域を警戒にあたるケースはそうそう経験していないだろう。
夜間帯に外で戦闘行為に当たることはあれど、外であれば星明りが光源となる。市街戦であっても建物から漏れる明かりもあるのだ。となれば、それなりの戦い方もあるというものだ。
しかし、ここにはそれが一切適用されない。
そんな中、見取り図も何があるかも分からない場所を巡回するのは、精神的にも相当の負荷がかかるだろう。
この訓練はそういう普段は使われない感覚に負担をかけることで、暗闇の中での動きを身に覚えさせることが目的の一つなのかもしれない。
戦闘において、環境というものは戦況を簡単に覆す要素になり得る。
そこが人工的な場所なのか自然的な場所なのか。遮蔽物があるのかないのか。他に人間がいるのかいないのか。外なのか室内なのか。明るいか暗いか。熱いか寒いか。武器となるものはあるのかないのか。
環境なんてものは千差万別と言って良い。
要素を上げればキリがないし、その要素を組み立てたパターンなどは無限大にあると言ってもいい。
今回の訓練で、あらゆる環境に対応できるようになる、なんてことはあり得ない話だが――少なくとも『暗闇』という要素に対しては、ある程度の心構えを得ることができるだろう。
それで絶対に戦場を生き残れるという確約は当然ある訳もないが、それでも生き残る可能性を僅かでも引き上げることができるのだ。
ラインもここまでの暗闇での訓練や戦闘経験は皆無といっていい。
夜間において訓練と称した外での魔獣との戦闘は経験しているが、やはり星空の恩恵は計り知れないものがある。今、ここにいる完全な闇と比較すれば、天と地の差ほどに明るかったことを実感した。
この地下である程度の思い通りの動きをすることができたのであれば、また一段、高みへ上ることができるかもしれない。
(今度、ここを修練場として拝借させてもらえるよう隊長に頼んでみよう)
そんなことを考えていると、徐々に視界に蝋燭の明かりが点々と灯される。
先に降りてきたチームは既に一等兵の指示のもと、動き始めているようだ。
「ライン一等兵」
声をかけてきたのは、最後に螺旋階段を降りてきた自分のチームのメンバーとなる面々だった。
殆どが見慣れた面子ではあるが、最後尾には今日配属されたばかりのミリガンもいた。
相当、緊張しているのか燭光でぼんやりとした明かりしかないにも関わらず、その表情は土気色に染まって強張っていた。
配属されたばかりのカリーとミリガン。
不運なことに、ギリシアとリカルドがルケニアの部屋から去った後、配属先をまだ決めてなかったギリシアが、一通りセインクの案内が完了して兵舎で待機していた二人を見て「丁度いいから」と第二・三部隊にそれぞれ二人を配属してしまったのだった。
戦闘経験どころか、一般兵としての経験もない人間が、いきなりこの訓練に参加させるのは酷な話だろう。
が、リカルドより全員が参加することと命じられている以上、不参加は認められない。
ラインのチームに彼を置いたのは、プレッシャーに押しつぶされそうになった際にフォローしようと、ラインなりの気遣いでもあった。
「ミリガン君、安心してください。今回は単独ではなく、チームでの行動が主となります。君や五等兵の皆は他の者が護ります。君たちは君たちで自分の役割に集中することを優先してください」
ラインはなるべく不安を与えないよう、優しい口調を意識して言葉をかけ、床に置いてある麻袋を持ち上げてミリガンに渡す。
「は、はひぃ・・・っ」
手が震えているため、危うく取り落としそうになるが、何とか二度三度持ち直し、胸に抱える格好となった。
「でーじょうぶだって! 心配すんなよ! 俺らが周りを囲ってんだぜ!?」
「でっ!?」
そんなミリガンの肩を思いっきり叩く音が鳴り響く。
思いのほか地下に音が反響し、何事かと各チームの足取りが止まってしまった。
「やべ・・・」
さすがに訓練の足を止めてしまったことに、肩を叩いた男は苦笑いを浮かべながらたじろぐ。
すかさずラインは手に持った燭台を頭上に掲げ、小さい円を描くように二周回す。
問題ない、の意志を表すサイン。
このサインは第二部隊独特の合図の一つだ。
本来であれば手を手刀の形に変えて、それを頭上で二周回すのが正確な形式ではあるが、この暗闇では意味をなさない。蝋燭の火の動きだけで、その意図をくみ取った各チームの考慮に感謝した。
そのサインを見た面々は視線を前に戻し、改めて行動を再開し始める。
「す、すまねぇ・・・ここまで反響すっとは思わなかったわ」
大きな音を出してしまった男――バジル=レジクトは片手を上げてラインに謝罪した。
ラインも小さく首を振って、
「確かに妙ではありますね・・・この地下がどの程度の広さかはこれから判明していくことでしょうが、少なくとも、ここまで音が反響しやすい場所とも思えません。まあ・・・これについては今考えても仕方ないことですので、今は今、やるべきことを優先しましょう」
と答えた。
「おう、気ぃつけるよ」
バジルはミリガンの肩に今度は静かに手を置き、気を取り直して笑いかける。
「ま、ちょいと出鼻挫かれたが、俺が言いたいのはそういうこった!」
「は、はい!」
バジルの自信に満ちた表情は暗がりで見えにくいものだったが、彼の言葉や態度から十二分にミリガンに伝わっていった。
ミリガンも緊張こそ抜けないが、先ほどの土気色よりは若干血の気が戻ってきていた。
「あー、ライン君」
「はい、テッド副隊長」
テッドがまとめるチーム数名が、ラインのチームの元へ集まる。
「君たちが最後になりますね。ここ、階段の位置を一旦の拠点としたいと思いますので、ここには僕たちのチームかライン君のチームが残る形にしたいと思っています。全体を見通す役目ですね」
「なるほど。各チームの情報を一元的に監視・発信する役目は必要ですね」
一つ頷き、ラインはテッドの後ろに控えるメンバーを流し見る。
「私のチームにはバジルやミトのような戦闘経験に長けたメンバーもいます。宜しければテッド副隊長のチームにいる戦闘経験の少ない者たちをこちらに参加させ、我々も続いて西の方を調査しに行きたいと思います」
「ふむ、多少の人員増加は問題ない、ということですね。確かにここに残って監視する役割はそこまで数は要りませんからね・・・的確な判断能力を持った者が数名残ればいい話ですね。経験を詰める機会を不意にするのも勿体ないですし、せっかくですので数名、ライン君の言う通り混ざてもらうことにしましょう」
満足そうにうなずくテッドに、ラインも顎を引く。
テッドはすぐにチーム内の五等兵・四等兵に声をかけ、ラインのチームに加わるよう指示を下す。
その指示を聞いた彼らは顔を見合わせてばかりで、状況に思考が追い付いていないようだ。
しかし、いつまでも曖昧な態度を取っているわけにはいかず、最後にはテッドに肯定の意を返していた。
おずおずと数名の兵がラインのいる集団に入ってくる。
全員が集まったところでラインは全員に対し、
「それでは私が先頭を、バジル二等兵は殿、ミト三等兵は左方、ゲネルバウト三等兵は右方を頼みます。見習い・五等兵の方は手分けをして蝋燭と燭台の入った麻袋を持ち、布陣の中央に位置して移動するようにお願いします」
「ハッ!!」
「ハ、ハッ!」
ラインの指示にすかさず返事を返す四等兵以上の者たち。
それに一拍子遅れて、他の者たちも返事を返す。
「では行きましょう」
その言葉を引き金に最後のチームが暗闇の中に足を踏み入れて行った。




