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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
18/96

第18話 夜空の下の独白

結論を言ってしまえば、ヒザキは何食わぬ顔で端っこ孤児院に帰ってきた。

それはもう、リーテシアが食事も喉を通らないほど心配していたのが馬鹿らしくなるほど、ちょっと散歩に行ってきましたよ、と言ってもおかしくないぐらい普通の顔をして帰ってきた。


無事に帰ってきたことは嬉しいことなのだが、あの地獄とも言える砂漠を出歩いて普通にしていられることが、どうしても信じられなかった。


(あ、もしかして・・・砂漠に出るには、あの開かずの門を開いて出ないといけないんだもん。ヒザキさんは門の外に出られなかったから、仕方なく国内を散策しただけなのかな・・・?)


アイリ王国には『開かずの門』と俗称される砂漠側の門が存在する。

基本、砂漠に出るにはその門を開けて出るしか方法はない。

しかし砂漠には何の需要もないため、門を開ける必要がないと判断した国は、衛兵すら配置させず、ずっと門を閉じたままで放置しているのが現状であった。

実はこの門、開けようと思えば開けられるのだが、開けるためには門付近にある滑車を手動で回す必要がある。この滑車が非常に重く、大人三人で回すことでようやく開けられるものだった。衛兵が配置されていた西門は彼ら二人が開けていたのだから、衛兵もそれなりに鍛えられていたのが分かる。

しばらく開けられていなかったことから、滑車も酸化が進み、今では大人五人でも動かないほど固まっているとも聞いている。

そんな門をヒザキ一人で開けられるとは思えない。


リーテシアは自分の推測が当たっているような気がして、どこかホッとした。


(そうだよ、砂漠なんて危ないところ、行っちゃ駄目なんだから)


うんうん、と頷きながらリーテシアは「明日、また話してみよう」と心に決め、床に就くことにした。



*************************************



「ちょっといいかい?」


レジンから呼び止められたのは、リーテシアを含む子供たちが就寝した後だった。


「なんだ?」


ヒザキも寝るところだったのか、来客用として空けた一室に向かうところだった。

その道中でレジンに呼び止められたのだ。

彼女は手に布の小袋を持っていた。

そこに視線が向けられたのが分かったのか、レジンは困ったように小袋を掲げ、苦笑した。


「どうやら今夜は風もないみたいだ。外で話したいんだが、いいかい?」


「・・・ああ」


場所を端っこ孤児院の外へ移す。

特に座る場所もないので、二人は何となしに孤児院の壁に背を預ける形をとった。


「それは・・・ベルモンドたちが?」


レジンの手に持つ小袋を指をさして尋ねる。


「ああ、困ったもんさね。こっちは子供たちを助けてもらった礼に宿として場所を貸しているだけなのに、その宿賃だとさ・・・どうやって返そうか、悩みどころなんだよ」


「人の厚意は素直に受け取るのが一番良いだろう」


「・・・そうだねぇ。ここには日々の食事すらまともに取れない子供たちが多くいる。あの子らのために、このお金を使わせてもらう、っていうのも考えてはいるんだけど・・・」


「・・・? 何か気掛かりが?」


子供たちを助けてもらった対価が、ヒザキたちを宿として孤児院に泊めることだとレジンは言った。そしてベルモンドたちは宿賃として金銭をレジンに渡した。それは確かに引け目に感じる要素なのかもしれないが、レジンの表情から他に何かしらの要因がありそうな雰囲気をヒザキは感じた。


「・・・ああ、そうだね。外から来たアンタはちょっと理解しにくいかもしれないけど、今この国では『お金』っていうのは価値が低いのさ・・・。低い、というより、その価値を生かせない状態ってとこかしらね」


「・・・供給が大量にあったとしても、需要が間に合わない、か」


「くっくっく、面白い言い回しだけど、その通りかね。この国は疲弊しているのさ。物資も食糧も何もかもが不足している。そりゃ国が動く程度の金があれば、国は外交という手段もとれるけど、いち国民が――言い方は悪く聞こえるかもしれんけど、少しばかりのお金を持ったところで、交換する物資がないのさ」


ベルモンドからもらったお金を「少しばかり」と表現することに抵抗があったのだろう。

レジンは言いにくそうに言葉を吐き出した。


「・・・・・・」


「あの子たちは、さ・・・本当にいい子ばっかりなんだよ」


「・・・ああ」


「その親代わりでもあるアタシは、あの子たちを立派な大人にする義務がある」


手に力が入ったのか、小袋がギュッと音を立てた。


「でも力不足かねぇ・・・こうやって縁が金を運んできても、それを生かす手段がない・・・。本当に、無力ってのを実感できちまうんだよ」


普段であれば威厳に満ちている彼女の表情も、弱音を吐いているせいか、それとも夜の闇のせいか。いつもよりも年を取っている印象を受けた。


「すまんね・・・せっかく貰った厚意だってのに・・・気分を害したかい?」


「いや・・・しかし、何故その話を俺に?」


「ああ・・・」


レジンはより壁に重心を置いて、壁に寄りかかる。

風もなく、雲もない夜空は幾つもの星々が輝いていた。


「リーテシア」


「?」


「あの子、アンタに懐いているだろ?」


「・・・さあ、な。まだ会って二日目だ。あの子の性格を知っているわけでもないから何とも言えないな」


そう返したヒザキに、レジンは顔を上げ、おかしそうに笑い声を漏らす。

さすがに日が変わる前の深夜のため、声はそれほど上げなかったが。


「・・・何が可笑しい?」


「いや、すまんね。くっく・・・何も知らない、か。もしそうだとしたら、ずっと一緒にいたアタシの立つ瀬が無いねぇ、と思ってさ」


「・・・」


「あの子はね。思ったこと、やりたいこと、全部を溜めこんじまうタイプなんだよ。そんなあの子がアンタの後ろにくっついて行こうとする姿を見ていると、分かっちまうのさ。『ああ、この子はきっとアンタに悩みを打ち明けたんだろうな』ってね」


「悩み・・・」


ヒザキが真っ先に思い出したのは、昨日のことだ。

魔獣を撃退した後、彼女が漏らしたいくつかの言葉。


国が嫌い。

国を出たい。


あれは悩みを打ち明けていたのだろうか。

確かにあの話を聞いた後、彼女は涙を流した後、「スッキリしました」と言っていた。


「なるほど」


「心当たりがあるようだね」


「ああ」


「国を出たい、とか言っていたかい?」


「さあな」


レジンの試すような視線をサラリとかわし、ヒザキは淡々と答えた。

国を出たい、という『答え』はレジンも知らない。ただ、5年の歳月を共に暮らし、リーテシアを近くで見てきたからこそ、推測して導き出した答えがそれだったのだ。

レジンはその答え合わせという意味も含め、ヒザキに揺さぶりをかけてみたのだが、目の前にいる青年の氷上は微動だにしなかった。


「アンタ、結構な経験積んでそうだね・・・全然表情に出ない相手は初めてだよ」


「それはどうも」


「はぁー・・・、まあいいよ。ここからは独り言と思って聞いておくれ」


「・・・」


「リーテはね。今の今まで、この孤児院のしっかり者だったのよ。仕事も真面目にこなす、家事もこなす。年少の子が風邪をひいたときも、優しく看病していた。優しい子、だよ」


リーテシアのことを褒めているのにも関わらず、彼女の面持ちは硬い。


「だけど、誰にも自分の悩みを言わないあの子は、いつも・・・この国を覆う塀を見上げていた。いや、その向こうにある『外』を見ていたのかもしれない。聞けば返ってくる回答は『なんでもない』の一点張りだったけどね。でも・・・何年も一緒にいたからわかるのさ。この子は国に未来を感じていない。外に出たかっている、ってね」


「・・・」


ヒザキは特に口を挟まず、彼女の「独り言」に耳を傾けた。


「じゃあ何故、リーテはその悩みを相談しないのか・・・アタシは考えたね」


「まだ子供だから、じゃないのか?」


「それもあるけど・・・あの子は思っている以上に賢いんだよ。頭の中で色々なことを考えている。例えば、アタシや子供たちにその悩み、その願いを相談したとして・・・その結果どうなるか、とかね」


「どうなる、と踏んでいるんだ?」


「そうさね、きっとリーテはこう思ったんだろうね。そんな悩みを打ち明ければ、皆はきっと賛成も批判もあるかもしれないけど、最後には手伝ってくれるだろう、ってね」


レジンの言葉に数秒考えた後に、ヒザキは疑問を口にした。


「・・・ん? それに問題があるのか?」


「あるさ・・・国を出て、他国に渡すには莫大な金が必要さね。それを稼ぐには、この国にいる以上、到底無理な話さ。じゃあ最終的にリーテの願いを実現するにはどんな手が残っているのか」


「金を手に入れる、という目的は変えようがない。ならば考え得るのは如何にして、その金を手に入れるか、だが・・・この国で移住を可能とする上納金の在処(ありか)があるとすれば――」


ヒザキあ遥か遠くに見える王城に視線を向ける。

レジンも同様の考えなのか、一つ頷いて、苦笑をこぼした。


「そう、この国でそんな金を辛うじて持っているのは国ぐらいだね。商人として旅に出て、金を稼ぐ手もあるのだろうけど、兵力のないメンバーでは道中すぐに全滅という結末が見えている。我々ができる可能性と言えば、国に反逆して金を手にする、っていう罪人としての道しかないのさ」


「あのミリティアがいる以上、いかに疲弊した軍や兵が相手であっても、無謀としか言えない試みだな」


「そう、その結末もリーテは理解している。だから言えないのさ。勿論、そんな暴挙に出る前にアタシは止めるつもりだけど・・・」


レジンはラミーやサジ、シーフェの顔を思い出す。

あの子たちは、きっと危険を顧みず・・・いや、そこまで深く考えずに走ってしまう危険性がある。


「暴走する子供たちが出るかも、と?」


「くっく・・・とても出会って二日とは思えないほど、分かってるじゃないか」


「どうも」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


二人は何となく夜空を見上げた。

レジンは何故こんな話をヒザキにしたのか、自分の中でもまだ明確な整理はついていない。

おそらくはリーテシアが彼に懐いていた、というのが一因だとは思っている。しかし彼はここに来て、まだ一夜を超えたばかりの新参者だ。しかも旅人という、止まり木を持たない放浪者。そんな者に、この地に住まう者の葛藤を伝えても、困惑しか与えないことは理解している。

それでも伝えたかった。

聞いてもらいたかった。


おそらく、ここがターニングポイントである。


彼はこの現状を覆すカギとなるのではないのか。


(もしかしたら、アタシは思ってるのかもしれんね・・・この人がリーテを外に連れ出してくれるんじゃないかって、ね・・・。本音を言えば、娘がどこの馬の骨とも知らん男について行くなんて、死んでも認めないところだけど・・・)


しかし、レジンがどんな想いを抱こうと、リーテシアはここを出て行かないだろう。

彼女はその願いと別に、この孤児院にも愛情を持ってくれている。

ここに住むレジンと、子供たち。

彼らと決別して自分だけ願望を叶える道は、きっと彼女の心に後悔と罪悪感という棘を残すだろう。

優しく、責任感を持った人間にはよく起こりうる話だ。

レジンからしてみれば、リーテシアが幸せであればそれでいいのに。

きっとリーテシアは考えもしなくていいことを深く考えすぎ、そしていつしかは自分自身に押しつぶされる日がきてしまう。


だから彼女はここを出て行かない。

その恐怖に立ち向かうほどの勇気と、孤児院の者たちと決別する強さを彼女はまだ持ち合わせていないからだ。


(はぁ・・・本当にどうしたもんかね)


自嘲気味に笑っていると、不意にヒザキが口を開いた。


「アンタは出たいのか?」


「は?」


突然の問いかけに、その意味を理解できず、思わず間抜けな声をレジンは上げた。


「アンタは外に出たいのか、と聞いている」


「外って・・・国外かい?」


「ああ、そうだ」


「・・・」


国外。

国を出たいか、と聞かれたのは生涯初めてだったため、咄嗟に答えが出てこない。

いや違う。

答えが出ないのではなく、迷っているのだ。

今の生活が決して満足できるものかと問われれば、答えは否、だ。

今より良い生活ができるのであれば、それに越したことはない。

だがすぐに捨てられる生活かと聞かれれば、それも答えは否、だ。

レジンの双肩には子供たちを守るという使命がのしかかっている。子供たちの安全と最低限の生活を担保できない以上は、今の生活を捨てることはできない。


「答えにくいか。ならば質問を変えよう」


「な、なんだって?」


「アンタは子供たちと一緒に国を出たいか?」


「なっ・・・そんな無茶なこと、考えたこともないよ」


「考えたことがあるだろう? 先のリーテシアの話をしたときに、その未来も頭をよぎったはずだ」


「・・・そうさね、だがそれは無理だね」


「生き抜く環境がない、か」


「分かっているなら――」


「一つ」


ヒザキが右手の人差し指を立てる。

思わずレジンは続けようとした言葉を飲み込んだ。


「一つ、可能性を明日持ってくる。今の手持ちの材料ではアンタの選択肢も狭まるだろうからな」


「か、可能性・・・?」


「ああ。その可能性を見て、もう一度考えてみるといい。あと――」


矢継ぎ早にヒザキが言葉を繋げていく。


「その金は後程、ベルモンドに返そう。あいつからはもっと別のものを貰えばいい」


「別の、って・・・い、一体、何の話をしているんだいっ?」


「・・・そうだな」


ヒザキは壁から背を放し、そのまま孤児院の入り口まで歩いていく。

レジンは頭の整理が追い付かないせいか、何も言えずに、その姿を目で追っていくことしかできなかった。


「暇つぶしと、少し・・・」


ヒザキは何かしらの光景を思い浮かべたのか、彼にしては珍しい、遠くを見るような眼をしていた。


「懐かしくなった」


「懐かしい・・・?」


「詳しくはまた明日に話す。今日はもう寝た方がいい。結構な時間になっているぞ」


「む・・・」


確かに月の位置が話し始めた頃から大分ズレている。

一時間ほど経っていたようだ。


「・・・明日、話してもらえるのだろうね?」


「ああ」


ふぅ、と大きくため息をついたレジンは、すぐに気持ちを入れ替え口の端を上げた。


「分かったよ、深くは考えずに待っているとしよう」


「そうしてくれると助かるな」


その言葉を最後に二人は孤児院に戻り、それぞれの寝所で床に就くこととした。

既に二人以外は寝静まって――いや、客室から盛大なイビキが鳴り響いていた。

音の元凶はベルモンドらしい。

この客室はベルモンドとヒザキに与えられた部屋だ。つまり、このイビキと共にヒザキはこれから眠りにつかなくてはならないのだが・・・この騒音の中ではなかなか寝つけなさそうだった。


「壮大な音楽だねぇ・・・寝れるかい?」


「昨日もうるさかったからな。問題ない」


「そ、そうかい・・・?」


予想外な回答に首を傾げつつ寝所に向かったレジンを見送り、ヒザキはため息と共にベルモンドの両鼻の穴に人差し指と中指を容赦なく差し込んだ。


「ふごっ!!?」


突然の衝撃に体が驚いたのか、イビキが止み、「ふご、ごっ、ごぁっ」と空気が喉から漏れる音がする。

しかし彼の眠りは深いのか、まったく目が覚める気がしない。

ヒザキはすぐに指を抜き取り、無言でベルモンドの服で指に付着した粘膜をふき取る。


ベルモンドはというと、ヒザキの攻撃で鼻の通りがよくなったのか、イビキは無くならないにしろ、小さい音となった。


「これで数十分は稼げるな。さっさと寝ることにしよう」


ヒザキ流のイビキ対策。

ヒザキは音が小さくなったことに満足しつつ、布団をかぶって横になった。



力加減が悪かったのか、朝起きた時、ベルモンドが鼻血で枕を濡らしていたことから、ヴェインに「夢で何変態的なことしてたんだよ!」とベルモンドが弄られたのは、また別の話である。


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