百物語 後編
その翌週。
私は集合場所である高岩寺の門前に立っていた。
高岩寺の前を通る地蔵通り商店街は毎月四のつく日に開催される縁日で多くの屋台が軒を連ねていた。
土曜日の昼前という時間帯だったこともあり地蔵通りの混雑は相当なもので、通りを進むのも一苦労といった具合だった。
私が近辺の住人だったこの混雑を苦々しい目で見ていたかもしれない。
目印として造花でもいいのでホオズキを持っていることと言われたので、私はそれを愚直に守っていた。
確かホオズキは盆の時期にあの世から帰ってくるご先祖様のための提灯替わり、道しるべとしての意味があったはずだ。
招待面の物通しが合う目印と相通じるものがある。
主催者の連絡先は知らない。名前も聞いていない。
初めて参加する人物は目印を持って指定の時間場所で待つというしきたりらしい。
集合場所の高岩寺は多くの人が行き交っていたが、他にホオズキを持っている人間はいない。
腕の時計は集合時間の三十分前を指している。
まだ早すぎたようだ。
私は近くに見えた喫茶店に入って時間をつぶそうかと考えた。
「百物語にご参加の方ですか?」
行き交う群衆の中から突如、こちらに声をかける者がいた。
声をかけてきたのは男で、南方風の浅黒い肌で彫りの深い顔立ちをしていた。
私が「そうです」と答えると彼は会の案内人であり「廣田」と名乗った。
「では、参りましょうか」
挨拶もほどほどに済ませると、私は廣田の先導するに従い歩き始めた。
〇
我々は地蔵通りを逸れ、中山道を突っ切り染井霊園を駒込方面へと向かっていた。
建物は低くなり、人口密度は減り、緑が増えていく。
初夏の陽気で気持ちのいい日だった。
染井霊園はソメイヨシノの名所として有名だ。
春の盛りであればもっと気持ちのいい行脚だったかもしれない。
我々は染井霊園を歩いていたが、この周辺には多くの有名人が眠っていた。
廣田は「あれは芥川龍之介の墓、あっちは遠山の金さんの墓」とだれでも知っている名前を並べるだけでなく「あれは東洋のナイチンゲールと呼ばれたローダスカ・ワイリックの墓だ」と
興味深い所以を教えてくれた。
廣田はとにかくよくしゃべる男だった。
染井霊園を抜けて住宅街に差し掛かると自身の話をし始めた。
明らかな訛りがあったため出身地を聞いてみると大分の出身だという。
実家は造り酒屋で大学時代にこちらに来たという。
彼の話は傾聴に値する興味深いものだった。
学生時代は農学を研究し、いずれ実家の酒屋で新しい酒を造ろうと思っていたが大道芸人の友人に誘われて行った
シルクロードへの旅で人生が一変する。
大学の専攻をを中東文化に変更し、アラビア語とペルシャ語を学ぶと卒業後は中東・中央アジアの雑貨を個人輸入する事業を立ち上げた。
彼はただおしゃべりなだけでなく話は起伏に冨み、語り口は色鮮やかで、行ったこともないアラブの国々の情景が浮かんでくるようだった。
「そろそろだよ」
廣田は一度会話を止め、会場が近いことを告げた。
我々はいつの間にか相当の距離を歩いていたらしい。
景色は急速に変わり、あたりには時代劇で見るような立派な町屋敷が並んでいた。
廣田が言うに会場は江戸時代に建てられた町奉行の屋敷で行われるとのことだった。
この辺りは比較的古い建物が残っているらしいが、それにしても奇妙な光景だった。
しかし、その違和感はその時の私にとって些細な問題だった。
これほど語り上手な人の百物語なのだから、きっと貴重な体験になるだろう。
私はそう思った。
〇
会はとても楽しいものだった。
間違いなく貴重な体験をした、私はそう断言できる。
問題はその内容をよく思い出せないことだ。
廣田という男に案内され、その道すがら色々な話をした。
そこまでは確かだ。
その後の記憶に濃い靄がかかっている。
次に思い出せるのは、自分がいつの間にか帰路についていて地蔵通りを歩いていたことだ。
その前のことを思い出そうとすると記憶の靄は余計に濃くなっていく。
これは不味いことになった。
私は本城さんの代理で会に出ている。
どう報告したものだろう。
帰路を急ぐ私に着信があった。
相手は今、対応を検討中の本城さんだった。
私は「困った」と思いつつも「通話」をタップした。
開口一番謝ろうとしたが、電話口の本城さんが先んじて第一声を口にした。
「ああ、やっとつながった」
主催者の急病により会は急遽中止になっていた。
中止の連絡を受けた本城さんは私の携帯に連絡を入れたが私は応答せず、会の関係者が高岩寺まで来たが、目印のホオズキを持った人間は誰もいなかったという。
狐か狸に騙された気分だった。
否、騙された気分ではなく、実際に騙されたのだろう。
私の身の上を考えると不思議な出来事に遭遇することはまったく自然なことだ。
嘆かわしいことに私はそういった問題に対処する能力を持ち合わせていない。
が、幸いにして対処する能力の持ち主を知っている。
〇
不思議な体験の翌日。
私は当然の行動として千鶴さんのもとを訪れ、わが身に起きた出来事を報告していた。
千鶴さんは私の報告を聞き終わると彼岸一笑した。
彼女は可笑しくてたまらないという様子で、笑いのあまり涙すら流していた。
「天明くん、珍しいものを見たね」
私は釈然としない気分で続きを待った。
「その人は廣田って名乗ったんだよね?」
「そうです」と私は答えた。
「ちょっと待って」と彼女は大笑いの末の呼吸の乱れを整えると、努めて冷静な口調で言った。
「吉四六で検索してごらん」
「吉四六って吉四六さんの吉四六ですか?」
千鶴さんはニコニコしてこちらを見るだけだった。
言われた通り検索し、検索エンジンの結果を見る。
するとウェブの百科事典に既視感を感じさせる情報が載っていた。
吉四六さんは民話の登場人物だが、廣田吉右衛門という人物がモデルと言われている。
廣田吉右衛門は豊後の国、現在の大分県の出身で酒造業を営んでいたいう説がある。
「待ってください、僕は吉四六さんの幽霊にでも会ったんですか?」
「それはちょっと違うかな。廣田吉右衛門は諸説ある吉四六さんの原型の一つでイコールじゃない。
君が会ったのは吉四六さんの殻を被ったトリックスターだと思うよ」
トリックスターは神話や伝承などに登場するいたずら好きの妖精や神霊のことだ。
「トリックスターはどの文化圏にも伝承があるからね。
パックやロキはもともと人ならざる存在だけど、ティル・オイレンシュピーゲルはおそらく実在した人物だし、もともと人間だった存在が時間をかけて人ならざる存在になるのは十分ありうる話だからね」
「どうしてそんな存在が僕の前に現れたんですか?」
「オカルトサイトにあることないこと書くのはある種イタズラみたいなものでしょ?
それで親近感を感じてふらっと表れてみた……そんなところだと思うよ」
ひどく釈然としない気分だった。
私の中でもやもやした疑問が湧き上がってくる。
「じゃあ、僕が聞いた話は出鱈目だったんですか?」
「少なくとも染井霊園に有名人が眠ってるのは本当だよ。でも、シルクロードの話は怪しいものだね。
そうそう、最近、中東に行ってみたいとか考えなかった?頭の中を読まれたんじゃない?」
まったくの図星だった。
少し前に知人から湾岸諸国と中央アジアを旅したという話を聞いて興味を持っていたのだ。
私が素直に白状すると、千鶴さんは「うんうん」と頷いた。
「いやあ、その話、私も聞きたかったな。
吉四六さんの頓智話は有名だけど、頓智話の達人が考える法螺話なんてすごく面白そう」
がっくりと来た。
貴重な体験談を聞いたと思ったのに、すべて台無しだ。
「でもさ、天明くん」
千鶴さんは相変わらずニコニコしている。
それほどに愉快な出来事なのだろう。
「面白かったでしょ、吉四六さんの話?」
私の友人に誰もが知っているタブロイド紙の記者をやっている人物がいる。
そのタブロイド紙は「日付以外何一つとして信用できない」と言われるほど確たる地位を築いている。
記者の彼は常々語っている。
「ネタが無いときは想像力を働かせてネタを考える」
彼の所属するメディアは一応とは言え、新聞、いわばジャーナリズムの領域である。
ジャーナリストとしてその姿勢はいかがなものかと思うが、似た立場の私としては大いに同意する。
時に事実よりも大事なことがある。
それは私自身もまた職業体験から得た教訓だ。
「ええ。実に遺憾ですが」
私はただそう答えるしかなかった。
「吉四六さんに一本取られたようだね」
千鶴さんはニッコリと笑った。




