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テトラ・ワールド  作者: シンG
第1章 建国~砂漠の国~
17/96

第17話 聴取後の小さな騒動

バタン!

と大きな音が食堂から寝室、その奥の部屋まで届いてきた。


リーテシアは驚いて、顔を上げる。

一緒に部屋にいたベルモンドやセルフィ、ヴェインも数度瞬きした後、先ほどの聴取前の出来事を思い出したのか、困ったように顔を見合わせて苦笑した。


リーテシアたちがいるのは、ミリティアが事情聴取を行う際に「待機場所」として使用していた、端っこ孤児院の奥にある部屋だ。

元々は誰かが使っていたのか、木製の小さな机と椅子が一つ。そして壁際に長椅子が置いてある部屋だった。今は誰も使用していないため、明確な使用用途が定まらないまま、この状態で保持されている部屋だった。


リーテシアは少し慌てつつ、しかしどうしたら良いか分からず、思わずベルモンドたちを見渡してしまった。


「リーテシアちゃん、心配?」


そんな彼女の心境を読み取ったのか、セルフィが屈んでリーテシアに尋ねる。


「あ、ええと・・・・・・は、はい」


最初は照れから否定しようとしたのか、口ごもるリーテシアだったが、セルフィの微笑の前に一呼吸おいて、素直に頷いた。


「あー、妬けるねぇ~。やっぱ、アレかな。ほら、最近アルスター先生が提唱している『吊り橋理論』って当たってるのかねー? やっぱ目の前で助けられると惚れちまうよな」


「ほ、惚れっ!?」


「ベルモンド、アルスター先生のは提唱ではなく、旧時代の書物から読み上げた理論の解読と解釈を公開しただけですよ。あと本人を目の前にして、そういうことを言わないでください。こういうのは女の子にとって繊細なことなんですから」


「悪い悪い。ま、心配だったら見に行ってあげなよ。どーせ、この様子だと隊長殿も出て行ったようだしな」


「あ、ぅ・・・」


セルフィの言葉にベルモンドも軽く詫びたのだが、リーテシアは先ほどの彼の言葉が突き刺さったらしく、耳まで赤くして硬直していた。それが図星なのか、単にこういう話題への免疫が少ないためなのかは、この場の誰もが分からなかったが、少なくともベルモンドの所為というのは間違いなかった。

リーテシアを除く女性二人から突き刺すような視線が彼を襲う。


「・・・わ、悪かったよ、俺はこーいう性格だからな。どうにも真面目に話すのが苦手なんだ・・・。だから、まー・・・さっきのも軽い冗談と思って! な?」


「うっわー、ベルモンド最低ー」


「うっせーぞ、ヴェイン・・・」


ヴェインに対して若干言葉が弱いのは、ベルモンド自身も言葉の選択肢を誤った事実を噛みしめている証拠なのかもしれない。

二人のやり取りを見上げて、少しだけ心が落ち着いたのか、リーテシアはギュッと口をつむんだ後「い、行ってきます!」と意気込んで部屋を出た。


と、意気込みすぎたのか、部屋を出た先――寝室にもなっている大部屋で何かを思いっきり踏んづけた。


「ぎゅぇっ!!?」


「きゃっ!?」


ラミーだ。

今の今まで、その存在を忘れていたが、どうやら彼やサジはこの時点まで爆睡していたようだ。

存在を忘れてたが故に、リーテシアは全体重を片足に乗せて、彼の顔面を思いっきり踏んづけてしまった。ゴリ、と音が鳴ったかのように錯覚するほど、足裏が彼の頬骨を滑る感じがダイレクトに伝わってくる。40kgに満たない軽い体重の彼女だが、それが足に一点集中しては踏まれる方も堪ったものではない。


ラミーは何が起こったのかも理解できず、ただただ、突然襲い掛かってきた衝撃と痛みに、その目をカッと見開いた。

ラミーがとにかく顔面に押し付けられたものを取り払わんと手足を動かしたが、それが彼の悲劇をさらに増長する結果となってしまった。

ラミーの動きにバランスを崩したリーテシアは、慌てて態勢を整えようとするも上手くいかず、そのままラミーの上で尻餅をついてしまった。

そこまではいい。

だが、人とは尻餅をつけば、無意識に頭部を地面にぶつけぬよう、咄嗟に地面に手をつけるものだ。

リーテシアもそうした。

そして手をついた先は、ラミーの鳩尾(みぞおち)だった。


「ぬぅぅぅぉおおおぉおぉおぉっ、、、、いってぇぇぇぇえぇーーーっ!!!?」


「ご、ごめっ――」


事態を把握はしたものの、未だ整理が追い付かないリーテシアは謝罪の言葉と一緒に、早く上から退けようと体を起こそうとする。

しかし、そうすれば再び全体重が支点となる部分に重く圧し掛かる。

その支点は言うまでもなく、ラミーの鳩尾に食い込んでいる左手だった。


「のぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」


「ひゃぁっ! ご、ごごご、ごめんなさいっ!」


「い、いいい、いいから、どけっ! さっきからいってぇーーんだよっ!」


ラミーはもはや自分で状況を打開するしかないと考えたのか、痛みから逃げるように体を捻って、布団の上をごろごろと転がる。その反動でリーテシアも押し出されるようにラミーの上から離れることに成功した。


「いっててててて!!」


痛みを紛らわすようにラミーは、腹を抱えながら転がり続けた。

そして転がった先に振り下ろすように足を下した先に、サジの顔面があった。

遠心力を伴った回し蹴りがサジの顔面に振り下ろされる。

ビシン、という大きな音が部屋中に鳴り響いた。


「あ」


ラミーがそこにサジがいることに気づいた時には後の祭りだった。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!?」


足の甲が彼の顔面にめり込み、その痛みでサジも飛び上がる。

その光景を遠巻きに見ていたベルモンドたちは「あー・・・」という面持ちで、この後に起こるであろう賑やかな光景を予想して、ため息をついた。


「ってーな! 何すんだ、ラミー!」


「お、俺だってやられてんだ! 俺のせいじゃねーぞ!」


「ああ!? どう見ても、おめーが蹴りくれてんじゃねーか! 見ろ! 俺の鼻が何か・・・ひん曲がってる気がする!」


「そりゃ元からだ! 大体もとは黒髪がわりーんだよ! おめーは二番目の被害者だ! 一番が俺!」


「リーテの所為にしてんじゃねーぞ! なんだよ、二番って!」


「二番は二番だっつーの! 顔も性格も身長も体重も、ぜーんぶおめーは二番だ! 永遠の二番だ! そして俺が一番!」


「くっ・・・意味わかんねーが、すんげームカついたのは確かだぜ!」


サジからしてみれば明らかにラミーが悪いのだが、ラミーからしてみれば元はリーテシアが踏んでしまったことが起因しているため、素直に謝りにくい心情なのだろう。元の強情で勝気な性格も災いしてか、話はどんどんおかしな方向へズレていった。


「あ、あの・・・」


リーテシアは自分が発端であることは理解しているので、このまま二人が本格的な喧嘩を始めてしまうのは心苦しいのが本音である。

とりあえず話を聞いてくれそうなサジの袖を引っ張って、自分が悪い事実を伝えようとする。


「あのね・・・私が悪いの。ラミーを踏んづけちゃったのは私だから・・・」


ばつが悪そうに俯き加減なリーテシアを数秒、サジは見つめてラミーに向き直る。


「見ろ! お前の往生際が悪すぎてリーテが気を使っちまったじゃねーか!」


「ええっ!?」


「なんで、そうなる!?」


思いのほかサジも頭に血が上っているのか、彼の脳内には「リーテシアは犯人じゃない」という前提条件が固定されてしまっているようだ。


「はいはい、そこまで~」


仕方ない、と言わんばかりに諦観の表情を浮かべたベルモンドが手を二度叩いて、今以上にヒートアップしそうな子供の喧嘩の仲裁に入った。

セルフィとヴェインも苦笑しながら、そこに続いて行った。

ベルモンドはセルフィと目配せし、彼女は一つ頷いてからヒザキがいる食堂の方へ向かい、すぐに何かを持って戻ってきた。


「おめーら、寝起きからぎゃーぎゃー騒いでっけど、何か気づかねーか?」


「・・・へ?」


「・・・なんだよ、あんちゃん? 俺らは今、いそがしーんだぞ!」


「おっと気づいてねーな、こりゃ」


そう言いながら、ベルモンドは後ろにいるセルフィから何かを受け取り、それを彼らの眼前に差し出した。

どうやら小さな容器らしい。

ベルモンドの掌に乗った容器を思わず、ラミーとサジ、そしてリーテシアがのぞき込む。


『あ・・・』


三人の声が重なる。

容器――小鉢の中には根菜の煮物が入っていた。

それを見た三人の子供は、大きな腹の音を響かせる。


「ぁぅ・・・」


リーテシアだけはその音に恥ずかしそうに声を漏らしたが、男の子二人はそんなことにはお構いなく、涎を口から流して小鉢の中身を凝視している。


「そーだ、腹減っただろ? おめーら、昨日から何も食ってないこと忘れてるだろ。くだらねー喧嘩はとりあえず横に置いておいてよ、腹ごなしと行こうーぜ」


ベルモンドの言葉に吸い込まれるよに引き寄せられるラミーとサジだが、手が小鉢に触れるかどうかのところで彼らの手は止まった。ラミーは何かに耐えるように震えながら伸ばしかけた手を引っ込める。サジも同様に頬をかきながら手を降した。


「おう?」


予想外だったのか、ベルモンドは首を傾げて二人を見る。


「ぬぬ・・・いちおー、ばーちゃんとの約束だからな! 約束は・・・ぐぬぬ・・・ま、守るのが男ってなもんだ!」


「まー・・・そーだな・・・」


そんな二人に一番驚いていたのはリーテシアかもしれない。

今までレジンの言いつけも無視して自分のしたい放題だったラミーと、何だかんだ言って悪ノリが優先してレジンを困らせていたサジが、自制心を持ってレジンの言葉に従っている。

昨日、レジンから言い渡されたのは『一週間飯抜きの罰』である。

彼らはレジンがいない上に、ベルモンドから『食べてもいい』という(てい)で差し出された食事があるにも関わらず、その命を守っているのだ。


「へぇ・・・」


どこか感心したようにヴェインが呟く。


「ふふ・・・お二人とも、そしてリーテシアちゃんも大丈夫ですよ。その食べ物は院長先生から預かったものですから」


『え?』


セルフィの言葉に三人が視線を向ける。

セルフィは軽く咳払いをして、人差し指を立てて言葉を繋げた。


「十分に反省したなら食べてよし!」


どうやらレジンの声真似をしたつもりらしいが、声質がセルフィとレジンではかけ離れて異なるものであったため、全然似ていなかった。

が、それがレジンの言葉であることは子供たちでも理解できた。


「その様子なら、きちんと反省はしているみたいですね」


立てた人差し指を口元に持って行って、子供たちにその言葉の意味を理解させるようにセルフィは笑みを浮かべた。


「ほらよ」


ベルモンドは持っていた小鉢をラミーに差し出す。

思わず受け取ったラミーは、数秒間、そのまま固まってしまう。

相変わらず腹が食事を促すように鳴る。


「ちゃんと人数分、あるみたいだよ」


ラミーが固まっている間に、ヴェインとセルフィで残りの小鉢、パンを持ってきた。

メニューはパンが主食。おかずとして干し肉数切れと小鉢に入った根菜の煮物のようだ。


「さっき使っていた奥の部屋で食べましょう。並べておきますから手を洗ってきてくださいね」


セルフィの言葉を受けて、我に返った子供たちは若干の間、顔を見合わせてから慌てて頷き返し、手を洗いに走っていった。

そんな様子を大人三人も、どこか微笑ましく見送るのであった。



*************************************



お腹を満たした満足感に浸ること数十分。

しかし過去の出来事が消えることはない。


冷静さを取り戻した三人の子供は、話し合いで先ほどの出来事の落としどころを決めることにした。


リーテシアがラミーに対して払う対価は、夕食のおかず一品。

レジンより一週間の飯抜きの罰が免除されたということは、今日の夕飯も食べられるはずだ。

その夕飯に出るであろうおかずを一品だけ、ラミーに譲渡する。それがラミーとリーテシアの両者で話し合った和平条約であった。

対してラミーはサジに対して、掃除当番を一回だけ代わる約束で和解した。

話し合いって素晴らしい。

そんな感想をリーテシアはしみじみと感じた。


リーテシアも育ちざかりの年頃ではあるので、おかず一品が減るのは残念ではあるが、今回の件は自分の過失が大きいと思っているため、ラミーがそれで手打ちにしてくれたことにそっと胸をなでおろしていた。


そういえば、とリーテシアは端っこ孤児院の中を見て回る。

色々な騒動と、予期せぬ食事ですっかり頭から抜け落ちていたが、そもそもヒザキの様子を見ようとしていたのを思い出した。


しかし肝心のヒザキが見当たらない。

食堂は勿論、どの部屋にもヒザキの姿が見えなかった。


「どこ行ったんだろう・・・」


こういう時は誰かに聞くのが一番てっとり早い。

少し前の自分なら、それでも自分一人で探していたに違いない。誰かに頼る、その行為が『迷惑なこと』と思い込んでいたからだ。

どこか新しい視点を持った自分自身が生まれた、そんな感覚が浮かんだ気がした。


「あ、ベルモンドさん」


「ん?」


ちょうどベルモンドが便所から出てきたのを見て、彼に尋ねてみることにした。


「あの、ヒザキさん・・・どこに行ったか知らないですか?」


「ああ・・・そーいや嬢ちゃん、ヒザキのとこ行こうとしてたんだよな。色々あって忘れてたわ、ははは」


「先ほどは・・・色々とすみません」


「いやいや、別に謝ることじゃねーから、気にしないでくれ。さて、ヒザキなんだが・・・俺も見てはいない」


「そうですか・・・」


「ただ、今日の予定は前もって聞いているぜ」


「え?」


ベルモンドは腕を組んで、壁に背を預ける。


「嬢ちゃんが起きる前に、今日はどうすんのかね~って聞いてたのよ。夕方前ぐらいに出るって言ってたから、ちょうど今ぐらいの時間かもしれないな」


「あ・・・」


気づけば時刻は午後5時を回っていた。


「なんでも砂漠に出るって言ってたぜ。今日は聴取もあって早めに砂漠に出れないから、すぐに切り上げて、明日また出るとは言ってたけど・・・何しに行くんだろうな?」


「砂漠っ? そ、そんな・・・危険です!」


「まーなぁ・・・でも、あいつの腕前は見ただろ?」


「それは・・・」


「それに砂漠に対して、そんなに危険を感じていない雰囲気だったな。もしかしたら砂漠に出るのは何度か経験してるのかもなー。ま、大丈夫だよ。明日また出るって言ってんだから、今日の夜までには帰ってくるだろうよ。嬢ちゃんは心配せずに待ってな」


「は、はい・・・」


ヒザキの強さはその目を以って知っている。

だが、あれはあくまでも魔獣に対してであって、過酷な環境を孕んだ砂漠とその環境に適応した魔獣が相手では話が違う気がした。

ベルモンドは大丈夫と言ったが、リーテシアはどこか不安をぬぐえなかった。


(だ、大丈夫でしょうか・・・心配です・・・)


ギュッと両手を胸元で握りしめる。

だがいくら考えを抱こうと、リーテシアが砂漠に行くわけにはいかない。

一人で行こうものなら、まさしく犬死は確定である上に、一日立たずにレジンを悲しませる結果になるのが目に見えている。


悶々とした思いを抱えながら、リーテシアは大人しく孤児院の中で彼を待つことにした。


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